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執筆者の写真Masayuki Kano

蓼科高原日記/本を読むということ



蓼科高原は雨です。きょうのラウンジからの風景。

NO SENTIMENTALISM, NO ROMANTICISM, NO EMOTION. ONLY ARE RELATIONSHIPS THERE.

今日は一日中雨でした。地元メディアによれば、ずうっと晴天が続いていた長野県ではこれといった被害もなく農家にとっては恵みの雨となったとのこと。

この写真のように空は明るい。それでも結構激しく降るときもあって窓ガラスにたたきつける雨のためにガラス越しに撮影するほかない。

今日の最低気温は6℃、最高気温は16℃。平年並みです。夜半に雨は止み曇り空になっている。

夏に向けていろいろとやらなければならないことがあるのだけれど、マイペースでコツコツと進めている。

冬から春の雪解けの時に流れてしまった通路の砂利を入れたり。建物の不具合箇所をチェック補修したり、そろそろ草刈りもしなければ… 

草刈りは林業用のエンジン式刈り払い機を使う結構本格的なものになるのでどうも腰が重くなる。じっさいかなり危険を伴うのだ。^^;

それはそうと、不思議なことになにかと忙しいときの方が良く本を読むようだ、後から振り返ってみると。

この1ヶ月で「みみずくは黄昏に飛びたつ」、「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」という村上春樹のインタビュー本を読んだ。 そして「走ることについて語るときに僕の語ること」というエッセイ集をいま読んでいる。ということで合計3冊の「小説ではない本」を読むことになった。 村上春樹の作品は長編小説全作品を2回から23回読み返している。だからといってわたしは「ハルキスト」ではない。

その証拠といってはなんだけれど短編小説はあまり読んでいないし、エッセイはほとんど読まないで現在に至る。 それにしても今回の3冊で村上春樹が語ってることは、個人的に「いま」でなければきっと「理解」も「共感」も出来なかったと思う。

なんだかとても励まされた。信じるままに歩みを進めて良いのだと背中を押された気がした。 ついでに短編小説もまとめて読んでみようと、地元の図書館で一緒に借りてきたのがこの本「めくらやなぎと眠る女/ニューヨーク発24の短篇コレクション」。

このあと「ねじまき鳥クロニクル」を読み返す予定。わたしが最も苦手だった長編小説。いまならしっかり読む精神の成熟と強さと持久力があると思う。

本に導かれ、次に読むべき、(あるいは)いま読むべき本と出会う。

本を読むというのはそういうことなのだと改めて思う。

この流れに身を任せてみよう。

爽快な風、野鳥の歌声、新緑の燦めき… うとっとりするようなじつに心地よい季節です。

蓼科高原のレンゲツツジの群生地はもう見ごろにはいっています。車山高原とか霧ヶ峰高原でググれば様子が写真掲載されています。もちろんFacebookにもたくさんの写真が載っていますよ。

わたしも早々に写真を撮りに行こうと思っています。

一度観たらやみつきになること間違い無しの独特の美しい風景がそこにあります。

蓼科はどこに行くにもちょうど良い距離にあるいま流行の「ハブ空港」のような存在だと思います。蓼科で心身を休め、ここを起点にして様々な観光地や山歩きやその他の活動に出かける、その基地として最適の立地なのです。

皆様のお越しをお待ちしております。

ペンション・サンセット オーナー 拝

今日の写真:「tateshina 170621」

170621-DSC04429

Sony α7, Voigtlander NOKTON classic 40mm F1.4 MC VM + Voigtlander VM-E Close Focus Adapter

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