- 2003年4月 -
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"It exists across the universe"
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| 2003.04.30(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,398日目です。 昨夜から「春の嵐」的な強い風雨に見舞われました。この春はじつに「春の嵐」が多いです。先日は今年初の雷雨を経験しましたし・・・。今朝はすっぽりと雨雲の中にはいっていて、夕立のような激しい雨になりました。文字どおり「車軸を流すような雨」です。昨日花苗を植えずにおいてさいわいでした。もし植えていたなら、これでは全滅していたでしょう。 そんな激しい雨も午前9時頃には小雨になって、その後は周期的に強く降ったり小止みになったりを繰り返しました。小止みの時にはたくさんの野鳥達が森の中を飛び交いました。つがいになって巣作りをしてヒナを育てなければならない彼らはいまとても忙しいのです。そろそろバードフィーダーに餌を置いてやるのがよいかも知れません。 山岳部ではそんなふうに濃霧の中のような状態が続いた1日でしたが、午後7時頃には一時雲が切れて美しい夕陽が照り返しました。目の前を流れていく雲間に見るオレンジ色の夕陽の光はたとえようもなく荘厳な風情でした。その後雨はほぼ止んでいます。 いつも寝る前に少しずつ読んでいたJ.D.サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ(The Cacher in the Rye)」を読み終えました。今回の村上春樹の新訳の方がこの小説の世界に浸りやすく感じたのはぼくだけでしょうか。まあそれなりに年齢を重ねてきたわけだからその要素の方が大きいのかも知れないけれど。いまこの小説を改めて読む機会を得たことにはある種の必然性みたいなものを感じる読了感を持ちました。 こんな一節が印象に残りました。作中人物が話の中で引用しているものなのだけれど。 「未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ。」(ヴィルヘルム・シュテーケル) う〜ん、とても深いですね。ぼくはといえば、きっぱりと前者にあたります。しかし確かに後者の方が現実世界で現実状況を実際的に生きてゆくには、あるいはその中で何かを成し遂げるには「より適応した」生き方なんじゃないかと思うし、たしかにそれを「成熟」と呼ぶことにやぶさかではない。わかりやすい例が「政治家」ではないかと思う。でもぼくにそのような生き方はできないし、正直なところその様なひとを心から尊敬するなんてこともないだろうと思う、すごいなあと認めることはあったとしても。それは「性(さが)」みたいなものなんだよ、きっとね。配線を変えるみたいにして生き方を変えることはできない、残念ながら。 昨日も書きましたが、標高1240mの蓼科湖の400本の桜(ソメイヨシノ)はあと2〜3日で満開になりそうです。ミズバショウなども咲きはじめます。花のお好きなお客様はバラクライングリッシュガーデンは必見ですが、蓼科湖、霧ケ峰、八島ケ原高層湿原にも是非足を延ばしてみて下さい。 ペンション サンセットは当日予約→ご宿泊も大歓迎です!
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| 2003.04.29(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,397日目です。 今朝も冷え込みましたが、同じ気温でも大気のやわらかさというか、どう言ったらいいのだろう、空気に温もりがあるところが冬とは決定的に異なります。どんなに寒くてもこれからきっと暖かくなるんだという確信のようなものがある。じっさい、陽が高く昇ればその熱線で気温とは関係なくとても暖かくなるのです。気持ちの問題かな。 だから風を避(よ)ければとても暖かく、冷たい風にさらされればとてつもなく寒く感じます。いまはちょうどそのような季節なのです。いまは風も水もとても冷たいです。水温は12℃〜15℃で水道の蛇口から出てきます。水源が川ではなく、八ヶ岳の伏流水(ふくりゅうすい)の天然ミネラルウォーターだからです。季節によって微妙に水量や水温や味さえも変化します。名水として名高い蓼科山の「女乃神氷水」と同質の水ですからとてもおいしいです。というのもサンセットは蓼科山の隣の山である北横岳の中腹にあるからです。どちらの山も八ヶ岳の北端をなす名山です。 昨日バラクライングリッシュガーデンでパンジーとビオラの花苗を購入してきたのですが、今夜から明朝にかけて悪天候になると言う予報なので、今日は植えるのを控えました。地面の下がまだ凍結しているので路地植えはできませんが、プランターに植えることは可能なのでいつもそうしています。この地では球根と高山植物以外の種子は越冬できず毎年春に苗を植えるほかないのです。 それでもなおパンジーとビオラの系統の花以外はここの気候下では、なかなか生き延びさせることができません。コスモスでさえ初夏に苗を植えます。桜も自生しませんし、ほおっておいても美しく咲いてくれるのは文字通りの高山植物ばかりです。そしてこの季節には昨秋地表に落ちて、鳥やリスたちに食べられずに残ったドングリや種子たちがいっせいに芽を出します。芽を出すったって花じゃなくてなにしろ成長すれば巨木になるミズナラやシラビソや落葉松ですから、まだ10cm以下のうちに雑草を抜くみたいにして「除木」するわけです。サンセットにいらしたら落葉松の幼木(とてもかわいらしい)を探してみてはいかがですか。 サンセットの敷地内にはまだ(日陰部分に)かなりの量の雪が残っています。昨日いらした小さなお子様がとても喜んで雪遊びをしていました。こんなに暖かいのに、なんだか奇妙な季節感ですが、標高1700mの「亜高山帯」と呼ばれる土地ならではの季節感です。 昨日も書きましたが、標高1240mの蓼科湖の400本の桜(ソメイヨシノ)はあと数日で満開になりそうです。ミズバショウなども咲きはじめます。花のお好きなお客様はバラクライングリッシュガーデンは必見ですが、蓼科湖、霧ケ峰、八島ケ原高層湿原にも是非足を延ばしてみて下さい。 ペンション サンセットは当日予約→ご宿泊も大歓迎です!
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| 2003.04.28(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,396日目です。 今朝は冷え込み、日中はとても暖かくなりました。湿度はとても低く空気はサラサラで、陽差しは初夏のように強烈です。サングラス無しではとてもまぶしいし気をつけないとあっという間に日焼けしてしまいます。ビーナスラインをドライブするときはクルマの窓を全開にすると気持ちの良い気候になりました。でもTシャツ1枚では(風が思いの外冷たいので)風邪を引くのでご注意を。 蓼科湖(標高1240m)周辺の数百本の桜が三分咲きです。クルマから見ていても思わずうっとりと目を奪われてしまうほど、それは見事な咲きっぷりです。バラクライングリッシュガーデンにパンジー、ビオラの花苗を購入するために寄ってきましたが、いましもスプリング・フラワーショウ真っ盛りで文字どおり春爛漫の風情でしたよ。これはおすすめです。 昨夜も今夜も驚くほど星空が綺麗です。まあここはもともと星がきれいなところなのですが、それでもこの季節の星空は夏と似てはいるけれどまた違った風情で良いのですよね。真夏ほどゴージャスではないけれど、春の夜空ならではの可憐さがとても好きです。月齢が27〜28日ということでほぼ新月(=夜空が真っ暗)なのも星空を眺めるには絶好の「星周り(ほしまわり)」なのです。 数日前から未明〜夜明け直後に鳥たちが大合唱するようになりました。もし早朝に目が覚めたら是非テラスに出てその美声に耳を傾けて下さい。野鳥達が飛び回る姿もたくさん眼にすることができるはず。ただし気温はものすごく低いので、しっかりと防寒対策をするのを忘れずに! 先ほども書きましたが、標高1240mの蓼科湖の400本の桜(ソメイヨシノ)は後数日で満開になりそうです。ミズバショウなども咲きはじめます。花のお好きなお客様はバラクライングリッシュガーデンは必見ですが、蓼科湖、霧ケ峰、八島ケ原高層湿原にも是非足を延ばしてみて下さい。 ペンション サンセットは当日予約→ご宿泊も大歓迎です!
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| 2003.04.27(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,395日目です。 昨夕「広報茅野(茅野市の屋外防災無線の巨大スピーカーによる放送)」で今朝は霜が降りる恐れがあるので農家は注意するよう放送していましたが、はたしてそのような冷え込みになりました。午前10時の気温は8℃です。お客様がいらしているというのに、ぼくはHPの保全修復作業で朝までかかってしまいました。でも幸か不幸か久しぶりに夜明け前後の森の様子をじっくり見聞することができました。 この季節の明け方は霧の流れるあるいは薄雲のたなびく墨絵のような森の風情を楽しめるのですが、驚いたことに、今朝はいっせいにこれまでの10倍ほどの種類の野鳥が歌い始めていたのです。ウグイスが鳴き始めました、ルリビタキやキジバトやカッコウの声も聞こえます。突然、春の森の宴が始まりました。半年以上にわたる長く厳しい冬を耐えてきた僕らはいつもこの歌声に勇気づけられるのです。 ペンション サンセットにいらしたら、早起きはつらく外は寒いですがテラスに出て明け方のこの至福のひとときを(5分でいいから)体験して欲しいと思います。デジタルサラウンドなみの天然のヒーリング・ミュージックを聴くことができますよ。 今日もとても良いお天気になりそうです。ビーナスラインはしだいに県外ナンバーのクルマで交通量が増えてきますが、混雑というほどのものはありません。しかし5月にはいると交通量はぐっと増加しますが、5月2日まではほとんど渋滞はありません。高速道路の混雑のピークは5月3日(土)の下りと5月5日(月)の上りということになりそうです。経験的には、できればこの日程は避けたほうが10倍楽に10倍楽しめると断言できます。(午前11時)
午前中書いた通り、今日はとても良いお天気になりました。陽射しがとても強く熱くて、雪解けですっかり湿った地表がどんどん乾いていくのが実感できるほどでした。2週間ほど前にはまだスキーができたなどとは(いまとなっては)想像もつきません。通常はまだ地表近くまでしっかり凍結しているのですが今年はだいぶ深い部分まで柔らかくなっているようです。これなら(霜が心配ですが)そろそろ花の苗を植えても大丈夫かも知れません。 さあ「庭師」の季節です。土木作業の季節です。チェーンソーとスコップと花苗と堆肥と石灰と黒土の季節です。この冬は記録的な積雪で潅木を含めてかなりの植物が被害を受けたのでまずはその後始末と手当てです。同時にプランターに花を植えて彩りを添えないとちょっと寂しいし、かなり忙しくなりそうです。 何しろ雪解けが例年より2週間ばかり遅かったのでゴールデンウイークに人為的な彩りとしての花のしつらえが間に合わないという異常事態です。(なんとかしなくちゃ) 高山植物はなにもしなくても咲くべき時期が来れば「どうかしたの?」ってな風情できちんと咲いてくれるのですが、サンセットのある標高1700m台の亜高山帯ではそれはもうちょっと先のことになります。標高1500mあたりまではかなりいろんな花が春らしい彩りを見せてくれています。 標高1240mの蓼科湖の400本の桜(ソメイヨシノ)はそろそろ満開になりそうです。ミズバショウなども咲きはじめます。花のお好きなお客様はバラクライングリッシュガーデンは必見ですが、蓼科湖、霧ケ峰、八島ケ原高層湿原にも是非足を延ばしてみて下さい。 ペンション サンセットは当日予約→ご宿泊も大歓迎です!(午後11時)
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| 2003.04.26(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,394日目です。 昨夕から悪天候になりました。またまた「春の嵐」です。断続的に強い雨も降り、夜半から未明にかけて激しい風と雨の音が続きました。朝目覚めた時もサンセットは雲の中に入っており、一面霧がかかったようになっていました。風もまだ吹いていて雨も止んでいませんでした。一見して観光には絶望的なお天気でした。 しかしケーブルテレビの23チャンネル(お天気チャンネル)の予報通り、昼前からさんさんと春の陽射しが差して来たのでした。そして気温が上がり初夏の様な気候に激変しました。最高気温17℃といえば初夏の気温です。街に降りるとみんな半袖で歩いていました。クルマのエアコンを入れないと暑いくらいです。この(長袖でないと寒いという)山の気温の話をしてもにわかには信じてもらえませんでした。 とにかく今日は良いお天気になりました。ビーナスラインも心なしか県外ナンバーのクルマで交通量が増えたように感じられましたが、混雑というほどのものではありません。やはりピークは5月3日(土)の下りと5月5日(月)の上りということになりそうです。できればこの日程は避けたほうが10倍楽に10倍楽しめると思います。
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| 2003.04.25(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,393日目です。 今日も雨降りです。「春の長雨」とういやつでしょうか、良く降りますよね。不思議なことに晴れの日よりも雨の日のほうが森の雪がよく融けるようです。陽射しは木に遮られるけれど雨はあまねく森の土に浸透するからなのかも知れません。 春の雨はとても静かに降ります。春の雨の日は本当に静かです。雪降る冬の夜はもっと静かですけれど。ことことという雨音を聞きながら微睡(まどろ)めば、温かな春の午後の至福。 予報ではそろそろ晴れ間が見えそうなのですが、なんだか永遠に続きそうな風情の雨です。そんなふうに思われるのも、不透明な時代に生きる人々の心をこの雨が映しだしているからなのかも知れません。 昨年夏の事故(もらい事故)の修理が完了していなかった愛車ディスカバリーは昨日ふたたびディーラーに引き取られていきました。外回りの未補修部分の修理とアルミホイールの交換、エアコン(ぜんぜん利かなくなった!)の修理、ワイパーの修理などなど・・・過酷な気象条件の土地で10年も乗っていると、いやはやいろんなところが壊れてきます。 とても不思議な感情なのですが、ディスカバリー以外のクルマに乗っていると、なんだか自分が自分でないようなフワフワした気分になってきてしまうのが困りものです。あ、そうそう、自分には似合わないと(自分では)思っている洋服を着て街を歩いているときのような気分です。速く治って帰ってきて欲しいものです。なんだか落ち着かないから。 蓼科高原の観光スポットではそろそろ花が咲き始めて春にお見えになるたくさんのお客様をお迎えする準備が完了したようです。バラクライングリッシュガーデンをはじめ、蓼科湖の数百本のソメイヨシノ、ミズバショウなどなど、いよいよ春本番の風景が目の当たりにできるようになりました。良いニュースの無い暗い時代だからこそ、高原は疲れ切った心身をいやしてくれることと思います。
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| 2003.04.24(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,392日目です。 さて、今日もお天気は朝のうち雨が強く降り、ピラタスの丘はその後も雨雲の中にすっぽりと入って終日はっきりしないお天気になりました。それでも耳を澄ませば森の奥から可憐な野鳥の声が聞こえてきます。 庭にウソの番(つがい)がやって来ています。暖かくなって抜け落ちたパルの冬毛を雨の中で一心不乱に集めています。マイナス50℃にも耐えると言われるシベリアンハスキーの冬毛はヒナを育てるための巣作りには最高の素材なのでしょう。 昨年からそのような鳥達の行動が始まりましたから、彼らは偶然それを学習したのだと考えています。そしておそらくは昨年と同じ番(つがい)なのだと思います。ウソの他にも同じことをする鳥にはルリビタキやコガラを確認しています。 少なくともピラタスの丘の野鳥の世界ではこれは画期的発見なのかも知れませんね。世界的に見れば拾い集めるどころか手近な動物の毛を引っこ抜いて巣の材料にする行動がそこかしこで見られるようですが、自然の英知というのはすごいなあと改めて感心しています。 で、以下は興味のないかたにはつまらない話です。 村上春樹の新訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ(The Catcher in The Rye)」を読み始めたことは先日書きましたが、今日ちょうどこの小説のタイトルの由来となる一節に出会いました。原文だとここにあるような感じです(解説もあります)。 "If a body catch a body comin' through the rye"というのがその一節です。 これを「故郷の空」、そう言ってわかりにくければ、ドリフターズがむかし全員集合の中で歌っていた「誰かさんと誰かさんが麦畑・・・」という歌のメロディでうたってみるとこれが同じ曲の歌詞であることがわかリます。じつはぼくは今回初めてそのことに気づいたのです。WWWで調べてみたらそのとおりでした。個人的にはじつに新発見でした。 小説の中ではこの歌詞は主人公の思い違いで"meet"が"catch"になっているのですが、原典はこちら 、解説と訳はこちらにあります。別の翻訳で初めて読んだ頃はまだ全員集合が放映されていたはずなのですが、当時のぼくは最後までこの本の題名の由来がわからなかったのです。だから個人的には大発見ということです。なんだかちょっとうれしい。
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| 2003.04.23(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,391日目です。 今日は昨日よりも日中の気温が10℃も低く、終日雨模様のあいにくのお天気になりました。が、土砂降りというのではなかったので、きちんと雨の山歩きの服装をしていればそれなりに風情のあるお天気だったと思います。ぼくは「そういう服装」で犬の散歩をしながらそう感じたのだけれど、雨の森を歩くのってぼくはとても好きです、どんな季節でも。それにしても数日前最高気温が20℃だったのに今日は6℃だってさ・・・。すごい寒暖差です。 ピラタスの森にはすでにたくさんの野鳥が生息しています。今日はシジュウカラ、ゴジュウカラ、ウソのつがい、キジバト、カケスをみかけましたが、この季節は経験的にじつに38種類ほどの野鳥が生息しているはずなのです。ウグイスもいるはずなのですがまだ鳴き始めません。もうすぐでしょうね、楽しみです。 それはそうと、昨日の日記で自分のペンションのHPの出来があまりよくないと書きました。じゃあどんなHPが良いのかと考えると、それはご覧になるお客様にとって良いHPだと言うことになると思うのです。知りたいことがスムーズなナビゲーションによってわかりやすくプレゼンテーションされているようなHPです。でもそれはひとつの可能性であって、あとは人それぞれの好みの問題になるのかも知れないですね。 難しいことだけれど、まだまだやるべきことチャレンジする価値のあることはたくさんあります。問題は 良いHP=良いペンション という等式が成り立つかどうかと言う体験的事実の検証。HPと実態としてのペンションとの相関係数がどれほどの高得点をたたき出せるかということ。これはたいへんです。良いペンションはその実態に見合った良いHPづくりに専念すればよいけれど、そんな自信はぼくには無い、いつも迷ってばかりです。 そこでぼくの場合は、良いHPを作るに当たってはその実体的な裏付けとしての良いペンションを同時に構築しなければならない。良いHPだけを作ればいいのなら話は(ある意味)簡単だけれど、でもそれはできない。仕事は2倍3倍の力仕事になる。 というところで「足がすくんで」しまっていたのがこれまでのいきさつです。このサイトの中にあるペンション・サンセットのHP部分が開設当初からあまり変わっていないのはそんな事情によるものです。考えすぎと言えば確かにその通りです。怠慢と言われれば、それもしかり、かな。 ここは視点を変えて、ひとごとみたいにペンション・サンセットをご紹介するのがよいのかなというアイデアが浮かんできました。ほら、よく旅行雑誌なんかに載っているおすすめのお宿紹介記事みたいなやつ。あれって(もちろん)純粋な記事も多いのだけれど、ペイドパブリシティっていう有料記事広告の場合も結構あるんだよね。読者の方もそれほどウブではないからそれと知って楽しんで読んでいるのだと思うけれど。 話がそれてきたけれど、要するにこれから夏に向けてぼくの生業(なりわい)であるペンション・サンセットのHP部分をもっと強化しようということです。この日記やイベント情報の更新そしてなによりも本業のペンションの雑多な仕事(園芸、土木作業、建物の保守点検、ボイラーの保守管理、etc.)でもうあごが上がっちゃってるぼくだから、こんなことを宣言したからと言って実際どうなるかは保証の限りではないのですが。 とにかくやってみようということで・・・HPだけではなくて、ペンションのサービス内容やおもてなしのスタイルも(特にお料理)大きく変わりつつあることをご報告したいと思います。もちろんお客様にとってよい方向に、ということですが。特に、以前ペンション・サンセットをご利用いただいたことのあるお客様、何度もご利用いただいているリピーターのお客様はお楽しみに。 そのようなお客様にはご利用頻度に応じて(サンセット流にさりげなくではありますが)明確なかたちで特典や特別のおもてなしをご提供するように改めました。これまでも特別なおもてなしをさせていただいてはいたのですが、私たちもそれをはっきりとした感謝の気持ちを込めてシステマチックにご提供しようということです。現在その立ち上げキャンペーン中です。 もちろん初めてご利用のお客様にも全力投球のおもてなしをさせていただいていることは言うまでもありません。その上での「VIPシステム」です。みなさまのお越しをお待ちしております。
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| 2003.04.22(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,390日目です。 このサイトの最初のページ、つまり本来の意味でのホームページにあるこの日記の説明文に「きままなスローライフ日記(駄文)」と書いてあるけれど、よく考えてみると「スローライフ」なんて高尚(こうしょう)なものではなくて単なる「スローモー・ライフ(ぐーたらな生活)」というのが実態だと思います、ははは。 閑話休題(かんわきゅうだい)。 さて、どこかの著名なプレゼンテーションの達人が「中身はともかく、伝えたいという情熱があれば何かがきっと伝わる」と言っていたのですが、それは真実だと思います。広告の世界で数々のプレゼンテーションを勝ち抜いた(?)ぼく自身の経験からもそうだと言える気がする。あまり「立て板に水」的なスムーズなプレゼンテーションより、どちらかというと(本人的には)「ドタバタ」したもののほうが熱くインパクトが伝わったような気がします。この日記もそうだといいな。 それはそうと「紺屋の白袴(こうやのしらばかま)」という言葉がありますが、じつにそれを実感する今日この頃であります。このサイトの中にあるペンション・サンセットのHPがそれに当たります。客観的に見てあまりできが良くないと言うのがぼく自身の評価なのです。でもね、「主観的」にはぼくにはこれ以上のHPは作れないのですね。どうも我がことになるとアピールしきれないと言うか、奥ゆかしくなってしまうと言うか、ありません?・・・そういうこと。 それと「嘘は書かない(多少の誇張はOK?)」「あたりまえのことを大仰(おうぎょうに)に表現しない」「美辞麗句(びじれいく)を並べ立てない」と言う「三原則」を守っていると言うこともあります。とまあ、あくまで本人の「つもり」ではありますが。でもこれって経営者としては失格なのだと思います。それでなくてもペンション界ってアピール合戦で勝負がきまるみたいな感じがするから。ぼくは広告マンだった頃のように考えそのように振る舞いそのように行動すべきなのかも知れません。 でも広告マン時代のぼくはじつに嫌なヤツだったと、いまの自分は思う。まあビジネス全般にわたって「いいひと」では通用しないですからある意味しょうがないのですけれど・・・。それでもこの春からは多少気をつけて「いいひと」にならないように厳しく自分を律しているつもりではあるのですが、どうもね・・・。(。、ヾ 今日もとても良いお天気になりました。昨夜から晴れ渡っていたせいか荒れ模様なりに暖かかった昨日までとはうってかわってぐぐっと冷え込んでとても寒く感じました。最低気温はマイナス4℃でした。日中は陽差しが強烈でとても暖かく感じましたが実際の気温は14℃程度で風がとても冷たく爽やか(というか寒いくらい)でしたね。クルマの中にいるとエアコンが必要で外に出るとトレーナーやウインドブレーカーが必要という妙に寒暖差の大きい季節です。 ビーナスラインはドライブのクルマの姿が増えています。とくにカブリオレ(オープンカー)の方はフルオープンでさっそうと走り抜けていきます。じつにオープン・2シーターのライトウエイト・スポーツカーとかモーターサイクルで走るのが最高の季節ですね。 もちろんセダンでも窓を全開にして走れば同じくらい爽快などライブになること請け合いです。
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| 2003.04.21(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,389日目です。 夜通し激しい雨でした。風も強く窓は台風の時のように激しく吹き付ける雨に、窓外の景色が滲むほどでした。そう、ほとんど台風といった感じ、「春の嵐」です。激しく過酷な八ヶ岳の気象にあらためて自分がどのような土地に暮らしているのかを知らされます。少なくともここは横浜の閑静な住宅地ではない。 終わることのない土砂降りの1日を予想していたのですが、昼頃から急に強烈な陽光が射し込んで空は真っ青になりました。おびただしい量の雲が高空を足早に過(よ)ぎってゆきます。この雲のかたちは初夏そのものです。そういえば今年はまだ春らしい雲を見ていないなと思いました。いきなり夏の雲です。 ビーナスライン沿線の桜は標高800mあたりからしだいに咲き始めています。地元のTVを見ていると隣町の高遠町の高遠城址公園では有名な小彼岸桜(こひがんざくら)が満開だと報道されていました。いよいよ桜の季節です。蓼科湖畔の400本の染井吉野(そめいよしの)は4月末〜5月5日頃が満開になりそうです。 陽差しが強いのでじっさいクルマの中では暑いくらいなのですが、1日中続いた台風なみの強風で体感気温は昨日までの服装ではちょっと命が危ないほど低いものでした。なるほどあとで最高気温を調べるとサンセットで8℃でした。昨日までの気温との落差に加えてこの強風で、山に登った方は大変だったことと思います。山の山頂部は気候次第でまだまだ冬山そのものになります。 昨夜は暖かく、暖房は必要なかったのですが、今夜はマイナス2℃で強風と言うことで緩く暖房を入れています。外に出るとダウンパーカが必要なほど寒く感じるのですが、そんな氷のように冷たい強風に吹かれながらパルはとても気持ちよさそうに眠っています。シベリアンハスキーの彼にとってはむしろ心地よい気候に戻ってうれしいのかも知れません。
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| 2003.04.20(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,388日目です。 昨日からの雨は一度止んで朝のうちは曇り空でした。いつものようにサンセットは雲の中にはいった状態だったのですが、空を見上げるといつものように真っ白ではないことに気づきました。全体的に茶色いのです。まるで黄砂が降るときのような黄色っぽい茶色です。まあ、ここではそのような明瞭なかたちで黄砂が降ることはないのですが。妙な感じです。 お昼近くなると予報どおり雨が降り出しました。今日の雨は本降りになりました。時々土砂降りになります。その上雨雲が低いので周囲は濃霧のように煙っています。感じようによっては「風情がある春の雨模様」ではありますが、そうですね、山水画の世界ですか・・・でもやっぱりこの季節の雨はあまり好きになれません。新緑に覆われた季節ならとてもいい感じなのですが。 しかしこれもまた森のためには必要な雨なのです。わかってはいるのですがパルもぼくも家の中で(パルは庭の犬舎の中です、もちろん)つまらなそうにしています。晴耕雨読を決め込んで読書三昧音楽三昧で過ごす他無いようです。いま読んでいるのは先日出たばかりの村上春樹の新訳版「The Catcher in The Rye(ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ)」、そしてAmazon.co.jpから届いたばかりのMiles Davisのライヴ・アルバム"Live Around The World"です。 どちらもとてもステキな作品です。村上春樹の大ファンで、サリンジャーの大ファンで、マイルスの大ファンだから。いつの時代の作品でも気に入らないものはありません。最近では椎名林檎さん(何となく呼び捨てにできないのですよね)の大ファンです・・・その音楽性、描き出す世界と歌詞の奥深い文学性に完璧に参っています。 本を置いてラウンジの窓を開けて首を出すと森の音がぐぐっと近づきます。自然の音以外何もしないのですがそれにしても冬に比べるとじつに様々な気配や音に満ちています。雨の日には鳥たちはやはり「雨宿り」していることをぼくは経験から知っています。地鳴きもあまり聞こえませんし飛び交う姿もほとんど目にとまりません。 少し強めの風が吹いています。白樺の大木がゆらゆらと揺れています。そのたびにぼくの顔に細かな雨が吹き付けます。耳を澄ますと森の向こうから轟々という音が間断なく響いています。風の音かと思ったのですが、風の吹くタイミングとその音のリズムには明らかなズレがあるし、風のように呼吸するこのとのない音です。やはりそうでした、雪解け水がピラタスの丘の標高まで降りてきたのです。森の向こうの急斜面の枯れ沢を怒濤のごとく雪解け水が落ちていく轟音なのでした。 この音を聴くとあっという間に春そして初夏がやってきます。
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| 2003.04.19(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,387日目です。 朝のうち曇り、午後から雨がぱらつき始めました。土砂降りにはなりませんでしたが、空からベールが舞い降りてくるような静かに降りしきる春の雨です。深夜には一時止みましたが、天気予報によれば明日は終日雨になりそうです。 舗装道路はもうほぼ100%乾燥路面ですが、森の中はまだ半分凍結した積雪が60cm以上残っています。ピラタスの丘ではそこかしこに蕗の薹(ふきのとう)が顔を出していますが、今年はずいぶん遅い顔見せです。鳥の声もまだウグイスが鳴き始めていないのはちょっと遅い気がします。 ちょうどゴールデンウィークの頃に劇的に季節が変わるのかも知れません。それはもう信じられないほど「劇的」なのです、文字どおり目の前で季節が変わるのを目撃できるのですから。実際どんな風なのだと言われても言葉ではうまく説明できないのですが。 それはそうといまEGO-WRAPPIN'の「老いぼれ犬のセレナーデ」がかかっているのだけれど「老いぼれ犬の口笛」という歌詞がとても気に入ってしまってイメージがどんどん拡がっていきそうです。この曲の入っている「Night Food」というアルバムはおすすめです。 あらためて思うのだけれど、犬が口笛を吹いたらとてもすてきだろうなあと思うのですよね。そんなふうに思うぼくはやっぱり変でしょうか。
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| 2003.04.18(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,386日目です。 今年の蓼科高原はゴールデンウイークのお客様の出足が際立って遅いようです。多くの宿がまだ充分な空室を持っているようです。ぼくのところも同様です。民間企業の経営する会員制保養施設や大手企業の保養所だけはかなり前から満室だそうですが、そのほかの多くの民間の宿はまだまだこれからといった様子です。大手ホテル、大手旅館や有名なひとにぎりのいわゆる「勝ち組」の宿以外はふらっとお出掛けになっても当日や前日予約でご宿泊可能になりそうですね。ここ数年その傾向が強くなって来ています。 それはそれで良いことだと思います、もちろんお客様にとって。小回りの利く小規模な宿泊施設であるペンションにとってはむしろこれはチャンスだと思っています。たとえば、ペンション・サンセットは「当日のご予約、飛び込みでのご宿泊」大歓迎です。(^^) 我がサンセットは「勝ち組」ではありません、いまのところ。というかそういう概念や価値観とは隔たったポジションにいたいと思うところです。まあ、ほそぼそとトロトロとやって行くことにしましょう。人生な前半が文字通りの「ラッシュ・ライフ(Rush Life)」だったから。(笑) 今日も昨日に続いて真夏なみの気温になりました。さすがに朝晩は10℃以下にぐっと冷え込みますが、日中の最高気温はサンセットで23℃(日なたの気温は27℃)でしたから、まさに8月の気候です。湿度が30%とぐっと低いのも夏そのものです。蓼科高原は旧来より湿度が低い場所として有名なので女性のかたは夏だからといって油断なきよう。冬は10%以下になることも多く、夏でも30%台の湿度です。 そんなぜいたくな気候風土に体が慣れてしまっているぼくらは、ひととあうたびに「今日は暑いねえ、これじゃあ真夏だよ。暑くてたまらんねえ!」なんてことを言っています。それにしても今日の夕焼けは信じられないほどきれいでした。西の空だけでなく、反対側の蓼科山や縞枯山の上まで赤く染まってえもいわれない情景になりました。これもまた真夏に良くある現象なのですが、この季節に見られることは極めてまれなことです。「いったいどうなっちゃってるんだろう?」とピラタスの丘の住人も首をかしげるばかりです。
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| 2003.04.17(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,385日目です。 「現実とは単なる幻想に過ぎない、たとえそれが執拗に続くものだとしても。("Reality is merely an illusion, albeit a very persistent one. "- Albert Einstein)」と昨日引用し、それをぼくは肯定した。それは実感だから。そもそも幻想というものは「執拗に続くもの」なのだ。それに対して「現実(リアリティ)」は通り過ぎてゆく。終わらない現実が在るとすればそれは「終わらない夢」に違いない、終わらぬ幻想に違いない。おそらくぼくは「そのような現実」の中にいるのだろう。 巨大な満月(正確には16夜の月)が八ケ岳の稜線上に浮かんでいる。今日の日中はサンセットでも最高気温20℃と8月なみの気温を記録したけれど、午後11時現在の気温は6℃、やはり朝晩はまだまだ冷え込む。 じっさい午後に山麓の街に降りると、車の中は温室状態で窓を全開にするかエアコンを入れるかしなければならないほど暑く感じた。で、エアコンを入れたわけだけれど、なんと「熱風」が吹き出すばかり。あわててディーラーに電話を入れるとどうやら昨夏の事故の修理の時にエアコンのガスが抜けてしまったようだとのこと。これまでエアコンを使うような気温ではなかったので気づかなかった。(^_^;) 11年前に初登録したクルマだからまあ仕方ないのかも知れない。あちこち直し直しこれからも愛車として乗り続けていくつもりだ。1992年式LAND ROVER DISCOVERY Tdi。このクルマの4WDらしからぬ洗練されたデザインとカリガダグリーンと呼ばれるアルミボディーのカラーが大好きなのだ。 そういえば昨日こうも書いた。「愛されることを恐れないで、愛されなさい、手遅れになる前に。」と。30年前にこの言葉に出会いたかった...。
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| 2003.04.16(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,384日目です。 記憶、キオク・・・。本来の意味で記憶が人生に光を当てたり影を落としたりするようになるのはちょうど50歳を過ぎたあたりからのような気がします。もちろんごく日常的な意味において、の話です。 しだいに記憶の中に、そこまでいかなくても、ある種特定の「記憶された雰囲気」の中に生きる比率が高まってくるように感じられます。それは「自分の世界」あるいは「自分的世界の終わり」のような場所です。 発達心理学の研究によれば子供はその発達段階の初期において現実と夢(非現実)との区別が不明瞭な世界に生きているといわれます。それは僕の実体験からも充分納得できるのですが、最近あのころと似た状況にある自分にふと気づくことが多くなりました。これは一般論ではなくて僕のきわめて個人的な体験に過ぎないのかも知れないのですが。 まあ、アインシュタインも言っているとおり「現実とは単なる幻想に過ぎない、たとえそれが執拗に続くものだとしても。("Reality is merely an illusion, albeit a very persistent one. " ぼくに関して言うならば、「それ」は執拗に続いているようです。だからこそこう思わなければいけないのかも知れない、「愛されることを恐れないで、愛されなさい、手遅れになる前に。」と。
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| 2003.04.15(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,383日目です。 村上春樹の新訳版「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読みはじめたことは昨日書いた。主人公のホールデン・コールフィールドのおしゃべり風の早口の語りには独特のリズムがあって、この作品を読み進むのが心地よい。 この年ごろの男の子はぼくも自分で経験済みなのでリアルにわかる部分が大きいのだけれど、女性が読んだ時にどのように感じるのか興味深い。逆にフランソワーズ・サガンの名作「悲しみよこんにちは」とか倉橋由美子の「ヴァージニア」などの作品は10代のぼくにはどうしても読み進めなかった。感覚的についていけないのだ。 よく「あなたには女心がわからないのね!」なんて女性に責められるけれど、それはお互い様だと思う。女性だって行動学的には男性を良く見ていると思われるところがあるけれど、「男心がわかっている」女性は原則的にはいないだろう。それは当然のことなのだ。大切なのは「違う、異なるという事実」を認めあうことだと思う。 性差別や性による区別はなくすべきだと思うけれど、「性差」つまり男性と女性が異なる存在だということ、異なった在りかたをしているという事実は認めなければならないと思う。異なる在り様(ありよう)を認めるところから本当の平等は始まるのだと思う。 今日は一日中雨でした。土砂降りにはならない春らしい雨です。そして雨雲がやって来ては周囲を濃霧のように覆い尽くし、そして去ってゆくのをぼくはラウンジの窓越しに眺めていたのでした。窓を空ければ様々な野鳥の地鳴きが森中から聞こえてきます。もうこの春は止まりません。
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| 2003.04.14(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,382日目です。 村上春樹の新訳版「キャッチャー・イン・ザ・ライ」が4月11日に刊行されました。さっそく読み始めましたが、ものすごく感動しています。ぼくは米国のこの謎多き作家J.D.サリンジャーの大ファン(レイ・ブラッドベリと同じくらい)なのだけれど、そのひとの代表作を大好きな村上春樹氏が翻訳というのだからもうたまらない。 この作品はいまから30数年前の10代の頃に読んで衝撃的な感動を覚えたことを記憶しているし、その証拠にいまでもぼくの書架にその本はちゃんと残っている。当時のタイトルは「ライ麦畑で捕まえて」だった。当時の翻訳も快挙と言っていい画期的なものだったけれど、いま読み直すとさすがに古さを感じるようになっていた。そんなときにこの新訳本。 読み直さずにはいられない。大学の英語の講師がJ.D.サリンジャーやテネシー・ウイリアムズが大好きな人物だったので、たとえばサリンジャーの短編集「九つの物語(Nine Stories)」を難解なスラング(と、いわば放送禁止用語)だらけの原文で読まされてヒーヒー言いながらもワクワクしたことがなつかしい。 オスカー・ワイルドの「ドリアングレイの肖像」の「危ない世界」や、ヘミングウエイの切れのある「クールな短編」の世界を体験させてくれたのもこの先生だ。それまでヨーロッパの小説ばかり読んでいたので英米文学は新鮮だった。 今日は朝のうちは曇り空だったのですが、やがて雨になりました。初めのうちはぱらぱらと降っていたのですが、やがて本降りになりました。午後11時現在は小止みになっています。毎日目に見えて雪が融けて景色はどんどん春の景色に変わってきています。 落葉松の新芽が出そろっていますがまだ薄い褐色をしています。一見秋と同じみたいですが、そのなのとおり落葉松は冬前に針葉をすべて散らせてしまうのでこれは間違いなくこの春芽吹いたものです。もうすこしで透き通るような緑色に変化して、得も言われない美しさに思わず息をのむことになります。
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| 2003.04.13(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,381日目です。 この日記は当初は「オーナーズ・コメント」という一言メッセージ、ミニ・情報として毎日書かれていました。日直が毎朝教室の黒板を消すようにして更新を続けたので、残念ながら当時何を書いていたかは残っていません。 その後「オーナーのひとりごと」とタイトルを変えてもう少し長い文章へと変わりましたが、しだいにヘヴィな内容が多くなってきたので新たに「蓼科高原日記」として別コラムを建てたしだいです。現在の「オーナーのひとりごと」はヘヴィな内容のものを当初の日記から抜粋してアップし直したものといえるかも知れません。 同様に多少なりとも社会性や政治性のある個人的見解を「Web_Masterの憂鬱」として別途アップしたのでしたが、最近はあまりそのあたりの区別無く「蓼科高原日記」に書くようになってきています。「Web_Masterの憂鬱」はここ1年ほどは小説もどきになっています。 さて、今日は格段に暖かい気候になりました。最高気温がいきなり16℃というのはかなり驚きでした。森からはツツピーツツピーというシジュウカラの声が聞こえてきます。ウグイスやカッコウももうすぐ鳴き始めることでしょう。楽しみです。 しかし今年は雪解けが遅いので、4月下旬からお見えになるお客様をお迎えする準備が過密スケジュールになりそうです。駐車場やアプローチに砂利をいれたり、冬の積雪で折れてしまったり枯れてしまった潅木や倒木を始末したり、雪の下から出てくる様々なゴミをきれいに始末しなければなりません。費用的に厳しいので業者さんにお願いすることもできないので1300平方メートルの敷地内を自分ひとりでやることになります。じつに気の遠くなるような作業ですが、これはこの季節のルーティンですからやるっきゃないですね。 Amazon.co.jpからEGO-WRAPPIN'のアルバム"Night Food"が届きました。大好きな「くちばしにチェリー」(私立探偵・濱マイクの主題曲)が収録されたアルバムですが、その曲以上に「あしながのサルヴァドール」「老いぼれ犬のセレナーデ」が気に入りました。最高です。 とても不思議なことですが、こうした音楽はぼくにエネルギーを与えてくれます。使い切った電池に急速充電したみたいにみるみる元気がよみがえってくるのです。「感動」こそぼくのエネルギー源なのかもしれません。
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| 2003.04.12(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,380日目です。 今日も1日雨でした。なぜ週末に天候が崩れるのか、素人のぼくでもその原因は予想が付くのだから、専門機関は研究結果を広く知らしめるべきだと思うのですが、なぜか音無しの構えですね。 自然原理として天候は刻々と変化し、晴れの日もあれば曇りの日も雨の日も雪の日もあるのは当然です。しかしここまで明確な法則性、規則性が出てくるということはすでに統計的に有意な事実であって「気のせい」や「偶然」ではないということです。 国際関係をおもんばかって隠されている事実がじつにたくさん存在するのですね。日本では終息した感のある公害はいまや国際的なメカニズムをもつようになっているようです。 いま時刻は午後7時です。外は霧に煙っています。雨はまだ降り止みません。雨が降るたびに積雪はどんどん嵩(かさ)を減らしています。道路はどこも乾燥路面になっていますが朝晩は路面凍結箇所があります。 ひゅーんというPowerMac G4の音を聴きながらこの文章を書いているのですが、この部屋はリビングルームなのでまったくひとりで黙想するという環境ではありません。それを求めれば深夜早朝しかなありません。家族の出入りやTVやラジカセの音・・・いままでこのようながさがさした環境でどうしてこの日記を書き続けられたのかいまの自分にはよくわかりません。いまのぼくはひとりぼっちで静かな、本当に静かな環境でないと何も考えることができないのです。 さいわいペンションの建物は広いし部屋数もたくさんあるので、パソコンの移動が簡単ならばその願いはすぐにかなうのですがいまぼくが使っているのはデスクトップ・タイプなのです。お客様のデータ管理や、ご予約の受付などにはこの場所にしっかりしたデスクトップ・タイプのものがあることがベストなのですが、HPの更新や日記を書くときには別の場所に移動したい。 それをかなえるためにはもう一台別にノート・パソコンが必要です。パソコンはサンセットにおいていまや業務の根幹をなしているので、バックアップ・システムとしてもパソコンは2台必要なのですが・・・。経済動向の先の見えない現在、大きな投資はできません。う〜ん、つらい。 それに新しいメニューのために食器などのテーブルウエアを新調するのでそちらへの投資が優先していますしね。今シーズン、ペンション・サンセットのオリジナルお料理メニューは大きく変わります。期待して下さい。
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| 2003.04.11(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,379日目です。 朝から晴れていたのですが夕方から氷雨(ひさめ)が降っています。気温は氷点下になっているので雪になるかも知れませんが、この時期にはほとんど積らないです。クルマのワイパーブレードをスノー・ブレード(雪用)から通常のものに付け替えました。動作がなんとも軽やかで動きが断然速いです。 ここのところ天気予報がとても良く当たりますが、エルニーニョの終結と何か関係があるのでしょうか。わき道も幹線道路も現在のところ乾燥路面になっています。積雪も日中の気温が上がり陽射しが強くなってきたのに比例して急速に融けつつあります。 4月下旬にはビーナスラインも国道299号線も全線開通して絶好のドライブ・シーズンに突入します。山歩きも残雪や万一のぬかるみに対する装備があればこの季節ならではの感動を味わえることと思います。幸いJR茅野駅前のベルビア(駅ビル)にICI石井スポーツがこの春から開店しましたから、山用品(やキャンプ用品やスキー用品)への備えは万全です。これで万一の忘れ物にも対応できますね。 バラクライングリッシュガーデンでは4月26日(土)〜5月5日(月)の期間、恒例の「春のフラワーショー」を開催します。詳しい内容についてはこちらをご覧ください。 蓼科高原ペンション サンセットではこの期間だけの限定特別メニューをご用意してみなさまのお越しをお待ちしております。 |
| 2003.04.10(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,378日目です。 ジャーナリストってなんだろう?彼らは特権階級なのだろうか。昨日のいわゆる「バグダッド陥落」のニュース画面を見ていてそう思った。戦場にあって彼らは兵士よりも民衆よりも圧倒的に保護され安全でなければならないのだろうか。そんなことはない、退去勧告を知った上でそこに残っている以上、自分の安全は自分で確保するほか無いのではないか。 仲間が米軍の攻撃あるいは誤爆(?)で命を失ったことに抗議し彼らは戦闘配備中の米兵に執拗に詰め寄っていた。彼らこそが「正義」の体現者なのだろうか。しかしあなた方は「戦場」にいるのだということを忘れてはいないだろうか。戦闘配備中の共和国特別防衛隊に対しても同じことができたのだろうか。間違っても殺されたり拷問される恐れのない米軍だからこそそのような行動をとれたのではないのか?人間の盾の人々にしてしかり、彼らは何から何を守ろうというのだろう。これは「戦争」であり彼らは「戦場」のまっただなかにいるのだ。認識が誤ってはいないだろうか。 ホテルで取材を続けるジャーナリストに言いたい、あなた達の生命の安全は本来的に担保されていない。それを承知でそこにいる限り何が起こってもそれは自己責任である。結果をもって他者を責めるのはジャーナリストとしての資質を決定的に欠いているといわざるを得ない。ジャーナリストは感情に走ってはいけないし、マスメディアという武器を手にして攻撃を仕掛けることはまさにあなた方が一貫して否定している(かたちを変えた)「戦争行為」そのものではないのか。 人間の盾の人々に言いたい、あなた方の高邁な理念には賛同するものであるが、結果としてあるいは実際の行動においてあなた方が守ったものはイラクの罪なき民衆ではなくフセイン政権であったことを大いに考えて欲しい。本当に民衆を守りたかったのなら爆撃を受けそうな住宅地区を無差別に移動してそのことを米軍に通告するという方法があったはずだ。「人間の盾」とはそもそもそのような理念に基づいていたのではないのだろうか。イラク政権の指示あるいは「依頼」(あるいは「希望」)にしたがった時点で、あなたがたはサダム・フセインの盾となってしまった。 座して何もしなかった僕らにあなた方を批判する権利はないといわれれば、その通りかも知れない。しかしそのような物言いこそあなたがたの最大の敵であるところの「言論封殺」であるということに気づいて欲しい。 誤解の無いように付け加えるなら、ジャーナリズムや人間の盾に代表される反戦運動を否定するものではないし、むしろ賛同するものである。しかしステレオタイプなイデオロギーにとらわれてはいけないのだ。その場の感情に流されてはいけないのだ。憎悪や敵意やイデオロギーにとらわれてはならないのだ。 悲惨な情景に衝撃を受け翻弄され「何とかしなければ」と思うのは純粋なヒューマニズムの発露である。それは尊いことである。しかし、やみくもに突っ走るのは避けなければならないと思う。かつて「同情するなら金をくれ!」という名台詞があったけれど、それは真実である。イラクの罪なき民衆が何を求めているのか、それが基本だ。そうでないとあらゆる「人道的支援」は「偽善者の自己満足」と受け取られてしまうかも知れない。それはとても残念で悲しいことだから。 |
| 2003.04.09(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,377日目です。 これを歴史的瞬間というのだろうか、たとえば、かつてのベルリンの壁崩壊のように。日本では日付がまさに変わろうという時にサダム・フセイン氏の銅像が引き倒され、歓喜に湧く民衆によって踏みつけにされている映像が放映された。レジューム(体制)が代わろうとするシンボリックな儀式としてそれは行われたように思われる。 それはひとつの記号であり、メッセージであることは間違いない。しかしこれで「イラク戦争」が終結したわけではないし、この戦争で命を落とした兵士や民衆が生き返るわけでもない。これは終わりの始まりに過ぎず、今回のプロジェクトのひとつのステップでしかない。それは米国自身が語っている通りだ。 たとえ「この戦争」が終わったとしても、世界ではじつに多様な戦争が常に遂行されている。いつ終わるとも知れない憎しみに満ちた感情的な、あるいはクールに利害を追究するビジネスとしての戦争だ。良く言われるように生きること自体がある種の戦いであるならば、この世界から戦争がなくなることは無いだろう。 生存することが不断の闘争であるならば、「神」がそのようにこの世界を創造したならば、残念ながら戦争は根絶され得ない。戦争は我々ひとりひとりのDNAにプログラムされた純正オプションだから、戦争のレベルをより平和的なものに引き下げることはできても、戦争そのものをなくすことはおそらくできないのだろう。 しかし絶望することは無い、我々の内なる「暴力」を消滅させることができるならば、戦争の遂行は不可能だからだ。たとえばあなたが「ドアを乱暴に閉める」ことや「大声でひとと言い争う」ことを人生において二度と行わないならばそして全人類がそのように生きることができるならば、もはや戦争はその概念を失なうことだろう。 |
| 2003.04.08(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,376日目です。 この日記に従来のような「想い」を読みとろうと思って下さる方々には大変申し訳ないと思っていますが、いまのぼくには自分の想いを書き記すことができません。いまぼくは真っ白に燃え尽きた灰のようになった自分を感じます。ぼくはぼくにとってなにものでもない。ぼくはただ自分としての意識のみを手がかりにしてここに存在しているだけです。でも、じつのところそんなに居心地が悪いわけでもない。 なにものでもない自分に耐えることができる年齢に達したのかも知れませんね。常に1等賞であることを望まれて走り続けてきた人生だから、それは周囲に強制された生き方でもあったことだし、もうすこしこのまま「ゆるゆる」していようと腹を決めました。ということで、ぼくの生業であるところのペンション・サンセットはこれまでよりあるいはこれまでとは印象が違ってぐっと「ゆるゆる」した雰囲気になっていると思います、自分でも。 自分の人生に意味を求めることをやめるとこんなに気持ちが楽になるとは。自分がこの世界にあることの意味を求めるのをやめると、自分の価値が見えてきます。言うは安し行なうは難し(かたし)なんですけれど。 さて、そんなこととは関係なく、今日は終日雨降りでした。この日記のタイトルのようにって、つまり---"Now He Sings, Now He Sobs."---ですよ、時に歌い時にむせび泣くように雨は降り続けました。そして宵(よい)には雷雨になりました。 今年初めての「夕立」です。ピラタスの丘じたいが雷雲の中にはいってしまったので、空で雷が光るというよりはサンセットを含んだ空間全体が閃光につつまれるというすさまじい雷雨でした。雷雲の中だから落雷する稲妻の光跡すらないのです。光った瞬間に落雷しています。そして大粒の雹(ひょう)がカンカンと屋根を打ちます。 何度か電気のブレーカーが落ちましたが、予防対策のおかげでパソコンやインターネット回線や電話回線は無事でした。とにかくこんなに「恐い」雷雨は初めて経験しました。ラウンジから様子をうかがっていると稲光の時に自分自身も閃光に射し貫かれるような感覚です。1万台のカメラのフラッシュを同時に焚いたとしてもここまでの閃光は感じられないでしょう。 いまこの瞬間にもかの国ではもっとすごい閃光と轟音のもと、紅蓮の炎(ぐれんのほのお)に焼かれ、鋭利な金属片で身体中を射し貫かれて命を落としているひとびとがいることを思わずにはいられません。 |
| 2003.04.07(月)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,375日目です。 今日はとても良いお天気でした。日中の最高気温も9℃まで上がって、冬の服装で車に乗っていると暑く感じるほどでした。特に山麓の街ではそう感じました。が、油断大敵、これは春の陽差しのなせる技であって実際の気温はずうっと低く風はとても冷たいのでした。その証拠に、夕方ピラタスの丘付近に戻ってくるとフリース無しではとても耐えられないほど寒く感じるのでした。 こんなふうに山麓と山岳部では1ヶ月分以上も季節感が異なります。山麓の街といっても標高が800m近くもあるので、平野部とはさらに1ヶ月季節感が違います。まあ、だからこそ旅の醍醐味のひとつである「非日常性」を堪能できるわけです。 とはいえ4月下旬〜5月上旬の蓼科高原は日中はとても温かです、日によっては半袖にトレーナーを「ディレクター巻き」というスタイルでちょうど良いかも知れません。ただし朝晩はキーンと冷えるので、山にキャンプに行くときのように、箱根の別荘に行くときのように、その上にはおるフリースなどが必要です。これは夏の夜も同様です。湿度が30%ほどなのでとても快適で、寒いというよりは気分最高というふうに感じることでしょう。 4月下旬から6月の梅雨入り前は冠雪した山並が特に美しく、絶好のドライブシーズンです。春の花と新緑の季節ですしね。 いまや決定的に「春」です。どんなに雪が降ろうと(もう降らないと思うけど)、断じて「冬」ではありません。道路以外の部分はまだ積雪が残っていますが、どんどん雪解けが進んでいます。雪解け水が急峻な沢を下る轟音はまだ聞こえませんが、高原部の湖沼は澄み切った清冽な雪解け水を満々と湛えています、美しい山並をその水面に映しています。 |
| 2003.04.06(日)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,374日目です。 1日半降り続いた大雪は50cm〜60cmも積雪しました。この季節の雪ですから水気の多い雪ですが、結晶のしっかり空いた粉雪です。重たい雪なので日が暮れて気温が下がり、水気が飛んでしまうのを舞って除雪作業をしましたが、スキー場をクローズしてしまうのがもったいないほどの雪質です。 シベリアンハスキーのパル(愛犬)は大喜びで散歩の時など深雪の中に飛び込んでずんずん進んでいきます。ピンと立ったしっぽだけが潜望鏡みたいに見えて、なんだか面白いです。サンセットの敷地内も周辺も、一気に1ヶ月前の情景に戻ってしまいました。積雪1m以上、一面の雪景色です。唯一違うのは舗装道路だけは速やかに乾燥路面になったことです。やはり春ですね。敷地内や森の中は雪が融けにくいので、しっかりと積雪したままです。 この雪も4月末からの飛び石連休前にはすっかり融けて、湖水の周辺にはミズバショウやザセンソウ、かたくりの花が咲き、なによりも蓼科湖畔の400本の桜が満開になります。バラクライングリッシュガーデンが春の草花で輝いています。これからの数週間でそこまで激変する様は毎度のことながら愕然とするものがあります。 |
| 2003.04.05(土)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,373日目です。 昨夕から降り始めた雪は予想に反してずんずん降り積もり、いまではサンセットの庭でも積雪50cmを超えてまだ積もり続けています。雪と氷が大好きでマイナス20℃が適温だという信じられない犬種=シベリアンハスキーのパル(愛犬)は大喜びです。春のこの時期の雪ですからパウダースノーでも水気が多いいわゆる「湿雪」です。しかし気温がぐっと下がれば夜の間に水気が飛んでギュッと締まった粉雪になります。 ここのところ妙に精神的に疲れると思ったら(生業に関わる苦労は別として)、やはり「イラク戦争」が原因だったことに気づきました。悲惨な、凄惨な戦争のニュースに疲れたということだけではなく、いまこの画面に映し出された映像を遙かに凌駕する悲劇が「実際に起こっている」という事実に打ちのめされてしまうのです。「反戦」と「非戦」の違いもさだかに理解できていないぼくは、この状況にただ打ちのめされてしまうばかりです。はっきりしていることは「正しい戦争」というものは無い」ということだけです。そして悲しいことですが、この世界に光のある限りわれわれが自分の影を消し去ることができないように、人間が存在する限り戦争や闘争は無くならないというのが実際的な真理でしょう。 矛盾することをいうようですが、だからこそ、もし全人類が「戦争よ消え失せよ!」と祈るならば、あるいはそのように心から願うならば、きっと戦争はその瞬間にこの世界から消滅するのだと思います。神の名において行われる戦争ほど欺瞞に満ちた醜悪なものはありません。戦争の大義名分に神を利用するほどの「罪」があるでしょうか。「聖戦」など無いのです。戦争を始めるのはいつも人間であって神ではないのだから。戦争や殺戮を正義とみなす神はもはや神の名に値しない。だいいち戦争当事者の双方が異なった神の支持を受けているとするならば、絶対にして唯一無二という神の概念に反するではないか。そう、そもそも「神」とはわれわれが自らの苦痛を測るための「概念」なのだ、かつてジョン・レノンが歌ったように。 "God is a concept by which we measure our pain." |
| 2003.04.04(金)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,372日目です。 いつも行くショッピングセンターのBGMで EGO-WRAPPIN’ の「くちばしにチェリー」がかかっているのに気づいて、ぼくは動揺した。正確に言えばこの曲にいまだに激しく魂を揺さぶられる自分に気づいて眩暈(めまい)のようなものを感じた。この曲は「私立探偵・濱マイク」のTV版のテーマソングだ。あの「TV映画」の世界はぼくにとってたとえようも無く心地よい憧憬を抱かせる。 この1年ほどしだいに感動しなくなってきている自分に戸惑いを感じていた。何を見ても何を聴いてもどんな出来事に出会っても感動と呼べるレベルにまで魂が高揚しないのだ。これはショックだったけれどどうして良いのかわからないまま、生きている実感を失ったまま今日まで何とか過ごしてきたのだった。そして突然の感動。 それは何かの「兆し」を感じさせる。これからも生きてゆくための力の恢復(かいふく)を感じさせる。これまでの人生でぼくが失い続けてきたものをほんの少しでも取り戻すことができるような期待感。そんなものを。 帰り道、LANDROVER DISCOVERYのちょっと不機嫌なディーゼルエンジンの音に注意深く耳を傾けながら雨の中を山に向かった。ぼくの頭の中ではさっき聴いた「くちばしにチェリー」が幾重にも反響していた。標高が上るにつれてどんどん気温が下がり1600mを過ぎると雨は雪に変わった。 その雪をぼくは「美しい」と感じた。赤褐色に芽吹いた針葉樹の新緑の始まりを嬉しいと思った。林業の衰退とともに間伐せずに放置された森の荒れようにこころが痛んだ。その大きな体躯に似合わないトコトコとした歩みのパル(愛犬)の姿にこころが温かくなった。 今も雪は降り続いている。もう降らないはずの雪だったのに、ずんずん積ってもう積雪は10cmを越えた。雪の降る夜の常で、まったく音がしない。静寂というのでもなく、無音というのでもない。前にも書いたけれど、ぼくが身を置くこの小さな世界の音という音をすべて雪が吸収してしまっているのだ。それはまるで音の無い音楽を聴くような感覚だ。こればかりは実際に体験してみないことにはわからないと思う。 |
| 2003.04.03(木)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,371日目です。 たとえ日に数行の日記でも、個人的な日記帳ではなくウエブ上に公開するとなると、書いて良いこと書いてはいけないこと、書くべきでないことなどなどけっこう気を使うことになります。まあそんなことは自分のホームページを公開しているひとならば誰でも配慮していることだと思いますが、たまさかこの日記はぼくの生業(なりわい)であるペンション・サンセットのホームページの一部でもあるので、いろいろ配慮しなくちゃいけないなあという思いがことさら重くのしかかるようになってきました。 この日記を書き始めたときまず誓ったのは「毎日欠かさず書き続けること」そして「可能な限り正直であること、少なくとも誠実であること」でした。それを守ることができたかどうかは確信がありませんが、自分なりにはベストを尽くしたと断言することはできます。 はじめの頃はとにかく蓼科という素晴らしい場所を知って欲しい、蓼科のいま現在を伝えたいという思いでひたすら情報発信するというスタイルだったように感じています。しかしこの世界は刻々と変化しています。そこに含まれるぼくという人間も例外ではありません。ぼく自身もずいぶんと変わったと思います。当然書かれる内容や表現やスタンスも変わってくる。それは逆らわずに受け入れるべきことだと思っています。 その上でぼくにできることを精一杯やっていくほか無いのだといまは思っています。3月に一度「休筆宣言」したこの日記ですが、バックナンバーをご覧いただけばわかるとおり休筆中も日記自体は書き続けられ、結果として中断せずに2,371日目を迎えることができたわけです。こんな駄文でも毎日目を通して下さる方がたくさんいらっしゃることを励ましのメールをいただいて改めて知りました。そして本当に励まされました。心より感謝しています。 いろいろ考える中で発見したことは、ぼくは誰よりも自分のためにこの日記を書き続けるべきであるということ、そしてそれを望んでいるということでした。この日記はぼく自身のために今後も書き続けられることになるでしょう。ここ(=蓼科)がそうであるのと同様にこの日記もまた「ぼく自身の居場所」だからです。あらためて、今後ともよろしくお願い申し上げます。 |
| 2003.04.02(水)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,370日目です。 ぼくのサンセットは朝から雲の中にはいっています。雨雲の中で降る雨は、山登りをするひとにはわかると思うけれど、奇妙な降り方をします。だって雨雲が頭上にあってそこから雨が降ってくるというわかりやすい降り方ではなくて、自分が雨雲の中にいるためにどこから雨が降ってくるのかがよくわからないのです。 静かな雨です。霧に煙る窓外の景色の中に動くものが増えました、そう、野鳥の姿がずいぶん多くなりました。キジバトやコマドリやシジュウカラやカケスや・・・数え始めたらきりがない。そして木々の枝には新緑が芽吹き始めています。広葉樹より早く落葉松の新緑が芽吹いていますが、まだ灰色がかった褐色です。これがもうすぐ透き通った新緑になるとその美しさはたとえようもありません。 この雨のおかげで道路の雪はすっかり融けて流されましたが、森の小径(こみち)はまだまだ1m近い雪が融けずに残っています。ピラタスの丘近くの砂防ダムもまだ大量の雪で埋まっています。スキー場にも地肌の露出はまったく見られず大量の積雪が残っています。雪質は「春スキー」コンディションですが、景色も雪景色なので強い陽差で日焼けすることを除けばとても快適です。 書きたいことはたくさんあるのですが、そしてお見せしたい写真もあるのですが、どうも筆が進みません。どうしてなのかわからないのですが、いまはそのような時期なのかも知れません。ただ、モーレツに写真が撮りたいという思いに駆られています。それはじつに数ヶ月ぶりのことです。久しぶりに愛用のデジタルカメラを手にしたのはよいのですが、操作方法がわからなくなっていたりしてちょっと驚きました。こんなに長い間カメラを手にしなかったのは初めてのことです。 ぼくにとって写真を撮るということは、自分の心に映った情景を写し取るという行為なので、ちょっとややこしいのです。それはこの日記を書くという行為もまた同様なのですけれど。 |
| 2003.04.01(火)------------ この日記を書きはじめてから今日で2,369日目です。 じつに暖かくなりました。日中は館内の暖房を止めても居室はホットカーペットだけで充分以上に温かです。外は陽差しが強いのでサングラスと日焼け止めクリームは外出時の必須アイテムです。 ピラタスの丘の道路もほとんど乾燥路面になっていますが、道路脇にうずたかく積み上げられた雪の高さはまだ1mほどもあります。当然のことですが、八ヶ岳もまだ真っ白に冠雪しています。 さあ、雪解けの季節です。春です。青い空を白い雲がゆったりと流れ、森は新緑に覆われ可憐な草花が咲き乱れ、数え切れないほどの野鳥が歌いかわし、新しいいのちが大地を支配する季節。 もう雪は降らないのかも知れません。予報では明日は終日雨とのことです。春の雨降りはどことなくもの悲しくていつまで経っても馴染めません。それは都市に暮らそうと山に暮らそうと変わりないようです。 |
誰のこころにも忘れがたい想い出の風景があります。
サンセットは北八ヶ岳の標高1700mの白樺林にたたずむ雲の上のペンション。
時間が止まったような、自然と一体になった不思議なやすらぎをあなたもどうぞ。
忘れがたく美しい風景の中で静かな人生の休日、心の日曜日をお過ごし下さい。
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