- 2003年11月 -
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"It exists across the universe"
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2003.11.30(日)-----------
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| 2003.11.29(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,580日目です。 だいぶ痛みが引いてきたので再びキーボードを打てるようになりましたが、手首の角度や姿勢に気をつけるようにしました。普段から気をつけているのですが、どうしちゃったんでしょうね。 それはそうと、昨夜半に突然OSのアップグレードを思い立ってMac OS X v10.2.8(G5)(通称Jaguar)にいきなりメジャー・アップグレードのMac OS X v10.3.1(通称Panther)を上書きインストールしちゃいました。OSのCD自体は1ヶ月前に入手していたのですが、初期トラブルやバグが修正されて落ち着くまで待っていたのです。なんといっても私の場合は業務でMacintoshを使っているわけですので。 アプリケーションのOS対応という点で多少の問題は出ましたが、実用上差し支えない程度だったのでほっとしています。やはりハードウエアだけでなくソフトウエアも日進月歩の進歩発展をしていることを実感できるアップグレードでした。Windowsの次期バージョン(通称LongHorn)もこんな方向性になるのだろうなあって感じですね。 パソコン静音化のトレンドに沿ってこまめに冷却ファン(8個だか9個ある)の回転数が変わることにちょっと辟易していたのですが、今度のOSではその辺がぐっと洗練されて急に回転数が上下するような下品な振る舞いがほとんど無くなりとても満足です。全体としてもものすごく静かです。石油ファンヒーターのファンの音の方が遙かにうるさいくらいです。 それはさておき、今日は予報通り終日雨降りでした。午後11時現在もしっかりと降り続けています。雨ですよ、雨。雪じゃないんだものね、異常気象です、これは。気温も異様に高くて「とても暖か」です。
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2003.11.28(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,579日目です。 キーボードのタイプのし過ぎが災いしたのか、今夜突然左の人差し指と中指から肩にかけて電撃が走るような激痛に見舞われました。しばらくすると収まるのですが、断続的に痛みがあります。これが世に言うところの「腱鞘炎(けんしょうえん)」あるいは「頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん)」というものなのでしょうか。
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2003.11.27(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,578日目です。 さて、10年前の今日とは異なって今朝はとても良いお天気になりました。10年前の今日がマイナス16℃まで冷え込んで何もかも凍てついていたことを思うと、信じられないほど暖かいのだと実感します。その年はその後4月まで終日ずうっと氷点下で一度もプラスの気温になりませんでした。明らかに地球温暖化は進んでいるのですね。
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2003.11.26(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,577日目です。 晴れた日にしては冷え込みが緩い朝でした。
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2003.11.25(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,576日目です。 昨夕から降り始めた雨は次第に雨脚を早め、昨夜午後8時頃には台風のような強風に煽られてラウンジ正面の窓ガラスにたたきつけるようになりました。その後は夜通しごうごうという風の音を聞きながら眠ることになりました。それは宮沢賢治の「風の又三郎」に出てくる風の音「どっどど どどうど どどうど どどう」そのままです。その音に誘われて夢の中で僕は再びあの世界へといくこととなりました。
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2003.11.24(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,575日目です。 今日は朝のうちはよいお天気でしたが、天気予報通り夕暮れとともに雨雲の中に取り込まれるようにしてしとしと雨が降り始めました。経験的にはこのような雨は雪にはならないと思います、たぶん。それにしてもあとわずか1〜2週間で初滑りだなんてちょっと信じられないような気もします。
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2003.11.23(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,574日目です。 スキー場の雪巻きが進捗を見せています。気温が十分下がるようになって、ゲレンデ作りも順調に進行するようになりました。夜山麓から山を見上げるとスキー場のオレンジ色のナトリウム等の照明がくっきりと見えます。ああ、いよいよ冬なのだなあとしみじみと感慨にふける時節です。ついこの間、真夏の日差しにじりじりと焼かれていたのに・・・。
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2003.11.22(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,573日目です。 今夜NHKのBS2で放映された「地獄の黙示録・特別完全版(Apocalypse Now Redux)」を観た。これまでに数回観た作品だけれど、このバージョンを観るのは初めてだった。この完全版を観て初めてこの作品に込められたある種のメッセージの意味するところを理解できたような気がする。勝利したければ「裁かずに任務を遂行しろ」ということだ。
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2003.11.21(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,572日目です。 いましがた外に出てみると26夜の漆黒の空に星々が鋭利な光を放っているのにびっくりしました。昨日からの雨が降り続き、午前中つかの間曇天に変わったところで屋根の修理を行い、終わったとたんに再び土砂降りになったのです。
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2003.11.20(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,571日目です。 さて、きょうは、というか昨夜半から雨が降っています。昨夜はじつに久方ぶりにぶち切れたことを書いたけど、特に不穏当だとか大人げないなんて思わないさ。反対に僕らはもっとぶち切れて怒らなきゃいかんと思いましたね、そしてそれをはっきり言葉にして行動して相手にぶつけることが必須なのだとも。何せここのところ僕を含めて世の中「羊たちの沈黙」状態じゃあないですかい。
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2003.11.19(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,570日目です。 もういつ雪が降ってもおかしくない気がしてきました。まあ、初雪は「淡雪(あわゆき)」なので道路はすぐに乾くのですが、ノーマルタイヤだと危険なことに変わりはないのでくれぐれもご注意下さい。というのも、今日は生業のペンション・サンセットの冬のご宿泊料金を全体的に見直しつつさらにどのように整理したらよりわかりやすくなるだろうかと、その作業にかかりきりだったのですが、気が付くともうこんな時間になってしまっていました。そして外を見るとポツリポツリと雨が降り出してきたので、そんなことを思ったしだいです。(現在午前2時)
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2003.11.18(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,569日目です。 満月に近い月が雲間に見え隠れしています。その雲の流れは地上の風からは想像もつかないほど速く、漆黒の天球を背景とした幻想的なグラデーションを見せています。外気温はすでに氷点下3℃ですが体感気温は温かです。ここまで月が明るいとしし座流星群もかなり見えにくいと思います。まあしょうがないです。
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2003.11.17(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,568日目です。 やはり、迷いは尽きない。これからもきっと。 そもそもこのサイトはいったい何なのだろうか、と自問する。生業であるところのペンション・サンセットの紹介と集客のための商業サイトなのか、そう、そのとおり。あるいは、この日記を中心としたプライベートなサイトなのか、それもしかり。 あまりにも多様な要素が絡み合ってしまって、もう動きがとれなくなってきているのかも知れない。この方向性は間違っているのかも知れない。自惚れ(うぬぼれ)ではなく、このサイトをばりばりの商業サイトに構築しなおすことだってできる。でもそれをやらないのは、それが自分らしさから遠ざかる道だからだ。この迷い、この混沌、この混乱は僕という人間の不確かさを反映したものだと思う。 僕は自分自身を発見するためにすべてを投げ打って「ここ」にやってきたのだ。目的完遂のためには情を捨てあらゆるものをなぎ倒して目標にまっすぐに突き進む重戦車のような戦闘マシンにはもう戻りたくない。しかしいまそれが求められているのを感じる。生業を成功に導くために。苦しみはそこにある。迷いはそこより発している。振り子はいま正反対に振り戻そうとしているのだろうか。 このサイトを訪れて下さる方はどのようにご覧なのだろうか。アクセスログを見ると意外なコンテンツが上位にランクされていたりして、ちょっとびっくりする。この季節はこの日記が断然1位だ。(夏だと、ペンション・サンセットのご案内ページと空室情報が圧倒的1位なのにね。)そして「スキー日記」やスキー関連のコンテンツがよく閲覧いただいているもののようだ。意外なのはかなり更新をサボっているMacintosh関連のコンテンツのランクが上位だということ。これは少しがんばらなければならないのかも知れない。 それにしても、ひとは生きなければならない、生きるべく呪われていると言ってもいい、個人的には。生きることも死ぬことも、それが個人の選択によるものではなく宿命的であるという点では呪いと同様である。別の観点に立てば、それは「祝福」と表現されるのかも知れない。どちらでも同じことだ、僕にとっては。 もう生きることを意識するのはやめよう。死を意識することもやめよう。意識することによってそれらに征服されてしまうのはいやだ。強いもの、英知と才能に恵まれたもののみが生き残ることができる弱肉強食の原理こそがこの世界のルールだと神が定めたのならば、それに従うしかないだろう。やはり神とは我々がさぞあれかしと祈る願望の放つ光に過ぎないのかも知れない。
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2003.11.16(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,567日目です。 落ち込んでなにやらやりきれない。外に出て夜空を眺める。そこには満天の星があり、終日吹き続けた強い風にその鋭利な光がゆらゆらと揺れている。ごうごうと大地を揺らすこの音は急流を下る雨水か、いやちがう、神の巨大な手のひらが起こす強風に森の木々が鳴っているのだ。身体の芯から痺れるような冷たい風だ。 視野の片隅で閃光が走る。それは遠くの星が滅び行くときの最後の光のようにも感じられる。しかし、実際は流星が燃え尽きるときの光であることを、僕は知っている。流星群は確かにやってきているようだ。暗闇に目が慣れてくると巨大な天空のあちらこちらで同様の光が目撃できるようになる。もちろん水面下を過ぎる魚影のような流星そのものも。 この日記を書き続けることの徒労感に気づく。それは無意味感にも限りなく近いものだ。こんなことのために毎日数時間も費やしていて良いのだろうか。それは単なる自己満足、自己顕示にすぎないのではないだろうか。もし自分のペンションの集客のために行っていることならば、この時間を、労力を、もっと異なった方向に向け費やすべきではないのか。そのために伝えるべき情報はもっと違うものなのではないか。 僕が伝えたいと思い続けてきたことと、ペンション・サンセットにお客様を呼ぶために語るべき美しい言葉とはその方向性が正反対なのではないのか。僕は経営者として間違った努力を、つまりは「徒労」を行い続けてきたのか。成功するペンションとなるためには、商業的な美しい言葉のみを語り、素(す)の、本音の日記など公開すべきではないのだろう、きっと。 迷いは尽きない。
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2003.11.15(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,566日目です。 今日は朝のうち快晴、昼頃から雲が多くなり、夕方から雨がぱらつき始め、いまは本降りです。土砂降りではないけど、しとしととしっかり降っています。昨夜は獅子座流星群の前衛と見られる流星がけっこうたくさん観測できましたが、そんなことで今夜は望み薄です。 雨の予報を知っていたので、今日新しいスタッドレスタイヤに交換してきました。僕はブリヂストンタイヤの DM-Z3 にしました。これまでいろいろ試したけれどこちらの路面と僕のクルマ(ランドローバー・ディスカバリー)との相性が一番良いようなのです。DM-01、YOKOHAMA GEOLANDER IT、DM-Z2 そして今回の DM-Z3 という流れです。 初期型(1992年式)ディスカバリーの場合、タイヤサイズは 235/70R16 がタイヤハウスとの関係で限界のようです。それ以降の年式では245とか265までいけるようですが。スタッドレスタイヤは面積でグリップを稼ぐようになっているので、できるだけ太い方が総合的にはベターだと思います(冬季の実用性と安全性に限定した場合の話ですが)。 また、体験的にはスタッドレスタイヤはどんなに保管状況をベストに保っても2シーズン使ったら交換した方がいい、というか当地では3シーズン目は必ず交換ということになります。そうしないとどんなにトレッドが高く残っていても、スタッドレスとしての限界を示すプラットフォームまですり減っていなくてももかなり恐い思いをします。「3シーズン目以降のスタッドレスタイヤは良く滑る、ノーマルタイヤよりはマシだけど。」というのがロコ・ドライバーである僕らのアドバイスです。 ペンション・サンセットの納屋にしまってあるスタッドレス用のタイヤセットを高低差5m下の駐車場までおよそ50m運ぶのはかなりの運動量で、僕にはしんどいです。が、これでひとつ大仕事を終えてホッとしています。冬を迎えるに当たっての準備が山積していますが、ずぼらなりになんとかこなしていくつもりです。 文頭でも書きましたが、11月17日(月)〜18日(火)にはあの獅子座流星群が再びやってきます。今回は流星雨は無いようですが、こちらではそろそろ流星の出現率が高くなっています。この季節は夜空の晴天率がとても高いのと月齢が新月に近いので観測には最適です。
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2003.11.14(金)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,565日目です。 さっき最高・最低気温記録計を見てびっくりした。今朝は冷え込んだとは思っていたけれど、まさかマイナス4℃だったとは夢にも思わなかったから。これでも平年よりだいぶ暖かい。本来ならマイナス8℃以下でもおかしくない時節だ。昨年は特に冷え込みが早かったからいま時分はすでにおおむねゲレンデができあがっていた。 この季節は夕暮れがとても美しい。夕焼けが美しいことも多いのだけれど、夕暮れ自体がたとえようもなく美しいのだ。とくに木曽御嶽山に日が沈んだ後の残照の美しさは見たものでなければ想像もつかないすばらしさだ。今日の夕暮れもそんな感動的な情景をみせてくれた。 午後になるとは区域が真っ白なことに気づいていまが冬への助走の季節であることを知る。ピラタスの丘の晩秋は静まりかえり、すっかり落葉した唐松林を彷徨(ほうこう)しながらひとは自然と本当の自分と向き合えるようになる。この季節は懐かしい自分との出会いの季節だ。 落葉を終えた森の向こうに真っ赤な夕陽を見ながら、広葉樹と針葉樹のまざった落葉をさくさくと踏みしめて歩く。キーンと張りつめた大気の中で吐く息は真っ白だ。寒いという感覚はない。ただ凛(りん)とした精神状態があるだけだ。そしていつしか、これからめぐり来る冬に向かって決然と覚悟を新たにする。 胸の奥深く大気を吸い込むと、晩秋の森の匂いが体中を満たす。心が軽くなり、精神が弛緩する。まなざしが優しい光を帯び、あらゆる音が心地よく響く。そのような心で見るならば、観光的価値の終焉を迎えたように見えるこの景色がじつは限りなく豊饒な本当の姿を現す。本当の景色というものは、その本来的な美しさ根元的な感動というものは、それを見ようとするものにしか姿を現さないのだ。 ピラタスの丘では、この季節には祈りにも似た時間がゆったりと流れるのです。生命(いのち)の躍動の季節が終わり、生命(いのち)の眠りの季節に取って代わられるのです。ある種族では生と死という世代変わりが営まれ、ある種族では冬季の深い眠りへとその準備が進められます。ぼくらはいったいどちらなのだろう。 11月17日(月)〜18日(火)にはあの獅子座流星群が再びやってくる。今回は流星雨は無いというけれど、こちらではそろそろ流星の出現率が高くなってくるかも知れない。いま外はすでに氷点下になっいて、空には数え切れないほどの星がぎらぎらと輝いている。初積雪の中10年前にこの地に移住してきた記念すべきあの日がもうすぐやってくる。
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2003.11.13(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,564日目です。 「幸福とは寓話(ぐうわ)であり、不幸とは物語である。」(トルストイ) 急に話題は変わるけど、じつに25年ぶりに「まとも」なリスト・ウォッチ(腕時計)を購入した。いまとなっては何がきっかけだったのかよく分からないのだけれど、ある時計店のHPの写真を見て一目惚れしてしまったのだ。
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2003.11.12(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,563日目です。 「純粋な現在とは、未来を喰らっていく過去の捉えがたい進行である。実を言えばあらゆる知覚とはすでに記憶なのだ。」(アンリ・ベルグソン:「物質と記憶」) そんなことはさておき、今日朝起きてみると窓ガラスという窓ガラスには台風の時のように正面から雨がたたきつけた跡が残り、テラスも洪水のあとのようにびっしょりと濡れ、庭のラティスは5mも吹き飛ばされて倒れていた。未明に嵐があったのですね、たぶん。驚きました。 ここのところ山暮らしのひととして、またペンション経営者として精神的閉塞状況に落ち込んでいた僕のことを知ってか知らずか、じつにタイムリーに救いの手を差し出してもらいました。「海より遠く」の1曲目の最初の音を聴いたとたんに僕を押しつぶしそうになっていた重苦しい何かがすっと消え去ったのです。「いいんだよ、それで、心配ないさ。きみは充分良くやっているよ。」そんな友人の言葉が聞こえたような気がしました。この終生の友との出会いに感謝。
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2003.11.11(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,562日目です。 今日も雨降りです。3日も続けて間断なく雨が降り続くなんてじつに久しぶりのことのような気がします。今年の夏は全国的に雨が良く降ったけれど、それでも時に止むこともあったし、たまには綺麗な青空も覗いたものだった。不思議なことだけれど雨の日は晴れの日よりも体感気温が高いのです。だからさほど寒くは感じません。そうした意味ではここ数日はとてもしのぎやすいと言えます。 そんなことで外まわりの作業が進捗しないので冬に向けての準備が遅れています。これはちょっと困ったことです。いまの気温から考えれば初雪は例年より遅いかも知れないので、時間的猶予はあるのかも知れないのですが、山の天気は気まぐれなのでできることは早いところ片づけてしまおうというのが僕の方針です。 今月末でここに移住して満10年が経とうとしています。早いもので、という感じもするし、過ぎてみればあっという間だったような気もしますが、じつに激動の時代でした。それは社会的にも個人的にもということですが。五里霧中で先が見えないときにはぐっとスピードを落として足元を確かめながらゆっくりと歩くのが(時にはそこで動かずにいることが)一番良い進み方だということを僕はこの10年の山暮らしで学びました。 そしていま僕らはその五里霧中状態です。 ゆっくり歩こうと決意しても、気づかぬ間にしだいに足早になってくる自分に「ゆっくり、ゆったり、自分の判断を信じて・・・。」と言い聞かせる日々です。もちろん万一の自分の判断ミスにいち早く気づく鋭敏さも忘れないようにしながら。ここは山のように動かずにいる方がよいのだろうか、とも。大切なのは致命的な迷いに陥らないことだ、とも。
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2003.11.10(月)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,561日目です。 昨日からずうっと雲の中にはいっています。ラウンジから見る景色は相変わらず濃霧の中にいるような、濃密な水蒸気が織りなすファンタジックな世界です。土砂降りではないのだけれど、この雨は「やむつもりはない」と明確に意思表示しているようです。そんな降り方です。 広葉樹がすっかり落葉したあとに降る雨は、直接地表を叩くので他の季節の雨とは音がまるっきり違います。そして、気温からいって決して雪に変わることはないのだけれど、ちょっと雪に似た風情の降り方をします。うまく表現できない、でも、そうなんだ。 最近ものを書くのがしんどくなってきているのは僕が本を読まなくなったせいかもしれない。別に本でなくてもいいのだけれど、僕をインスパイアしてくれる何かとの出会いが不足しているのは確かです。いまは経営者として淡々と実務をこなしているだけです。 ご宿泊いただくお客様が入らしてもいらっしゃらなくても、ペンション・サンセットはこの雲の海を航行し続ける旅客船なのです。雲海を航行するのだから「飛行船」かな。 ペンション・サンセットはやはり「オクトーバー・カントリー(10月は黄昏の国)」を目指して航行しているのかな。良くお客様が仰る「サンセットの独特の(心地よい)雰囲気」というのはこのことなのかもしれませんね。レイ・ブラッドベリの描くとびっきりのファンタジーの世界を僕は求めているのかも知れない。
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2003.11.09(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,560日目です。 朝うつらうつらしているとことことという雨だれの音がします。ペンション・サンセットの大屋根から落ちて来て1階の軒を打つ雨だれの音です。ああ、今日は雨なのだ。心情的には「今日も雨なのだ、やれやれ」と言う方が近い。 まだ当分雪が降る気配はありません。それほど暖かい晩秋です。それでも朝晩の体感気温はしだいに下がってきているように感じています。人間の気温感覚というのはじつに不思議なものです。生命体としてより確かなのは、寒暖計の指し示す「客観的数値としての気温」ではなくて「体感温度」なのですね。 夜になっても雨は降り続き、ちょっと足りなくなったものを買いに買い物に出た僕は、雨雲の中の「濃霧状態」の道路を走ることになりました。今夜は満月だいうのに、漆黒の闇が支配しています。イオン光という霧や雪を突き抜ける波長のヘッドランプを使っているのですが、それでもヘッドライトと路肩の街灯に照らし出された、トンネルのような夜道を地下鉄のように走ったのでした。 何万回と走ってよく知っているはずの道なのに、今夜はまるで別の道のように感じられました。この先が右にカーブしているのか左にカーブしているのか、そもそもここがいったいどのあたりなのかがよくわからないのです。夜の山岳部の濃霧は魔物です、もしそんな状況に遭遇したらくれぐれもゆっくりと走って下さい、そう、時速10kmでも良いくらいですよ。ありったけのライトを点けて自分の車の存在を他のクルマに知らせるようにすることも忘れずに。 往路もすごかったけれど復路はもっとすごくて、鹿にぶつかりそうになったりキツネを引きそうになったり。とにかく疲れました。雨はぱらつく程度になっていますが、霧(=雨雲)はまだまだ濃密です。客観的に山麓から眺めたとするならば、標高1000m以上がすっぽりと雨雲の中にはいった状態が続いているようです。
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2003.11.08(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,559日目です。 暖かいですねえ、まったく雪撒きができないほど暖かいです。天気概況では明日あたりから平年並に戻るようなお話ですが、どうなのでしょう。ここのところまったく暖房無しでOKでとても助かっています。身体に優しくクリーンな暖房として温水式全館集中暖房(セントラルヒーティング)を採用しているペンション・サンセットの暖房費は一般家庭の10倍かかるのです。たとえ僕らだけしかいない夜でも、暖房するとなるとその装置を作動させるほか無い。 というのも標高1700mで完全燃焼が保証されている石油ファンヒーターが未だ存在しないと言うのがその理由のひとつです。たいていの製品は標高1000mまでか、せいぜい1200mまでというのが普通です。ここは気圧が20%低くて、空気中の酸素濃度が平地の80%程度しかないから。が、いまのところわれわれの居室では1畳のホットカーペット一枚で充分以上に温かです。マイナス20℃仕様の建物ですからまあ当然のことなのですが。 空気が薄いといろいろな心身の変化が現れてきます。たとえば血液中の赤血球の数がやたら増えるとか、安静にしていると酸素不足ですぐ眠くなるとか、睡眠がやたらと深いとか。たまに平地に戻ると地下鉄の長い階段も歩道橋もまったく苦にならないスーパーマン状態が数日続くとか、ね。そうです、ここはオリンピック選手が高所低酸素トレーニングを行う場所なのです。女子マラソンのキューちゃんがトレーニングしているボルダーが標高1600mで、ここは標高1700mなのだから当然といえばその通りなのです。 人間の思考もこの薄い酸素状態では変化してくるようです。なんというのだろう、うまく表現できないのだけれど、ゆっくり考える、というかあらゆる思考はゆっくりと「熟成」されやがて結論にいたるという感じかな。仙人や成人と呼ばれる人たちがここよりはるかに標高の高いさらに低酸素の地に居所を構えるというのはそれなりの理由があるのだと実感できます。すくなくともここでは現実と想像と幻想と夢との間をシームレスに行ったり来たりすることが可能なのです。それが自然で当たり前のことなのです。 「自分」という世界、を知るにはこれほどふさわしい場所は他にはないように思います、少なくとも僕自身に関しては。自然とね、自分という存在の「輪郭」のようなものがはっきりとしてくるのです。そしてやがて自分というものがよく見えてくる。ここには「本当の自分」しかいないから。
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2003.11.07(金)-----------
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| 2003.11.06(木)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,557日目です。 ということで、昨日書いたように自分のスタイルを変えるのはやめた。寒いから嫌だと思われてもしょうがない、寒いのは寒い服装をしているからだ。気候・気象に対して適切な衣服を身に纏(まと)わなければ、アフリカだろうがシベリアだろうが「寒い状況では寒い」ことに変わりはないのだ。 たとえば真夏の東京で夕立でずぶぬれになってTシャツ一枚で冷房の効いた電車に乗れば、真冬のピラタスの丘でフリースのウエアとマウンテンパーカに身を固めてマイナス17℃の吹雪の夜を歩くより寒いのだ。それはいのちの危険があるほど寒いと思うよ、実際の話、というのもこれは僕の実体験だから。 少なくともこの「現代」においては、それにふさわしい服装をしていれば「寒い」なんてことはないのだ。外はマイナス20℃の真冬の夜だというのに、Tシャツ一枚で暖房をガンガン焚いていながら、自分の吸った煙草の煙がけむいからといって窓を全開にして「寒い」なんていわれても、金輪際僕は聞く耳を持たない。 繰り返すが、あなたが寒いのはあなたが気候にあった服装をしていないからだ。 30℃の熱帯夜に暑い(確かに暑い!)といってエアコン全開で20℃の室温で涼んでいる同じ人間が、真冬には35℃〜40℃まで室温を上げて暖房してTシャツ一枚で「寒い」だなんて、信じられない、あり得ない。それは知的生物のやることではない。 それは「現代人のわがまま」なんて言うかわいい概念の範疇を越えている。それは「非常識」あるいは「救いがたい無知」というものだ。暖房していてむんむんしてきたら、窓を開けてマイナス20℃の風を入れて室温を0℃近くまで下げるのではなくて、暖房機の室温設定を5℃ばかり下げればいいのだ。そのままの室温で自分がトレーナーなりフリースなりを一枚着てごらん、きっと暑くて即座に汗だくになること請け合いだ どうしてもっと「季節」と真正面から向き合わないのだろう。どうして「自然」とまっすぐに向き合えないのだろう。僕は不思議でならない。衣服を纏い道具を作りそれを使いこなし火を利用するというのは人類の人類たるゆえんではないか。その根元的能力を現代人は失いつつあるように思われてならない。それは文明による生命体としての快適性の追求とはまったく次元の異なる問題であるように僕には思われる。
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| 2003.11.05(水)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,556日目です。 まず日付と曜日を入力してから、お天気と最低気温・最高気温を書き、つぎに日記を書き始めて何日目かを更新する、という手順を踏んでから日記をしたためるというのがこれまでの作法でした。長年の習慣というのはおそろしいもので、このようにいきなり書き始めるというのはどうも違和感があります。 お天気情報がないと自分でも今日という日のイメージをつかみくくなりましたね、正直言って。 今日という日は「晴れた朝」から「雨の夜」へと推移しました。雨の夜はとても暗い。そしてとても静かです。明日のお昼ぐらいまでこの雨は降り続くそうです。なんだか今日の雨は気持ちをめいらせます。雨がそのような「意志」を持って降るわけもなく、これは僕の側の気分的な問題なのだとは想うのですが。
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2003.11.04(火)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,555日目です。 雨上がりの朝はいつも清々しい(すがすがしい)ものです。しかしこの時期に行わなければならない作業の段取りからいうと、この雨による水気が乾くまで進められない作業がたくさんあります。だから、しょうがないことなのだけれど、ちょっとこまったことではあります。今日やる予定だった作業は延期です。 晴れ時々曇りと書いたけれど、印象としてはほとんど陽が差さなかったように感じます。他のところに日が照っているのはここからも見えるのですが、「ここ」に日が照ることは少なかったからです。多くの渡り鳥や他の場所に移動する野鳥達はすでに移動を終えてピラタスの丘で越冬する鳥たちだけになりました。だからとても静かで、ちょっと寂しい気分です。 前にも書いたとおり、この季節には音の聞こえ方が再び変化します。音の「角」が取れてあらゆる音がまあるくふくよかに響くのです。これは明らかに大気の質の変化による音の伝わり方の変化です。凛とした大気の中、そして限りない静寂の下でこうして森を眺めているとまるで「世界の終わり」をじっと待っているような気がしてきます。それは必然であり抗う(あらがう)ことすらかなわない宿命なのだ、と。"The Fool on the Hill"ですね、まったくのはなし。 確かに地球は巡っている。ぐるぐるとものすごいスピードでスピンしているのが実感できる。僕はここにいて「それ」をただみつめている。今夜も暖かいのでたまにハロゲンヒーターを点ければ充分なほどです。シベリアンハスキーのパルもだいぶ冬毛が生えそろい、皮下脂肪も付いてきてしだいに美しい冬の体型へと変化してきています。誰よりも初雪を待ち望んでいるのは彼でしょうね、きっと。
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2003.11.03(月)-----------
この日記を書きはじめてから今日で2,554日目です。 今日も冷え込みがほとんど無かったようで、といってもそのように感じるということですが、温暖な朝になりました。朝から曇り空でしたが、雲が高く空は明るかったのです。しかし天気予報どおり昼頃からしだいに下り坂となり、やがて雨になりました。これ絵は外回りの作業ができません、やることがたくさんあるのにね。自然相手のことですから、ここはあっさりあきらめるしかないです。 こうして雨模様に遭遇してみると改めていまはまだまだ「秋」なのだなあと実感します。こんなに暖かく、なんといっても「雪」ではなくて「雨」ですからね。雨は降りましたが今日もとても穏やかな一日でした。そして今夜は満天の星空の変わりに、サーッという雨音とことことという雨だれの音が周囲を覆い尽くしています。 ペンション・サンセットはいましも雨雲の中に取り込まれて、外は一面の濃霧状態です。そんな中で聴くこの雨だれの音は時として何かの、たとえば森の小動物の足音や気配のように感じて、はっとすることしきりです。それもこれもこのような大自然の中で暮らしているから、感覚が野生に向かって研ぎ澄まされるのかも知れません。これはよいことだと感じています、個人的には。 それはそうと、ぜんぜん関係ない話ですが・・・。 レイ・ブラッドベリ、村上春樹、ライ麦畑で捕まえて(The Catcher in the Rye )、不思議の国のアリス、フランダースの犬、宮沢賢治・・・が「嫌いでない」ひとにはペンション・サンセットは極上のワインのように美味しい場所かもしれません。これは「文学」、「物語」のジャンルの場合の一例ですけれど。誕生日でいうとリピーターのお客様の誕生日は圧倒的に12月〜3月が多いのですよね、もちろん例外はあるのですが。それはそれで別の「ご縁」なのでしょうね、きっと。 ちなみに僕は「魚座」です。 ご承知の通り魚座のマークというか「しるし」というのは二匹の魚が互いの尻尾(しっぽ)を一本の太いリボンで結ばれているのですが、互いにまったく異なった方向へと泳ぎ進もうともがいているというものです。ことかように魚座の人間は二つの相反する想いなり行動に駆り立てられてその間で揺れながらもんもんと懊悩(おうのう)する運命、というかそのような星の下にあるようです。納得です、はい。僕はいつもそのようであります。これまでもずうっと、そしていまも、おそらくはこれからもずうっと。
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2003.11.02(日)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,553日目です。 とても温かな小春日和になりました。朝から雲ひとつ無い晴天で、くすんだ青空はこの季節ならではのとても素敵な色合いです。陽差しは暖かく風もなく、じつに穏やかな一日でした。ペンション・サンセットの周辺では広葉樹の紅葉はすでに終わり、落葉も一段落して、針葉樹の紅葉が始まっています。だからといって冬のような枯れた風情はピラタスの森にはありません。常緑針葉樹や紅葉の期間の長い落葉松(針葉樹)が森を彩っているからです。 昨日から数値としての気温を掲載しない、日記にも(できるだけ)数値としての気温を書かないと決めてそのようにしているわけですが、意外にもこれはとても良いアイデアだったかも知れません。僕自身がそれを意識する、というか「禁じ手」とすることによって、僕自身のものの見方や感じ方さらには表現自体が変わろうとしているように感じられるからです。数字を並べて表現すればそれだけでも説得力がある(ように感じられる)し、語り手もそれで「具体的かつ正確に」伝えることができたような「つもり」になりがちだけれど、実際はそんなこと無いのかも知れない。 それから昨日ちょっと書いたこのサイトにおけるオーナー名掲載(署名)の件ですが、やはり削除した方がいいのかも知れませんね。ネットで通信販売をしている場合などは法律によって責任者名等の明記が義務づけられています。しかし、実際にこちらにいらしていただいてご宿泊いただいて初めてサービス提供とその対価が発生するペンション宿泊予約の場合はその範疇外なので、屋号(ウチの場合は「サンセット」ですね)だけでOKのようですね。署名してもしなくてもお客様の信頼度や好感度が変わらないのであれば、この物騒なネット社会において実名を公表するリスクをおかす意味はないし「百害あって一利なし」ということですものね。 まあ、急がずあわてず検討課題としていきたいと思います。この日記の書き方や内容もそれによって変わってきますから、よ〜く考えようと思います。それはそうと記録を見るとこの時期にこの温かさというのはむしろ異例なのですよね。われわれはおそらく暑い夏の間に身体や心に「蓄熱」するようにできているのではないかと感じます。ことしはとても寒いぐらいの夏だったために充分な蓄熱ができていない。だからこんなに温暖な秋でも平年なみどころかそれ以上に寒く感じるのではないか、と。 この調子だと今度の冬は気温の高い「温暖な(しかし体感的には)寒い・冬」になるかもしれませんね。異常気象もここまで狂うと「普通」みたいに感じられてくるから恐いです。
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| 2003.11.01(土)----------- この日記を書きはじめてから今日で2,552日目です。 今日からお天気、最高気温、最低気温の表示をやめました。先日も書いたのだけれど、実際の気温よりも遙かに「寒いと想像する」ひとの比率が飛躍的に増加したという認識が僕にはあります。データとしての「数値」としての気温と、実際の気温および実際に身体と心で感じる気温とはまったく異なるのです。そのことが考慮されないあまりにも直截(ちょくさい)すぎる感性の時代になったようです、もちろん「悪い意味」において。数字では語れない部分にこそ人間の豊かな感性のすばらしさがあるのにね。 ぼくはそのように感じる人たちを責めているのではありません。どうか誤解なさらないで下さいね。そのような時代というか、人類の進化(あるいは退化)のフェイズを呪って(?)いるのです。ある側面では人類はとても進化し続けているけれど、生物あるいは動物として生き抜くための知恵という側面ではどんどん退行しているのをひしひしと感じます。 話が脇道にそれました。最初に書いたとおり、そんな状況ではこれからの季節の蓼科あるいはいま現在の蓼科が実施以上に「寒い」と「刷り込まれて」しまうのではないかという危惧(きぐ)を僕は持ちました。そうなると僕だけの問題ではなくなります。蓼科高原全体の人々の問題になります。蓼科の季節感を実際の感覚に近い形でお知らせしたいということで始めた気温表示ですが、それでは本末転倒になってしまいます。 平野部に比べて標高の高い高原部・山岳部が朝晩冷え込むというのは当たり前の気象であり自然法則です。お住まいの土地でも12月には12月の気候にふさわしい暖かな服装をなさるのと同様に、高原にいらっしゃるときには高原の気候にふさわしい暖かな服装でいらっしゃればよいだけのことなのですけれど、それをなさらないお客様があまりにも多くてかなり「哀しい」思いをしています。 僕はなんのために蓼科の「いま」の気候や風景をご案内しているのでしょうか。なんのために、ご宿泊のご案内状で具体的服装までご案内しているのでしょうか。僕の想いは余計なお世話、単なる徒労にすぎないのでしょうか。この場所・この季節にふさわしい服装さえすれば、楽しみは10倍にもなるのに、そして金輪際「寒い」なんて言葉を口にすることすらないはずなのに。とても残念です。 ということで、今後は「僕の体感気温」だけを書くことにします。気温のデータ観測は10年を経たいま、休止ということにします。そのほうが伝わるものもあるかも知れません。 もとよりビジネスとして成功なさっているペンションさんのホームページには決してこのようなコメントは書かれないと思います。それは承知しています。しかし僕は書かずにはいられないのですよね。僕はペンション・サンセットをビジネスと割り切って考えることができない「ダメな経営者」だから。だからこそ個人としてきちんと自分の氏名を明かし、署名しているのです。ペンションのホームページをご覧になるときに経営者(オーナー)の署名があるかどうか気をつけてみて下さい。署名のないところがほとんどだと思います。 おおかたのお客様にとって、署名があろうと無かろうとそんなことはたいしたことではないのかも知れません。そうであるならば、僕もホームページからもあらゆるメールやご案内状からも署名を削除すべきなのかも知れません。ペンション名だけで充分ならば、それが時代の趨勢(すうせい)というものならば、その事実に沿うまでです。 高原へいらっしゃい。気温や湿度だけでは語れない「なにか」があなたを待っています、きっと。 ピラタスの丘はすでに秋の風情。「夕暮れ(サンセット)」の美しい季節です。→写真 星も綺麗ですよ、とっても!
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風景は人生の舞台です誰のこころにも忘れがたい想い出の風景があります。 サンセットは北八ヶ岳の標高1700mの白樺林にたたずむ雲の上のペンション。
ペンション サンセットMailing Address:〒391-0301 長野県茅野市蓼科高原ピラタスの丘 デザイン、タイトル、文章、写真、グラフィック、リンク等の無断複製を禁じます。 |