- 2003年7月 -
![]() |
"It exists across the universe"
簡単お便りフォームはこちら。お便り待ってます。
*The photograph is taken by M. Kano. All rights reserved.
|バックナンバーへ|
|
2003.07.31(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,489日目です。 それは突然やって来た。その感覚は幼い頃のあの感覚に似ていた。あのころの自分はそもそも身体はここにあっても、実体はあちら側にあるというふうだった。そして「それ」はやはり突然やってくるのだった。それがやってくると電池が切れたおもちゃのロボットみたいに、すべての思考が停止し、視覚と聴覚以外のすべての知覚が失われ、分厚いゼリーのような透明な沈黙にぼくは包み込まれるのだった。 夏が来た。
|
|
2003.07.30(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,488日目です。 今日も山岳部は雲がかかってその下端が標高1800mあたりまで降りてきていました。ペンション・サンセットのあるところが標高1710mだから、すぐそこに雲がある状態です。手が届きそうです。お天気としてはあまりうれしいものではないですが、そんな雲を眺めるのって、嫌いではないです、個人的には。 そんな中、ビーナスラインを蓼科湖方面に下るとピラタスロープウエイの入り口手前のナナカマドが紅葉し始めているではありませんか、びっくりしました。されに下るとプール平では白樺やモミジが紅葉し始めている。懐かしいタンニンの色に染まり始めている。戻ればピラタスの丘でもナナカマド、ヤマブドウ、白樺が紅葉・黄葉し始めている。 おいおい、まだ夏の盛りを過ぎてもいないんだぜ。などといっても聞く耳を持った連中じゃない。まあ本来早ければ8月末から9月初旬には紅葉し始める木たちではあるのですが、いくら何でも早すぎる。これはやはり普通ではない状況ですね。 お日様さえ出てくれればまごうかたなき「蓼科の夏」を謳歌できるのですが、なかなかそうなってくれない。そんな気候です。長梅雨はすでに終わり、夏になった実感はあるのですが。あの厳しいまでの陽光が無い。ただそれだけのこと。ただそれだけのことだけれど、これはとても大切なことでもあります。 あとは気圧配置とか、天候の問題だけです。「夏が来た」と宣言してさしつかえないでしょう。今夜も雲が多いのですが、間断なく雲が流れているのでときおり雲が切れて満天の星空をかいま見せてくれます。もう10年も見上げている空ですが、やはりこの季節の夜空は何度見ても胸がじーんとするような感動を与えてくれます。 夏休みに入って訪れて下さるお客様も増えていますが、それでもペンション・サンセットはとても静かです。そのせいか、涼しさが心地よいせいか、朝寝坊されるお客様が増えています。いつ寝入ったか憶えていないし、モーニングコールを聞くまで一切の邪魔無く眠りの世界に浸っていたとのことです。こんな深い眠りはじつに久しぶりに体験した、と。 今夜もお客様のために全館暖房を入れています。ひんやりとした湿度の低い大気が凛として心地よく、空には満天の星。地上には深い静寂の中で眠る人々。まるで物語の世界みたいじゃないか。 高原へいらっしゃい。気温や湿度だけでは語れない「なにか」があなたを待っています、きっと。
ペンション・サンセットの庭にクガイソウが咲きました。年々株が増えてるみたい。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.29(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,487日目です。 眠い。ただそれだけ。本格的繁忙期にはいる前からこの調子では先が思いやられますが、この夏から提携を始めた複数の有名な旅の予約サイトのメンテナンスや、自分のサイトのこれまで以上のメンテナンス、そしてこれまでに増してのメールでの懇切ていねいな対応を心がけているので、これは当然の結果ではあります。 こんなレベルでの作業が8月の繁忙期に続けられるはずも無く、現実にお越しいただいたお客様のおもてなしが一番大切な仕事ですから、どこかで妥協なり「あきらめ」が必要なのでしょう。1日が36時間あれば別でしょうが。ぼくだって1日あたりせめて数時間は睡眠が必要ですし。 ということで、込み入ったお問い合わせはメールではなくお電話で、ということにさせていただきたいと思っています。もちろんお問い合わせになる側も、お答えするぼくの側も、ということです。内心忸怩(じくじ)たるものがありますが、そうしないことにはぼくは(体力的にも)おそらくこの夏を越せないと思います。あるいはペンション・サンセットのクオリティーを保てないかも知れない。 個人経営である、家族だけ(通常は夫婦2人だけ)で運営するペンションにはおのずと限界があります。そのことをいつも思い知らされます。できること、できないことが歴然と存在します。ペンションにホテルのまねはできないし、旅館のまねはできない。もしかすると人手の足りている農家が経営する民宿さんにもおよばないかも知れない。 日本におけるペンションの概念、ペンションという宿泊施設に対するお客様の期待と認識、旅行業界における位置づけにはなにかひどく理不尽なものを感じます。まず第一に宿としてのペンションの機能的な概念が正しく認識されていない。第二に宿泊施設としての価格上の現実のポジションと、その対価としてのサービス内容のイメージ上のポジションとが大きくずれている。第三にペンションに全くカテゴリーの異なるリゾートホテルなみの設備を求める傾向が増大している。これは先の2つの命題と関連していますね。 それは過当競争の中で、正確な情報よりもいささか誇大表現気味の広報活動の文面によって美しく誤認されているという現状があるのかも知れません。もちろん文面通りの素晴らしいペンションさんも多々存在するわけですが、その評価もじつのところお客様の「イメージ」の中でのことが多いのが現状ではないでしょうか。その点についてはぼくは自信がありません、正直言って。 日本におけるペンションのイメージはそのようななにやらスーパーでファンタスティックな宿泊施設のようですね。確かにそのような側面はあります。しかしそれは一面の真実を語っているに過ぎないというのもまた否定しようの無い現実です。先ほども書きましたが、できることとできなことの狭間でかろうじてバランスをとりながらお客様に最大限の満足をお持ち帰りいただこうと腐心しているのが現実の多くのペンション・オーナーの姿ではないでしょうか。 もちろん、役者同様虚勢を張り通してそのようなスーパーなペンションを演じ切ることだって可能かも知れない。もちろんそれができるすごいオーナーも存在するでしょう。しかしぼくは「普通のひと」です。だからぼくにできることは、ひとりの人間として、個人としてお客様に接することだけのような気がします。ぼくら普通の人間たち(妻を含めて)が、同じ人間としてお客様をおもてなしするというのがペンション・サンセットの原点のように感じていますし、ぼくの考えるところのペンションのかたちです。 もし、そんなペンションでもよろしければ、あるいは万一そんなペンションがお好みでしたら、是非足をお運びいただければ幸いに存じます。すべてのお客様に気に入っていただこうなどと大それたことは考えておりませんが、せめて合格点はいただけるだけのものはペンション・サンセットにもオーナーを務めるぼく自身にもあると信じております、たぶん。 高原へいらっしゃい。気温や湿度だけでは語れない「なにか」があなたを待っています、きっと。
ペンション・サンセットの庭にこんな花も咲いているのですが名前が解らない。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.28(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,486日目です。 今夜もぐぐぐっと冷え込んでいます。しかし日ごとにそれは真夏の高原のそれへと変化してきているのが実感されます。湿度がぐんぐん下がってきています。陽光が白熱光線のように鋭くなってきました。油断するとたとえ曇天でも短時間で信じられないほど日焼けしてしまいます。 静かな夜です。つい先ほどから定期便のように夜の雨が降り始めました。夜露なのか雨なのかよくわからないような降り方の雨です。これは良い兆候です。夜雨が降った翌朝は晴れることが多いからです。しかし朝日が森に射し込むと夜の間に降った雨がその光のエネルギーによって水蒸気となり空へと舞い上がって再び雲となるのです。 そのサイクルのために、朝早く晴れていても、午前中から昼にかけて霞(かすみ)がかかったように大気が曇る現象が起こります。天気の良い日なら早めにそれがおさまって、眺望が良くなりますから、そのときが展望台に上るチャンスです。ピラタス蓼科ロープウエイ、車山のリフト、どちらもタイミングはほぼ同じと考えていいでしょう。 今夜もモーツァルトのレクィエムを聴きながら日記を書いています。カール・ベーム指揮のウィーンフィルの演奏です。若い頃は何だかいたたまれなくてとても聴き通すことができなかったこの曲なのですが、いまは不思議と心と身体に馴染むのです。それは僕自身が自分の死というものをこの年齢なりに「自分とともに在るもの」として受け入れることができたからなのかも知れません。 自分の「生」の中に原初より含まれている「死」に対する文字通りの「鎮魂歌」として聴くことができます。この「生」も「死」ももとより僕自身にほかなりません。 それにしてもなんと美しい音楽なのでしょうか。なんという天才的オーケストレーションなのでしょうか。あるべきところのあるべき音がある。まるで天上の音楽のようにそれは魂の奥底から湧き上がってくるもののように感じられる。 確かに、ぼくは蓼科に癒されている。北八ケ岳の豊かな自然に、そしてこの美しいこの音楽に癒されている。これは断言できる事実だ。 高原へいらっしゃい。気温や湿度だけでは語れない「なにか」があなたを待っています、きっと。
ペンション・サンセットの庭にももうすぐヤナギランが咲きます。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.27(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,485日目です。 昨日から今日にかけてほとんど徹夜になりました。これは先日も書いたことですが、新しいお料理のスタイル、新しいサービスのスタイルを作り上げる過程にあるペンション・サンセットの現在の状況ではやむを得ないことだと考えています。本来ルーティンとしてスムーズに無駄なく流れるべき作業がいたるところで滞ったり問題が出てきてそれを解決・改善したりと、やらなければならないことが山積しているからです。 じっさいのところビジネスマン時代の2倍から3倍は働いていますね、実感として。まあ、季節変動があるから生きていられるようなものですが、これに近い職種といったら出版業界のある種の編集者の方と似ているかも知れません。皆さまも同じように死ぬほど働くじつに過酷なたいへんな日常を送っておられることと拝察いたしますがくれぐれもご自愛のほど。それにしてもなんで合理的な時代が進むにつれてこんなにも忙しく過酷な労働を強いられるようになってしまうのでしょう。不思議です、個人的には。 現実のペンション・サンセットのオーナーとして、経営方針の策定と執行、財務・経理管理、顧客管理、つまりペンション経営・運営上の総責任者としてのすべての仕事。それに加えてボイラーの管理、館内の温度管理、お風呂の水質管理、水道の水質管理、フード・プランナーとしてのメニュー創作のほか、調理メニューに関わる総合的な調理・調味・盛りつけ等の指示・補助・管理、食品の衛生管理、食材および消耗備品の仕入れ、お部屋のセッティングの最終チェック。庭の草刈り、花の手入れ、駐車場のコンクリート補修、テラス、建物のペンキ塗り、床のワックス掛け、様々な補修全般、敷地内の樹木(大木)の伐採、屋根の補修、あらゆる土木作業、館内の清掃(もちろんトイレも)、お客様のチェックイン、接客、夕食、朝食の運営管理、う〜んけっこうあるなあ。リストアップの最初の部分だけでもかなりある。今度「すべて」を書き出してみる必要があるかも知れない。まあ、要するに何でも屋さんですね、個人事業主とは本来そんなものですが。 そのすべてのほかに「このサイトの運営とご予約承りとお問合せへのご返信の業務」があるわけです。まあ、活発にサイトを運営している方々はみんなそんな感じで身を削って運営しているのだと思いますので、ぼくだけではないことは良く知っていますが、それにしても年々この仕事はきついものになってきています。メールの数だけでも一日100通を越えましたし、ご返信を要するものだけでも40通〜60通、それもかなり込み入った長文のご返信を要するものが多いし、調べてからでないとご返事できないものも多い。本来お役所や観光協会宛に送るべき、非難したり訊ねる相手を全く誤ったおかしなメールもありますしね。まあメールの数というのはビジネスでご利用の方はぼくなんかの5倍から10倍もハンドリングされていると思いますが、そろそろぼくもハンドリングすべきメールをあらかじめ選別して仕事にかからなければパニック状態になる恐れが出てきました。 とはいえ、絶対に読ませていただくメールがありまして、それはお客様からの個人的なお便りメールです。これはどんなに眠くても疲れていてもまたたくまにぼくを元気にしてくれる魔法のようなメールです。もちろん「ご予約に関わるメール」は優先度第1位で対応させていただいていますが、こころの触れあうメールにはいつも励ましていただいております。だから、ぼくがどんなにパニクっている様子でも、そんなときだからこそ、ご遠慮なくメール下さいね。よろしくお願いします。 さて今日は雲が多いものの時折真っ青な空が見える、まあまあのお天気になりました。気候は劇的に変わって、実感として完全に「梅雨は明けた」と感じています。湿度がどんどん下がってものすごく爽やかです、日照不足で痛んだ草花も次第に元気を回復してきています。ついでにぼくもどんどん元気を回復しています。(笑) 今夜も冷え込んでいるので、全館暖房ですが、これは高原ではいつものことです。この冷え込みがあるからこそ、高原は爽やかなのですから。 高原へいらっしゃい。気温や湿度だけでは語れない「なにか」があなたを待っています、きっと。
ペンション・サンセットの庭にアザミのようでじつはそうでない花が咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.26(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,484日目です。 さて、「自然に抱かれて」眠って参りました。(笑) これって、昨日の日記を読んでないと意味不明でしょうね。気にしないで下さい。気になる方は昨日の日記を読んでね。・・・なんて言っている場合じゃない一日でした。 今日は満室ということで気合いを入れてお客様をお迎えする準備をしていたら、なんと「当日キャンセル」が出てしまいました。夏休みの季節には、せっかく準備万端整えた楽しいご旅行の当日に、日ごろの疲れが出たりして体調をくずされるお客様が一定の比率でいらっしゃいます。 ぼくもその口だったので、その悔しさが良くわかります。よく「間が悪い」なんて言われるんですが、そんなこと言われたって、ねえ、どうしろって言うんでしょうね。自分自身が一番「なんて間が悪いんだ!」と自分をののしっているんだし、自分が一番悔しい思いをしているんだから。 ということで、それは仕方ないことなのですが、宿としてもお客様と同じぐらい「間が悪い」自分をののしることになります。当日キャンセルを埋め合わせることは(バブルの頃ならいざ知らず)至難の業というか、このデフレ経済の元では奇跡にすがる他ないのですから。・・・と、ぼやいてもしょうがないって。 ぼくは「間が悪い」のです、生まれつき。たぶんね。 そのようなケースのキャンセルの痛みは相身互いということで、お互いに体調には充分注意してこの天候不順な夏を乗り切りましょうというお話でした。 が、しかし、結局当日キャンセルの2部屋を埋めることはできませんでした。いろんなルートやコネクションを目一杯使ったのだけれど、ダメでしたね、これはペンション・サンセットとしてはめずらしいことです。 そんなこんなの作業や連絡や手配で(結局徒労に終わったのですが)、午前中が終わってしまい、今日のチェックイン前のメイン・イベントであるところの、「網戸の貼り替え」(笑うな!)にしわ寄せがきてしまったのでした。網戸の貼り替えは、トイレのお掃除と同じかそれ以上に大切な、ペンション・オーナーの大切なお仕事なのですだよ、はい。 いつものことだけれど、最初の1枚は「失敗」。でもだんだんコツを思い出してきて2枚目以降はできが良くなりました。でもやっぱりここは空気が薄いのね。たいした運動量でも無いのに、息が切れてしまってぜいぜいいっている。これは歳のせいばかりじゃない、きっと、もしかしたら、たぶんね。 ワインの栓を抜くのと同じで、作法を守って向上心を忘れずに続けていればどんなことでも(それなりにだけど)きっとうまくなる。ぼくは年間1000本近いワインの栓を抜いているわけですが、いろいろ試した揚げ句にたどり着いたのは、特殊なコルク抜き用具ではなくて、昔ながらの「ソムリエナイフ」でした。結局これが一番使いやすいのです。不思議なものですね、シンプル・イズ・ベスト。雪かきで使う「雪はね」もそう、いろんな新製品を試したけれど、結局丸い木の柄の付いた昔ながらの「雪はね」がベストなのでした。 という話をするつもりじゃあなかったのですが・・・あああ、つくづくぼくは間が悪い。 ペンション・サンセットの庭にオダマキが咲きました。今年は数が多いです。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.25(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,483日目です。 朝から曇りでしたが、雨は無し。静かな日々が続いています。といってもべつにお客様がいなくてヒマしてるわけではない。ここでは大勢のお客様であふれかえる(といってもそんな印象にはならないほど各ペンションの敷地が広いのだけれど)お盆休みの頃ですら、同じように静かな日々なのです。お迎えするぼくらは死ぬほど忙しい時期ですが、そのおかげでここでの暮らしを続けさせていただいているわけで・・・。感謝。 どうも天候不順なんですが、予報では明日あたりから良くなりそうです。まあ、当たってくれればの話ですが。でも夕方からの風雨(そうですまた雨が降り出したのです)のようすからは、じっとりとした梅雨の風情よりは豪快な夏の雨といったものが感じられる荒れ模様だったので、「これはもう夏だわ」とかってに思い込んでいます、はい。 明日の日記ではふたたび「素晴らしい夏空(写真)が戻ってきました」と書きたいものです。 さてこの日記に書く多くのことどもは、多くの場合クルマを運転している時に浮かんでくることが多いのですが、最近書く前にそれがどのような想いだったかを忘れちゃうのね。(笑) まったくしょうもないことですが、ドライブしながらリアルタイムでボイスレコーダーで録るというのもちょっと違うような気もするんですね。同じ内容でも、話すことと書くこととでは全く異なる行為となるし、意味もまた微妙に異なってくるものだと思うんです。つまり「音声化された言葉」と「シンボリックな記号に置き換えられた言葉」とは全く別物のように感じられるのです、ぼくには。 ぼくは言葉を音声として(音楽と同じ「音」として)扱うと同時に、「記号」として扱うひとなので、そんなふうに感じるのかも知れない。記号として言葉を扱うにはパーソナル・コンピュータは最適の道具だと思う、じつにたったいま気がついたのだけれど。 眼の前の情景をダイレクトに言葉にしているように見えて、じつは極めてシンボリックに語っているのがぼくのこの日記なのかも知れません。ぼくという有機的なフィルタを通した蓼科の姿がここにはあるのかも知れない。それを「あなた」という有機的な「フィルタ」を通して読み取るのだから、すくなくとも二重にフィルタリング(=加工)された事実あるいは情景がそこに展開されることになる。はっきりいって「ハイ・フィデリティ(高度再現性)」とは全くかけ離れた世界での情報のやりとりなのかも知れない。 それはそれで良いのだと思うし、「尻取り(しりとり)」の最初の言葉を発する時みたいに、自分の発した言葉をきっかけにして、ものごとがこれからどのように展開するのだろうとちょっとぞくぞくしたりもします。 もしかしたら、それがぼくがこの(しょうもない)日記を書き続けている動機あるいは企み(たくらみ)なのかもしれません、正直言って。 外はあいかわらず「春の嵐」みたいな風雨です。でも豪快でいい感じです。きわめて「夏」的な風雨だから。でも館内はそんな音もほとんど聞えないので(真空二重ガラスだから)、とてもとても静かです。だからとても良く眠れるのです。「自然に抱かれて眠る」というのはこういうことなのかも知れませんね。 ペンション・サンセットの庭に・・・これは「蜂」・・・ですかね。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.24(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,482日目です。 ペンション・サンセットは昨夕から雲の中にはいり濃霧状態になり、雨はしっかりと降り続いて今日の朝もまだ雨模様でした。雷雨の予報もでていたのですが、実際には雷鳴を聴くことはありませんでした。しかし、お客様をピラタスロープウエイバス停までお送りして戻る頃には、劇的に晴れ間がのぞき、素晴らしい夏空(写真)が戻ってきました。 急激に湿度が下がり、陽射しは熱く、風はひんやりと冷たくてああこれこそが蓼科の夏。にわかに森が鳥達や虫たちの声で賑わうのでした。 しっかりと茂った木々に光を奪われたプランターの花たちをつかの間の陽射しの中に出して日光浴させてやりました。それでもなかなか元気を回復しないので、特効薬。熟成堆肥を水はけと保肥性のバランスのとれた特性の黒土とブレンドしてたっぷりと与えてやりました。 これはぼくの個人的・経験的な施肥方法で、理論的なことや数値的なものはぼくにはよく解りません。カンです。そのうえで天然活性剤HB101の1000倍液をジョウロであたえると、葉は青々と輝き花はその色味が鮮やかに変わり、その変化の大きさには驚くほどのものがありました。 同じものを路地植えのコスモスの苗にも与えると、シャキッとしたから不思議です。 ああ、これもトリビア(trivia=些細なこと、つまらないこと)の一種かも知れませんね。アイザック・アシモフが言ったように、「人間は無用な知識が増えることによって快感を覚えることのできる唯一の動物である。」のかもしれません。 それでいいじゃん、どこがいけないの?とぼくは思うのです。誰も「いけない」とは言っていないみたいではあるけどね。でもどこかに後ろめたさみたいな響きがあるのが気に入らない。「遊び」同様、人生に無駄は必要なのです、たぶん。もちろん「無駄知識」だって。 その後夕方に近づく頃には再び大量の雲がやって来て、再び曇り空になりました。ほんとうに「つかの間の夏」になっちゃった。でもこうやって同じようなプロセスを繰り返すうちにいつの間にか本物の揺るぎない夏になるんだよね、たぶん。これも経験的観測。 こんなことを書きながらぼくは気づいている。ぼくのほんとうの「想い」はじつはここにはないのだ、と。それを書くことができたらどんなにいいだろう。でもまだその時ではない。 ペンション・サンセットの庭にめずらしい蝶がいました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.23(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,481日目です。 昨日の素晴らしい夏空(写真)が夢だったのではないかというほどの雨模様です。といっても土砂降りではないので、それが救いではあります。でも雲の中にはいると濃霧状態で、景色が見えない。これは困ります。運転もしづらいですしね。 今夜はとても冷え込んでお客様のために暖房を入れています。そういえば昨夜もものすごく冷え込みました。平野部でも「梅雨寒(つゆざむ)」だそうなので、当然といえば当然なのですが、やはりちょっと気象が変ですね。 こんなふうに季節の移ろいが変調をきたすとぼくの季節感覚や時間感覚も変調をきたすようです。朝起きてお隣のペンションの黒い屋根が白く光っていると「ああ雪だ」なんてとんでもないことを思ってしまうのです。ぼくの中の季節感が「晩秋」なのです。まあ、ある意味(年齢的)ではそれは真実なのですけれど。 なんの物音もしない静かな夜です。といってもまだ8時を過ぎたばかりなのですが。ここでは日が暮れればもう夜、それも深夜といってもいいくらいの静けさになります。だからといって何やら恐ろしげに感じる気配があるとか、そういうのは一切ありません。都市の明るい夜のほうが百万倍も恐ろしいです。この世界で真に恐ろしいのは人間だからです。 お天気はそんな感じで優れませんが、空はどんどん明るくなってきています。「梅雨明け宣言」はまだですが、季節はもう夏なのだとぼくは考えています。 ペンション・サンセットの庭のめずらしいが咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.22(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,480日目です。 昨日に引き続き素晴らしい夏空になりました。(写真) 一昨日からご滞在のペンション・サンセットの「ヘヴィ・ユーザー(?)」のお客様が(ご本人たちのお話でも)どうやら「晴れ男」「晴れ女」らしくて、おかげさまでこの素晴らしいお天気に恵まれたのだとぼくは信じています。 プロのジャズ・ミュージシャンの方なので当然のことながらジャズ談義に花が咲いて、久しく使っていなかった"Machintosh"のアンプに火を入れてJBLの往年の名器"LANCER101"を鳴らすことになりました。オーディオに詳しい方はご承知だと思いますが、こういう機械はきちんとコンスタントに使っていないと途端に不調になるものなので、すっかり調子を落としてろくに鳴ってくれなかったのですが、なんとこの日はいきなり往年の「かなり調子の良い時の音」に近い感じで鳴ってくれたのです。 びっくりですが、やはりその場の「気」がそうさせたのかも知れません。ペンション・サンセットのラウンジはじつにじつに数年ぶりで、モダン・ジャズの豊饒な香りに満たされたのでした。そしてそのことが、じつはこういう雰囲気のペンションにしたかったのだとぼくに思い出させてくれたのでした。 静かな高原の夜をジャズに浸りながら過ごす気分は最高です。その心地よさ、温もりはなにものにもかえがたいものです。満室の続く繁忙期にはとてもこんな時間は作り出せないのですが、それ以外のシーズンにはこんなふうにこころに灯をともしてくれるような夜をお客様と一緒に過ごせたらどんなに素晴らしいだろう。そんなふうに思いました。おふたりには大感謝です。 ペンション・サンセットを開業してもうすぐ満10年ですが、初めて自分が目指したものを一瞬かいま見ることができたような気がしています。 お天気はその後、午後からしだいに雲が多くなりやがて断続的に雨がぱらつくようになりました。これもおふたりが帰路につかれてこの地方から遠ざかるのとおそらくは同期していたのはとても偶然とは思えません。ほんとに。 ペンション・サンセットの庭のめずらしいが咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.21(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,479日目です。 朝起きてがっかりしました。 雨が降っている。 正確に言えば、そのことは知っていました。ぼくらはほとんど完全徹夜で朝を迎えたからです。1時間ほど仮眠したあと、やっぱり雨が降っている、と。 この春からお料理、サービス内容をより充実させて以来初めての満室のお客様ということもあって、作業のフローにいろいろ非効率的な部分が残っていて、予想外に下準備や後片づけに時間がかかってしまった結果でした。連休1日目は何とかうまくいったのですが、2日目には1日目のしわ寄せがきてバックグラウンドの作業進行に大幅な遅れが生じてしまったのでした。 そんなわけで夜通しディナーの後片づけや、チェックアウトのご請求明細書の作成や、朝食のテーブルセッティングや下準備をたんたんとこなしていたわけですが、その間中終始雨が降り続けていたのでした。まあ、ベテランのペンションオーナーが聞いたら「なにやってんだか」と思われること間違いなしのへたくそ運営ですね。(^^ゞ これはお客様には全く見えない部分のお話です。 さて、そんなふうに今日という日は始まりました。お客様にもあいにくのお天気で、かなり激しく降る雨と低く垂れ込めた雨雲にどう取りなしたら良いものか思案の朝でした。しかしお客様がご出発になる頃には、ほとんど雨は上がり、雲も高度を上げ始めました。よい兆候です。しかし昼頃にはまた雨。がっかり・・・。しかし夢のような夏はその直後にやって来たのでした。 午後3時過ぎには蓼科は完ぺきな夏になっていました。 強烈な白い陽光、ひんやりとした風、道路をよぎる木々の影。窓を全開にしてひた走るビーナスラインはようやくやって来た夏の気配に満ちていました。知覚ではなく、理屈でもなく、こころがそう感じるのです。さらさらと流れる風とちらちらと乱舞する木洩日の中、ぼくははっきりと「この夏」を実感しました。 空を見上げれば真っ青な空に美しい雲が芸術的な絵画を描いています。吹き抜ける風が表現しようの無いほど心地よい午後です。ああ、こうだったんだよなあ、この季節は本来こういう季節だったんだよ。じつに幸せな気分でした。ペンション村の仲間の表情にも夏を迎える歓びが溢れています。もちろんぼくも例外ではありません。 まだ多少の紆余曲折はあるかも知れない。でもこの気候は、季節は間違いなく蓼科の夏へと変化したことを指し示しています。素晴らしい蓼科の夏が、ようやく始まりました。 ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになりました。
|
|
2003.07.20(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,478日目です。 今日も満室のお客様をお迎えしています。お客様の体感温度に合わせて、今夜も全館暖房しています。暑さに慣れたお身体には、室温20℃でも(湿度が低いこともあって)かなり肌寒くお感じなるようです。Tシャツの上にフリースを着込んでちょうどよいとおっしゃるお客様もいらっしゃるほどです。ぼくは涼しさ慣れしているのでいよいよ半袖のポロシャツ(ラルフローレンよ〜ん)じゃないと暖房を入れたダイニングでは暑すぎて仕事にならなくなりました。ぼくは大変な暑がりなのです。シベリアンハスキーと同じです。 今日は朝から雲の流れが速くて、きれいな青空もかいま見ることができたり陽射しもあったのですが、やはり全体的には曇り空といって良い天候でした。ただ雲が比較的高空にあったのでビーナスラインドライブが五里霧中という状態にはならなかったようです。午後からは断続的なにわか雨になりましたが幸い雷鳴はほとんどありませんでした。深夜となったいま再び驟雨(しゅうう)が静かに降りしきっています。聞えるのは屋外では木葉を打つサーっという音、室内ではことことという雨垂の音だけです。 それでも明日は「曇り時々晴れ!」の天気予報が出ています。降水確率は20%です。 さて、ビーナスラインの車山〜霧ケ峰〜八島湿原〜和田峠の区間は、ニッコウキスゲの群生をはじめとして高山植物の百花繚乱の季節を迎え、大変なにぎわいを見せています。連休ということもあって、今日いらしたお客様のお話では、駐車場入場待ちの車でビーナスラインは相当な渋滞を見せていたとのことでした。白樺湖までおりるとあとはスムーズだったそうなのですが、連休中はこんな状況が続くのかもしれません。 ちなみにビーナスラインは全線通行無料化されて以来、年間を通して通行量が3倍になったそうです。これは年間の平均値ですから、夏のハイシーズンにはこれまでの数倍の通行量となっているのでしょう。しかし、渋滞するのはハイシーズンの一時期と思われます。渋滞箇所は花の名所と言われる区間だけですので、これはある意味しょうがないのかもしれません。自然環境保護の観点から様々な規制および対策が練られている昨今です。先日ご案内した、八島湿原の駐車場入場禁止措置およびシャトルバス運行はそのひとつの試みといえます。 さて、いまひとつ「どうしたものか」と考え込んでいる問題があります。それはお小さいお子様の受け入れを継続するか、あるいは最低年齢制限を設けるべきかということです。誤解の無いように申し添えれば、ぼくは「子供嫌い」ではありません。自分の子供が同じぐらいの年齢だった頃を思い出しながらとてもほほえましく接客させていただいています。が、たまたまご機嫌が悪かったり、ご両親様の教育方針の関係で、その「子供らしさ」が「公共の場」における許容限度を超えても誰も制止しない状況となった場合、ペンション経営者としてはひとつの決断を迫られるのです。 これは本来親が制止すべきことであり、公共の場での振る舞いについてもそのことを親が教育すべき事柄です。そのお子様連れのお客様に対してと同様ほかの多くのお客様に対してぼくは快適なペンション滞在を保証する責務があります。したがって、親御さんが親としての責務を果たしていただけないならば、ぼくは最終的には「ほかの多くのお客様」の側に立たざるを得ないのです。 このペンションを取り仕切る総括責任者として、お客様にお食事の席を一時外していただくなり、きちんとお子様の不適切な振る舞いを制止していただくなりしていただくよう「指示」させていただくことになります。そこまでいくのは数年に1回もないことですが、後で書くようにお子様にはある意味においては責任はないのですから、それはとても気分の悪い仕事になります。 コース料理を求めるニーズがある限り、私どもペンションもそのニーズにこたえるように創意工夫を凝らしておもてなしさせていただいております。しかし、ある年齢以下のお子様にははっきり言ってそれは「苦痛」なのです。退屈してしまうのです。大人のニーズ(=ゆっくりとコース料理を楽しみたい)と小さなお子様のニーズ(=さっさと食べて早く遊ぼうよ!)が真っ向から対立してしまうわけです。 でもやっぱり年齢制限なんてぼくは嫌だな。したがって、方法としては、そのお客様にどんなに不興(ふきょう)を買おうとも、全体(ほかのお客様のこうむる苦痛や不快)を考えて「イエローカード」、「レッドカード」を駆使する他ないのだといまは考えています。 「イエローカード」を出すのだってほんとうは嫌だ。ぼくには親御さんの代わりはできないのだから。だからこそ親御さんにはお子様に対する適切な指導をお願いしたいのです。昨今、普段はとろけるような豊かな愛情を注ぐけれど、叱るべき時にはビシッと叱るというタイプの親御さんが少なくなったように感じます。「しつけ」と「虐待」が根本的に異なるのと同様に、「愛情を注ぐ」ことと「甘やかす」こととは絶対的に異なるのです。 自分の子供のなしたことの全責任は最終的には親が一命を賭して負うものだとぼくは考えています。それこそが親が親として負うべき自分の子供に対する責任であり、社会に対して負っている責任のとりかただと考えています。 次元は違うのですが、最近そんなふうに責任を感じて、そのような行動をとる少年犯罪者の親って、あまりいませんよね。それは自分の子供に対しても責任をとらないということと同義です。それを見る子供はどのように感じどのように傷つくのでしょうか。 ぼくはやっぱり旧い世代なのでしょうかねえ、ふう。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになったかな。
|
|
2003.07.19(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,477日目です。 今日は満室のお客様をお迎えしています。こんなにたくさんのお客様を夫婦2人だけでおもてなしするのは久しぶりなので、精神的にも肉体的にもキツイです。しかしそんなことは一瞬に吹っ飛んでしまうほどの歓びがぼくらにはあります。それはお客様の笑顔です。 こんなことを書くと、絵に描いたようなCMっぽいと言われそうだけど、本当なんだから仕方がない。ほかにどう言えばいいってんだい。宿泊業とりわけペンションだって商売(ビジネス)にかわりはないのだから、ペンションオーナーには大きく分けて二通りあると思う。第1のタイプは古典的な「ライフスタイル型」、そして第2のタイプは「ビジネスマン型」。 ぼくは前者なんだろうなあ。いまの時代それだけでやっていけるほどぼくはカリスマ性のようなものを持っていないから、ビジネスマンになろうと努力はしているけれど、ついつい第1のタイプになっていってしまう。自分の生き方と自分の生業とを調和させようとしてしまう。 第2のタイプのオーナーはビジネスとしてペンションを経営しているわけだから、情に流されず、やるべきことをきちんとやる。だから繁昌しているペンションが多い。チェックアウトする時のお客様の笑顔で業績を評価することなんて無くて、正しくじっさいの売り上げと利益で業績を評価し、それを歓びとする。そのようにしてしだいにビッグビジネスへ自分の仕事を発展させていく。その意味ではペンションはひとつのきっかけに過ぎないのかもしれない。 自分がどっちが好きだとかこちらにあこがれているだとかは関係ない。それは無意味だ。それはある種の持って生まれた資質、才能なのだ。努力してそのようになれるものではない。だから、ぼくはやはり古典的「ライフスタイル型」の範囲内で頑張るしかないのだと思う。 お客様を人間だと思うな「銭(ぜに)」だと思って頭を下げろなんて教えがあるみたいだけれど、それは確かに一面の真実であり同時にひとつの商業人的倫理感だと思う。しかしぼくにはどうしてもそれができない。人間を「銭」だとは考えることができないし、そのように振舞うこともできない。深々と頭を下げながら腹の中であっかんべーをしているなんて器用なまねはできない。犬と同じです、尻尾はウソをつけない。 商人失格ですね。ビジネスマンも失格だ。人間失格・・・かどうかは自分では判断がつかないけれど。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もう車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになったかな。
|
|
2003.07.18(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,476日目です。 毎日同じようなパターンのお天気が続きます。同じようなお天気、同じような経過をたどって、同じような最低気温と最高気温、同じような湿度。冬はこんな感覚に落ちいることがよくあるのですが、この季節にというのは初めての経験です。 朝は陽射しがあって「ああ今日は晴れだ!」と喜ぶのですが、昼頃から雲が多くなってきて陽が陰り気味になり、夕方には雨がぱらつく。決して本降りというのではないのだけれど、しっかりと雨が降る。まあ、これが山の天気さというのは簡単だけど、ちょっとニュアンスが違うような気がしています。やはり気象が変だ。 それでも花暦は着実に歩みを進めているようで、車山・霧ケ峰ではそろそろニッコウキスゲの群生を始めとした花の満開の季節を迎えているようです。 で、八島ケ原湿原にも足をのばそうと思っているお客様も多いと思うのですが、なんと「寝耳に水」の資料が昨日になって配付されてきました。なんだよこれ。曰く(いわく)「自然保護のため7/12(土)〜7/21(月)の八島湿原へはシャトルバスをご利用下さい。」だと。趣旨は多いにけっこうだけど、なんで今ごろ知らせるの?お客様にお知らせが間に合わないじゃない。もう規制期間に入っているんじゃないの。 八島湿原は諏訪市の管轄だから諏訪の観光協会の直轄だと思うので、茅野市観光連盟(蓼科高原)との間の連絡が信じられないほど時間がかかっているとしか思えない。前近代的だし、お客様のことを考えているとはとても思えない所業だ。広報活動はいったいどうなっているのか?十分に事前に周知できているのか? いずれにしても、この期間にお越しのお客様は「霧ケ峰強清水(きりがみねこわしみず)駐車場」か「旧和田峠(きゅうわだとうげ)スキー場駐車場」に車をパーキングして、シャトルバスをご利用下さいとのことです。(八島湿原の駐車場には駐車できません) だだし、ビーナスライン等をドライブで通り抜けるのはこれまで通りなんの問題もありません。単に「八島湿原駐車場」にはパーキング不可ということです。シャトルバスは片道200円(子供半額)で15〜20分間隔で運行されるそうです。ご協力よろしくお願いします(とのことです)。 高度情報化社会っていったい何なんでしょうね、まったく。こういうことが頻発するとほんとうに考え込んでしまいます。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.17(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,475日目です。 こんな言葉を思い出してしまった。これは自分で書いたのか、何かからの引用なのか自分でも定かではない。 「もし同じ機能を持つ道具があり,価格が若干ちがうとしたら我々はどうするだろう。どうでもいい道具なら値段で選ぶ。でも,重要な道具なら,どちらが好きかで選ぶものだ。」 ペンションも同じような選ばれかたをするのだろうか。個人的にはそんな感じがするのだけれど。 こんな言葉も思い出した。 「われわれが頭の中を充分単純化することこそが、情報過多社会とうまくやっていく唯一の方法である。」 そのような意味では、(ちょっと非難がましく)昨日書いた「PowerPoint」的思考方法というのはまさに時代に最適化されたソリューションなのかも知れない。ぼくのほうがオールド・ファッションなんだ、たぶん。 このサイトの作り方を変えなければいけないと思う。残念だけれど時代の流れには逆らえない。 さて、今日は日中雨が降らずかなり強い陽射しもあって森の地面もかなり乾いてきました。まず約1300平米ある敷地内全部の草刈りをエンジン式刈り払い機で行ないました。雑草を根本的に駆除するには、一本一本根から抜いていかなければイタチごっこになるのは目に見えていますが、とりあえずはこれで対症療法にはなります。除草剤は使いたくないのです。 チェーンソウで木工細工をやるひとがいるように、エンジン式刈り払い機でも繊細な作業が出来ます。オオバコの密生地の中に一輪咲いたオダマキを一本だけ残して刈り払ったり、石垣から水平に伸びるシダや潅木をカットしたり、舗装路の路面の割れ目から生えた雑草をカットしたり。本体重量が8kgほどもあるので肉体派ではないぼくにはけっこう重労働だけれど、やらなきゃしょうがない。 さらにノコギリで5m〜10mにも成長したヤナギやタラの木を伐採しました。全部で5本でしたがその重さたるや相当なものでした。自分でも良くもまあ一人で作業できたものだと感心しますね。山岳部のヤナギは都市の枝垂れ柳(しだれやなぎ)とは異なって、細長い舟形の葉をびっしりと茂らせる極めて成長の速い木です。 ヤナギは気をつけてみれば高原や山ではすぐに見つかる木です。まだ幼木だと思って油断しているとカラマツ同様あっという間に高さが20mを越えるような大木になってしまいます。ペンション・サンセットの敷地内にもそんな大木が1本あります。この木の存在はぼくの失敗のモニュメントです。幼木は毎年もう雑草のように生えてきます。油断できません。 こういう作業をするときは厚手のデニムの長袖長ズボンが鉄則で、しかも岩に当たって飛び散る岩や回転刃の破片から眼や顔を防御するシールド着用(ぼくはハスクバーナのチェーンソウ用の防音耳当てのついたヘルメットを使っています)だから、ものすごく暑い思いをします。こんなに涼しいところでも汗だくです。 それだけに一仕事終えたあとの爽快感はまた格別でもありますが。 これだけではありませんが、これほど自然が豊かな土地では、人工物であるペンションがペンションとしての体裁を維持するだけでも、じつはとんでもなく大変なことです。それがこの10年間に思い知ったことです。 夕方からまた雨がぱらつきました。毎日こんなパターンが続きます。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.16(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,474日目です。 さて、昨日書いた日記を読んでピラタスの森が「美しくない」と思い込まれてはぼくだけでなくてピラタスの丘を愛する住人みんなが不本意だと思うので、もう少し補足しておきます。 まず事実確認:ピラタスの森は美しい。これは断言できる。 おおまかに言って森には人工林と原生林の違いはあるけれど、原生林としてのこの森はとても美しいとぼくは思います。森に暮らしたことの無いひとには見分けがつかないほどの些細なレベルで、森の美しさを論じたのが昨日の日記の内容です。ぼくだって10年あまりここに暮らしてみて初めて違いが解るようになったのだから。 人工林には人工林の、そして原生林には原生林の美しさがある。これは、もうひとつの事実です。前者のほうが親密で、見るひとやそこにはいる人間に畏怖の念を抱かせることが無いと思います。一方後者は、決してよそよそしいというわけではないけれど、我々人間の都合とは独立して存在する森です。自然の理り(ことわり)にのみしたがっている「自然」のひとつの「様相」といってもいいかもしれません。したがって時には我々が自然に対して抱くところの「畏敬の念」を抱かせることもある森かもしれません。 まあ、情報量の幾何級数的増大と反比例して、人間の情報感度はどんどん鈍くなるばかりだから、こんなことを言ってもごく一部のひとにしか「なるほど」などとは思ってもらえないのは百も承知の上です。これは時代というものであって個人個人の資質や生き方とは無関係にその方向へと突っ走っているようです。 となると、どこぞの国の政治家同様、「語らないこと」こそ最良の処世術なのかも知れない。語らなければ、理解されなくても、辟易されたりすくなくとも誤解されるたり揚げ足を取られたりすることも無い。 それに関連して思うのだけれど、マイクロソフトのプレゼンテーション・ソフトウエアの名作(?)「PowerPoint」のおかげで、世の中なんでもポイント(見出し)は3つ以内、説明文は7行以内ということになってしまったようですね。ものを観察したり、理解したり、思考したりする時も、おそらく同様のパターンになってしまっているのかも知れません。 要するに情報化社会とは、情報過多社会であり、そこでは情報を浴びせかけることによって相手を思考停止に追い込むことができる社会ということなのかも知れません。誰もが溢れかえる情報にいささか辟易(へきえき)しているというのが、じつは「夢にまで見た情報化社会」の実態なのかも知れません。 となると、可能な限りの情報を網羅しようと考えてきたぼくのサイトというのは「イケナイ」サイトになってしまっているのかもしれない。「PowerPoint」形式で作り直す必要があるのかも知れません。あるいは余計なことは一切語らない。「まあ悪いようにはしませんからとにかくいらして下さい」なんてのがむしろいいのかも知れない。どんなもんなのでしょうね、ぼくには良くわからないです。(^_^;)
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.15(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,473日目です。 ペンション・サンセットは鬱蒼とした森の中になりました。そのせいでピーカンの晴れの日でも、お隣のペンションの屋根のほのかな照り返しを浴びるまではそれと気づかないことがあるほどです。じっさいのところ、ここまで茂ってくると地表に咲く草花が日照不足で弱ってしまうので、環境や生態系の維持の観点からも、間伐や枝打ちや下草刈りを行わなければならないところなのですが。 しかし、国定公園の中では勝手に木を切ることができません。草花だって勝手に持ち帰ったり、抜いたりしてはいけないことになっています。そのくせ、一切森の手入れを行っていないのだから、恐れ入谷の鬼子母神です。「国定公園」ってなんなんでしょうね。「自然保護」ってこういうことなのでしょうか?森はジャングル化してカオスの世界に転じつつあります。とうぜん秩序が崩れて、とても弱ってきているのが(台風や積雪時の風倒木の数や折れかたで)実感できます。 まとめて伐採許可を申請・取得して間伐を行わなければ、やがてぼくらはこの森を美しいとは感じられなくなる時が来る。全国の山や森がこのように「自然?」に還っていきつつあるのかも知れない。それでよしとするのもひとつの考え方です。が、災害は増えますね。組織的大規模自然破壊以外のなにものでもない「ダム建設」ばかりやってきたツケがいま回ってきている。 どうして森を育てることを怠ったのか。きちんと育まれた森は、巨大ダム以上の「自然のダム」であることを体験的にぼくらは知っている。だからぼくらは何とかしなければと動き始めようとしているのですが、これって本来はぼくらの仕事ではないのでは?そのための役所が確かあったはずなのですが。それなら、ボランティアで間伐や下草刈りを行おうとするぼくらに「許可を与える」なんていうのはおかしい話です。 ひとにものを頼む時は、頼む側が頭を下げてお願いに来るものでしょう、一般社会ではね。 まあそんなことを言っていても何も動かないし、動き始めた頃には22世紀になっているだろうから、実際的に考えるしかないと思っています。22世紀にこの世界がまだ存在するかどうかも不確かだけれど、それはまた別の話。 今日は久しぶりの陽光にちょっと嬉しかったけれど、すっかり森の中のペンションになっているいまのサンセットでは、それと気づくにはじっさいに窓外を見なければわからないほどです。目で見て初めて晴れて陽が射していることがわかる。 この秋にはエンジン式のハスクバーナか"STIHL"製のチェーンソウをてに入れて間伐に着手しなければならないかも知れませんね。もちろんペンション村の仲間と相談しながら。
ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.14(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,472日目です。 さて、すでに今日の日記を読んだお客様は「あれ?」と思われるかも知れません。そうです、今日の日記は2回目の更新なのです。しかも1回目の日記はどこかに行ってしまった。やはりお客様あってのペンション・サンセットですから、いくら正論でもここに載せるのはいかがなものかと、ちょっと大人になったのね。(笑) で、全く違ったことを書きます。ぼくが敬愛するインドの聖者マハリシ・マッヘシ・ヨーギはこのように言っています、「真実であり、なおかつ喜ばしいことのみ語りなさい。」と。そして、「力強く語りなさい」とも。 ぼくはこのことを久しく忘れていたようです。いけませんね。(^^ゞ なんだか数ヶ月も雨が降っているような錯覚に陥ります。昨夜も一晩中雨の音の中で眠りました。それはザーッというホワイトノイズに近い音で、ぼくが睡眠と覚醒の間を行ったり来たりするその深度に応じて、大きくなったり小さくなったり近くなったり遠くなったりしながら間断なく続いたのでした。そして朝、ようやく睡眠の海底帝国から帰還してみると、地上もまた水の王国でした。ようやく水面に出て、プアーッって感じの目覚めだったんだけど。 水の王国ったってべつに洪水とかそういうのじゃないのよ。これは「たとえ」です、ご承知の通り。でも、じつに一晩中濃密な液体の中で泳ぎ回っていたような疲労感があります。「おさかなになった、わ・た・し」なんてCMソングをふと思い出したりして。ははは、わかいひとにはぜえ〜んぜんわかんないだろうなあ。太古の物語だからね。 ここで調子に乗って、「ぼ、ぼくが子犬だった頃・・・」なんて語り出すとものすごく不気味だろうから、今日は止めておきますね、(笑) ううう、きょうはめずらしく(でもないか?)「こわれてる」かも。まあ、たまにはこんなんもいいんじゃないかしらね。 こわれものといえばさ、大学生時代に大江健三郎氏の「壊れものとしての人間」(1970年刊)を読んで、あまりにも挿入句の多いその文体に、日本語で書いてあるのに何が書いてあるかまったく読み取れないという衝撃的体験をしたんだよね。まんま英文の逐語訳みたいな文章なんだもの。だったら英文で書いてよね!って言いたくなっちまったぜ。で、「大江健三郎=悪文の天才文学者」という図式が刷り込まれてしまった。ものすごく尊敬しているんだけど、読む気にならない、というかきっとまた挫折すると。 さて、正気(?)にもどってと。まあそんなお天気だったわけだけど、しだいに小止みになって、曇り時々雨がぱらつくといったふうになっています。もういいかげん「梅雨明け宣言」でしょう、きっと、たぶん、おそらく、絶対に! ということで、今日はダメですね。はい。書けませんです、まともなことが。「力強く語る」ことだけはできたかもしれないけど。 やれやれ。
もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.13(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,471日目です。 くもりのち雨。夕方から雨が本降りになりました。はっきりしないお天気が続きますが、湿度はしだいに下がり始めたように感じています。大粒の雨滴が木の葉をぱらぱらと打つ音が森を埋め尽くしています、部屋ではことことという雨垂の音がリズミカルに響いています。 このサイトのタイトルは正式には「ペンション・サンセット 蓼科高原情報」といいます。開設当時の1996年7月1日時点では蓼科高原の公式サイトもまだ存在せず、かろうじてマリーローランサン美術館と白樺湖の池の平ホテルのサイトがオープンするかしないか、という状況でした。文字通り日本のインターネットの黎明期(れいめいき)だったわけです。トヨタも味の素もホームページを持っていなかった時代です。 そんなことで、現在だったら「観光情報は公式サイトを見てね」ということでリンクを張ればそれで済んでしまうのですが、当時はそうは行きませんでした。しょうがないので自分で写真を取りに行ってコメントを書いたり、許可をとってパンフレットをスキャンして周辺観光施設の紹介ページをつくりながら完成したのが現在「蓼科高原情報ページ」として残っている当サイトのページの始まりなのです。当時は信州の旅情報のポータルサイトもほとんど無かったので、蓼科高原情報のささやかなポータルサイトを念頭に作ったのでした。 その意味ではもはや当初の役割は終わったのかも知れません。しかしなによりも自分専用の観光情報の情報源として便利に使っているので、お客様にもご利用いただこうとそのまま掲載を続けているしだいです。当然専門のポータルサイトとは全くレベルが違うので、ぼく個人の観光情報ノート的な感じでご利用いただき多少なりともお役に立てば幸いです。(リンク集も同様です。現在では検索サイトで検索をかけたほうが有用です、たぶん) ということで、蓼科高原の観光のことなら何でも知っていると思ったら大間違い!それは買いかぶりというか期待過剰というものですよ、なはは・・・。あまりあてにしないでね。^^; それは観光案内所のお仕事ですので、より詳しい情報はそちらの専門窓口に直接お願いします。ぼくのところに観光情報が集約されるシステムになっている訳でも無く、ぼくは単なるペンション経営者のひとりにすぎませんので、専門窓口のような観光案内まではとても手が回りません。 ご理解よろしくお願いいたします。 ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.12(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,470日目です。 今日は朝から日中は時々晴れ間ものぞくお天気に恵まれましたが、雲の多い一日でした。その後は雨時々曇り。いまは雨が上がって曇りになっています。高原の雨の季節もいよいよ有終の美を飾っています。高原の幹線道路に人気(ひとけ)が少なく静かなのも今週まで。来週以降、花の開花に合わせて花めぐり、高原ドライブのお客様でしだいににぎわいを見せてきます。 我々もなんだか気がせいてくる季節になりました。夏の繁忙期がすぐそこまで迫っているので、やっておかなければならないことが山積しているからです。それをこなすにはまず晴れてくれないと外回りの仕事がはかどらない。ちょいと焦ってます。 メインサイトが p-sunset.com に変わったことを告知してから10日ほどたちますが、アクセスログを詳細に見ると意外な事実が判明しました。もっともアクセスが多い時間帯が午後9時〜10時、次が午後10時〜11時、次が午後11時〜12時なのです。これはブロードバンド常時接続が普及する前には考えられなかったパターンです。かつては電話料金がぐっと安くなる午後11時〜午前1時にアクセスが集中したものですから。今は昔ですね。 現状 http://www.p-sunset.com と、これまでの http://www.valley.ne.jp/~sunset/ の両方にアクセスいただいていますが、認知率は前者・後者で、1対9程度だと思うので、これが全体の傾向を反映しているかどうかはわかりません。ただ蓋然性(がいぜんせい)は十分にあると思います。 となるとぼくは毎日午後9時までにはこの日記を更新していることが理想的だということになります。でもね、午後9時前ってペンション・サンセットのお仕事中なんですよね。特に繁忙期のペンション・サンセットでは、仕事が終わってぼくらが床に就くのはだいたい午前2時か3時、起床が午前6時かもっと早い。あとは働きづめに働くというパターンなのです。 これまではまだ体力的に持ちこたえられたけれど、今年の夏は日記を書き続けられるかどうか自信がありません。べつに「泣き」を入れるつもりはありませんが、自身がないというのはほんとうです。語り尽くした感もあって、書くこと自体もだんだん無くなってきたようだし。 最初の頃は「都市生活者」としてのイノセントな眼で蓼科の美しい自然を見ていたけれど、10年見続けていると、もっと違った眼でこの自然を見るようになるのは致し方ないことです。もっと深いところで「美しいといわれる自然」を見る。そうなると「美しい」「美しい」とばかりは書いていられなくなる。 逆説的だけれどそれは「自然は美しくない」ということなのです。厳密に言えばひとの手の入っていない自然はある種の凶暴さと無秩序に満ちていて、十分に繊細な感性で見るならばとても「美しい」とは感じられないということです。それをあえて言葉にするならば「すごい」というのがいちばん近いかもしれない。 たとえば軽井沢の自然が優しさに満ちた親密な自然であるのは、そしてもちろんものすごく「美しい」のは、ばく大な資金とそれに基づくひとの手がはいっているからなのです。しかし自然本来の癒しの力を持っているのはどちらの自然かと問われれば、ぼくは迷わずそれは「凶暴な自然」だと答える。どちらの自然が好きかあるいは相性がいいかはじっさいに出会ってみなければ解らない。 手付かずの自然というのはそのようなものです。蓼科高原にはひとの手の入った自然と、手付かずの自然とが共存しています。蓼科高原にいらっしゃったら、今日のこの話をちょっと思い出してみて下さい。そして眼の前の自然を、もう一度違った眼で見直してみて下さい。 ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.11(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,469日目です。 『Dr.コトー診療所』 ですが、ぼくは大ファンです。昨夜第2回を観ました、よかったです。こころにジーンと染みます。あの「北の国から」を彷彿(ほうふつ)とさせるのは、ホームページにある通り、やはりそのようなバックグラウンドがあるからなのですね。吉岡秀隆さん、ものすごくいいです。ほんとうにそこにコトー先生がいるような実在感がすごい。いい役者さんです。 そして看護士役の柴咲コウさんもいい。彼女の強い意志を秘めた眼差しがものすごくいいです。まわりを固めるベテランの俳優さん達も素晴らしい。存在感が全然違う。要するにリアルなドラマ仕立てなのだと思う。とても期待しています。このドラマは久々の収穫だと思います、個人的には。 今日も雨降りですが、梅雨の最後の悪あがき(なんて言ったら梅雨に失礼かな)のような印象です。断続的に激しく降っていますが、雲の流れ通りに降ったり止んだりもしています。今日がおそらくは蓼科の年間最高湿度ではないでしょうか。梅雨が明ければ日中の湿度は30%前後になります。一刻も早い梅雨明け宣言を待ちたいところです。 ペンション・サンセットの庭のニッコウキスゲが咲きました。→写真 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.10(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,468日目です。 昨日の日記を読返しながら、あれ、これって一昨日の話じゃなかったっけなんて思ったり。やはりここのところ少し変なんだ。記憶と現在の意識が錯綜するのね。事実は昨日の日記の通りで、昨日の出来事に間違いない。でもぼくの内的時間(内面世界)と外の時間(現実世界)とが奇妙にブレている、ずれている。あたかも乱視でものが二重に見える時みたいに。 でもこれって、脳梗塞の予兆のチェックリストに載っている症状なんだよね。ものを取り落とす、言葉がうまく出てこない。これもあてはまるし。まあ素人がこういうチェックリストをみると何だかみんなあてはまるような気がするというのも良くあることなので、気にはしていないけど。 自覚しているのは、いろんな仕事とかやらなくてはならないことを行いつつそのバックグラウンドでずうっと何かを考え続けているみたいだってことなんだ。それが何なのか何を考えているのかが自分でも全く認識できないというのが奇妙なのだけど。だから「うわのそら」というのとは全然違う。 パーソナルコンピュータの場合で考えると解りやすいと思う。つまり、自分やひとから見たぼくはフォアグラウンドに出てきてタスクをこなしているアプリケーションであり、同時にそのバックグラウンドでは様々なアプリケーションやなにやかやがじつに多くのリソースを費やして様々なタスクを暗黙裏にこなしている。そんな感じかな。 追究しても解らないことは一時棚上げするのが一番。その時が来ればそれがなんだったかわかるんだ、たぶん。きっとそんなふうにできている。 さて、昨日の昼から降り始め、その後一時止んでいた雨が夜半から再び降り始め、今日はそのまま雨の一日となりました。正確に言うとその間一時止むこともあったけれど、おおむね雨降りでした。宵からまた強い降りになっています。 もういいかげん梅雨明けのタイミングなのですが、まだ降ってますねえ。ペンション・サンセットの庭も高山植物で鬱蒼としてしまったので、少し間引きをしてやらないと共倒れで花が咲かなくなってしまうかもしれません。オオバコ、スギナ、ヨモギ以外は雑草ではないし、そもそも雑草なんてほんとうは無いのだ、というのがぼくの考え方です。雑草かどうかは結局人間が自分の価値基準で決めたことですから。 潅木もずいぶんと枝を広げて丈も伸びてきたのでそろそろ伐採しなければならない木も出てきています。それにしても雨の日には電動チェーンソーなどの器具を使えないのでとにかく晴れて欲しいものです。 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.09(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,467日目です。 昨夜は仕事が捗(はかど)らなくて、結局未明に床に就きました。良くない生活パターンだということは百も承知なのですが、ついついいろんなことを考えたり進めたりしてしまうのです。決定的に「夜型人間」なのでしょうね、きっと。 それでも今朝は必死に早起きして(当然のことながらそんなことはおくびにも出さずに)お仕事しました、といってもみなさんもそうでしょ、あたりまえだよね、そんなこと。しかし草刈りの出だしはほんとうに辛かった。エンジン式の刈り払い機は重さが7〜8kgもあって、極めて危険な道具だから肉体的にも精神的にもほんとうに負担が大きい。 高速回転する林業用の回転刃は人間の脚ぐらい一撃で切断してしまうほどだから、急傾斜地の湿った草地で作業する時なんか、片腕・片脚なくなっちゃうかも知れないって、冗談抜きでなかば覚悟決めてやってます。どこも同じような状況だと思うけど、観光地の道路の草刈りや清掃はほとんどの場合自治体ではなくて地元住民の奉仕活動によってこんなふうに行われているのです。 わたくしもこちらに移住するまで、当然のことのように自治体が専門業者さんに発注しているものだとばかり思っていましたのよ、奥様。なんて調子で書くとぼくが敬愛する宇多田ヒカルさんの真似になっちゃうので、止めときます。(笑) ピラタスの丘ペンション村の仲間はじつに仲良しです。それはお互いの生き方を尊重することのできる者同士は、という限定付ではあるけれど。じゃあ、そうでないひとはいるのかと言われれば、「いないなあ、たぶん」と答えるのが公式見解というものでしょう。(それじゃ、まるでほんとはいるみたいじゃない、なんてつっこみは無しよ、ほんとにいないんだから) そりゃあ人間ひとりひとり違うんだから、ぶつかり合ったり相違する部分はあるさ。でも、それを越えた部分で認め合っている「温かさ」みたいなものがあるだよね。ぼくは今日それを強く感じました。ぼくの思いこみなのかもしれないけどさ。 まあお客様としていらっしゃってもおわかりいただけると思います、ピラタスの丘のこの温かな雰囲気は。別にペンション・サンセットじゃなくてもいいから一度お越しになって下さい。(もちろん良い意味で)こんなに商売っ気のないペンション村も珍しいから、ホント。 今日は朝からきれいに晴れて、草刈り作業はとても気持ち良い天候に恵まれてはかどりました。刈り払い機のエンジン音の向こうからウグイスの声が聞こえてきたりしてね。ランナーズ・ハイならぬ「草刈り・ハイ」になってしまうほど気分最高。 終了予定の午前11時半頃、突然上空から雲が降りてきて、まさに一点にわかにかき曇り・・・なんと雨が降り出しました。けっこうな本降りです。でも作業終了後だったので、ラッキーでしたね。心地よい疲労感に浸りながら帰宅して、ひとっ風呂浴びて(ビールは飲まなかったけど)ちょっとアンニュイな高原の午後を過ごしたのでした。その後夕方には雨は止んで曇り空になりました。 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.08(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,466日目です。 とても良いお天気になりました。昨日までの調子で長袖シャツを着て日なたで作業していると、汗ばんでしまうほどです。それでも最高気温が18℃だったというのはちょっと驚きでした。今年のピラタスの森はいつになく鬱蒼とした森になっています。ここまで木が茂ったのを見るのはぼくも初めての経験です。 陽射しが強烈です。じつに久しぶりにお日さまを直接浴びたような気がします。陽が差すと地表に蓄えられた水分が蒸発するので雨の日以上に湿度が上ることがあります。逆説的ですが、理にかなっています。一定期間をかけてひととおり蒸発してしまうと今度はからっとしたいつも通りの蓼科の森へと変わっています。 今夜も静かな夜です。部屋にいると物音一つ聞こえません。じっさいは様々な夜の音や気配に満ちているのはずなのですが。そしていま月は満月へと向かい、やがてこうこうとした光に照らし出された山並みを肉眼で見ることができるほどになっていきます。 明日は地域住民によるビーナスライン沿道の草刈りがあります。でも、僕の仕事はまだまだ終わりそうにありません。潅木をも断ち切ってしまう林業用の鋭い高速回転刃をつけたエンジン式の刈り払い機を使うので、睡眠不足や過労状態では極めて危険なのですが、しょうがないですね。車もびゅんびゅん走ってくるし、命がけの草刈りご奉仕です、はい。 このマシン(PowerMac G4)も再び極めて不調になってしまったし、いいことなしの7月8日でした。 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.07(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,465日目です。 昨夕から好天を感じさせる陽射しがあったのですが、その後雲に覆われてそれはけっこうな雨降りに見舞われました。いかにもこの季節の山らしい変化に富んだ気候です。森の木々がすっかり生い茂ったこの季節には雨の音は盛大に響きわたります。 ざざざーという音、これは激しい降りの時。さー、という音、これは小降りになった時。そして無音の時は、降っているのかいないのかわからないのにいつの間にか全身がぐっしょりと濡れているといった降り方の時。昨夜半から今日未明にかけてはこのうち「ざざざー」があてはまる降りでした。 まあ、豪雨というのでも無いのだけれどしっかり降っていたのは間違いない。毎年のことで一昨日あたりから様々な森の昆虫が一斉に羽化して夜になると光に集まってきます。しかし、ちょうどひなを育てている野鳥たちの格好の餌食になるらしくそれも数日のことで終わります。自然というのはじつに上手くできているのだなあと感心します。 今日は終日そんな雨降りとなりました。雲が低く、時折ペンション・サンセットも雲の中二包み込まれて視界が遮られます。上弦の月を過ぎたので夜空は月明かりでしだいに明るくなるはずなのですが、雲が厚いせいか暗い夜が続きます。 ここのところ毒にも薬にもならないことを書いているような気が自分でもしているのですが、どうなんでしょうね。 最近ね、自分の思いを(あるいは想い)を書き連ねるのがなんだか恥ずかしくなってきたのね。ある程度歳をとって、50歳を過ぎるあたりからだんだん「オレがオレが」という衝動とか「オレはこう思う」といった「おじさんの主張(自己主張)」というのかな、そういうのが減退してくるのですよ。そんなことどうでもいいからもっとほかに「実際的に」力を注ぐべきことがあるような気がして。 だからといって、いくじなしになったというのでもない。なにがあっても、べつに逃げも隠れもしないし、身に降りかかる火の粉は振り払うし、売られた喧嘩は絶対に買う(かもね?)。以前と違うのは非暴力主義を捨てたことかな。 誤解されると困るのだけれど、断じて暴力は肯定しない。だけれど、暴力を否定する(おさえ込む)ためには(矛盾するけれど)ときとして絶対的暴力が必要だということを理解したわけさ。(ここんとこは沖縄弁風に言ってみたのよ) あらゆる局面において、あらゆる意味において、有形無形の力あるものが人間社会を支配する。「いやそうではない」とぼくらは教えられて育ったわけだけど、後日、実人生においては「そうではないのではない」ということを学ぶことになった。「そうであるべきこと(ゾルレン)」に捕われているとじっさいの場面では一歩も前に進めないことになる。気をつけなくっちゃ。 もうすぐ車山高原・霧ケ峰方面のニッコウキスゲの群生地はこんなふうになります。
|
|
2003.07.06(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,464日目です。 すっかり忘れていました。この7月1日でこのサイトの開設から満7年が経過していたのですね。なんだかんだでどたばたしていて、すっかり忘れていました。1996年7月1日にこの「ホームページ」は誕生したのでした。 いまではWebSiteと言うべきなのですが、当時は(いまもそうですが)「ホームページ」といわれていましたが、たった1ページだけの容量わずか724KBのものでした。それでも当初から予約フォームでご予約できるようにしていたのが好評でした。初めて自分以外のひとがアクセスカウンタをヒットしてくれた時の感激はいまも忘れることができません。 三日坊主のぼくが7年もの長きにわたってこのサイトを更新し続けることができたのはアクセスして下さった皆さまのおかげです。それがなかったら文字通り三日で止めていたかも知れません。改めて御礼申し上げます。そして今後ともよろしくお願いいたします。 ホトトギスの声で目を覚ますと、雨でした。ほぼ予報通りです。土砂降りではないけれど、けっこうな降りです。雲も低くて標高1800mあたりから上を覆い尽くしています。あいにくの朝です。しかしこれも予報通り午後にはしだいに回復してやがて陽が差してきました。とても良い兆候です。 最低気温が14℃というのはとても暖かいほうです、最高気温19℃だとちょっと暑く感じると言ったら贅沢すぎるでしょうか。でもそれがここに暮らすぼくたちの平均的な感覚です。だからよほどのことが無い限り東京には出られない。シベリアンハスキーではないですが暑さにはとても弱いのです。 TVドラマ「高原へいらっしゃい」が放映されたせいでしょうか、昨日はものすごい数のお問合せやご予約をいただきました。じっさい妻とふたりでてんてこ舞いでした。もちろん、とてもうれしくありがたいことなのですが。でも、この推測は当たっているのでしょうか。TVドラマの影響でこの夏は高原を目指すお客様が増えているのでしょうか。そんなに単純でも無いようにぼくには思われるのですが。 もちろんぼくのほうもペンション・サンセットに関わるページの充実や改訂を重ねていますし、お客様にすこしでも分かりやすく見やすいサイトを心がけて文字通り毎日改訂を続けています。これまでは本業のペンション・サンセットのページの作り込みを少しさぼっていたのも事実です。(反省) ペンション・サンセットのページの表現に「きっと」とか「たぶん」とか「だと思います」とか「かも」といった曖昧(あいまい)表現が多いのも別にふざけているわけではなく。自分の価値観やものの見方を断定的に押し付けるのは避けたいということなのです。ひとそれぞれ、さまざまですから。可能な限り「客観的事実」と「こう感じていただけたらいいな」を誠実にお伝えしたいと思っています。 ぼくとペンション・サンセットのメイン・コンセプトは、ジョウン・ディディオンが言ったように「あるがままに演じよ」です。これからもおつきあいのほどよろしくお願いいたします。もしよかったら、ということだけれど。 最後に今日の花のポートレイト。(サンセットの庭のミヤマオダマキの蕾が、開いた)
|
|
2003.07.05(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,463日目です。 さて今日は好天に恵まれて蓼科高原にお出掛けのお客様には絶好の行楽日和(こうらくびより)となりました。車山方面は標高の高い部分にいまだ蛍光オレンジのレンゲツツジを望むことができ、同時に標高の低い部分ではあの有名なニッコウキスゲの群生地の開花が始まっています。詳しくはこちらをご覧いただくとして、季節はすでに絶好のビーナスラインドライブシーズンに入ったことに間違いは無いようです。 ペンション・サンセットのある山岳部(北八ケ岳山腹)は夕方から雲に覆われ始めていますが、これも天気概況通りの進行といえます。これから雨が降って、明朝以降は曇り一時雨の予報がでています。幸か不幸か山のお天気はころころと変わるので、降水確率10%の日中には晴れ間がのぞくかも知れません。少なくとも土砂降りの雨なんてことは無いと踏んでいます、個人的には。 昨日の日記で「理解というのはそもそも相互的なものなのだ」と書いたけれど、これはほんとうだと思う。「互いに」理解しようというベクトルが無ければ、そこに理解が成立すべくも無い。一方的に「理解した」と言い張る者があったとしても、そんなものは単なる「思い違い」や「思い込み」あるいは「自分の価値観に基づく解釈の投影」に過ぎないだろう。 「いまここにある<理解していない>自己」を一度「否定」しなければ「理解」という新たなる地平(<理解した>自己)に至ることはできない。まさに弁証法的なムーブメント無しでは理解は成立しえない。自分はいまのまま変わらずに安楽椅子に身を沈め、そして「理解」する、なんて芸当は金輪際不可能なことなのだ。 「彼ら」が相手を理解しようとしないのは、そのような自己否定のプロセスが苦痛だからだ。あるいは単に面倒なだけかもしれないけれど。だから、安易な方法、すなわち自分の考えを相手に押し付け有形無形の暴力的手段によって自分に従わせる、という行動に出るのだ。 理解不能な対象は「不気味」である。時として「脅威」と感じられるのかもしれない。だから不条理な差別や迫害と言った社会的現象が起こる。しかし、その根底にあるのは「恐れ」だ。「理解」できれば「恐れ」は消え去るが、「自己否定」のプロセスに対する「恐怖」が立ちはだかっている。 安易に暴力的手段に走るひとびとの誤謬(ごびゅう)。恐れる必要の無いものに執拗に攻撃を加え、真に恐れ警戒すべき敵に対しては信じられないほど従順で無防備なのだ。 結局のところ多数の人間が存在してそこに社会が成立するならば、その運動原理は最終的には「バランス・オブ・パワー」ということになる。弱者から見れば単純に理不尽と不公平を前提としたパワーゲームだ。「観念」ではなく「事実」としてのこの世界は、ぼくの知る限り、根源的に「公平」ではない。 最後に今日の花のポートレイト。(サンセットの庭のミヤマオダマキの蕾)
|
|
2003.07.04(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,462日目です。 昨夜半から未明にかけてかなり激しく雨が降りました。災害が心配というほどひどくは無かったのですが、ざーっという音は森を消しさってしまうホワイトノイズのように部屋の中にまで侵入してくるのでした。雪深いこの地の建物には雨どいというものが無いので、屋根から落ちる雨音というものが聞えません。聞えるのは雪と同じルートを下る水流の音ばかりです。 朝起きた時もまだ雨が降っていたのですが、雨足はすでに弱まっていました。そしてお昼前にはすっかり上って陽が差してきました。やはりお天道さまはいいものです。 今日の午前中はペンション村の中の広場で、消防所主催の消防訓練があり、ペンション・オーナーや奥さんたちがちょっとどきどきしながら消火器を使った消化訓練を行いました。じっさいに消火器を噴射・噴霧することなんてほとんどのひとが経験無いですから、とても良い機会でした。ぼくは経験済みなので今日は奥さんが参加しました。とにかく晴れてくれたので訓練も順調に進んだことでした。 それはさておき、統計上のことではありますが国民の約半数がインターネット利用者になろうとしているこの期におよんでも、いまだにインターネットの概念をまったく理解していない仲間がいるんですよ。ぼくだって、仕事で使わなければならない事情が無かったらそんなものうんざりだと思うかも知れない。だからそれはそれで個人の好き好きですからぼくはそのひとを認めるし、それでいいのです。でもね、ぼくみたいに仕事・営業のメインツールとして日夜活用している(ある意味そうせざるを得ない)人間をいまだに「おたく」のように考えているようなことを言われたりして。信じられない!がく然! もう説明する気にもならない。わからないという事実はかまわないし、さっきも言ったけど、インターネットなんて金輪際ごめんだ、パソコンなんていらない、という生き方や価値観をぼくは我が事のように認める。しかし彼らはぼくの生き方ややり方を認めるつもりが無い。がっかりしますね、こういうのって。「理解」というのはそもそものはじめから、本質的に「相互的」なものなのだから。こんなんじゃ「理解」もへったくれもないじゃない。結局どちらかがどちらかをねじ伏せて従わせるだけじゃない。 山の人間というのはどうも身体を動かして作業することだけが「仕事」であって、頭で考えたり調べたり構築したり創作したりといった作業は「仕事ではない」と考えているようなのだ。だからどんなに知的で創造的な仕事を成し遂げても「働き者」とはいわれないんだ。危険な「アンチ・カルチャー」の萌芽がここにある。どちらも「仕事」なんだよ。そんな簡単なことがわからないのか、わかろうとしないのか、いや単に認めたくないから否定してかかるのか。う〜ん、だんだん腹が立ってきたぞ。 ぼくは身体を動かして汗水たらして働くのが「仕事」だ、という考え方を認めている。そんなことあたりまえじゃない、ぼくだってそうやって働いてきたのだから。でもそういう形態だけが「働く」ということではないこともぼくは知っている。いつか、でいいからわかってしいと思っている。 最後に今日の花のポートレイト。(サンセットの庭のプランターの花たち)
|
|
2003.07.03(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,461日目です。 朝起きてみると、カーテン越しの陽射しが無い。ゲッ、予報では晴れのはず、きのうお客様にもそのように断言してしまった。いいわけを考えているうちに少し陽が差してきたものの、やはり「おおむね曇り」の状況に変わりなし。ま、山の天気はこんなもんです。じっさい車で街におりてみるとそこでは燦々と陽が差しているのでした。 そして午後遅くなると雨がぱらつき始めやがて本降りになりました。天気予報通りの推移です。(槍が降らなくて良かった)けど、今日は諏訪保健所主催の「レジオネラ菌」についての講習会(自主的勉強会)に参加する日だったことを忘れてました。で、朝起きるまで庭仕事するつもりでいました。で、きのうはそんなふうに書いたわけですが、その通りには出来なかった。予定変更です。 お客様をお見送りしてからメールチェックやご返信、Webページの空室情報更新の仕事を済ませてからあわてて諏訪の会場に向かいました。温泉と観光が長野県の重要産業であることから、田中県知事の陣頭指揮でお風呂の水質管理におけるレジオネラ菌への取り組みは、全国有数の厳しさで行われています。講習会場も新しい情報やより有効な殺菌方法や対策や管理方法を求めて熱気に溢れていました。ぼくもかなり勉強しているほうだと思うけれどみんなじつに熱心に研究している。 じっさいの調査結果で見ても長野県の温泉、お風呂の水質の衛生管理はかなりハイレベルの安全性を達成していると思います。2002年10月の一斉水質検査でレジオネラ菌が検出された施設は全国平均で全施設の16.7%なのに対して長野県全体の平均ではなんと3.5%です。ここにも田中イズムと長野県の観光に携わる人々の真剣な取り組みが如実に現れているのではないでしょうか。 ペンション・サンセットでもいち早く厚生労働省の水質管理マニュアルに準拠してお風呂の衛生管理を徹底しているので、レジオネラ菌類は検出されていません。しかし目に見えない細菌のことですので油断大敵です。毎日の管理が勝負なので気が抜けません。お客様の安全と健康がサービスの基本中の基本とでもいうべきものですから、こんなことはあたりまえのことなのですが。我々ペンション経営者も含めて情報交換しながらみんなで一所懸命やってます。 長野県の宿や温泉浴場のそうした目に付きにくい部分での「おもてなしの本質」に対する取り組みにも是非目を向けていただければ幸いです。 きょうはじつに久しぶりに脳みそを使ったので、ちょっとまじめすぎるお話になっちゃいました。 最後に今日は木洩日の情景。(サンセットの庭の小さなパークベンチ)
|
|
2003.07.02(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,460日目です。 いい天気です。ほんとうに、じつに、まことに、喜ばしくもとても良いお天気になりました。待ち望んでいた季節の到来を思わせるような最高の晴天になりました、家から飛び出して思いきり叫びながらそこら中を走り回りたいような衝動に駆られる気候です。そんな風な衝動に駆られることじたい危ないことなのかも知れないけど、でもほんとうにそうなんだ。 まるで子犬になったみたいに無垢な歓びに有頂天になってる。 たまにはいいじゃない。年甲斐なんて始めっからないんだし、分別があったならいまでもきっとビジネスマンを続けていたにちがいないのだから。いつかどこかでステップを踏み外す運命だったのさ。後悔なんてしていない、あたりまえじゃないか、自分のこころの声に耳を澄ませばいまでも聞える、力強い応援の声が。 ぼくはこの仕事が大好きだし、ここでの暮らしを宝物のように感じている。そしてそのようにあることを許されていることにこころから感謝している。あ、これって「偉そう」だ。ええと、感謝しています、です。 晴れた日にビーナスラインを走るのはじつに久しぶりのことだったから、この道路の特に蓼科湖から白樺湖に至る区間全体が鬱蒼と茂った沿道の森の木陰になっていることに初めて気がついた。車で走っているとね、特に窓を全開にしているとね、木洩日がすごい。まるで水底を疾駆しているような錯覚をしそうなほど視界の中の木洩日が揺れる。その光と影を貫いて疾走する快感といったら、その感動といったら経験してみないことにはちょっとわからないかも知れないほどのものだ。 時間としては午後2時から4時ごろがいちばんいいかな。どちらかに日が傾かないことには木洩日の風情は半減するから。 それにしても、ほんの2週間の梅雨の雨の期間によほど日照不足を感じたのか、森の茂り方のものすごいこと、地表の草花がそのとばっちりで日の光を遮られてすっかり元気をなくしてしまっている。梅雨入り前は更地だった場所にも雑草が繁茂して鬱蒼とした森へと一変してしまった。毎年のことながらこのパワーには圧倒されてしまう。 さあ、明日からは雨が降ろうと槍が降ろうと(槍はちょっと困るけど)草むしり・草むしりだ、やれやれ。 最後に今日の花のポートレイト。(サンセットの庭のムシカリという花です)
|
|
2003.07.01(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,459日目です。 外出から戻るとポストに United States Postal Service でハードディスク修復ツールが届いていました。個人輸入では通常 Federal Express か DHL で商品が送られてくるので、郵便というのは初めての経験でした。ソフトウエアのCD-ROMのサイズの梱包をじっくり眺めると、グリーンのシールが貼ってあり "I certify that this item does not contain any dangerous article prohibited by postal regulations." とプリントされた下の欄にじっさいに内容物をチェックしたひとの直筆サインがある。これはおそらく例の炭そ菌事件以来チェックが強化されたものではないのだろうか。 ちょっとどきっとした。 ちなみに shipping のメールが来てから4日で到着したことになる。料金は $7.95 だから早くて割安に思える。まあその前のバックオーダー期間が2ヶ月もあったから、その対比効果でそう感じるのかも知れないのだけれど。6週間待ったところで突っ込みのメールを入れたら "We apologize, but we are heavily overloaded. " なんていう人間臭い「泣き」がはいったりして。ぼくの方もつたない英語ながら宇多田ヒカルの歌で憶えた "ASAP"(As Soon As Possible) を使ったりして、ちょっと楽しかった。BTW(=By The Way) まあお互い人間同志だから何とか意図は通じるみたいね。(^^ゞ ビジネスだとしたらこんなのんきなことは言っていられないけど、個人的な買い物ですからね。 最近ちょっとひどくなってきた記憶力減退の防止にはインターネットの利用というのもなかなかいいみたいです(Web Site 運営7年の人間の言うことかね・笑)。それにしても大学卒業までに学んだことはしっかりと鮮明に憶えているので、やはり若いうちに一所懸命学んだり憶えたりしたことは学業に限らずスポーツや技能でも一生の能力として自分を支えてくれるようです。 気持ちが老いては良くないと思うけれど、実際のところ人間は確実に老いてゆくものだ。精神的には熟成充実の境地に入っていくように感じるけれど、心身の能力はやはり衰えていく。しかしいまの自分に満足している。20歳の頃の自分をはるかに凌駕した自分を実感できるから。それは30余年の歳月がぼくに与えたかけがえのない能力だ。 歳をとるのはしょうがない、歳をとるのもいいものだ、明日は明日の風が吹く。 最後に今日は犬のポートレイト。(サンセットの守り神?シベリアンハスキーのパルです)
|
誰のこころにも忘れがたい想い出の風景があります。
サンセットは北八ヶ岳の標高1700mの白樺林にたたずむ雲の上のペンション。
時間が止まったような、自然と一体になった不思議なやすらぎをあなたもどうぞ。
忘れがたく美しい風景の中で静かな人生の休日、心の日曜日をお過ごし下さい。
デザイン、タイトル、文章、写真、グラフィック、リンク等の無断複製を禁じます。
Copyright 1996-2007 Pension Sunset. All rights reserved.