- 蓼科高原日記 -


- TATESHINA DIARY -



2007年9月


09月30日(日) 気温:最低 7℃/最高 10℃ Weather 雨

3979 紅葉始まる

雨一時曇り

山歩きや山岳ドライブは今週末がおすすめ

クルマで出かけるたびに森や山の色の変化に驚かされるようになった。いつのまにか緑から黄色に変化してきていたのだ。いまや緑、黄色、そしてところどころに真っ赤や蛍光オレンジがスポット的に配された景色になっている。

もとより日光のように紅葉(もみじ)が全体を支配して、なにもかもが真っ赤になる紅葉ではないので、蓼科の紅葉は自然林(原生林)らしい赤・黄・緑がおりなすタペストリーのようになる。その美しさは日光の紅葉の迫力とはまた別のものだと思う。

どちらがいいかといわれれば、蓼科のほうが僕は好きだ、個人的には。

レタス栽培で有名な長野県川上村(野辺山の東にある)や、小淵沢と清里を結ぶ「八ヶ岳公園道路」の紅葉も同様でその錦絵はじつに絵画的で理屈抜きで感動してしまう。蓼科、八ヶ岳の紅葉も同様だ。

山歩きの方なら、今度の週末あたりからがおすすめのタイミングになると思う。ピラタスロープウエイ山麓駅やピラタスの丘あたりの標高が紅葉に染まるのはその次の週末(10/13)になる。さらに次の週末(10/20)にはピラタスの丘でもペンション・サンセットの周辺が向けがキュンとなるような美しい景観になる。こんな感じだ。>>写真

いずれにしても山歩きや山岳ドライブには今週末がおすすめ。お仕事によっては三連休だし。


報われないという想いを捨て去るのだ

一昨日からいろいろ書いてきたことへの補足。

いまの時代、男性とはまた異なったところで女性への負担が増大していると思う。専業主婦という「仕事」もじつに過酷で大変なのに、それに加えてキャリア組としてあるいは正社員あるいはパートでと女性が男性とかわらぬ仕事を持つのがふつうの時代になったからだ。

確かに男性が非協力的だったり、女性の大変さに無理解であったりということが、これまでもそしていまもあると思う。しかし、僕のペンションを訪れて下さるお客様の中でも、男性が女性を育児の面で補佐、あるいは自分のほうが中心となってかかわっているというご家族が増えているのは救いだ。

父親が母親の変わりをすることはとても難しく、母親が父親がわりになることもまた困難だ。それぞれの役割をうまく分担する道を探っているのかも知れない。事情によっては男女に関係なくひとりで父親と母親の両方の役割を担わなければならない方もいらっしゃる。

そんな状況の中で、将来を見通しながら安心して子供を産んだり育てたりするためのサポートが充実しているとはまったく言えない我が国の現状では、少子化の道を歩むのは当然途言えば当然のことかとも思うのだ。

女性の負担を軽減するためのプロセスは、自分の仕事だけで「いっぱいいっぱい」になっている男性たちを、けじめをつけてきっちりと家庭に返すところから始まるのだと思う。じっさい、子育てから逃げている男性もいるかも知れない、が、多くの男性は父親として、一家の主としてそれぞれの思いと決意をもって文字通り命がけで働いている。その想いは真実だと思うのだ。

しかしそれだけでエネルギーのすべてを使い果たしてしまい、倒れ込むようにしてとんでもない時間に家庭にもどってくる(結果として家事や育児にあまりかかわれない)という人が多いのだとも思う。それは「いいわけ」ではなく、社会の現状を変えなければこれ以上どこにもたどり着けないデッドエンド状況なのだ。

政府は「少子化対策」と言いながら、あまり有効な対策を持っていないように感じられる。施策の方向性がいささか、あるいはまったくの的外れなのではないかと政府当局は自らを疑ってみる必要があるのではないか。

社会を変えようと想いつづけるならば、できる範囲内でいいから働きかけ続けるならば、世の中はきっと願う方向へと梶を切る。だから「報われない」なんて思わないで!

僕はそう思うね。


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09月29日(土) 気温:最低 7℃/最高 12℃ Weather 雨のち曇り

3978 紅葉の始まりはいつも


寒い一日になった。

雨は夕暮れにあわせるようにして止み、いまピラタスの丘は濃霧のように雲が流れている。

どんどん冷え込んでいる。ついこの間まで仕事で体を動かすと汗ばんで扇風機を回したりしていたのが嘘のようだ。今夜はカーボンヒーターが必要かもしれない。

先日「ピラタスの丘ペンション村ブログ」にこんなエントリーをしたけれど、ピラタスの丘の標高でも昨日あたりからすでに紅葉が始まったと感じている。一部の例外を除いて紅葉は「標高」によってその進行が一致する。

標高2000mを超える白駒池や麦草峠付近の紅葉は10月上旬には見頃になると思う。紅葉の見頃のタイミングはこちらのスライドショーにまとめてあるのでご覧いただけば参考になると思う。

今年の紅葉はしっとりとした風情ある景色を見せてくれそうだ。


★★★


昨日のエントリーではいささかきつい書き方をしたかもしれない。でも、一度はどこかで言わなければならないと思っていたことだから、あれはあれで完結している。日本の男性、とくに「オヤヂ」は優しすぎる、というか「甘すぎる」と僕は思うのだ。

身を粉にして、時には命がけで一所懸命仕事に励んでいるのは、実態としては「家族のために」ということかもしれないけど、メンタルには「自分のために」であると言うことを認識しなければ救いはない。そのことを配偶者や家族が認めないのであれば、断固たる対抗措置を執ることだ。

別に恩を着せるわけではなく、公正に努力や実態を評価して欲しいだけだ。

たとえ家族であっても、夫婦であっても、互いを公正に認め合うことが必要なのだ。

そうしないと「自分ばかり大変な想いをしているのにまったく報われないばかりか、感謝の気持ちはおろか一顧だにされていない」という思いがつのって相手に対して怒りがこみ上げてくることだろう。

誰だって認めて欲しいのだ。

夫だって妻だって親だって子供だって。

自分の存在を、自分の努力や貢献を自分が愛する人に認めて欲しいのだ、それを喜んで欲しいのだ。


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09月28日(金) 気温:最低 10℃/最高 17℃  Weather 晴れのち雨

3977 孤独な男性原理


比較的暖かな天気になった。ピラタスの丘の森でも赤いものが目立つようになってきた。紅葉が始まったのだ。最盛期はおそらく10月中旬になると思うけど、それ以前から美しい紅葉を周辺の山々で楽しむことができるだろう。

★★★

夜、雨が降り始めた。予報通りなので驚かない。秋らしい静かな雨だ。さーっという柔らかな音が二重ガラス越しにかすかに聞こえる。いつもと違うのは今年は木の葉が水分を多く含んでいるので、ぱらぱらという乾いた音になっていないことだ。

秋の夜の雨、真冬の夜の雪、嫌いじゃない。まるでこの世界には自分ひとりしか残っていなくて、世界はもうすでに滅びてしまっている。僕の精神が形成するこの世界が人類が認識する最期の世界だという感覚が不思議な高揚感を呼び覚ますのだ。

変わっているのかな、僕は。

まあ、いずれにしても、孤独な幼年時代を送った子供は孤独な大人になるのだ。孤独に慣れなければ、孤独に適応しなければ生き抜けなかったのだから。僕は孤独な幼児であり、孤独な少年であり、孤独な青年であった。これは事実だ。

そしていま僕は孤独な初老の男性なのかもしれない。

書斎代わりにしている居室の大型冷蔵庫がやけにうるさい音を立てて貴重な孤独の時間を台無しにする。しかしそれもやがてコトンという音とともに静まりかえる。それと同時に何かが死に絶え、何かが僕の心に入り込んでくる。

妻はすでに僕を理解することを断念している。いや、そもそも理解しようなどと思ったことなど無かったのかもしれない。女性は男性に自分の気分や欲求や不満について過大な理解を要求しながら、男性を理解するつもりなどさらさらない。女性は自分自身のために生きている。そのように作られ、そのように運命づけられている。それが種の保存にとって最適だからだろう、たぶん。

いま僕はそのことを確信している。

良い悪いではなくて、そういうものなのだ。

男もこの年齢になったら、自分だけのために生きることを始めるべきなんだろうな。それが真の意味での「自立」ということなのだと思う。妻はもうほっといてくれという風情だし、それならもう理解しようとしたり細やかな気遣いなどむしろ迷惑なのだと考えるようになった。

男は女の都合の良い道具的存在ではないのだ。もはや僕は君無しでも生きていける。

君が勝手に生きるなら僕も勝手に生きる。結婚という形態にも形式にもこだわりはない。

愛しているかといわれれば、恋していたよと答えよう。そもそも君はどうなんだと問いたいと思う。だんまりと嘘は女の「普通の言動」だから今更驚かないけど。

雨降りの未明の黙想。

僕はもはや優しい夫ではなくひとりの男として苛烈な真実を君に求めよう。女として与えられてきた数々のアドバンテージをすべて剥奪しよう。もう「女なのだから」というエクスキューズは僕には通用しない。

女は「哀しい」から泣くのではない、「必要」があるから泣くのだ。

そのことを知ってからはもはや「女の涙」に惑わされることもなくなった。

きみは僕の前にひとりの成熟した人間として誠実に立つ以外に、あるいは自立した心優しい女性として寄り添う以外に僕との関係を維持することはできない。

何しろ僕は自立した孤独な男なのだから。

自立とはそのように過酷な状態、逃げようのない責任の上に立った生き方なのだということを、いいかげんに認識して欲しいのだよね。

もちろん、これは一般論だ。

これは僕の家庭のノンフィクションではない、念のため。

熟年離婚だの、年金分割離婚だのという世相を鑑みるにつけ、世の男性のあまりにもイノセントな優しさに腹を立てているのだ。世の中どちらか一方が悪いなんてことはないんだ。

一方的に主張される女性原理に対しては男どもは黙っていないで、苛烈な男性原理を持って主張すべきことを主張し対抗すべきなのだ。

そうでなければ、永遠に相互理解など成立しない。

そもそも結婚制度なんてものはすでに崩壊しているのだから、かたちにこだわることはない。

結婚なんてものにはそもそも実体など無いのだ。

しっかりした共通のビジョンがなければ雲散霧消(うんさんむしょう)してしまう。

それは相互努力によって創造される心優しい共同幻想に過ぎない。

そのことを知らねばならない。

もっとも女性は男性と相互理解しあいたいなどとは思ってはいないだろうけど。

男も女も自由に生きればいい。

特に男は、もっともっと自由に生きればいい。

男もまた自分のためだけに生きることを学ぶ必要がある。

それをしないから「自立していない」などと言われるのだ。


僕はそう思うね。


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09月27日(木) 気温:最低 6℃/最高 17℃ Weather 晴れのち曇り

3876 So What?


ペンション・サンセットからのながめはもうすぐ右の写真のような風景になります。10月中旬です。

山歩きや、国道299号線ドライブならそれより早くて10月上旬がこんな景色になっています。10月中旬では遅いことが多いのでこのタイミングを逃さないことです。

横谷峡などの渓谷の紅葉は10月中旬。湖沼部の紅葉は10月下旬から11月上旬です。写真撮影の方はこの時期が最適です。

★★★

太陽暦では今夜が満月(月齢15)にあたるけれど、あいにく標高1800mに近いここでは雲がかかってしまっている。おとといの「中秋の名月」は晴れ渡ってとても美しい月を愛でることができたのだけれど。

それにしても朝晩の冷え込みは本格的な秋の到来を感じさせる。もう夜露もあまり降りない。大気中の水蒸気も森の水分もずいぶん減少してきているようだ。このような冷え込みが紅葉の色づきを加速させ、より美しい紅葉風景を形成する。

★★★

そういえば昨日NHKでケータイ小説の特に文体について特集していたのだけれど、完璧な「言文一致」要するに「すべてが話し言葉で語られる」世界になっている。それはそれで良いと思うけれど、言葉の美しさや想像力をかき立てられるかという観点から見るといささかさびしい。

そこには厳密な意味での「文体」というものが成立しない。

ストーリーを語るには必要十分でとても読みやすく親しみやすいが、奥行きが出しにくい。

もっとも最初からそんなものは求めてもいないし求められてもいないのかも知れないけど。

読みやすく楽しめるし共感や感動だってある。

でもそれだけだ。

それだけで十分な市場なのだろう、たぶん。

何度も言うけど、それはそれでいい。

認める。

でもね、それだけでは言葉はますます死んでいくのだ。

本音は語り尽くせても、本質を語り合うことがない。

真実の周辺をぐるりと迂回して、つきつめることがない。

それが心地よさの秘密だ。

しかしそれは、想像力を麻痺させた即物的なものの見方しか教えない。

だからどうなのさ(So What?)の無い時代に突き進んでいる。


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09月26日(水) 気温:最低 7℃/最高 14℃ Weather 晴れ

3875 紅葉は平年どおりの進行


蓼科は日に日に朝晩の冷え込みが厳しくなってきました。秋らしくなった、といってもいいかもしれません。こうなると紅葉はどんどん進み始めるのが経験的事実ですから、平年並みの紅葉カレンダーになりそうです。

シベリアンハスキーのパル君も朝晩はとても快適そうにしていますから、この冷え込みは本物です。陽射しはすでに秋の陽射しに変化して、熱いというよりは温かいという感触です。その陽射しが無くなると、思いがけない大気の冷たさにびっくりしてしまいます。

それと同時に大地の温度がどんどん下がってきているのを実感します。これから冬に向かって、ふたたびその温度が上昇することはないのです。大地は冬に向かってどんどん冷えていくのです。

森の樹木はもはやあまり多くの水分を吸い上げることが無くなり、幹も枝も木の葉も水分が減少し始めます。高原、高山の植物は花の季節を終えて結実の時期を迎えています。よく観察するならば、それはそれでとても美しいものだということに気づくでしょう。

森の色も山の色も気づかないうちに黄色みを帯びてきています。森のそこここに赤いものが目立ち始めています。蓼科の山々は圧倒的な静けさを湛えてそびえています。湖の水面にマガモの泳いだあとの航跡が美しい波紋を描いています。

空と雲が映り込んで、それはそれは甘美な情景になっています。やはり高原にはそびえ立つ山並みと美しい湖と深い森と凛とした大気が「それらしさ」を醸し出しているようです。われわれはそれに触れ、その中に身を置くことによって、癒されるのでしょう。

僕のペンションでもご宿泊のお客様のために今夜は暖房を入れています。

いま、蓼科はそんな季節を迎えています。


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09月25日(火) 気温:最低 9℃/最高 14℃ Weather 晴れ

3874 中秋の名月


ピラタスの丘は「夕陽がきれい」であるだけでなく、「星空もきれい」だし「月がきれい」なことも大きな特徴だと思う。奇しくも今日は「中秋の名月」、じっさいの月齢は13だから左側がまだ少し欠けた満月だ。暦の上(旧暦)では「十五夜お月さん」なのだけれど。

その呼び名に惹かれたせいでもないのだけれど、なかなか風情のあるお月様を一晩堪能できた。本当の(新暦の)十五夜は明日の夜になり、文字通りまん丸の「満月」が煌々と地表を照らす様子を目撃できると思う。

朝晩の気温はどんどん下がってきている。特に晴れの夜は放射冷却現象が起こるのだろうか、ぐんと冷え込んで驚かされる。季節はレイトサマーから「秋」へと移ろっている。山の色もずいぶん黄色みを帯びてきて、そこここに朱色の斑点が鮮やかに輝いている。

秋の陽射しの中に結実の季節を迎えた花たちの輝きがまぶしい

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09月24日(月) 気温:最低 11℃/最高 16℃ Weather 曇りのち雨

3873 日記とは

曇り夜半より雨

このブログ、というか「蓼科高原日記」もいまやペンション・サンセットのホームページの一部として完全に組み込まれてしまったので、昔のような調子で書き続けることは適当ではなくなってしまったように感じる。

宿泊施設に限らず商業ベースのホームページではこのようなブログであんまり小難しいことを語ったりマジに物を言ったりすることはタブーなんだそうだ。たしかにそれは本当だと思う。どうでもいい読み捨ての雑誌記事みたいなものを書くようにすべきなのだろうか。

つまらないね、そんなの。

何度も言うけれどこれは「日記」であって「セールストーク集」でもなければ、ペンション・サンセットのPR記事でもないんだもんね。

「神」や「いのち」や「死」について書いてはいけない日記があるとするならば、そんなものを書き続けるひとはいないのではないかな。生きる意味を考えたり、そのことでなやんだり、泣き言を言ったりぼやいたり、そんなことができるのが日記というものではないのかな。

オレはそう思うね。


誰になにを言われたわけではないけど、ふとそんなふうに思った。

たくさんのお客様にペンション・サンセットにご宿泊いただきたければ、もっと柔らかくて差し障りのない口当たりのいいことばかり書けばいいのかな。だけど、そんな日記は信用できない、個人的には。そんなもの読む気にもならないな。

みなさんはどうなんだろう。


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09月23日(日) 気温:最低 11℃/最高 18℃ Weather 曇り

3872 今年の紅葉はきっときれい

曇りのち一時雨

ピラタスの丘は朝から雲をかぶった状態になっている。ちょうど目線の高さに雲の下端が来ているので、もう少しこれが降りてくると「濃霧」のような状態になる。この分だと国道299号線やビーナスラインの美ヶ原方面はずうっと霧の中(じっさいは雲の中)の状況だと思う。

こういう天気の時は霧ヶ峰散策が、この季節いちばんのおすすめだ。その風情はなんとも素敵で、一度味わったらやめられなくなるほどだ。念のため雨具(かさでもいいから)持参で散策することをおすすめする。

そして温泉の露天風呂。ほとんどの旅館やホテルでは外来入浴を受け入れているから、その中からおすすめの所をお客様にご案内しているしだい。これがまたいいものなのだ、雨や曇りの日の露天風呂での長湯が。

★★★

夜になってピラタスの丘は完全に雲の中に入ったようだ。外は濃霧状態で、街灯やペンションのガーデンライトの光もほんの数メートルですっかり吸収されて消えてしまう。光が届かないのだ。こんなふうに上空から吹き下ろしてくる「霧」はじつは「雲」なのだ。

各ペンションが鹿よけの防犯灯を設置したせいか、日本鹿の群の通り道が変わったようだ。6頭から8頭のその群は、これまでペンションの敷地内を通り抜けることが多かったのだけれど、樹木や高山植物の食害対策がすすむにしたがってルートをひとけのない暗闇に求めるようになった。

当地でも鹿による食害はひどいものだ。いま手を打たなければ取り返しがつかないことは素人の僕らでもわかるほどのものなのだ。専門家によるとすでに手遅れなのだ、との指摘もあるほどなので、自然保護、森林保護、水源地保護の観点からきっぱりと鹿の個体数調整を行わなければならない。

動物愛護、保護の結果、このような大規模な自然破壊が起こるとはなんて皮肉なことだろう。何事にもバランス感覚が必要だという良いれなのかも知れない。イデオロギーが突っ走ると現実的に、実際的にこのようなカタストロフィーに向かってしまう。気をつけなければならない。


今年の紅葉は色づきが良くないだろうなんて言うひともいるけど、僕はそうは思わない。ゆっくり色づく紅葉は息の長い紅葉なのだ。一気に真っ赤に染まる紅葉は、あっという間に散ってしまうからだ。今年はまだまだ木の葉の水分が多い。いつもならからからと音がするほど乾いているのに。

それが僕の「今年の紅葉はいいはずだ」という説の根拠だ。

個人的見解なので、実際にどうなるかは神のみぞ知ると言うことで、あくまでもご参考まで。


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09月22日(土) 気温:最低 10℃/最高 18℃ Weather 晴れ

3871 小理屈はやめておっとり生きる


紅葉はいつもひっそりと始まる。
僕らの知らない森のどこかで、それはすでに始まっている。
風の便りにそのことを聞いた。
森を吹き抜ける風は何でも知っているのだ。
いつもならからからと風鈴のように鳴る木の葉が、
今年はまだ十分な水分を保っている。
しなやかな紅葉は美しい紅葉だ。
そのことを僕らは経験的に知っている。
ある朝窓外に展開する錦絵(にしきえ)に驚かされるのは
どれほどあとのことだろう。

★★★

きのう米国流の思考回路の象徴としてミッキーマウスを取り上げたけど、じっさい、ウォルト・ディズニーが極右思想の持ち主だったことは有名な話しだ。それをもっとも良くあらわしているキャラクターがドナルド・ダックだということも。

ディズニー第1世代の僕らはそのことを大人になってから知って、愕然とした。確かに思い当たるのだ、あれは戦意高揚とまでは行かないまでも、ある種のイデオロギーを背景に含んだアニメーションだったのだ。それはきわめて米国的な行動規範を刷り込む仕掛けになっていた。

まあ、それをいったら当時極度のコンテンツ不足に悩まされていたテレビ局がこぞって放映していた米国制作の子供向けドラマもまた同様の質を持っていたと言えるだろう。救いは、そんなものの中にどっぷりつかっていた僕らがなぜか幸運にも「洗脳」されていなかったという事実だろう。

1960年と1970年の安保反対運動には米国も驚いたことと思う。

★★★

まあ、小理屈はこのへんにして、蓼科の話をしようと思う。

今日の蓼科は「まるで真夏のような天気」になった。気温はそんなに上がらなかったけど、陽射しが強烈で久しぶりに「夏」を思い出させてくれた。チェックインするお客様も、きょうは「暑い」ですねとおっしゃることが多かった。

しかし、実際の気温はピラタスの丘で最高18℃、諏訪でも25℃程度だったのだ。人間の感覚というのはじつにあてにならない。ただ、体感的にはお客様のおっしゃるとおり夏のように暑く感じたのだ。嫌な感じの暑さではなく、からっとしたある種爽快な暑さではあるのだけれど。

でも、標高1800mに迫るピラタスの丘は、窓を開けておくと寒くなるほど涼しかったのは言うまでもない。高原そして山はもう「寒い」のだ。そのことは夕方以降にお客様もご自身で体感なさったようで、信じられないほど涼しい(っていうか「寒い」)とおっしゃっておられた。

星空がとても綺麗なのだけれど、あいにく月齢が9.7あたりで「上弦の月」が中天にかかってとても明るい。そのために暗い星が見えにくくなってしまっている。これは自然の摂理なので致し方ない。気持ちを切り替えて美しい月を眺めることにすると、それはそれでじつに感動的なのだから。

これから満月までは、夕食のあと懐中電灯無しで「月明かり」だけでピラタスの丘を散歩できる。それほどここの月は明るい。じっさいに「影踏み」あそびだってできるほどなのだ。

そんな夜に愛犬のパル君と散歩するのは楽しいひとときだ。シベリアンハスキーのパル君にとってはピラタスの丘の涼しい夏も「灼熱地獄」と感じられたに違いない。なにしろ彼は氷点下20℃になるとようやく目がらんらんと輝き出すのだから。

そんな彼も月夜の散歩は比較的涼しくて心地よさそうだ。もちろん「疲れを知らない」真冬のようには行かず、ぜいぜいいって帰ってきてがっぽがっぽと冷たい水を補給する必要があるけれど。

★★★

ピラタスの丘でも、ビーナスラインでも森のそこかしこに紅葉の兆しが見られるようになった。ペンション・サンセットの庭でも写真のようにきれいな紅葉を観ることができる。もちろん局所的なものだけれど。これがいつのまにか全体に広がっていくのだ。ふと気づくと僕らは自分が紅葉のまっただ中にいることに気づくのだ。


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09月21日(金) 気温:最低 9℃/最高 19℃ Weather 晴れ

3870 ミッキーマウスはあんなことは絶対にしないね


少しずつ見えないところから紅葉が始まっている。国家的あるいは地球規模の災いが見えないところで進行しているのと同じように。

たとえが悪いかな。

でも、事実はそうなんだ。

紅葉は歓迎だけど、災いには注意深くありたい。

先日、日本国の持つ信じがたいほどの幼児性を世界に開示してしまった。これはもう取り返しがつかないから、いまさら四の五の言ってもしょうがない。個人的な問題もあったかも知れないけど、これは日本社会の持つある種の原理が働いた結果が極端な形を取ったと僕は観るね。

立場や役割こそ違え、たとえばミッキーマウスはあんなことは絶対にしないね。

ぼくらのクラブのリーダー」は非戦闘員の女子供の頭上に原爆を投下しても、特攻や自爆テロはやらない。

倫理的にではなく、論理的にその様な結論を導き出すに違いない。

でも、鉄腕アトムだったらどうだろう。

自己犠牲の精神において特攻を決意する資質があると思う。

原作を最後まで読んだひとならご存知の通り。

その根底にあるのは自分よりも他者を思いやる優しさのような気がする、あるいは、その様な心の構造、心の動き、そんな気がしてならない。それを「弱さ」と呼ぶこともできるし「救い」と見ることもできる。その様な優しさの「質」がグローバルスタンダードなものに変質するならば日本も世界と互角に渡り合えるようになるのかも知れない。でもあまり好きになれないだろうな、個人的には。

一国の総理にあんなことは二度とやってもらっては困るけど、いかにも日本らしい「現象」だった。

★★★

さて・・・と、この連休に雨は降らないと天気予報が言ってます。

ペンション・サンセットはまだ空室がありますから是非お問い合せを!

あああ、また夜が明けちゃったよ、っていうかもう午前6時じゃん。(^_^;)


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09月20日(木) 気温:最低 10℃/最高 20℃ Weather 晴れ

3869 ゆったりまったり雲の上


最低気温10℃の真夏日

ピラタスの丘の真夏の最高気温は18℃〜24℃、最低気温は8℃〜14℃。今日の気温は表題の通りだった。われわれにとっては「夏日」と言って良い。陽射しを「暑く」感じた。車に乗り込むとヒーターではなくクーラーが入った。

さすがにペンション・サンセットの周辺では蝉の声は聞かれなくなってきた。しかし早朝にはまだここに生息している野鳥の元気な声を聞くことが出来る。雛の巣立ちが終わったいまでは、春から夏のようなにぎやかな大合唱を聴くことはかなわない。

でも、静かになった分(もともと信じられないほど静かなんだけど)、「風の音」を聴くことが出来るし「雨の音」を聴くことも出来る。春と同じぐらいくっきりとそれらの妙なる調べを聞き取ることが出来る。春よりも音が柔らかくなった。これは蓼科の秋の特徴のひとつだ。

朝晩は場合によっては暖房を入れるくらいだから、お越しになるときにはロングパンツと、半袖のシャツの上にはおるための厚手のトレーナーや薄手のフリースが絶対に必要だ。寒がりのひとなら、冬のスキー用のフリースでちょうど良い。

なかなか信じてもらえないのだけれど、これは本当のことなのだ。


ゆったりまったり雲の上

というのが、僕が考えあぐねた末にたどり着いた「僕のペンション」の「キャッチコピー」だ。ひとむかしまえなら「売り」とか「ツボ」とか「モットー」なんて言ったかも知れない。膨大なお客様からの感想を読み返させていただいて、ふっと感じたのがこの「感覚」だった。

広告コピーとしてはだめ出しするね、問題外だ、たぶん。

でも、ペンション・オーナーの言葉としてならOKかもしれない。

もちろん活動的な旅でよいのだけれど、僕のペンションにいる間は是非「ゆったりまったり」と旅の疲れやある種の緊張や興奮から心と体を解放していただきたいと思うのだ。「休息の極致から最大パワーの活動へ」というのが古代インドの叡智の教えるところだしね。

具体的に言えば、瞑想による超越状態から活動にはいるとき最大限の幾何級数的活動が可能になると言うことだ。まあ、小難しいことはとにかく、最大の収穫を得るには休息と活動のバランスが大切だと言うことなのだ。

お客様に「ゆったりまったり」していただくために、ぼくらは「じたばた」しますけど、もしそれが目にとまったとしても、どうぞお気になさらずに見なかったことにしてください。(^^ゞ


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09月19日(水) 気温:最低 13℃/最高 19℃ Weather 晴れのち曇り

3868 生き様は死に様


晴れなのか曇りなのかよくわからない。陽射しはあるのだけれど、建物を囲む森に遮られて(だから涼しいというのもあるのだけど)それは木漏れ日になってしまうので、直射日光を浴びるためには建物から少し離れなければならない。

きょうは頻繁に雲がやってきては通り過ぎていく。ここは雲や雲海の通り道なのだ。ここに住むようになって数年たってようやく気づいたのだけれど、山を眺めると微妙に森の色が濃かったり薄かったりして絵画のように綺麗でしょ?

あれは雲の影なのだ。もちろん、暗くというか緑が濃く見える部分が、雲の「影」なのだ。どうしてこれまで気づかなかったのだろう。

そんなふうに思ったのも、もうずいぶんと昔のことになってしまった。


深夜、というかもう未明だけど、ラジカセから流れるジュリー・ロンドンの「思い出のサンフランシスコ」を聴きながらこのエントリーを書いている。春だったらもうすぐホトトギスが鳴き始めるころ合いだ。でも、それはない、もう秋だから。

居室のすぐ外で眠っているシベリアンハスキーのパルはもうすぐ13歳になる。人間でいったらもう90歳くらいなのだろうか。すっかり耳が遠くなって、聞こえたり聞こえなかったりするようだ。僕らの呼びかけも彼には届かなくなってきた。

しかたのないことだけど、人間より寿命の短い動物と生活を共にすることはつらいことでもある。僕は彼の若かりし頃のこと、幼かった頃のことをよく思い出す。なにをするにも大儀そうないまの彼の中にその姿を見いだそうとじっと見つめる。それは不確かな残像として彼の周囲に漂っている。とどのつまり、歳をとるということはそういうことなのだ。生きるということはそういうことなのだ。

日の出があるのと同様に、あたりまえのこととして「夕暮れ」がやがてやってくるのだ、だれにでも。人生のピークを過ぎてから久しい僕にだって、同じようなことが起こっている。僕は夕暮れに向かって家路を急ぐ子供のような気持ちでいる。

遊び疲れて泥まみれで空腹で、安息の地としての家に帰ろうとしている。生きて、やがて死んでゆくというのはそういうことなのではないのだろうか。もちろん、これはメタファーだ。

すくなくとも僕はすでに人生の秋を迎えている。あたりまえのこととして僕はそれを受け入れている。まだまだこれからだ、という考え方を「あえて」しないでいる。人生にはその年齢、その時期にしかできないことがあることを知ったからだ。「まだまだこれからだ」なんてがんばっちゃう必要なんて無いのだと思う。

もちろんひとそれぞれだから、名実ともに「まだまだこれからだ」というひとだってたくさんいるに違いない。それは素晴らしいことだと思う。でも、僕に限っていうならば、別に元気がない訳じゃないのだけど、そういうことなのだ。わかってもらおうとは思っていないけど。

生きること、死んでいくこと。そこからくみ取れること学ぶべきことがたくさんある。高原の森で暮らすということは、そういうことなのだ。イデオロギーとは無縁の世界で、生き様死に様を野生から自然から学ぶということなのだ。

長い思索のはてにたどり着くのはいつも同じこのような結論だ。


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09月18日(火) 気温:最低 14℃/最高 19℃ Weather 晴れ

3867 ペンション・サンセットの隠し湯


サンセットの隠し湯」として特別提携先の蓼科温泉・小斉の湯(入浴時間 8:00〜20:00)がありますのでそちらをご利用いただけます。もちろん優待割引があります。(通常大人700円が600円に、小学生は大人の半額)

もちろんこれは「ペンション・サンセットにご宿泊のお客様限定」の特別優待料金です。

ペンション・サンセットではフロントに「優待割引券」を備え付けるように致しますので、チェックイン後はそちらをお持ちになってお出かけ下さい。

さてこの「特別優待料金」は、プール平の蓼科郵便局前の必要最低限の設備の小さな「共同温泉浴場」でさえ大人350円もするのですから、どれだけお得な料金かご理解いただけることと思います。(ちなみに蓼科温泉の他の外来入浴料金は700円〜1500円程度です)

ということで、安心してご利用いただければとてもうれしく思います。

お知らせ:この秋、ホテル親湯さんとタイアップして実施した「天然温泉入浴企画」は2007年11月2日で終了いたしました。御了承下さいませ。


日記は日記、コピーはコピー

昨日の今日でのっけから広告コピーめいた書き方にならざるを得ないことになっちゃいましたが、これは日記の中におけるお知らせです。広告コピーとしては書いていませんよ〜。

その証拠に何の提案も何の解決も含まれていないでしょ。

まあ、温泉といえばばかっ高い費用をかけて山麓の湯元から温泉をタンクローリーで運んで「汲み湯」にするしかないという立地のペンション・サンセットからすれば、お客様の天然温泉ニーズや景色の良い露天風呂をというニーズにお応えできるという「解決」ではあります。

温泉に入りたいなら「本物の温泉」に入ろうよ、ってことです。もちろん「汲み湯」だってりっぱな「本物の温泉」なのですが、規模も設備も湯量も三拍子そろった本物の温泉宿の温泉のほうがいいかも・・・ということです。

まあこれが、とりあえずの「提案」かな。

全然ダメだね。広告コピーになっていないもんね。

なにしろ日記ですから、これは。はは・・・は。(^_^;)


ということで今日はお知らせだけになっちゃいましたが、明日以降の「日記」もどうぞお楽しみに。そろそろメールマガジンにも、番外編を載せようかと思っていますので、メルマガ登録はお早めに。バックナンバーは配信しないので「幻の番外編」になっちゃうかも〜知れません。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(ワレモコウ=バーネットです)


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09月17日(月) 気温:最低 12℃/最高 19℃ Weather 曇りのち雨

3866 蓼科高原日記は日記である


「蓼科高原ピラタスの丘にお客様が来て下さるようにするにはどうしたらいいか」という課題を自分に出してみよう。「蓼科高原ピラタスの丘には美しい豊かな自然があります」というだけではダメだということは、昨日書いたとおりだ。「ああそうなんだ、知らなかった!」とびっくりしてピラタスの丘に行こうなどとは誰も思わない。

なんらかの「解決」を目指さなければならないのだけれど、難しい。

「そのピラタスの丘にペンション・サンセットという宿があります」と書いたところで、「そうなんだ、知らなかった!よし、さっそく行ってみよう」ということにはならない、あたりまえだけど。

それがあたりまえの世の中なのだけれど、なんだかつまんないね。

僕なんか「高原」と聞いただけで血が騒いで行きたくて、というか、そこに少しでも長く身を置いていたくてじりじりしたものだけれど。ひとそれぞれだから、別に「高原」じゃなくてもいいんだけど、なんか投げかけられた言葉に強烈な憧憬を喚起されるということが無くなってしまったのだろうか。

というのが僕の正直な感慨なのだけれど、そんなことをいっていたところでなにかが変わるわけでもない。変えたいのならば、言葉の力を信じてみるしかないじゃない。

いま、厚さ20センチにもなろうかというお客様からのメールのプリントアウトを読み返している。そこにはお客様の目線でご覧になったり感じたりした感想がぎっしりと書いてある。

なぜペンション・サンセットはお客様にとって心地よいのか、その理由をお客様は追求する必要は全くないけど、僕はきちんと分析して論理的に明確に理解していなければならない。

なぜペンション・サンセットのお料理は美味しいと評価されているのかについて、僕はその理由を現象面、実際面を通して明確に理解していなければならない。

なぜペンション・サンセットを愛して下さるお客様がこんなに多いのか、その理由を「なんとなく」でもなく「感覚的に」でもなく「論理的に」僕は理解しなければならない。データとして所有しなければならない。

そうでなければ僕はなにかを変える力のある文章によって、まだご利用になったことのないお客様にペンション・サンセットをご利用いただくことは出来ないだろう。

感覚が感覚で終わってしまってはいけないのがコピーライティングというものだ。緻密な論理的思考とそれを裏付けるデータに基づいた的確な方向性を持っていないコピーは、ひとのこころに訴えかけるものがない。ひとを動かす力がない。

誰に、なにを、どのように訴えかけるかが大切だ。

みんなに、いろんなことを、総花的に訴えるというのがよくある落とし穴。

僕もはまっちゃってる、正直言って。

う〜ん、一朝一夕にはいかないな。

暗礁に乗り上げた。(^_^;)


蓼科高原日記、つまりこのブログは感性の表現であり、直感の記録であり、森を散策するひとの思索の記述だった。それは過去も現在もそしてこれからも変わることはないだろう。そうでなければ僕は書き続けることが出来ないだろう。

蓼科高原日記は僕のきわめて個人的な日記である。

このことは変わらない。

コピーライティングはまた別の場所、別の場面、別の次元の話しなのだ、やっぱり。具体的にはこのブログではなく、ペンション・サンセットのホームページを舞台とするべきなのだと思う。その舞台では僕は生粋のコピーライターとして語り、こちらの日記では個人として語る。

うまくいくかどうかわからないけど、とりあえずそうしてみようと思う。


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09月16日(日) 気温:最低 12℃/最高 19℃ Weather 晴れ

3865 蓼科高原日記とコピーライティング

晴れのち曇り(夕立あり)

「古本屋に若者が来るようにするにはどうしたらよいか」という課題を出すと、若い生徒たちは古本屋のノスタルジーを語ったり、店の頑固親父について語ったりする。しかしそれは「古本屋には古い本がある」ということを情景描写しているに過ぎない。「古本屋には古い本があるなんて知らなかった。びっくり。」なんて言うひとはいない。そんな文章やコピーを読んで古本屋に行こうなんてことにはならない。そんな話しがコピーライティングの本にあった。

あたりまえのことかも知れないけど、改めて指摘されて目から鱗が落ちる思いだった。「高原には美しい自然があります、山があり湖があり森があります。」と僕はこの日記で語り続けてきたからだ。上の例とちょっと違うのは「それらの自然がどのようにあるのか、どのように美しいのか」も書いてきたことだろうか。いずれにしても、それじゃあだめなんだってこと。「ああ蓼科には豊かな自然があってそれがとてもきれいなんだって。びっくり。」それで蓼科に行こう、ペンション・サンセットに泊まろうということにはならないのだ、たぶん。

「描写」ではなく「解決」なんだ、とその本の著者は言う。「古本屋には古い本があります」と書く変わりに「お風呂で読むための本や雑誌なら、古本屋で」と呼びかけてみる。半身浴などで本がふやけてしまうような場合でも古本ならもったいなくない、と呼びかけてみる。すくなくともこのコピーは現状を何とかして「解決」しようとしている。文章(コピー)を書くときに「素晴らしい言葉を綴ってやろう」と考えることと「いまある状況を何とか変えさせてみよう」とすることとはちょっと方向性が異なるということ。そのズレは致命的なのだということを指摘された。

この本のことは NBonline のあるコラムで知った。本との出会いにはじつに運命的なものがあると改めて感じる。

で、思ったのは、コピーライターが広告コピーを書くのと、「自分のペンションに泊まって欲しい」と思う僕がその目的で文章を書くのはまったく同じなのだろうか、ということだ。それはコピーライターが書く日記と、ペンション・オーナーが綴る日記とは同じなのだろうかという思索へとつながっていく。

ホームページの文章については「同じ」だと思う。でも、蓼科高原日記はまた別の世界を持っているように思うのだ。結局その二極端の間で迷走しているのが現状なのかも知れない。

結局コマーシャリズム(商業主義)がすべてを支配するかのような世の中になってしまった。それが嫌で、それもひとつの理由で広告界を去った僕が、ふたたびコマーシャリズムと正面から対峙し取り組まなければならないなんて、皮肉というか、因縁というか・・・。いずれにしても、この歳になってコピーライティングを改めて勉強することになったわけだ。

別に広告関係者でなくても、企画書などのビジネス文書を書く機会のある人なら、あるいはブログをやっているひとも読んで大変ためになる本だと思う。

広告コピーってこう書くんだ ! 読本 谷山雅計著 (宣伝会議新刊)

これはおすすめ。


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09月15日(土) 気温:最低 11℃/最高 19℃ Weather 晴れ

3864 秋は村上春樹を読む(3)


天気予報のイノセントな暴力について

今日も昨日に続いて快晴。

一昨日時点の予報では「雨」だったのに。

そもそも、この3連休の天気予報は今週初めの段階で「雨模様」だった。

じっさいは、土日は晴天、3日目は曇り、それ以降の1週間も晴れという予報に変わっている。

この大はずれの予報に対して、気象関係者からは何のコメントもない。

多くのお客様が天気予報を信じてこの週末の当地への旅行を断念した。

このかき入れ時に、被害は甚大だ。

しかし、役所同様に誰も責任を取らない。そもそも経済に与える影響に対する責任があるとも思っていないし、責任を取るシステムや規定すらない。

これはイノセントな「暴力」以外のなにものでもない。

お客様は週間予報などという「与太話」を絶対に信用しないで下さいね。1/2から2/3の確率ではずれますから。

ペンション・サンセットでは1回に限りご宿泊日の変更をキャンセル料無しの無料で承ります。

なので、ご安心の上、早めのご予約をどうぞ。

当日の雨や荒天で宿泊日変更したいときには無料で変更可能です。

ただし、他のお客様をお断りしてお部屋を確保することになる「お盆休み」だけは、申し訳ないのですが、このサービスはお休みさせていただきますのでご容赦下さい。

さて、きのうの続きです。

---

僕にとっての村上春樹とは(3)

村上春樹の作品は彼のでデビュー以来ほぼすべて、共時的に、何回も読返し続
けていますが、その全体の流れを捉えていないと「海辺のカフカ」を読み解く
のはかなり困難かも知れません。特に「世界の終わりと、ハードボイルドワン
ダーランド」はしっかりとその作品の輪郭をとらえていないと、「海辺のカフ
カの」後半のストーリーがまったく訳の分からないものになるかも知れませ
ん。

「ノルウェイの森」がベストセラーになる以前は、その形而上学的展開から女
性には敬遠される作家ナンバーワンだった村上春樹です。そして男性しか抱く
ことのない「憧憬」。社会的にはちっぽけな存在かも知れないけれど、自分な
りのハードボイルドなルールを絶対に譲らない主人公。

フランソワーズ・サガンやボーボワール、卑近な例では吉本ばななの作品を男
性が100%は理解できないのと同様に、女性には村上春樹の作品の100%
を読み解くことはできないのかも知れません。それはしかたのないことです。
男性と女性とは根源的にまったく異なった世界に生きているのですから。我々
がこの世界や価値を共有していると想っているのは美しい共同幻想に過ぎませ
ん。

村上作品はそのこともまた、僕に教えてくれました。

大学時代には本を読もうと決意して4年間で3400冊、文字通り目がつぶれ
るほど古今東西の書物に埋もれて(ふつうの学生生活もして)過ごしました
が、後年、村上春樹という作家に出会えただけでもその甲斐あったというもの
です。彼の作品を読む上で大学時代の乱読が大いに役に立ったことは言うまで
もありません。それ以来、努力はほとんど報われることのない想いに終わるけ
れど、多少は役に立つこともあると、いうのが僕の心情です。

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参考文献(蓼科高原日記2004年1月29日付より):

クリシュナムルティが言うように「思考が時間である」。あるいは、ラビンド
ラナート・タゴールが言うように:

「時間は精神的な装置であり、存在しているものの相対的な位置を測るた
めに私たちが使っている概念なのである。」

「もしリアリティをめぐるすべての知識が経験にはじまり経験に終わると
するアインシュタインが正しいならば、出来事の意味を汲みとる源となるよう
な外郭のリアリティは存在しないことになる。」

「われわれの知覚がそのようなものであると受け止めたもの、それが世界
だ。そのことを疑う者はいない。われわれは心とは鏡のようなもので、外の世
界の出来事を正確に映し出すだけだと思っているからである。ところが、じつ
は反対で、心のほうが創造しているのである。つまり、ひとは世界を知覚する
ことによって、自分の世界を、時間と空間の中に絶えず創造しているのであ
る。」

ということだと僕も思うのだ。子供時代から積算すれば何十年もかかって
僕は僕なりにそのような結論に到達し、その後に彼らのこのような言葉に出会
った。これはやはりシンクロニシティーではないかと思う。

折に触れて僕が言う「我々の外に景色(美・あるいは世界)は存在せず、
それは我々の心の中に構成されるものなのだ」というのはそのような意味にお
いてである。

と、まあ、こういう話題になるといくらでも語ることができるようになっ
ちゃうのだけれど、興味のある方は2003年11月16日から11月18日の蓼科高原日
記をご覧いただければさいわいです。僕が何を言いたいかが、そこにはきちん
と書いてあるから。

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さて、ホームページを拝見しました。日々の生活を自分らしく生
きるその感性とてもよく届いてきます。そしてphotoはやわらかな風のように
視覚から気持ちを届けくれて、今日は時間ができ、休んで良かった!



3日間にわたって掲載した村上春樹の話は、上記の文章で始まるある方からのメールに応えたものです。ちょうど「海辺のカフカ」が出た年だったと記憶しています。そして「世界の中心で、愛を叫ぶ」がブームになっていた頃だったと思います。


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09月14日(金) 気温:最低 10℃/最高 18℃ Weather 晴れ

3863 秋は村上春樹を読む(2)


まだ蝉の声がする

一昨日、昨日、そして今日と冷え込みが続いています。朝方の凛とした大気と空の色はまさに「初秋」を感じさせます。クルマのエンジンに火を入れるとき、きょうはエアコンが入るかなそれともヒーターが入るかなと、ちょっとゲームのような感じで楽しんでいます。

今日はヒーターが入りました。オートエアコンの温度設定は24℃です。で、ヒーターが入りました。午後2時、外気温計は20℃を示しています。試しに窓を開けてみると、なにか聞こえる。エンジンを止めると周囲はしんと静まりかえり、耳の奥からキーンという音が聞こえてくるほどです。

そして聞こえたのです。もう死に絶えたとばかり思っていた蝉の声が。蓼科で、それもこのピラタスの丘でエゾハルゼミ(6月に鳴いて、そして終わります)以外の蝉の声を聞くこと自体異例のことなのに、9月のこの時期に蝉の声を聞くなどということは想定外のことなのです。

やはり温暖化の波はこんな山岳地にまで及んでいるということでしょうか。

さて、きのうの続きです。

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僕にとっての村上春樹とは(2)

僕にとって村上春樹は自分の文章作法のほとんどすべてを学んだ作家のひとり
です。もちろん「模倣」はしていませんが、多少スタイルが似てくるのは致し
方ないのかも知れません。基本的には自分の「内的言語」レベルでのはなしで
す。

彼は「メタファー」の作家と言っても良いのかも知れません。ゲーテがファウ
ストに言わせたあの科白「万物はメタファーである。」という、まさにあの意
味において。

彼の作品は若き日に彼が学んだギリシャ悲劇の様式美と厳格な構成によって精
緻に組み立てられた「寓話」として読むと、その意図を読み違えることが少な
いように感じています。その構成力と、さりげなくてめだたないけれど精緻な
しつらえには舌を巻くばかりです。

もちろんストーリーテラーとしての「ぼく」(に代表される主人公)のキャラ
クターに村上春樹自身の世界観がぎっしりつまっているわけだけれど、僕は
(そして多くの共感者)は「ぼく」に自分を重ね合わせつつこの「ワンダーラ
ンド」を不思議なリアリティーをもって突き進んでいくことになります。「す
べてはメタファーである」というキーワードをしっかりと胸に抱きしめて。

もう一つのキーワードは女性に対する限りなき「憧憬」です。全作品を通じて
このことは様々に形を変えてあるいはメタファーとして登場してきます。主旋
律の狭間にふっとこの旋律が顔を出すのです。僕が彼の作品に惹かれて止まな
いのはむしろそちらのほうかも知れません。それはメタファーとしてしか存在
し得ない憧憬だからです。現実に存在する女性にそれを求めても、それは理不
尽というものです。そのようなたぐいの「憧憬」です。

いまはやりの「世界の中心で、愛をさけぶ」のストーリーにはまりつつも、そ
れにまったく新鮮みを感じないのは「ノルウェイの森」の最後の1ページを読
んでしまっているからです。

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以下は明日以降に。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(ヤナギランです)


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09月13日(木) 気温:最低 8℃/最高 16℃ Weather 晴れのち曇り

3862 秋は村上春樹を読む(1)


朝晩の冷え込み続く

きのうから急に気温が下がり始めたようです。一言で言ってしまえば「朝晩の冷え込み」ということなのですが、秋の冷え込みという感じではなく「夏の冷え込んだ朝」という印象です。その証拠に朝は夜露でテラスがびっしょりと濡れています。まるで雨が降ったみたいです。

こうした冷え込む夜が続くことによって紅葉はより色鮮やかになっていくわけです。だから、ぼくらはこういう気候は大歓迎です。別に寒くてしょうがないということでもないし、日中はほどよい気温と日差しでかなり快適に活動できるのですから。

何度も言いますが、ここでは「残暑」というものがそもそもありません。だから季節は「夏」ではなくて「夏の終わり」なのです。ここに身を置けばだれでも朝夕には濃密な秋の気配が感じられることでしょう。

蓼科に来てくださいというセールストークばかりでは僕自身もつまんないので、セールストークはしばらくやめておきます。でも、観光情報や季節情報や耳寄り情報はちゃんと書くのでご安心下さい。


秋は村上春樹を読むのだ

さて、僕は本を読むのがとても好きでそのおかげで子供の頃死ぬほど嫌いだった作文がだいぶましなものになりました。読書感想文が宿題になったときなんか毎回泣きながら書いていたものです。この日記ももちろん「作文」の域を出ていないわけで、公開するのも恥ずかしいくらいのものです。

そんな僕が、勝手に、師と仰ぐのが作家の村上春樹氏です。デビュー以来がーんと一発衝撃をうけて、ずうっと信奉しているファンのひとりです。古いメールを見ていたら、以下のような長い文面を発見したので、転載することにしました。長いので数回に分けることにします。

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僕にとっての村上春樹とは(1)

3歳ほど年上の村上春樹は僕にとってはあこがれの兄みたいなあるいは尊敬し
て止まない先輩みたいな存在です。

もし何かの間違いで自分に小説家としての技量があったならやはりこのような
小説をこのように書くのだろうな、というのが僕にとっての村上春樹です。
だから読んでいても、ここはすごいとか、ここは自分ならこう書くだろうと
か、そんなふうに読んでいるような気がします。

もちろんいつもそんな風に分析的に読んでいるのではありません。大好きな作
家の作品として、その「作品」をというよりは、変わらぬその「世界」にひた
っているのです。

僕が彼の作品を愛しているのはその「世界観」を同じくするものだからです。
感性は異なるかも知れない、もちろん主人公も登場人物も僕とは別人である。
そして作者も現実の世界においては、僕とはまったく異なった価値観をもって
生きているに違いない。

しかし、彼の紡ぎだすこの世界は共有することができる。

そんな感じです。

僕は元来夢想家ですから、実際にも(内面的には)このような世界に生きてい
るのです。この世界は僕が帰ってゆくべき世界です、たとえ夢の世界にしか存
在し得ない形而上世界であったとしても。

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以下は明日以降に。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。


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09月12日(水) 気温:最低 7℃/最高 14℃ Weather 晴れ

3861 蓼科の9月は最高の季節


気温7℃の朝

いやに涼しいと思ったら、今朝は7℃まで冷え込んでいたのでした。信じられますか?

記録式寒暖計で確認するまで、僕ですら信じられませんでしたから、きっと皆さんは信じがたい想いだと思います。でも、これは事実です、本当のことです。以前はこんなことは当たり前だったのですが、温暖化の影響かずいぶん暖かな年が続いていたのです。

で、今日の最高気温は14℃でした。これもちょっと信じられない~って感じかもしれませんね。

ただ、数字だけを観るほど寒いわけではないのです。季節感としては「夏の終わり」あるいは「秋の初め」といったところなのです。その理由は、日差しがとても暖かだからです。景色がまだ夏だからです。

そんなことですので、こちらに限らず高原と呼ばれるところにお出かけの節は、ご自宅の気温より10℃は気温が低いところに出かけるのだと考えて、暖かい服を是非用意するようにしてください。そうすれば、抜群に快適な旅になること請け合いです。旅先で寒い想いなんかしてたらつまんないですものね。


気になる天気

今週末そして来週末の連休に「遅い夏休み」や秋の行楽をご計画の方も多いことと思いますが、そこで気になるのがお天気です。毎日、いや3時間ごとにころころ変わる天気概況・天気予報にはついつい振り回されてしまいますが、それは、我々も同じです。

信州は山岳県なので、気象変化が激しいのです。だから天気予報も難しいのは確かです。あてにできるのはマクロというかおおまかな気象の変化の方向性だけでしょうか。要するに天気は上り坂にあるのか下り坂なのかといった見方をすればかなり気が楽になるのは確かです。

天気に限らずこの世界には確かなことなんて(じつは)ほとんどなにもないのですからね~。

個人的には、確かなことなど(愛と呼ばれるものを含めて)なにひとつ無いと思っています。とくに男性は長い結婚生活を経てそのような結論に達するのです。妻あるいは嫁と呼ばれるひとがそのことを教えてくれます。(^_^;)

まあ、それはさておきペンション・サンセットのホームページのこちらで天気概況をご確認いただけますので是非ブックマークしておいて下さいね。


紅葉

ヤマブドウが紅葉し始めています。真っ赤ではなく褐色(紅茶の葉の色)に近いので紅葉という漢字はしないと思いますが、それがヤマブドウの紅葉なのです。いつもなら蛍光オレンジが目立つナナカマドの紅葉はようやくちらほらといった感じです。

今日のような冷え込みが続けば紅葉は一気に加速しますから、まさに紅葉の見頃は水物と言うほかありません。いずれにしても現状では、昨日書いたような感じで平年並みの展開になるのではないかと思っています。

8月が終わって10月の紅葉まで高原には特に観るべきものはないなんて思っていませんか?

それは違うのです。9月という季節はその「なんにもない」という印象とはうらはらにじつに含蓄に富んだ実りと癒しの季節なのですよ。言葉でうまく説明できないのが歯がゆいのですが、騙されたと思って是非9月の蓼科を訪れてみて下さい。

過酷な夏の熱をクーリングダウンするには蓼科の9月ほど絶好の季節はないのです。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(秋の花、マツムシソウ)


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09月11日(火) 気温:最低 12℃/最高 17℃ Weather 雨のち曇り

3860 ペンション・サンセットの秋景色


今週末は晴れそうです

先週発表の週間天気予報では今週はずうっと晴れマークが続いていたように思うのですが、いま観るとずうっと曇り一時雨になっています。が、週末には晴れマークもあったりして期待できそうです。

夏のハイシーズンの疲れがどっと出たような感じで心身ともに脱力しそうになる昨今ですが、大丈夫、お客様がお見えになるとそんなものどこかに吹っ飛んでしまうのが、ペンション・オーナーというものですから。(^^)

さて、秋景色の予告をしておきましょうか、今日の写真は紅葉に彩られたペンション・サンセット(10月中旬)です。きれいでしょう?この景色を観てペンション・サンセットに翌年のご宿泊を決めて下さるお客様も多いのです。

※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。


紅葉の見頃

今年の紅葉は平年並みに進むと思いますので、
北八ヶ岳や麦草峠方面の山歩きのお客様は10月上旬、
ピラタスの丘では10月中旬、横谷渓谷も同じ頃、
蓼科湖など湖沼部では10月下旬から見頃になりそうです。


メールマガジンのこと

メールマガジン「蓼科高原からの手紙」の登録会員も少しずつ増えてきてとてもうれしく思っています。ありがとうございます。ただ、内容的に悩むのはこの日記とのかねあいです。ここに書いたことを載せるわけにも行かないし、どうしたものだろう。

その時々の日記の内容の要約や趣旨や解説や補足なんかを書くのも良いかななんて思っています。それに加えて最新の蓼科情報や耳寄り情報や、会員限定プランや特典などなど・・・そんな感じで以降かと思っていますので、いずれにしても会員登録して得になることはあっても損することはないです、きっと。

読み応えのあるものを書こうとすると、すぐに10000文字を超えてしまうのでケータイメルアドでご登録のお客様は受信しきれなくなるのでそこのところが大きな悩みです。是非パソコンのメールアドレスでご登録いただくよう改めてお願い申し上げます。

先日配信させていただいた創刊第1号が素っ気ないくらいのものだったのですが、あれでも1200文字とケータイメルマガの標準500文字の2倍以上の文字数なのです。あれ以上削ったら「業務連絡」になっちゃうもんね。

やっぱり納得いくまで書いてしまおうと思います。たとえ2万文字を超えようとも。

そして後日同じ内容をこのブログに再掲載するようにしたいと思います、バックナンバーとして。創刊号はそのパターンですでに掲載済みです。


昼は夏、朝晩は秋

昼は夏、朝晩は秋という気候になりました。残暑の全くない蓼科の9月はいつもそんな季節です。静かで、癒しに満ちた心温まる自然のたたずまいにほっとします。

コスモスが満開になり、秋の山野草も咲きそろい、広葉樹は少しずつ黄色く葉の色を変えてきています。気の早い樹木はすでに真っ赤に紅葉しています。あるいは黄色い葉を落とし始めています。針葉樹の唐松でさえ、まだ十分緑色の針葉をぱらぱらと落とすのです。

ニュースで30℃で暑いなどと聞いても、まったく実感がありません。朝晩は暖房が必要なことがあるくらいですから。いま僕は居室で厚手の冬用のトレーナースーツを着てちょうど快適に過ごしています。たまたま夏休みで帰ってきた息子はTシャツの上に冬用のフリースを着込んで「すずしいねえ」などとのたまわっています。

そんな感じの気候です。

肌寒く感じることはあっても「暑い」なんてことは絶対にあり得ない蓼科です。


連休は絶好のタイミングです

今週末、そして来週末の連休は酷暑に痛めつけられた心身をいやす絶好の機会かと思います。

「遅い夏休み」をおとりになるみなさまのお越しをお待ち申し上げております。

それから、紅葉狩りの季節10月のご予約がどんどん入り始めていますので、ご予定のお客様はお早めのご予約をおすすめいたします。10月6日(土)はもう少しで満室になります。


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09月10日(月) 気温:最低 13℃/最高 19℃ Weather 晴れのち雨

3859 どっちも好き


Mac vs. Windows

もう終わったと思っていたのだけれど、YouTube を観るとまだまだやっているんだ。Mac のほうがいいんだとか、いや Windows が最高なんだ、とか。別に個人の好みや価値観の問題だから、どう思おうとなにを言おうとかまわないと思う。だからって相手をけなすことはないと思うんだけどね。

僕は会社員時代に MS DOS3.1 でパソコン入門をして Windows3.1 が出たあたりで会社を辞めた。その後しばらくワープロ専用機を使っていたのだけれど、必要に迫られて Windows95 マシンを買うつもりで電気屋さんに行ったときに、Mac との運命的な出会いを経験したわけだ。

半年悩んだ末に結局 Mac ユーザーになってしまった。当時はそれほどユーザーインターフェイスに差があったということだ。Mac のパワーユーザーといわれるようになってアップル純正 "Power User " ポロシャツもいただいたほどだけど、現在は Power Mac G5 と Think Pad T43 の両方を使い分けている。

前者の OS は Mac OS X 10.4.10(Tiger) で後者は Windows XP Professional SP2 だ。どちらも違和感なく同時に起動して使い分けて作業している。どちらにもいいところがあり、若干不満なところがあるのは世の常で仕方のないことだと思っている。

だから、Mac だ Windows だという排他的議論には興味がないし、あまり建設的だとは思わない。

ホームページを政策運営している立場からすれば、この両方を使っていることは大変メリットがある。何しろお客様の90%が Windows ユーザーなのだから、お客様のアクセス環境を知る上でもホームページの表示状態をチェックする上でも大きなメリットがあり、とても勉強になっている。

YouTube にこんなのがあったけど、これは実感だね。以前に比べるとだいぶ良くなっているけれど相変わらず Windows の警告(アラート)にはいらつくことが多いから。その理由を考えてみると、Mac の警告はソフトな語り口のナビゲーションになっている(どうしたら解決するかのコマンドボタンが表示されている)のに対して、Windows の警告ダイアログはデッドエンドでその操作をキャンセルするかヘルプを観るかしか選択肢がないケースが多いことだ。

まあ、パワーユーザーにとってはどうでもいいことかもしれないけれど、多くの初心者にとってはいかにもビジネスライクなホスピタリティに欠ける扱いだと思う。そういう意味において Windows でパソコン入門するひとは大変だと思う。Mac を使い始めたとき以来僕はマニュアルや解説本なんて一切読んだこと無いもの。誰にも習わなかったし、サポートに電話したこともないし、トラブルはすべて自分で解決してきた。

Windows から Mac への移行は確かにユーザーインターフェイスの点でも違和感が大きいと思う。場合によってはむかつくかも知れない。それは Mac が感覚的であって、Windows のように徹底して論理的ではないからかも知れない。

そのいっぽうで、Mac ユーザーが Windows を使うのはあっけないほどたやすいことなのだ。僕自身が実際にそれを体験したのだから間違いない。Mac ユーザーは Windows をも感覚的、直感的に使ってしまうからかも知れない。

まあいずれにしてもクルマと一緒で、好きなのを使えばいいだけの話だ。僕の場合、ランドローバーに乗るのと同じ感覚であえて Mac を使っている。いよいよとなればなんだっていいんだけど、余裕があれば好きな道具の方が幸せだから。

ということで僕は Mac も Windows も好きですね。


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09月09日(日) 気温:最低 12℃/最高 20℃ Weather 晴れ

3858 残暑のない蓼科・レイトサマー


蝉の声を聞く

朝、久しぶりに蝉の声を聞いた。ああ、やっぱり晴れた朝には鳴くんだ、と思った。以前のような「蝉時雨(せみしぐれ)」ではないけれど、夏を感じさせるBGMだ。まだ「夏」なんだ、と思った。季節は秋に向かって小走りになってきているようだけれど、蓼科はレイトサマー真っ盛りなのだった。


9月の連休は避暑地のレイトサマーを堪能できる

9月の2度ある連休は、そんな避暑地ならではのレイトサマーを堪能できる。残暑に苦しむ都会のレイトサマーとは異なって、ここのレイトサマーはひんやりとした秋の風の吹く「夏の終わり」なのだ。残暑というものは、ここには存在しない。

空を見上げれば巨大な積乱雲が八ヶ岳の背後からぐぐぐっとせりあがってきている。蓼科山より大きな雲がゆっくりと頭上を通り過ぎていく。それが湖面に映り込み、やがて湖面からフレームアウトする。次の雲がやってきてふたたびフレームインして、またフレームアウトしていく。

真っ青な空が秋を感じさせるけれど、陽射しは真夏のようにきっぱりと熱い。風がエアコンから吹き出したように冷たいので「暑さ」は感じない。そしてやはり盛夏のような強烈さはこの陽射しにはないことに気づく。蝉の声が聞こえる。

高原のススキと虫の音

あちこちで高原ならではのきれいなススキを見かけるようになった。花もいいけれど、ススキだって充分以上に鑑賞すべき風景の一部なのだ。薄暗い森の陰では秋の虫の音が聞こえる。もちろん夜になればその声はさらに広がる。

夏と秋との2つの季節をじっくり味わえる静かな避暑地のレイトサマー。

今年は9月に2回も連休があります。是非この機会に味わっていただければさいわいです。


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09月08日(土) 気温:最低 12℃/最高 18℃ Weather 晴れ

3857 歴史ある避暑地、心温まる蓼科


蝉の声がしません。天気によって鳴いたり鳴かなかったりするのかな。蝉の生態には不案内なのでよくわかりません。標高1200m以下ではまだ鳴いていました。いずれにしてもこの季節にこんなに蝉の声を聞くのは初めてのことです。

今日は久しぶりに結構「あつく」感じましたが、山麓の町で30℃に達しない気温でした。ピラタスの丘では最高気温は18℃でした。平野部からいらしたお客様は「寒いくらい」とおっしゃいますが、われわれにとってはこの季節にしては「あつい」一日でした。

といっても、エアコンが欲しいということではなくて「涼しくないなあ」といったニュアンスなのですが。にっちゅうでも風はひんやりさらさらとしていてとても心地よいのです。日差しが、今日に限って、強かったのかな。ここでは、熱源は太陽しかないのです。照り返しもムッとるする熱い大気もありません。

何しろ「残暑」というものがそもそも無い土地なのです。夏の盛りを過ぎるとそのまま緩やかな坂をゆっくりと下って秋へと向かうのです。いまピラタスの丘ではコスモスが満開です。美しい蝶が飛び、アキアカネ(赤とんぼ)が飛び交っています。

山から下りれば、山麓の町と山との間には農村部が広がっています。その風情がいいんだなあ、絵に描いたような「里の秋」がそこにあります。これから紅葉の季節が最高です。沿道の農家の軒先に見事な紅葉が真っ赤に照り映えていたりするのです。

蓼科の紅葉は赤、黄、緑の織りなす「錦絵(にしきえ)」になります。原生の雑木の森だからそのようになるわけです。広葉樹の美しい紅葉が終わる頃、オーバーラップするようにカラマツの見事な紅葉が見頃を迎えます。日本画の巨匠、故・東山魁夷画伯の描いた情景がここにあります。

それもそのはず、画伯はよく当地を取材の場とされていたそうです。

ちょうどそのころ「蓼科高原映画祭」(←検索!)が開催されます。秋深まる蓼科で鑑賞する小津安二郎作品そして様々な才能が開花する新作映画。忘れられない思い出になること間違い無しです。立科の住民が温かくお客様をお迎えします。

心温まるホスピタリティーに満ちた歴史ある避暑地「蓼科」です。

昨今ようやくそのことが広く認知されるようになってとてもうれしく思っています。

私が自分のペンションのホームページよりも先に、蓼科についてのホームページを立ち上げた1996年7月には「蓼科」という地名も「たてしな」という読み方もほとんど忘れられていたのですから、じつに感慨深いものがあります。


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09月07日(金) 気温:最低 12℃/最高 17℃ Weather 曇り

3856 すべて通常に戻っています


電話復旧

停電と同時に不通となっていたペンション・サンセットの代表電話はNTTの迅速な対応のおかげで午前11時前には復旧しました。蓼科局と当館との間の回線(具体的にはメタルケーブル)の劣化が原因でした。停電とは直接的関係はなかったようです。

結局36時間一睡もしなかった計算になります。もうろうとして、ようやく午後1時過ぎに仮眠しました。そこで不思議な夢を見たのですが、それはまた別の話。今度書きます。


停電体験

僕らが子供の頃は(昭和30年代ね)、停電なんて日常茶飯事だった。子供にとって台風とか停電とかはある種の非日常的イベントだった。なんかわくわくしちゃったりして。ごうごうという風の音、雨戸を打つ激しい雨の音、びゅーびゅーという電線や樹木の悲鳴、そして停電。それが台風体験。

すきま風にゆらゆらと揺れるろうそくの炎、それにつれて揺れる怪しげな影。トランジスタラジオから流れる気象概況。闇を闊歩する魑魅魍魎が雨戸を外そうとしているようながたがたという音におびえ、風が深呼吸するときの静寂に安堵する。

今回そんなことを思い出しました。

ペンション・サンセットは周りを森に囲まれているので、展望の利く蓼科山方向からの風以外はまったく感じないのです。防風林の威力を実感し、じっさいにその恩恵にあずかっているわけです。

昭和30年代とは建物の造りも全然違うので、建物はみしりともいわないし、窓ががたがたいうこともない。居室にいると外が暴風雨なのか、もう去ってしまったのか、まったくわからないほどです。あるのは底知れぬ静寂と、キャンプ用のガスランタンのぼぼぼぼという燃焼音だけです。

ノートパソコンは使えるけれど、デスクトップ・パソコンもインターネットも使えない。電池式ラジオをつけても、台風情報なんてやっていやしない。やっぱりTVじゃないと情報が取れない。

もしかしたら世界はすでに滅亡してしまっていて、この孤立した世界でぼくらだけが生き残っているんじゃないかなんて馬鹿なことを考えたり。でもね、それほど孤独な静けさ、暗さが支配していたのです。


台風の被害無し、交通も通常どおり

さいわいなことに停電以外に特に問題は起こりませんでした。それもいまは全面復旧しています。諏訪地方および蓼科に被害はありませんでした。道路、交通も通常どおりに戻っています。

明日の天気は晴れ の予報です。日曜日も晴れの予報ですので、快適なレイトサマーの旅を堪能していただけると思います。

みなさまのお越しをお待ちしております。


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09月06日(木) 気温:最低 14℃/最高 17℃ Weather 雨のち嵐

3855 台風9号の被害はありません


台風9号

台風9号は神奈川県小田原市に上陸したとのことですが、あす(いや、もうすでに「今日」ですね)は「台風一過」の晴天になるかも知れないとのことです。諏訪地方では水害や土砂災害の報告はありませんが、けっこう広範囲にわたる停電が報告されています。

風雨はたいしたことはなかったのですが、そのわりに風倒木が多かったようです。そのために電線が切れた可能性が高いと考えています。電力会社というのはそういった情報公開をしないので、教訓をわれわれが共有することが出来ないのです。

ピラタスの丘も午後8時過ぎから停電に見舞われ、午前0時半過ぎに復旧しました。これもやはり樹木が倒れて電線に損傷を与えたのかも知れません。これはかなり長い停電の部類に入ります。たいていは15分とか長くても45分で復旧しますから。

ということで、ブログの更新をいま(7日の午前6時過ぎ)に行っているしだいです。やれやれ徹夜になっちゃった。もう風は収まって、雨が降るばかりの状況です。台風はどんどん遠ざかっているようです。

それにしても最近、樹木があまりにも簡単に倒れると感じています。僕らが子供の頃、いまから40年以上前はかなりの風雨でも樹木は簡単には倒れなかった。


電話回線障害

停電と同時に2回線ある電話回線のうち、ご予約専用の 0266−67−5123 が不通になってしまいました。おそらく、停電と同じ原因だと思われます。復旧の依頼をすでに出していますが、多少時間がかかるかも知れません。

そこで、万一上記電話番号でうまくつながらなかったら 0266−67−2871 におかけいただければさいわいです。どちらもペンション・サンセットの電話番号ですのでご安心下さい。この電話番号は普段はファクス専用となっているものです。

以上よろしくお願いいたします。


蓼科は被害無し

停電以外は諏訪地方ではこれといった被害は報告されていませんので、今週末のドライブや観光に支障はないと思われます。現在通行止めになっている道路は別に崩落しているわけではなく降雨量に応じた安全規定でその様な措置が執られているだけです。

また、運休している中央線などの鉄道もすみやかに運行再開される見通しです。これも安全規定による運休だからです。

ということで、この週末は好天が期待でき、絶好の行楽日和になりそうです。ペンション・サンセットではいつでも受け入れ体制が整っていますので、天気概況を眺めながら当日でもご一報いただければ確実にご宿泊いただけます。

みなさまのお越しをお待ちしております。(^^)


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09月05日(水) 気温:最低 12℃/最高 17℃ Weather 曇りのち雨

3854 メールマガジンのこと


台風9号と週末の天気

蓼科では台風9号の影響は小雨以上のものはありません。

7日の早い段階で東北地方に行ってしまいますので

7日午後は晴れの予報が出ています。

週末はよいお天気になりそうですよ。

今週末の天気は大丈夫です。

レイトサマーの遅い夏休みにぴったりの好天に恵まれます。


メールマガジン創刊

メルマガというと、商業サイトからのものが多くて「ものを売る」という目的がある以上、どちらかというと明るくはしゃいだ印象のものが多いのかも知れません。暗〜いメルマガを読んで、なにかを購入しようなんてあまり思わないもの。

ニュース系や学術系のメルマガは当然ながらそれぞれのテーマに沿った構成と内容と雰囲気を持っていますよね。旅系でいうと楽天トラベルなどのメルマガも旅を商品として扱ってますから明るい雰囲気でよい意味でひとの「欲」を刺激する仕掛けになっているように思います。

でも僕としては、ペンション・サンセットのメールマガジンはこのブログ(蓼科高原日記)の延長線上に置いておきたいという考えなのです。もちろんペンションだって「商売」として成立しなければ続けていくことは出来ないので、セールストークは入れることになるかも知れません。

しかし基本的スタンスとして、このメルマガはお客様とのコミュニケーションマガジンにしたいという想いをもっています。そんな甘いことでは経営者としては問題があるのかも知れませんが、強くそう思っています。

また、ホームページに載せてもなかなか周知できない「耳寄り情報」やワンポイントアドバイスをダイレクトにお伝えすることも出来るかも知れないなあ、などと考えています。

たとえが適当かどうかわかりませんが、このブログからスピンアウトした情報がメルマガとしてお客様の元へ飛んでいくというイメージなのです。

基本的には登録ページから会員登録していただいたお客様に配信させていただきますが、すでにペンション・サンセットをご利用いただいたお客様にも配信させていただければいいなということで準備を進めています。

もちろん、ご自身でいつでも配信停止出来るようになっていますので、ご安心下さい。望まないメルマガほ迷惑なものはないですから、ご遠慮なく配信停止していただければさいわいです。

まあ、そんなことで「ボールを投げなきゃ野球は始まらん!」という星野全日本監督の言葉に従って、はじめてしまいましたが、あちこち迷走するかも知れません。寛大な心をもっておつきあいいただければさいわいです。


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09月04日(火) 気温:最低 12℃/最高 21℃ Weather 晴れのち曇り

3853 メルマガ第1号配信しました。


ずうっと気になっていた、メールマガジンの創刊第1号を配信しました。

結果的にやっつけ仕事みたいになっちゃいましたけれど
構想はずいぶん以前から練っていたので
いいかげんなものではありません。
ブログや日記とはまったく別のものですから
僕にとっても初体験で
まだつかみかねているところがあります。

続けることによって、良い方向に持って行きたいと思っています。

今後はブログの番外編などを配信したいので、出来る限りパソコンのメルアドで
ご登録いただけるとありがたいです。ケータイでは全文受信が出来ないケースが
ありますので・・・。

以下、サンプルとして転載しますので、是非メルマガ会員登録して下さいね。

特に、リピーターのお客様、よろしくお願いいたします。m(__)m


★★★


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“蓼科高原からの手紙” Vol.1
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【No.1】 創刊号です。

こんにちは、狩野 雅之 様

蓼科高原ピラタスの丘ペンション・サンセットの狩野雅之です。

メールマガジンは読むことはあっても書いたことなど無いのです。
それにもかかわらず、メルマガ配信!にチャレンジです。
ケータイメルアドのお客様もいらっしゃるので短めにしましたが、
携帯電話会社によっては全文受信できないかもしれません。
できるだけパソコンのメールアドレスでご登録下さい。

だんだん面白くなっていくと思うので、
気長におつきあい下さいませ。(^_^;)

蓼科高原はいま「レイトサマー」、
残暑の無い最高にさわやかな季節を迎えています。
陽射しは夏、大気は秋、日中は夏、朝晩は秋。
ふたつの季節が楽しめる一度で二度美味しい季節なのです。
湿度がぐっと下がるこの季節には眺望も、星空も真夏よりも
むしろよく見えます。
気の早い樹木はすでに紅葉を始めたり、落葉を始めます。
酷暑に痛めつけられた心と体を癒すには最適な蓼科です。

耳寄り情報(1):『中南信ETC周遊パス』

ETCをご利用のお客様に超お得なキャンペーンがあります。
http://www.c-nexco.co.jp/etc/campaign/nagano/


耳寄り情報(2):紅葉の見頃

今年の紅葉は平年並みに進むと思いますので、
北八ヶ岳や麦草峠方面の山歩きのお客様は10月上旬、
ピラタスの丘では10月中旬、横谷渓谷も同じ頃、
蓼科湖など湖沼部では10月下旬から見頃になりそうです。


-------------- ここからクーポンになります -------------


       (ここにサービス内容がはいります)


--------------  ここまでがクーポンです  -------------


☆配信先変更、配信停止希望はこちら
 http://www.p-sunset.com/mailmag.html

☆ご意見・ご感想・配信に関するお問い合わせなどは
 (ここにメールアドレスが入ります) までどうぞ。

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ありがとうございました。

ペンション・サンセットをよろしくお願い申し上げます。

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 ★ ペンション・サンセット ★
 住 所   : 長野県茅野市蓼科高原ピラタスの丘
 ホームページ: http://www.p-sunset.com/
 ブログ   : http://www.p-sunset.com/blog/
 Eメール  : (ここにメールアドレスが入ります)
 Tel:0266-67-5123 Fax:0266-67-2871
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09月03日(月) 気温:最低 11℃/最高 20℃ Weather 晴れ

3852 レイトサマーはコスモスの季節

快晴

快晴です。山も街も明るい陽光に満ちあふれています。もともとかたっとした気候なのに、湿度もぐんぐん下がってクルマの窓を全開にして走っていると寒くなってくるほどです。

異例なことに、9月に入ったいまでも森ではたくさんの蝉が鳴いています。街の蝉とは種類が違うようです。なんというセミナのだろう。蝉時雨(せみしぐれ)です。これで夕暮れ時にヒグラシが鳴いてくれたら風情最高なのだけれど。(街では鳴いているのですけれど)

ピラタスの丘の「お散歩道ひろば」でもコスモスや百日草やひまわりが満開です。梅雨明けが遅かったせいか、花暦は遅れています。ピラタスロープウエイで登ったところにある高山植物の宝庫「坪庭」でもまだいろいろな花を見ることができます。

真夏よりも大気中の水蒸気が減ってきたこれからは、眺望抜群、空も雲もきれいで、とってもさわやかな気候が最高です。陽射しが和らいだので山歩きにも最適な季節です。

今年は9月に2回、連休があります。

この機会に是非蓼科・北八ヶ岳を訪れてみてはいかがでしょうか。

蓼科の豊かな自然が、酷暑に痛めつけられたこころとからだをきっと癒してくれると思います。


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あ、そうそう、きょうはじめてのメールマガジンを配信しました。第一号です。

ケータイメルアドのお客様もいらっしゃるので短めにしたのですが、このブログをご覧いただいているお客様はご承知の通り、僕の文章は長いのです。きりつめたのですが、1200文字を越えてしまって、DoCoMoのケータイなどでは全文受信できないかも知れません。

今後はもっと長くなる可能性が大きいので、可能な限りパソコンのメールアドレスでご登録いただき、パソコン画面でご覧いただければさいわいです。もちろん、ケータイ用メルマガも勉強してケータイでも快適にご覧いただけるよう勉強させていただきますが・・・。(^_^;)

よろしくお願い申し上げます。


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09月02日(日) 気温:最低 12℃/最高 17℃ Weather 曇り

3851 雲海の静寂


私のペンションのある山岳部では、というのは1700m以上の標高の高いところではということですが、終日雲海が流れています。ときおり小雨がぱらぱらと屋根を打つのですが、傘が必要なほどは降りません。そしていま窓外は濃霧のように雲がかっている状態です。

じめじめしたところがなく、不思議とさわやかなのがこの時節の雨です。標高の低いところでは曇りないしは薄曇りなので、それも影響しているのでしょう。雲に覆われたときのピラタスの丘は普段にもまして静かです。

雨に濡れた木の葉には音を吸い取る力が備わるのでしょうか。雪の降る夜の次に静かなのはこんなお天気の日です。いずれにしても、標高の高い高原の森で暮らすのはとても素敵なことです。それなりに大変なことだってもちろんあるわけですが、それをさしひいてもやはりこの魅力にはあらがうことができません。

だからこそ僕らはこの地に移り住んだわけですから。

雨が降っているのかいないのかが判然としないときには、中庭にいるシベリアンハスキーのパル君の様子を見ます。彼が外で世こった押しになって眠っていたら「雨は降っていない」し、犬舎の中に入っていたら「雨が降っている」あるいは「もうすぐ雨が降る」という具合です。

う~ん、さすがに動物的カンが鋭いね、と言うと妻が「だって動物だもの、動物的カンではなくて動物のカンよ」だって。ははは、その通りですよね。まあいずれにしてもうちの局地天気予報はパルの行動を観察していた方が確かかもしれません。

避暑地の夏の終わり、レイトサマーはまだまだこれからです。僕らもじっくりとこの季節を楽しみたいと思います。もちろん一番味わっていただきたいのはお客様、ということなのですが。


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09月01日(土) 気温:最低 11℃/最高 17℃ Weather 曇りのち雨

3850 晩夏の木洩れ日


さわやかな気候です。いつものように、蓼科では残暑はまったくありません。クルマで窓全開にして走っているとウインドブレーカーを着てちょうどいい感じです。半袖では寒すぎます。

異例なのは蝉時雨(せみしぐれ)がいまだに続いていることです。これまで蓼科でなく蝉は6月に鳴くエゾハルゼミだけだったのに、今年はからからと鳴く何という蝉だろう、それがいまだに元気よく謳っているわけです。

この夏の特徴は(そうですまだ夏なのですよ)、8月下旬から9月の2度ある3連休に蓼科を訪れようというお客様が多いことです。ようやくこの季節の蓼科の良さが口づてに伝わってきたようです。文字通り「レイトサマー」です。避暑地の遅い夏はとても風情があるのです。

★★★


百日草の花言葉は「幸福」そして「別れた友への想い」。愛するものとの別れはいつも深い眠りの中から始まる。そして目覚めたときそれはすでに終わっている。いつかわれわれは目覚め、そしてそれを知らされるだけだ。

この世界はいったい深い眠りの中にあるのか、それとも明晰な白日の下にあるのか。

晩夏の木洩れ日を浴びながら歩く森の散歩道で、ふとそんなことを思った。ちらちらと踊る陽の光は、そんな僕の想いを軽くいなすかのように楽しげだった。ここではいのちがいのちそのものを楽しんでいる。限りあるからこそ、そのいのちをこころから楽しんでいるように見える。

本当のことを何も見ていない、人間の勝手な思いこみなんだろうな、たぶん。

野生の生き物も植物も本当に大変な思いをして必死に命を繋いでいるというのが本当のところなのだろう。この地へ移住して10年、ようやくぼくもそのことを「感じる」ことができるようになった。そして改めて分からなくなった。ひとはなぜ生きるのだろう。

ひとはなぜ生きるのだろう、ひとはなぜ死ぬのだろう。

「想い」はいつも伝わらない。そのような想いもこのような想いも、ほとんど伝わることなく志(こころざし)半ば(なかば)に果ててゆく。「幸福」そして「別れた友への想い」は容易には伝わらない、どれほど言葉を尽くしても。


ふと、僕は彼女と並んで歩いていることに気づく。僕らはずいぶん長い時間森の中を歩いているようだ。時間の感覚が無い。すべての感覚が思考によって形成されている世界のようだ。ここはどこなのだろう、季節はいつなのだろう、そしていま何時なのだろう。黙々と二人で歩き続ける。会話は必要ない。そもそも「彼女」は、おそらく、この世のものではないから。

彼女の肩に木洩れ日が宿る。それはちろちろと燃えるいのちの火のようにも見える。いのちは力強く同時に限りなく儚い(はかない)。名も知らぬ鳥の声がする。しかしふたたび濃密な静寂が僕らを包み込む。森の中の世界は午後から夕暮れへと向かう。彼方から聞こえるセミの声の変化がそれを知らせている。深い下草と鬱蒼と茂った木々からいまが夏の盛りであることを知る。

分厚い腐葉土を踏みしめる二人の足音だけが妙に大きく聞こえる。これは夢なのだろうか。おそらくそうなのだろう。「夢」は突然やってくる、あるいは突然「戻って」くる。


・・・「And I Love Her」より抜粋。


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