- 2005年1月 -
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"It exists across the universe"
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| 2005.01.23(日)----------- 3001日目 エピローグ: ひとつの時代が終わったように感じられる。すくなくとも僕の中では終わってしまった。それは「夢見る時代」とでも言うべきものだったのかも知れない。自分にとっての「理想のペンション」は実現間近で、数多くのお客様に満足して喜んでいただくことができるようになった矢先だったけれど、その一方でマジョリティーとしての顧客ニーズには反する部分もあったのかも知れない。だから事業としてビジネスとしての成功はおぼつかなくなってきてしまったのだ。数字は嘘をつかない。 お客様にとって「良い宿」になり、そのような宿であり続けるためには経営的に「成功」しつづけなければならない。いまこそパワー全開でその課題に取り組まなければならない。 昨日はあのように書いたけれど、蓼科高原日記を書くことじたいは嫌いな作業ではなかった。自分のために書いているのだと言い切ったこともあるほどだ。けれど、それは半面の真実だった。ぼくはやはり「だれか」のためにこの日記を書いていたのだ。書くことができなかったり、書くことが死にたくなるほど辛いときでも、とにかく書き続けたのはやはりこの日記を読んでくれるひとがいたからだった。 3000編も書いていれば、もう書くべき事は出つくしたような気がする。語り手書き手としての自分自身への充電も必要だ。実際問題として、ペンション経営者として他にやるべき事が山積していて、文章をじっくりと書いている時間も体力ももう無くなってしまった。これまで通りこの日記を書き続けることは不可能かも知れない。そして3000という数字はひとつのメルクマール(里程標)であり、「潮時」のような気もする。 ということで、この日記はいずれ「TATESHINA DAYS」というタイトルのコラムに引き継がれることになると、いまは構想している。そのような経緯をたどることができたならば「蓼科高原日記」はこれで終わることにはならない。 これまでのご愛顧に感謝。 「蓼科高原ピラタスの丘 ペンション・サンセット」が、さらに多くのお客様にとって「心地よい宿」であるように全力を振り向けることにします。その点については、どうぞ期待して下さい。(^^) --- > TATESHINA DAYS はこちらです。引き続きご愛顧よろしくお願いします。(1/24) > TATESHINA DIARY という「日記」も公開しました。こちらは雑記帳ですが、 蓼科高原日記に回帰していくかも知れません。 |
| 2005.01.22(土)----------- この日記を書き始めてから今日で3,000日目です。 昨日書いたとおり、記念すべき(?)「蓼科高原日記3000日目」だからといって、特別なことは書けない。そのかわりに、明日(2/23)以降このページのしつらえを考え直そうと想っています。URLが変わる事の無いようにするつもりですが、万一変わるようなことがあったら、その節はブックマークして下さっている方は変更をよろしくお願いします。まあ、このサイトの最初のページからたどれるようにはしておきますが。 こんな日記を書いているよりも、「お得な宿泊プラン」をいっぱい作って自他様々なサイトを通じてきらびやかに宣伝広告することに時間を使うべきなのですね、じっさいのところ。そのようなかたちでがんばっていらっしゃるペンションさんがやはり良い営業成績を残していらっしゃる。時代が変わったのですね。僕のこの日記や、「僕の(へぼ)スキー日記」を見て当地の状況を調べて蓼科にいらっしゃる方も多いようなのですが、ご宿泊は(たとえば、特に)冬はスキー場に近い他のペンションさんのようなのですね。 しょうがないことだけれど、僕は馬鹿みたいですよね。他のペンションさんのために身を削ってこんなことをしている。8年以上も毎日蓼科情報を発信し続けていること発信し続けてきたことについて、彼らに感謝されることもない、当たり前だけれど。そのあいだに、かれらはきちんと営業活動をしているわけです。繁盛して当たり前です。経営者として間違っていることをしているということですから、これは僕が悪い。「彼ら」が正しいのであって、僕が間違っていたし、いまも間違ったことをしている。 「共感」に基づく営業・経営というのは僕の身勝手な思いこみあるいは「夢」だったわけですが、やはりダメでしたね。ひとり相撲でした、徒労でした。 じつに、馬鹿なやつです。 (20時) |
| 2005.01.21(金)----------- この日記を書き始めてから今日で2,999日目です。 この日記も明日3,000日目を迎える。記念すべき日かも知れないけれど、僕にとっては特別な意味はない。というのも、じっさいは今日ですでに3,554日目だからだ。諸般の事情で載せなかった「ボツ原稿」があるからこうなっているわけです。同時に、初期のものはあまりにも短いコメント的なものだったので、このサイトに載せていないということもあります。いずれにしても、本来は今日で3,554日目なのでした。 とはいえ一応「キリ番」ではあるから、明日はなにか気の利いたことを書かなければいけないのだろうか。そういう予定はないのだけれど。まあこの日記は現在のサブタイトル"Now He Sings, Now He Sobs."そのものだったと想うし、これからもきっとそうなのだろうなと感じる。僕が僕であり続ける限りは、そのようにしか書くことができない。 くそったれなほど雪が降って、こんちくしょうってほど雪質が良いのですが、ご宿泊のお客様は例年より少ないです。「景気回復」だなんて嘘だ。「もはやバブル後ではない」なんて口上はまやかしだ。儲かっているのは一部の企業だけで、しかもそんな企業も輸出や海外での売り上げで利益を上げているのであって、健全な国内市場の育成など考えていないのだ。しかも利益を社員に還元せずに懐にしまい込んでいる、これでは「個人消費」が恢復する道理はない。まあ、資本主義なのだから「資本家」が利益を独り占めにして「労働者階級(プロレタリアート)」が苦しい生活を強いられるというのはまさに19世紀へのお里帰りであって、マルクスさんに再登場願わなければならないのかも知れない。 小泉構造改革というのは、このような、あるいは、そのような構造に経済を社会を構造改革することだったのですね。実体を伴わない道路公団の解体(?)も、同じく意味不明の実体のない「年金改革」という名の負担増と福祉切り捨て、巨額の郵便貯金と簡保という資金源に群がる利権しか見えない郵政民営化に、増税の嵐。いったいどこまで人をコケにすれば気が済むのだろう。財政をここまで破綻させたのは、国民年金をここまで破綻させたのは、おまえら政治家と役人だろうが。子供たちにはきちんと「この社会は不正と悪意に満ちており、不公平で公正さに欠け、魑魅魍魎が(ちみもうりょう)が国や社会を動かしているのだ」と教えなければならない潮時なのかも知れない。 そうしなければリアルな世界に生きることすら困難な時代になったのだ。美しい理想社会は「夢見るもの」であって、実現し得ない憧憬(どうけい)であることを、いまこそ宣言すべき時である。なんてね、想っている昨今なのです。周囲のひとを公正に扱い正直な人間が成功することは非常に困難だ。「正直者が馬鹿を見る」のではなく「正直者は馬鹿なのだ」というのが正しい。そのことを僕はこのペンション村という狭い世界の中ですら、思い知ることとなった。なんて言うほど大げさなことでもないんだけどね。ちょっと割り切れない想いと現実がここにもある。 (25時) |
| 2005.01.20(木)----------- この日記を書き始めてから今日で2,998日目です。 また雪だ。そんな気分になるほどここのところよく降り、よく積もる。さらさらのパウダーだが滑走性バツグンの雪だ。だから砂浜を歩いているような感触のわりには一瞬の油断で転倒してしまう。クルマもこの砂のような雪の上で想わぬ挙動をすることになる。 気候や積雪や周囲の景色は平年ならちょうどクリスマスイブの頃の感じになった。 そういえば、2001年12月24日にこんなことを書いている: So this is Christmas, what have you done? インドの聖人は人々の想いこそがこの世界を作り上げているのだという。 僕もそう思うよ。だからクリスマスが感動に満ちた聖なる夜になるんだ。 信じられないほど心が温かくなったり、ちょっとだけ寂しかったりするんだ。 そしてふと空を見上げたり・・・。 "War is over if you want it." John Lennon は唄った。 So this is Christmas and a happy new year. Let's hope it's a good one without any fear. この歌を聴くたびに僕はたまらなく哀しくなる。 彼は僕の心の灯台だったから。 外は氷点下12度。今日はクリスマスイブだね。 I wish you A Merry Christmas and hope you have fun. Let's hope it's a good one. このようすだと明日の午後から雪が降る。 ホワイトクリスマス。何もかも真っ白。 雪の降る夜は本当に静かだ。 静寂というのはこういうことなのだと知らされる。 Sound of Silence. ついついいろんなことを思い出したり考え込んだりしてしまう。 僕が10代、20代の青年なら、宿命的な恋に心躍る日々なのかもしれない。 でも、僕も彼女ももう人生の後半を歩み始めているのだ。 もしあの頃の僕らに再会したとしても、もう何も始まらないし何も終わらない。 台風のような突風を伴った人生の雪が止んで、 いまは静かな聖夜がゆっくりと過ぎてゆく。 若い人も歳をとったひともその中間のひとも、 素晴らしいクリスマスイヴを過ごして下さい。 追伸 ジョンの歌声を聞くと21年たったいまでも胸が苦しくなるのですが、 最近はジョージの歌声が有線放送のビートルズチャンネルから流れると、 やはりとても哀しい気持ちになります。 -------------- 今夜も深々と雪が降り積もっている。まるでクリスマスのように。そして信じられないほどの静寂がこの世界を支配している。僕の言う「この世界」とあなたの「世界」とは100万光年も隔たっているのかも知れないけれど。 (26時) |
| 2005.01.19(水)----------- この日記を書き始めてから今日で2,997日目です。 昨日はちょいと過激な表現があったかも知れないけれど、思った通りの半分ほどを書いた。人を単なる道具として利用したり「使役(しえき)」することしか考えない人間は、僕のもっとも嫌うところのものだから。そして「偉ぶる人間」、「威張りたがり」、「訳もなくひとをさげすむ態度を取る人間」はそれが自分のコンプレックスの発露であるということに気づいていないのだろうか。 まあいいや。僕はそのような人々とは友人にも知人にもならない。一緒に仕事もしたくないし、お客様としてお迎えしたくもない。これは僕の方でお客様を選ぶと言うことではなくて、そのようなひとはペンション・サンセットやオーナーの僕が気に入らないだろうから。お互いに不快な思いはしたくないじゃない。 それはそうと、昼間は晴れたり曇ったりだったお天気は夜半になって雪に変わりました。ピンポイント天気予報を見ても「雪」マークなんて出ていないのに、でも実際には雪が降っていてもう10センチメートルも積もっています。きらきら輝く粉雪です。 ああそれにしても都会の夜中と、ピラタスの丘のこの時間帯とのあまりの違いにあらためてある種の感動を覚えます。東京生まれの横浜育ちの僕にとって、思春期の想い出は湘南の海と横浜の街と新宿の雑踏だった。僕の頭の中にもこころの中にも生活範囲にも「高原」はなかったのだ。自然なんて全然必要じゃなかった。「都市」こそが自然だった。猥雑な新宿の都市空間こそが僕のふるさとだった。 しかしいま僕はここにいて、そのことを想い出して感慨にふけっている。人生なんて分からないものだ。かわらないのは60年代のロック・ミュージックとモダン・ジャズ。それらの音楽は常に僕とともにあって、人生のBGMを奏でていた。それはいまも変わらない。その後クラシックとJ-POPがレパートリーに加わったけれど。 クラシックについて言うなら、部屋の片づけをするならバッハを聴き、色彩豊かな絵を描きたいならモーツアルトを聴く。蓼科の森を愛でるなら古典派のシンフォニー、雪景色を眺めるならシベリウスかシューベルトの「冬の旅」。モーツアルトの「レクイエム」は静かな雪の夜にはぴったり。不思議なのは、ビーナスラインドライブにはビートルズはまったく相性が悪いという事実。好きとか嫌いとかではなくてね。何でだろう。ある種の波動の共鳴性の問題なのかもしれない。 (27時) |
| 2005.01.18(火)----------- この日記を書き始めてから今日で2,996日目です。 あるキャンペーンで念願の「iPod mini」が当たって、今年の運はすべて使い尽くしたかも知れないと書いたけど、案の定12年間も元気に働き続けてくれていた除雪機が壊れてしまった、というはなしは昨日書きましたね。こわれたのは一昨日のこと、こういう事にはめっぽう手際の良い僕は機種選定から価格交渉から在庫確保から予算確保まで一気に済ませて、今日新しい除雪機が納車となりました。 まあ、興味のないひとにとっては「なんだ除雪機」か、ということかもしれないけれど、年間4ヶ月から6ヶ月も雪と氷に埋もれて暮らす僕らにとってはかなり興味深い道具談義ではあるわけです。それは身近な「雪はね」というABS樹脂やポリカーボネート製の除雪道具についても同様です。あ、それと「ママダンプ」もね。いわんや除雪の流儀や作法談義になったら、これはもう止まらない、笑っちゃうくらい。 除雪機といって馬鹿にしてはいけない。さすがこの分野でもシェアナンバーワンを誇る世界のHONDAです。除雪機にもハイブリッド技術を導入し、世界一厳しい米国カリフォルニア州の環境基準をクリアーした400ccの「GXV390 e-spec バーチカル・エンジン」を搭載しているのです。クルマ好きやバイク好きにはちょっと興味深いはなしでしょ。HONDAの単気筒エンジンの味はバイクも除雪機も変わりません。特にこのエンジンは「OHV」だしね。 いまや除雪機もハイブリッドで、エンジンパワーは雪を遠くに飛ばすことと発電のみに利用されています。除雪機の駆動は2台のパワフルなブラシレス・モーターに無段変速トランスミッションによっておこなわれ、しかもそれはコンピュータで制御されているのです。この10年余で長足の進歩を遂げたのですね。静かでパワフルでスムーズな所作には感嘆するばかりです。これまで使っていた「HS870」が全く別のジャンルの道具のように感じられるほどです。 ちなみに今度の機種は「HSS1170i」という一昨年発売されたばかりのものです。詳しくはHONDAのサイトのこちらにありますが、メカに興味のあるひとにはこちら(PDF/384KB)がおすすめです。あ、また念のために書くけれど、こんなことを書いたからと言って「除雪機に関するご相談」には応じられませんのであしからず。専門店やメーカーさんに直接お問い合わせ下さいね。 先日も、(サーバーのアクセスログから見当をつけたのだけれど)僕が昔書いた「レイヤリングに関する(基礎講座的)日記」を読んだと思われるひとから、「貴殿は、活動を目的とする限り当地ではダウンはほとんど役に立たない、と書いているが自分は寒冷地用にダウン・パーカの購入を検討しているのでその理由をおたずねしたい」なんてメールを頂戴したのですが、ひとにものを「お聞きしたい」わりには「名無しのごんべい」さんで自己紹介もない。そういうメールには返信しないポリシーなのでほおっておくと、今度は「返信はまだですかね。待っているんだが。」だと。メール書いているヒマがあったらネット検索して自分で調べた方が早いっての。なにが「待っているんだが。」だ。 超繁忙期の年末に最初のメール、そして「返信催促」の無礼なメールはやはり忙しい正月。私は「貴殿」様が高価なダウンパーカを購入しようとしているネットショップの店長ではないのだ。勘違いも甚だしい。あまりにも不快なので、即そのメールアドレスからは僕にメールが届かないようにメール・サーバーを設定しておいた。まあ、このことは他の日記で「僕のメール・レスポンス・ポリシー」ということで仔細に書いたから今日はこれでおしまい。ちょっと想い出してまた腹が立ってきた。もしこの文章を読んでいたら、国語(日本語)読解力に劣る「貴殿」様のために該当記事に(よけいな)補足説明を入れて小学生でも分かるように改訂しておいたからよく読むように。 僕もひとのことは言えないけれど、「文は体を表す」のですよ、気をつけましょう。かくいう僕も気をつけなくっちゃ。けっこう自分でもそんな配慮不足の無礼なメールをどこかに送りつけているかも知れないから。まさに反面教師でしたね。その点では「貴殿」様には大変感謝しております。「貴殿」様も2通目のメールの文面を見なければ「悪気はないのだ」と僕も考えたかも知れませんが、2通目の文面で決定的にどんな人物か判明してしまったのですね。今度からこのようなメールは(ケース・バイ・ケースで個人情報に配慮した上で)ウエブで公開することも考慮していますので、そこのところよろしく。 さて、それはそれとして、これほど除雪機のことを書いてしまうほど、ここのところの降雪積雪はすごいのです。除雪機無しではもうどうにも動きがとれないほどです。もう雪不足はありませんし、雪質も文字通りの「さらさらの粉雪」なので、ゲレンデは最高です。何度もいうようだけれど、今年の2月の雪は水気が多くなると想います。少なくとも今シーズンに関する限り、1月がベストシーズンです。 (27時) |
| 2005.01.17(月)----------- この日記を書き始めてから今日で2,995日目です。 未明から降雪量は少ないものの激しい吹雪になったようで、敷地内のあちこちでいろいろなものが吹き倒されていました。午前中はその余波で風が強くてブリザードのようになったりしましたが、ふと上を見上げると青空がのぞいているのでした。気温が低いのと陽射しが弱いのとで雪はちっとも解けません。さらさらのままです。 片栗粉のような、粉砂糖のような雪です。アイスバーンになりにくい良い雪です、あらゆる意味において。昨日書いたかどうか忘れてしまいましたが、「僕の(へぼ)スキー日記」には書いたとおり、除雪機が決定的に壊れてしまいました。 僕らが使っているようなタイプでも40万円から70万円もするのです。まあ、HONDAやYAMAHAが作っているので、バイクと同じ値段ですね、だいたい。このご時世この時期にこの出費は痛いですが、うちの場合は敷地内の除雪面積が広くて手作業ではにっちもさっちもいかなくなるのでやむを得ないのですが・・・。 1メートルも積もった膨大な量の雪を前にして除雪機がなかったとしたら、1300平方メートルの敷地の上の10トン以上の雪を一人でどう処理したらよいのだろうって、途方に暮れてしまいます。特に山岳部では地質上、きちんと除雪しておかないと春に雪が解けて水になって地面に浸透するときに土も一緒に持って行ってしまうので、どんどん土が無くなってやせていってしまう。岩ばかりの土地になってしまうのです。だから僕らは必死で雪かきをする。 今夜は月がとてもきれいです。枯れた森の向こうに上弦の月がぽっかりと浮かんでいる。寒々とした空には満天の星です。いささか荒寥(こうりょう)とした感もなきにしもあらずですが、僕はこういう風景も嫌いではないのです。ひやっとする怜悧(れいり)な美しさがあるから。それにしても、これだけ雪が積もるとじつに静かです。雪というのはやはり相当優秀な吸音材なのですね。世界中のあらゆる音が吸い取られて、ホワイトノイズすらない純粋な静寂だけがいまここにあります。 (27時) |
| 2005.01.16(日)----------- この日記を書き始めてから今日で2,994日目です。 ものすごく降り込められました。ペンション・サンセットはすっかり積もられて、雪に埋もれています。屋根の上には数トン(たぶん8トン以上)の雪が載っていて、それが氷とともにいつ落ちてくるかスリル満点の状況になっています。サンセットの屋根は屋根に上がって「雪下ろし」するタイプの屋根ではなくて、勾配が50度以上もある自然落下式の大屋根なのです。このへんの建物の多くがそうなのですが。 除雪を始める前は水気の多いパウダースノーということもあって60センチの積雪に足を取られてまっすぐ歩くのもままならない状況でした。3時間ほどかけて何とか歩けるようにはなりましたが、まだ降り続いていたので8割方終わったところで終了です。そう思ったら案の定、今日2度目の除雪車がやって来ました。ほんとに神様か救世主に見えるよ、この状況では。 この雪が生活者にとってはどんなにやっかいでも、スキーヤーやスノーボーダーにとってはどんなにすばらしいものかは「ぼくの(へぼ)スキー日記」に書いたから、ここでは語りません。明日は絶対何とかしてゲレンデに出たいと想っています。最高だから。 そういえば、今日僕の使っているコンピュータを作っているアップルコンピュータ製の「iPod mini」が届きました。以前から欲しかったのでとてもうれしい夜です。じつはこれ、あるキャンペーンに応募したら「当選!」しちゃったものなのです。これで今年の運は全部使い切った気がしないでもない。(^_^;) その証拠(?)に、除雪機が壊れた、それもかなり本格的に。 が、気を取り直して、さっそく薄いマニュアルをさっと読み流して・・・これが「アップル流」なのです・・・使い込んだ「iTunes」からお気に入りの曲を流し込んでいまそれを聴きながらこの日記を書いています。ものすごく音が良いのにちょっとびっくりしています。もちろんこの手の機器としては、という条件付ですけれど、音楽をこのスタイルで楽しむ機械としてはベストに近いと想います。想像していたよりも二回りも小さくて軽いし、デザインや質感や操作性も最高!操作も直感的に扱えばマニュアルを見なくてもすぐに使えてしまう。いまどきのケータイに比べたら100倍も簡単。 コンセプトとしてもカテゴリーとしても「ウォークマン」の正統な後継者といえなくもないけれど、この感覚はやはり偉大な先達「ウォークマン」とはまた決定的に異なっているような気がする。同じようなスタイルの音楽の聴き方、楽しみかたなのだけれど、どこかが決定的に異なっている。そう、めんどくささがないのと、すごくお気軽で心にも身体にも負担がない。フェザータッチな音楽の愉しみ方、持ち歩き方なのですね、これは、きっと。なんと言ってもおしゃれだし。これは決定的要因です。「iPod」は(iPod miniも)ファッションアイテムであり、ライフスタイルなのです、アップルがつくるパーソナルコンピューターが常にそうであるように。 今日は特にへろへろに疲労しているのと、除雪で握力がほとんど無くなってしまっているので指がうまく動かないのとで、ミスタイプや誤変換が多いかも知れませんが、後日推敲修正しますので今日のところはご容赦下さい。ではでは。 (27時) |
| 2005.01.15(土)----------- この日記を書き始めてから今日で2,993日目です。 きょうは全国的に広範囲で雪が降っているようですが、いかがですか、都市部ではいまは雨かな。当地ではその標高から想像がつくとおり朝からずうっと雪です。でも本格的に積もりだしたのは夕方頃からです。いまは1時間に5センチメートルほどのペースでずんずん積もっています。明日も終日降り続きそうですが、大雪といった感じにはならないかも知れないし、大雪になるかも知れない。これは専門家でも断言はできないことだと想います、特に山岳部に関しては。 いずれにしてもスキー場にとってはさいわいなことでしょう。しかし、せっかく雪が積もっても、肝心のお客様にいらしていただけないのでは、いっそ雪なんか降ってもらいたくないというのが生活者としての実感です。商売がどうのという以前に、生活することじたいが過酷だからです。僕はスキーが大好きだから、まあ大雪が降って8時間かけて除雪などという過酷な労働を強いられても、なんとか心情的にバランスがとれるけれど。 以前はこうした大雪が降り始めると除雪の心配をして胃が痛くなったものですが、いまはそんなこともなくなりました。ようするに、なるようにしかならないのです、自然が相手だから。じたばたしても、なんのたしにもならない。雪が降り止んで、外に出て「ああこんなに降ったのか」とありのままに受け入れて淡々と除雪にいそしむ。最近ようやくそうできるようになりました。嫌な仕事に違いはないのだけれど、だからこそ余計なことは考えないのがベスト。わかってはいたのだけれど、なかなかそんなふうにはできなかったのです。 1月は当地では年間を通して最高のゲレンデ状況で、僕らロコ・スキーヤー(地元のスキーヤー)にとっては文字通りの「ハイシーズン」なのですが、なぜか一番お客様が少ない時期なのですよね、もったいないことに。平日なんかゲレンデに出ると知り合いばっかりなんて事もあるくらい。これって、ここが「穴場」だってことですよ。日帰りでもいいし、素泊まりでもいいから、是非来てみておためしあれ。けっこう「いけてる」ロケーションなんだから。 (23時) |
| 2005.01.14(金)----------- この日記を書き始めてから今日で2,992日目です。 きょうは書くことがない。これといった印象深い出来事はなかった。あいかわらず気温は低く、窓外は目も覚めるような銀世界で、自然は相変わらず厳しくも美しい。もちろん、スキーやスノーボードも最高に楽しい季節だ。 冬というのは、ここで過ごした12回の冬を想い出してみると、雪が降るときはいつも劇的で感動的で、それ以外の日は空白のような停滞感に支配されるような気がする。もちろんこの感覚には個人差がある。ここで言う停滞感とは、昨日も今日も明日も何ら変わることのないうりふたつの一日が過ぎてゆくということだ。 少なくとも僕個人は、そんなふうに感じる。だからといって退屈というわけではない。やること、やらなければならないこと、やることのできること、が山ほどあるからだ。いつもの冬なら、僕はその「空白」とでもいう時間をゲレンデで過ごしてきた。雪が降ったときは何時間もあるいは半日以上を修行僧のように淡々と何トンもの雪を除雪し続けてきた。 この冬は腰を痛めていることもあって、ゲレンデで過ごす時間が減少した分、このサイトと他のサイトとのコミュニケーションあるいはコラボレーションとでもいったことに時間と労力(と睡眠時間)の多くの部分を費やしている。 改めて調べてみると、外部からこのサイトへのリンクは数百にものぼることが判明した。そのようなサイトのウエブマスターたちとコミュニケーションをとりながらこちらからもそれらのサイトへのリンクを張るように作業している。いわゆる「相互リンク」というものだ。ちにみにこのサイトから上記以外の外部のサイトへのリンクもまた同数ある。 これは結果として、文字通りの、ネットワークの構築ということになる。脳の神経細胞が互いに必要とされるもの同士で神経策を張り巡らせて有機的に機能するように、僕らも間断なくリンクを張り巡らせて互いの力を貸したり借りたりして最大限に機能するようにするべきなのだ。インフラとしてのネットワークではなく、Webコンテンツとしてのネットワークとしても充分なリンクが張られなければ「WWW」本来の力が発揮できない。 そんなことを考えながら、今夜もまた夜が明けるまで作業は続きそうだ。夜明けにはパンも焼かなければならないしね。 (26時) |
| 2005.01.13(木)----------- この日記を書き始めてから今日で2,991日目です。 久しぶりに冬枯れの森越しに夕陽を観た。この季節らしい美しい夕陽だ。日没の直前には目の前の蓼科山の山頂部分にスポットライトのように最後の光が飛んできて、明るいオレンジ色に雪を染める。その情景はあまりに感動的で、まるでなにかのショーのようで、現実の風景とは思えないほどだ。 ピラタスのゲレンデで2時間ほど滑ってきた。午後2時頃でかけて4時半過ぎに帰ってきた。雪質は文字通りのパウダースノーで最高だったし、一面の銀世界に心洗われる思いだった。心配だった「腰椎椎間板症」も、激しい滑りを我慢してソフトな滑りに徹している限りむしろリハビリとしての筋力強化になるという結論に達した。何とかそれなりにはスキーを続けられそうだ。 そして改めて周囲の景色を見回してみて、今年はやはり雪が少ないことを実感した。スキーを楽しむ分には必要充分以上の積雪があるのだけれど、いつもの分厚い圧倒的な積雪量はない。雪の存在感がいつもより小さい。自然現象だから、こればかりはどうしようもないのだけれど、ちょっと寂しい。 スキーで滑っていても、いつも頭の中が空っぽになるわけではなくて、一瞬の間にじつに様々な思いが蘇ってくる。それは深い眠りから醒める時の夢のように、いつの間にか消えて記憶には残らないのだけれど、時にセンチメンタルな想いであり時にはリリシズム溢れる世界だったり、胸の詰まるような憧憬であったり。 これはスノースポーツ独特のものなのか、他のスポーツでも同じようなことが起こるのか、寡聞(かぶん)にして僕にははかりかねる。 スキー場の人と話をしたら、今シーズンはやはり短くなりそうです。はじまりも遅かったけれど、終わりも早い、と。ピラタス蓼科スノーリゾートはスキー場としては小さなものだし、コースも4キロメートルの山スキー的ツアーコースを別にすればメジャーなスキー場に比べるべくもないかもしれない。でも、ペンションと同じで、大きなところにはない落ち着いた秘めやかな風情と美しい景色・展望がこころをいやしてくれるめずらしいスキー場だと想う。 たとえばファミリーで4キロメートルのツアーコースを滑り通すだけでも、家族の大きな想い出になるに違いないという意味でも。 (24時) |
| 2005.01.12(水)----------- この日記を書き始めてから今日で2,990日目です。 日記を書きながら"iTunes"で懐かしいビートルズを聴いている。「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」がかかる。懐かしい想い出が蘇ってくる、それはまるでいま目の前で起こっていることのように感じられる。歳をとるとそんな風な臨場感のある想い出に変わるものなのだ。 この曲を僕は病院のベッドで耳にこびりつくくらい繰り返し聴いたものだ。高校二年生の秋、修学旅行の前日に僕は「急性腎炎」になり、そのまま緊急入院したのだった。悲惨なはなしだ。なんて間が悪いんだろう、ぼくはいつもこうなのだ、「間が悪い」というのは僕の主要な属性なのかも知れない。 まあ、病の苦しさで修学旅行に行けなかった悔しさなど感じる余裕はなかったけれど。そのときヒットチャートでTOPだったのが「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」だった。7分8秒という当時としては異例に長いこの曲はその長さゆえにラジオで全曲が放送されることが少なかった。3分から5分でフェードアウトしてしまうのだ。それでも病室に持ち込んだFMラジオから流れるその歌声に僕はかすかな希望を求めて心を温めそして魂を奮い立たせた。 そんなとき僕と同い年の看護学校の生徒が実習で僕の担当に付いた。ナイチンゲール症候群だったのかもしれないけれど、僕はその娘に淡い恋をした。ちゃんとガールフレンドがいたのにね。でも、じっさいのところ、かわいい娘だったのだ、もちろんこれといった進展はなかったけど。残念ながら本気で恋するエネルギーは僕にはなかった、病人だったから。 でも「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」を聴くたびに僕はそのときのことを懐かしく思い出して、ちょっとだけ心が温かくなる。そして当時のガールフレンドを想い出す。その優しさにまともにこたえることのできなかった自分が情けなくなる。 寒い冬には雪に埋もれてそんなことをよく想い出す。きっと、そうすることによって心が温かくなるからなのだろう。どちらかといえば僕は過去を切り捨てて忘れ去らないと前に進めないタイプなのだけれど、そういう想い出だけはどうしても捨て去ることができなかった。いまそれが正しいことだったと、さいわいなことだったとしみじみと想う。 今日は昨日よりさらに寒い一日だった。あしたはもっと、場合によっては今日より10℃も気温が下がる大寒波襲来とのことだけれど、額面通りだと最低気温は氷点下23℃ということになる。でも、経験的にはそうはならないので、たぶん下がっても氷点下18℃〜20℃程度だと予想している。部屋の中は暖房で暖かだけれど、この季節はお客様がいらっしゃらなくても建物の凍結を防ぐために全館暖房を入れているので、1週間で300リットルほどの灯油を消費する。ちょっと唖然(あぜん)とする数字だ。 今朝、ラウンジの窓を開けて耳を澄ますと、こんな寒さの中でも元気に飛び回っている四十雀(しじゅうから)やコガラの声が聞こえてなにやらほっとした。雪と氷に閉ざされた静寂の中にいのちの気配を感じるのは至福だ。 (24時) |
| 2005.01.11(火)----------- この日記を書き始めてから今日で2,989日目です。 きょうは一日中「雪」でした。といっても、ドカ雪というのではなくて、細かなパウダースノーが終日間断なく降り続いていると言うことです。夜が更けるに従ってそれはダイヤモンドダストのように変化して。照明を当てないと、あるいは自分の手のひらをかざしてみないと、降っていることが分からないようなそんな雪です。光の中でそれはきらきらと輝く粒子のようです。初夏の陽射しの粒子、光の粒=「光子(こうし)」のようでもあります。 気温のわりにはとても寒さが厳しく感じられる奇妙な感覚です。おそらく数日来まともな陽射しがなかったせいで、大地がますます冷え切ってしまったせいかと思われます。それとも僕らが歳を取ったせいで、寒さが身に染みるように変化したせいかもしれません。ここにやってきてからもう11も歳を取ったことになります。それはもう夢中で、だからこの11年はとても早かった。 ここに移住してきたときは僕らの中では「生」対「死」の比率は「50対50」だった。しかし、いまはそれが「35対65」くらいに感じられる。良くも悪しくも「死」というものの輪郭が見え始める年齢なのだと想う。僕らの世代においてはもはや人生80年なんてことは約束されていない、統計的にはこれからしだいに「平均寿命」は減少へと向かうことだろう。別に悲観しているわけではない、それだけ「いま」を一所懸命生きなければと想うばかりだ。 やりたいことがあるならば、やりたかったことがあるならば、心残りを青春に残してきてしまったのならば、「いま」それをやるしかない、「いま」それをかなえるしかない。息子や娘に語り残したいこと、伝えておきたいことがあるならば、「いま」それを語り残すしかない。そんなふうに想いながら、そんな局面も孕(はら)みつつこの日記を書き続ける。ばかみたいかもしれないけれど。 (24時) |
| 2005.01.10(月)----------- この日記を書き始めてから今日で2,988日目です。 日中でもときおり強い風が吹き、お昼頃でも気温は氷点下8℃とものすごく寒く感じる一日でした。断続的に風花のような雪がぱらつき、夜になってからはダイヤモンドダストのようなきらきら輝くパウダーが降りしきっています。 でも、これが本来の気候なのです。ようやくピラタスの丘がピラタスの丘らしくなってきたといったところです。この程度の寒さや雪は、僕らがここに移住してきた11年前の冬に比べたらちょろいもんです。あのころの11月末の気候ですから。当時は氷点下17℃の吹雪なんてのもめずらしくなくて、そのさなかに8時間連続でたったひとりで8トンもの除雪作業を続けたこともあったのだから。 2m近く積もった雪の中で、自分のペンションの中庭で雪にはまってでられなくなり「遭難」しかかったこともあったっけ。大屋根の数トンの積雪が落下したときちょうどその下にいて、あやうく直撃を受けて死にそうになったこともあった。クルマが後ろ向きに坂を滑落して崖からクルマの後ろ半分がはみだして(まるでどたばた喜劇のワンシーンみたい)にクルマの前に加重していないと崖から落ちてしまう状況になったこともあった。そのときはレッカー車が到着するまでの間氷点下18℃の雪の中で3時間半も待ち続けたのだった。 いろんなことがあった。じつに冒険的な人生だった・・・のかもしれない。いや、こんなのはここに住んでいればごく当たり前の凡庸な人生なのかも知れない。その間にも、確実に地球は温暖化し、気象は激変し、自然界のバランスも微妙に変わってしまった。やって来る野鳥の数が変わり、その種類が入れ替わった。街を追われたカラスが飛来するようになり、野鳥たちはカラスを警戒するようになった。以前はカケスの領分だった場所をカラスに明け渡したように見える。カケスはカラス科の鳥だけれど、カラスのように攻撃的ではなくて小さいから。 都市の考える鳥類保護・自然保護とはこのようなものなのか。自然を破壊することによってしか成立し得なのが都市の必然なのだ。しょせん都市と自然は共存し得ないものなのだから、せめて僕らのこの自然を破壊するような所行はやめて欲しい。「保護」の名のもとに殺されずに都市を追われたカラスが自然の本来の生態系を脅かしている。彼らはそのことに目を向けようともしないし、聴く耳も持たない。 このような理不尽にいちいち腹を立てたり憤っていたら身が持たない。それがこの世界なのだと、淡々と受け入れるほか無いのかも知れない。理不尽で不公正で不条理なのがこの世界の本質なのだ。われわれが望む神はなく、正義は為されず、悪は栄え、「正直者が馬鹿を見る」のではなくて「正直者は馬鹿なのだ」ということを思い知る。 (24時) |
| 2005.01.09(日)----------- この日記を書き始めてから今日で2,987日目です。 いろいろ想うところあって、自分の(ペンション・サンセットのものでもある)Webサイト、要するに、このサイトをいじっている。クルマのチューニングと同じでどこか一カ所いじると全体のバランスが崩れるので結局大仕事になってしまう。でも今回はある意味で「根本的に改革」していくというかなり本気な企図がある。 8年以上かけてこつこつと「手作り」で作り込んできたのがたたって、全体の構成や個々のセクションやページを再編集する作業もまた「こつこつと手作り」にならざるをえない。えいやっと「マクロ・コマンド」で作業すると思わぬ手違いがとんでもないページで発生したりするからとても怖い。 最初からサイト構成・設計が論理的・階層的ならば、一括置換などの編集方法も大いに有効なのだけれど、こうごちゃごちゃと「バザール」状態になっていると、たとえばサイト内リンクの管理だけでも気がふれそうな作業になる。検索サイトのサーチ・ロボットが収集してくれたデータ(=URL)上存在するはずのページがサイト再構成による移動で消失することは是非とも避けたいが、構成上どうしても移動したいなんて時は本当に悩む。 まあ、「えいやっと」やるのは危険が大きすぎるので、こつこつやるしかないですね。それでも変なところがあったら、是非ともご一報いただけるととてもうれしいです。 それと同時に、セキュリティー面でのグレードアップについては先日書いたとおりだし、ユーザーインターフェイスをもう一度1から考え直してみるという大仕事も残っている。ひとによってはデータベース・スタイルの簡潔に情報にアクセスできるサイトを好むし、またべつのひとはある種の人間的カオスの産物のような有機的な(ワンダーランド的な?)サイトを好むから、あらゆる好みに合わせてひとつのサイトを構築するのはとても困難である。 二通り三通り作って、選択してもらうという方法しかないのかも知れない。人の好みや思考形態、情報取得形態はまさに各人各様だから。これはペンション・サンセットのご案内ページに関して特に重要な課題となっている。がんばらねば・・・。いずれにしてもこれまでの(情報理論でいうところの)「冗長度の高いサイト」から派生した、「簡潔なサイト」をつくることがニーズとしてあるし、自分でもトライしてみたいと思うところでもあります。 そして、突然、今日は、何年も前に登録したきりほったらかしになっていた検索サイトやペンション検索サイトや宿泊施設データベースサイトにアクセスして登録し直したり、新しいサイトに新規登録したりという作業を始めた。これもユーザーのひとびとのアクセシビリティーに大いに貢献するサービス向上につながると考えたから。 Webページばかりにかかりきりになることは不可能だけれど、できる限り注力して、気合いの入っているいまのうちに大仕事は完了してしまいたい(できればこの冬の間に)という目論見(もくろみ)なのですが、さてどうなることか。 (24時) |
| 2005.01.08(土)----------- この日記を書き始めてから今日で2,986日目です。 いったい何を伝えればよいのだろう。いったい何を伝えたいのだろう。なんのために書き続けているのだろう。いつもそんなことを考えながらこのモニタースクリーンに向かっている。考えすぎかも知れないな。誰もそこまで期待などしていないのに。こちらが見ているほどには、相手は自分を見てはいないのだ。 基本に戻ろう。当初、僕は「蓼科」のすばらしさをどうしても伝えたかった。僕のペンションを利用して欲しいなどということすら二の次だった。とにかく蓼科の素晴らしさを知って欲しかった、それだけだった。「たでしな」ではなく「たてしな」と正確に呼んで欲しかった、蓼科がどこにあってどんなに素敵なところなのかその存在をまず知って欲しかった。そして、どうしていま僕がここにいるのか、終の棲家(ついのすみか)としてなぜ蓼科を選択したのか、それを知って欲しかった。分かって欲しいのではなくて、「知って」欲しかった。 だからこのWebページ(一般的にはホームページと呼ばれているけど)を始めた1996年7月1日の時点では、ペンションのWebページというよりは「蓼科通信」という感じのしつらえだったのだ。「僕はペンションもやってますので、よろしければどうぞご利用下さい」」ってスタンスだった。その伝統はいまも受け継がれていて(?)、肝心のペンション・サンセットのページが「お粗末」なのかもしれない。本末転倒とはまさにこのことだ。 「蓼科」のことを語るうちに、必然的に「蓼科と僕」について語るようになり、「蓼科の自然そのもの」を語るようになり、「僕自身」について語るようになったのだと想像する。そうしたなりたちと、僕自身に由来する「カオス」がこのWebサイト全体の混沌(こんとん)とした構成に色濃く反映されているのかも知れない。 そのために時として、「内部リンクが多くて行き止まりになっていたり外部リンクで外に出てしまったりして、見づらくて不快だ」なんていうご感想を頂戴することもある。説明しうる事柄についてはすべてが過剰なまでに詳しく記されているにもかかわらず、「ホームページを見たけれど、よくわからない」といって、基本的な事柄を質問するひともまれにいる。ほとんどの場合、せっかくの説明をろくに読んでくれていない場合が多いのだけれど。 そのとおりである。ご指摘の通りなんだけど、僕には僕らしいWebサイトづくりしかできないのもまた事実なのだ。技術的に解決できる部分についてはもちろん早急に改善すべきだしそのように日々努力しているけれど、このサイトの持つ雰囲気とかにおいみたいなものはどうしようもない。同じ文章の途中で突然文体が変わるのも意図的なものだ。結局のところ、ひとは自分の土俵で自分の相撲を取るように運命づけられているのだと思う。 そのような意味において、このWebページが好きになれないとか不快だというひとには「僕」という人間は気に入らないだろうし、おそらくはその僕が営むペンション・サンセットはおきにめさないのかも知れないと思う。念のために言っておくけれど、この日記の僕の「素(す)」のキャラクターとペンション・サンセットの実際の運営とは「素顔の俳優」と「舞台の上の俳優」ほど違ったものなのだ。そのことは実際にご宿泊予約の手続きにはいるときの厳格さ緻密さから感じ取っていただけることと思う。 はっきりいって、あくまでも素人(しろうと)のレベルでと断った上でのことだけど、どのようなスタイルのどのような内容のホームページでも作ることができる。だけどね、自分が好きになれないホームページを何年も何年も運営し続ける(それも毎日日記を更新しながら)ことは実際的には無理があると思うのだ。たとえば昨年の紅葉の時期にフラッシュ・ムービーを導入した紅葉のスライドショーを作って公開した。さいわい予想外の好評をいただいたので、全部のコンテンツをこのスタイルにするぞと意気込んでみたのです。 で、いろいろ試行錯誤してみたのだけれど、やっぱり「これまでとは何かが違ってきてしまう」ことを感じたし、自分の志向性や個性とは明らかに異なった「何か」を痛感したのでした。また、日記に写真を配したりしてもみたけれど、実際に続けているうちに、文章が写真に影響されてしまう事に気づきました。写真に「浸食される」って感覚が最も近い。 それは当然のことなのですが、個人的には、写真には写真だけで語って欲しいし、文章には文章だけで完結して欲しいのです。ペンション・サンセットの集客とか、そのためのアクセスアップという観点からいうならば写真やフラッシュ・ムービーと文章とのコラボレーションが最適なのは百も承知の上で。 長くなるので、というかもう充分長くなったので、このへんでやめておきますが、そういう観点からは今年はかなり試行錯誤の続くWebページ運営となりそうな予感がします。いやでなかったら、その点も含めて、ひきつづきおつきあい願えればさいわいです。 (24時) |
| 2005.01.07(金)----------- この日記を書き始めてから今日で2,985日目です。 いま雪に「積もられて」います。そういう表現がぴったりの、確信に満ちた降りっぷりです。窓外を眺めている間にもずんずん積もる。多少湿雪気味ではあるけれど結晶のしっかりしたパウダースノーです。明日のゲレンデが楽しみです。 本当は今日はスキー三昧の一日として大切にキープしてあったのだ。しかし、11月から作業して申請してあった「このサイトのSSL証明書」が予定より早く発行されたのです。せっかくだからはやくそれを導入しようと決めて作業開始したのは良かったのだけれど、結局きのうから今日の昼まで完全徹夜になってしまいました。20時間にも及ぶHP改変作業になったので、腰痛は悪化するは思考能力ゼロになるはでとてもスキーできる体調ではなくなってしまいました。 まあ、こんなこともある。あしたこそ、腰が痛かろうが除雪作業をさぼってでもゲレンデに出るぞ、と固い決意でいるのですが。今回の作業はセキュリティーに関わる部分の大幅改善作業だったので目に見える違いはないと思うけれど、ものすごくグレードアップしたのです、このサイトの安全性。特に個人情報の保護に関して。メールの送受信もこのサイトを載せてあるサーバーと僕の端末PCとの間をSSLを使って暗号化するようになったし、ウイルスチェック専用サーバーも最高スペックのものになったし。 それはさておき、[ p-sunset.com ]のドメインのメールアドレスに統一するために、ホームページ・エディタ(Adobe GoLive CS / Mac OS X)の「一括置換コマンド」であちこちいじったので旧いファイルなどで表示がおかしくなったりして、それをなおすのに忙殺されています。もし気づいたことがあったら是非教えていただけるととてもうれしいです。 全部で約3400ファイル、主要な「htmlファイル」だけでも1000以上もあるので膨大な改訂作業量になっているのです。特に内部リンクと外部へのリンクはそれぞれ400以上、合計800以上もあるのでその整合性を検証するのでもう気が狂いそう。無計画にリンクを張り巡らせたのは僕自信だから、自業自得(?)なんですけれど、でもそもそも「Web」って、ハイパーテキスト(=HTML / Hyper Text Markup Language)の本質って、そういうものでしょう、本来。(反省の色無し) 掃除とか整理整頓とか「お片づけ」というのが子供の頃から大の苦手なので、こういう事になってしまっているのでしょうね。でもいい加減ここらで大掃除して整理整頓しないと自分でもハンドリングが困難になってきてしまいました。今回こそは、サイトの再構成にじっくりと取り組もうと思います。 でも、憂鬱(ゆううつ)だなあ、そういう仕事って大嫌いだから。 (24時) |
| 2005.01.06(木)----------- この日記を書き始めてから今日で2,984日目です。 昨日は多少はっきりとした物言いをしたけれど、これは現在のトレンドでありきちんとした店なり企業になるほど「言葉」としては表に出てこないまでも、「明確な行動規範」として機能し始めています。要するに、自分の購入した商品なりサービスなりに何らかの不具合があって責任を帰すべき企業と連絡を取るときに、どんなにこちらに道理があろうとも、以前のような(たとえば)「怒り任せの」物言いではまともに取り合ってもらえず「クレーマー」扱いになってしまう確率が高くなっている。 冷静に、社会人としての常識の範囲内で、社会通念の枠内で、紳士・淑女として「礼節をもって話し合う」以外には、そこに「敵対関係」が発生してしまうことが多い。まあ、一部の業界なり企業ではいまだに「声の大きいものがよい目を見る」という原則がまかり通っているようだけれどね。でも、いまやそんなのは少数派で、われわれ庶民がそれをやっても慇懃無礼(いんぎんぶれい)に切って捨てられるのが落ちだ。何らかの「権力」なり「金力」なり「暴力」がそこになければ、交渉のテーブルに着くことすらかなわない。これはいまの世界の外交関係に関しても全く同様なのね。 オール・ユー・ニード・イズ・マネー!・・・なのね、貨幣経済社会、資本主義世界なんだから。 オール・ユー・ニード・イズ・パワー!・・・なのね、最後に事を決するのは武力・暴力なんだ。 われわれもそろそろ「平和主義」というレトリックの呪縛から目覚める頃合いかもね。楽園喪失。 これは庶民レベルの当事者にしてみれば全く理不尽で納得いかないこともあるのだけれど、時代がそう変化したって事だよね。企業にしても個人事業主にしても一定の比率で存在するあるいは遭遇する(あくまでも「営業上、商取引上」という意味で、ということだけれど)「悪質な顧客」に対して「自衛」しなければならなくなってしまった。で、一般法則通り、「けっして悪質な顧客ではない、正当な主張をしている顧客」が「過剰防衛」にあって理不尽な取り扱いを受けたりする。全く馬鹿げたしだいだけれど、これは僕も経験したことのある事実なんだよね。とんだとばっちりだ。 腹が立つのは、大手企業、力と金のある企業ほど、「金持ち」=「優良顧客」であるという古今東西変わることのない大原則にますます特化していっていることだ。いまや「貧富の差」という言葉が「死語」ではなくなってきている。「金持ち」と「貧乏」の対比が「冗談」ではすまされなくなってきている。いままさに「貧富の乖離(かいり)現象が生じつつある」と僕は感じています。 だからこそ僕としては自分たちにできる範囲内で可能な限りの「心配り」を心がけて応対や接客をしているのだけれど、いま書いたようなことや、一般常識・社会通念の通用しない「別世界」の住人の方もまれにいらっしゃるので、そのときは自分たちの営業権、そしてなによりも他のお客様の快適性を守るために「自衛権」を発動せざるを得ません。というのがメールレスポンス・ポリシーを例にした昨日のはなしの、別の側面からの概観です。 (27時) |
| 2005.01.05(水)----------- この日記を書き始めてから今日で2,983日目です。 今日も絶好のスキー日和になりました。キーンと冷え込んで日中もずうっと氷点下。雪質最高で積雪量も充分以上。景色も銀世界だし、いうこと無しですね。こんな暖冬異変なのにここまでになったのは異例に幸運というほか無いです。 降り積もった雪はいつまでも解けずに、したがって凍結してアイスバーンになることもなく、踏みしめるたびにギュッギュッと鳴くのです。今夜も満天の星空で、おそらくは放射冷却現象のせいでしょう、ものすごく冷え込んでいます。とはいえ、ペンション・サンセットの館内は一昨年来の暖房強化でぽかぽかです。(灯油価格が最低価格時の50%アップというのがきびしいですけど) シベリアンハスキーのパル君(我が家の愛犬、♂、10歳)も暖房床パネルにはまってしまって、すっかり「こたつ猫」ならぬ「こたつ犬」状態です。寒い夜にぬくぬくする悦楽にひたってしまうとは、やっぱりかれも歳ですかね。まあ、外は氷点下15℃ですから・・・。 さて、これは今日「僕のスキー日記」にも書いたことですが、僕のメールレスポンス・ポリシーです: いただいたお便りは感謝の念をもってすべて目を通させていただいていますが、そのすべてにご返信することは物理的に困難です。その点をあらかじめお許し下さい。 基本的に本名や本名を含む署名がなく、まともなあいさつも自己紹介もなく、手がかりはメールアドレスだけで、しかも自分の都合だけしか考えず自分の用件や問い合わせに答えることのみを当方に要求あるいは強要するような「社会通念上最低限の礼儀すら欠いた不審なメール」にはいっさい関与しません。 きわめてまれなケースなのですが、悪質な場合はスパムメールと同等に扱うと同時に、メールアドレス入りで全文をスパムメール対策各関係サイトあてに開示するとともに当サイトでも公開し、法的機関に届け出ますことをご了承下さい。 また、内容に関するご質問はそれぞれその筋の専門の方あてにお願いいたします。僕にはお答えできません。なにしろ僕は「ど素人」ですので、するどくつっこみをいれられてもねえ・・・つっこまれっぱなしで終わっちゃうから、非生産的です、時間の無駄というものです。単純に僕としてはそう感じる、そう思うということですので。(^^ゞ (25時) |
| 2005.01.04(火)----------- この日記を書き始めてから今日で2,982日目です。 きーんと冷え込んだと思ったら、今朝は氷点下15℃まで気温が下がりました。これで平年並みです。1月にしてはやけに陽射しが強くて、雪が少しゆるんでかさが減ったような気がします。妙な天候です。 我が家の愛犬パルももう10歳になりました。シベリアンハスキーなので雪と氷が大好きで寒さにはめっぽう強い犬種です。だから雪が積もりこうして寒くなると目がランランとしてきてものすごく(体力的には)元気なのですが、これまでよりいささか「耐寒性」が落ちたようで、冷え込む夜だけは雪や氷の上ではなくて犬舎のホットパネル(ぬるい床暖房パネル)の上で眠るようになりました。人間でいうなら「こたつでぬくぬく」といったところでしょうか。一度知ったらやめられない悦楽を知ってしまったからかも知れません。 蓼科高原の各スキー場は多少の差はあるもののどこもほぼ全面滑走可能(あるいはほぼ可能)になってきているようです。ピラタスもロープウエイ下のコース(ひょうたんコースを除く)がオープンしていてたくさんのお客様でにぎわっています。ここ数年でもっともにぎわっているのかも知れません。当地ではもっとも標高が高いスキー場なので雪の量も雪質も当地ではベストだからかもしれません。だからといってとんでもなく混雑しているというのでもないので、大丈夫。 ペンション・サンセットからの眺めも相変わらずの銀世界で風情満点です。冬はやっぱりこうでなくっちゃ。 (23時) |
| 2005.01.03(月)----------- この日記を書き始めてから今日で2,981日目です。 年末年始のお休みが異例に短かったですね。あまり長すぎるのもペース配分や予算配分が難しくて、おまけに「社会復帰(会社復帰)」が困難になったりするので困ることもあるかと想いますが。いずれにしてもざわつきと混沌の中で2005年は明けたわけです。今年もまた戦争とテロと宗教闘争と理不尽な経済模様にこづき回されるのがわれわれか弱き庶民の宿命なのかも知れません。 リアルな世界がこうして辛くなればなるほど、防衛機制として、自分の存在やこの世界を抽象化して生きるほか無くなるのもむべなるかなといったところです。そのようにしてリアリティーはどんどん希薄になりやがて失われていくというのが21世紀の人類のシナリオなのかも知れません。リアリティーを失った人間にとっては核戦争や無差別テロの悲惨も恐怖も想像の埒外(らちがい)ですから、もうなんでもありになっていくのかもしれないですし、すでにそうなりつつあるように感じます。 米国で行われた9.11同時多発テロがあぶりだしたものは、そもそも「神」などいないということでした。すくなくともわれわれが信仰する神はいなかったし、彼らの信仰する神もいないのだということです。こちらの神もあちらの神もそちらの神も、本来的な概念としての神としては機能しなかったということです。要するに神はテロの大義名分や大儀(たいぎ)のない戦争の「理由付け」でしかなかった。 広島と長崎に原子爆弾が投下され、一般市民を無差別に一括殺戮(ホロコースト)するという「実験」が行われたとき、日本人はそのような悪魔の所行を祝福する西欧の神の欺瞞を知り、神国日本の虚構を思い知らされたのではなかったのか。それでもなお、われわれは神を感じることができるがそれは宗教の語る神ではない。 このへんでやめておこう、新年早々ちと重たすぎるかも。私は「無神論者」ではなく「無宗教者」であるだけなのだ。宗教を否定するつもりは毛頭無い。ただ、宗教とは神と関わるためのシステムであるということを忘れないようにした方がよい。宗教という器の中に「神」があるわけではない。個人的には、われわれの祈りそのものが「神」なのだと信じている。 私にはもう祈ることしかできない。いや、祈ることすらできなくなってきている。暗い時代が続くが、一歩一歩前進し続けるしかない、そして祈り続けるしか・・・。 (23時) |
| 2005.01.02(日)----------- この日記を書き始めてから今日で2,980日目です。 今朝はじつに寒かった。きいぃぃぃ〜んと冷え込んだ大気はむしろ気持ちよかったのですが。記録式寒暖計を見ると最低気温は氷点下15℃でした。午前8時でもまだ氷点下10℃。天気は晴れ。放射冷却現象による冷え込みの典型的なケースです。クルマのガラスに雪のような結晶が一面にできていました。ドアが凍り付いているクルマもありました。雪道は水気がすっかり飛んでスタッドレスタイヤならギュッとブレーキひと踏みで停止できる状況でした。 それでも午前中、陽が高く昇るにつれて少しずつ水気が出て、スキーに最適な(クルマには危険な)滑走性の良い雪質に変化して、しかも終日氷点下で無風という最高のゲレンデ・コンディションになりました。この年末年始のお客様はみなさま口をそろえて大満足だったとおっしゃっています。いよいよ明日、僕もゲレンデに出て自分でそれを確かめたいと想っています。 あ、そうそう、お知らせです。このサイト(p-sunset.com)を配信するサーバーを引っ越したことは、その経過を何回か書いたのでご承知の通りなのですが、2005年1月1日をもって完全にいまご覧のサーバーに移転完了しました。 旧サーバーにも2004年12月31日までの内容はそっくりそのまま載せてありますが、そちらの更新は停止しました。今後はこちらのサーバーのみ更新を続けます。(ちなみに旧サーバーは現在"http://www.valley.ne.jp/~sunset/"という僕にとっては懐かしいURLに戻っています。) 今後の予定としては、ジオトラスト社の「SSL証明書」を取得しだい、空室情報も予約フォームもお便り・お問い合わせフォームもすべてこちらのサーバーに移転します。これまでもお客様にご入力いただいた個人情報はすべて128ビット暗号化によって当方に配信されるシステムになっていましたが、さらに完璧なセキュリティー対策の施されたシステムによって運営することが可能となります。 アクセスしていただくみなさまにとってはこれまで通りの手順で何ら変わりないと想いますが、そのバックグラウンドであるサーバーがセキュリティーの面において特に強化されたということを、ご報告するしだいです。みなさまに「安心感」をもってご覧(ブラウズ・閲覧)いただき、安心して「お問い合わせ」や「ご宿泊予約」をしていただけるようにペンションのサイトとしては異例のハイスペックの企業向けサーバーにアップグレードしたしだいです。 理由はただひとつ「個人情報の保護」です。 今後とも当サイトをよろしくお願い申し上げます。 (23時) |
| 2005.01.01(土)----------- この日記を書き始めてから今日で2,979日目です。 明けましておめでとうございます。2005年がみなさまにとって佳き年でありますように。 今年もどうぞよろしくおつきあいのほどお願い |