• Masayuki Kano

蓼科高原日記/わたしとぼく



わたしの年頃、つまり結構年配のひとたちで写真とか文学とかが好きなひと(それ以外にもいると思うけど)は自分を「僕(ぼく)」という傾向が多いように感じる。

それはわたしも同様だった。そう、わたしの場合は過去形になるのかな。

村上春樹の主人公もずうっと「僕」だったし、村上春樹ファンだし(ハルキストではないけど)、当然のことのように個人的にもいい感じだったのでつい最近までずうっと「僕」という主語を使ってきました。

しかし、あるとき、というか「ある瞬間」に「これは違うな」と感じたのだ。

文字通りそれは突然やってきた。

自分はもう「僕」ではないのだ、という確信がやってきた。

それはあえて言うならば「羞恥心」のような感覚。

ひとが「僕」といっているのを目にしたり聞いて急に自分が恥ずかしくなったのだ。

どうやら「僕」といえるのは一定の年齢的あるいは人物的(キャラクターといってもいい)適合性を満たしていなければならないように思えてきた。

いくつになってもどのような状況でも「僕(ぼく)」が似合うひとは確かにいる。それ以外は考えられないというような感じで…それはじつにうらやましいことだと思う。

しかし、わたしを含めた大多数のひとにとっては、(場合によって本人の感覚的にも)ものすごく恥ずかしいことになる、いまふうにいえば「痛い」コトになるケースがあることを実感したのだ。

自分が過去に書いたブログ記事を読んでいて恥ずかしくなることも数知れず。(^_^;)

ということで、他の方にとやかく言うことではないしこれはわたしの個人的な感覚の変化に過ぎないとお断りした上で、「僕(ぼく)」から「わたし」への変更を宣言します。

一人称の呼称が変わってもわたしの中味は同じなので、今後ともどうぞよろしくお付き合いの程よろしくお願いいたします。

蓼科はどこに行くにもちょうど良い距離にあるいま流行の「ハブ空港」のような存在だと思います。蓼科で心身を休め、ここを起点にして様々な観光地や山歩きやその他の活動に出かける、その基地として最適の立地なのです。

皆様のお越しをお待ちしております。

ペンション・サンセット オーナー 拝

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今日の写真:「tateshina 170516」

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Sony α7, Voigtlander NOKTON classic 40mm F1.4 MC VM + Voigtlander VM-E Close Focus Adapter   

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