- 2001年5月 -
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"It exists across the universe"
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| 2001.05.31(木)------------ 新緑と波のように谷から森へと打ち寄せる様々な雲の流れ。なんだか海沿いの入り江に立っているような錯覚に陥ります。陽射しのあるなしにかかわらず新緑が輝いています。不思議なことなのですが、本当なのです。森の彼方を流れる渓流の音を背景に様々な野鳥の声がひっきりなしに聞こえてきます。ひんやりとした風が吹き抜けます。涼しいというよりはむしろ「寒い」といった方がよいでしょう。僕は長袖のアンダーウエアの上に厚手のトレーナーを着てその上にフリースのベストを着ていますが、それで家の中ではちょうどいいです。明日から週末にかけては晴れの予報です。(午後0時) 「社会につぶされた」人間を救うことができるのは心理学ではないと体験的に確信しています。精神医学でもありません。もちろん手助けにはなりますが、本質的には本人の心が変わらなければ「そのひとの世界」は変わりません。何一つ変わりません。変わったと感じてもそれは幻にすぎません。 必要なのは実存にかかわる哲学であり形而上学的思考であり認識に関わる鍛錬です。しかし、だからといって理屈を理解する必要はありません。ものの見方(認識すること)を学ぶこと、そして自分がどのように「在る」かを認識することです。 自分を客体視することと客観視することを混同しないでください。あなたはモノではないのです。いわんや売るべき「商品」ではない。あなたは(サルトルの言葉を借りれば)「実存」する。あなたは「モノ(即時存在)」ではなく、「意識(対自存在)」なのです。 あなたが「モノ」でないのと同様に「他者」もまた「モノ」ではありません。だから「あなた」と「他者」とは等価です。だからこそ殺人者は自分の命をもって罪を贖(あがな)わなければなりません。それが命の大切さを知らしめる唯一の現実的システムです。 |
| 2001.05.30(水)------------ 曇っています。予報では今夜は雨になり、その後週末は晴れそうです。気温は平年並に下がってきています。今日の最高気温は20℃以下だと思います。透き通るような新緑がきらきらと輝いています。吹き抜ける風がひんやりと心地よい季節です。(午後0時) 午後から雨が降り出しました。雨と同時に友人のウォン・ウィン・ツァンさんからニューアルバム「WIM2」が届きました。ご多忙の中、わざわざ贈ってくださったのです。感謝。 早速聴かせていただきました。前作の「WIM」もすばらしいアルバムでしたが、今度のアルバムはそれをうわまわる安らぎと奥深い精神性に充ち満ちています。 前作が20余年ぶりの再会を素直に喜ぶ歓談そして深い語らいへと曲想が深まっていくような印象だったのに対して、今回の作品はトリオの各人が没交渉だった年月にそれそれに経験し育んできた成果を惜しげもなく(さりげなく)さらけだして結実させている、そんな印象です。ふつうに言ってしまえばこれは「ジャズ・トリオ・アルバム」なのですが、実際に聴いてみればジャンルを越えた「それ以上のもの」になっています。 中学3年生の頃から新宿のジャズ・スポット「PIT INN」に入り浸っていた僕は新人の演奏時間帯であった「昼の部」で大野雄二氏やその後「大御所」となる若き日のスター・ミュージシャンの痩せさらばえた姿と溢れ迸る(ほとばしる)才能の嵐にさらされて10代の後半を過ごしました。いま思えば当時「江夏健二」の名で活動していたウォンさんの演奏を目の当たりにしていたのかもしれません。ウォンさんと友人になる遙か以前のことです。もしそうだとしたら何という僥倖(ぎょうこう)なのでしょう。 音楽的なことは音楽評論家の中川ヨウさんのすばらしいライナーノーツに譲るとして、このアルバムにただ身をあずけているだけで心が優しいオーラに包まれていく体験を是非みなさんにも味わっていただきたいと思います。 このアルバムはウォンさんのサイトで試聴できます。中川ヨウさんのサイトへのリンクもありますしCDの購入もできます。余談ですが、サンセットへのリンクもあります。(^^ゞ ウォンさんのサイトは: http://www.satowa-music.com/ です。 サンセットのラウンジでかかっている音楽はすべてウォンさんのものですので、知らないうちにすでにたっぷりと聴き込まれているお客様も多いことと思いますよ。(午後10時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.29(火)------------ 今日は涼しいです。といってもそれは晴れたり曇ったりで日照が比較的少ないからで、日向で活動すると暑く感じるかもしれません。しかし気温自体は10℃台ですから木陰ではトレーナーなしでは寒くて風邪を引きます。平野部からいらっしゃると涼しいというよりは「寒い」と感じるかもしれません。じっさいにトレーナーを着ても寒いとおっしゃるお客様も多いです。やはり身体が平野部の「暑さ」に慣れてしまっているからでしょうか。寒がりさんはフリースをお持ちいただいた方がいいと思います。朝夕は7月まで(時には8月でも)暖房が必要な気候ですので・・・。サンセットの年間最高気温は23℃という信じられない涼しさです。(午前11時) 今日は長袖の薄手のアンダーシャツに厚手のヘヴィー・フランネル・シャツで過ごしましたが、ちょうど良い季候でした。夕方白樺湖の方角から激しい雷鳴がとどろきましたが、夕立にはならず、雨も雹(ひょう)も降りませんでした。いまは上弦に近い月が明るく地表を照らしています。サンセットの庭も様々な花が咲き始めて、彩り豊かになってきました。(午後11時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.28(月)------------ 今朝は最低気温4℃の冷え込みでしたが、調べてみたらこれが平年並なのでした。これまでが暖かすぎたのですね。 さて、今日はうってかわってまばゆいばかりの朝日で目覚めました。昨朝よりさらに鬱蒼としたピラタスの森が新緑に輝いています。この勢いはすさまじいばかりで圧倒されてしまいます。GWの大雪で折れ曲がってしまった白樺も新緑に覆われています。真っ白なこの季節の陽光に雨上がりの森がきらきらと輝いています。 キセキレイがサンセットの庭にもやってきました。森からはかしましいばかりのウグイス、ホトトギス、カッコウの声。キツツキ(アカゲラ、コゲラ)のペッキングの音、カケスの美しい羽と不似合いなギャーギャーという鳴き声も。 そんなピラタスの丘の情景も、それを見ようとしない人や、そんなものには興味のない人や、心配事でそれどころではない人には残念ながら見えないし聞こえないのです。もちろん僕にだってそういう時やそういう時期がありましたし、これからだってあると思います。心に映らないものを人は見ることはできません。心に届かない音楽は聴くことができません。(午前9時) 最高気温のわりにとても暑く感じました。風はとても冷たくて半袖では凍えてしまいそうなのに、陽射しはまるで真夏のように熱い。真っ白な強烈な光線が容赦なく降り注ぎます。そのエネルギーをすべて受け止めて草木はぐんぐん成長しています。ピラタスの丘も初夏らしくなってきました。(午後11時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.27(日)------------ 蓼科高原日記に書かれていることは事実でありそれは同時にまた創作でもあります。 というのは、僕という人間の五感(フィルター)を通して語られているという限りにおいてはその事実について語る作法は「創作的」であらざるを得ないからです。しかし僕は実際に自分の周囲に展開する世界について、現実にそこに身を置くものとしての視点で語っています。 もちろん自分の感動を伝えるために効果的と考えられる場合は、演出としてそこに一つの世界なりストーリーを創作して挿入するケースはありますが、しかしそれもまた睡眠と覚醒との狭間で実際に僕が見た夢であったりするのです。 たとえば、5月23日(水)の日記の冒頭のこびと達の話は、雨音を聞きながら僕の心をよぎっていったファンタジックな情景を文章にしたものです。 僕は当初から自分の内なる世界、自分の内なる蓼科を語ってきました。それが自分にとってもっとも自然な行為だったからです。しかし語るべき対象はいつも僕の目の前に現実に存在しています。 風景というものはあるいは情景というものは実は人の心の中にあるものだと僕は思います。少なくとも、眼前に展開するこの風景は(厳密にいえば)それを見る人の心の中に構成され映し出されたものだと考えています。そうした意味においてひとは全く同一の風景を共有することはできません。少なくとも心的経験としての限りにおいては。 それでいいのです。それが自然で当たり前のことなのです。あなたのよく知っているこの世界は「あなたの世界」です。あなたが自分の体験と学習から構築したかけがえのない「あなただけの世界」なのです。たとえあなたが幸福であろうとも、あるいは不幸であろうとも・・・。 ですから僕にとってこのように美しい蓼科も、あるひとにとっては何の感動もないただの山あるいは森にすぎないかもしれません。でも、それはそれでいいのです。仕方のないことなのです。 ですから、どうかご自分の心に映し出される風景、心の中に聴く音楽を大切になさってください。それがあなたの「リアリティ」、あなたという人間がこの世に存在する証(あかし)に他ならないのですから。 これからも、僕は僕の歌を歌い続けます。"I sing the soul plastic." もしよろしければ、今後ともおつきあいのほどよろしくお願いいたします。(^^)/ →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.26(土)------------ 晴れています。現在気温は20℃、最高気温は23℃以下となるでしょう。大気中の水蒸気が多く眼前の蓼科山には霞がかかっています。この季節、サンセットから望む中央アルプスと霧ヶ峰との間の雲海は、夜明け直後にもっとも発達して文字通り「大海原」のような姿を見せてくれます。その情景は何度見ても感動的です。八ヶ岳越しに射し込むオレンジ色の朝日も、それによって引き起こされる朝焼けもそれは見事なものです。(午後0時) 気持ちのよい風が吹いています。ひんやりとしていて柔らかい初夏の高原の風です。現在気温17℃、最高気温は23℃でした。すっかり新緑に覆われたピラタスの丘に吹くこの風は僕が幸せを感じる風物詩のひとつです。まるで風が、大気が身体の中を吹く抜けてゆくようです。路肩にはたくさんのタンポポが、庭にはチューリップやクロッカスやアイリスやマーガレットが芽吹き始めています。ニッコウキスゲやスズランも順調に生長しています。芝桜がとてもきれいです。(午後6時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.25(金)------------ 昨夜半からすっかり晴れ渡って満天の星を望むことができました。新月を過ぎたばかりということもあって、くっきりとした星空になりました。星を見るなら新月前後3日間くらいがベストです。ラウンジから外を見やると大きなグラスエリアいっぱいに陽光に煌(きら)めく新緑が広がっています。昨夜までの雨が急流を下る轟音が森の彼方から聞こえます。未明から数え切れないほどの野鳥がそれぞれに美しい歌を歌う生命力に満ちたすばらしい世界。まさにこの世の楽園を思わせる僕がもっとも力づけられる新緑の季節です。この季節は夜明け時のテラスと昼下がりの木陰が特等席。是非みなさんにも体験してほしいです。(午前11時) 夕暮れ時もまた野鳥達の恋の歌のもう一つのピークです。ウグイスの声がもっとも目立ちますが、一番の美声の持ち主でありしかも優れた歌い手なのは実はホトトギスなのだと僕は確信しています。今日は一日すばらしいお天気でした、そしてどんな夕暮れの風景を見ることができるのでしょうか。(午後5時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.24(木)------------ 2日連続の雨は久しぶりのことです。森や草花にとっては文字通り恵みの雨です。ピラタスの丘はものすごい勢いで緑に覆われつつあります。都市の雨とは異なって透明な清冽な雨です。頭上にどんよりとした雨雲もありません。 今週末は「晴れ」の予報がでています。(午前10時) 雪の降る夜は本当に静かですが、雨の降る日もまた別の意味で静けさに満ちています。新緑で鬱蒼(うっそう)としてきたピラタスの森の彼方から、雨水が渓流を流れ落ちるごうごうという音が聞こえます。今日の午後はたまってしまったデスクワークをラウンジの吹き抜けの大テーブルで処理していたのですが、やはりサンセットの中で最高の場所です。ふと目を上げて窓外を見れば新緑の白樺の大木(サンセットのシンボルツリー)がゆったりと風に揺れています。その向こう八子ヶ峰との間の谷は生まれたての雲に満たされて雲海になっています。 次回メインマシンを入れ替えるときには是が非でもPower Bookにして、ここですべての仕事をこなしたいものだとしみじみと思ったのですが、そのころには技術革新によってどのように変わってしまっているのでしょうか。(午後7時) Graphic Accelarator(Video Card)をオリジナルのATI RAGE 128 PRO/16MBからImagine Number Nine Revolution IV/32MBに再度交換しました。 Number Nine Visual Technology Corporationはすでに業務停止してしまったベンダーなのでドライバがMac OS 9.1に対応しているか心配だったのっですが、もともと製造はFORMACが行っていたためPROFORMANCE 3のドライバがそのまま流用できました。やはりすごい、名器といわれるだけのことはあります。テキストの鮮明さが断然違いますしスクロールの速さも断然違います。グラフィックの描画速度も速いし再描画も速く、なんと言っても色彩の発色の良さ瑞々しさは特筆ものです。 僕はゲームはいっさいやらないので2D性能が大切で、3D性能にはこだわりませんから大満足です。一度でいいからこのカード専用とも言えるSilicon GraphicsのSGI 1600SWの17インチ液晶画面での描画を見てみたいものです。かつて40万円以上したものが21.8万円で限定販売されていますが5月30日までの期間限定とか。ううう、しかし先立つものが・・・第一その価格で新型iBookが買えちゃうんだから、ちょっと考え込んでしまいます。(^_^;) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.23(水)------------ ことことこっとんことことこっとん。夢の中でこびと達が大きな木製の機械でかいがいしく織物をしています。ことことこっとんことことこっとん。機織り(はたおり)工場の外では初夏の風に木々の葉がさわさわと涼(すず)やかな音を立てています。ことことこっとんことことこっとん。こびと達は楽しげで疲れを知りません。かれらにとって機織りは労働ではないんだ、きっと。いや、労働なのかもしれないけれど、それは苦痛ではなく楽しいことなのだろう・・・。 目覚めると瑞々(みずみず)しい雨の朝でした。高原の雨はきれいな雨です。雨後には洗車したみたいにクルマがきれいになってしまうほど。眼前の谷間を真っ白な綿のような雲が満たして、やがてそれは蓼科山、北八ヶ岳を駆け上がってゆきます。墨絵のような、山水画のような情景。雨の日もまた美しい蓼科です。(午前11時) 窓を開けるとひんやり冷たい風が新鮮です。きょうの最高気温は14℃、それでもTシャツにトレーナーでちょうどいい感じです。じめじめしていなくって、とてもさわやかな明るい初夏の雨です。森も地表も日に日に緑に覆われてその勢いにはただならぬ迫力があります。(午後1時半) 今週末は「晴れ」の予報がでています。 →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.22(火)------------ 天気概況通り曇り空です。中央アルプス方面から続々と雲がやってきています。雲の位置はまだ高いのでサンセットのある標高1700mはまだ雲の中に入っていません。時折ぽつりぽつりと雨滴が落ちてきます。今日の午後から明日未明にかけては雨になりそうですがその後天候は回復してくるのではないでしょうか。 森からはたくさんのウグイスたちの歌声が美しく響いています。いつもより半月遅い大合唱です。僕が大好きなホトトギスの歌声も聞くことができて、とても幸せな気分です。今日は気温が上がりそうもなく(全国的にそのようですが)最高気温はおそらく15℃以下だと思います。いずれにしてもとてもさわやかな季節です。(午前11時半) 夕方から雨になりましたがまだ本降りではありません。予報では明日は少なくとも午前中いっぱいは雨とのことです。ま、明日のことは明日にならないとわからないのだけれど・・・。昨日は見かけなかった花が突然庭に咲いていて驚かされます。ピラタスの森も劇的に新緑に覆われ始めています。高山植物も高原の草花も含めてここには雑草はない、というのが僕の認識なのですが、スギナだけはしっかり処置しないとほかの草花が養分を奪われてしまうのでがんばって駆除(?)しなければなりません。ほかの草花と共存できるといいのだけれど。それとカラマツの幼木には要注意、文字通り雑草のように際限なく生えてくるいわば「雑木」です。嘘のような本当の話。(午後8時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.21(月)------------ さわやかな朝です。未明にホトトギスの美しい歌声で目が覚めました。その声を聞きながら眠るのは至上の喜びです。朝からとても暖かいです。8月みたいな気候です。今年はなんだか変ですね、これでいいんでしょうか?異常気象ということでなければよいのですが・・・。 シベリアンハスキーのパルは今年の秋に7歳になる大切な家族の一員です。今年は最低気温がまだ低いので未だに冬毛のままなので、日中は耐え難いほど暑いようでちょっとかわいそうです。それでもこれまで病気一つしたことがない親孝行(?)者です。彼は我が家の元気のもとです。(^^) サンセットの庭の芝桜がとてもきれいに咲きました。(午前10時) 今日も暑い(?)一日になりました。ピラタスの丘でも21℃まで気温が上がりましたが、陽光が強烈で体感的にはもっと高温に感じました。それでも窓を閉めても館内は涼しかったので、やはり陽射しが「熱い」ということのようです。(午後8時) それにしても殺人が日常化したいやな時代になりました。その背景には「命の大切さの理解不足」なんて馬鹿げた論理では対処しようもない存在論的転換があるように思われます。そんなことしか言えない教育機関はすでに機能していません。 ひとことでいえばごくふつうの大人や子供の中で「人間のモノ(即自存在)化」が進んでいるあるいは完了してしまったということかもしれません。人間もあなたの目の前に置かれたコップも同じようなものだという感覚です。殺人者の認識ではコップをたたき壊すのも人間を壊す(殺す)のも同じことなのではないでしょうか?今や人間も「モノ」の一種にすぎないのです。かけがえのない特別な唯一無二の存在などではないのです。少なくとも星の数ほどいる殺人者および殺人者予備軍にとっては・・・。 「人の命を奪えば自分も命を失うのだ」という「ルール」を徹底するほかないのでは、なんて考えちゃいます。それこそが「他者の命の大切さ」ということの本当の意味です。それに対して、現実にはもうあきれかえるほど罪が軽い。現実社会よりもゲームの世界のルールの方が厳格なんじゃないでしょうか? ゲームの世界では3人殺さなければ死刑判決がでないなんて馬鹿げた「ガイドライン」は無いし、(反省したふりをすれば罪が軽くなる)情状酌量や(気がふれたふりをすれば罪を問われない)精神鑑定や(超お得な特典満載の殺人許可証なみの)少年法なんてないしね。殺人犯罪がゲームだなんてうそぶく輩(やから)にはゲームのルールできっちり片をつけてやるのが筋というものです。彼らはそもそも人間として現実に存在していない「仮想人間」なのですから。 →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.20(日)------------ 今朝もいい天気ですねえ!本当に好天が続いています。北海道の帯広でも今日は30℃を越えると予報がでていましたが、まさに真夏の気候になっているようです。ピラタスの丘ではそれでも最高気温は軽井沢よりも5℃低いのです。今日の最高気温はおそらく23℃〜20℃といったところでしょうか。ピラタスの丘の年間最高気温は23℃です。(午前11時) 今日は最高気温が23℃になりましたが、陽射しはそれ以上に強烈に感じられました。今夜も外気温はすでに10℃以下になっていますが、建物や地表が日中の太陽熱を蓄えているようでまだ暖房を入れずにすんでいます。これは珍しいことです。それでもあと1時間もしたら暖房を入れないとお客様が寒くお感じになると思います。(午後9時) スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」を読んでいます。村上春樹の「ノルウエイの森」の主人公が絶賛する作品だったので文庫本を購入したのですが、どうにも退屈な気がしてずうっと読みかけだったのですが、なぜか今はすっとその世界に入っていけるのです。村上春樹氏自身フィッツジェラルドの作品を好まれているようですが、氏が評価するのがよくわかるような気がします。読み返すほどに味わいがじわっと心にしみてくる作品です。 |
| 2001.05.19(土)------------ 今日もとてもよいお天気です。来週にかけて当分の間晴れの予報が続いています。今年は最高気温が高めですが、これから梅雨入り前までの新緑の季節は実は最高の蓼科を楽しめる季節です。しかし残念ながら蓼科を訪れるお客様がもっとも少ない季節なのです。あ〜もったいない!(T.T) 昨日の今日なのでまだATOK14に慣れていないので時々マニュアルを参照しながら使っています。う〜むすごい、ここまで一気にタイプして一括変換しても誤変換がゼロだ。ふと思ったのだけれど、いまや作家もパソコンを使って小説を書く時代だから少なからず使用しているインプットメソッドによっても使う語彙や文体にも変化がでてくるのではないか・・・と。僕自身使っているインプットメソッドによって正しく変換されやすい文を書く傾向がでてきていますから・・・。みなさんはどうでしょうか? さて、今日の名言:『いったん幻影を捨て去れば、たとえ混沌の真っ只中にあっても、すべてはおそろしくはっきりしてくる。はじめから混沌以外の何物もなかったのだ・・・事態を変えようと欲することは無駄に思えた。心を変えなければ何ひとつ変わらないのだ。』(ヘンリー・ミラー/南回帰線) 今夕はすさまじい雷鳴に見舞われました。今年初めて聞く本格的な雷鳴です。雷雲の中心は霧ヶ峰・車山〜白樺湖方面だったようですが、数キロメートルも横っ飛びして北横岳の山頂付近にも落雷していました。あわてて電話線や有線放送回線やCATV回線のコードを抜いて回ったのはいうまでもありません。近接落雷すると何もかも焼き切れてしまうのです。雷雨(夕立)は山岳部の夏の風物詩で、自分の安全が確保されていさえすればこんなにわくわくするスペクタクルショーはないのですが、外で危険に身をさらす立場だと文字通り命がけの体験になります。夕暮れ時に高山の稜線を歩いている方はいらっしゃらないとは思いましたが、やはり心配でした。(^_^;) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.18(金)------------ 蓼科山も新緑に覆われ始めました。空がとてもきれいです。温かな陽光とひんやり冷たい風が心地よく感じられます。長かった冬の記憶がしだいに薄らいでいく季節です。ビーナスラインではオープンエア・ドライビングを楽しむひとの姿が目立ち始めました。ピラタスの丘でも山桜が咲き始めました。 インプットメソッド(かな漢字変換ソフトウエア)を変えました。会社勤め時代はずうっとATOKでしたがこちらに移住してからはMacintoshになったこともあって、最初だけATOK8を使っていましたがほかのソフトウエアとのコンフリクトの関係で、EG BRIDGEをずうっと使い続けてきました。なかなかいいソフトだったのですが、最近どうも誤変換が許容範囲を超えてきたため今日から再びATOK14 FOR Mac OS 9/8.6に変えたのです。誤変換といっても僕の文体や言葉の使い方とプログラムされた推測機能とのミスマッチという感じなのすが、こんな風に毎日大量の文章を書くのでストレスは相当大きくなっちゃいます。 ここまでタイプして、いまのところ誤変換ゼロです。やっぱりたいしたものです。(^_^) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.17(木)------------ 久しぶりに0℃まで冷え込みました。これはめずらしいこと。風が強く吹いてようやく新緑を芽吹いた広葉樹の梢を大きく揺らしています。吹き抜けるときのその音はまるで金のハープのよう。朝8時の気温は何と4℃。でもさほど寒く感じません。(午前8時) 時ならぬ高熱に浮かされた頭で今日の日記を書いています。昨夜から急に発熱したのですが、それはおそらく陽射しの「暑さ」と風の冷たさのアンバランスに体温調整がついていかなかったせいではないかと思います。風邪を引いたのでもないようなので。 そんな状態ですが、ようやく僕は長い間止まっていた内的時間の時計のねじを巻き始めたところです。毎日決まった時間にきちんとねじを巻き、失われた時間を復活させなければなりません。例えばこんなふうに書くことによって・・・ 『体験という言葉の空しさ。体験とはためしえぬものだ。それは人為的に引き起こすこともできぬ。ひとはただ、それに服するのみだ。それは体験というより、むしろ忍耐だ。僕らは我慢する・・・というよりむしろ耐え忍ぶのだ。 あらゆる実際上の行為。ひとたび経験を積むと、ひとはもの識りにはならなくとも熟練するようになる。だが、一体なにに熟練するのだろう?』・・・アルベール・カミュ 僕には予定された未来もなければ築き上げられた過去もない。僕は意味もなく現在に投げ出され、ただ生きている。時間的にも空間的にも故郷を持つ者にはわからぬかもしれぬ。しかしこれが僕の強いられた生き方なのだ。 →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.16(水)------------ "Maybe I'm right. Maybe I'm wrong. But, nevertheless, I'm in love with you."・・・ニルソンがむかし歌ったジャズ・スタンダード・ナンバーだ。僕は1973年9月、大学4年生の夏の終わりに信じがたい軋轢と孤独の中でこの曲を聴いた。このころからジャズはいつも僕とともにあった。ジェダイの騎士がいつもフォースとともにあるように。 "There's no such thing as love. There's no such thing at all. There's no such thing as love. It's just a word that kids write on a wall. There's no such thing as love's old sweet song. It's only a rhyme that poets chime. And poets can be wrong."・・・これはさっきとは別の歌だけれど、そんな気分だったんだ、あのころは。そしていまもなお・・・。 1973年夏、僕と蓼科の初めての出会い。それから20年ののちに自分がこの地に終の住み処(ついのすみか)を定めるなどとは当時想像すらしなかった。思い返してみると僕はひたすら人生の流れに抗って(あらがって)生きてきたように思われる。あのときあなたの愛を受け入れることを拒んだのは僕の方だったことにいまさら気づいても遅いのだけれども。(午前11時) 毎年この時期には落葉松の幼木がまるで雑草のようににょきにょきと顔を出してきます。とても可憐なその姿は見る者にある種の感動を与えるのですが、僕は見つけるたびにその場で引き抜かなければなりません。物すごい数なのでタラノキと同様、ほおっておくと大変なことになってしまうからです。サンセットの庭は落葉松林になってしまう・・・本当です、3年もたてば1mほどの木になってしまうのですから。 今日の午後は草むしりと、ようやく咲始めた芝桜に培養土と天然液肥をあたえる仕事に忙殺されました。岩の上に積もったほんのわずかな腐葉土や岩苔のうえに咲く芝桜はそのままでは養分不足でやがて枯れてしまいます。作業が終わって見渡すと心なしが芝桜が元気を増して勢いが出てきたように感じます。たしかに愛情をもって世話をすれば植物はきちんとそれに答えてくれるようです。それは人間だって動物だって同じかもしれませんが、植物は最も率直です。(午後7時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.15(火)------------ 落葉松の新緑が目に鮮やかに映ります。朝の透明な光りにきらきらと輝いています。ノビタキの番い(つがい)がサンセットの白樺の大木にやってきてその美しい姿を存分に披露してくれています。野鳥の囀り(さえずり)がデジタル・サラウンドのように僕を包み込みます。今日もとても良いお天気です。気分最高です。(午前8時) 真夏なみの気候が続いています。それでも一日中窓を閉めていてちょうど良いのです。これは陽射しが強くて日向は「暑い」くらいだけれども断熱効果の大きいサンセットの建物の中ではじっとしていると寒いくらいだということなのですね、きっと。ラウンジの窓を全開にすると気持ち良い初夏の風が美しい野鳥の声とともに吹き抜けてゆきます。ピラタスの丘の年間最高気温の23℃が連日続いています。(午後10時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.14(月)------------ 僕のベッドから窓越しに空を見上げると、落葉松の大木が空を覆い尽くしています。枝という枝を透明な緑色の新芽(新緑)が覆い尽くして、きらきらと朝日に輝いています。ひとつひとつはよく見ると扇型に開いた複数の針葉なのですが、まるで小さな広葉樹の葉が一斉に広がったように見えるのが不思議です。落葉松の新緑の美しさはたとえようもないものです。意外と知られていないようだけれども。(午前11時) 庭の手入れを始めたのですが、今日はとても暑く感じました。風は冷たいのですが陽射しが初夏そのものです。暑いからといって半袖になるとこんどは寒いのです。体温調節が難しい気候です。ここから見る眼前の蓼科山・山頂の山小屋周辺の雪はすっかり融けたように見えますが大河原の雪渓はまだまだ消えていません。 最近一部の大企業の保養所やペンション等で野生のキツネやタヌキに餌付けをするひとが増えてきたという話を聞きました。それが良いことなのか悪いことなのか寡聞にして僕には何とも言えないのですが、直感的には餌付けされるキツネやタヌキにとっては決して良いことではないんじゃないかと感じます。 確かに毎晩自分のところを頼って立ち寄ってくれるのはうれしく、「かわいい」しお客様も喜ぶかもしれませんが、それでなくとも天敵のいないこの地では彼らは増えすぎている傾向があるそうですから、これ以上生態系バランスを崩す可能性のある行為は「ぐっとこらえる」必要があるのかもしれません。じゃあ野鳥やリスの餌付けは良いのか?・・・ということも問題になってきますよね。人間と自然(野生)との共存は日常の行為として(それだからこそなおいっそう)難しい問題を孕んでいます。(午後11時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.13(日)------------ 文字通り「雲ひとつ無い」快晴です。暖かな陽射しにはすでに初夏の風情があります。プランターを日向に出して(これが大きいのでかなり重い)、水をやると花弁がきらきらと輝きだしてうなだれていた花たちがすくっと背筋を伸ばすのです。それはもう劇的です。花壇に土筆がにょきにょきと顔を出してきたので草取りを急がなければなりません。大量の養分を必要とするスズランのために、土を肥やさなければなりません。そして害虫対策も・・・。忙しくなりそうです。生来ずぼらな性格なものでなかなか仕事がはかどりませんが・・・。(午前10時) それにしても今日は真夏なみに暖かくなりました。最高気温は8月並みの23℃で日向では真夏の陽射し。しかし風がひんやりしていたので木陰や家の中はトレーナーを着ないと寒いくらいでした。そしていまはすでに10℃以下。満天の星空がまるで舞台の書き割りのように頭上に展開しています。山麓に買い物に行ってきたのですが、どこもかしこもこれでも不景気(?)といった感じのおおにぎわいでした。不思議な現象です。おそらく人出は多いが売り上げは低いといった状況なのかもしれないですね。(午後11時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.12(土)------------ 論理的な社会です。極めて論理実証主義的社会になりました。現代の殺人に代表される凶悪事件に共通するのは「極めて論理的であって倫理的でない」行動様式です。物取りに侵入した→家人に見つかった→顔を見られた→これでは警察に捕まってしまう→目撃者を消さなければならない→目撃者であるところの家人を殺害する→たてた仮説通り警察には捕まらなかった。ここにひとつの「学習」が成立する。極めて論理的である。実証的である。しかしそこに倫理感も想像力のかけらも無いという点において、この犯人は人間ではない。人間としての要件を満たしていない。現代の科学者や医者の中にも同じ様なひとがたくさんいるよね。リアリティが無いのだ。しかしこれを精神障害と呼ぶのは間違っている。これでもかれらは「ふつう」なのだから。 そんなこととは関係なく、今日も蓼科の空は澄み切っています。美しい水色です。工事見積依頼してから1ヶ月以上たち、その間何度も督促しているのにも関わらず未だに見積もりが出てこない長野県のビジネス以前の古代的体質に辟易している今日この頃です。こんなことやっていて「不景気」もなにもないものだ。生き残っていること自体が不条理というほか無い。(午後0時) とても暖かな日が続いていますが、それは日中だけのこと、陽が落ちると同時に山岳部は急激に気温が下がりあっという間に0℃近くなります。この寒暖差がこの季節の特徴です。 ペンションに泊まって奇麗な花の咲く庭を見ると「ここの奥さんは庭いじりが好きなんだなあ」なんて僕も昔はそう思っていたものですが、実際はオーナーが庭作りしているケースの方が圧倒的に多いのです。高原の庭作りはほとんど土木作業ですから・・・。だいいち女性は「虫が嫌い」だから・・・。もちろん立派な庭を独力で維持しているペンション・オーナー夫人もたくさんいらっしゃるのですが・・・。いずれにしても山岳部で庭をそれらしく(ペンションらしく)維持するのは至難の業ではあります。(午後6時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.11(金)------------ 東京都台東区で起こった女子短大生刺殺事件の容疑者が逮捕された。厳密に言えば彼が真犯人かどうかは今後の裁判を通じて明らかにされるわけですが、いつものパターンでマスコミは同容疑者の「生い立ち」の報道段階に入った。しかし生い立ちなんてどうでの良いのではないでしょうか?少なくとも彼の犯した「殺人」の量刑に関しては「生い立ち」は何の関係もないし、生い立ちの陳述が量刑に反映してはならないということをしっかりと認識する必要がある。そのあたりが日本の裁判のおかしなところです。生い立ちが不幸だったり反省を示しただけで刑が軽くなっちゃうんだからね。 良く判決のあとで裁判官が被告を「諭す(さとす)」ことがあるけれど、大きな勘違いだよ。裁判は審判であって、説教ではないのだ。それって裁判官がいい気分になるだけのことじゃないのか。勘違いしてもらっては困る。 生い立ちが不幸だからといってリストラを猶予される会社がありますか?生い立ちが不幸だからといって仕事上の致命的失敗が許されますか?いわんやこれは何の落ち度も罪もない若い女性をいきなりめった刺しにして殺害した凶悪事件なのです。われわれはそこのところをしっかりと再確認し、情に流されることなく徹頭徹尾「論理的」に事実を検証しこの事件をとらえていかなければなりません。そうすることがこのような悲惨で不条理な事件を抑止することになるのだと僕は確信しています。 現代の犯罪の多くは「動機」なんてないのだ。あるのは「衝動」だけ。そんなことは誰でも感じているはず。それなのに未だに「動機を解明」なんて言っているようじゃ、こうした凶悪犯罪はますます増えるでしょう。一刻も早く行動科学的な「プロファイリング」に移行すべきです。 例えばサメがひとを襲うのに「動機」なんて無いしそれを「解明」したところで何の役にも立たないでしょう?「動機」を解明したらサメはひとを襲うのを止めるのでしょうか?大切なのはサメの習性、行動パターンを知ることですよね。同様に現代の殺人者は「人間」というよりは人間の形をした「殺人システム」と考えたほうが良いように思われませんか? そして何よりも肝心なポイントは人間の心に刻み込まれた「システム」というものは諭そうが再教育しようが監獄に入れようが「更生」しないという事実です。性善説にもとづく動機主義的更生第一主義の現在の刑法のシステムははたして機能しているのでしょうか?機能し続けることができるのでしょうか?刑期を終えて更生したはずの人間が釈放と同時に「お礼参り殺人」を犯す時代です。このままでは反対に被害者側の「報復・復讐殺人」が実行される日もそう遠くない将来に日常化すると予言(?)しておきましょうか。犯人のプライバシーや出所日・出所場所を特定することなど現代社会においては容易いことだからです。復讐はいつでも実行可能です。 そんな社会にならないようにするためには、国家が刑法体系を真剣に被害者本位のものに改めるアクションを早急にお越すしかありません。(午後0時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.10(木)------------ 今日は曇り空、でも週末は好天に恵まれそうです。ピラタスの森は日増しに野鳥達の合唱がかしましく、その声で目覚めるという至福の朝が続いています。蓼科湖の桜は今週末が見納めになりそうですが、すぐ上のプール平ではちょうど見ごろになりそうです。バラクライングリッシュガーデンは春の草花で華やいでいます。高原の花の季節はもう始まっています。(午後0時) 外はすでに寒いです。Tシャツの上に厚手のワークシャツを着ただけではちょっと耐えきれない寒さがあります。中央アルプスの残照が奇麗です。森の奥からウグイスの声が聞えてきます。空にはまだ青さが残っていて白い雲が過ってゆきます。ゆったりとした風が吹き抜けてゆきます。いつも変わらぬ静かな夕暮れです。(午後7時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.09(水)------------ 朝窓を開けると、ヘッドフォーンを付けたみたいに急激に鳥達の歌声がボリュームアップします。あまりにも山らしくて嘘みたい。これってヒーリング系のCDじゃないよね、本物だよねって。もちろん本物です。野鳥の恋の歌がデジタル・サラウンド・クオリティで聞えます。すごいすごい。これは実は本当にすごいこと。僕が大好きなホトトギスの美声が聞えます。ほんとうに聞きほれちゃう。とっても幸せな気分です。(午前11時) 久しく忘れていた静かな夕暮れの季節が始まりました。静かといっても何の音もしないというのではなく、森からはただ1羽のホトトギスの美しい歌声が聞えてきます。他の鳥はすでに夕方の合唱を終えています。日が沈み夕闇が迫り夜の帳が降りきるまで彼は毎日歌い続けます。遠くに目を移せば遥か中央アルプスの稜線にかかる雲間から残照が最後のきらめきを送ってきます。空や山々を「見上げる」のでなく、夕陽や雲や山々を「水平な視線」で眺めるこの生活は初めての方にはちょっと戸惑うかもしれません。(午後8時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.08(火)------------ 鳥達の歌声で目覚めます。ウグイス、カッコウ、ノビタキ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、コガラ、キビタキ・・・。番い(つがい)の季節の恋の歌が森に響き渡ります。午前7時の心地よい風に新緑の季節を実感します。やがて霧が出て・・・つまりサンセットは雲の中に入って、雨がぱらつき始めました。いまは降ったり止んだりを繰り返しています。 八子ケ峰との間の谷を絹のように滑らかな白い雲が満たして、その向こうに蓼科山が黒いシルエットとなって見え隠れしています。静かな静かな森。山暮らしの至福のひとときです。(午前9時) 一時曇り空に戻っていたのですが、午後3時頃から再び雨がぱらつき始めました。山麓に降りると雨の気配は薄く曇り空だったのですが、帰路山に上がるに連れて本格的な雨模様に変化しました。いまサンセットは雲の中に入っています。ことことという雨音に清冽な山の気配が深まります。(午後7時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.07(月)------------ 今日もとても良いお天気です。今年は寒さのせいか鳥達の飛来が遅れましたが、ピラタスの森はいま野鳥達の恋の歌声で充ちています。ときおり吹く風がたとえようもなく心地よい季節になりました。 さて、昨日のつづき・・・:自分の命とひとの命とを秤(はかり)にかけるということなしに行われる殺人が横行しているように思われます。自分がひとを殺せば自分もまた命を失うことになる=つまり捕まって死刑になる、復しゅう者に殺される・・・という恐怖感が感じられない。そもそも命を奪うということに対する畏怖が無い。 一方で少年たちは少年法の手厚い庇護のもとしっかりとそれを計算して殺人を行っていますよね。少年法を一刻も早く廃止して、刑法上の取り扱いは成人と全く同じで取り調べに関してのみ厳格な手続きを定めた「少年取り調べ関連法」を制定すればいいじゃないですか。「えん罪防止法」も必要かもしれない。 しかし現在の少年法のように少年だから罪を免れるというのはどう考えても整合性を欠いている。何故少年には「将来」があって被害者にはそれが認められないのか?何故少年の更生の可能性のために、再犯によって罪なき人々が傷つき殺されなければならないのか? また、母親の子殺しも罪が軽すぎます。3人殺しても死刑にならないのはどういうことか?これは子供をペットの同様の所有物、もの扱いしているとしか思えない。もの扱いされた子供はひとをもの扱いする。ひとを殺すということは物を壊すのと変わらない。コップを割るのとひとを殺すのは同じこととなる。少子化対策うんぬんを言う前に、もっとやるべきことがあるのではないのか? 運良く死刑を免れて刑期を終えようとも、それは刑期を終えた人殺しということに過ぎない。人殺しは人殺しなのだ。殺人者の罪は永遠に消えることはない。殺人に寛容ないまの世の中を早急に改めなければならない。(午後0時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.06(日)------------ 怒濤の(?)「ゴールデンウイーク」(何度も言うけどやっぱり「死語」だよこれは)もいよいよ終わりです。毎年思うのですが日本の高速道路通行料金はもうちょっとなんとかならないのでしょうか。道路公団への天下り官僚を肥え太らせるために僕らは「償還が終われば無料」という女郎の証文をつかまされ続けなければならないのでしょうか。道路というものは「通行無料」というのが鉄則的大前提だと僕は思うのですが。これ一般常識的当然じゃないでしょうか? ビーナスラインは来年から全区間(だとおもいます)通行無料となります。理由は簡単で道路公団と異なって「償還が終わったから無料」ということです。 道路公団のような「プール制だから償還先送り」という論理的非常識がまかり通り甘い汁を吸い続ける輩がいなくならないかぎり、廉価で快適な国内旅行はまだまだ先のことになりそうです。 必死に合理化努力をした結果の宿泊料金が高いなどとお考えになる前に、僕らの払った税金でつくったにも関わらず、有無を言わさず宿泊料と同じかそれ以上の金額をふんだくる高速道路、有料道路通行料金に目を向け怒りを向けてほしいです。それともみなさんは強いものに対しては「おとなしい」のでしょうか?僕はそういうの嫌いだな。 一方でこの連休は日本全国で殺人事件が多発しました。いまだに「性善説」・「動機」主義を抜け出せない警察も司法も立法ももはや機能しないことを露呈しているようです。法治国家とは国家が法律によって国民を守るかわりに、自衛的武力行使を禁じている国家なのだと僕は理解しています。しかしこうなってくると全国民は殺傷能力のある自衛的武器を常時携行しなければならなくなってきたようです。自分の命は自分で守るほか無い。 まずは「過剰防衛」などというばかげた罪状を廃止して、「正当防衛」を広く認めて欲しいものです。その道のプロでも困難な「自分を殺そうする相手を傷つけない範囲で攻撃不能にする」なんてことを一般市民に要求するならばそれは「黙って殺されろ」というに等しいからです。 そしてもうひとつは「少年法」の廃止です。少年だから成年より更生する可能性が高いとか「将来がある」とか、そんなものは彼らに「殺人特権」をあたえる何の根拠にもならない。じゃあ殺されたひとの将来や夢はどうなるのでしょうか?殺されたひとの人権は何なのでしょうか?殺人少年を更生させるためにいったい何人の罪なき人々が命を奪われなければならないのでしょうか?ひとは法の下に平等なのではなかったのでしょうか?それは年齢的「差別」ではないのでしょうか? ひとを殺しても自分のいのちで贖わずに済むならば、殺人は増加し続けるでしょう。3人殺したら死刑それ以下ならせいぜい無期懲役。無期懲役と言っても「終身刑」ではないからうまくやれば7年で刑務所から出てきてしまう。おかしいとおもいませんか? それでもなお動こうとすらしない司法・立法にいらだっているのは僕ひとりなのでしょうか?ひとを殺したら死刑、ひとひとりの命は殺人者自身の命以外では贖いようが無い。殺人=死刑。そのことを徹底しないかぎり殺人は増え続けるでしょうね。これは「えん罪」を防止するシステムとはまた別の問題です。(午前10時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.05(土)------------ とても気持ちの良い朝でした。一気にたくさんの野鳥達がピラタスの丘に渡ってきたようです。その中でも目立つのは首回りに鮮やかなオレンジ色のマフラーをつけたノビタキ(オス)です。サンセットの周囲の木々やテラスにひっきりなしに遊びに来てくれます。ウグイスも鳴き始めました。カケスもたくさん飛び回り朝は遠くカッコウの声が聞こえます。落葉松の木々もうすい霞のような褐色だった新芽がしだだいに透明な新緑へと変化してきています。つい今し方つかの間「雹(ひょう)」が降りましたがいまは止んでいます。(午後3時) クルマで山麓まで走ってきましたが、帰路につくお客様の姿の方が目立ちました。今日こちらにご到着のお客様の2倍強といったところでしょうか。ビーナスラインは渋滞するほどではありませんでしたがいつも以上に車の数が多かったです。蓼科湖の桜はちょうど満開、夕暮れどきは夢のような妖艶な美しさでついついわき見運転しそうになってしまいました。桜は標高1300mのプール平付近まで咲始めていました。 今年の「ゴールデンウィーク」は・・・ってなんかすでに「死語」っぽいのだけれど、結局前半の4月28日からの3連休から5月2日までが道路事情も良くて宿も比較的好いていて廉価でものすごくお得だったと結論づけても良いと思います。特に5月1日、2日宿泊のスケジュールが最も快適かつ廉価に楽しめたと思います。往路のラッシュは5月3日でこれはいつも通りの規模の大渋滞でした。しかし帰路のラッシュは5月5日になりましたが午前中は高速道路の渋滞はどこにも発生していなくて、午後遅くから渋滞となったようです。もしお休みがとれるならばゴールデンウイーク(ほら、やっぱり死語っぽい響きだ)は前半の連休ないしは平日が行楽にはベストという法則が成立すると思います。来年のご参考まで。(午後8時) いろいろ忙しくてこの日記以外更新が滞りがちだというのに新に「オーナーの秘密(Can you keep a secret?)」なんてコラムを思いついちゃってすでに執筆をはじめている自分がばかみたい・・・。(^_^;) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.04(金)------------ これ以上は無いというほどの良いお天気になりました、快晴です。昨日は20cmもの積雪に見舞われ山岳部は曇り空のもと、冬に逆戻りしたような文字通りの「冬景色」でしたが、今朝のこの爽やかな陽射しに心が晴れ晴れとします。現在気温は4℃と平年なみに低いのですが強い陽射しにどんどん雪が融けています。雪は今日の午後には日陰を残してすっかり消えてしまうと思います。 今朝改めて(僕が大好きな)ラウンジ正面の白樺の大木を眺めると、そこには一昨日までのあの姿は無くて4本のうちの1本の上部で折れ曲がった幹とその枝ぶりが痛々しく感じられます。この白樺の木を残すためにサンセットの駐車場は計画より若干狭くなってしまったのですが、それだけの価値があったといまでも思っています。本当に美しい木なのです。4本の白樺が密に立っているように見えますが実は「1株の木」なのです。4本の幹が美しくバランスをとって天空に向ってそびえ立ち、その姿はガウディの未完の教会の塔のような「なにか」を見る者に感じさせます。奇跡が起こって折れた幹がもとどおりにならないものかと必死に祈ってはいるのですが・・・。(午前9時) ピラタスの丘の中をクルマで一巡りしてみるとおびただしい数の木々が一昨日の「重い雪」の着雪によって折れたり倒れたり傾いたりしていることがわかりました。特に白樺の木はかなり太い大きな木がぽっきりと折れたり割けたりしているのが特徴的です。枝ぶりがきれいな円すい形の針葉樹に比較的被害が無かったのは力学的に着雪に強い構造だからなのだと気づいて自然の知恵に改めて感心することしきりです。(午後3時) 午後9時頃からサンセットは雲海の中に入りました。濃密な雲の粒子がガーデンライトやサンセットの外部照明を映し出して、それはまるで大海原をゆく客船の明かりのような幻想的な光りの作品を見せてくれています。雲の粒子が様々に流れてゆく様子は実際に見た者でないと分からないほど幻想的で心魅かれる情景です。(午後9時半) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.03(木)------------ 積雪です。約15cmの積雪がありました。信じられないことですが本当です。観測史上でも極めて稀なことだと思います。これで気温がさらに上がり陽射しがあれば急速に(おそらくは明朝までには)完全に融けて消えてしまう雪です。しかし井上陽水の歌(「傘が無い」)ではないですが、問題は「いまここにある雪」をどうするかです。どんどん融けて流れ出してはいるのですが、お客様がみえるまでに何とかしなければなりません。除雪作業に入ります。おそらくビーナスラインの除雪状況は対応が早くなんとかなるとは思うのですが情報が全く入手でいないでいます。これでいったいどこがネットワーク社会だ、ITだって言いたくなりますね。(午前11時) 午後0時現在各主要幹線道路およびピラタスの丘の中の道路は除雪後雪が融けて普通タイヤで走行可能になりました。ホッと一息といったところです。 サンセットの駐車場は2cmほどの積雪が残っていますが表面下でほとんど融けていますので、そのままタイヤで踏めば下の砂利まで踏みしめることが出来ますので、滑る事無く出入りできます。このシャーベット状の雪を人力でしかもひとりで短時間に除雪することは不可能ですのでその点に付きましてはご容赦下さいませ。1400万円もする大型除雪車か大型ブルドーザーでも1時間以上かかる種類の雪ですので・・・。この雪は明日までにはすべて融けてしまうはずです。(午後1時) 夕方からまた雲の中に入りましたが、雨は降っていません。霧の粒子が結晶してぽつりぽつりと頬を打ちますがこれは雨ではありません。結局今夕までに駐車場の雪は融けきらず、シャーベット状の雪になって残りましたが、皆さん普通タイヤで大丈夫でした。明日の午前中には融けきると思われます。道路は普通タイヤで全く問題なく走行できますが深夜早朝は万一の凍結にご注意下さいませ。(午後7時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.02(水)------------ 朝からすっぽりと雲の中に入っています。視界は30mほどでしょうか、霧と雲とは明らかに違うのですが説明が難しいです。こういう情景も山岳部らしくて僕は好きです。今朝ウグイスが近くで鳴き始めました。今年は寒かったのでウグイスもホトトギスもカッコウもなかなかやって来なかったのですが、ようやく美声を聞かせてくれるようになりました。瑠璃色と白と褐色の美しいカケスの姿もよく見かけられるようになりました。サンセットの庭でもヤマガラが餌を探して飛び回っています。(午前11時) 午後から雨が降り始めました。雨雲の中で降る雨は不思議な体験です。そういえば今夕もまた鹿に合いました。まだ子鹿でしたが、ピラタスの丘の中のメインストリートに出てきていたのです。今年は鹿と良く合います。 今夜はやけに冷えると思って温度計を見ると外気温は0℃に近い。ふと見ると外は白いものが降っている・・・まさか・・・「雪」です。本物の雪です。5月に雪が降るのはいったい何年ぶりのことでしょうか。すでに2cmほど積もっています。水気の多いぼたん雪が懐かしい音をさせながら降り積もっています。この静けさこの感触、急に元気になってしまうのは何故でしょうか。 しかしこれは春の幻、文字通りの淡雪です。明日の朝日が照るのと同時に魔法のように消えてしまう雪です。(午後11時) →蓼科高原周辺観光情報 |
| 2001.05.01(火)------------ 3日前の予報とは全く異なって、素晴らしいお天気になりました。最高の行楽日和です。気温は10℃。でも陽射しが強烈でとても暖かく感じます。今日はサンセットでも20℃以上になるかもしれません。蓼科湖の桜も7分咲きですでに華やかな雰囲気の見ごろになっています。もうすぐ満開です。(午前10時) 気温はサンセットの標高(1700m)でちょうど20℃になりとても温かになりました。街に降りるときは半袖のポロシャツにウインドブレーカーでちょうど良かったです。しかし陽が落ちると同時に急激に冷え込んで今外に出るにはフリースかダウンパーカが必要です。この連休の中では明日(5/2)が一番空いていると思われますので、混雑が嫌なお客様は5月2日のご宿泊がお薦めです。また、5月5日もまだ空室がございます。(午後7時) i_modeのHPをアップしました。始めて自作したものなのでうまくブラウズできるかどうか心配です。不都合があったら是非ご一報下さいね。 URLは:http://www.p-sunset.com/i_mode/i_index.htmです。 →蓼科高原周辺観光情報 |
サンセットは標高1700mの原生林にたたずむCOOLなゲストハウス。
時間が止まったような、自然と一体になった不思議なやすらぎをあなたもどうぞ。
静かな人生の休日(スティルライフ)に浸って下さい。
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