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"There's no such thing as love."
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最終更新:2006.05.17
2000.11.10(金)------------フラグメント000001 ↑
アリスがあの奇妙なウサギと出会わなかったなら、「不思議の国のアリス」という物語は始まらなかった。そんなエアポケットのような瞬間が実際の人生にもあると僕は信じている。僕がいまここにあることの不思議に思いをはせるとき、強烈な眩暈に襲われる思いがする。
真っ赤な月が西の空に懸かっている。赤黒いその色彩は何か不吉なものを感じさせるが、同時に言い様もなく美しく幻想的でもある。標高1700mの満月の夜は妙に現実感が無い。外気温はすでに0℃に近づき、空には満天の星と流星と巨大な赤い満月。僕は暖房の効いた部屋の中でモダンジャズを聴きながらMacintoshのモニタスクリーンと、キーボードに向ってこのように語りかけている。
様々な出会いがあった。ひととの出会い、仕事との出会い、自然との出会い、師と呼べるひととの出会い。僕はそれらの出会いによって、その中でのたくさんの人との出会いや体験の中で培われ、ひとりの独立した人格として成立した。いまや僕は僕であって、それ以外の何ものでもない。それでもなお僕は僕自身を見つめるひとつの眼差しである。
人生に「もし(if)」はないけれど、もし彼女と出会わなかったなら、僕はきっといまここにはいなかっただろう。もし彼女と恋に落ちていたとしたら、そしてその恋が成就していたとしたら、いまとは全く異なったパラレルワールドに生きていたのかもしれない。宿命的な出会いとはそういうものかもしれない。彼女はいまどうしているのだろう。僕が僕であることを教えてくれた運命的な女性。
僕は僕になるために彼女と決別しなければならなかったけれど、ぼく以上に彼女を理解し愛した男性はいないだろう。鏡を境にした2つの不思議の国。その鏡を通り抜けてあちら側に行くことは当時もいまも僕にはできない。あちら側は「彼女の国」であり、こちら側が「僕の国」だからだ。
あの雨の日、大学キャンパス前のバス停で彼女の真っ赤なレインコートと奇麗な白い脚に心を奪われなかったなら、そして彼女が僕にかさを差し掛けてくれなかったとしたら、僕の目をのぞき込むようにして話かける深く美しい瞳に出会わなかったなら、僕は全く違った人間になっていたかもしれない。
そのことを、僕はそろそろ小説として書き残すべきなのかもしれない。「潮時」とはこのようのなことなのかもしれない。
2001.05.16(水)------------フラグメント000002 ↑
自分の息子が当時の自分と同じ年頃になるというのは何だか奇妙な感情を呼び起こす。もちろん彼は僕ではない。僕と彼とは全く独立した存在だ。それでもなお、ある種の想いが引き継がれているような気がしてならない。それこそが遺伝子本来の意味なのかもしれない。彼がやがてあの時の僕と同じ様な出会いを経験するとしたら、それは決して偶然のなせる技などではなく永遠に繰り返され試される必然なのかもしれない。
ふと気づくと僕はすでに50歳を目の前にしていた。僕の時計はあのときのまま二十歳(はたち)になったばかりのあの時以来1秒たりとも時を刻んでこなかったのかもしれない。彼女と出会ったあの瞬間、僕の「時」は静止してしまったのだ。それはその瞬間を永遠に凍結してわが物にしておきたいという尋常ならざる想いから起こったことかもしれない。だから僕は自分の外を流れる物理的あるいは客観的ともいうべき時間と、内なる精神世界時間というふたつの時間を生きることとなった。
外的時間において僕はしごくまっとうに歳をとっていたようだが、内的時間世界においては完璧に「あの時の僕」を凍結していた。だから僕は自分の年齢や歳をとるということからほとんど自由でいられたのだ。しかし、外的時間は「ひとは確実に年齢を重ね老いてゆく」という真実を僕に突き付けた。それがこの冬の出来事だった。
2001.10.28(日)------------フラグメント000003 ↑
30年の歳月を経て僕はようやく彼女のことを書き残すことを決意した。確証はないのだけれど、いまなら書くことができそうな気がするのだ。一定の時間と距離を経て初めてその全体像が見えてくるということがある。そして僕にとってものを書くということは、自分の中でさまざまな出来事や物事を順序立てて理解する際の最良の手順なのだ。
しかし問題はある。あまりにも詳細な地図が詳細なるがゆえに時としてほとんど役に立たないのと同様に、あまりにも鮮明な記憶というものはそれを実体としてひとに指し示すにはほとんど役に立たない。僕の彼女についての記憶はちょうどそのようなものだ。
僕は思い出すことができる。はっきりと思い出すことができる。しかし、その記憶は「彼女について」の閃光のような断片化された記憶でしかない。フラッシュバックの連続する記録映画を想像してみて欲しい。大切な「彼女」の記憶の核心部分はどこにいってしまったのだろう。季節は明らかだし時間もはっきりしている、場所も背景も鮮明だ。それは記憶としては完璧に近いものだ。しかしそこには誰も登場しない。誰もいない。彼女も、友人達もそして僕さえも。
旧いビデオテープを巻き戻すみたいに、僕は記憶をさかのぼってはプレイバックしてみる。やはり誰もいない。鮮明に記録されその映像と音声を何度も反芻させてくれていたはずなのに。僕は記憶の迷宮に足を踏み入れてしまったのだろうか。
「##君なに考え込んでいるの?」彼女は言った。
僕らは大学のキャンパス近くのコーヒー店にいた。テーブル越しに彼女は僕の目をのぞき込んでいた。
「目の焦点が合っていないわよ、大丈夫なの?」
「うん、あ、いや、大丈夫?・・・ちょっと考え事。」と僕。
外は雨だった。もう日が暮れたあとだったので外は暗かった。店のガラス窓に映る自分の姿を確認する。そこには「彼女」とまだ20歳になったばかりの僕がいた。そんなふうにして僕は再び20歳の年を繰り返すことになった。
2001.11.30(金)------------フラグメント000004 ↑
ひとは時に全くなる絶望の淵に立たされることがある。誰でも同じだ。希望の光もなく、導きの灯台も見いだせず、ただ暗黒の世界のただ中にひとり取り残される。出口のないトンネルが延々と続くように思われる。そしてそれは決して思い違いなどではなく紛れもない「事実」なのだ。絶望するのは簡単だ、その状況に身を任せてしまえばいい。
20歳の僕はまさにそのような心象風景の中で何とか命を繋いでいた。具体的な脅威があったわけではない、手に余る問題に巻き込まれていたわけでも無い、抜き差しならぬ経済的危機に見舞われていたわけでもない。周囲から見ればむしろ順風満帆に見えたかも知れない。しかし僕はたったひとりで絶望の深海に沈んでいた、「彼女」に出会うその瞬間までは。
全てが無意味に思えた。なにもかもが茶番みたいに感じられ、そして致命的な徒労感に苛(さいな)まれていた。それは夕暮れ時「幻の門」を通ると、きまって心が疼くような沈丁花の薫りに心を揺さぶられる、そんな1972年の春のことだ。
2001.12.05(水)------------フラグメント000005 ↑
ひとは愛無しでは生きていけない。少なくとも人間らしくは生きてゆけないのかも知れない。愛するとは愛されたいと願うことでもあるからだ。愛することと愛されたいと願うこととはひとつのものだ。しかしそれは往々にして満たされることのない願望でもある。僕はもうこれ以上嫉妬に苦しむのはたくさんだと思い始めていた。嫉妬に苦しみそのように嫉妬する自分を見ることにまた苦しんだ。こんなものが青春ならば、こんなものが恋ならば早く歳をとって愛だの恋だのというものとは無縁の世界に一刻も早く到達したいとすら考えた。
彼女は聡明で美しく愛らしかった。彼女がいるだけでその場所が天からの一筋の光明で照らし出されたように光り輝いた。彼女のそばにいるだけでみんなとても幸せそうに見えた。彼女と出会い、そして友人とも恋人とも言える奇妙な関係になったあとでさえ、僕はそんな彼女を遠くから見つめることしかできなかった。そんな彼女がどうして僕のような男の子を彼女の核心に最も近い場所に招き入れることにしたのか、いまでも謎のままだ。
僕は聡明な彼女に嫉妬した。彼女の聡明さにではなく、誰にでも公平にその輝きを与える彼女に激しく嫉妬した。その輝きを僕だけを照らすために使って欲しかったのだ。しかし僕は彼女の前では紳士でなければならないと固く決意していた。それが当時の僕が持ち得る唯一のプライドだったから。
いまだからこそわかるのだけれど、それこそが僕の犯した最大の過ちだった。
2001.12.08(土)------------フラグメント000006 ↑
20歳といえば男はまだまだヒヨッコだけれど、女性は心身共にすでに成熟した年齢であることを当時の僕は理解していなかった。まるで高校時代の同級生の女の子と接するように僕は振る舞っていたのかも知れない。もちろんそれなりに大人ぶってはいたけれどヒヨコはしょせんヒヨコだ。僕がそれを学ぶことができたのは実社会の荒波にもまれるようになってからのことだった。どうしてだろう、どうして男は身体の成熟と精神の成熟とをシンクロナイズさせることが困難なのだろう。
女性のことは女性から学ぶしかない。しかし現代とは異なって僕らの時代は良くも悪しくも性的には大いに抑圧されていたのだ。精神的にも、肉体的にも。精神性を尊ぶあまり肉欲は弾劾され、行き場のない健康な性欲を抱えて変革の時代を僕らは彷徨っていた。そう、とても倫理的な時代だったのだ。セックスするにも倫理的妥当性が問題だったのだ。もちろんそんなこととは関係なく、おおらかに楽しむ人間たちは存在した。学生の身分ですら・・・。
しかし僕は前者の世界に完全に取り込まれていた。僕はある種の神学生みたいなものだった。精神の牢獄にとらわれ、倫理のくびきにがんじがらめにされていたのだ。彼女が「それ」を求めていることがわかっていても、僕が「それ」に身を任せることが困難だった事情は、いまとなってはそんな風に思われるのだ。そのことがどれほど彼女を困惑させ傷つけることになっていたか、当時の僕には想像すら付かなかった。しかもそのことによって僕自身も信じられないほど深く傷ついていたのだから、全く笑い話にもならない。
しかし驚くべきことは、彼女はそんな僕を非難したり嫌うどころか、それを理解し共に歩んでくれたという事実だ。彼女は一歩一歩僕を精神の牢獄から連れ出す手助けをしてくれたのだ。
2001.12.13(木)------------フラグメント000007 ↑
思春期から青年期には誰もがそうであるように、僕も「自分をわかってもらいたい」という渇望にも似た欲求に苦しんだ。周囲の人々に特に自分が愛する人々に自分という存在を理解して欲しかった。しかしそれはしょせんかかなわぬ欲求なのだ。少なくとも誰かが誰かを完璧に理解するなんてことは不可能なのだと思う。
でも僕はそのことを認めたくなかった。しかしいまだからこそ断言できるのだ。当時最も僕を理解していなかったのは僕自身であり、最も僕を理解していたのは「彼女」だった、と。人生においては時としてその様な不可思議なことが起こるものなのだ。
彼女は僕が知らない僕を教えてくれた。僕の隠された美点や、許し難い欠点や、愛すべき点を、その全てを包容した上で僕に指し示してくれた。言葉ではなく、僕と話しているときのちょっとした仕草や、相づちのうちかたや、僕の目をのぞき込む美しく澄んだまなざしによって・・・。僕が彼女を抱きしめるとき、じつは彼女が僕を抱擁してくれていたのだった。
いま僕はジョン・レノンと小野ヨーコの関係を思い浮かべてしまうのだけれど、それとはまた異質の何かが僕らの関係にはあった。彼らの場合とは少しだけ異なっている。時に彼女はひとりの若い娘として寄る辺なく僕を頼り、在るがままの自分をさらけ出したかと思うと、次の瞬間にはいつもの美しく聡明な成熟した女性に戻った。
2001.12.14(金)------------フラグメント000008 ↑
少しずつ書きためているこの想い出が、いつかタイトルを必要とするならば僕にはただひとつしか思いつかない。
「And I Love Her(アンド・アイ・ラヴ・ハー)」
僕はこの文章を書くときほとんどの場合(なつかしい)ビートルズを聴きながら過ごしている。それは文章を書くというよりは、ある種の儀式みたいなものだ。懐かしさ、それを越えた憧憬を形にするための儀式。「彼女」を少しでも鮮明に思い出しそしてそのことを書き記すための作法のようなもの。
僕は小説家ではないしプロの物書きでもないから、このようなかたちでしか自分の想いを書き記すことができない。何の構想も技巧も持ち合わせていない。場当たり的だろうがなんだろうが、思い出すままをタイプするだけだ。断片化した記憶の回廊を歩いているような気分。だから「フラグメント」と名づけた。これは記憶の断片集・・・。
たんなる膨大なメモの山になってしまうのかも知れないけれど、それならそれでもいいと思っている。何も書き残さないよりは断然マシだから。断片化した記憶の破片をつなぎ合わせてちゃんとした形にしてくれる誰かが現れるかも知れないから。それは「記憶の考古学者」とでも呼ばれるべき人物かも知れない。この世界にはじつに多様な才能が存在するのだ。
2001.12.15(土)------------フラグメント000009 ↑
僕はこの文章が誰かに理解されることをほとんど期待していない。別に拗ねて(すねて)いるわけではない。これは僕のために想起され書き綴られる物語だからだ。そう、この世界は僕の為に存在する鏡の中の物語なのだ。僕のためだけに存在し、そこには僕のために泣いてくれる誰かがいる。僕と世界とを隔てる浸透膜のこちら側にあるもう一つの世界。こころという不可思議な薄明の世界。
僕は広大な海を思い浮かべる。現実のこの世界の海ではなく、スタニスラフ・レムの小説をアンドレイ・タルコフスキーが映画化した「惑星ソラリス」に登場する知的生命体としての巨大な海を。そこでは僕はその海によって生み出されたイノセントな戯れとしてのひとつの「意識」だ。
僕はその小説をここ蓼科を旅しながら読んだ。夏の終わりに蓼科を訪れるのは、すでに数年来の僕の習慣になっていた。しかしそれは「彼女」と会うことができなくなってから数年後のことでもあった。僕はすでに社会人になっており、休日にはとりつかれたようにモーターサイクルで旅するのが日常になっていた。
彼女と会えないということがこれほど辛いことだとは・・・いや、これほどむなしいことだとは。そう思うたびに僕はたまらなく切ない気持ちになった。僕という存在が足元から瓦解してゆくのを実感として認識することができた。「喪失」という言葉の概念を肉体的感覚として生まれて初めて知った。僕は失ってしまったのだ、そしてそれはもう二度と決して戻ってくることはない。彼女は鏡の向こう側に去ってしまったのだ、さよならも言わず、一度も振り返ることなく。
2001.12.25(火)------------フラグメント000010 ↑
僕はいま誰も愛していないし、愛されてもいない。ひとりの男性として性的存在として誰にも愛されていないし、誰も愛していない。二十歳の頃と同じだ。「彼女」と出会う前の僕と同じだ。ひとのこころは「人間として」どれだけ多くのひとにどれだけ深く愛されようと決して充足されはしない。あのとき僕は「楽園」を追放されてしまったのかも知れない。
僕が愛されないのは、そもそも僕が愛さないからだということも可能かも知れない。しかし直感的にそれは違うと感じる。「彼女」とともに「それ」は去ってしまったのだ。
"I'm calling you."
僕はきみを呼んでいる。声も限りにきみの名をを呼び続けている。当時も、そしていまもなお。きみは僕とこの世界とを繋ぐただひとりの女性だから。僕の全存在を愛し、僕のいのちに唯一の意味を与えてくれたひとだから。
2001.12.30(日)------------フラグメント000011 ↑
こうしてシニアグラス(老眼鏡)をかけてモニタスクリーンに向かっている自分など想像もできなかった。しかしこれはリアル(現実)だ。夜、僕の部屋の窓に映る僕自身の実像だ。この世界のどこかであるいは鏡の向こう側の世界で「彼女」も僕のようにシニアグラスをかけてモニタスクリーンに向かっているのだろうか。僕たちは「繋がって」いるのだろうか。
"Somewhere over the rainbow, sky is blue."
夢見る年頃はとうの昔に過ぎ去ってしまったけれど、歳をとったからと言って夢見ていけないなんてことはない。僕は死ぬまで夢を見続けるだろう。その夢の中で僕はきっと「彼女」と再会できると信じている。そして彼女が僕から去っていった本当の理由(わけ)を知ることができだろう。
だからといって何かが始まるわけではない。おそらく何も始まらず何も終わらないのだろう。それでもきっと僕は安らかに自分の人生を終えることができると思う。
2002.01.03(木)------------フラグメント000012 ↑
「知るか、そんなもん!」と彼は言った。にぎやかな店内でもひときわ大きなその声に客の多くが彼を振り返った。僕らははやりのちょっと気取ったプール・バーで飲んでいた。彼女はうつむいて我々とは関係ない何かほかのことを考えているようだった。僕たち、つまり彼と彼女と僕の3人は大学の同級生だった。
その日は早慶戦のあった日で、久方ぶりに六大学野球で慶応義塾が優勝したのだ。おなじみの「提灯行列」には参加しないで、神宮球場から六本木に流れてきたというわけだった。最初は6人いたのだけれど、いつの間にかはぐれてしまって3人だけになっていた。時計の針はもう午前0時を回っていた。
彼と彼女は幼稚舎からの持ち上がり組でいわば「幼なじみ」と言った間柄だった。僕は神奈川県の県立高校からこの大学に入った。かれらが自分たちの学校のことを「塾」と呼ぶことには未だに奇妙な違和感があったが、まあそのうち僕も馴染んでしまうのだろう。僕らはみんな20歳になったばかりの合法的飲酒者だった。
2002.01.27(日)------------フラグメント000013 ↑
僕に気づくと「彼女」はにっこりとほほえみながら胸のあたりで小さく手を振った。渋谷駅の雑踏の中でも彼女の周囲だけは別世界のように明るく輝いているようだった。キャメルカラーの趣味の良いフランネルのコートにライトブラウンのロングブーツがとてもよく似合っていた。
いまでも良く思うのだけれど、若い女性のこのような親愛の情を示す仕草はじつに何百段階、何百通りもあるのだ。そしてその一つひとつが明確なメッセージを持っている。しかし僕には当時(そしておそらくいまもそうなのだけれど)そのメッセージを受け止める力に欠けていた。要するに僕はいわば「恋愛能力」に欠けていたのだ。もちろん「いいおとこ」はきちんとその能力を身につけている。
並んで歩き始めると「彼女」はごく自然に僕の手を取った。そして毛糸の手袋を外して改めて僕の手を握ると「冷たい手・・・」とひとことつぶやくように言った。そしてそのまま僕のダッフルコートのポケットにふたりの手を入れた。「これでよし」と言って僕を見上げながらにっこりとした。本当に素敵な笑顔だった。
2002.02.04(火)------------フラグメント000014 ↑
人間は少しずつ歳をとらない、一瞬にして歳をとるのだ。ある日ふと気づくと歳をとっていたというのでもない。朝鏡の中の自分の姿に老いの影を認めるというのでもない。オスカー・ワイルドの「ドリアングレイの肖像」の物語のように、ある期限まで「若さ」が様々な形で「担保」されており、ある時突然「精算」されるといったふうにひとは歳をとるのだ。なんの予告も通知も無しに、それは「既成事実」として知らされる。
そんなふうにしてこの冬、僕は歳をとった。劇的に歳をとった。「青年」からいきなり「初老」へと。きっかけがなかったといえばそれは嘘になる。幼児の頃から折り合いの悪かった実母が死んだのだ。信じられないかも知れないけれど、彼女は本当に「幼児」のころからの僕の仇敵だった。僕が僕という人格を破壊されないためには僕は幼いなりに彼女と戦うほか無かった。そしてその戦いは彼女がガンで苦しみぬいて死ぬまで50年近く続いた。
じつにこの世界にはそれほどまでに他者を支配せずにはいられない人物というものが存在するのだ。自分以外のすべての存在を「道具」として支配し踏みつけ使い捨てにして生きてゆくことを当然のこととして平然としている人間が存在するのだ。いずれにしても僕はそのような「不実な愛」のもとで戦い身を守りながら自分自身を育てるほか無かった。要するに密やかな「幼児虐待」「児童虐待」の中で必死に生き抜いたのだ。周囲の大人たちは誰も助けてくれなかった。
彼女は父の死後転々と男を渡り歩き最後の最後までのその生き方を変えることなく、僕を自分の虚栄を満たす道具としてまた借金のカタとして利用しようとした。それがうまくいかないと知ると、僕やひとを恨んだり妬んだりした。そしてすべての責任を自分以外の周囲のせいにして僕を含めたこの世界のすべてに怨念をいだきながら死んでいった。そのようにして彼女はこの世を去りそして彼女に踏みつけにされた多くの人たちの哀しみと屈辱と怨念だけがこちらの世界に残った。同時にそのようにして僕の戦いも終わった。
これでようやく僕も本来戦うべき相手と互角の条件で戦えるようになった・・・はずだった。しかしそのように歪んだ戦いを50年も続けているともう他の戦い方ができないのだ。最も信頼し最も力になってくれるはずの人物に何度も陥れられた人間はもう人間というものを信用することができないのだ。そして突然僕は「老いた」自分を実感することとなった。実年齢よりもずっとずっと老いた自分を。まるでドリアングレイになったような気分だった。
2002.02.07(木)------------フラグメント000015 ↑
書くことによって癒される、それは「自己治癒行為」である。と、そのような説があるけれど僕は信じない。絵を描くとかものを創造・創作する行為には自己治癒といったありがたい副産物は伴わない。僕は小説家でも芸術家でもないけれど、直感的にそして体験的にそのことを知っている。
ただ、物語ることによってある部分に関してだけは癒されることは体験している。ごく控えめな表現であるにせよ実母の死を語ることによって僕は多少(それは一時的なものかもしれないが)心が軽くなったのは事実だ。いま僕が二十歳だったら、そんなふうに感じる自分を「自己嫌悪」したかもしれない。しかし僕は二十歳という多感な時期から遠く隔たった地平にいま佇(たたず)んでいるのだ。
実母についてはもう語るのはここまでだ。語ることによって忘れるのが目的だから、もう語る必要はない。
2002.02.10(日)------------フラグメント000016 ↑
これは僕が二十歳で出会った本当に特別な女性、「彼女」の物語だ。
「彼女」について語るとき僕は限りない憧憬を喚起される。しかしそのことによって癒されるわけでは決してない。僕はただ思いだしそして記録しておきたいだけなのだ。彼女の記憶をすべて、僕の中に残っている記憶のすべてを書き残しておきたいだけなのだ。彼女が本当にこの世界に実在したことを改めて確認し確信したいだけなのだ。
「私のことを忘れないで。私がこの世に存在したことを憶えておいて、あなたが生きている限り・・・。」彼女が僕を見つめるときその深い瞳の奥にそのような想いをいつも見ることになった。それは言葉をも越えた強烈な「想い」。そう、想いだ。想いは時空を越えて受け継がれ生き続けてゆくのだ。そして僕が託された想いはそのようなものだった。きっと「彼女」は付け加えたかったに違いない「あなたが死んだあとも・・・。」と。
僕とは正反対だ。「僕のことなど忘れてくれ。僕がこの世に存在したことなどきれいさっぱり忘れてくれ。頼むから墓とか位牌なんて作らないでくれ。僕は本来そうであったように『無』に帰るのだ。」と遺言している僕とは全く正反対だ。だからこそ彼女は僕に自分の想いを託したのかも知れない。
2002.04.21(日)------------フラグメント000017 ↑
かなり切羽詰まった気持ちで書き始めてしまったせいかいささか大仰な書きっぷりになってしまっているのを感じる。あれは他人から見ればどこにでもあるような、それでいて本人達だけにとってはかけがえのない出来事のひとつに過ぎなかったのかも知れない。おそらくそれが本当のところだろう。そんなふうに思い始めたとき、息子が僕と同じ大学に入学した。
繋がっている・・・僕はそう感じた。繰り返している・・・と。彼から漏れ聞く学校の様子は僕が在学していた頃とはかなり異なっているように聞こえるけれど、本当のところはどうなのだろう。そこで彼はどのような出会いを体験するのだろう。親子何代にもわたって入学することの多い学校だけに、その出会いには運命の悪戯とでもいうべき奇遇があるかも知れない。想いというものは何世代にもわたって受け継がれ引き継がれるものなのだ。
僕が「彼女」と出会ったのと同じように、あのキャンパスで彼も誰かと出会うのかも知れない。運命的出会い。引き継がれた想いはどこまでも同じストーリーを繰り返す。
2002.05.09(木)------------フラグメント000018 ↑
記憶の断片、時間のかけら。プリシャス・モーメント(precious moment)。
フラッシュバックする想い出。それはモニタスクリーンに映し出される幻想。
もう恋の詩なんてきこえない。それでも同じ場面ばかりが繰り返される。
いまでも「彼女」のやわらかな息づかいがすぐそばに感じられる。
2003.08.11(月)------------フラグメント000019 ↑
雨降りの夏の朝は奇妙な夢を見る。たいていは高校時代の夢だ。それはあの時代が僕の人生においてもっとも印象深い季節だったからかも知れない。決して楽しいことばかりでは無い、いやむしろ苦しみのほうが多かったはずなのだけれど。ただ中学3年から高校3年までの間僕は間断なくずっと恋をしていたということもあるのかも知れない。それこそが僕がその時代を生き延びることのできた唯一の理由(わけ)だ。
彼女の透き通るように白く美しいうなじにそっと顔を寄せ、耳元でささやく、「今日一緒に帰らないか?」。僕の右斜め前を歩いている彼女は振り向かずにこたえる「子供がいるけどいい?」。
自分と付き合って欲しいという僕に、彼女は自分には子供がいるといっているのだ。時として中学生にしか見えないほど小柄で可憐な少女である彼女の口から「子供」という言葉を聞いても、夢の中の僕はなんの驚きも違和感も無かった。「うん、いいよ」と僕はこたえる。「かまわない」でもなく「問題ないさ」でもない。そして、彼女はちょっとまぶしそうに僕を見てにっこりと微笑む。その眼差しには僕への「愛情」があった。いま、彼女の心は僕のほうを向いている。
「子供がいるけど」でも、「子供がいるから」でもなんでもよかった。僕は彼女に恋していた。というか、ぼくはすでに彼女を深く愛していた。彼女という女性を、彼女というこの世界で巡り合えたかけがえのない存在を。
彼女の制服は夏服だった。しかしそこには夏の暑さは無かった。季節感というものが全く欠落している。そういえばぼくらの制服は現実のものとは微妙に異なっていた。ここはやはりパラレルワールドなのかも知れない。だって、当時彼女が僕をこのように愛したことは無かったし、彼女が子供を産んだという事実も実際は無かったのだから。
奇妙な夢は続く。僕はもうすでにこれが夢であることを知っている。それでもまだ夢見続ける。僕がそれを望んでいるからだ。
ぼくらは、そうだ、ぼくらは二人っきりではなかった、修学旅行みたいに大勢で歩いていたのだ。下校時間の駅に向かう道だったのかも知れない。状況が揺れる、眩暈を感じる。僕はいま何処にいて何をしているのだろう。
次の瞬間ぼくらは巨大なダムの内側にいた。社会見学みたいにぞろぞろと並んで歩いている。頭上を見上げると数十メートルはあろうかという高さにダムの内側の天井とでも呼ぶべき構造物が見えた。なんの飾り気も無い打ちっぱなしのコンクリートだ。ひんやりと湿気を帯びたかび臭い空気とは対照的に、傍らに彼女の柔らかな息遣いを感じる。暖かい、とても温かなこころが僕を包み込む。
彼女は僕の腕をとり、身体を寄せて歩いていた。短めのさらさらとしたきれいな髪からはシャンプーの甘い香りがした。それは「おんな」というよりは「少女」を象徴する香りだった。知覚なんて当てにならないものだ。僕の腕を抱え込むようにしていたので、僕の腕には彼女の柔らかな乳房の感触があった。このように彼女は生身の「おんな」なのだ。
ぼくは「夢」を書き留めようと試みている。夢そのものをここに置き留めようとさえしている。淡雪のように朝日とともに消え去ってゆくこの夢を。それはかけがえのない想い出と繋がっているからだ。しょせん無駄な悪あがきだと承知の上で、それでも記憶に残したいと稚拙な筆を振るっている。
「おとこ」というものはこんなふうに「夢を紡ぐ(つむぐ)」ものだ。子供を産むことができないかわりに「おとこ」は夢を紡ぎ、子供以外のありとあらゆるものを創造し生み出そうとする哀しい性(ジェンダー)である。
2003.08.13(水)------------フラグメント00020 ↑
夢の続きを見よう。ぼくらは確かに修学旅行かなにかでどこかのダムの内部を見学していたのだった。それは僕が彼女と付き合い始めて1ヶ月後のことだった。彼女は僕を受け入れてくれたのだ、ひとりの「おとこ」として。若い「おとこ」にとってそれは極めて重要な通過儀礼とでも言うべき重大な試練でもある。僕はそのクリティカルな地点を何とか無事通過したというわけだ。
しかし不本意なことに社会的には僕はまだ取るに足らない17歳の「ぼうや」に過ぎなかった。僕は急激に「大人のおとこ」になる必要に迫られていた。しかし、いったい彼女に何があったのか、どのような経緯で母親となったのか、僕はまだいっさい何も知らなかったし、あえて訊くこともなかった。不思議なことにその子供にまだ会ってさえいなかったのだ。
ぼくらはすでに教師を含めた周囲の公認のカップルと見なされていた。いわゆる「ステディ」だ。ぼくらは現役高校生の実質的な通い婚夫婦であり、おまけに子供までいた。いまや誰もが知っているが、誰も会ったことの無いその子供の、僕は継父だった。
ダムの見学を終えて観光バスに戻る。今日の彼女はいつもと少し違って見えた。あまりはしゃぐことが無いのだ。屈託の無いあの笑顔を見せることが少なくなっていた。そのことが僕を少し不安にした。僕は両手で彼女の頬を挟み込むようにして僕の顔の正面に引き寄せて、彼女の透き通った魅惑的な黒い瞳をじっと覗き込んだ。しかしそこには歴史的発見に結びつくような手がかりは何も無かった。ただひたすらイノセントで美しい瞳が僕を映し込んでいるだけだった。
そんな僕に彼女は不思議そうな表情を向けたが、やがてにっこりとあの笑顔を見せて「なにしてるの」と言って僕の両の手をすり抜けた。じつに、なにをしているんだろう、僕は。
当時の僕にとっては彼女の存在そのものが至福のごときものだったから、ふたりで何を話したかとか、一緒にどこに行ったとか、そんなことはある意味でどうでも良いことだった。ことばを変えるならば、そこにはまだ「生活」というものがなかったのだ。
バスは険しい坂道を下り宿泊先のホテルへと向かっている。車窓からは深い森林に覆われた谷を越えた先に聳え立つダムが見える。それもつかの間でやがて視界は鬱蒼とした樹林帯に遮られる。深い森は幼い頃の何かを思い起こさせるが、それがなんなのかいまの僕にはわからない。ただひたすら深い森が意味もなくそこにある。
彼女は僕の肩に頭を乗せてぐっすりと眠り込んでいる。赤子のように幼く邪気のないその顔を見ていると僕は切なさで胸がいっぱいになった。いまの僕が彼女にしてやれることなどたかが知れていたからだ。僕は自分の年齢と社会的無能を呪った。
2003.(不詳) ------------フラグメント00021 ↑
小学校低学年の頃住んでいた東京郊外の団地の周囲は鬱蒼とした森に覆われた丘陵地帯だった。その森にはいることはぼくらにとっては大冒険だった。ぼくらの口承伝承には、過去に森に入ったまま未だに消息を絶っている小学生のグループの伝説があった。そして実際に、日が暮れても帰ってこない子供たちを探すために団地の大人たちによる山狩りが行われ子供たちが無事帰還したという事件を、ぼくらも見聞していた。
ぼくらが森を畏怖すると同時に飽くなき憧憬を抱いたのはそのようにそこに一歩踏み込めば、無事帰ってこられるかどうか確信がもてないという、その神秘性ゆえだった。大人たちには固く禁じられていたが、それでもぼくらは幼い覚悟をして森へと向かったものだった。
団地の浄水場の裏手から森に入り込み丘をひとつ越えると、そこにあるのは同じような風景だった。丘を下った谷の部分には水田があり、水田に水を引く用水路があり、その向こうにはいま越えてきたのと寸分たがわない丘があった。水田に農夫を見かけたことが無い。人気の無い奇妙な営みがそこにあった。その一点を除けば全く日常的な風景だった。夏の森では蝉が鳴き、見知らぬ鳥が羽ばたき、オニヤンマやアゲハチョウが飛び交い、用水路にはメダカやフナやザリガニやおたまじゃくしやタニシがいた。草むらからは巨大なやぶ蚊が現れ、ぼくらを追い回しては血をすすった。
獣道(けものみち)を分け進むとやがて一本の比較的太い林道にでる、この道をはずれない限り何処まで奥に進もうとぼくらの帰還は半ば保証されているようなものだった。ただし、日が暮れる前に戻れれば、という条件付きだったが。腕時計など持たないぼくらにその危険な時間を知らせてくれるのが、夕暮れとともに伸びる木の影とヒグラシの声だった。ヒグラシの声はぼくらにある種の親密な安心感と、そして危険ゾーンへと足を踏み入れた自分たちの不安の投影という、相反するシンボリックな存在だった。
クワガタやカブトムシの宝庫の「秘密の場所」にぼくらは向かう。極めて限られたメンバーしか知らない本当に秘密の場所だった。そこに至る道は険しく不吉でおよそ何が起こっても大人たちの助けなど期待できないという不安の底に沈んでいた。同時にだからこそ、その場所はぼくらの王国だったのだ。時を忘れて遊び、その王国に浸る。知らぬ間に夕闇がすぐそこまで迫っている。
突然カラスが鳴く。ぼくらを追い立てるように、何かを宣告するように。
気づくと森の中はほの暗く、闇が黒い霧のように立ち込めている。ぼくらはクリティカルな時間帯に入ったのだ。再びカラスたちが鳴く、今度ははやし立てるように、追い立てるように。ぼくらは急いで林道まで戻る。文字通りの林業専用の未舗装路なので、この時刻に通る車は無い。そもそも車の台数が現代の百分の一以下の時代だった。たまたま通りかかる大人などいない。
ぼくらは足早にもと来た道をたどる。しだいに歩みが速まり、ほとんど小走りになる。底の薄いズック靴ではこの砂利道は辛い。ごろごろした石に足の裏は痛み、小砂利に足下をすくわれそうになる。カラスの声とともに不吉な予感が背後から迫ってくる。しかしある地点を過ぎるとやがてカラスは去ってゆく。
カラスが去ったあとはヒグラシの時間だ。ヒグラシはぼくらの前後数十キロにわたって全員で壮大な大合唱をしているみたいだった。そしてぼくらが通る場所だけ、ふっと沈黙した。そしてぼくらが通りすぎた瞬間に再びけたたましくも哀しげな歌を歌い出す。彼らは味方なのか敵なのか。わからない、わからないけれどぼくらは直感的に「味方」だと信じていた。ヒグラシの声にナビゲートされるようにしてぼくらは林道から団地へと向かう獣道へと入ることができたからだ。
もうほとんど日は暮れている。足元がおぼつかないが、記憶を頼りに突き進む。精密なレプリカのような丘を越え、谷をわたる。もうダメか、とあきらめかけたその時、団地の浄水場の明かりが見える。濃密なひとの気配が流れてくる。ぼくらの「異界」の気配がすうっと消えてゆく。
ぼくらは帰還したのだ。
この大冒険を永遠の秘密として守り抜くことを誓ってぼくらは別れ、家路を急ぐ。そのさきには温かな家庭があったのかもしれない、問題を抱え苦しみもがく実生活があったのかも知れない。しかしそんなことは関係なかった。僕らには僕らの世界があり秩序の守られた王国があったからだ。ヒグラシはそんな僕らの王国の守護神であり象徴だったのかも知れない。いまぼくは「永遠の秘密」の誓いを破ってしまった。しかしこれはいずれ語られるべきことだったし、当時の僕らの考えた「永遠」を遙かに超えた歳月の果てにいまぼくは立っている。
2003.08.14(木)------------フラグメント00022 ↑
陽はすでに西に傾き、黒々とした樹林帯は永遠に続くかと思われた。われわれのバスは太古の昔に向かって疾走しているのではないのだろうか。そんな妄想が(僕には妄想僻があるのだ)頭をもたげて来た頃、突然視界が開けた。樹林帯は終わり、これまでの風景と比べると拍子抜けするほど平凡でステレオタイプな田園風景が拡がった。盆地とはいえ平野と言ってもいいくらいの広い平地がはるか彼方まで続いていた。ここはいったい何処なのだろう。同時にバスの中の雰囲気も一変した。何か重苦しいものが去ったような開放的な気分が充満した。ようするになにか「ほっと」したのだ。僕の肩に頭をもたせ掛けて寝入っていた彼女が目覚めて上目遣いに僕の目を覗き込む、「なにかあったの?」。「なにもないさ」と僕。彼女は深い眠りと覚醒の中間地点をやっと越えたばかりのようだった。「なにもないさ」、僕はもう一度繰り返す。
宿泊先のホテルは何処にあっても不思議の無い、奇妙に無個性な建物だった。ひととおりの設備はそろっていたし、建築されてまもないことはさまざまなしつらえから見て取れた。しかし何かが違うように感じられる。このホテルは致命的に「ホテル的でない」のだ。
バスを降りると、彼女は女子のグループの部屋割りに従ってチェックインした。もちろんぼくは男子グループだ。これはしょうがないというか、あたりまえのことなのだけれど。別れ際、彼女は一瞬不安そうな視線を僕に向けた。ぼくは声には出さずに口の動きだけで「大丈夫、なにもないさ」と言った。彼女も口の動きだけで「うん」と言って寂しげに微笑んだ。
2003.(不詳) ------------フラグメント00023 ↑
横浜と郊外の新興住宅地を結ぶひなびた私鉄があった。一部単線区間のあるその沿線に僕らの高校はあった。最寄り駅から学校へと続く細く長い道を思い出す。坂を二つ越えて丘陵地帯の住宅地を抜けると丘の上の森の中に広大な敷地を占有した学校がある。鬱蒼としたメタセコイアの森の中を校門からS字状に延びる長い急な坂を上りきると唐突に視界が開ける。右手にかまぼこ型の体育館があり、それと平行して古びた二階建ての木造校舎が3本のカステラみたいに立ちならんでいる。 道に沿ってコンクリート打ちっ放しの上にすのこを敷いた屋根付きの渡り廊下が校舎間を結び、正面左には教職員室や校長室、そして美術室などのある2階建ての建物があった。そしてすべての校舎や体育館の背後には鬱蒼とした森が迫っていた。
左に目を移すと道路から5mほど下った位置に何台ものパークベンチが設置された奥行き5mほどのスペースがまるで港の埠頭公園みたいにしつらえてある。さらに5mほど下った位置にはフルサイズのサッカーコート兼ラグビーコートが1面、ハンドボールコート数面、屋外バスケットボールコート数面、バックネット付の野球のグラウンド、その向こうに陸上部の200mトラックを配した広大な校庭がある。その校庭に降りるには石造りの幅10mの正面階段を下りるか、その左右に取り付けられた幅2mほどの同様の作りの階段を下ることになる。その向こうには丘陵に展開する閑静な住宅地がパノラマのように展開している。僕はこの眺めがとても好きだった。
そのような地形から体育館前のその場所は冬になると風の通り道になっていた。友人やボーイフレンド、ガールフレンドとの待ち合わせにそんなに寒い場所がなぜ好まれたのかは謎だけれど、真冬の夕暮れ時の下校時間、耳元でぴゅーぴゅーと鳴る身を切るような風の感触が妙に懐かしい。
校舎の周囲の森にはテニスコートやバレーボールコートや武道場やプールやなにやかやが点在している。本当に夢のような森の中のそして丘の上の学園だった。特に校舎裏手の深い森は「静かの森」と呼ばれ生徒達からこよなく愛されていた。美しく本当に静かな森だった。当時つきあっていたガールフレンドと散策した「静かの森」の香りを、木洩れ日をいまでも僕ははっきりと思い出すことができる。
そのとき僕たちはやがて離ればなれになることも、いつか再び巡り会い人生を共に歩くことになることも、想像すらしなかった。いまここにあることが僕らのすべてだったのだ。まるである種の夢のように、研ぎ澄まされた感受性があらゆるものの輪郭を過剰なまでに明確に捉えきっていた。あまりにも明晰な認識はかえって実態を覆い隠すものだ。
そのとき僕らは恋をしていた。その流れは「必然」であり、まぬがれようのない怒濤のような激情に押し流されていた。しかし、僕らの間に本来的な意味において愛情があったのかどうか、いまになっても僕にはよく分からないのだ。激情はあっても愛情はなかったのかも知れない。
2003.(不詳) ------------フラグメント00024 ↑
僕が彼女と初めて会ったのは、高校に入学した年の6月の記念祭の夕方だった。開校記念日を祝して毎年この時期に行われるけっこう盛大な学園祭だ。ほかの学校に在学する男の子や女の子もたくさんやってくるから、それはちょっとした出会いのチャンスでもあった。だから男子も女子もちょっとワクワクする催しではあったのだ。
もちろんすでにボーイフレンドのいる女子や、ガールフレンドのいる男子は彼や彼女を招待するわけだから、そこらじゅうがカップルだらけという印象が強かった。そんなことでたまさか交際相手のいなかった僕らはちょっぴり、いや、かなり当てつけられることになった。男子同士でうろついていてもなにやら様にならなかったし、実際のところ楽しくもなかった。
最終日の夕方には記念祭閉幕のイベントとしてキャンプファイヤーを中心にしてフォークダンスを踊るというのが恒例になっていた。いまとなっては違和感があるかも知れないけれど当時はごく普通のイベントであり、それなりに楽しく盛り上がったものだったのだ。なんといっても即席のカップルが誕生する絶好の機会でもあったから、けっこうみんな血眼(ちまなこ)になってパートナー探しをしたものだし、これ幸いと「告白」の機会に転じたものも多かった。
しだいに暮れてゆく光の中でサッカー用の夜間投光器がスポットライトのように会場のグラウンドを照らし出す頃には、たくさんの即席カップルができあがっていた。僕らもその中のひと組だった。それはお互いに予想外のことだったのだけれど。
僕はいったいどのようにして初対面の彼女に話しかけたのだろう。
そうだあのとき僕は二人のクラスメートといっしょに帰るところだったのだ。男子クラスの僕たちは、男女共学クラスの男子たちに比べて出会いの機会に恵まれていなかった。6月とはいえ日が暮れると急に風が冷たくなった。グラウンドではオクラホマミキサーだのマイムマイムだのが大音量で流れ、参加を呼びかける実行委員の男子のがなり声が響いていた。
なんだか取り残されたような気分だった。中学時代のガールフレンドを招待するという手もあったけれど、お互い新しい環境に慣れるのに精一杯だったのと、ここのところちょっとしっくりいっていなかったのとで何となく声をかけ損ねたような気がする。
そうだ、いま語っているのは17歳の僕ではなく、16歳の僕だ。夢ではどんなことでも可能なのだ。
2003.(不詳) ------------フラグメント00025 ↑
学校の敷地の一番北側、向かって左手の職員室のある校舎とその右手の化学室のある校舎の間から始まる舗装路は左手に双子のようにそっくりな3棟の校舎、右手に広大な校庭を見おろしながら校門へと伸びている。その先左手にかまぼこ型の屋根の体育館がある。そこは敷地の南端部の森の始まりになっていて、舗装路はその地点から谷にある校門にいたる下り坂になっている。
ぼくらは体育館の前から校庭を見下ろしていた。校庭にはかなりの数のカップルがすでに降りていてそれなりに華やいだ雰囲気の中で楽しそうに談笑していた。空を見上げると住宅地の上の空が夕焼けに染まっていた。地形的に風の通り道になっているせいかやたらに寒く感じる。
僕たち以外にも同じ学校の生徒のグループが何組かいた。そして同じように校庭を見下ろしていた。みんなあっさりと帰ってしまうのはなんだか心残りといった感情を僕らと共有しているみたいに感じられた。その中のひとりに僕は気を引かれた。見覚えのある女生徒だった。
「フォークダンスやらないの?」と話しかけてみた。やっぱり以前ちょっと話したことのある女生徒だった。彼女はちょっと微笑んで「うん、どうしようかと思って、相手もいないし。」と言った。彼女は2人の友人とおぼしき女生徒といっしょにいた。僕は彼女たちと面識はなかったけれど、男子クラスでけっこう人気のあるかわいい女生徒たちだった。
後を振り返ると他の男子生徒のグループの視線があった。彼らも虎視眈々と機会をうかがっていたのだ。僕らはそんなところに横入りしたかたちになっていた。僕はなんだかおかしくなってクスリと笑ってしまった。だって、盛りの付いた犬みたいじゃないか、まるで、僕らを含めてのことだけれど。
「いっしょに踊らないか?」と僕は言ってみた。その時すでに僕は自分がいま話しかけている髪をショートカットにした女の子好みのタイプではないことを察知していた。でも側にいる友人の女の子のひとりがさっきからちらちらと僕の方を見ていることに気づいていた。
彼女は「ちょっと待ってね。」といって仲間の方に近づいてひそひそ話をした。ちらちらと僕らの方を振り返りながらどうしたものかと評価しているみたいだった。僕らはこのオーディションに合格しなければならない。
ショートカットの女の子が戻ってきて「うん、いいよ。」と言ってにっこりとした。とても素敵な笑顔だった。テニスできれいに日焼けした端整な顔立ちにその微笑はとてもよく似合っていた。でも、「あなたは私好みの男の子じゃないの、悪いけれど。」とはっきりと顔に書いてある。この娘とパートナーになるのはあきらめたほうがよさそうだ。
2003.(不詳) ------------フラグメント00026 ↑
幸いなことに自然に3組の即席カップルができあがった。僕らが突っ立っているところに、彼女たちがやってきてあたりまえのようにカップルになったのだ。僕のところに来てくれたのが、なぜだかはいまでも分からないのだけれど「彼女」だった。にこりともしないで「よろしく。さ、いきましょ。」とだけ「彼女」は言って僕の手を取って校庭の方に降りていく。僕はどぎまぎしてしまった。彼女は想像以上にものすごくかわいい娘だったからだ。
そのあとのことはよく憶えていない、あるいはうまく思い出せないのだ。あっという間のことだったような気もするし、ずいぶんと長い時間をいっしょに過ごしたような気もする。ひとつだけ確かなことは、それから30分もしないうちに僕が彼女にすっかり参ってしまったということだけだ。一見クールな物腰の中にじつはとてつもなくナイーヴで温かなものを彼女は持っていた。ちょっとしたユーモアのセンスもすてきだった。そしてなによりも彼女は聡明な娘だった。
記念祭の翌日は代休だった。その翌日、登校すると昇降口で偶然彼女と出会った。僕はどぎまぎしてしまった。「おはよう。」と彼女は言って、特に親しいというのでもないけれど、「このあいだはどうも。」といった親密さを含んだ微妙な笑顔を僕に向けた。「おはよう、この間はありがとう。」と僕は言った。いまのように饒舌ではなかったから、僕にはそれ以上の言葉が出てこなかった。絶好のチャンスを逃してしまった。
僕は自分の「愛」を確認するためにこの文章を書いている。自分が人を愛することができたのだという事実を再確認し、自分なりに納得するためにおぼろげな記憶を紬ぎ拾い集めながら必死に記録しようとしている。こんなものは、僕の死後に発見されたとしても誰も読まないかも知れない。彼女の目に触れることすらないかも知れないし、これが彼女自身について書かれたことだと気づかないかも知れない。なぜなら、僕はあえてフィクションという体裁をとってこの記録を書きためているからだ。
2003.(不詳) ------------フラグメント00027 ↑
長い残暑がようやく終わったとたんに唐突に秋がやってきた。夏のあとに秋がやってくるのは当然のことだけれど、この年はいつもとは少し違っていた。夏休みが終わり新学期が始まっても8月の盛夏のような気候が続いた。頻繁に夕立があり、すさまじいまでの夕焼けを見ることができたほどだ。
雨の音で目覚める。テレビの放送終了後のあの「さーっ」というホワイトノイズのような雨音だ。静かでまったく変化のない間断の無い降り方。その音の中で、僕は遙か昔の青春時代を思い起こす。「彼女」と過ごした部屋で二人で抱き合いながら聞いたあの雨音を、そして「彼女」の柔らかな存在の息づかいを。
覚醒から再び眠りへと落ち込みながら僕はあのころの自分を取り巻いていた感触をはっきりと思い出していた。いまでも「彼女」と語り合うことのできるその「夢」の世界はなぜかこの雨音に満ちている。世界中を覆い尽くす静謐に満ちたこころ安らぐ雨降りの一日。それは僕の天国のひとつのかたちだったのかも知れない。雨は降り続ける、僕のこころの中で、僕の精神の核心部分で。だから雨降りは嫌いではない。
2003.10.25(土)------------フラグメント00028 ↑
それは本当にかけがえのないほど美しい夕暮れだった。人生でほんの数回しか出会えないような。
講義が終わって外に出ようと思ったら雨が降っていた。その日は朝からこれ以上は無いというほどの晴天だったので僕は傘なんて持ってきていなかった。季節は秋でキャンパスの木々はようやく黄色や赤に染まり始め、夕暮れどきに突然胸がキュンとなるような、そんな風情の季節になっていた。かなりの降りだったのでどうしたものかと思案していると、背後から聞き覚えのある声がした。澄みわたった秋の空みたいなきれいな声だった。
「##君、傘持ってこなかったの。」とその声は言って、僕の右隣に美しい娘が肩を並べた。「彼女」だった。「朝の天気予報で、夕方から雨って言っていたわよ。」そういいながら彼女はにっこりと微笑んだ、何だかとてもおかしそうに。そんなに可笑しいかな。
傘は持ってないんだ、と僕は言った。ここにも、家にも。「傘は持ってないんだ。ここにも、家にも。」と彼女は僕の口まねをして、ものすごくおかしそうにクスクス笑った。それがとても親密な表情だったので、僕は天にも昇る心地がした、馬鹿みたいだけれど。若い男の子なんてそんなものだ。
あなたって変わっているのね、と彼女。そうかな、自分では普通だと思っているんだけれどね、と僕。いいえ、かわってますよ〜だ、と彼女。なんの講義だったの、と僕は話題をそらす。「英文学史」よ、と彼女、わりと面白いのよ。僕は「心理学演習2」だよ、いまはちょうどゲシュタルト心理学をやっているんだ。ふ〜ん、難しそうね、と彼女、でもちょっと面白そう。そういって彼女はあの素敵な笑顔を僕に向けた。その間にも雨は夕立のように激しさを増し、ときおり稲光に続いて雷鳴が轟いた。校舎の出口のポーチの下にいても雨のしぶきが跳ね返ってくるほどだった。
結局僕は彼女の差し掛けてくれた傘に入って、キャンパス正門前の通りを渡ったところにあるコーヒーショップに入って彼女と「雨宿り」をすることになった。だって、このまま駅まで歩いたら二人とも致命的にずぶぬれになってしまうのは明らかだっからだ。
僕が突然こんな事を思い出すのには訳がある。その日の雨はその後数十分で上がり、とても都会で見る夕焼けとは思えないようなすさまじいばかりの夕暮れを「彼女」と肩を並べて見上げることになったからだ。彼女は僕にぴったりと寄り添い、やがて僕の手を取ってしっかりと握りしめた。そしてサラサラとした長い髪を翻したかと思うと電光石火のキスをしたのだ。
若い女性にはじつにいろんなキスがあるのだ、そのキラキラした瞳の中に百万通りの感情表現があるように、ありったけの表現手段を駆使してコミュニケートしようとしている。若い男の子のようにあっさり直接的でシンプルなものではない。だからその時のキスは愛情表現と言うよりは「この感動を共有するためのキス」とでもいうものだった。僕はちょっとうれしかったけれど、同時に少し傷ついた。そういう点に関しては女性は往々にして(男性に対して)鈍感なことが多い。しかしそれはしかたのないことだ。女性と男性とは決定的に異なる生き物なのだから。
2003.10.27(月)------------フラグメント00029 ↑
それはとても素敵な所作だった。サラサラの長い髪を翻したかと思うと、次の瞬間彼女は僕に短くキスをした。短すぎず長すぎずじつに的確なタイミングの心のこもった親密なキスだった。彼女は時々こういう事をするのだ。だからこのキスが愛情表現と言うよりは感動を共有するもの同士の親密さを表現した行為だと言うことが僕には分かった。そしてちょっぴり傷ついた。
彼女は何事もなかったかのように駅に向かって歩き出した。彼女はバレリーナのような美しい脚捌きでとてもバランス良くそして速く歩いた。少し後からそんな彼女の綺麗な脚を眺めるのが僕は好きだった。僕も歩くのはかなり速いほうだけれど、そんなことでいつも彼女の真横より少し後を歩くことが多かった。歩くテンポに合わせて左右に揺れる長い髪も素敵だった。要するに僕は彼女を愛し始めていたのだ。彼女と僕との微妙な距離感、危ういバランスが崩れようとしていた。
The Beatlesの名曲"GET BACK"を聴くたびになぜか僕はその日のことを思い出す。この曲はそのころの僕の置かれた状況のすべてのバックグラウンドに流れていたような気がする。"IN MY LIFE"を聴くと高校時代の「妻」を想い起こすように、その時々にThe Beatlesの音楽が流れているのだ。僕らはそんな世代であり少なくとも音楽体験においてはそのような幸福な時代に思春期〜青年期を過ごしたのだ。
2003.10.28(火)------------フラグメント00030 ↑
ものすごい夕暮れだった、と彼女は言った。それは僕に向かっていったと言うよりはほとんどひとりごとに近い言い方だったのだけれど。と、突然彼女は歩くのをやめて立ち止まった。僕は危うく彼女に追突しそうになった。どうしたの、と僕は訊いた。それには答えずに彼女はまだ残照の残る西の空を振り返って見ていた。脚を肩幅に開き腰に両手を当てて、まるで「それ」と対峙(たいじ)するかのように。
異様に明るく赤い空を背景に建ち並ぶオフィスビルの黒々とした影がくっきりとした輪郭をみせていた。何かが決定的に変わってしまったのだ、それはもう取り返しのつかないことなのだとそのビルたちは言いたかったのかも知れない。確かに僕らは数分前の僕らとは決定的に「何か」が変化していた。二人の関係は微妙にそして非可逆的転換を終えていた。
綺麗というよりは圧倒的で暴力的な夕暮れだったわ、と彼女は言い直した。僕も同感だった。私たちの何かが無理矢理ねじ曲げられ従わされたような気がするの、そんな感じがしない?
彼女は聡明で穏和な性格で成績表にずらっと「A」をならべているような優秀な女子学生だったけれど、無分別に思想を語ったりイデオロギーに染まったりするタイプではなかった。あの時代にあっては「異端的」に僕がそうであったように。だから彼女がそんな言い回しをするのは初めてのことだったのだ。僕は正直言ってびっくりした、それもかなり。
この手の議論は僕の専門分野だったけれど、いまは何も言わない方がいいと感じたので僕はだまって彼女の言葉を待った。しかし、それっきり彼女は何も言わずに踵(きびす)を返すと再び歩き始めたのだった。語り手の特権として結果から先に言ってしまえば、その夜僕らは初めて結ばれた。
確かに何かが決定的に変化した。しかし、翌朝の彼女はいつもどおりの彼女に戻っていた。変化したのは「僕らの関係性」とでも言うべきささやかな何かだけのようだった。何も変わらなかったのかと訊かれれば、そうだろうねというほか無いし、変わっただろうといわれれば、そうかも知れないと答えるほか無い、そんな変化だ。いずれにしても彼女は健全な「彼女性」を維持していたし、僕は僕でいたって健康的に「僕自身」であり続けていた、少なくとも個人的見解としては。
2003.(不詳) ------------フラグメント00031 ↑
百日草の花言葉は「幸福」そして「別れた友への想い」。愛するものとの別れはいつも深い眠りの中から始まる。そして目覚めたときそれはすでに終わっている。いつかわれわれは目覚め、そしてそれを知らされるだけだ。
この世界はいったい深い眠りの中にあるのか、それとも明晰な白日の下にあるのか。
晩夏の木洩れ日を浴びながら歩く森の散歩道で、ふとそんなことを思った。ちらちらと踊る陽の光は、そんな僕の想いを軽くいなすかのように楽しげだった。ここではいのちがいのちそのものを楽しんでいる。限りあるからこそ、そのいのちをこころから楽しんでいるように見える。
本当のことを何も見ていない、人間の勝手な思いこみなんだろうな、たぶん。
野生の生き物も植物も本当に大変な思いをして必死に命を繋いでいるというのが本当のところなのだろう。この地へ移住して10年、ようやくぼくもそのことを「感じる」ことができるようになった。そして改めて分からなくなった。ひとはなぜ生きるのだろう。
ひとはなぜ生きるのだろう、ひとはなぜ死ぬのだろう。
「想い」はいつも伝わらない。そのような想いもこのような想いも、ほとんど伝わることなく志(こころざし)半ば(なかば)に果ててゆく。「幸福」そして「別れた友への想い」は容易には伝わらない、どれほど言葉を尽くしても。
彼女の肩に木洩れ日が宿る。それはちろちろと燃えるいのちの火のようにも見える。いのちは力強く同時に限りなく儚い(はかない)。名も知らぬ鳥の声がする。しかしふたたび濃密な静寂が僕らを包み込む。森の中の世界は午後から夕暮れへと向かう。彼方から聞こえるセミの声の変化がそれを知らせている。深い下草と鬱蒼と茂った木々からいまが夏の盛りであることを知る。
分厚い腐葉土を踏みしめる二人の足音だけが妙に大きく聞こえる。これは夢なのだろうか。おそらくそうなのだろう。「夢」は突然やってくる、あるいは突然「戻って」くる。
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