- 2004年8月 -
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"It exists across the universe"
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| 2004.08.31(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,856日目です。 台風一過の晴天です。朝のうちは若干風が残りましたが、いまは静かな森にもどっています。じっさいのところ風雨ともに「春の嵐」程度だったようです。諏訪湖などの平地(盆地)では風によって屋根が飛ぶなどの若干の被害があったようですが、おおむね最小限の被害ですんだようです。 ただし、リンゴ農家などの風による被害は長野県全体で数億円にのぼるとか。汗水垂らして丹精込めて育てたリンゴが収穫を目前にしてたたき落とされてしまったくやしさはいかばかりかと心が痛みます。この世界、「神」の存在を想定しないことには納得致しかねる事態が次から次へと起こります。 残暑のまったく無い蓼科では、こんなふうに台風がひとつ過ぎるたびに「秋」の風情が深まっていきます。あちらこちらでコスモスが満開です。気の早い樹木は紅葉を始めています。でもね、紅葉だけが秋の楽しみではないのですよ。 「初秋」文字通り「秋の初め」の季節感こそ僕のもっとも愛するところです。それは「夏の終わり」であると同時に「新たな季節のはじまり」だからです。いのちの祭典と言っても良い夏が終わり、眠りと死へと向かう自然。こういう表現はあまり「うけ」が良くないかも知れないけれど、じつにそのとおりなんだ。 「冬」は死を含めた「眠り」の季節なんだ、たぶん。 静謐(せいひつ)に満ちた秋はもうすぐそこまでやって来ている。たまたまTVをつけると、再放送で「ビーチボーイズ」をやっていた。夏の終わりのシーンだった。じつに7年も前のドラマだなんて、ちょっと信じがたい想いがするけれど、登場する反町隆史も竹野内豊も広末涼子も佐藤仁美も確かに7年分若かった。 このドラマ、なぜか心惹かれるものがあって繁忙期にもかかわらず何とか全編観たのを覚えている。いまおもうにやはりこの「夏の終わり」という特別な転換点に惹かれていたのだと想う。伝説的バンド、The Beach Boysはイノセントに夏を謳歌し"The Endless Summer"を歌ったけれど、やはり終わりはやってくるのだ。たとえ現実の季節は永遠に続いたとしても、人の心の季節にはやがて秋がやってくる。 僕ぐらいの年齢だとちょうど「秋」ですかね。腰抜けといわれようとも、深い眠りの中で、「冬」が来る前にこの世とおさらばしたいですね、個人的には。 (18時) |
| 2004.08.30(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,855日目です。 昨夜以来晴れていなかったためにこの朝は比較的温かでした。それでも体感気温はひどく寒く感じられるのが不思議な季節です。室温が22℃もあるのに、18℃以下に感じられるのです。ということでお客様の朝食時間には暖房を入れて暖かくお過ごしいただいています。 雨はなく天気予報通り曇り空からやがて晴れ間が覗(のぞ)くめまぐるしいお天気となりました。日中は風はありませんでした。夕暮れに近づくにつれてしだいに風が出てきて黒雲がやってきました。雨雲です。やがて、雨が降り出しましたが、小雨です。風は風速1m〜5m程度で穏やかですが、台風の余波であることは感じられます。 それはさておき、昨日書いたパン作りの話ですが、「ジャワ海の塩」を使うようになった理由は、僕のバイブルである「生きているパン2」を書いた有名なパン屋さん(ピッコリーノ)のオーナーのレシピでこの塩が使われているからです。小麦粉は「南部小麦テリア特号」です。バリエーションとして「はるゆたかブレンド」、「ゴールデンヨット」、「スーパーカメリア」なども使います。 しかしこの塩はネット検索ですぐに取り扱い元を発見したものの、実質的に25kg以上からの通信販売だったので、しばし考え込んでしまったのです。僕の焼くパンの場合小麦粉500gに対して塩はわずか7.5gにすぎないからです。とても使い切れない・・・と思ったのです。 3ヶ月ほどたって最近調べるとなんと多くのネットショップで取り扱いを始めていて1kg袋から購入できるようになっていました。即購入手配したしだいです。お料理にもサラダの生野菜の下ごしらえにも使うことにして、なんのことはない、送料の効率を考えて結局10kg(1kg×10袋)購入したのでした。 塩そのものを味わってみると「ゲランドの塩」のほうが繊細にして上品で深みがあり「塩かど」のないことでは金メダル級なのですが、他の食材とあわせて調味料として味わう限り「ジャワ海の塩」のほうが結果が良いように思うのです。精製塩のような「塩かど」もありません。 特に和食系のお料理やパン作りにはこちらのほうが(精製塩よりもゲランドの塩よりも)決定的に良いと僕には思われます。まあ、天然酵母を使った「リーンなパン(小麦粉、水、天然酵母、微量の塩、砂糖の他は何も入れないシンプルなパン)」に限定したお話ですが。 「ゲランドの塩」はたとえばこちら、「ジャワ海の塩」はたとえばこちら、で入手することが出来ます。ご参考まで。 当地は台風16号の影響はほとんど無しとなりそうな気配ですが、被害を受けたあるいはいま台風の被害にあっておられる地方の方々には心よりお見舞い申し上げます。今年は奇妙な動きをする台風や季節はずれの台風上陸やらで、なにやら異変を感じさせられますね。 (21時) |
| 2004.08.29(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,854日目です。 静かな夜です。この夏も何度同じような表現を用(もち)いただろう。でもほんとうに静かなのだからこう言うしかない。お客様がたくさんいらしてもひとりもいらっしゃらなくてもこの静けさに変わりはありません。これこそがピラタスの丘の他では得難いすばらしい特徴のひとつといえるものです。 今日は朝から曇り空でときおり雨がぱらつくといったお天気でしたが、風はなく雨も小降りで台風の影響でやって来た雲がかかってはいるものの、台風の「影響」といった感触はまったくありません。いま(午後11時)は雨は止んでいて空を薄く雲が覆っています。 昨日の天気予報では終日雨降りが報じられていただけに、晴れはしなかったもののはるかにマシなお天気になりました。明日はときに晴れ間がのぞくという予報なのですが、どうなのでしょうか。午前9時から午後3時までの降水確率はゼロという予想です。 今夜もお客様のために全館暖房です。強く入れすぎると何のために「避暑地」にいらしたかわからなくなるので、暖房の加減にはとても気を遣っています。寒くない程度に「温もり」があって、爽やかに涼しいという印象が残ればベストです。しかし、この加減がけっこう難しい、個人差もありますから。 まあ、そんな仕事も深夜・未明を問わずにやっています。具体的にはボイラー室にはいって、ボイラーの調整管理をするわけですが。べつに褒めて欲しいわけじゃなくって、そいういうこともペンション経営者の仕事だと言うことです。皆さんあまり語っていらっしゃらないようだから。 僕のダイエットの話しですが、体重が62kgを切ったところで、再び多少ファットな要素も取り入れるようにしています。5ヶ月で12kg減量というのは僕の場合、このあたりが限界かな、と思ったからです。いまは経験的かつ個人的な理想体重の64kgに向けて少しずつ管理しながら体重を戻しています。特に砂糖をしっかりとるように気配りしています。昨日みたいなことがあるといけないから。 で、パンの話ですが、塩をこれまでの「ゲランドの塩(ジャワ海の塩より1500年以上旧い歴史を持つ100%塩田法によるフランスの天然天日塩です)」から「天然天日塩・ジャワ海の塩(500年の歴史を持つ100%塩田法による塩です)」に変えたとたんに劇的に味が締まってさらに美味しくなったのでした。 味や食感の「輪郭(りんかく)」がしっかりしたという印象です。そういう表現がいちばん適切なように感じられます。端的に言ってしまえば、以前よりも「わかりやすい味」になったといえるかもしれません。おそろしいことに、そのことははっきりとお客様の反応にも現れました。パンを残すお客様がひとりもいらっしゃらなくなったのです。完食です。 これまでは、パンが好きで味や食感の違いがわかるお客様には天然酵母パンの美味しさをわかっていただけたのですが、パンがあまり好きでないお客様や味などあまり気になさらないお客様には「ふ〜んそうなの」って感じで召し上がっていただいていたのです。 はっきり言ってちょっとがっかりしたりもしていました。なにせこだわりにこだわって通算100時間もかけて作ったパンですから。残されたパンを観るのも廃棄するのも断腸の思いでした。でも他のパンとの違いがどなたにも感じていただけるように出来たことのよろこびはとても大きいです。 ということで、きょうもまたオリジナルレシピの天然酵母パンを仕込むのです。早朝のあの香ばしいパンの焼けるにおいのために、僕の睡眠時間は惜しげもなく消費されるのです、それはよろこびでもあるから。 (23時) |
| 2004.08.28(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,853日目です。 痩せたいから、ダイエット中だからといって、とにかく砂糖を目の敵にして一切とらないというスタンスでがんばり過ぎちゃうとけっこうとんでもないことになるようです。だいぶ前にTVで観たことなので、あやふやで申し訳ないのだけれど、砂糖は脳が活動するための大切なエネルギー源でもあるのだ、という一節だけは妙に鮮明に憶えていました。 それを実感したのが昨夜のことでした。たくさんのお客様をお迎えしていたのでお食事を2回制にしていただいていたのですが、1回目の最後のほうで急にガス欠になってしまったのです。身体のエネルギーが、というのではなく、それをコントロールする頭のほうが。 とにかくものが考えられない、思考停止。当然身体もうまく動かせない、そもそもなにをすべきなのか、どのような動作を身体に指示すべきなのかが混乱して収拾がつかなくなったのです。さいわい2回目の時間のお客様の人数が少なかったので、妻とアルバイトさんにそちらを任せてしばし休んだしだいです。 まあ、初めて経験するといっても過言ではない極度の過労もありましたが、それ以上に驚いたのはものを考えたり身体をふつうに動かすことが出来ないという状況に対してでした。2時間ほど休むとだいぶ回復してものを考えられるようになり、そこではっと思い出したのが砂糖のことです。実感として頭脳のエネルギー不足がありました。 で、なにをしたかというと、パン作りで使っている洗双糖を30gほどそのまま口に放りこんだのでした。密のように甘く香りの良い砂糖なので、無理なく食することが出来ました。必須ミネラルもものすごく豊富なのでこれがベストの処方だと考えたのです、直感的に。人間には本来そのように、いま自分に必要な食べ物を欲するプログラムが内蔵されているのだと思います。 文字通り脳細胞に染みこんでいくような感覚がありました。そして状況はかなり改善したのでした。じつに不思議な体験でしたが、確かにこころあたりがあったのです。繁忙期には特に肉体労働のほうがきついのがペンションの仕事ですが、こんなふうにホームページを高密度に運営するというのもけっこうなエネルギーが必要なのです、だれも認めてくれないけれど。 ときとして頭脳労働のほうが肉体労働よりも多くのエネルギーを消費するということも、みんな認めたがらないよね。特に日本の地域社会、村落共同体ではね。肉体労働のほうがはたから見ていても「働いていること」がわかりやすいからね。だから知的所有権にも鈍感なんだよ、たぶん。だからって、肉体労働と頭脳労働とどちらが偉いとかどうとかって話ではありません、念のため。 じっさいのところ古今東西、きつい肉体労働の方がいわゆる頭脳労働より賃金が安いことが多いというのはいまひとつ納得がいかないんだよね、個人的には。頭脳労働ってのはそんなに偉いのか?つまり、経済効率的に価値が(それほどまでに)高いのだろうか?これはきっちり検証する必要がある。確かに単純肉体労働はイノベーションからはもっとも隔たった場所におかれているのかもしれないけれど、額に汗して働くという点ではどちらも変わりはないのだから。 なんて言いながら僕自身はその頭脳労働とやらで申し訳ないほど高い賃金をいただいていたのだから、とやかく言う資格はないのかも知れない。でもね、頭脳労働というと聞こえはいいけれど肉体的にも過労死寸前まで行ったよ、僕だって。 まあ、いいや、そんなことがありました。 そんなことはとにかく、今日も「秋」みたいに爽やかなお天気になりました。夕方から少し雲が出てきました。台風の影響かも知れないけれど、雨や風はまったくありません。天気概況でも台風の直接的影響はなさそうです。お天気は影響を受けるだろうけれど。 (26時) |
| 2004.08.27(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,852日目です。 今日はほんとうに晴れだったのだろうか。確信が持てない。意識がとぎれとぎれなのだ。記憶がコマ飛びを起こしているのだ。ひとつの場面から次の場面へと突然切り替わるのだ。あきらかにその間の数コマ(数十コマ?)が飛んでしまっている。意識が不連続なのだ、つなぎ方の下手な編集フィルムみたいに。 こんな体験は初めてのことだ。これまでは単ににそれに気づかないで来たと言うことなのだろうか。それとも、これはじつに初めて体験するある種の障害なのだろうか。わからない。以前からその気配はあったけれど、いずれにしてもこの夏の極限的な疲労から来ているのは明らかなようだ。 僕は自分が(いかにも)がんばったのだ、というようなことを言いたいのではない。この不思議な現象(症状?)にいささかとまどっているのだ。そして自分の肉体的限界、精神的持久力の不足を嘆いているのだ。年齢的なものはもちろんあるだろう。しかし、それ以上にそれは僕の「弱さ」から来るものだと考えている。 それはさておき、緒方直人演じる「朔太郎」にはまってしまった僕は今夜も「世界の中心で、愛をさけぶ」を見てしまった。その中の一場面が妙に心に引っかかった。かなり前に僕が書いた「And I Love Her」という小説(?)の中の表現(フラグメント19)に非常に近い描写が出てきたのだ。一瞬目を疑ったほどだ。たぶん偶然なのだろうけれど、それでもかなりびっくりしたのは事実だ。 おそらく作者あるいはシナリオライターの方と精神世界を共有する部分が大きいのかも知れない。それは「世界観」といってもいいのかもしれない。それにしても、あまりにも似ている。 そういえば、自分で書いたこんな文章を発掘してちょっと驚いたので書き留めておく。これはある方への手紙の一節です。 日常がつらいときわれわれはよく「現実」という言葉でそれを表現します。でも「現実」ってなんでしょう。じつのところ「現実」がなんであるのか、それをきちんと認識しているひとは少ないのではないかと思うのです。 われわれが語る「現実」は主観的なきわめて個人的な体験的「寓話」にすぎないのです。ゲーテがファウストにいわせたとおりの意味において「万物はメタファーなのだ。」ということです。 「事実とは多様な視点であり、真実とはメタファーの個人的解釈である。」といっても良いのかも知れない。 「現実」=「リアリティー」はわれわれを常に惑わせ悩ませます。 しかし、本当のところは、「現実」とは「私たち自身の反映」にすぎないというのが僕の出した結論です。現実とはわれわれが間断なく創造し構成している物語にすぎず、そうした意味においては「現実」に本当もウソもない。それはきわめて個人的な私的物語である。 唯一確かなことは、「いま、ここに、ある。」という直感的事実のみです。 いらして頂いたときよりも湿度がぐんと下がって、蓼科は完璧な夏になりました。家の中にいるとTシャツ一枚では日中でも肌寒いくらいです。吹き抜ける風はさらさらとしてびっくりするほど冷たいのです。 森はいのちの息吹に充ち満ちて、ただ生きるということただ生きているということを楽しんでいるかのようです。 しかしそう語る一方で、このいのちたちがどれほど過酷な生存競争の中で命をつないでいるかを知っています。大空を飛翔する鳥たちは決して自由を謳歌しているわけではなく、森の小動物たちも天敵の脅威におびえながら、ひとときのいのちを生きているのです。 ぼくらだって同じです。 生きる意味を問うことはそもそも問いの立て方を誤っている。われわれはそれに関与できないのだから。 しかし、生きる価値に関してならばわれわれは問うことができる。われわれは積極的にそれに関与できるから。 ひとはなぜ生きるのだろう。ひとはなぜ死ぬのだろう。 われわれの知っているこの世界がそのようなものだから、としか言いようがない。われわれはそれに従うほか無い。 (22時) |
| 2004.08.26(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,851日目です。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」(みのるほどこうべをたれるいなほかな)という句があるじゃない。そのことがまったくわからないひとがこの世には星の数ほどいらっしゃるのはみなさまご高承の通りです。社会の様々な場面であるいは様々な人間関係において、そのような人物はひとを不快にしこそすれ、気持ちを晴れやかにして励ましたり、幸せな気持ちにさせることなど金輪際(こんりんざい)ないのだ。 まあ、そういうひとは「俺は(わたしは)すごいんだ、偉いんだ」と常に主張し続けなければならないほどの「小人物」だということを証明しているだけだということに気がついていないんだね。とてもかわいそうだと思います。そんなことしなくたって、ちゃんとがんばっているならきっと周囲の人々は公正に認めてくれていると思うのだけれどなあ。かわいそうなひとです、さびしいひとです。 はっきり言って、僕のペンションでは「そういうの」って無視します、通用しません。お客様はあくまでも「平等に大切なお客様」です。そりゃあお馴染みのお客様と初めてお目にかかるお客様とでは微妙におもてなしというか会話の質が異なることもあるけれど、それは自然なことでしょ。 そういうことではなくて、その人の地位や立場でもって、あるいはその人の態度でもっておもてなしがかわったりしないということです。そして、僕らはおもてなしさせていただく側の人間としての礼儀をわきまえてきちんと仕事をさせていただくけれど、それは決して「主従関係」ではないということを明確に意識しています。個人としてはあくまでも「対等の関係」にあるということです。そのことを決して忘れないようにしています。 かりそめの「大名気分」、慇懃(いんぎん)な「主従関係」を堪能したいならば、目の玉の飛び出るほど料金の高い高級旅館や高級ホテルをご利用になるべきです。彼らはそうした面でのプロフェッショナルですから、しっかりとお客様を「値踏み」した上で、お客様の該当する(彼らの)評価レベルに応じてビジネスライクに「上げ膳据え膳」のおもてなしをしてくれることと思います。 彼らに「値踏み」されているのに気づかないなんていうひとはなんてナイーブなんだろうと思う。しかし、それは、そのような理念・概念に基づく施設なのですから当たり前の話なのです、彼らを責めているわけではありません、念のため。 ペンションはその対極にある宿泊施設だと思っています。施設面でも設備面でも「おもてなし」のスタンスという点においても。ペンションのおもてなしはあくまで、ひとりの人間対ひとりの人間というレベルのものです。裃(かみしも)を脱いで、素(す)の自分に戻っていただける場所なのです。 肩肘張ってがんばる必要はないのです、自分を大きく見せる必要はないのです、力づくで周囲の人々を自分に従わせる必要もないのです。本来の(もしそうならば)「弱い自分」をさらけ出しても誰もそれにつけ込もうなどとはしない場所なのです。 幸いにもペンション・サンセットはお客様に恵まれていて、そのような方はほとんどいらっしゃらないのです。よしんばいらしたとしても、しだいにうち解けて本来のこころ伸びやかなご自分に戻ってくださいます。そんなとき、ぼくはとてもとてもうれしい気持ちになります。 (22時) |
| 2004.08.25(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,850日目です。 妻が若い頃好きだった(いまも好きなのかも知れない)松任谷由実の「荒井由実」時代(要するに結婚して改姓する前)のベスト集「荒井由実 Super Best」を入手して聴いている。そして感じるのはご本人がよく言うように「歌が下手だった」ということと、そんなことはまったくどうでもいいような気持ちにさせる楽曲、特に歌詞がすばらしいということ。ひとつの情景があり、時代の雰囲気があり、忘れられないドラマが成立していて、おそらく一生涯抱き続ける「想い」がそこにはあるような気がする。 その一点に関してだけでも僕は彼女にこころから敬意を抱いている。その時代感覚の鋭さしなやかさに。そして「いま」の松任谷由実さんは成熟したじつに良い風情の女性になったと思う。どうも僕は彼女のファンなのかも知れないと、ふと思ったり。 彼女のご主人(松任谷正隆さん)が大学時代の語学履修クラスの同級生だったので面識があるということも、なんだか微妙な関係ではあります。俳優の中村雅俊さん、横浜ベイスターズの山下大輔監督は同窓生でした。そんな世代なのです、僕らは。団塊の世代の通り過ぎた直後を歩み続けてきた特殊な世代。 なんか感慨深くなっちゃいます。 まあ、それはさておき、今朝の最低気温は12℃、日中の最高気温は18℃、天候は「晴れ」。平年並みの気候になってきました。日中は「夏」、朝晩は「秋」というのがもっとも適切な表現かも知れません。今日さわってみて分かったのですが、ウチの愛犬パルもいつの間にか少しずつ冬毛に変わり始めていました。 頭の中が真っ白です。あっという間の2ヶ月でした。毎日ただひたすらペンション運営を行い、お客様をおもてなしし、深夜から未明にヨーグルトを仕込み、パンを仕込み、夜明け頃にはパンを焼き。寝るヒマがなかった。午前中や日中につかの間の仮眠をとるだけ。この日記だって一日も休まなかったでしょ。 「身を削る」とういのはこのようなことなのだと、心と体でしっかりと体験できました。 しかし、そんな努力も必ずしも報われないのがこの世界の成り立ちです。頭の良いひとはもっと「楽してもうかる」仕事をする能力があるのです。それは不正ではないし、もちろん悪いことなんかじゃない。僕らが苦労ばかり多くて適正な収益を上げられないのは、ひとえに僕らの能力不足、知恵不足によるものなのです。そのことはよおおおくわかっているつもり、たぶんね。 まあ、じつはダイエットできたほんとうの要因はそのあたりにあるのかも知れないと言うことにいま気づいたところです。「身を削って仕事する」ことが最高のダイエットになるのかも知れない、とても不健康な痩せ方だけどね、ほとんど「やつれた」、「病気?」って感じかな。 でもね正直な話し、健康診断の指標を見る限り、今回の減量は「病的体重減少」ではなく、やはり比較的健康的なダイエットだったように思います。この1ヶ月の減量分は、どうなのかはわからないけれど。 (23時) |
| 2004.08.24(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,849日目です。 今日は天候も回復に向かい雲にとりつかれていた山岳部もしだいに日差しに恵まれました。雲の高度も上がって、時間帯によっては充分展望もきいたようです。明日の天候もピンポイント予報によれば今夜から晴れて終日晴れ、ということになっていて期待が膨らみます。いま現在は上空に薄い雲がありますが、これから晴れてくるものと思われます。 気温に関しては冒頭の通りなのですが、実際の気温と体感気温とはかなり異なります。結論から言えば、実際の気温以上に涼しく感じると言うことでしょうか。朝晩はまるで「秋」みたいに感じます、じっさいはまだまだ夏の気温なのですが・・・。人間の身体というものはじつに不可解です。 今日は久しぶりに、じつに久しぶりに、お客様が少なめでちょっとだけ身体が楽させていただいています。お客様もゆったりとくつろいでいらっしゃいます。僕らもお客様とゆっくりとお話しできますし、やはりお盆の時期のなんとなく「せわしない」風情とは劇的に変わったことを実感します。 通常はなぜかひと夏に1日くらいは、たまさかお客様がいらっしゃらなくて、自然に休館日になってしまうことが多いのですが、今年はそれがないです。これはじつにありがたいことなのですが、今年の夏はこれまで経験したことのないようなお客様の動きという点で、じつに不思議な現象が多い夏です。 これを機会に我が国の国内旅行の成熟がよりいっそう加速することを祈ります。同時に「受け入れる側」「提案する側」として、ぼくらはよりいっそう身の引き締まる思いがしています。それはお客様の選別眼ががより鋭くなることを意味しているからです。僕らも切磋琢磨しつつ自らを少しでも高めていかなければならないのだと想います。 設備面に関しては、これはもう勝負になりませんから、ペンションというカテゴリーという制約のなかで自らの限られた少ない資本(まあ、僕らみたいに資本なんて言えるものは無いほうがふつうかも知れません)の中で、精一杯知恵を絞ってがんばるしかないです。 ペンション・サンセットは「設備投資型」の豪華な設備のあるペンションさんにはかないません。しかし、それ以外のジャンルでは充分以上によい勝負をしていると思います。これはお客様から頂戴するありがたいご評価から多少自信を持って申し上げることが出来ます、たぶん。(^^ゞ 唯一同じ土俵で勝負できるかも知れないのが「ホスピタリティー(おもてなしのこころ)」なのかもしれません。先日お客様からいただいたお礼状の中にあったお言葉ですがあらためて「やっぱりそうなんだ」と確信したしだいです。 でもペンションの場合はちょっと特殊なところがあって、実感としては、最終的にはお客様とペンションとの「相性」とでも言うべきもののあるなしで「お客様にとっての善し悪し」が決まるような気もしないではありません。 これは僕らにとってもとても怖い部分なのですが、不幸なミスマッチが起こらないように、こんなふうに「こんなやつがこんな意識でやっているのです」ということを日記にしたためたりしているわけです。 さて、話は変わりますが、3月以来進めてきたダイエット・プロジェクトですが、昨夜体重計に乗ってびっくりしました。なんと現在62kgしかないのです。3月時点で74kgもあった僕が、わずか5ヶ月で12kgも減量したことになります。 どのような合理的(科学的)なダイエットを行ってきたかは以前さんざん書いたのでここでは割愛しますが、基本的には間食を一切しないことと昼食を軽くすることと「燃焼系アミノ式」を水がわりに大量に飲み続け、繁忙期の激しい運動量をこなしたということでしょうか。 しかしこれ以上急激に体重が減るようだと要注意という領域にはいってきたようにも感じています。僕の経験的適正体重は62kg〜64kgですから、このあたりで安定してくれると理想的なのですが。筋肉はほとんど落ちていないので体脂肪が落ちたと考えるのが順当だと思っていますし、実感としてもそのような感覚です。ウエストサイズは84cmからいっきに76cmに減じました。これで昔好きで買い集めた愛すべき衣服たちを再び着こなすことが出来る、それだけでもとてもうれしいことです。 腰痛をさらに悪化させていた「重り(=よけいな体重)」も12kg減ったことだし、このまま健康的に問題が出なければ大成功と言っても良いのかも知れません。じっさいに6月時点での集団検診の肝臓に関わる指標はのきなみ理想的な正常値に戻ったのです。自分的にはペンションでお客様にお出ししているのと同じ自家製の「天然酵母パン」と「天然酵母入りヨーグルト(ケフィア)」の栄養学的要因が大きいと感じています。 自分でこれは身体に良いと実感したものをお客様に自信を持ってお出しできる喜びをいま噛みしめているところです。 (20時) |
| 2004.08.23(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,848日目です。 あいにくのお天気です。まあ、晴れの日もあれば雨の日も曇りの日もあるのがこの世界なのですが、避暑にいらしたあるいは観光にいらしたお客様にしてみれば、雨ほど最悪の事態はないでしょう。僕にはいかんともしがたいのが大変心苦しい限りです。 さいわい、ピンポイント予報によれば明朝から回復基調でお昼頃には晴れ間も、といった感じになっています。なんだかここ数日は天候が安定しないようです。予報じたいがころころ変わるのがその証拠でしょう。まあ、台風よりは断然マシなのですが。人生楽ありゃ苦もあるさ、人生いろいろ、なんていう某国総理大臣のお言葉をありがたく思い起こしてしまうのですが。 それにしても今夜は冷えてますね。実際の気温はさほどでもないのでしょうけれど、体感気温がとても低いのです。今夜は温水暖房の循環湯の温度を秋なみに上げました。明日の朝は亜高山帯ならではのものすごく爽やかなきりっとした「寒さ」を堪能していただけると思います、きっと。 毎年夏の終わりに思うのです。ペンション・サンセットはこれでよいのだろうか、と。僕ら的には問題山積なのですが、それは資本的なこと(つまり弱小個人経営ならではの資金力不足)や素人が始めた宿ならではの経験不足を含めた「それらしさ」をどう(開き直って長所として)展開していくか。そんな経営的なこと実務面の反省点、そしてお客様ニーズとご提供しているサービスとのマッチやミスマッチ。 こうだったらよいのにとかああしたいこうしたいというのはいくらでもあるのですが、それが出来ないことへのいらだち。夫婦がふうふう二人きり(笑)、で切り盛りしているがゆえの、物理的限界、時間的限界、体力的限界。設備面での資本的限界。無い無いづくしの感がある中で今シーズン打ち出したコンセプトは正しかったのか。 基本的には正しい方向性だったようにも思われるけれど、肉体的限界を超えてしまったのは事実です。文字通りまともに睡眠をとることが出来ない夏でした。僕の担当分野で言えば、ヨーグルトを作り天然酵母パンを焼きこのサイトを運営しつつネットワーク経由でお客様に情報をご提供してペンション・サンセットにいらしていただくという作業、これをひととおりきちんと終えると、いつも夜が明けていて午前4時〜完全徹夜になっていました。 その分、妻に負担がしわ寄せされるわけでこれはこの10年で初めて経験するほどのものでした。まあ、年齢的なことから来る体力不足もあるのですが。僕がつかの間の仮眠をとっている間にも妻は八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をしてくれたのですが、当然ながら明らかなオーバーロードでほんとうに体力的に大丈夫なのかとはらはらするほどのものでした。 どんな仕事でも大変さは同じだと思います。みんな、みなさん、同じような想いをされながら必死にがんばっているのだと思います。大変なのは僕らだけではない、当然そうでしょうね。しかもそんな必死の努力やがんばりが必ずしも報われるわけでもないという事実。ああ、人生いろいろ、です。 それでも僕らはお客様をお迎えするのがなによりもうれしいことだし、良いサービスが出来てお客様の笑顔を拝見できたときのよろこびはひとしおなのです。クールに見ればそういうペンションってあんまり「商売的」には成功していないみたい。経営感覚が甘いのですね、要するに。その点が僕がこれからしっかりと見極め、経験を積んで成熟していかなければならない最大の問題点だと思っています。 お客様のご愛顧に感謝しつつ、そんなことを思う夏の終わり、秋のはじまりを感じさせる夜。相変わらずどこまでも静かで穏やかな夜です。まだペンション・サンセットにはいらしていないけれど、このサイトを、この日記をご覧いただいているみなさまにも心より感謝いたします。 いま、ぼくらが、ここにある、それができるのはとりもなおさずペンション・サンセットをご愛顧いただいているお客様のおかげなのですから。 ありがとうございます。感謝。 (24時) |
| 2004.08.22(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,847日目です。 念のためにひと言書き添えます。昨日書いた「だれかさん」のグローバルIPアドレスはDHCPによって割り当てられているので原理的には個人の特定は出来ません。したがって個人情報にはあたらないという判断であえて記載したしだいです。 まあ、プロフェッショナルの手にかかれば何だって知られちゃうのですから、ケーブルモデムやADSLなどのモデムを使っていて、「ルーター」無しで直接「グローバルIPアドレス」で接続しているひとは十分に注意しましょう。それから無線LANのアクセスポイント(親機)に自分の本名なんかつけちゃダメよ、ネット上に表札を出すようなものだから。Air Mac Base Stationを使っているひとは特に注意!まあ設定しだいでは大丈夫だけど。(詳しいことはプロ、すなわちプロバイダのひとなど、に訊いてね) ということで、インターネットに限らずネットワークに自分のマシンを接続したりWWW上にホームページを公開することの怖さと楽しさと要求される注意深さ(見識とか常識とかセキュリティーとかプライバシーに対する意識とか...)をひしひしと思い知る昨今であります。みなさまに置かれましても十分ご注意下さいませ、よけいなことかも知れませんが。 さて、今日は朝から曇り空でしたが、冷え込みは「さわやかさ」を超えるほど厳しいものではありませんでした。すっかり秋めいた感じなのですが、じつはまだまだ夏なのですね、これが。ひとたび陽が差してくればそのことは体感できます。 蓼科は残暑が全くないところなので、残暑を避けるには最適の場所です。これからの期間は道も空いているし、宿も比較的空いていて当日予約してご宿泊なんてことも出来るし、ふらっと避暑に出るには最適のシーズンです。僕もペンション・サンセットを始める前、ビジネスマン時代はあえてこの季節のみをねらって蓼科に通ったものです。おすすめの季節です。 今夜もお客様のために夕食時から暖房を入れています。たぶん13℃程度の最低気温になるのではないかと思います。秋に向けてこんな風に日中と夜間との寒暖差が大きくなっていくのです。静かです、じつに静かです。お客様が口をそろえておっしゃるのは「ああ久しぶりに熟睡できた!」です。そりゃあそうですよね、これほど静かで心安らぐ夜はここ以外ではちょっと得難いものだから。暖房が欲しいほど涼しいし。 (24時) |
| 2004.08.21(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,846日目です。 昨日も書きましたが、朝夕は完全に「秋」を感じさせる気候になりました。すでに紅葉を始めたナナカマドがビーナスライン沿いの森に見られました。しかし、ここ(標高1700m)から蓼科湖(標高1230m)まで降りれば、そこは蝉時雨(せみしぐれ)の情緒ある「夏」なのでした。吹く風はひんやりと心地よく、いかにも蓼科の夏らしい気候になっています。「避暑地はやっぱりこうじゃなくっちゃ」と思わずひと言いいたくなってしまう、最高の季節です。 このサイトへのアクセスはサーバー段階でアクセス・ログとして記録されていて、僕も毎日チェックしているのですが、今月は特にふたつのグローバルIPアドレスが上位に入ってきていて、ちょっと気になっています。僕の加入しているネットワーク上のだれかさんなのですが。だれなんだろうね、"gd-cm31-0288.lcv.ne.jp"さんとね、"gd-cm31-0095.lcv.ne.jp"さんなんだけどさ。ご同業の方でなければうれしいアクセスなんだけど。もとへ、ご同業の方でもうれしいです、ありがとうございます=これは公式発言。 まあ、ネット上に一般公開している以上どなたがどうご覧になろうとそれは自由ですから、それはいいんですけどね、ちょっと気になるじゃない、こういうのって。相手はおそらく近いところにいるんだろうし。よく知っているひとだったりしたら恥ずかしいなあ。最悪のケースは悪意をもってみられているケースだけど、僕はそんなに悪いことは書いていないつもりだよ。特にひとの悪口は言わない。 僕はだれかを誹謗中傷しているととられるような、あるいは誹謗中傷そのもののようなことは絶対に書かないと8年前にこのサイトを立ち上げたときから決めているので、誰にどう見られようと困るようなことはありません。そんなことをしたら、自分とこのサイトをおとしめるだけですから。 とはいえ、脳みそのとろけたような不条理な政策を連発する政府当局なんかは「滅多切り」にすることもあるけれど。これはしょせん「ごまめの歯ぎしり」だとわかっているから「誹謗中傷」にすらならないとはっきり分かっているからやるわけです。誹謗中傷どころか「やらずぶったくり」された上に、「負け犬の遠吠え」的挫折感を味わうだけだもの、残念ながら。 それはさておき、今夜も満室のお客様をお迎えしてしっかり暖房を入れています。僕ら的には暖房なんかぜんぜん必要ない気温なのですが、灼熱の土地から避暑にいらしたお客様にとってはやはり「寒く」感じられることを理解しているからです。今夜もじつに静かな夜です。静寂の中で深々と夜が更けていきます。 昨日からMiles DavisとGil Evansの歴史的コラボレーションアルバム「PORGY AND BESS(ポーギーとベス)」をずうっと聴き直しています。やはりいいですね、これはガーシュインが書いた有名なオペラをビッグバンドジャズとして演奏しているのですが、最高の出来なのです。何十年も前の演奏だなんてまったく信じられない新しさ新鮮さに充ち満ちています。やはりビートルズとマイルスは僕の音楽体験の骨格をなす巨人です。 (24時) |
| 2004.08.20(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,845日目です。 今朝から何かが決定的に変化していることを実感します。「空気感」とでも表現すべきなのだろうか、この感触は、なんと言ったらよいのだろう。大気の感触、空気の質感が劇的に変化したのを実感しています。同じ気温でもそれはまったく異なっているのです、これまでとは。 陽光もその強烈な熱線がいささか勢いを失い、じりじりと肌を焼く感触が薄らぎました。空も森もなにも変わっていないようなのですが、それでも何かが確実に変化してしまったのを感じないではいられません。この風の冷たさは、この心地よい大気はそう、秋の感触に近いのです。 日差しは真夏、大気は初秋。そんな感じです。 そんなわけで、日が暮れたとたんに大気は急激に冷え込んで、今夜も全館暖房です。とはいえ、満室のお客様は「避暑地・蓼科」に「避暑」にいらしているわけなので、暖房しすぎにならないように気配りしています。お部屋が「寒くない」程度にほどよく暖まるように、温水式集中暖房の湯温を調整しています。 ぼくはいま(午前0時過ぎ)ざっくりとしたコットンのトレーナーシャツを着て、もちろん窓は閉め切って、さすがに自分の部屋の暖房は切って(だって、この程度の冷え込みは寒く感じない)、こうしてPower Mac G5のディスプレーに向かって日記をしたためています。半袖では寒いです、実際のところ。 空にはたくさんの星が瞬き、月齢5日の月が多少邪魔だけれど、とても良い星空です。でも本気で星を見るつもりならば、外気温はおそらく10℃程度なので、ダウンパーカが必要かも知れない。 夏のハイシーズンも後半に入って、頭の中は空白状態、ぼおっとしていて、それだけについ妙なことをしてしまいがちです。はっと気がつくとなにかにじいっと見入っているのですね。それが「もの」ならまだいいのですが、「ひと」だとちょっと危ない。 たとえばスーパーマーケットのレジ係の若い女性のなにげない仕事ぶりに見入ってしまう。はたからみると、これはちょいとあぶない。でも、別に良からぬことを考えているわけではないのです、この情景を写真に写し取るように絵画に描くように、文章でつづることは出来ないかと考えて作文しているのですね、心の中で。 理由は簡単、その情景が美しいから。「彼女」の映像の向こう側に映し出されるものを僕は見ている。 この日記を書くようになって8年以上経ちますが、何を見てもそのように文章で表現する習慣というか、そんなものが僕の中に形成されてしまったようです。しかし、それがよいことなのかどうか、いまの僕にはわかりません。 そんなこともあって昨日あたりから比較的まじめに写真撮影を再開したのですが。 でも改めて自分でも理解したのだけれど、僕は文章にしても写真にしても風景よりは人間を対象にしたいのです。人間を写したい、人間を描きたい。生身の人間の存在感を書きたい、その能力が僕にあるかどうかは別にして、まあ、そんな、単なる個人的なささやかな「想い」です。 (24時半) |
| 2004.08.19(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,844日目です。 久しぶりで、うん、じつに久しぶりだ、パルの散歩に行ってきた。最近周囲にペット連れOKのペンションさんが増えたこともあって、朝な夕なに魅力的な雌犬(レディー)が近くを通りかかることも多くなり、彼としては「さかり」がついてしまうわけで、ここのところ切なくも苦しげな状況に置かれ続けているのです。 こういうのって、昔の(ということは僕らの世代ということだけどね)思春期の男子(う〜ん懐かしい響き!)の「もんもんとした」状況に似ていなくもない。ティーンネージャーのセックスが当たり前の現代においてはどうだかしらないけれど、ぼくらは「そんなものはスポーツや勉学に励んで発散しろ」なんていう意味不明の檄(げき)を飛ばされて過ごしたものだ。 健康なセックスの欲求をスポーツで発散しろなんて何の根拠もないだろうが! はなしがそれた。でもってね、パルのところに行くと身震いして喜んでくれた。こんな無垢な愛情を示す存在はいまやパルぐらいしかいないような気がしてなんだかじーんとしましたね。人間というやつはこんなに素直に愛情表現する時期はごく短いからね。いずれにしても愛というのはいつでも、「いまここにある愛」であることを忘れてはいけない。愛の真実とは常に現在形でしかあり得ないのだ。 次の瞬間には、それは霧消しているかも知れない。それはだれのせいでもない。 今夜は(といってももう午前0時を回っていたけれど)、台風の影響で真っ黒な雲が風速5m〜15mの風に流されてものすごい勢いでピラタスの丘上空ほんの100mのところを流れていく。月齢4日だから空は真っ暗。かなり劇的な情景を目撃できました。こういうのって、僕は好きだなあ、個人的にはね。 腰椎椎間板症の状態は(もちろん)決して良くないのだけれど、気持ちの問題の方が重要だから今日はあえて僕が散歩に出たのでした。背骨が折れ曲がりそうなほどの痛みに苦しんでいます、はっきり言って。でも、お客様には分からないはずです。そのような演技は上手なんだ。 腰痛をきっかけに4月から始めたダイエットの効果はてきめんで、とうとう体重65kgを切りました。3月時点で74kgあったのだからこれは大成功と言って良いのでしょうね。身体が軽くなってとても調子がいいです。パルの散歩の時けっこうぜいぜい言っていたのだけれど、今回はまったく楽勝で息が切れることもありませんでした。さて、目標の第一段階である64kgまであと少しです。 僕がやったのは栄養バランスの優れた必要最低限の食事をとること、間食を一切しないこと、水のかわりに「燃焼系アミノ式飲料」を飲むこと、ミルクの変わりに豆乳をとること、自分でつくった天然酵母パンと天然酵母入りヨーグルト(ケフィア)をメインの食材とすること。以上。 あとは日常の「労働」が十分な運動量になるので問題なしでした。 ウエストサイズは84cmから76cmまでダウンしました。これで昔(30代)のスーツやトラディショナルなこだわりの衣服が再び着られるようになりました。とてもうれしいです。 ただひとつ困るのは、やせるとどうも若く見えるようになるらしく、だれも僕が現在52歳でもうすぐ53歳だということを信じてくれないことです。お客様を含めてね。同世代のお客様が多いのだけれど、初見では僕がペンション・サンセットの(52歳の)オーナーだとわかっていただけないことがあるのです。 でも正真正銘この僕が、ペンション・サンセットの所有者兼経営者である「オーナー」です。 そこのところ、よろしくお願い申し上げます。 (26時) |
| 2004.08.18(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,843日目です。 この夏もたくさんのお客様にお越しいただき、ご利用いただき心より感謝申し上げます。 蓼科の夏はまだまだこれからがいちばん美味しいところなのです。残暑が全くないので、朝晩は秋そのもの、日中は夏そのものというふたつの季節を満喫できます。個人的にもいちばん好きな季節です。 今日もはっきりしないお天気となりました。雨、晴れ間、曇りとめまぐるしく変化を見せて翻弄されてしまいます。しかしようやく落ち着きが出てきたようで、今夕のピンポイント予報では今夜から晴れて明日中良いお天気となるとのことです。その後もなかなか良いお天気が続きそうですね。ほあっ、よかった。 いまはこんな状況なので(繁忙期はいつもこうなのですが)おちついたところで、昨日書いたように、いまペンションは(日本のペンションという宿泊施設は)どのような概念で、どのような施設とサービスを提供するものであるのかをじっくり考察しながらお伝えしていきたいと思っています。 「ペンション」という名称は個人的には大嫌いですが、社会的に認知され尽くした感のある名称なのでこれはいかんともしがたいか。まあ、将来的にはご希望で腕によりをかけたご夕食もお出しするけれど基本的には「B&B」、つまり欧米スタイルの「ベッド・アンド・ブレックファースト」(夕食無し、1泊朝食付き)スタイルにしていきたいと思っているので、異なった名称になるかも知れないことだし。 最近の潮流に従うならば「B&B&B」=ベッド・アンド・ブレックファースト・アンド・バスルーム、ということになるのかも知れませんね。う〜ん、いいんじゃないですかね〜(と長嶋監督みたいに声が裏返る)と個人的には思います。で、限定承りで、こだわったお料理のご夕食もお出しする、と。 まあ、いまの状況では夢のまた夢ですけどね。 いつか、きっと・・・。 しかしお客様に夕食をお出ししている最中にこんなことを書いている自分って、ちょっと危ないかも。 (19時) |
| 2004.08.17(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,842日目です。 朝から雨模様のあいにくのお天気でしたが午後には一時陽が差したりと、奇妙で不安定なお天気になりました。夕方には本降りとなりかなり激しい雨となりましたが、さいわい雷雨にはなりませんでした。ピラタスの丘は(もちろんペンション・サンセットも)すっぽりと雲の中に入ってしまっています。このような雨はじつに久しぶりのような気がします。 それにしてもこの夏は開業11年目にして初めて経験するような新しいお客様の動きを体験しています。どのように変わったのかということはひと言ではちょっと表現できないのですが、少なくともお客様の頭の中にある旅行や宿泊の概念やそれに対するニーズというものが大きく変化したように感じています。 それにともなって、ホテル、旅館、ペンションといったそれぞれ規模やサービス内容の異なった宿泊施設の使い分けが進んだようにも感じています。その反面、過渡期特有のミスマッチというかイメージと実際との食い違いや、互いのコミュニケーション不足が起こりがちになってきたようにも感じます。 極端な例がペンションに高級リゾートホテルなみの設備やサービスを求めたり。これは(われわれとすれば)ちょっと「無理!」ですので、事前によくご説明してご理解いただくように最大級の気配りをしています。要するにごくふつうの田舎の民宿に高級割烹旅館のサービスを求めるようなものだということをご理解いただくわけですが。 高級ホテルのサービスを求めるならばやはり高級ホテルをご利用いただくのがベストです。高級割烹旅館のサービスや料理を求めるならばやはり高級割烹旅館をご利用いただきたい。それがお客様にとってベストの選択だからです、たぶん。 ペンションにそのような宿泊施設の肩代わりやまねごとは出来ません。 もちろん何事にも例外はつきものですから、大資本を投入したペンションがあって、高級リゾートホテルなみの設備とサービスを提供しているかも知れない。でもそれはきわめて例外的事例だと思います。 あらためて、ペンションとはどのような概念の、どのような施設とサービスとを提供する宿であるかという基本的な部分をもっと伝えていかなければいけないのだなあ、と痛感する昨今です。ご存じないのはお客様の責任ではありませんから。でもね、きちんとお伝えしているのにご理解いただけなかったとしたなら、それはある意味仕方のないこととあきらめるほか無いのね、実際問題として。 (25時) |
| 2004.08.16(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,841日目です。 今朝の最低気温は昨朝と同じ9℃でした。一晩中暖房を入れておく必要がありました。そして朝食時もダイニングを暖房。ちょっと信じられないかも知れませんが、事実です。そして今夜の夕食時以降も全館暖房を入れてちょうど良い状況です。外に出るときには半袖のシャツやTシャツの上にフリースやダウンパーカを着てちょうど良い気温になっています。 日中もかなり涼しかったのですが、日が暮れてからの冷え込みは秋そのものです。寒さ慣れした僕らでさえトレーナーを着て室内でちょうどいいという感覚ですからね。朝山麓に向かうときにはクルマのヒーターを入れ、山麓に近づくにつれて窓を開けやがて窓を閉めてエアコンを入れるといった奇妙な状況が続いています。が、これは避暑地では当たり前のことなのです。 今夜も月齢1日ということもあって夜空には綺麗な星が見えます。と書いたところで外に出てみたらさっきまで見えていた星空が黒い雲で遮られて見えません。気温が低いわりに夜露が少なく、これは予報通り明日は日中曇りがちですが雨はなく、夜になって弱い雨ということになるのかも知れません。 さて今夜も満室ですが、お客様はそれぞれに静かな夜を満喫されておられるようです。早々のお休みになった方もおられるし、アテネ五輪観戦で夜更かしなさっているお客様もおられることでしょう。夜中に騒ぐような方はいらっしゃらないのでとても静かで、僕にもちょっと分かりませんが。 そんなわけで、ペンション・サンセットの静かな夜は深々と更けてゆくのでした。 さて、僕の仕事は未だこれから数時間続くので今夜もこのへんで失礼します。今日こそ夜明け前に何とか眠りたいものです。 (24時) |
| 2004.08.15(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,840日目です。 昨夜半から予報通りの雨になりましたが、未明には止んでとても良いお天気になりました。雨上がりの蓼科の景色は最高です。まるで墨絵のような情景が展開されるからです。しっとりと雨に濡れて黒々とした山腹に真っ白な雲がたなびき、空はどこまでも青く、大きな雲がよぎるせいで日差しは柔らかで。 後から知って驚いたのですが、今朝の最低気温はなんと9℃だったのです。お盆休みに9℃の世界を想像できますか。過去にもこの時期に8℃を記録したことがありますが、じつにまれなことです。放射冷却が起こったのかも知れません。さすがにストーブをたきました。 そして今夜も午後7時には気温10℃を切り、館内暖房を入れたのでした。今夜は夜通し暖房です。これはまるで晩秋のような冷え込みを感じさせます。もちろん、あくまでも「体感気温」としてということですが。実際にはこの程度の冷え込みは山ではふつうのことなのです。 部屋に暖房を入れて、半袖のポロシャツの上に厚手のコットンのトレーナーシャツを着てちょうどしのげる気温です。今夜もアテネ五輪やF1グランプリを観戦しているお客様が多いと拝察して、かなり強めに暖房を入れています。せっかくお気に入りのポロシャツを手に入れたのに、もはやポロシャツの季節ではなくなってしまったみたいな感じです。 確かに今日の午後山麓の街へと来るまで向かうとき、エアコンではなくヒーターを入れて走り出したのをいま思い出しました。僕は半袖のポロシャツ一枚だったのですがそれではものすごく寒かったのです。街に降りてからもしばらく暖房を入れていたほどです。ちょうどそのときは日差しが無かったこともありますが、まるっきり「秋」と言った風情の一日になりました。 実際に紅葉を始めたナラの木があるほどですから、もう秋の鳥羽口にいるのかも知れません。 まあ、今日一日だけが特異な一日だったのかも知れないのですが、残暑の全くない蓼科では夏から秋への行程は一気にあっという間の出来事です。 今夜も星空がとても綺麗です。星を見に外に出るお客様も多かったのですが、今夜ぐらい冷えるとダウンパーカがないとさほど長くは耐えられません。ペルセウス座流星群も来ていて新月なので、星を見るには最高のコンディションでした。もちろんこの冷え込みも星の観測には最高の条件です。 テラスの手すりが夜露でびっしょりと濡れ、吐く息が真っ白です。 (26時) |
| 2004.08.14(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,839日目です。 今日もとても良いお天気でした。朝は雲ひとつ無い快晴で、気温は9時でもわずか16℃でした。湿度が低く風が冷たく、文字通りの秋を感じさせる気候でした。こころなしか陽光も苛烈さを減じたような気がしますが、いざクルマで街に降りてみればやはりまだまだ真夏なのでした。 僕らの意識レベルは相変わらずかなり低い状況が続いています。よほどしっかりと自分を支えていないと、意識が無くなってしまいそうです。だから仕事はきっちりやっていますが、奥に引っ込むとちょっと危ない状況かも。もちろん料理やパン作りははっきりくっきりの意識レベルできっちりやっていますからご安心下さいね。まあ、味をみればそれは実感していただけると思うのですが。 それにしてもひょんなことからユニクロ(そう、あのファーストリテイリングのユニクロです)のサイトを訪問して、ついはまってブラックのポロシャツを6枚まとめ買いしたのでした。欲しかったラルフローレンのポロシャツのブラックが売り切れで手に入らなかったので、ネット検索しているうちにユニクロに行き着いたというわけです。 そしたらね、なつかしいキース・ヘリング(1980年代のストリート・カルチャーの旗手です)のキャラクターをあしらったブラックのポロシャツがあったのですね。いまのひとにはぴんと来ないようで、売れ行き不振なのか、ほぼ半額のセール価格になっていました。もちろん買いました。 そして今日、妻とペアルックで着て仕事をしてみたのです。ようするに非公式のペンション・サンセットのユニフォームとして着てみたのです。これが意外と(言葉としては出なかったけれど)お客様には好印象だったようで、これはいいかもなどと思っているところです。先ず第一にペンション・オーナーおよびオーナー婦人であるということが一目瞭然であるところが、よかったのかもしれないですね。印象もキリッとすっきりした感じだし。 僕はもともとモノクロームが好きなのですが、ビジネスマン時代にさんざんダークスーツを着用していたので、その反動でこの10年あえて避けてきたという事情があります。でももうそれも時効のようで、ぜんぜん気にならなくなって、好きな色の好きな服を着ればいいじゃんということになったわけです。 そういえば、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公がキース・ヘリングのバッジをパーカに付けていましたね。う〜む、懐かしい、僕らの世代にはね。 ということで、モノクロームの世界を再び志向し始めた僕であります。このサイトのモノクローム・バージョンもいずれ試行制作してみたいと考えています。モノクロームの世界こそいまの僕の内面世界にもっともしっくり来るからです。そんな世界にぽっと真っ赤な紅葉の写真なんかが出てくると、はっとするでしょ、たぶん。 モノクロームといえば、女子バレーボールのオリンピック代表の着ているユニフォームのブラックを基調としたモノトーン・バージョンはとてもデザインの趣味が良くて、僕はとても好きです。誰がデザインしたのだろう、イタリアン・デザインっぽいのですが。 そういえばアテネオリンピックが始まったようですね。ご宿泊のお客様も夜更かししてTV観戦なさっている様子です。寝不足にならなければよいのですが。 (26時半) |
| 2004.08.13(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,838日目です。 苛烈な陽光でした。この夏初めて経験する強烈な日差しに、これまた初めて経験する25℃という最高気温でした。それでも終日風は冷たく、木陰に入ったとたんにぞくっとするほど「寒い」のです。ひなたとひかげのこの極端な温度差はやはり本物の避暑地「蓼科(たてしな)」ならではのものだと、改めて実感しました。 ということで建物の中(つまりペンション・サンセットの中)では、終日涼しい風が吹き抜けていました。Tシャツ一枚でもトレーナーを着ていてもちょうど良いといった感じの気候でしたね。 それにしても、今年も立秋(8/7)とともに秋風が立ちました。風が変わり日差しが変化しました。さわさわと吹き抜ける風の冷たさは秋を感じさせるに充分なものがあります。太陽の強烈な熱線は相変わらず夏を主張していますが、その光のスペクトルが微妙に秋のそれへと変わってきているのが実感されるのです。 おそらく今日がピークだったのかも知れません。これから9月中旬までは「夏」であり「秋」であるという蓼科ならではの季節が始まります。日中は「夏」、朝夕は「秋」です。いちばんおすすめの季節です、個人的には。 じつは今夜もTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」を見てしまいました。なんかキャスティングがはまっているのと、どちらかといえば緒方直人演じる17年後の「朔太郎」が回想するという基本的な枠組みがうまくはまっていると思います。ぼくはこの緒方直人という俳優さんがとても好きです。特に今回の役にはこの人しかいないとさえ感じています。 いずれにしても、物語じたいはとてもすぐれているのですからあとは映像表現、演技のプロたちの手腕にかかっているのですよね。もちろん小説(原作)をシナリオにする段階での優れた才能が全体の流れを左右することも忘れてはいけませんが、これもとてもうまくいっていると思います。 今夜も緒方直人の方の「サク」を見ていて、思わず涙が・・・不覚ですが、歳のせいなのかなあ。あの想い、この想い、どれもこれもなんだか懐かしくて、というか切なくてというか。 いずれにしてもこの「世界の中心で・・・」はある種の「踏み絵」になりつつあるようで、これが好きか嫌いかで、所属する世界が変わってしまうみたい。そこには微妙な商業主義の影が見え隠れするのだけれど、どうかこの物語の純粋な想いだけを見つめて欲しいと、個人的には感じています。 僕自身、商業主義に踊らされるのは嫌だから、そのへんはしっかりと気をつけて。 今夜も静かに夜は更けていきます。ペルセウス座流星群の極大日だそうですが、どうだろう、いま見てきたらいくつかの流星を目撃できました。この流星群はかなり落下速度が速いように感じるのは僕の目が衰えたせいかもしれません。天の川もしっかり見たし、今日はとても良い気分です。 星を見るだけでどうしてこんなにも癒されるのだろう。不思議です。 (24時) |
| 2004.08.12(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,837日目です。 夏らしい夏日が続いています。蓼科本来の湿度の低いひんやりとした風が「秋」を感じさせます。日中の陽光は相変わらず強烈ですが、すでにピークは過ぎたような感覚が僕にはあります。しかし、これが蓼科の「夏」なのです。本物の「避暑地」の夏とはこのようなものなのです。 相変わらず僕らは「お盆休み狂奏曲」を踊り続けていますが、これが僕らの仕事ですから。(^^) 頭の中は錯乱状態ですが、表面上はクールに見えるかも知れません。(笑) それは、じつは、何も考えていない状態だからなのですが・・・。無駄な思考、無駄な動作、無駄な段取りを廃して、極限まで無駄をそぎ落とした仕事環境にいまはあります。自然にそうなります。人間はじつにうまくできている、自然にそうなるようにプログラムされているような感覚です。お客様の一挙手一投足だけに集中している自分たちを感じます。ペンションという仕事だけに集中している自分を感じます。 まあ、そうしていないと意識が無くなっちゃうという理由からそうしているだけなのかもね。 今夜は星がとても綺麗な夜です。月齢も25日だから新月が近いこともありますね。星を見るには最適の時期に入りました。流星もよく流れています。と言っても僕自身は見ている時間がないのだけれど。 毎年そうなのだけれど、夏が終わってみると頭の中が空白なのね。真っ白。何があったのか、どんなニュースが、どんなスポーツが、何がどう動いたのか一切合切消えてしまっている。まあ、ぼくらにとってこの仕事を続けている限り、お客様のことは不思議とよく覚えているのだけれど、こんな空白の夏がつづくのだろうなあ、たぶん。 (23時) |
| 2004.08.11(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,836日目です。 脳細胞がどんどん死滅していくのを感じる。意識の断片がどんどん失われていくのを感じる。かけがえのない記憶のディーテイルが僕の意志とは関わりなく消去されていく。ある部分は残され、ある部分は抹消される。何かの法則というか、ある種の意志を感じる。 以前に比べると僕の意識レベルは微妙にしかし確実に下がっているのを実感する。記憶を保持する能力、記憶の断片を探し出して再構成する能力、そもそもの記憶能力がどんどん失われていく。思考形態そのものが変容しているような印象を受ける。それはよいことなのだろうか、どうもそのようには思われない。 これは老化現象の過程なのだろうか、あるいは個人的な病(やまい)なのだろうか。 確かに、と僕は思う、忘却はひとが生きていく上でひとつの救いである。忘れうることによってひとは癒され再び歩み続けることが出来るのかも知れない、覚えられないことによって、心の負担を軽減できるのかも知れない。しかし、それは自分の意志によるものではおそらく無い。 あやふやな変幻自在な記憶という迷宮に浮かぶうたかたの人生。僕の人生とは僕の記憶の総体なのかも知れない。僕の記憶が僕の人生のすべてなのだ。これは一面の真理である。 僕の記憶、僕が五感で感じ取り心に映し出し構成したこの世界のなりたち、そこに含まれると信じてきた自分の存在の姿、その在りよう、それが僕の人生と呼ばれるものだ。その物語の登場人物は、僕の外に実在する人物そのものではなく、僕の心の中に構成されたそれぞれの役割を担った登場人物なのだ。 だから、あなたはあなた自身ではなく僕の心の中で構成された別のあなたなのかも知れない。 すべては心の中で起こっている。心の中の出来事だったのだ。唯一のリアリティは「いま、ここに、ある」ということだけ。すべては僕の、あなたの精神活動によって構成された世界、それぞれに異なった創造された世界。あなたがかくあれと認定した世界。 それは悲惨な世界かも知れない、幸福な世界かも知れない、その世界に対して時に疑心暗鬼になるかも知れない、でもその世界以外に自分の世界はない。その世界にあなたは、僕は初めから含まれているのだから。これはどうしようもない事実だ、と僕は思う。 今夜も寒くなってきました。日中はとても良いお天気に恵まれたのですが、夜は雲に覆われてしまったようです。立秋と同時にやはり秋風が立ちました。陽光は相変わらずの熱線ですが、風は驚くほど冷たいのです。空の色が少しずつ秋の気配を感じさせるようになってきました。今夜も満員のお客様をお迎えしていますが、ペンション・サンセットはいつものあの不思議な安らぎと穏やかな静寂に包まれています。静かに夏の夜の夢は過ぎていきます。 (24時) |
| 2004.08.10(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,835日目です。 この夏休みはこれまでお願いしていたアルバイトさんがいません。ペンション・サンセットが純粋にサンセットであるためにはこうするほかなかったのです。また、これが小さな個人事業であるペンションという宿の本来の姿でもあります。 しかし、このお盆休み期間だけは魔物のようです。どうにもならない独特の雰囲気があります。僕が目指す「ゆっくりゆったり」が、どうにも実現できない。どこもかしこもひとひと、クルマクルマ、でせわしないったらありゃしない。お客様も気がせいて気がせいて落ち着かないご様子。 ここまでいらしても競争社会を引きずっていらっしゃるのがなんだかお気の毒で。なんて思う余裕すらないほど、僕らも追いつめられてしまいます。ホスピタリティー無しで「流す」ならば、こんなに疲れることはないのかも知れない。でも、それはやりたくない。 つまらん意地です。 いわゆるベテランのペンションさんはこんなこと言わないだろうなあ、こんな青臭いことやらないだろうなあ。だから大変なのは同じでもひとを雇って余裕を持って淡々とやっていけるのだと思う。僕らも早くそうならなければいけないのかも知れないと思う一方で、いやそれは違うと心のどこかが疼くのだ。 さあ、これからパンの仕込みだ。また夜が明けてしまうかも知れない。 仕入れの途上、居眠り運転をしないように気をつけなければ。目を開いていてちゃんと見ていても金縛りみたいに心も体も麻痺して動かなくなると言うのがほんとうの「居眠り運転」であることを僕は体験的に知っている。 いずれにしても前人未踏の過労状況に突入したのは事実のようで、たまに自分でも何をしているのか、何を言っているのか分からなくなることがある。そんな僕を家族はもう馬車を引けなくなった馬車馬を見るような目で見る。これはショックだよ。 それは家族の本質とういよりは「おんな」の本質なのだろう。おんなにとっておとこはしょせん道具存在でしかない。そのことを意識しようとしまいと、この世界はそのように形づくられ、おんなはそのようなものとして「存在されて」いるのだ。そのことでおんなを責めるのはお門違いだ、おんなとはそのようなものなのだ、本来的に。 まあ、家族なんてしょせん「ごっこ」なんだから、「メタファー」なんだからと、小意地をはってもなんだかむなしい。寂寥感にさいなまれながら、幼い頃のことをいま思い出す。そんな風に育った人間にはそんな風な晩年しか待っていないのかも知れない。それはそれでしかたのないことなのだろう。 どんなに悲惨だろうが不幸だろうが孤独だろうが、これが僕の人生なのだ。これが僕という人間なのだ。引き受けるほか無い。ひとは自分自身からは逃れることは出来ない。それが宿命(さだめ)だ。 (27時) |
| 2004.08.09(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,834日目です。 なんだかこの時間になると、今日のことが思い出せなくなる。もっと早い時間帯なら思い出せるのだけれど、午前0時をまわって翌日になってしまうとね、今日という日がどんな日だったのかわかんなくなっちゃう。これは、まあ、いつものことといえなくもないけれど、特にこの「お盆休み」というペンションや観光に携わるものにとっては異様な時空間に特有の症状だと思う。 疲労困憊の果ての一種の覚醒状態なのかも知れない。 時間が急に数倍も早く流れ出して、というか、僕の内的時間はふだん通りなのに周囲の時間がいつもの3倍も4倍も早く流れるようになって、実際かなりとまどってしまう。とても追いつけないスピードなのね、個人的には。世の中全体がなんだか騒然として、わさわさして、だれもかれもが気がせいて急いでいる様子。これはいったいなんなのだろう。 唯一の救いは愛犬パルのいつもかわらぬゆったりとしたときの流れ、そしてなによりもペンション・サンセットのラウンジに流れるウォンウィンツァンのピアノ音楽。僕の敬愛する友人でもある彼の音楽は僕のそんな混乱を一気に振り払ってくれる。ほんとうに救われている。 ようやく仕事を終えた夜明けの空や、静まりかえった未明の森、そんなものたちが僕を癒しなぐさめ勇気づけてくれる。未明の森の静けさ、それは体験したものしか分からない静謐と美しい音楽に満ちている。特に霧が立ちこめた朝には遠く近くカッコウやホトトギスなどの野鳥たちの歌声が聞こえ、ときおり吹く風に大気が揺らぐ。樹木に積もった夜露がぱらぱらと地表をたたく。 ドーム型の小型テントで野営したことのある人ならお馴染みの夜明けの情景だ。僕は一年中そんな場所に暮らしている。そうなんだ、そうだったのだ。そういう意味において夢はすでにかなっていたのだった。この繁忙期が一段落したら、しまい込んであったMOSSのテントを引っ張り出して野営してみよう。大地の上に眠ることの大切さをふたたび思い出すためにも。 (26時) |
| 2004.08.08(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,833日目です。 天然酵母パンを作るときいちばんわくわくするときはいつだろう。まずフリーズドライされ冷蔵保存された「ホシノの天然酵母パン種」を正確に計量するときかな。そしてその後温度管理に気を配りながらこの季節でも70時間あまりかかるその発酵過程をじっと見守ること、それが案外いちばんわくわくすることかも知れない。良い生種が起こせたときはほんとうにうれしいものだ。これで味については一安心なのだ。 つぎはパン生地の仕込み過程で、強力粉を計量して念入りにふるいにかけるとき。なぜかこのときとても幸せな気分になるのだ。ゲランドの塩と洗双糖を計量するときも、微量ゆえに、デジタルはかりとはいえ、その緊張感がたまんない。今日はどの粉を使ってどんなパンを作ろうかと思案するのも楽しい。 そしてパン生地をこねるときの生地の感触。グルテンによってしっかりとした感触になっていくそのプロセスがたまんない。発酵過程の何とも言えない良い香りもいい。焼成の仕上げ段階の強烈な酵母の香りは至福の瞬間だ。まあ、そうでもなければ、いのちを削るようにしてこんな時間まで作業していない。 まあ、そんなことには興味のないひとにはどうでも良いことだから、いきなりジャムを塗りたくったりされてもしょうがないとは想います。でもね、それはあまり知的な食生活とは言えないと、個人的には思うのですよね。ひとそれぞれ、自分の勝手だけれど、僕としてはたまんないよね。 いまは江別製粉の「はるゆたか」と「南部小麦・テリア特号」で食パンを焼き、超高級強力粉と言われ有名ホテルでもっとも多用されているという「ゴールデンヨット」でレーズンブレッドを焼いています。そしてたまに「スーパーカメリア」で食パンを焼きます。この粉は「国産小麦」と同じスペック(特に水の量)で焼くとうまくいきますよ。この粉の味も僕は好きなのです。 リーンなパンが好きなので、ミネラルウオーターと天然酵母生種と小麦粉(そして微量の天日塩と洗双糖)の他には何も使っていません。この旨みは天然酵母の贈り物です。 ペンション・サンセットの料理はすべて僕がやった方がよいのかも知れないと、最近つくずく思うのですよね。いろんな意味で、いろんな問題点が出てきているので、それがいちばん合理的でお客様にとっても僕らにとっても最適な体制かな、と思う昨今なのです。 今夜も外はとても寒い。間もなく夜が明けます。こんな調子で、いつ昏倒してしまうのか自分でもちょっと楽しみな夏です。頭の中で血管が切れかかっているのが感じられ、ちょくちょく意識がとぎれます。まあ、このままあっさり死ねるならそれは最高だ。 (28時) |
| 2004.08.07(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,832日目です。 昨日とよく似たお天気の変化がありました。ちょっと違ったのは文字通り「青天の霹靂(せいてんのへきれき)」のような広域にわたる激しい雷雨でしょうか。山でも街でもどかんどかんとものすごい落雷が続き激しい雨が降り側溝からあふれた雨水で道路が冠水しました。 通行に支障がでるほどではありませんでしたが、かなり「ワイルドな天気」でした。 雷雨は3時間ほど続きましたが(これも異例です)、その後おさまって美しい夕焼けを見ることができました。いまは曇り空で、風に乗って速い雲の流れです。うまくいけば星空が姿を見せるかも知れません。でも深夜かな、たぶん。 今夜も気温の下がり方がゆっくりしていたのですが、さすがにこの時間になると窓を開けていられません。初秋のような冷え込みが静かに森を包み込んでいます。涼しいと言うよりは「寒い」と言った方が感覚的には近いですね。 それはさておき、修理に出している愛車ランドローバー・ディスカバリー(1992年式Tdi/5MT)はいつ僕の元に戻ってきてくれるのだろうか。お盆休みに突入してしまったので、すっかり忘れていました。代車として貸してもっらっているボロボロの初代日産マーチ(5MT)にもすっかり馴染んでしまってけっこう楽しんではいるのですが。 (24時) |
| 2004.08.06(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,831日目です。 午後から本格的な雷雨がありました。蓼科の夏らしい豪快な雷雨です。太い稲妻が一直線に森へと突き刺さります、からからからからどどーん。信じられないほどの大粒の雨滴がばしばしかんかんとクルマのフロントガラスや屋根やフードをたたきます。 不思議とわくわくしてくるのですよね。危険な気象なのですが、なぜかわくわくしてくる。夏の風物詩だからかも知れない。自分は安全地帯にいることがはっきりしているからかも知れない。その両方だ、きっと。 地元の人間は慣れっこだからこんな天候でも平然といつも通り歩き回っている、僕を含めてね。なんだか奇妙な情景なのですが、それがすごく自然に見えるところがなんだかおかしい。笑っちゃう。 そういえば、今朝仕事が終わったらもう未明だった。ラウンジのガラス越しに天空に星が輝くのが見えた。吹き抜けの全面ガラス張りだから居ながらにして空を望むことが出来るのだ。で、テラスに出てみるとそこは別世界。ものすごくさむいと言うのもあるけれど、それ以上に夜空と星と雲を照らし出す明るい下弦の月の光のバランスがじつに絶妙で、なんだかじーんと来るものがあったのです。 それはこの世のものとも思えないほど穏やかで静謐に満ちた世界です。現実なのか夢なのか分からなくなってくる。そんな一瞬僕はそれまでの癒しがたい疲れが吹き飛ぶ思いがします。自分がいま生きていることを実感するのです。ペンション・サンセットのほんとうの世界はじつはこんなシーンにあるのですが、まだまだ体験したお客様はごく少ない方々だけだと思います。 今宵も静かに更けていきます。僕の打つキーボードの音がやけに大きく響くような気がするほどです。 (24時) |
| 2004.08.05(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,830日目です。 朦朧(もうろう)とした意識の中にいます。いま自分が何をしているのか、何をすべきなのかが分からなくなるほどです。繁忙期にもふだんと変わらず、天然酵母パン焼きと天然酵母入りヨーグルトを作り続けるという労働が付け加わったわけですから、当然と言えば当然ですね。 ようやく一仕事終わった後に、さあヨーグルトの仕込みだ、天然酵母の生種づくりだ、天然酵母パンの仕込みだ焼成(しょうせい)だと、まだまだ仕事が山積しているのです。でもこのサイトの更新はこれまで通り続けています。ようやくすべて終わると夜が明けています。どこかで無理が出てしまうのもしょうがないのかも知れません。 朝食が終わりお客様がチェックアウトなさった後には、もうほとんど車を運転するのも危険な意識状態です。ほとんど気力だけで動いているという感じです。だから、さすがに1時間半ほど眠ります。そして仕入れへと出かけるのです。もし、このサイトを運営していなかったなら、ずいぶん楽なのだろうなあなどと考えてしまいます。 そしてじっさいのところそれは事実なのです。ただし、このサイトにある種の共感を抱いてペンション・サンセットにいらしてくださる大勢のお客様を失うことになるのかも知れません。経営者として、よりは、ひとりの人間としてそれは耐え難いことです。 だから僕は今夜もこうして日記を書いたり情報更新をしているわけです。だれのためでもなく、あえて言うならば、自分自身のために。 今夜は月齢約18日ですから、まだまだ空は明るくて星を眺めるには月の運行を考慮する必要があります。外気温は充分以上に下がっているのですが、館内はたくさんのお客様がいらっしゃるので思いの外温かです。人間の発する熱というのはたいしたものです。外で星を眺めていらしたお客様は、「う〜さむ!ほんとうに寒いですね!」と実感を語っておられました。 こんな風に満室でも、ペンション・サンセットはとても静かで穏やかな雰囲気に包まれています。自分で言うのも妙なのですが、この雰囲気は独特で何とも不思議なものです。この穏やかさと安らぎを感じるだけのためにペンション・サンセットにいらっしゃる価値はあるかも知れません。まあ、ひとそれぞれですから断言は出来ませんが。 (23時) |
| 2004.08.04(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,829日目です。 きょうもまた気持ちの良い一日になりました。吹き抜ける風に森の樹木がさわさわと音を立てるのです。これまではこのような音は立てなかった。どちらかといえばざわざわという感じでした。これはおそらく、木の葉の重さが軽くなってきているためだと思います。ということは樹木のカレンダーではもう盛夏の頂点を過ぎたということでしょうか。 木の葉の水分量が減少して張りはそのままで軽くなったので、あの新緑の頃のようなさわさわという音が聞こえるのだと思います。厳密にいえば新緑の音は、そのしなやかさゆえに、いまの音とは違って音の張りがもっと弱いさわさわという音なのですが。 今年の生育期はこれで終わるのでしょう。これからは種子をつくりそれを大自然に託す作業にはいるのです。そうした意味ではもうすでに木の葉は10月の紅葉の季節へとスタートを切っているのだとも言えますね。水分が減少するにつれて木の葉は黄色くなりそして赤くなり、赤黒いタンニンそのものの色となり最後はからからと音を立てながら落葉するのです。 なんだか人の一生ににていなくもありません。 今夜もとても涼しくて、サマーセーターやトレーナーやカーディガンを羽織っているお客様が館内でも目立ちます。寒いというのではなく、心地よい冷え込みなのです。夏なのに秋を体験しているみたいな感じかな。雲の切れ間から断続的に天の川を望むことが出来ます。その美しさは相変わらずです。毎年この季節になると、ぼくらは繁忙期特有のぼろぼろに疲れた身体に清冽な泉水を注ぎ込むようにしてこの星空を望むのです。 今朝方から感じているのですが、蓼科・北八ヶ岳に吹く風は立秋を前にすでに秋風のような感触へと変化してきています。陽光は相変わらず強烈な高原の夏そのものですが、風は、変わってきています。そしてさっきも書いたように、森の音が変わってきています。大気が変化して、音の聞こえ方そのものにも変化が感じられます。季節によって音の聞こえ方が異なるということは蓼科に住んで何年も経ってようやく感じ取れるようになりました。 自然は、ひとの持つ本来の力や能力をよみがえらせてくれるのかも知れません。ただし、本人にその気があれば、の話だけれど。 (23時) |
| 2004.08.03(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,828日目です。 今朝も最低気温が12℃でした。昨朝よりは2℃高いですが、涼しいことに変わりはありません。お部屋では午後3時を回ると窓を閉め切って長袖シャツやトレーナーを着てちょうど良い季候です。 お客様は8月に入ってお盆に向けて増えていますが、道路はまだ昨年の同じ時期よりも空いている印象を受けます。2002年2月2日からのビーナスライン全線通行無料化をうけて、諏訪湖方面から直接県道を八島湿原〜霧ヶ峰〜車山方面へ上がるお客様が増えているのかも知れません。その説がいちばん蓋然性(がいぜんせい)があるように思われます。 要は蓼科高原のお客様の流れが変わったということ、それにともなって信州特に松本・安曇野、諏訪を中心とした観光ルートが変化したということなのかも知れません。そのなかで蓼科(たてしな)の位置づけはどう変わったのでしょうか。 少なくともお客様の頭の中のイメージとしてどのように位置づけられたのか、あるいはそのポジションがシフトしたのか、じっくりと知る必要があると考えています。わたしたちのおもてなしの方向性がお客様のそうしたニーズや志向性の変化にマッチしたものでないと、お客様をがっかりさせてしまうかも知れませんから。 最近、茅野商工会議所のマスタープランとして「高原浴(こうげんよく)」というテーマが提示されすでに各部会の活発な活動が始まっています。観光のみならず地域のあらゆる分野が有機的に結びついてこの蓼科高原をより活性化し、訪れてくださるお客様が心地よくご滞在いただけるようにしようというプランです。 お客様にとって「見どころ」が明確でその魅力は何なのかがはっきりしていて、アクセス方法(交通手段、道順)がわかりやすい。それによって、観光や旅のプランが立てやすいということはとてもとても大切なことであり、われわれはそれをシンプルに明解に提示することが出来なければならないのだと思います。 そのような観点からすれば、このサイトはじつに力不足の感を否めません。個人で運営している以上、しかし、これが精一杯と感じていたところです。しかし上記のようなムーブメントをはじめとしていま様々な動きが蓼科高原とそれを取り囲む地域で有機的に結びつこうとしています。 信州はますます魅力的になっていく。蓼科は心と体をリフレッシュし再生する希有(けう)な高原保養地としての価値を増してゆくのだと思います。また、そうなるようにわれわれひとりひとりが微力でも自分の出来る範囲内でせいいっぱい「おもてなしのこころ」をもって日々精進してゆくことが、基本なのだと再認識したしだいです。 この日記も、このサイト全体も、僕のペンション(サンセット)も、そのすべてがそうした想いを秘めて運営が続けられているということをここに告白します。そうでなければ夏の繁忙期に夜明けまでかかって更新を続けたりしない。そのような僕のささやかでたゆまない「小さな活動」は周囲の人々には理解されていないようだし評価もされていないようだけれど、8年以上も続けてこれたのはアクセスしてくださるみなさまのおかげです。感謝いたします。 (27時) |
| 2004.08.02(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,827日目です。 さて、昨日「ぼやき」がでてしまいましたが、今日は元気です。 とても良いお天気が続いていて、とても涼しいペンション・サンセットです。今日などは建物の中や木陰ではほんとうに「寒い」くらいに冷たい風が心地よかったです。そして夜は窓を閉め切っていても、半袖ではちょっと冷えるかな、というほど涼しい。 それにしても静かです。静かに感じます。このピラタスの丘別荘地が開発されて以来二十数年かけて、森がその勢力を回復して人間を圧倒するようになったからかも知れません。「ピラタスの丘ペンション村」というのは便宜上の呼称で、実際的にはこの広大な別荘地に各人が思い思いにペンションを建てたのが発祥です。 そんな仲間が集まってかたちづくられている「ペンション村」です。だから、それぞれとっても個性的で自由闊達な雰囲気に満ちています。そのあたりが一時期のディベロッパー主導のペンション村と決定的に異なるところかも知れませんね。 いまテラスに出て、パラソルを新しいものに交換してきたのですが、これまで使っていたパラソルのぬれ具合からいつもより夜露が落ちているのが分かりました。何やかやでけっこう動き回っていたのですが、外はとても寒かったです。現在気温13℃です。で、最高・最低気温記録計をみてびっくり、なんと今朝は10℃まで下がっていたのですね。どうりで冬用の分厚いダウンケットにくるまってちょうど気持ちよい室温だったわけだ。 ということで、涼しいです。爽やかです。強烈な陽光は健在で、そのために日中の日なたはめっぽう「熱い」です、まるでオーブンの中にいるみたい。でも、気温は低くて最高気温はせいぜい22℃です。ようするに天然のクーラーが効いていて空からさらっと乾いた冷風が吹き下ろしてくるのです。別天地です。 毎朝アサギマダラやその他の蝶、クマンバチやミツバチたち、いろんな虫たちが花の蜜を求めてやってきます。その情景はなんだか初めて見る印象が強いのです、不思議です。こんなふうに温かな心安らぐ情景は久しぶりに感じるのです。ここではふつうのことのはずなのですが、僕の心の余裕が無くなっていたせいで見えなかっただけなのかしら。 この夏はお客様の「価格志向」(=ここではよりよい価格と価値のバランスを求める感覚のことです)がかなり強烈に出ていて、客観的に見てもリーズナブルなはずのペンションの宿泊料金でさえ「高い」とお感じになりやすい傾向がかたちづくられているようです。 4月から始まった「消費税に関わる総額表示」への移行義務化がそれに輪をかけて、昨年より500円から1500円も値下げしていても「高い」といわれる。ペンションというのは本来「もうけ(利益)」の外にある生業(なりわい)なのです。反資本主義的というか「非・資本主義的」なビジネスモデルなのですね。 資本投下が新たなる利益を生みさらなる資本増強につながる、なんてことはありえない致命的欠陥(?)を内包しているのです。本来、老後の余技(それもB&B=ベッドと朝食のみ提供)という軽労働のお仕事が本来の姿なのです。 B&Bで趣味でやる分にはベストな仕事かも知れない。そういう境遇の経営者は少ないけれど、それを夢見てがんばるしかないか。ぼくらにも「老後」なんて無いのです。「年金(ペンシオンとかの地では言うそうです)」だってあてにならないし。皮肉ですね。 でもまあ好きで始めたことだから、その全責任は自分で担っていくほか無い。あたりまえですね。 だからお客様に損をさせるようでは生き残ることはできないのです、本来的に。したがって、例外はあるかも知れませんが、ペンションが根拠のない高価格でサービスを提供するなんてことは金輪際(こんりんざい)不可能、無理なことなのですよね。個人経営ではなく大資本が人を雇ってやっている「ペンション」は違うのかも知れませんが。 話は変わりますが、「ご宿泊予約フォーム」を少し改良しました。ひとというものは自分のそれまでの体験に照らしてじつに様々な解釈をするものですから、この「予約フォーム」も様々な誤解を生じるケースがある。それを少しでも少なくしていく努力としての改良です。 コミュニケーション論の金言通りまさに「コミュニケーションは適切なときに、適切な状況下でのみ起こりうる。」のです。嫌と言うほど思い知らされている昨今です。ひとにものを伝えるということ、理解し合うこと、分かり合うこと=コミュニケーションはじつに難しい。 (23時) |
| 2004.08.01(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,826日目です。 今日はとても涼しく、家の中で座って仕事をしていると寒くてTシャツでは身体が冷えてしまうほどでした。湿度がぐんぐん下がって、爽やかな風が吹き抜けていきます。 それはさておき・・・ この夏はいろんなイベントが盛りだくさんで、なんだかよく分からない夏になっています。アテネ五輪がいちばん大きなイベントかも知れませんが、その他のスポーツも盛りだくさん。これでは奮発してハイビジョンTVを購入して、旅行になんか行かずに家でずうっと一夏中テレビを見ていようなんて人もけっこういたりして。 小泉政権の「構造改革」のおかげで庶民の暮らしはとどまるところを知らないバラ色の人生へとばく進しているかのようです。 ええと、これはもちろん、皮肉です。 景気が良くなってきたのどうのと言ったって、収益を上げているのは勝ち組企業ばかり、つまり資本力のある企業ばかりじゃない。例外はあるにしても、資本主義もここまで洗練され徹底してくると、理論通りにパワーゲームになるわけですね。そしてデフレーション下における消耗戦としてのパワーゲームに勝利するのはいつだって資本力のある側だ。太平洋戦争を一瞥すればすぐに理解できることじゃない。 われわれのような弱小個人経営のペンションだって同じような構図になってきている。周りを見回してみれば、ソフトウエアだけではなく、まずはハードウエアで選ばれ繁盛しているところが多い。展望露天風呂、展望大浴場、天然温泉、豪華なラウンジ、広い客室・・・。要するに設備投資型のペンションさんがヒットを飛ばしている状況で、小さな宿ならではのホスピタリティーだのどうのなんてことだけでは勝負にならない。 もう「心の時代」なんてのは終焉(しゅうえん)を迎えるのかも知れない。たしかに心だけで人は生きてはいけないもの。それを支える「財力」「資本力」がなければ、心なんて語っている余裕無いものね。お馬鹿な僕は、ようやくそのことに気づき始めたのでした。でも、生き方変えないんだよね、変えられないんだよね、たぶん。ほんとうにお馬鹿さんです。 もちろん勝ち組企業、繁盛ペンションさんのどちらも高い経営資質と人並みはずれた努力あってのことなのはいうまでもないことだけれど、それ以前にその努力をかたちにする「資本」が無ければ一歩も前に進まないのですから、同じ土俵に上がることすらできない。勝負以前の問題ですね。不戦敗です。くやしいけれど、どうしようもないのかも知れない。 なんて泣き言いってる場合じゃなくて、というか、じっさいこの夏も大勢のお客様にいらしていただいて、支えていただいているペンション・サンセットなのでした。ようするにどのような設備投資をすることがお客様に喜んでいただける方向性なのか明確に見えてきているのに、それができない現状、そんな自分にご立腹なわけです。つまんない独り言におつきあいさせちゃってすみませんでした。 考えに考え抜いた末、まだまだ十分な資本力のないペンション・サンセットはあえてコストのかかる「お料理」に全力を尽くしています。天然酵母パンも、ケフィア(長寿で有名なコーカサス地方の発酵乳=ヨーグルト)も、その路線の中で生まれてきた美味しいアイデアの一部です。そしてお客様に心地よくおすごしいただくための秘密の「ソフトウエア」。 なんていうと、思わせぶりですが、お客様のプライバシーに充分に気配りしたホスピタリティーがサンセットの特徴だと想います。 つまんない話で恐縮です。今日はこんなことしか書けませんでした。ごめんなさい。m(_ _)m (23時) |
風景は人生の舞台です誰のこころにも忘れがたい想い出の風景があります。 サンセットは北八ヶ岳の標高1700mの白樺林にたたずむ雲の上のペンション。
ペンション サンセットMailing Address:〒391-0301 長野県茅野市蓼科高原ピラタスの丘 デザイン、タイトル、文章、写真、グラフィック、リンク等の無断複製を禁じます。 |