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美しき蓼科 アーカイブ

2006年08月18日

3471 ペンションのホスピタリティー(1)

曇り 気温:最低 15℃/最高 21℃

8月17日深夜、あるいは8月18日未明、ピラタスの森に静かに雨が降る。それは音もなくまるで夜露が降りるように空から降りてくる。雲は薄く、かすかに下弦の月の明かりが透けて見える。雪の降る夜ほど静かなものはないが、この季節の深夜の雨もまたその静けさにおいては負けていない。

新緑の季節に比べて樹木の葉の水分が減ってきているので雨の当たるときの音も変化している。あえて表現するならば「さわさわ」から「からから」に変わるのだ。森はすでに紅葉に向けて変化を始めている。それはまだ目には見えない変化だが、内面において確実に進行している。

そんな雨の未明、僕ら夫婦はまだ起きている。というかまだ寝られないでいる。多様な料理を出しているので調理器具も食器の種類と数も半端ではないので、いまだにその洗浄消毒と片づけに追われているのだ。僕はパンも作らなければならないしね。朝食のテーブルセッティングや仕込みもやっておかなければならない。起床時間が5時半なのに、もう午前4時を回ってしまった。

要領が悪いのだろうか。そうは思わない。確かにもっと効率良く進めるための改善余地はあるが、やるべきことをきちんとやるとこのように時間がかかると言うことは事実なのだ。

昨今まれにペンションのマンパワーにおける限界や資金力における限界を理解しないでご利用になるお客様が散見されるが、残念なことだ。ホテル並のサービスを求めるならばきちんと高価な料金を払ってきちんとしたホテルにご宿泊になることをおすすめする。が、そのような方は個人経営で立場の弱いペンションだからこそホテルでは言えない要求をできるだろうと考えているようだ。ペンションのホスピタリティーとはそのようなものではない。

大ホテルにできないことはペンションにはもっと困難なのだ。「客として来たりて友として去る」という有名な言葉の示す通り、ペンションのホスピタリティーとは人と人とのコミュニケーションにある。ご無理ごもっともでなんでも客の言うことをきくと言うことではない、そこのところを誤解しないでいただきたい。

もちろんそれを「売り」としているペンションもあるからそのようなところにご宿泊になるのがよろしいかと思う。要するに「俺は客だ、私はお客よ!」ということがポイントならば、ペンション・サンセットはそのような考えかたはしていない。そのような発想自体がその人の品性を傷つけるのではないかと思うところだ。

できることはなんでもして差し上げることが可能だが、できないことはきっぱりとできないのだ。ホテルで断られるようなサービスはペンションでもお断りするしかない。これはどんな業界でも同じだ。それをごり押しするかどうかはその人の人間性の問題だろう。

ごり押しに対する対応能力でその宿のレベルが問われるなんて言う議論は問題のすり替えでしかない。これはあくまでも「人間としての品性」を問う問題なのだ。「お客様は神様だ」とか「お客様の声は天の声だ」などと言うイデオロギーは一面の真理でしかなく、顧客啓蒙および市場啓蒙の機会を放棄した「愚衆マーケット論」でしかない。

ペンション・サンセットはペンションの持つ機能を十全に発揮することに全力を尽くしている。しかし、その枠組みを超えた要望や要求には残念ながら充分にはお応えできないか、まったくお応えできない。これは仕方のないことだと思う。だからこそさまざまな宿泊施設が存在するのだから。

2006年08月20日

3473 お盆ツーリズム

晴れ 気温:最低 14℃/最高 21℃

きのう深夜から楽天トラベルのサーバーに繋がらなくなってメインテナンスができなくて困っていたが、今朝調べてみたら「定期メインテナンス実施中」だってさ。ほかの業種はとにかく、「トラベル」にとっては書き入れ時の夏休みそれもお盆最終日にこういうことをやる神経がわからない。

これではじゃらんnetに水をあけられても仕方がない、じゃらんは旅というものを理解しているが楽天は残念ながらそうではないようだ。こういうところにインテリジェンスの違いが出るのだと思う。

それはさておき、昨夜もものすごい星空だった。満天の星で、天の川や銀河の中心の星の密集している様が手が届きそうにくっきりと見て取れた。そしてやはり空気がうまい。こんなに空気がうまいと感じたのはここに移住して12年で初めての経験だ。森が生い茂ってフィトンチッドが倍増したのかも知れない。マイナスイオンとフィトンチッドとオゾンの多さでは蓼科は昔からよく知られているのだ。

今朝は気持ちよく冷え込んだ。キーンとした大気が心地よい。半袖ではちょっと肌寒く感じる。お客様はフリースを羽織って散歩に出ているようだ。そうだもう少しすると朝晩には吐く息が白く見えるようになる。しかし日中は真夏の日差しが降り注ぐ。これから1ヶ月ほどはそんな夏と秋とが同居した季節が続く。それは僕にとっても最高の季節だ。年間を通じて最も「癒し」に満ちた季節だ。

お盆休みも今日で終わる。すくなくとも旅行業界的にはそうだ。我々のように夫婦二人だけで営むペンションにとっては(おかげさまで)「怒濤のようなお盆休み」となった。そんなことで、今年もまたお盆休みは「失われた夏の記憶」となった。

一日2時間の睡眠をとることもままならず、三日連続で徹夜するのも当たり前、まともな食事をしたのはお盆休み以前の思い出だ。そこら辺にあるパンとかお菓子とかバナナとかをかじってしのぐのがこの時期の僕らの食糧事情だ。

何しろ分刻みのルーティンスケジュールで忙しすぎて買い物にでられないのだから地元野菜を別としてほとんどすべてを保冷備蓄せざるを得ない。日本中が(市場も休みになっているから)同じような状況で、あらゆる生鮮食料品が保冷備蓄されている。現状としてしょうがないのかも知れないけれど、これはちょっとおかしいと思う。

旅行業とそれに関わる諸産業はお盆に休むべきではないと僕は思っている。最も需要が在るときに公共性の高い市場(いちば)が一斉に休んでしまうというのはどうにも近代的ではない、現代的ではないし論理的でも合理的でもない。だからお盆には物価が高騰するのだ。生鮮食料品も3割も(場合によっては)10割も値上がりするのだ。

この「お盆ツーリズム」は我が国の休暇事情の貧しい一面を端的に表わしているように思われる。

2006年08月22日

3475 避暑地の夏の終わり

晴れのち曇り 気温:最低 14℃/最高 22℃

天気は曇りというべきなのだろうか、しかし見上げれば白い雲と青空がそこにあり、とうとうと流れてゆく。スポットライトのような陽光が森のそこここに降り注ぎ、そんな情景を見ているうちに晴れなのか曇りなのかわからなくなってくる。

風はひんやりと冷たいが、日差しのもとではじりじりと熱い。しかし大地のこの絶対温度の低下は季節が決定的に秋に向かっていることを示す証拠に違いない。ざわざわと生育し続けてきた樹木や草花もその勢いを止めて静かに結実の季節に向かい始めている。

森の所々では気の早い樹木が紅葉を始めている。ウルシは黄葉し、ナナカマドは蛍光オレンジの紅葉とともに真っ赤な実を付ける。コスモスが咲き乱れ、アキアカネ(赤とんぼ)が飛び交い、じつに秋の様相を呈してきた。

街でも同じような季節の変化を感じることができる。空の色が秋色に変わり、炎天下にクルマを止めておいてもさほど室内気温が上がらなくなった。吹き抜ける風はもはや熱風ではなく、ひんやりとしたまるで夏の終わりの海辺に夕暮れ時吹く風のようだ。ただ潮の香りがしないところだけが異なる。

心地よく気だるいこの気分は、灼熱の夏の思い出、命を燃やす季節の終焉を告げる。夏の終わりは海辺でも山でも同じ、祭りのあとのような静寂と若干の寂しさに胸がきゅんとなる季節だ。特に蓼科のような避暑地の夏の終わりの味わいは格別だ。

さまざまな色彩がより鮮明に目に映るようになり、さまざまな音がやわらかくまろやかに響くようになる。しっとりとした大気に心身がいやされる。きっと光の波長が変わり、大気の密度が変化するせいなのだろう。

この季節のビーナスラインを走るとそんな季節の微妙でいながら劇的な変化をはっきりと見て取ることができる。僕が個人的にドライブやツーリングにこの季節を推奨するのはそのような理由からだ。

今日も静かに日が暮れて、群青色の夜がやって来た。いまは曇っていても夜露が落ちきる深夜には満天の星を望むことができる。その美しさ、壮大さには言葉を失う。だからこの季節は昼間よりも夜の方が好きになる。漆黒の闇のように見えても実は充分な光があるものだ。ああこれが星明かりというものなのだと気づく。

シベリアンハスキーのパルとの深夜の散歩。僕はLEDのハンディーライトを持参するが、ほとんど使用しないで歩くことができるようになった。十分目を慣らせば暗闇に含まれるほのかな光を頼りになんら支障なく活動できることを知る。

闇はじつにさまざまな気配と存在に満ちている。それを感じながら歩くのは新鮮な体験だ。恐ろしさは感じない、濃密な自然の気配を感じることは快感ですらある。見えない分だけひとは感じることができるのだろう。

蓼科には「残暑」というものはそもそも存在しない。このまますっと秋になるのだ。今年の蓼科の夏はとても短かった。個人的にはそんな感慨にふけっている。

2006年08月23日

3476 MOON TALK(1)

曇りのち晴れ 気温:最低 14℃/最高 20℃

避暑地の夏の終わりはいつも祭りのあとのようなそこはかとなく物寂しい印象を与える。僕らのような仕事をしていると、それはある種の虚脱感に近いものになる。同時に「癒しの季節」の訪れを感じる時節でもある。

夏の日差しは凶暴な力を失い、むしろ優しく柔らかなものに変わる。風はひんやりとして、しっとりと心をうるおしてくれる。空も森も風もすべてが優しくなる季節。今朝はとても冷え込んでダイニングラウンジの温度は21℃になった。9月にはいったら朝晩は暖房が必要になるかも知れない。

ひさしぶりにウォンウィンツァンの MOON TALK を聴く。今や知るひとぞ知る彼だから、それにあやかるみたいで嫌だから、最近はあまり友人であることを言わないことにしている。僕より3歳年上の彼とは18年来の友人なのだけれど、その間じつは13年間ほど音信不通だった。

あることで喧嘩(?)というか激しい意見の相違というか、要するにかなり決定的な行き違いがあって気まずいまま別れてそれっきり交友が途絶えていた。それがあるお客様が彼のHPの掲示板にペンション・サンセットに行ったこととそこのオーナーがウォンさんの友人だと言っていたということを書き込んで下さった。まあ、それがきっかけであらためて交友が始まったというわけだ。

もちろん僕など大勢の友人・知人のうちのひとりにすぎないと思う。しかし、個人的に音楽の話をしたり、個人的に精神世界について語ったりできるという意味では、スピリチュアルでソウルフルな関係だと思う。

話がそれた。秋に聴く音楽としてこのライヴアルバム MOON TALK はベストかも知れない。知っているひとはみんな知っているけど、ペンション・サンセットでは BGM としてはウォンウィンツァンのアルバムしかかけない。これ以上に僕が望みうる限り「この場所」に適切な音楽はないからだ。

まあ、JBL+McIntoshで聴く音楽は Blue Note 全盛期のモダンジャズが多いのだけれどね。それはそれ、じつはウォンウィンツァンのルーツはジャズピアニストなのだった。若い頃は新宿の PIT INN の昼の部で演奏していて、18歳の僕はよく彼の演奏を聴いていた、ということを彼と友人になってしばらくしてから思い出した。

当時の彼はいまの演奏からは想像もつかないけんか腰のアグレッシヴなピアニストだった。ユニット名は「江夏健二トリオ」だったかな?間違っていたらごめん、なにしろ36年も前のことだからね。年をとってくるといろんなことを忘れていることに気づき、いろんなことを覚えていることに気づく。

昨今、自分の若さに奢って年配者を馬鹿にしたような言動をする輩が増えてきたけれど、若さがなんぼのもんじゃいと言うのが実感だ。そんなものはあっというまになくなってしまうのだ。若さになんてなんの価値もない、志を持って何かに打ち込む圧倒的パワーがあるということだけが若さの特権だ。

だから自分が若いからという根拠の無い全能感や優越感だけで生きていると、あなた、大変なことになりますよ。ほんとなんだから。

この青二才がなにをわかった風なことを言ってやがる、社会人にもなってメンチ切ってるんじゃねえよ、って思うこともしばしばだし〜。ははは。まあ、世間や社会をなめてかかるってのも若さゆえのかわいい過ちといえなくもないか。ほんと、かわいいんだから・・・。(笑)

いまできることをしっかりやっておくことだ、それは僕自身への言葉であると同時に、僕よりもずうっと若い人たちへの体験的忠告でもある。若さなんて泡沫(うたかた)のようなものなのだから。

2006年08月24日

3477 MOON TALK(2)

晴れ 気温:最低 14℃/最高 20℃

昨日ひさしぶりにウォンウィンツァンの MOON TALK を iPod でじっくり聴いた。その流れで、より新しいライヴアルバム「たましいのトポス」を聴いた。やはりすごいと思った。最も初期のと言うか最初のアルバム MOON TALK を聴いたあとにこのアルバムを聴くと、そのすごさがあらためて実感される。

MOON TALK の頃、彼は自身の内面の奥深いところにこんこんと湧き出ずる音楽(それは「波動」といってもいい)をとにかく音にすること、演奏することに全精力を注いでいたように感じる。聴衆は、だから、あたかも瞑想者を見守るようにして彼から発せられる壮大な想念の波動を受け止めていたのだった。そしてそれは実際のところその通りの出来事が起こっていたのだった。

そしていま、「たましいのトポス」の時代にあっては、彼は「聴衆」の存在を意識している。もちろん良い意味で、と言うことだが。いま彼は聴衆に伝えようとしている、湧き出ずるすべてのものを、その波動を。いわば初期の壮大な独り言の時期を脱して、いま壮大な物語の語り部として自身を機能させ始めている。だからその演奏は以前にも増してダイナミックでインタラクティヴだ。

どちらの演奏も、どちらの時期の彼も僕は好きだ。

さて、蓼科はいつもどおり「残暑」は無く、日ごとに気温が下がっている。炎天下にクルマをパーキングしておいてもお盆休みの頃ほど車内温度は上がらなくなった。日差しが和らぎ、風が優しい。コスモスが咲き、マツムシソウが咲き、ナナカマドが紅葉を始めた。

これからの1ヶ月ほどは昼は「真夏」の風情、朝晩は「秋」の風情と二つの季節を味わえる絶好の時節となる。避暑地ならではの蓼科の涼しさ(場合によっては寒く感じるかも)が酷暑に痛めつけられた心身の疲れをきっといやしてくれる。

週末の小旅行には最適の立地と気候の蓼科に是非どうぞ。

2006年08月25日

3478 青天の霹靂 午後、雷鳴を聞く

晴れのち曇り 気温:最低 14℃/最高 21℃

午後、雷鳴を聞く。換気のために開け放った窓からそれは聞こえた。あんまり良い天気なので、まさかと思ったが、やはり雷鳴に違いない。この種の雷鳴は危険信号だ。まさに青天の霹靂のごとく雷(いかづち)が着弾する。月曜日の落雷がまさにそれだった。

夏の日差しの中、パーンという轟音とともに近くの電柱をしたたか打ったのだ。そして、そこから先の家屋は停電し、インターネット回線も不通となった。電話回線が生き残ってくれたのと、ウチが電源を引き込んでいる電柱まで通電が継続してしていたので、停電だけは免れたのはさいわいだった。

今日もパソコンや周辺機器、そしてインターネット関連のケーブルを引き抜き、落雷に備える。これもピラタスの丘の夏の風物詩だ。ここ数年、夕立、雷雨が激減していたので何だかとても久しぶりのような気がする。

残暑のない蓼科ではこのまま秋が訪れる。日ごとに大地が冷えてきているのを感じる。毎朝晩最低気温は12℃〜14℃を記録している。最高気温も20℃前後でそれもしだいに低くなってきている。それでも例年よりも平均気温が高めのような実感がある。いつもなら日暮れとともに暖房を入れる日がたまにあっても不思議ではないのに、今年はそんな日がまだない。

日差しはずいぶん和らいで、クルマで街に降りてもエアコンが必要ではあるけれどじりじり焼く陽光はもうない。パーキングしておいても、戻ったときにオーブンみたいになっていることも無くなった。ピラタスの丘ではアキアカネ(赤とんぼ)がぶんぶん飛び交っている。ひとを恐れないので、歩いているとしょっちゅうぶつかってしまう。

蓼科の夏の終わりは秋の始まりでもある。それはまさに同時進行している。季節が変わるというよりは連続した音階の変化のような感じだ。そのようにして季節は進行し、僕らはしだいに真夏の熱狂から醒めて、鮮やかな色彩と静謐に満ちた秋へと舵を切るのだ。

2006年08月26日

3479 人生とは好きになった場所で...

曇りのち雨 気温:最低 14℃/最高 19℃

今日も夕立があったが、雷鳴は聞かれなかった。雨の降り方も夕立らしからぬおとなしいものだった。やはり夏は(少なくともそのピークは)過ぎ去ってしまったのだ。一時小やみになったものの、雨は再び降り始めた。

深夜、ピラタスの丘はすっかり雨雲の中にはいっている。濃密な霧のような水蒸気があたり一面に立ちこめている。いや正確に言うなら、霧のように雲の粒子が漂っていると言ったほうがいい。雨もいまは霧雨といったほうがいいかもしれない。

LEDのハンドライトの光も5m程しか届かずに真っ白な空間に拡散してしまう。そんななか、シベリアンハスキーのパル(愛犬)と散歩に行ってきた。彼は全天候型の犬だから土砂降りだろうが猛吹雪だろうが関係ないのだ。突き合わされる人間の方が大変だが、それだけに新たな発見も多い。

彼がいなかったらこんな天気の深夜に外を出歩くなんてあり得ないものね。都会から来たひとなら、この真っ白な霧に閉ざされた闇の世界におののくかも知れない。闇の中に息づくさまざまな気配に、もののけを感じて背筋が寒くなって逃げ帰ってくるかも知れない。僕らはすっかりなじんでしまっているから平気だけれど。

闇のそこここから秋の虫の音が聞こえてくる。ルルルルルルルル、ツイーッツイーッ、ジィイイイ、コロコロコロコロ、とさまざまな虫の音が微かに静寂の中の耳鳴りのように聞こえてくる。霧は地上から沸き立ち、雲は上空から吹き下ろしてくるのだ。だからこれは「雲」だと僕らにはわかる。濃密な雲の中を歩く気分はまた格別だ。こればかりは体験したものにしかわからない。

こんなときいちばん心を乱す音はなんの音だか知っているだろうか。そうだ、人間の立てる音だ、話し声とか、笑い声とか、騒ぐ声とか、いや人間の気配そのものがこの静謐に満ちた闇をかき乱す最大の要因なのだ。自然と同調できていない人間はそのような場違いな音を立てるものだから、それはそれでしょうがないのだけれど。

パルと二人で歩くことができるのはあとなん百日だろう。あと何年彼とともに暮らすことができるだろう。どうして犬は人間に比べてこんなにも短命に定められているのだろう。それを思うと胸が締めつけられる思いだ。

《人生とは好きになった場所で、好きなひとやものや犬とともに暮らすことだ。》

ある作家がそんなことを言っていたのを思い出す。そうなんだ、そのとおりなんだ。そのとおりだと思ったから、そうだと確信したから僕はこの地に移り住んだのだ。そんなささやかな望みすらかなえるのが難しい時代になった。いや昔からそれは変わりなくその通りだったのかも知れない。

僕のように《世捨て人》にならなければそれは実現できないのかも知れない。地位も名誉もささやかな自尊心も捨てて、ひとりの人間として、個人として、なんの肩書きも無いただのひととして僕はこの地へとやってきたのだった。

僕は信じられないほど軽やかになった。限りなく自由になった。こここそが自分の居場所だと確信できた。それはいまも変わりない。そして高給取りのビジネスマン時代に比べたらとても貧乏になり、もしかしたら妻や子供を不幸にしたかもしれない。そのことを考えるとやり切れなくなる。彼らはどう思っているのだろうか、訊いたとしても本当の気持ちを語ることは無いだろうしね。

もし彼らがこのことで不自由を感じていたならば僕の死によって彼らは解放されることになる。僕はあまり長生きすべきでは無いのかも知れない。

2006年08月28日

3481 「ペンション犬」も楽じゃない

曇り 気温:最低 12℃/最高 19℃

今朝の最低気温は12℃、曇り空。たまにのぞく青空がものすごくきれいだ。雲はもうすっかり秋の雲に変わっている。風もまた秋風に違いない。陽射しが柔らかい。音がまろやかに響く。大気がしっとりと優しい。

静かだ、とても静かだ。まるで自分の耳が遠くなってしまったような錯覚に陥る。秋の虫の音が聞こえる。妻が雨音と間違えていたが、これはピラタスの丘に生息する秋の虫の音に違いない。日中、シベリアンハスキーのパル(愛犬)はぐっすりと眠っている。彼にとっての試練の季節は終わった。

生まれたときからこの静かな山岳地で暮らしてきたパルは、大勢のひとと出会うお盆休みがめっぽう苦手で疲れ果ててしまうのだ。お客様が少なくなったこの時節、彼は安心してゆっくりと惰眠をむさぼることが可能になったのだ。「ペンション犬」も楽じゃないのね。

残暑のまったく無い蓼科はとてもとてもいい季節になった。

それはそうと、お盆休み直前に8ポート・スイッチングハブ Corega SW08GTV2 を導入した。これはギガビット・イーサネットワークに対応したもので、これまで使っていたバッファローのいちばん安い5ポート・ハブ LSW-TX-5EP とは見るからにパーツのグレードが違う。じっさい、体感速度も少し上がった。

かつてのハイエンドオーディオマニアとしての経験から、電気・電子機器はまじめにつくられたものならばおのずと価格相応のパーツの差があり、価格相応の品質および品質感の差が出るものだ。性能はまた別の要素がからんでくるから一概にそうとは言えない部分はあるけれど。

いずれにしてもこれで3つのグローバルIPアドレスを接続機器の速度に合わせて最大限に利用できるようになった。

8月31日に工事を行ったあと、現在の2MB〜4MBの実測値の回線速度がおよそ20MB以上になる。まあ、すぐに慣れてしまって感激もそこそこだろうけれど、速度が速いことはさまざまな側面で、僕の場合、メリットがあるので早速そちらのサービスにグレードアップを申し込んだしだい。

当然ながらペンション・サンセットの無線LANもこれまでの最大4MB〜6MB程度の実測値から20MB以上( 802.11g 規格機器を使ったの場合)へとアップする。館内に2つあるアクセスポイントは互換性を重視して 802.11b および 802.11g 互換モードになっている。

客室でも、ダイニングラウンジでもどこでも快適に無線LAN接続でインターネットをご利用いただける。ただし、パソコンや無線LANカードの貸し出しは無いので、ご自身で持参していただく必要がある。

いつでもお申し出いただければ、その場でパスワードを発行しますので、是非ご利用いただければさいわいです。

2006年08月29日

3482 はくちょう座流星群

晴れ 気温:最低 11℃/最高 20℃

昨日よりさらに冷え込んだ朝になった。最低気温11℃、たった1℃しか違わなくてもずいぶん印象が違ったものになる。まごうかたなき秋の朝だ。空の色は秋の青、白い雲の秋の雲。吹く風にはすでに秋の香りが含まれている。

気の早いナナカマドはすでに紅葉して結実し、すでにそれを落とし終わっている。たらの木もタンニン色にその葉を変化させ、今日走った奥蓼科ではもっと多くの樹木が枝の先端を黄色く赤くと変化させ始めていた。

奥蓼科のメルヘン街道(国道299号線)を走り、ビーナスラインにはいり、ピラタスロープウエイを見上げると、何やら旅人の気分。自分が東京からやってきていまこのリゾートに到着したような新鮮な感動を覚えた。蓼科はやはり僕にとっての永遠のリゾートなのかも知れない。

「はくちょう座流星群」だろうか、星がよく流れる。標高1750mでは流星はほぼ地表と平行に流れるので、燃え尽きて流れる瞬間の光芒(こうぼう)が稲光のように鮮明に見える。それはまるで水面をよぎる魚影のようでもある。

用事を済ませて帰る途中見かけた、ピラタスの丘のメインストリートの脇でうずくまっていたタヌキはどうしているだろう。けがでもしていたのだろうか。

今日もシベリアンハスキーのパルと深夜の散歩を楽しんだ(というか、この時間にならないと彼にとって快適なほど充分気温が低くならない=15℃以下)。夜だいぶ冷え込むようになってきたのでずいぶん元気を取り戻したようで、かなりの急坂でもずんずん進んでいく。

人間でいえばもう60代を軽く超えているはずなのだが、ものすごく元気だ。何だか僕の前では無理をして往年の自分の元気さを見せてくれているような気がする。そんな無理をしなくてもいいのに。これが彼なりの愛情表現かと思うと胸がジーンとなる。

2006年08月30日

3483 野生の鹿と蓼科と

曇りのち晴れ 気温:最低 14℃/最高 17℃


夕暮れ後に買い物から戻ってきたが、最近はヘッドライトに加えてフォグランプを点灯するようになった。フォグランプは低く広い照射角を持っているので路肩がよく見えるからだ。というのも山岳部の道路ではいまが最もよく野生の鹿が出没する時間帯だからだ。

はっと気づくと路肩に大きな牡鹿がぬぅーっと佇んでいたりして、これまでも何度も驚かされた。ぶつかったらこちらもただではすまない。リスやタヌキのようにクルマの直前を突然横切ったりはしないが、これはこれでとても危険なことなのだ。

ということで、最近のピラタスの丘では多くのお客様が時間帯を問わず野生の鹿と遭遇する機会が増えている。野生動物との出会いは理屈抜きで感動的だ。が、決して餌を与えてはいけない。その行為そのものが彼らを滅ぼすことになるからだ。

食生活を変化させ、生活圏が変わり、自然の中で生きていく力が失われていく。それでなくても食害被害は甚大で、いまでもすでに鹿は害獣駆除の対象となっているのだ。餌を与えることは直接的に彼らを追いつめることになるということを是非理解して欲しい。

それはさておき、この夏のたくさんのお客様でにぎわった蓼科もいまはすっかり落ち着きを取り戻し、静寂に満ちた晩夏を迎えている。手付かずの自然の中で、じっくりと静寂と対話するのもまたおつなものだ。それは自分自身との対話でもあるだろう。

蓼科のこの季節はなぜかとてもセンチメンタルな風情で、僕はとても好き。ペンション・サンセットを開業することなんてまったく考えていなかった頃から(想像すらできなかった頃から)、好んでこの季節に蓼科を訪れていたのを思い出す。

ピラタスの丘ももはや気温が20℃を越えることはまれになり、最低気温もどんどん下がってきている。9月にはいれば朝10℃を切る日も多くなりそうだ。空は澄み渡り、美しい形の雲が油彩のような絵を描いて見せてくれる季節になる。

大気が限りなく透明になって、くっきりとした輪郭の風景がその鮮明さゆえにむしろ非現実的に見えてくる季節でもある。晴天率も夏より格段に高まり、展望が開ける。当然夜空は満天の星に彩られ、りんとした大気のもと「星を見るひと(stargazer)」の季節到来だ。

限りない静寂の中でうまい空気をたらふく吸って、ただぼーっと物思いにふけるには9月の蓼科が最適だと僕は思っている。いずれにしても9月の蓼科では空を眺めるのが吉。何しろ僕自身がそういうひとで、毎年そのように過ごしているのだから間違いない。信用していいと思うよ。

2006年09月01日

3485 ペンションという「場」

曇り一時雨のち晴れ 気温:最低 11℃/最高 18℃

午後遅い時間になるともはやクルマはエアコンではなくヒーターが入る。そんな気候になってきた。ピラタスの丘の今日の最高気温は18℃、曇り一時雨のち晴れという天気だった。陽射しはいっそう柔らかくなり、湿度がどんどん下がっている。そのぶん体感気温はお盆の頃より低く感じられる。

今日はダイニングラウンジでストーブに火を入れた。室温21℃で、ストーブを焚くほど気温が低かったわけではないが、きょうはお客様がいらっしゃるということもあってこの季節にぬくもりを楽しむという趣向で焚いたのだった。暖かさが気持ちよいという気候になったのだ。お盆明けからわずか10日でこの激変。いかにも蓼科らしい季節感だ。

午後10時04分、外はとても寒冷な風が吹いている。愛犬パルとの散歩はウインドブレーカー1舞い羽織るだけで大丈夫だろうか。一方、寒冷な気候が快適なシベリアンハスキーのパルは絶好調で、いつもより1時間も早くから散歩に行こうと言っている。

パルが甘ったれた声を出しているので、しょうがない、少し早いが散歩に出かけるとするか。

今夜は隅から隅まで晴れ渡って、まるで絵に描いたような「満天の星」だ。銀河の中心部の濃密に密集した星がすごい迫力だ。もちろん天の川も言葉にならないほど美しい。ハンドライトを消灯し進路をパルに任せて僕はほとんど真上を仰いで歩いていた。

お客様にこのこと知らせようと思ったのだけれど、みなさまも薄手に就寝体制に入っているようなので、遠慮した。残念なことだ、こんなきれいは星空はそうそう出会えるものではないからだ。月齢や時間や季節による星座の変化など、様々な要因がぴたりとシンクロしないとこうはならない。

まさに一期一会(いちごいちえ)だ。僕らとお客様との出会いもそれに似ていると感じている。そしてそのように感じるからこそ、その出会いを大切にしたいと考えている。「客として来たりて友として去る」という言葉があるが、僕の思い描くペンションという「場」はそのようなものだ。

実際にそのような関係になるお客様も多い。あくまで「お客様」なのだけれど、同時に「友」であるような関係。そうなったときにお客様にとってペンション・サンセットは良い意味で「異界」となるのだろう。日常の「演じざるを得ない自分」をはなれて「素の自分」に戻れる場所。

ペンション・サンセットはそのような場所でありたいと願い続けている。

2006年09月03日

3487 そんなもんないんだよ、どこにも

晴れ 気温:最低 9℃/最高 19℃

今朝は昨日よりも温かく感じた。最低気温は9℃、放射冷却現象がなかったのか、実際の気温よりも温かい。とても良い天気で、天気概況でもここ数日は確実に好天に恵まれそうだ。湿度は盛夏、つまりお盆の頃よりずいぶん下がって同じ気温でも断然寒く感じるようになった。

館内でも活動していない限り半袖シャツでは寒く感じるようになった。夜愛犬の散歩に出るときは秋用のウインドブレーカーを羽織ってちょうど良い。帽子もかぶらないと頭が寒く感じるほどだ。今夜はあいにく雲がかかって満天の星空というわけにはいかなかった。

しかし、秋独特のこの空気を胸一杯吸いながら歩くピラタスの丘は最高だ。深夜のこの時間に標高1700m〜1800mの道を散歩しているなんて、まさに夢のような出来事ではないか。夜でも蓼科山や北横だけのシルエットがくっきりと見え、それはたとえようもなく美しく雄大だ。

9月上旬は、個人的には、夏の繁忙期の疲れがどっと出る季節なので体調管理には十分注意している。特にここ数年、自家製の天然酵母パンをお出しするようになって寝る時間が無くなってしまったので、かなり無理しなくてはならない。

それでもお客様が喜んでくだされば、そんな疲れは吹っ飛んでしまう、少なくとの精神的には。しかし物理法則に支配される肉体のほうはそうはいかないようで、疲労は確実に蓄積されてゆくようだ。ここは知恵を絞って、サービスレベルを落とさずに肉体的負担を軽減することを考えるのがまともな経営者というものだろう。反省。

NHKの朝の連続ドラマみたいにあっという間に月日は巡り、再び村上春樹の「ノルウェイの森」を読み返す季節になってしまった。こう書くとなんだか「義務感」で読み返しているみたいに聞こえるかも知れないけれど、これはあくまでも個人的な楽しみであり、年中行事なのだ。

もう何十回読んだかわからないけれど、最近自分は小説の冒頭の導入部と、主人公が直子が入っている阿美寮を訪ねるところがとても好きだと言うことに気づいた。それがこの物語の象徴的な映像として僕の中に再構築されているのだ。

そしてもう一つの変化は、ヒロインの直子一辺倒だった僕の好意が、読み返すたびにもうひとりのヒロインである緑という娘への好意に移ってきたということ。前者が死の影を背負った滅び行く美しさを象徴するならば、後者はたくましく生き抜いてゆく美しいいのちの象徴と感じられる。主人公にとってはまるで太陽のような存在、そして僕にとってもそのような存在として自分の中に息づくようになった。

そんなことをつらつら想いながらまたこの秋読み返すのだ。個人的な至福の時間だ。

それにしてもひとは「本当の幸せ」とか「本当の自分」とか「自分の居場所」とか、じつに様々なものを求めて現代という高度資本主義社会をさまよっているように感じられる。個人的体験としては「そんなもんないんだよ、どこにも!」と言ってあげたいな。

要するに僕らが求めているものは同じ「なにか」のように感じてる。その「なにか」は気づいてみればじつは「自分自身」なのだ。広大な薄明の世界に浮かぶ自分という美しい惑星なのだ。

そのことに早く気づいてほしい。気づいたからと言ってなにかが劇的に変わるわけでもないのだけれど。

2006年09月04日

3488 公開を前提とした公的な日記

晴れ 気温:最低 9℃/最高 18℃

こんな風に個人的な日記を書き続けているとたまに奇妙なメールがやってくることがある。この日記の中の「僕」は確かに「個人」として登場していても、じつは「僕という実在する個人」ではないと言うことに気づかないひとからのメールだ。

この日記を公開するにあたって、僕は個人的な文章を書きながらも、これが公衆つまり不特定多数のひとの目に触れることをちゃんと意識して書いている。だから厳密に言って、この日記は公開を前提とした公的な日記として書かれている。

巧妙に自分を隠しあるいは演じることによって、自分だけではなく他者のプライバシーにも配慮している。だからここに書かれているプライベートな出来事や想いが100%事実であるとは考えないでほしい。これは事実に基づいている部分が大きい(かもしれない)「フィクション」なのだ。この点を強調しておきたい。

したがって、個人的ポリシーとして、この日記を読んでくださった不特定多数の方と「個人的なメールのやりとり」はしない。その点をご了承いただければさいわいである。この日記における「僕」は「パブリックな(公的な)個人」であって、「実在する僕個人」とは別物なのだ。

それを混同してしまうひとがいたとしても、それはひとえに僕の「力不足」が原因だと考えている。言い方を変えるならば、蓼科高原日記は、じつは日記風の「小説もどき」だったのだとお考えいただくとわかりやすいかも知れない。

★★★

さて、そのようにして今後も蓼科高原日記を書き続けていこうと思う。

今日もとても良い天気になった。だから、今朝も最低気温は9℃まで下がった。館内の温度は18℃、客室は20℃以上あったが、残暑厳しい都市部からお越しのお客様は暖房が恋しくなる気温かも知れない。(まあ、そんなに寒くないからご安心を。ただし、フリースやセーターが必要。)

きょうは庭でウソのつがいを見かけた。もう雛の巣立ちが終わったのか、二羽だけで枝から枝へと飛び移っていた。渡り鳥たちはそろそろ渡りの準備に入ったことだろう。ここに定住している一部の野鳥を残して、しだいにその数は減じていく。ちょっと寂しい季節になった。

今夜は月がとてもきれいだ。月齢11日だからもうすぐ満月になる月だ。秋の夜の月はひときわ美しいのは古来より歌われているとおりだ。月明かりで眼前の蓼科山や北横岳はもとより遠くの山並みまでくっきりと見えるのだからすごい。

これから数日間は、愛犬との散歩もほとんどハンディライトを点けずに全行程を歩ききることができるほど明るい夜が続く。星を眺めるのもすてきだが、そんな美しい月を見ながらその柔らかな光の中を歩くのもまた至福の体験だ。

今日も静かに群青色の夜が更けてゆく。

2006年09月19日

3503 9月らしい季節感になってきた

曇り 気温:最低 10℃/最高 14℃

今日はほとんど外に出ないで過ごした。たまにはこんな日もあるし、必要なことだと思っている。天気は朝から曇りがちで見上げれば秋の雲が美しく青空ものぞいている。しかし、陽射しがほとんど差し込まないので「晴れ」とは言いかねる。

一時雨がぱらついたがそれも止んで、結局は今日の天気は「曇り」と言うのが妥当なのだろう。ペンション・サンセットの庭の樹木も少しずつ紅葉を始めた。白樺も黄葉して落葉が始まった。ようやく9月らしい季節感になってきたようだ。

ここ数日は奇妙に温かかったが、今日はだいぶ本来の冷え込みを感じる一日になった。いまでもまだ多くの野鳥がピラタスの丘に生息していて、灌木の茂みに身を隠しながら動き回っている。その上空を鷹や鷲が低く旋回していく。

よく見れば、見渡す景色全体の色味が黄色にシフトしてきたのが感じられる。指標としてはなにもないのだけれど、これは実感だ。吹き抜ける風はもう完全に秋風になっている。陽射しは弱まり、夏のあの威勢の良さは微塵もない。思わず「ひなたぼっこ」をしたくなるくらいのものだ。

パルは気持ちよさそうに熟睡している。シベリアンハスキーだからこの冷え込み、この冷風がとても心地よいのだろう。夏に比べて日中もとてもよく寝るようになった。羽虫や蜂が飛び回らなくなって気に障ることが無くなったのも一因かも知れない。

散歩の時も往年の若犬の頃のように元気いっぱいだ。身のこなしも軽やかに、リズミカルにずんずん急坂を登っていく。彼の走りは馬のギャロップと同じスタイルなので、見ていてもとても優美に感じる。全身が新しい毛でむくむくとしてきたのでその姿もとても愛らしく美しい。

ピラタスの丘ペンション村ではコスモスが満開になり、マツムシソウが咲き乱れる季節になった。ここには「残暑」なるものは古来より存在しない。夏が終わりいきなり秋が来る。そのようにしていま秋を実感している。


さて、昨日導入した有線ブロードバンドルーターは大正解で、ルーターのファイアーウォール機能を「高度」に設定して外部からのすべてのパケットを遮断し、DHCPからのIPアドレス取得に必要なパケットのみを通すように設定した。

おかげでそれ以前にちょくちょくつついてきたアクセス試行はPCまで到達しなくなった。あんまりしつこいとpingフラッドやポートスキャンで反撃したくなっちゃうから、これでよかったのだと思う。戦争やっても双方良いこと無しだからね。

セキュリティー保護のため、あえてこの部分はあまり正確に書いていない。わざと間違ったことを書いたりもしている。やれやれ、嫌な世の中になったものだ。まあ、とにかく、ルーターとファイアーウォールソフトの使用はいまや必須のものとなったわけだ。それをやっていないとなにがあっても不思議じゃない。

それにしても今はやりの「匿名性」を担保できない同じネットワーク内の会員のPCに自分のグローバルIP丸出しで不正侵入を試みるかね。大胆というかお馬鹿というか・・・。そいつの家の前にクルマを乗り付けてぶん殴ってやろうかね。いや、それじゃあ傷害事件になっちゃうからやめておこう、馬鹿みたいだし。

2006年09月20日

3504 樹木が一斉にはらはらと落葉を始めた

晴れ 気温:最低 7℃/最高 16℃

いやー、じつに久しぶりの快晴だった。厳密に言うなら一日中陽射しがあったのはじつに久しぶりのことだ。さんさんと陽光が降り注ぐ様を見るのはいったい何日ぶりのことだろう。じつに気持ちの良い天気だ。それに呼応するかのように、ピラタスの丘の樹木が一斉にはらはらと落葉を始めた。

といってもまだ緑色の葉だから、本格的な落葉は紅葉したあとになるけれど。それでもクルマで道を走っていると木の葉がフロントウインドウをさらさらと打つのだ。絵に描いたような「秋晴れ」だった。こんな日がずうっと続いてほしいものだ。身も心もすかっとする。

夕暮れ直後に山麓の街からクルマで戻ってくると、ヘッドライトの先に鹿の群がみえた。なんと5〜6頭の野生の鹿の群が「お散歩広場」を駆け抜けてゆくところだった。その情景はまるでおとぎ話の世界のようで、なんだか現実感がない。しかし間違いなくこれは現実だ。美しい情景だ。感動する。

出かけるときも子鹿が道路の真ん中にたたずんでいて一時停止を余儀なくされた。まったくひとを恐れないから運転には十分な注意が必要だ。特に夕暮れ時から翌朝にかけて、彼らはよく現れるから、そしてクルマのヘッドライトに照らし出されるとフリーズしてしまう習性があるから。

愛犬パルと散歩に出ると、自分の吐く息が真っ白なのに気づいて驚いた。Tシャツの上にざっくりした厚手のトレーナーを着てその上にゴアテックスのマウンテンパーカという服装だったが、それでも少し寒いくらい。帰ってきたいまも顔と耳が冷たい風で冷えてちょっと痛い。

そんな気温だから、空は晴れ渡って文字通り「満天の星」が頭上に輝いている。いつみてもぞくぞくする壮大な情景だ。眺めていると心がおおらかに大きくなってくる。

そういえば最近あまり経営のことを考えなくなった。正確に言えば、頭では考えなくなった。あるのはお客様に心地よくお過ごしいただきたいという漠然とした想いだけだ。精神的にはぐっと楽になったが、このまま行くとつぶれちゃうのかな、ははは。

まあ、水は高きから低きに流れるのたとえがあるように、結局はなるようになるのだ。こんなことを言ったからって、別に僕は「やけになっている」わけではないのですよ。これはピラタスの丘の自然から学んだことなのです。

2006年09月25日

3509 今日はどうしてこんなに空気が冷たいのだろう

晴れ時々曇り一時強風 気温:最低 6℃/最高 15℃

朝起きたときには雲の中、お客様がご出発になる頃には青空を背景に美しい秋の雲が流れ、秋の陽射しがさんさんと降り注ぎ、午後には曇りがちになって強風が吹きすさんで木の葉が舞い、夕方には風が止んでふたたび晴れてきた。

気温は最低が6℃、最高が15℃たったが、夜は再び6度まで気温が下がった。愛犬パルと散歩に出たが、気温以上に寒く感じ、僕はTシャツの上に冬用のpatagonia(TM)のシェルド・シンチラジャケット(分厚いフリースの裏地のついた厚手ナイロンのジャンパー)を着込んで襟を立て、頭には厚手のフリースの帽子をかぶった。

そんな出で立ちで小走りでペンション村を一周したが、まったく汗ばむことはなかった。耳が冷え切って痛いほどで、手袋をしない手が少し痛む。いつもは氷点下になるまでは手袋なんかしないのだけれど。今日はどうしてこんなに空気が冷たいのだろう。

うすい雲を透かして、星がきらめく。新月に向かっているので上空に月はない。凛とした大気と、漆黒の闇があるばかりだ。そういえば今夜は秋の虫の音が聞こえない。もう死に絶えてしまったのだろうか。森の奥の方でかさこそと音がする。一瞬驚くが、それは野生動物の立てた音ではなくて、大きな落ち葉が他の葉にあたりながら地上に落下するときの音だった。

紅葉まであと1〜2週間だ。この季節の移り変わりはめまぐるしく、あっという間だ。ぼやぼやしていると、気がついたときには銀世界になっているというものだ、いや、これは冗談抜きの話。今年こそ時系列で蓼科の紅葉の様子をたくさんの写真に写し取りたいと思っている。絵作りや、うまい下手は考えずに、記録として残そうと考えている。そのようにして写された写真の価値は何年もたってみないとわからないものだから。

それはさておき、あいかわらず Amazon.co.jp や楽天市場にカスタマーレビューを書いている。ちょっとはまってしまった感じがないでもない。書いていて気づくのは自分があいかわらずものに対するこだわりがひと一倍強いと言うことだ。モノひとつひとつにたいしてきちんと一家言あるのだ。自分でも驚くほか無い。だから、レビューはいくらでも書ける。まあ、内容やそのレベルを問われなければ、という注意書きが必要だけれど。

同様に、ペンション・サンセットでお出ししているお料理やパンやヨーグルト、その素材や調味料や調理法そして厨房で使用する道具に至るまで「一家言」持っているのだと言うことに気づいた。こだわりを持つことは悪いことではないけれど、いきすぎるとそのプラス面を台無しにしてしまうことを僕は学んだから、そうならないようにセルフコントロールに気をつけなければならないと思っている。

2006年10月01日

3515 闇の絵巻

雨 気温:最低 6℃/最高 12℃

秋の深まりは日々の気温の低下によって知らされる。見た目にはまだ紅葉は始まっていないように見えるが、よく観ればその兆候は森のそこここに見て取ることができるだろう。標高2000mを越える麦草峠付近ではナナカマドなどが真っ赤に紅葉している。おそらく今週末が見頃になるのだろう。

標高1700〜1800mに位置するピラタスの丘ペンション村ではその次の週(10/14頃)が真っ盛りになりそうだ。蓼科湖(標高1240m)付近は400本のソメイヨシノが真っ赤に紅葉する11月上旬が見頃になる。

秋の深まりは音の伝わり方響き方でも知ることができる。そして朝夕の静けさもまた秋の訪れの証拠だ。それぞれの季節、ここは静寂の支配する土地だけれど、その静寂の味わいはそれぞれに異なるのだ。雪降る夜の静寂、雨降る春の日の静けさ、夏の夜のしんとした気配、秋の日のおだやかな時の流れ。

昨夜は満天の星を望んだが、今日は終日雨が降り続いている。外に出るとまとわりつくような闇が満ちている。それはあらゆる光を吸い尽くし、まるで煙のように身にまとわりつきそして流れて去ってゆく。こんな夜の犬との散歩は、闇をかき分けて進むような錯覚に陥る。

篠突く雨が樹木の葉を打つ音はすでに秋の音に変わっている。その雨滴はいったん樹上に蓄えられ、少しずつ地表へと降り注ぐ。空からの雨と、樹上からの雨と、2種類の雨が同時に降り注ぐ。闇夜の雨などというとまるで「雨月物語」のようで、不気味に聞こえるかも知れない。

しかしじっさいは、闇も雨もそのような不気味さとはまったく無縁なのだった。雨は雨であり闇は闇としてそこにある、ただそれだけだ。夜の森にはじつに様々な気配が満ちているのだけれど、それにも慣れて僕らは安心してしかし慎重に闇夜を歩くことができるようになった。

この雨は明日の午後まで続きその後晴れてくるとの気象概況だ。

2006年10月03日

3517 紅葉、鹿との出会い

晴れ 気温:最低 9℃/最高 15℃

夜、愛犬と散歩に出ると必ず野生の鹿と遭遇する。それはまるで野生のキツネやタヌキと出合うのと同じ確率なのだ。ここ数年鹿の数が目に見えて増加した結果だろう。先日は夜の野原を鹿の群が走り抜けるところまで目撃できたほどだ。子供の頃観たウォルト・ディズニーのアニメーションの一場面みたいだった。

たまに鹿の糞を見つけるから、ペンション・サンセットの敷地内も通り抜けているようだ。野生のキツネも増えている様子で、ピラタスの丘では飼い犬よりもキツネやタヌキや鹿の数の方がずうっと多い状況になっている。したがって、それらの野生動物と接近遭遇するお客様も増えている。

野生動物がこのように「増えすぎる」ということは生態系から観ても、食害等の実際的側面から観ても決して喜んではいられないのだけれど、野生動物との出会いほど魂を揺さぶられる体験はない。このピラタスの丘と命名された別荘地が開発されて30年近く経過して、いま再び自然がわれわれを包み込み飲み込もうとしているかのように感じている。

さて、秋の高原といえば「紅葉」と相場が決まっているようなのだけれど、いよいよ紅葉が始まっている。標高2000m以上ではいまから今週末の連休のあたりが真っ盛りの見頃を迎えそうだ。ピラタスの丘も森のあちこちでナナカマドやウルシやタラノキやヤマブドウが真っ赤に紅葉して、それは思わず息をのむほど美しい。

ピラタスの丘が全面的に紅葉するのはおそらく今週末の連休以降、翌週末頃まで間になりそうだ。紅葉はひとたび始まるとその展開速度は驚くべきものがある。あっという間に山を駆け下りて里に至るのだ。蓼科湖(標高1240m)を始めとした湖沼部(白樺湖、女神湖)では11月上旬が最盛期になるだろう。

ということで今週末のおすすめコースは国道299号線を麦草峠方面を経て八千穂村あたりまでドライブするのがおすすめだ。あるいはピラタスロープウエイを利用して麦草峠方面に山歩きを楽しむのもすてきな紅葉狩りになることだろう。

もうひとつのおすすめは、ビーナスラインを美ヶ原までドライブするというものだ。美ヶ原もまた今週末の連休が紅葉の盛りになるからだ。ここから観ても、蓼科山や八子ヶ峰の山腹にも真っ赤に紅葉した樹木がまるで花が咲いたように色鮮やかに見える。ペンション・サンセットの庭でも白樺が黄葉し、ウルシ、タラノキ、ナナカマドが美しく紅葉している。

いよいよ紅葉シーズンが始まった。

2006年10月04日

3518 人生は円環を描く

晴れのち曇り 気温:最低 9℃/最高 15℃

朝から良い天気で、じつに気持ちのいい一日だったが、夕暮れ間近になってピラタスの丘全体が雲の中に入ってしまった。おそらくここだけ濃霧状態になっているのだろう。雨とも濃霧ともつかない。建物周りの照明も遠くまでは届かずに拡散してしまう。

少し離れたところから観ると、きょうのペンション・サンセットはとてもファンタジックなたたずまいだ。まだ高原暮らしを始める前は、こんな霧の夜(実際は雲の中に入っているだけ)にはえもいわれないロマンチックな気分になったものだ。流れ揺蕩う(たゆとう)霧の粒子に自分の想いを込めてしまう。

毎朝ラウンジに出る度に景色がはっきりと変化していて驚くばかりだ。森の様子がどんどん変わっている。紅葉に向かって、まず色彩が変化し、いつの間にか地面は黄色や朱色の落ち葉で彩られている。精神の回廊を歩むようなバッハを聴きながら、それがこの情景にたとえようもなくマッチしていることを感じる。

しかし想いは伝わらない。伝えるべき対象を欠いているからだ。伝えたい誰かをイメージできない僕がいる。かつて僕は伝えるべきことを伝えるべき相手に確実に伝えるという仕事をしていた。広告会社というのはコミュニケーション産業なのだ。僕はいつもいつも伝えるべきことと伝えるべき相手とを繋ぐ手段を夜も寝ないで考え続けていた。そして気づいたことは、自分にはこの仕事を続ける資質が致命的に欠けているという事実だった。

そのようにして僕の前半生は終わった。僕は勝負を下りて、改めて「自分の土俵で自分の相撲を取る」ことを求めた。そして10年後、ふと気づくと「ここ」にいた。若かった僕は自分を変えたかったのだろう。自分にとってもっとも居心地の悪い、もっとも不得意な環境に自分を投げ込んだのだ。

若い頃は何でも「演じきる」自信があった。まったく根拠のない自信だ。誰にだって若い頃にはよくある勘違いだ。どんなことをしたって、どんな仕事をしたって、どんな経験をしたって「自分の核心」とでも呼ぶべき部分は決して変わらないし、変えることなんてできないのだ。ブーメランのように僕は「自分というこの場所」に戻ってきていた。

そのようにして「円環」を描いてひとは結局「自分」に戻ってくるものなのだ。決して「自分」からは逃げられない。自分を見捨てることもできないし、自分から見捨てられることもない。自分になるしかないのだ。なぜなら、ひとは「自分」になることを運命づけられて生まれてくるからだ。

人生に「意味」を見いだすことはほとんど不可能か、見いだしたとしてもそれは便宜的な「幻想」にすぎない。しかし人生の目的と価値を定めることは可能だ。「ひとは自分になるために生きている」ということだ。だからこそ幸福とは「自分が自分である」ということに違いない。本当の自分はここにいる。最初からね。きみはいったいどこを探し回っていたのかね。こんな霧の深い夜に。

2006年10月05日

3519 秋の雨音

曇りのち雨 気温:最低 8℃/最高 13℃

朝のうち曇り空だったが、昼前には雨が降り出した。土砂降りでは無いが始めから本降りになった。高原の雨はきれいだから、雨が降るほどに屋外駐車してあるクルマがきれいになっていく。ペンション・サンセットの敷地内のアプローチの砂利道や駐車場に降り積もった紅葉を打つ雨音、樹木の葉を打つ雨音がぱたぱたさわさわと聞こえる。

この季節の雨はそのように清冽な印象がする。雨の日の午後を過ごしながら「なんだかすごく静かね。」と妻が言う。そうなのだ、雪降る夜の次に静かなのだ。特にこの季節の雨降りの午後は、何もかもが眠り込んでしまったような静寂に満ちている。森に降る雨はそもそも静かなものなのだけれど。

中庭の犬舎のなかでシベリアンハスキーのパルが熟睡している。夜中は最近特に野生の鹿が徘徊しているので、おちおち眠っていられないから、明るいうちに安心してゆっくり眠っている。風も無く、樹木も揺れない、雨はまるで定規で引いたようにまっすぐな軌跡を残しながら空から地表へと降り続けている。

まるで時間が止まってしまったような錯覚に陥る。どこからともなく、いや、僕の頭の中からか耳の奥からかきーんという音が聞こえてくる。自分の呼吸する音がはっきりと聞こえる。二重ガラスの向こうの景色は一幅の絵画のように色鮮やかで癒しに満ちている。

その一方でこの景色はどこか心うきうきするものを感じさせる。わくわくしてくる。紅葉が始まる時にはいつもこの気分が支配するようになっていく。秋に収穫されるのは田畑の作物だけでは無く、景色もまた収穫の季節を迎えるのだ。雨が降っていても空は明るく、景色はくっきりとしている。

Power Mac G5 のたてるぶーんという音、僕がキーボードをたたく音以外なにも聞こえない。夜になってピラタスの森はますます静かだ。自分がいま覚醒しているのか眠っているのかも定かでなくなるほどに。

2006年10月06日

3520 野生の鹿が通り抜ける

雨 気温:最低 8℃/最高 10℃

台風16号はすでに熱帯低気圧に変わり、天気概況によれば日本近海には現在「台風」はひとつも存在しないとのこと。しかし秋雨前線の活動が活発なため広範囲にわたって強い風雨に見舞われているている現状だ。ここ蓼科でも昨夜半以来しだいに風雨が強くなり、春の嵐のような状況になっている。降雨はさほどでも無いが、風は強い。ピラタスロープウエイは法令に従って今日は終日運休となった。

明日は午前中で雨が上がって、それ以降は上り坂となり土曜日は曇り、日曜日は曇り後晴れ、月曜日は晴れという予報になっている。この3連休は8日(日)以降に観光を予定するとよろしいかと思う。ピラタスの丘は今日も気温が上がらず、最低気温8℃、最高気温10℃と、東京の12月と同じ気温となった。

蓼科を訪れる方は冬用のフリースやダウンパーカを絶対に忘れないこと。いちばんいいのは薄いものでもいいから長袖長ズボンのアンダーウエア(下着)を1枚着用すること。そうすればまったく寒さなど感じないで思いっきり高原の秋を満喫できると言うものだ。だまされたと思って是非お試しあれ。

ピラタスの丘も劇的に色づいてきている。紅葉は思っていたよりも早く最盛期を迎えるかも知れない。まあ順当な線としては来週末がペンション・サンセットの周辺の紅葉の見ごろとなると思う。現在すでにロープウエイで上がる2000m以上のところは紅葉真っ盛りだ。1750mにあるペンション・サンセットのところまで紅葉が降りてくるのも時間の問題だ。

最近ペンション・サンセットの敷地内を野生の鹿が通り抜けていることが判明したので、終夜屋外の照明を必要最小限点灯することにしている。敷地内の植物や樹木に食害を出さないためだ。それほど鹿の出現確率が高いので、野生との出会いを求めるひとにとって、ピラタスの丘はまたひとつ魅力を増したのかも知れない。

また、都市生活者にとっては「闇」は恐ろしいもの以外の何ものでも無いようなので、夜間窓の外に多少の光があることは安心につながるのかな、とも思っている。そのあたりはお客様のご意見を聞きながら考えていきたいと思っている。ここはとんでもない山岳部だから、またペンションがたくさん建っている別荘地だから治安はとても良く、これまで事件らしきものは皆無だけれど、まあそんなことで、試しに夜間照明を実施しているしだい。

蓼科はすでに紅葉シーズンにはいっているので、これから11月上旬いっぱいはいついらしても紅葉をめでることができると思います。今年の紅葉はしなやかで虫食いも無く色味も鮮やか、ここ数年の中でも格別に美しいので是非ご覧いただきたいのです。

2006年10月07日

3521 ふくろうが私の名を呼ぶ

雨のち晴れ 気温:最低 4℃/最高 7℃

カナダの西海岸でユースホステルを経営なさっている方からメールをいただいた。「ふくろうが私の名を呼ぶ」と言う小説を検索していてこのサイトに出会ったとのこと。まさにこの小説の舞台になったあたりにお住まいなのだ。

書いた本人がすっかり忘れていた。で、Google(TM)のサイト内検索を利用して探してみたら以下の文章が出てきた。11年も毎日書いていたらどこにどの文章があるかなんて自分でもわからないよ。それにしても、しっかりと書いているね、いまの僕にはとても書けないようなことを。それにしても「人間風車」ってなんだろう、すっかり忘れてしまった。

こうなるともう記憶というよりは歴史、歴史というよりは考古学の世界なのかも知れない。記憶の考古学ってないのかな。この手の話や文章が好きなひとは昔の蓼科高原日記を読んでね。

★★★

2003.01.07(火)-------------気温 = 最低 -13度/ 最高 -3度

米国の作家J.D.サリンジャーの名作「ライ麦畑で捕まえて(The Catcher in the Rye)」が村上春樹氏の翻訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルで出版されることが決まったそうですが、これはまあいささか旧聞に属するとは思うけれど、とてもうれしいことだ。僕らは同じ白水社刊の野崎孝訳の名訳「ライ麦畑で捕まえて」によって「ライ麦」体験をしたわけだけれど、それはいま思い返しても強烈なものだった。

強烈といってもセンセーショナルな体験とか感動というのではなく、しみじみとこころに染み渡るというか、いやそうじゃないな(そういう体験をしたければスコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」やマーガレット・クレイヴンの「ふくろうが私の名を呼ぶ」(角川書店刊)をおすすめする)、自分が年齢を重ねるにつれてジンと効いてくるというたぐいの感動だった。ぼくの周囲の同世代の人間にとっては「中原中也」や「萩原朔太郎」や「福永武彦」や「出家とその弟子(倉田百三著)」同様ある種の「通過儀式」みたいなものだったような気がする。夏目漱石、森鴎外、太宰治などなどのリストを思い返してみるとつくづくぼくらは「古典主義」的読者だったのだなあ。

我が敬愛する(といってもちょうど娘に当たる年齢なのだけれど)宇多田ヒカル(さん)がヘルマン・ヘッセを愛読していたことを最近知ったのだけれど、「車輪の下」「デミアン」「シッダールタ」「幸福論」「荒野の狼」とかなりの作品に「人間風車」状態になってしまったのが懐かしい(ブレーンバスターでなくてよかった)。ちなみに彼女の愛読書リストには「グレート・ギャツビー」もしっかりはいっている。

大学に入って最初の衝撃はアルベール・カミュの「異邦人」「ペスト」「シジフォスの神話」、ジャンポール・サルトルの「嘔吐」「存在と無」、そしてあのフランツ・カフカ。ご想像通りぼくにはドラッグなんて必要なかった。この読書体験のほうがよほど強烈なドラッグ的体験だったから。「実存主義」「不条理」という名のドラッグね。

カフカの言葉にすべては凝縮されている。

『ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。』(親友オスカー・ポラックへの手紙 1904年1月27日)

いまインターネットで『カフカ』で検索をかけると「海辺のカフカ(村上春樹著)」関連のサイトばかり出てきてしまうのは、まあいたしかたないでしょう。で、多少カフカを知りたい方のためにこのサイトをお勧めしておきます。

ぼくの読書体験を書き始めたらそれこそ「ネバー・エンディング・ストーリー」になってしまうのですが、今後少しずつ思い出しながら書いていこうとは思っています。大学時代だけで3,400冊読破したことはいささかばかげているとぼく自身思うのですが、その体験がいまのぼくの精神的骨格の形成に少なからぬ影響を与えていることは否めません。学問(勉強?)とジャズ(リスニング&演奏活動)と目がつぶれそうなほどむさぼり読んだ無数の書物のインクと紙の匂いこそぼくの激情と夢と孤独に支配された青春でした。


------------------------------(23時)

★★★

さて、現在の僕に戻る。

今日はひきつづき風が強く(台風は消えてなくなっちゃったのに)、ロープウエイも運休。午後になってようやく収まってきた。昨日収まったように見えたのは一時的なものだった。夜には風も止んで雲間から満月に近い月齢14の明るい月が顔をのぞかせた。

寒い、ものすごく寒い。長袖のワークシャツの上にフリースのシェルドジャケットを着込んでフリースの帽子をかぶってちょうどいい低温だ。もちろん吐く息は真っ白。これは11月並の気候だと思う。最低気温4℃、最高気温7℃だもの。

シベリアンハスキーだから愛犬パル君はますます元気、急坂をぐんぐん登り、ずんずん進んでいく。これなら犬ぞりを引けるというのも納得の馬鹿力だ。雲を透かして照る月明かりであたりはぼおっと明るいから、ハンディライトを使うことはほとんどない。遥か下に山麓の街の明かりが見える。山並みは墨絵のように闇に沈んでいる。

僕は60歳の自分を想像できない。そんなに遠い将来のことでも無いのに。すでに「フクロウが私の名を呼んでいる」のかも知れない。カナダのネイティヴの間では死ぬ前に「フクロウがその人の名を呼ぶ」という伝承があるという。それに題材を求めた作品が上記の小説だ。静謐に満ち、哀しくしみじみとした作品だ。一読をお薦めする。

2006年10月08日

3522 蓼科の紅葉狩りと服装

晴れ 気温:最低 3℃/最高 9℃

今日は快晴だった。明日も晴れ、明後日も晴れという天気予報がでている。晴れた夜はとても冷え込むから、また晴れた日中でも陽射しは暖かいけれど風がとあるととても寒く感じるから、秋の高原を訪れるならそれなりの服装計画が必須となります。

おすすめなのは、薄手でもいいからアンダーウエアを長袖のものにすること、できればパンツの下にはく中厚手のタイツを準備。羽織るものとしては長袖の厚手のシャツ、厚手のトレーナー、中厚手のフリース、それから風が吹いた時に寒い思いをしないために、風を通さないナイロンのウインドブレーカーかマウンテンパーカがあれば完璧。

寒がりのひとはこれに加えて毛糸の帽子、啓人の手袋があればなおいいでしょう。

そしてこちらに到着したら是非秋の高原の「森」を散歩して下さい。早朝か、夕暮れ時がおすすめです。湖畔の森だったらいっそうロマンティックでしょう。そう、秋の高原はロマンにあふれているのです。

台風なんてとっくに消失しているのに、良く風が吹きます。今日の蓼科も強風というほどでは無いけれど、冷たい風がコンスタントに吹きました。朝夕はときおり吹き抜けるこの風がとても寒く感じさせます。しかし、この冷え込みによって紅葉はずんずん進行しています。

この連休は標高2400m〜2000m付近がなんとも美しかった。国道299号線ドライブしたお客様や、麦草峠・白駒池を訪れたお客様、そして山歩き・登山でロープウエイから山にはいったお客様はこの至福の風景を堪能されました。

今週末にはロープウエイ下から標高1750mのピラタスの丘付近まで紅葉が降りてきそうです。今度の土日にはペンション・サンセットも紅葉のタペストリーの中に織り込まれてしまいそうです。紅葉は標高の高いところから低いところへと山を駆け降りるものですから、標高差の大きい蓼科では11月半ばまで広葉樹の紅葉が楽しめます。特に蓼科湖では400本の桜の木(ソメイヨシノ)が真っ赤に紅葉します!

それが終わるといよいよ針葉樹の紅葉です。落葉松(からまつ)の紅葉の美しさはそれを知るものにとっては忘れ難いものです。東山魁夷画伯も好んで当地の落葉松林を取材していたそうで、画伯の描いたブルーの美しい針葉樹林は当地の風景もはいっているのだと改めて親近感を感じます。

今夜もお客様のために全館暖房を入れています。暖房を入れないと館内は15℃〜18℃ほどになってしまう気候です。これは平年に比べるとかなり寒いです。いつものこの時期ならもっとずうっと温かなのです。数日中に平年並の気温に戻るとは思いますが、いずれにしても、都市部からいらしたお客様には「ものすごく寒い」と感じられるかも知れません。

そういうことなので、上記の服装を是非ご用意下さい。そうすれば極上の高原の秋を快適にお過ごしいただけると思います。あ、これは朝夕のことで、日中は陽射しがぽかぽかと暖かいですからそのあたりのご心配は無きよう。別の表現をするなら、山にキャンプに行く時程度の防寒衣料は必ずご用意下さいということです。ここは日本中のどのキャンプ場より標高が高いのですから。

今夜は満天の星が美しい。今日はジャコビニ流星群が出現する日なのですが、なにしろ「突発的に出現する流星群」だそうで、残念ながら僕はまだ見ていません。もう一度ラウンジの窓から夜空を見上げてみようっと。

2006年10月11日

3525 その思いを手放すのだ

雨 気温:最低 5℃/最高 10℃

Everything's gonna right! そう思いたいけれど、性分なのかついついいろんな心配事を抱え込んでしまう。そんなだからサラリーマンというかビジネスマン落第だったわけさ。もっとひらりひらりと世渡りできなくっちゃね。でもそれができないのが僕という人間なのだ。このことからは逃げられない。

だから逃げることをやめたわけだ。逃げることを止め、自分でない自分を演じることを止め、自分でない《本当の自分》とやらを探すことを止め、ありのままの自分で生きていこうと決めた。どうあがいたところでひとは自分という事実からは逃げられないのだ。

そう決意したのは、それができたのは15年ほど前のことだろうか。結論から言ってしまえば、それは簡単なことだった。それまで守るべきものだと信じてきた、それまで築き上げてきたと思い込んでいたものをすべて手放せば良いのだ。インドの聖者が言った「その思いを手放すのだ!」と。そのとおりだった。

手放せばすっと身も心も軽くなる。それが探し求めて止まなかった「本当の自分」だった。あっけないほどあたりまえにそれはそこにあった。僕はシンプルに「僕」だった。なんの肩書きもなく、しがらみもなく、守るべきものも無く、迷いも無く同時に迷わないということも無く、ここにいたのだ。

なんだか100万アクセス達成を機に、きゅうにしゃんとした印象なのだけれど、これは「たまたま」なのだ。これは僕の「振れ」の範囲内のことなのだ。想定内のゆらぎなのだ。なにしろいま語っている僕は「パブリックな僕」だからね。個人的な生身の人間としての僕では無いのだから。

さて、今日は朝からいかにも高原らしい雨降りとなりました。空は明るいのだけれど、そして降りはたいしたことがないのだけれど、とうとう宵まで雨が止むことは無かった。夜半には完全に止んで空は晴れてきたけれど。天気予報では明日以降当分は晴れマークがついているから、今週末は絶好の紅葉狩りのタイミングになると思います。

蓼科の紅葉は、現在標高2000m〜1900mあたりまで降りてきているので、週末にはちょうどピラタスの丘ペンション村(標高1750m)まで降りてきて鮮やかな紅葉世界になると思われます。蓼科湖や白樺湖は標高1300m〜1200mだから紅葉が最盛期を迎えるのは10月末から11月上旬になります。これがまたなんともきれいなのだ。ちなみに渓谷美が売りの横谷峡の紅葉は今週末から来週末あたりになりそうです。

今夜もピラタスの森はしんと静まり返って、野生動物の気配の他はときおり吹き抜ける風の音が支配しています。あ、でも、ときおり鳴くフクロウの声と野生の鹿の鳴き声が、夜のしじまを破って遠くから聞こえてきます。僕のペンションでも鹿除けに建物回りに夜間照明を施しましたが、いまのところ効果が出ているようで、朝起きて庭に鹿の糞が転がっているようなことが無くなりました。

ピラタスの丘も開発から30年余を経て、ふたたび野生に支配され出してきているのを感じます。

2006年10月12日

3526 と、ぼくは想っている

晴れ 気温:最低 6℃/最高 12℃

今日は比較的暖かでした。というか、館内にいるより外に出た方が陽射しを浴びる分だけずうっと温かく感じるし、実際に活動してみると少し汗ばむほどだった。しかしさすがに半袖では身体が冷え切って鼻水が出てきてやがてくしゃみをすることになる。厚手のトレーナーを着てちょうど良い。

昨日までに館内の照明の電球交換を終えたので、今日は屋外の灯火の電球交換を行った。そんなに長いはしごを使わなくても良いので、樹木の枝打ちよりははるかに安全だし気分も軽い。日が暮れたあとに点灯試験をしてみたけれど、電球型蛍光灯の進歩は著しく、明るさや光の色味についても白熱球と遜色なかった。

省エネルギーは時代の要請でもあるから積極的に改善を図っています。特に最近は野生の鹿が敷地内に入り込んだりするので、夜通し建物周りを照明する必要があるので、省エネは必須なのです。出入り口周りは低誘虫の波長の黄色い電球を使い、それ以外は「光害」とならないように照射範囲の狭いスポットライトタイプのレフ球を使っています。そのどれもがいまや電球型蛍光灯で提供されているのだから、これを使わないては無い。

経費節減という観点からはどうでしょうね、電球型蛍光灯は白熱球の10倍近い値段で寿命が4〜5倍ほどですから、節電できた分を加味してもさほど大きなコスト減にはならないかも知れません。しかし、使用後の電球の処分や消費電力の削減という側面を見ればとても環境に優しいのでは無いかと考えています。

ということで、光の波長の微妙なニュアンスが大切な芸術作品やライトアップは別として、実用に供する明かりに関しては僕は積極的に蛍光灯化をすすめています。実際よく見てみれば高級なホテルでもレストランでも意外な場所にこの電球型あるいは電球色(白熱灯の色味の)蛍光管が代替電飾として利用されていることに気づくことでしょう。

この蛍光灯もやがてすべて高光度・高輝度LEDに取って代わられるのも時間の問題でしょう。そうなると白熱灯はもはや芸術や趣味の明かりとして認識されるようになるのでは無いかと思っています。個人的には白熱灯の光がとても好きなのですが、用途と光のニュアンスを勘案して使い分けているしだいです。

お客様はペンション・サンセットではご家庭でよく行っておられるようにまめに電灯を消す必要はありません、いやむしろ消さないでいただきたい。蛍光灯はその特性上、点滅が寿命を縮める最大の要因なのです。消費電力は常時点灯でも白熱球の1/4〜1/5程度ですからその方がトータルに考えて省エネになるのです。

あ、浴室と洗面所とお部屋の電気スタンドは白熱灯ですから、こちらはこまめに消していただけるとさいわいです。あとはおおむね蛍光灯あるいは蛍光管を使用していますから点けっ放しの方が省エネになります。(^^)

むしろお願いしたいのはこれからの季節は全館暖房を入れるのですが、灯油価格は昨年の2倍強になっていますから、真冬なのに部屋の中で半袖になってがんがん暖房したり、あげくのはてにタバコの煙を出すために外気温氷点下20℃の夜に窓を開けて換気するなんて「あんまりな」ことだけはしないでいただきたのです。特にお若い世代の方には人類の古来よりの叡知である衣服による温度調節を改めて学んでいただきたいと愚考するしだいです。m(_ _)m

誤解の無いように記すならば、じっさいにはそのようなお客様はペンション・サンセットではほとんどゼロに近いので余計なことを書いたなあという気もしないでは無いです。しかし、たまに絵に描いたようにそれをなさるお客様がいらして、そういう時には窓を閉めていただくようお願い申し上げるのですが・・・。うるさいオヤヂだと想われるのもいやだしなあ。(^^ ;

2006年10月16日

3530 それでは納得できない自分がいる

晴れ 気温:最低 3℃/最高 11℃
おととい、そして昨日の日記で書いた通り、このサイトのトップページをペンション・サンセットの集客ページに変更した。これまではいわば「扉ページ」あるいは「表紙」にあたる蓼科高原日記をメインコンテンツとするページがトップページだった。

しかし、アクセスいただいた閲覧者の動向をデータで見てみると必ずしも良い選択ではないということが一目瞭然だった。やはり付け焼き刃的にサイトの一部だけを大変更するとある種の混乱を招くのだと思う。Yahoo! Japan では少しだけランクが上がり、Google では少しだけランクが下がり、msn ではランクがぐっと上がった。といっても、ベスト10のなかでの動きだけれど。

結論として、即決でもとに戻した。3日前までと同じに戻した。蓼科高原日記をメインコンテンツとするページがトップページで、ペンション・サンセットの集客ページをサブページにまわした。これが長年守り続けてきたこのサイトのスタイルなのだ。やはり変えるべきではないと思った。しかし「実験」としての価値は充分以上にあった。いずれにしてもお騒がせしました。

そんなチェックをしながらじつに久しぶりに他のペンションのホームページを見て回った。じつに魅力的で技術的にも高度な楽しそうなページが目白押しだった。それはもう圧倒されてしまうくらいだ。しかし、がんばれば同じようなものを作ることは可能だけれど、でもやりたくないというのが本音だ。

プロにお願いするという手もあるし、じっさいにそうしているペンションも散見された。情報がよく整理されていて閲覧しやすそうで、これは効果的なホームページなんだろうなあと思った。やはりプロの手になるものは魅力的だった。僕もそうすべきなのかも知れないと思った、そのときは。

でも、そうしたくないというかたくなな自分がここにいる。お料理もパンもすべて手作りといっている一方で、お客様との最初のコミュニケーションの場であるホームページが「手作り」でないのは矛盾するように思われてしまって・・・僕はトレンディーじゃなくって頭が固いんだ、きっと。

経営者としては、これまで築き上げてきたこのサイトのすべてをうち捨てて、プロの手になるサイトに切り替え、集客に全力を尽くすべきなのかも知れない。蓼科高原日記なんて書いている暇があったら、団体旅行の営業に奔走すべきなのかも知れない。しかしそれでは納得できない自分がいる。

とうわけで、まずは情報を整理し直して、いささかとっちらかってしまっているこのサイトの再構成とナビゲーションの充実を行おうと思っています。表現の簡素化や視覚化も必要かも知れない。とかく現代は文字を読むのが嫌いなひとが増えたようなので。

でも、本音としてはこのサイトを「見る」のではなく「読んで」ほしいのです。このサイトは本来テキストだけで構成されるべきものとして誕生したのだから。いまとなってはトレンディーじゃないのは確かだけど。なぜそうなったかということは過去に何度も書いたからここでは繰り返さない。

★★★

さて、昨日から吹き続けていた風は未明にピークを迎えてびゅーびゅーと木々の梢を鳴らす音で目が覚めた。中庭にいるパルのことが気になって、もぞもぞと起き出した。中庭にでて犬舎の雨戸を閉めてやると中からパルが飛び出してきてやたらとなついてくる。きっとこのただならぬ雰囲気と大きな風の音が不安だったのだろう。

未明の空に真っ白な月が怜悧(れいり)な光を放っていた。明かりなしでもあらゆるものがくっきりと見えるほど明るく鋭い光だ。冷たい風に身体は凍えるが、心はなぜかとても温かだった。この優しい生き物が僕らのもとにやってきたのは12年前の冬だった。以来僕らとともにこの森で生きてきた。彼は飼い犬などではなくペットでもなく文字通り対等な関係としての家族なのだ。あるいはシベリアンハスキー流の解釈でいうならば、同じ「群れ」の仲間なのだ。

僕は多くのことをパルから学んだ。その反対に彼が僕から学ぶべきことはおそらく何もなかっただろう。自然の中で生きる、ただ単純に「生きる」ということを僕は彼から学んだのだ。ただ生きて、当たり前のこととして死んでいく。そのどこに疑問や不安があるのだ、といつも問われているような気がした。

強風でロープウエイは運休となったが、その風も午後はやくには止んで穏やかな天気に変わった。何もかも吹き飛ばしてくれたおかげで、今日の夕焼けはじつに感動的に美しかった。ピラタスの丘の紅葉もいよいよ最盛期を迎えている。山岳部の紅葉はピークを越えて、もっと標高の低い湖沼部や蓼科高原の観光スポットでの紅葉の見ごろは今週末からになる。

2006年10月18日

3532 紅葉見頃は標高1800m付近

晴れ 気温:最低 5℃/最高 12℃

ビーナスラインは紅葉に彩られています。いま最盛期は標高1800mあたりですが、1200mから上はすでに沿道の森のそこここにじつに見事な紅葉がまるでレイアウトしたかのように、スポット的にみられてそれが緑との対象でより強烈な印象を与えています。じつに美しい。

渓谷美で定評のある撮影スポット「横谷峡」もそろそろ見頃かと思われます。国道299号線を上っていくとやがて「横谷温泉」の看板がありますが、そこから遊歩道が始まっています。

ピラタスロープウエイの山麓駅付近もちょうど見頃です。今週末から来週末が山岳部では紅葉の見納めになりそうですから、おっとり構えていてはいけません。それが終わると今度は蓼科高原の湖沼部が紅葉の盛りになります。水面に映り込む紅葉と八ヶ岳の対比は最高に美しいものです。

天気予報では明朝は霜が降りるかも知れないとのこと。毎朝3℃程度まで気温が下がって、夜もとても冷え込んでいます。お越しになる方は、暖かな日中を想定しないで、そんな朝晩の冷え込みにも対応できる服装計画を怠らないことが大切です。

いままさに蓼科山、八子ヶ峰の山腹は錦絵のように色づいて、感動的な風景となっています。お天気も良さそうです。今週末、みなさまのお越しをお待ちしております。

2006年10月19日

3533 感性の共有と精神の共有

晴れ 気温:最低 3℃/最高 12℃

いまの僕のささやかな夢は、たとえば Diana Ross の Blue というアルバムを聴いていると妻がやってきて「これ誰?いい感じね。」と言ってくれることだ。僕は応える「うん、いいだろう、Diana Ross の What a Diefference a Day Makes って曲さ。」と。

感性の共有には、もちろん、いい面と悪い面とがある。そのことを知った上で、やはりそうなりたいという想いがずうっとあった。そしていまだにそれは成立していない、あるいは永遠に成立しないのかも知れないと思い始めている。

それはしかたのないことだし、良い面に目を向けるべきなのかも知れない。たとえば、モンティー・パイソンのどのギャグが好きかがなにからなにまでまったく同じだというカップルがいたとすれば、どうも長続きしないような気がしたものだ。もしそういう人がいたらごめんなさい、あくまでもこれは僕の個人的体験談だ。

好みというか、もっと深い部分で精神を共有してしまうとむしろお互いに重くつらい思いをするのではないか、とも思った。若い頃、まだ結婚する以前にそのような女性がいた。いまでいう「友達以上恋人未満」という微妙な関係でおわったのは、愛情が深まるにつれてお互いにそのことに気づき始めたからではないかといまでも思っている。

根っこの部分では共通した流れを持ちつつ、異なった感性、異なった価値観を持っている方がお互いに刺激しあって成長できるのではないか。

さて、今日も蓼科はよいお天気でした。ピラタスの丘からロープウエイ付近は今週末が紅葉の見頃になります。写真撮影に最適な渓谷美の横谷峡(よこやきょう)も今週末が見頃になると思います。来週末はもう少し標高の低い湖沼部が見頃になってくるでしょう。

毎日夕暮れ時がとてもきれいです。夕陽も、夕焼けも。夜はよく晴れて星空もくっきりと見える日が増えています。夕陽を眺めるにしても、星を見るにしても真冬なみの(大げさなくらいの)防寒装備をお忘れ無く。そのときの気温は5℃〜3℃です。

2006年10月25日

3539 ホームページはペンションの一部

晴れ 気温:最低 4℃/最高 11℃

新しいホームページの試み11年ぶりのまったく新しい「もう一つのホームページ」の制作に手をつけました。昨日も書いたとおり、「見やすくわかりやすい」ということに主眼をおいたものになります。言葉を尽くして想いを語りうんちくをならべ共感納得していただくというこれまでのホームページとは正反対でありながら相互補完的な役割を担うものになります。

現在のところ制作にどれだけかかるかちょっとわかりませんが、簡潔でビジュアルなものにしたいと願って全体の構成を考えているところです。そうしなければいまのホームページと変わらないもにになっていってしまいますから。

ペンションのホームページはペンションの一部だと考えています。ホームページをご覧いただいているときからおもてなしは始まっているのだと考えています。だからこそ現在のホームページは懇切丁寧なご案内になっているわけですが、詳しすぎる地図が時として役に立たないのと同様に、詳しすぎることによってかえって全体が見えにくくなってしまうこともあると言うことに思い当たります。

このことは個人差が大きいので、感じ方は様々だと思っています。しかし、お客様にご覧いただくものである以上、様々な感性に対応しなければならないと思います。

いいものができるかなあ、そもそも完成できるのだろうか。まあやるだけやってみます。(^_^;)

★★★

蓼科高原はすっかり秋景色です。どこを走っても、八ヶ岳の上の方をのぞいて、紅葉が眼に鮮やかです。これがじつに感動的に美しいのです。紅葉を眺めるドライブなら今週末がベストかも知れません。お天気も良いという予報が出ていますしね。

写真撮影が目的のお客様も、今週末が広葉樹の紅葉撮影にはラストチャンスになるかも知れません。山歩きにも最適の気候と景色になっていますから、気候の安定するこの時期がおすすめです。(ただし、念のため、初冬登山の装備・服装の準備をなさるようお願い申し上げます。)

これからの季節は毎日夕陽・夕焼けがものすごくきれいです。

2006年10月26日

3540 高原部の紅葉が見頃

晴れ 気温:最低 2℃/最高 11℃

奥蓼科・横谷峡の紅葉紅葉の第二段階にはいりました。これまでは山岳部の紅葉が見頃でしたが、これからは高原部の紅葉が見頃です。蓼科高原は標高2500mから標高1000mあたりまでと標高差がとても大きいので、紅葉は1ヶ月半以上にわたって楽しむことができるのです。

ペンション・サンセットでは四季折々の旬の野菜を中心にメニューを考えているので、これからの季節は(夏の葉物野菜に対して)「根菜」が中心になってきます。夏の野菜は「身体を冷やす」働きがあり、これからの季節の野菜は「身体を温める」働きがあるといわれています。自然界というのはとてもよくできていますね。

現在紅葉は標高1500mから1300mあたりがとてもきれいです。来週末には標高1200mの蓼科湖付近から1000あたりの杜鵑峡(とけんきょう)やバラクライングリッシュガーデンあたりが見頃を迎えます。さらに下って、紅葉が諏訪湖で見頃になるのは11月末になります。

これからの季節は空気が澄んだ晴天の日が多くなります。ペンション・サンセットはピラタスロープウエイ山麓駅まで徒歩8分です。山歩きすれば美しい紅葉が帯状に見下ろせ、遙か北アルプスまで見通せる展望は絶景です。どうぞ11月の蓼科にいらしてこの季節にしかできない「空中散歩」を楽しんでください。お待ちしています。

2006年10月28日

3542 時代は「簡潔を善しとする」のだ

晴れ 気温:最低 0℃/最高 11℃

秋の雲今朝テラスの手すりの上に薄氷が張っていました。まさかと思ったのですが、どう見ても水ではなくて氷です。記録式寒暖計を見ると、なんと0℃でした。冷え込んだのですね。都会の12月下旬の朝みたいな感じです。そういえばいま50代の僕らが子供の頃は東京の郊外でも冬はとても寒かった。

息は真っ白だし、手袋をしていても指先がじんじん痛みました。水たまりの氷を踏んで割ったり、10センチもあろうかという霜柱を踏んだりしながら通学したものです。いまはとてもそんな気候にななりませんけれど。そんな季節途中でおじさんが落ち葉焚きなんかしていようものなら徒党を組んであたりにいったものです。

そのかぐわしい香りとなんとも言えない暖かさは「幸福」そのものでした。あの頃の子供の世界はじつにのどかだったのかも知れません。いま改めてあの時代を振り返ってみれば、大人の世界では一触即発のじつに危機的な米ソ冷戦時代だったことを知ります。

今日も一日とても良いお天気でした。空には美しい筋雲がかかり、透明な青空との対比が感動的でした。紅葉はますます盛んになり、陽射しは温かく、夕陽は鑑賞に堪える荘厳さを見せています。それもこの寒気があるからこそのもので、これで気温が生ぬるかったら季節感が狂ってしまうというものです。

紅葉の蓼科山新しいコンセプトのホームページ作りも順調に進んでいますが、さすがに根を詰めすぎたのか今日はなんだかがっくりと疲れが出てきてしまいました。ついつい詳細に書いてしまうので、はっと気づいて簡潔に書き直すというこれまでとは正反対のことを繰り返しています。

あらためて、時代は「簡潔を善しとする」のだということを実感しています。しかし「広告は誘惑なのだ」という部分についてはどうもうまくできません。まさに「紺屋の白袴(こうやのしらばかま)」なので、おもわず笑っちゃいます。前にも書きましたが僕は広告キャンペーンのプレゼンテーターだったのです。

今年の紅葉は息が長くて、11月いっぱい高原部でも楽しめそうです。みなさまのお越しをここ蓼科でお待ちしております。

2006年10月29日

3543 新しいホームページ

曇りのち晴れ 気温:最低 6℃/最高 14℃

秋ですね、って秋に違いないのですが。今年は一気に落葉しないので、もうすぐ冬がやってくるのだという雰囲気がまだ感じられないでいます。気温も全体的に高めで、いまだに氷点下になっていないし。それでも、11月に入ったらクルマのタイヤをスタッドレスに交換する習慣です。

雪が積もって滑り止めが必要になるのは12月からなのですが、あまり寒くならないうちに交換しておいた方が楽だからそうしています。寒風吹きすさぶ気候の中でランドローバーの大きくて重たいタイヤを交換するのはとても大変なのです。

今年は新しいスタッドレスタイヤに交換するタイミングなので、どのメーカーのどのタイヤにするか検討中です。やはり3年目にはいるとスタッドレスタイヤのグリップ(特に横方向)ががくっと落ちるのです。ミシュランのラティテュードX-ICEがいいかなと思うのですが、評価がまっぷたつに分かれているので迷っています。

これまではずうっとブリヂストンのブリザックDM-Z03だったのですが、どうもここ2年ほどの雪とは相性が悪く、信じられない場面で横滑りするのに面食らっています。おおむね水気が非常に多いアイスバーンなのですが、ほとんど効かないって感じになります。それ以外の路面ではとても良いのですが。

クルマのトラクションコントロールとの相性かも知れませんから、他のクルマの場合は相変わらずオールラウンドなスタッドレスタイヤなのかも知れないのですが。じっさい、統計的にはブリヂストンがトップセールスのようですし。

そろそろ決めなければならないのですが、ミシュランを試してみたいというのが本音です。でも効かないから返品交換というわけにはいかないのでちょっとね。

★★★

新しい「ペンション・サンセットのホームページ」は主要パートがほぼ完成しました。まだ関連パートがもう少しかかりそうです。しかし、ホームページは日々更新され進化していくものですから、あした公開しようと思っています。「工事中」のページもありますが、ご容赦のほど。また、感想などいただけるとありがたいです。

とにかく、素っ気ないほど簡潔に、写真とスライドショーと短文で構成してみました。とても良い勉強になりましたが、出来はまだまだです。50点も取れていないように思います。日記は一所懸命続けて生きたけれど、基本的な骨格部分の改善を怠っていたってことかも知れません。反省しています。

それにしても、写真や映像を多用するホームページ作りってものすごく疲れますね。2万枚近くある写真の中から「これだ」っていう写真を見つけ出してセレクトするだけでも多大な労力を必要としました。できあがった結果だけ見るとそんな苦労なんて感じられないのですが。

基本的に JAVA SCRIPT と FLASH MOVIE によって動かしているホームページなので、マシンスペックが非力なPCや回線速度がブロードバンドでない方にはいささか重く感じられるかも知れないのがちょっと心配ではあります。

今日も、夕陽と星空がとてもきれいでした。特に夜は空のあちこちが(雷雲も無いのに)稲光のように光っています。おそらくはなにかの流星群がやってきていて、流星が燃え尽きるときの発光がそのように見えるのだと経験的には思っています。とても不思議な情景です。

2006年11月06日

3551 簡潔と冗長

曇りのち雨 気温:最低 1℃/最高 10℃

新しいペンションご案内ページ」をアップロードしてから1週間が経過した。だいぶご覧いただけるようになったことが、データ解析で見て取れる。このようなFLASHとJava Scriptを使用したホームページがたとえばTV番組の公式HPなどでは以前から主流になっている。

動きがありインタラクティヴであり簡潔かつヴィジュアルでわかりやすい。情報の深さを追求せず、要点がきちんと押さえられている。「過ぎたるは及ばざるがごとし」というのが時代のトレンドなのだろう。確かにこれは一理ある。

文章も同様なのかも知れない。簡潔で無駄のないこと、表現はその方向に向かっているかのように感じられる。たとえばアーネスト・ヘミングウェイの短編小説はまったく無駄がない。そのシャープさはまるで鋭利なナイフのようである。"The Killers"という作品を原書で一読してみれば僕の言っている意味がわかる。

僕は誤解を避け理解を深めるという大義名分を振りかざしてあまりに冗長な方向に走りすぎたのかも知れないと反省している。そもそも言葉数の多い方ではなかったので「冷たい人間だ」と周囲から誤解されることが多かったから、いつのまにか意識的に言葉を多く発するようになったのかも知れない。

それが僕の冷たい印象を和らげてくれるのではないかと。僕を知る人は僕を冷たい人間だとは思っていない。そんなことを言うと笑われてしまう。もし僕が冷たい印象を与えることがあるとすれば、僕の心のかたち(Shape of My Heart)に問題があるのかもしれない。

昨夜から今日一日は落葉松の落葉が一気にすすんだ。なにもかもがブラウンに色づいた落葉松の針葉に覆い尽くされた。ラウンジからの眺めは英国の風景画家フランクの絵のようにみえる。この日記を読むひとは今日の蓼科の様子をもっと知りたいのだと思うけれど、僕は書かない。僕は冷たい人間ではないが、多少意地の悪いところのある人間なのだ。

2006年11月18日

3563 里の秋

晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 2℃

朝一番で諏訪インター近くのイエローハットに出向いた。手持ちのレンジローバー用16インチアルミホイールにスタッドレスタイヤを取り付けてもらうためだ。予報では明日の午後から雨になっているから、気温しだいではピラタスの丘では月曜日いっぱい雪になる可能性が高いということで、あわてて手配した。

これまではブリヂストン・ブリザック DM-Z3 を使ってきたが、総合性能第一位という評価に異論はない。とても良くできたスタッドレスタイヤだと思う。氷にも強く、真円性も高く転がり抵抗がとても低い。しかし、スタッドレスの中でも特に柔らかいタイヤなので、ディスカバリー2のような重量車では「ゆれ」というか「腰砕け感」がとても気になっていた。

サマータイヤのようには行かないのは百も承知だけれど、もうちょっとしっかりしたフィーリングがほしかった。また、グリップはベストに近いのだけれど、滑り出したあとの急激な挙動はとても怖いものがある。まあ、そのような走り方をする方が悪いのかも知れないけれど。

ということで、今回は悩んだあげく、ミシュランのラティテュード X-ICE 255/65R16 を選択した。2005年の第46週生産の刻印があるのが気になるけれど、このサイズは数が出ないので今シーズンは追加生産するかどうかわからないとのことで、妥協した。

肝心の氷上性能はじっさいに走ってみないことにはわからないので、それはまた改めて報告したい。ドライ性能に関してはたしかにしっかりとしていてハンドリングがとても素直で、走行音もとても静かだ。コーナーでよれてアンダーステアがでることもほとんど無いのが良い。とはいえ、やはりスタッドレスタイヤだとすぐわかるやわらかさはいかんともしがたい。

それにしても、いまや蓼科は「里の秋」そのものの情景だ。山麓近くの里山が美しく紅葉している。「錦秋(きんしゅう)」とはこのような景色をいうのだろうなあ。本当にきれいです。だから、麓の茅野市から蓼科高原に登ってくるルートは見目麗しく彩り豊かだ。そして山岳部では落葉松の紅葉が目を見張るばかりに美しい。

それはそうと、数日前から今度導入する「即時予約システム」の勉強とデータ打ち込みと調整に徹夜状態が続いている。同時にホームページの改善計画も進めていることもあるけれど。

今度の予約システムはアウトソーシングで契約した専門会社の運営になる安全なサーバーおよびシステムになっている。じゃらんnet と同等かそれ以上の機能を持っている。予約前にきちんとした「料金見積もり」も表示する。従って予約前にお客様は様々なプランやオプションを比較できることになる。そしてこれまでと決定的に異なるのは「予約送信」から5分以内に予約完了のメールが送信される「即時予約システム」である点だ。

12月から運用開始予定でがんばっているけれど、導入されればお客様は24時間いつでも文字通りその場で予約を完了させることが出来るようになる。僕も大いに期待しているけれど、お客様にもそのメリットを享受していただけたらいいなと思っている。

2006年12月21日

3596 冬の眺望

晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 2℃

冷え込む日が続いてゲレンデにとってはよい気候になっています。朝起きると中庭にコンちゃん(野生のキツネ)の足跡が雪の上に点々と残っていました。シベリアンハスキーのパルの犬舎のすぐそばまでやってきてそっと引き返したようです。パル君は気がつかないで寝入っていたようです、いつもそうなのですが。そうです、彼は天然系のワンコなのです、まあ、シベリアンハスキー全般がそうなのですけれど(そこが和んで大好き!)。

ここから眺める山並みは南アルプス、その向こうに木曽御嶽山、中央アルプス、ぐぐっと目の前に車山肩が見えます。これは車山の稜線の一部の呼称で、その向こう側斜面が霧ヶ峰、そこを下ると諏訪湖です。さらに手前に八子ヶ峰が迫りますが、その向こう側がしらかば2in1と白樺湖ロイヤルヒルスキー場で、それを下ると白樺湖、その向こう側が車山スキー場という位置関係です。さらに右隣には谷を挟んで巨大な蓼科山が迫ります。それに連なる大河原やその中腹にピラタスの丘ペンション村が位置する北横岳がそびえています。

じつに信じがたいほどの眺望なのです。特に冬には樹木という樹木が落葉した後なので遮るものひとつ無く、ぐるっとすべてを望むことが出来ます。真っ白に勧説した信州の山並みを眺めていると文字通り心が洗われる思いです。

スキーやスノーボードを楽しむと言うことの中には、そのようなロケーションで潜在的に心が洗われるという紅葉があるのだと体験的に思っています。そうして意味でも大自然の中で遊ぶことはとても大切だと思います。そこにはたしかに自分のリアリティーがありますから。

今日のピラタス蓼科スノーリゾートの様子です。写真の転載許可をいただいて掲載します。雪質は抜群で、滑走エリアもどんどん増えています。今週末にはロープウエイ下の4kmのロングコースがオープンします。

※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。

2006年12月29日

3604 また、どかっと雪が積もりました

雪のち晴れ 気温:最低 - 13℃/最高 - 8℃

またまたどかっと雪が積もりました。ペンション・サンセットの周辺で10センチほど、スキー場では20〜30センチは上澄みされました。一面の銀世界です。蓼科山も北八ヶ岳も見晴らす山々はすべて頂上から山腹まで真っ白です。写真の左上に見える屏風のように横に長いこの山はピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデから望む「北横岳」です、どうですこの雪の積もり具合。道路も一面さらさらのパウダースノーに覆われて、比較的走行しやすい状況になりました。

しかし、朝晩は日中溶け出した水分が強烈なアイスバーンになることがあるので、日陰や道路が黒々としている部分にはくれぐれもご注意下さい。いずれにしても、タイヤチェーンやスタッドレスタイヤ無しでは当地を走行することは不可能になっています。

昨晩、そして今朝と久方ぶりの除雪作業で全身の筋肉が痛みます。同時に、ああ、ようやく冬がやってきたのだなあという感慨があります。年末年始の繁忙期が終わったら僕も是非ゲレンデに出てこの極上の雪を楽しみたいと目論んでいます。まあ、持病の腰痛と相談しながらですけれど。

今日はご家族連れの目立つピラタス蓼科スノーリゾートでした。キッズゲレンデはスキーデビューのお子様やソリを楽しむ親子でにぎわいました。

ゲレンデもまけずに大賑わい。今日は最高気温が氷点下8℃以下、最低気温も氷点下13℃以下の1月下旬なみの天候だったので、雪質もさらさらのパウダースノーが終日楽しめました。陽射しが温かかったので寒さは感じませんでしたよ。

雪不足といわれ続けてきた今シーズンですが、いっきにシーズンインした感がありますね。こうなるとさてどちら方面に以降かと逆に迷っている方も多いのではないでしょうか。雪質に関しては蓼科高原、特にピラタス蓼科スノーリゾートの雪を自信を持っておすすめします。

光あふれる好天のもと、たくさんのお客様で華やぐピラタスのゲレンデで、みなさまのお越しをお待ちしております。

2007年01月10日

3616 ゲレンデを見ていた午後

晴れ 気温:最低 - 11℃/最高 - 3℃

快晴で流れる雲がとても綺麗でした。澄み切った碧空を様々な形の真っ白な雲がよぎってゆきます。起き抜けにシベリアンハスキーのパルに会いに中庭に出たのですが、氷点下8℃の寒さも忘れて見入ってしまいました。少し風があって、それが樹木の枝を揺らす度に粉雪が朝日にきらめきながら舞い降ります。ああ、なんて美しいんだ。世界はこれほどまでに美しいものだったのか。そんなことを思い出させてくれた朝です。

こんなに良いお天気なのに、絶好のスキー日和なのに、ぼくは一日中パソコンに向かってホームページの編集と予約システムのデータ打ち込みをやっていました。あああ、つまんない。でも仕事だから。みなさんもそういうこと、しょっちゅうあると思いますが、それが「生活する」ということなのかもしれないです。まあ、ペンションの場合仕事と生活がある意味一体だから、じつはそんなにつまんないなんて思っていないのだけれど。

で、なにをやっていたかというと、「冬季限定宿泊料金」の値下げと期間限定サービスの告知ページの作成です。トップページのメニューバーの「格安プラン」をクリックしてご覧いただければ幸いです。料金一般については「スキーパック&プラン」をクリックしてご覧下さい。「24時間全自動即時予約システム」にもすでにデータを打ち込みましたので、速攻予約できます。是非ご利用下さい。

行きたいのに願いかなわず、歯ぎしりしているのですが、ピラタス蓼科スノーリゾートは最高のコンディションでした。って、滑ったわけではなくて、写真を撮りがてら様子を見に行っただけなのですが。きょうもまた、ピラタス蓼科スノーリゾートのご厚意でゲレンデ写真をアップさせていただきますのでご覧下さい。昨日載せた写真といい今日の写真といい、スキーヤー、スノーボーダーの血が騒ぎ出すでしょ?

今日の分から「pilatus.jp」と写真に入れているのは著作権保護の観点からも、とても良いことだと思います。これらの写真はほとんど全部ピラタス蓼科スノーリゾートのスタッフの方々が撮影していると聞いています。しかもプロ並みの腕前なのです。というかもともと「プロ」なのかもしれません。蓼科にはすごい人がじつにたくさんいます。

※このエントリーの2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。

2007年01月18日

3624 大量積雪した蓼科高原です

晴れのち曇り 気温:最低 - 5℃/最高 - 2℃

ピラタスは積雪量、雪質ともに平年以上の当たり年です

降り続けた雪も止んで、今朝は気持ちよく晴れました。標高の低いリフトゲレンデでも積雪100センチを優に超えているピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデコンディションは抜群に良いです。この写真はピラタス蓼科スノーリゾートの方が今朝8時45分頃写した一枚です。素晴らしい景色でしょう。「一面の銀世界」とはこのような情景ですよね。まるで別世界です。(この写真は許諾を得て転載しています)

他のスキー場とピラタスのどこが違うの?って思っているひとははこの景色を見れば一目瞭然ではないでしょうか。この広大なパースペクティブはピラタスだけのものです。どこかヨーロッパの趣があります。こんな大自然、このような景観の中で雪と遊ぶのは至福のひとときです。雪質は完璧なパウダースノー、もう最高です。

他のスキー場とピラタスのどこが違うの?って思っているひとははこの景色を見れば一目瞭然ではないでしょうか。この広大なパースペクティブはピラタスだけのものです。どこかヨーロッパの趣があります。こんな大自然、このような景観の中で雪と遊ぶのは至福のひとときです。雪質は完璧なパウダースノー、もう最高です。


ピラタスの丘もこんな感じで雪に埋もれて

ペンション・サンセットのあるピラタスの丘ペンション村はピラタス蓼科スノーリゾートの隣りにあります。だから、降る雪の量はほとんど変わりません。ペンション村は1600m〜1800mに展開しており、スキー場のゲレンデは1840m〜2140mに展開しています。ということで、標高はゲレンデの方が高いのでその分積雪量は当然ゲレンデの方が多くなりますから、どれだけ積もったかは想像に難くないです。

写真はペンション・サンセットのラウンジから見た雪景色です。今日は3時間以上かけてふたりがかりで除雪をしました。重労働だけれど、作業の合間にかいま見る蓼科山や青い空を行く雲を眺めるのがとても気持ちよいのです。何度も書いたけれど、雪かきはやはり「行(ぎょう)」です。しだいに頭の中が真っ白になってきて、やがて瞑想(めいそう)に似た意識状態にはいるのです。ここが平野部より20%も空気が希薄だということも関係しているのかも知れません。


※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。

2007年01月23日

3629 グータラノススメ

晴れ 気温:最低 - 11℃/最高 - 4℃

今日は一日グータラしていました。年に何度かは良いかなと思って。うちの愛犬パル(シベリアンハスキー、雄12歳)も一見いつもグータラしていますが、じつは本当にグータラしています。(笑) でも感心するのは、やるときはやるという野生の部分です。他の野生動物が近づいたときや、それを獲物と認識したときの彼の変身ぶりにはいつも感動してしまいます。その繊細かつ大胆なハンターぶりはじつに美しいものです。

しかし、ぼくにはどうやらそれはないようです。ただグータラしています。粗大ゴミなんて言われかねないただのオヤヂですか・・・。(^_^;)

仕事というか「やるべきことリスト」「やんなきゃきけないことリスト」をぜ〜んぶほっぽらかして、音楽を聴くでもなく本を読むでもなくボーッと一日を過ごしました。まあ、ペンションですから、広いっていえばめちゃ広いので、奥さんに「じゃまだからそこどいてよ、ほらほら」なんて言われなくてすむのはさいわいかも。

外も静かだし、パルは庭の雪の上でひなたぼっこして寝ているし、奥さんにも今日はグータラしようよなんてことを言って「お誘い」したり。今日もピラタスの森はとても静かです。太陽がぐりぐりと天空を巡る音が聞こえそうなくらい静かです。しかし、あらためて耳を澄ませばシジュウカラやウソの声が聞こえます、そしてそっと吹き抜ける風の音。夕刻にはキューンという鹿の声やキツネやタヌキやリスの動き回る気配。

どうやら野生の生き物にはグータラした一日って言うのはないようで、いや本当はあるのかな、まあいずれにしてもぼくらから見るとしばしも休まず「いまを生きて」います。野生にあっては生きることそのものが目的です。どうしてこの世界が存在するのかとか、なぜ生きるのかとか、生きる目的とか、そんなこときっと考えていない。そして生きることそのものが幸福であるかのように見えるのです。

動物だけではなく、植物だってここでは厳しい生存競争にさらされています。水や養分はもちろん必須ですが、ここで生き残るためには日照こそが要(かなめ)なのです。成育する過程で自分の上をもっと大きな植物の葉が覆ってしまうと、もうそれ以上大きくなれないか最悪の場合枯れるしかないかも知れない。文字通り必死に「上を目指す」ほか無いわけです、光を求めて。

身をよじるようにして他の樹木と枝を絡み合わせ、光を求めて真横に10メートルも枝を伸ばす姿を見ると、ほんとうに植物も生存競争に勝ち抜くしか生きる道はないのだと知ります。かつてイノセントに「自然は美しい」と感じて最終的ににここに移り住んだぼくらですが、今ではここに同化してそのような生存競争の目撃者・観察者となっています。

勝ち組だの負け組だのというこの「格差社会」の始まりには大いに異を唱えるものですが、こうしてみると生存競争というのはわれわれ人間も含めて運命的に科されたものなのかもしれません。ああ、いまぼくは穏やかな絶望の中にいる、決して失望ではなく。

2007年01月28日

3634 変わっていく日々

晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 4℃

まず写真を選ぶ、それから構成を考えて、しかるのちに初めて文章を書き始める。蓼科高原日記をブログ・システムに載せるようになってからの作法だ。以前は、つまりHTMLで書いていたときには、テキストエディタでいきなり書き進めて、ほとんど写真は使わなかった。だから写真と文章や思考とのインタラクションはほとんど無かったと言っていい。

おおむね三行で一段落、それを4回繰り返して、16小節ワン・コーラスって感じだった。ブルースコードを奏でるベースラインに乗って書くって感覚だった。そこには内面的な映像しかない。具象はなく、抽象や形而上の世界しかなかった。ある意味純粋に内省的で自己完結的な気分に浸ることが出来た。ぼくの描く蓼科は、ぼくの内なる蓼科だった。しかし今はちょっと違ってきているように思う。

写真も同様にぼくの内なる蓼科の映像を写真というかたちで実体化させる試みだった。ちょっと大げさな表現だけれど、可能な限り正確に言葉にしようとするとそんな気障(きざ)な言い回しになってしまう。いつ頃からいつ頃がそのような時期だったのか今は思い出せないけれど、そんな幸福な数年間があった。そして今はそうではないというのも、また事実だ。蓼科高原日記の1998年から2003年頃あたりのバックナンバーを読むとそんな空気感があるかも知れない。

そんな想いとは関係なく雪は降り、雪は積もる。ずんずん積もる。今年は数年ぶりに降雪量の多い冬だ。ゲレンデの積雪量も平年より多く、雪質も数年に一度という最高のパウダーコンディションになっている。

今日も3時間かけてふたりがかりで除雪作業にいそしんだ。いわゆる「乾雪」なのでさらさらふわふわで腰に負担がかからず、除雪機で飛ばすのも効率的だ。風があると飛ばした雪が全部吹き戻されてしまうのでまったく使い物にならないのが除雪機の欠点なのだけれど、さいわい今日は微風だった。

夜間に雪が大量に降って、早朝から晴れた朝は最高の気分になる。これはじっさいに体験してみなければわからない感覚かも知れない。雪かきは大変なので気が重くないといったら嘘になるけれど、真っ白な朝の陽光に輝く雪はまるで砂漠のように見える。本物の砂漠よりもおりこうさんな砂漠だ。雪まみれと砂まみれとどっちが良いかと迫られたら、絶対雪まみれのほうがいい。なにを奇妙な比較をしているのだろう。

400ccの排気量の強力な除雪機で積もったばかりのパウダースノーを飛ばすのはけっこう快感だ。同時に、見た目ほど楽な作業ではない。ここはかなりな傾斜地だし、雪の下には岩や太い木の枝が潜んでいて、長年の勘でそれを噛み込まないように事前に除雪羽(オーガ)を引き上げてやらなければならない。また、うっかり深雪にはまろうものなら、200kg以上ある除雪機をひとりで引っ張り上げなくてはならない。そう、ここではなんでもひとりでかたを付けるのだ。どうにもならないときは、もちろん助け合うけれど。

そんなこんなで13年の時が経過してしまった。ぼくは多少なりとも自立した人間になれたのだろうか。それともこれは単なる隠遁生活(いんとんせいかつ)に過ぎなかったのだろうか。

2007年03月05日

3670 概念としてのペンション村なのだ

雨 気温:最低 0℃/最高 3℃

ピラタスの丘ペンション村というのは全体がペンション村として造成されたものではない。そこがディベロッパーが最初から「ペンション村用地」として開発したペンション・ヴィレッジと決定的に異なるところだ。正式に表現するならば、ここは「ピラタスの丘」という名の「別荘地」である。

バブル景気に向かう景況の中で、1600m〜1800mの亜高山帯に展開するこの別荘地は開発されたと聞いている。いまから30年前になろうかという昔の話しだ。そこに別荘に混じって思い思いにペンションが建ち始め、やがて様々な実際的な理由から「ピラタスの丘ペンション村」が形成された。

つまりこのペンション村は「概念的」なものなのだ。事実としては広大な別荘地の中に30軒ほどのペンションが営業しているということになる。それぞれの想いを抱いて、あるいは突き動かされてこの地にやってきたオーナーばかりだから、同じようなペンションは1軒も無い。それが最大の特徴かも知れない。

そしてオーナーたちは(配偶者も含めて)みんなピラタスの丘を愛している。この地の豊かな自然を愛している。空を愛し、雲を愛(め)で、山を愛し森を愛している。雪を愛し、新緑を愛し、花を愛し、野鳥や野生の動物たちを愛している。夏の太陽を愛し、秋の紅葉を愛(め)で、再び巡り来る厳寒の冬を愛す。

そりゃ〜人間だから、仲の良いひとそうでもないひとはお互いにあるかも知れない。みんなそれぞれに個性的だから、もちろん良い意味で。だからべったりと仲良しというのはないかもしれないけれど、想いは一緒だから最終的には力を合わせてこの地での暮らしをエンジョイできるようにがんばっている。

個人的には、だからこそ、ピラタスの丘はとても素敵な場所なのだと思っている。これまでの人生でこれほど素晴らしい場所はなかった、少なくとも「観念的」には。


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2007年03月07日

3672 And I Love Her

晴れ 気温:最低 - 11℃/最高 - 2℃

ここでは時間は問題ではない。関係性もまたさしたる問題ではない。ここでは生きているということは意識がある(覚醒している)ということと同義なのだ。必要なのは生きていくという意欲、そしてそれを支える資本。貨幣経済社会においては生きるということは貨幣無しでは考えられない。生きるのには水と食料とそしてお金がかかるのだ。

今朝は一転してずいぶん冷え込んだ。最低気温は氷点下11℃、3月としては寒いのかも知れない。おかげでゲレンデの雪づくりはとてもはかどったようで、極上のパウダースノーが生成された。ピラタスの丘では3月というのは冬と春の中間点のようでもあり、真冬と冬の終わりの過渡期のようでもあり、とても変化の激しい季節だ。

今朝、氷点下10℃の雪の中でシベリアンハスキーの愛犬パルと遊んでいるとき、風の音の中に野鳥の声を聞いた。冬の鳴き声とは異なって、ピーピー、ヒューヒューという口笛のような地鳴きに変わっている。もうすぐ番(つがい)の季節が始まるのだ。渡り鳥が飛来し、にわかに森が騒がしくなる。といってもそれは美しい野鳥の歌声で満たされる至福の季節であるわけだけれど。

午後になって強い風が吹きすさぶようになった。おかげで空には雲ひとつ無くなった。たまに雲がやってきても(おそらく)時速数百キロで吹き飛ばされていく。真っ青な空は、深く澄み渡り距離がまったくつかめないほどだ。風のせいで氷点下2℃でも体感気温は氷点下20℃ほどに感じる。モーレツに寒い。

ついでに、こころも懐(ふところ)も寒い。

"The World without Love"(ピーターとゴードン)、懐かしい。夫はこの年齢になると妻にとってはもう用済みなのだ、たぶん。男なんて女が子供を産んで育てるための道具に過ぎない、男なんて便宜的(べんぎてき)存在にすぎない。男なんてたとえば「白物家電」みたいな耐久消費財に過ぎないのだ。だから歳をとると「粗大ゴミ」扱いされることになってもそれは自然なことなのだ。

もし言い過ぎだというならこう言い直そう、女にとって男は子を産み育てるあるいはエピュキュリアン的欲望を満たすための「装置」にすぎない。しかしながら、女性にとって心地よい世界を構築するのが男性の本質的喜びである。捉えようによっては男性は哀しい性(さが)だ。

それを知ってなお女性を愛さずにはいられないということが男性のDNAに組み込まれた地獄である。愛する女性の笑顔を見たいがために男は必死で努力するのだ。

念のために言っておくけれど、ぼくはアンチ・フェミニズム論者ではない。

And I Love Her.


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2007年03月13日

3678 超広角レンズの世界にはまる

晴れ 気温:最低 - 14℃/最高 - 2℃

明らかにいつもと違う冬です。冬の始まり方も去年あたりからすっかり変わったように感じていましたが、この冬ははじめから(おそらく)おわりまで、いつもとは異なった冬になるのかも知れません。

八ヶ岳のちょうど向こう側(東側)の野辺山では、八ヶ岳おろしが吹きすさぶ冬にはなにもかもが凍り付き耐え難い寒さだと聞いたことがありますが、それほどではないまでも、この冬はこちら側(西側)でも3月に入って風の強い日が多くなり日中の気温が高いわりに寒い日が続いています。

この澄み切った真っ青な空が夜の寒さ、アフターダークの冷え込みの厳しさを証明しています。

それはそうと、この超広角ズームレンズ、最初は「あれ、こんなていどかぁ」と思ったのですが、実際に使い始めてみるとこれがけっこうワイドで、面白くてしょうがない。標準の35mm換算の28-300mmズームはまったく使っていません。というか出番があまりない。


デジタルカメラの色に関して「記憶色」という概念が最近よく使われますが、同様に「記憶空間」というのもあると思うのですね。昔通った小学校などを大人になってから訪ねると「え?こんなに狭かったっけ」なんてことがあると思いますが。それが「記憶空間」のなせる業です。

この超広角レンズで写した写真は「記憶空間」のイメージなのです。物理的にはひとの周辺視野を含んだ空間なのです。あるいは一点に視点を置いてぐるりと見回した映像です。

そもそも人間の視野というのは「非ユークリッド空間」つまり「球面幾何学」の世界なので、超広角レンズや魚眼レンズと同じように空間を写しているのを脳が情報処理してわれわれが日常的に認識する「ユークリッド空間」に変換しているわけです。要するに平行線が永遠に交わらない世界です(非ユークリッド空間では地球の経線のように平行線は必ず交わる)。

この空間に妙に親しみを感じ、やがてまったく違和感なく観ることができるようになるのは、そのことに大いに関係があると思っています。


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2007年03月15日

3680 1年で最も長い1日が終わった

曇り 気温:最低 - 15℃/最高 0℃

今朝もぐぐっと冷え込んで、もう何日まるで厳冬期のような寒気にさらされているのだろう。3月と2月が入れ替わってしまったような気候になっている。そんなこととは関係なく、ここ数日ほとんど寝ないで愛用のMacに帳簿の数字を打ち込んできた。

いまは会計ソフトがとても良くできているので、むかしほど大変ではなくなってきたけれど、大変なのは何かの加減で数字がおかしくなってしまった時だ。たとえば現金残高がなんとマイナスになってしまうなんてことが帳簿上で起きる。

そんなことはありえないので、どこかで数字の入力や仕分けを誤っているわけだけれど、それを見つけ出すのが大変なのだ。年中大量にこの作業を行っているなら何でもないことなのだろうけれど、なにしろ(多くの個人事業主がそうであるように)この1ヶ月ほどの間に集中してやって、次の1年の間にコツというようなものをすっかり忘れてしまうのだ。

まあ、そんなこんなで、何とか締切り時間の5時には諏訪税務署に青色申告を提出し受理された。1年で最も長い1日が終わった。めでたし、めでたし。(^_^;)

それにしても(まあ1年で最も忙しい1日だから同情する余地はあるけれど)お役人というのはどうしてこうエラソなのだろう。威張っているというのではないのだけれど、少なくともにこやかではないし、ぼくみたいに50kmもはなれた標高差1000mを下ってきた市民に、ご苦労様のひと言もないというのはどうしたことだろう。彼らには公務員という言葉の意味と、公務員の立場というものが理解できていないのではないだろうか。

べつにふつうでいいのですよ、とくべつにこにこしなくたって、丁寧な応対でなくったっていいのですよね。そこまでは期待してない。ただ、自分たちが国民に奉仕する立場の人間であり、そような仕事に携わっており、つまりは「パブリックサーバント」であるという認識を新たにして欲しいのだ。

昨年のご用納めの日の終業間近に税務署に行く用事があったのだけれど、すっかりき気がゆるんでいたのか、取りやすいところ(立場の弱い者)からいかに税金をぶったくるかという「ニュアンス」のことを笑い話にしているところを目撃してしまった。

上からああしろこうしろとこづき回される現場の人間としての「本音」が思わずでちゃったのだと思うけれど、まあ気持ちはわからないでもないけど、がっかりしましたね、はっきりいって。いまや誰もが動画録画できるデジカメや、IC録音機能つきの携帯端末を持ち歩いているご時世だから、くれぐれもお気をつけあれ。

消費税みたいに取りやすいところから取るのではなく、納めるべきところにしっかりと納めさせる、納税能力のあるところにしっかり課税するというのが正しい税務というものではないのだろうか。生きるために必要な食品にまで一律課税している現在の消費税は、世界に冠たる天下の悪法だと僕は思っている。これこそ現代日本をむしばんでいる「悪平等主義」の「誤った公平性実現」の良い例だ。これじゃあまるで「生存税」ではないか。


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2007年03月16日

3681 Forever Smile

晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 0℃

今朝東京では初雪が降ったそうですが、こちらもあいかわらず3月らしからぬ低温が続いています。当然ゲレンデの雪質は抜群なのですが、都会からお越しのお客様の気分はもう「春爛漫」なのか、気持ちが雪山からお花見の方にシフトしてしまったのではないかという印象を持っています。

まあ、早春の蓼科・北八ケ岳もとても美しいので別にスキーやスノーボードでなくても爽快なレクリエーションを楽しんでいただけることと思います。特にピラタスロープウエイを利用しての「雪の坪庭散策」は超お薦めです。とにかく「絶景」で写真撮影にも最適です。圧雪されているのでふつうの長靴や雪靴で歩けます。

また、スノーシューイングにもおすすめの穏やかな気候になっています。山スキーやテレマークスキーにも絶好ですね。でも、登山にはまだまだ完全な冬山の装備が必要な季節です。

外に出ると、ピーピー、ヒューヒューという野鳥の地鳴きが森から聞こえてきます。番(つがい)の季節の到来を知らせる歌声です。風は冷たく、朝夕はとんでもなく冷え込んでいますが、もう春がすぐそこまでやって来ています。早春といって差し支えないと思います。

空の色が変わりました、雲の形が変わりました、山の色が変化しています、森の樹木の枝に芽吹きの気配が見て取れます。風の肌触りが変わり、空気の密度が変化し、音の伝わりかたが変わって柔らかく拡散するようになりました。そうしたさまざまな兆候が、春が近づいていることを教えてくれます。

とはいえ、ここではあと1ヶ月弱はスキー、スノーボードシーズンなのです。

まだ「春スキー」にもなっていません。ハイシーズンの気候とゲレンデ・コンディションです。

・・・なんて、べつに怒鳴るわけじゃないけど、声を大にしてお知らせしたいわけです。

ということで、卒業、入学、入社、転勤、異動となにかとせわしなくめでたかったりそうでもなかったりと、いろいろある季節になりました。が、そんな忙しい季節だからこそ息抜きが必要だとは思いませんか。そこで、「疲れちゃったら蓼科が良く効く」どんな薬よりも良く効く、ってことを忘れないで!

"Forever Smile"・・・永遠(とわ)の微笑み、今年のペンション・サンセットのテーマです。お客様に心の底からの輝くような微笑みをお持ち帰りいただきたいという想いを何とか言葉にしました。ぼくらはそのために、ここにいて、いつでもここにいて、みなさまのお越しをお待ちしているのだと、いま改めてそう思います。


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2007年03月18日

3683  ダイヤモンドダストが降る朝に想う

晴れ 気温:最低 - 14℃/最高 - 3℃

ダイヤモンドダストが降りしきる

ラウンジの気温が氷点下4℃、今朝は異様に寒かった。窓を開けるとさんさんと降り注ぐ陽光にほっとするが、何やらきらきらと光るものが降りしきっている。なんと、ダイヤモンドダストだ。上空にはまったく雲がない晴天だから、間違いない。その美しさにしばし見入る。すっかり身体が冷えてしまった。何せパジャマのままで窓を開けて見ていたのだから。


アクセスが200を切るなんて信じられない

今朝アクセスカウンターを見ると、ここ数年で最低の1日あたりアクセス数となっていた。ちょっとショックかな。あきらかにネット界は変質を見せている。しかし、ダイレクトにURLを打ち込んでアクセスしているひとがトップで26%、次が Yahoo! で25%、そして Google で20%。いつもはダイレクトアクセスは第3位なのだけれど。

リピートしてアクセスしてくれているひとがなんと45%を越えている。これは単独のサイトとしては異様に高い数字だといえる。しかし、新規アクセスが減少しているということでもあって、これは商業的には微妙なところだ。いったい、僕のサイト運営や制作ポリシーが受け入れられているのか支持を失っているのか判断に迷うところだ。

信じる道を歩むことが世に認められにくい世の中になってしまったから、僕らの迷いもより大きなものとなる。


やっぱり耳当たりの良いことだけを語るのが商売の秘訣か

そもそもペンションのHPを支持するもしないもないのかも知れない。でも、宿選びにそのあたりが大きな要素になってきているのが時流だと思う。特にペンションという宿に関しては小さな宿だけにその経営者なり運営者が何をどのように考えどのような信条やポリシーで経営しているのかということは重要なチェックポイントとなるだろう。

Honesty is the best policy.

そんな格言があるが、現代のこの世知辛い世の中にあってそれはいまも真実なのだろうか。少なくとも僕は "Honesty is the best policy." でやってきた。そして、いまそのことに疑問を持ち始めている。いまや「ほんとうのこと」よりも「どのようにみえるか」のほうが大事なのだ。

Honesty never win the game.

口説き文句のような聞いて心地よい言葉だけが受け入れられる。それは現代社会の数少ない真実かも知れない。

そういう時代になってしまったのだ。

僕は口をつぐんで、いっさい語ることをやめるべきかも知れない。語るほどに支持を失っていくような気がするから。何しろ僕はトレンディーじゃないのだ。


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2007年03月26日

3691 手が届きそうなほどに近く

晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 6℃

クラウドウォッチング日和

今日は雲見日和(クラウドウォッチング日和)でした。空の色外と太陽光線の具合と雲のかたちがベストマッチしていました。蓼科に来て空を観ないなんて信じられないくらいもったいない話しです。四季を通じて蓼科特にものすごく空に近いピラタスの丘では、雲はもう、すぐ手が届くほど近いのです。

天候によっては真横に雲が浮かんでいたり、眼下に流れたり、道を走っていると目の前を横切っていったりするのです。ひとつとして同じ雲はありません、一期一会の雲です。だからぼくは蓼科の空が大好きなのです。朝も夜も、夜明けも夕暮れも、昼間もなにもかも。

今日は「おさんぽ道ひろば」で空を見上げました。とても大好きな場所だから。いつ来ても空がとても綺麗で眺めがとても良いから。そして美しい雲が目の前を流れていくから。夕暮れも最高の場所だから。ぼくのペンションの名前はその夕暮れ(サンセット)から名付けたものです。


今年は花暦が早まるかも

確かにこの冬は「暖冬」でした。結果としていまそのことを確認しています。おさんぽ道ひろばもいつもなら1m近い雪が積もっている時節なのですが、このとおりかなり雪が溶けてこの分だと今年は花暦が早まってくるかも知れません。花いっぱいの散歩道が姿を現すのもいつもより早いと思う。

この写真を見るとまるでペンション村の看板が倒れかかっているみたいに見えるけど、そうではなくて16mmという超広角レンズを使って低い位置から空を見上げると(これを「あおる」なんていうけど)こんな風な映像を見ることになります。

そもそも僕ら人間の視覚野は魚眼レンズのようなものなのを賢い脳がきちんと情報処理して、直角が直角に、そして平行線がどこまで行っても永遠に交わらない「ユークリッド空間」に変換して映像を見せてくれているのです。

僕がこのような映像が好きなのも、そうでないひとも、しばらく眺めていると何の違和感もなくなってしまうのも、どうやらそのあたりに秘密がありそうですね。ぼくは世に言う「写真愛好家」ではなくて、ずぶの素人で、好きな景色や情景や映像をカメラまかせで写しているだけなので、偉そうなことはなにも言えないのですけれど。


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2007年03月29日

3694 蓼科高原は春の行楽シーズンに

曇りのち晴れ 気温:最低 - 3℃/最高 11℃

今日の写真はいずれも昨日も書いた RICOH Caplio R5 で撮したモノだ。1枚目はウチの愛犬というか家族のシベリアンハスキーのパル君。ここのところ急激に暖かくなってきたのでそろそろ冬毛から春の毛に変わろうとしている。毛の質感がとても良く写ってちょっと感心している。

2枚目はおなじみのペンション・サンセットのテラス越しの景色だけれど、拡大すれば α100 の解像度とは比ぶべくもない。しかし、なかなか雰囲気のある絵になっていると思う。この雰囲気の違いをうまく使い分けると面白いと思ったしだい。

さて、今日は朝のうちは曇りで、雲の下端がピラタスの丘にかかってきりのような感じになっていたけれど、午後になって晴れ間が出てきた。気温は11℃まで上がって、陽射しもとても強く感じた。もう間違いなく春なのだと実感させられる。スキーヤーとしてはちょっと早すぎる本格的な春の到来ではあるけれど。

ピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデにはまだ1m以上の充分な積雪があって、滑走コースにアイスバーンやブッシュは無い。4/15までの営業で、しかもリフト券が格安になるので、まだまだ「滑り納めの調整滑走」が可能なのだ。是非ご利用いただきたい。

道路は新たな降雪がない限りほぼ100%乾燥路面になっているので、ノーマルタイヤでもピラタスまでノンストップで到着できるけれど、ひと雪あればあっという間に修羅場になってしまうので念のためタイヤチェーンは車載してきていただきたい。

2枚目の写真でもわかるかも知れないけれど、森の樹木の幹や枝や、常緑針葉樹の色がずいぶん変わってきていることに気づく。これが早春の森の色だ。落葉松もいつの間にか新しい針葉を芽吹いている。それはまるでライトブラウンの霞のように見える。

あと3〜4週間で蓼科湖畔では400本のソメイヨシノが一斉に開花して夢のような風景になる。ちょうどGWの連休に当たるのでお客様には最高のプレゼントになると思う。また写真の被写体としてもおすすめだ。ぼくも今年はしっかりと撮影しようと計画している。

蓼科高原もいよいよ春の行楽シーズンに入る。


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2007年03月30日

3695 未明の雷雨と里から観た風景

雨のち曇り 気温:最低 - 3℃/最高 4℃

未明の雷雨

ただならぬ気配に目を覚ます。時刻は午前4時過ぎ、午前3時まで仕事をしていてようやく床についたばかりだった。外でからからという音がする、都市と違ってここに不審者が侵入する確率は低いが気になる音だったので、一番大きな長さ60cmのマグライトで外回りを照らし出しながら巡回した。

結論から言うと、玄関のドアを開けたとたんに理由がわかった。外は激しい雨になっていたのだった。夕立のような、文学的に表現するなら「車軸を流すような雨」になっていたのだ。気象予報で雷注意報が出ていたから、やがて雷雨になるのかも知れないと思った。

改めて床につくか付かないうちに、パーンという音が山の上の方から聞こえる。間違いない、落雷だ。次から次へと落雷はつづき、しだいに近づいてくる。標高1700m〜1800mにあるピラタスの丘ペンション村では落雷は光とほとんど同時だ。雷雲の高さとペンション村の高さが同じだから、というか、雷雲の中に入ってしまった状態なのだ。

合計20ほど落雷の音を聞いただろうか。その間に、パソコンの電源ケーブルや、ケーブルモデムの配線を抜いたり、出来る限りの落雷対策を行った。どんなに優秀な突入電流防止装置も庭の樹木に落雷したというような近接落雷には動作が間に合わないのだ。

電源の寸断は何回かあったが、起床後じっくりチェックしてみるとどうやら今回は大きな被害はなかったようだった。以前庭の樹木に落雷したときには、電話やファクスやモデムやボイラーの制御板やパソコンのLANポートや厨房の電気製品の基盤が焼き切れてしまったので、その点はとても神経質にならざるを得ない。総合火災保険で補償されるのだけれど、被害を迅速に記録して届けないと期限切れになってしまう。このことは知っておいて損はない。


蓼科の早春

昨日も書いたけれど、蓼科高原はもうすでに「春」であると言っていいと思う。まだ花は咲いていないけれど、その気配が日に日に濃厚になってきている。蓼科の春の花といえば座禅草やミズバショウかもしれないが、もうひとつ蓼科湖畔の400本のソメイヨシノを忘れるわけにはいかない。それはそれは見事なのだ。ちょうどGWに合わせるかのように満開になるそれは夜はライトアップされ、写真撮影にも最適なロケーションとなる。

蓼科の空にこだわるぼくとしては、空に関してはもうすっかり「春」だと宣言してしまおう。春ですよ、ええ、春なんです。冬期通行止めの国道299号線麦草峠から先とビーナスライン和田峠から美ヶ原区間は4/25〜4/28には毎年開通する。それらの区間を通らなくても素敵なドライブコースが設定できるから、早春の高原ドライブには最適な季節になったといえる。

真っ白に冠雪した山並みを眺めながらのドライブもまたおつなもの、今年は暖冬で雪解けも早く道路には一切雪がない状況なので、今年はあえて4月の蓼科高原ドライブをおすすめするしだい。


今日の写真

今日の写真は2枚とも Richo Caplio R5 で撮影したものです。ペンション村から下っていく場合だと、ビーナスラインの芹が沢インターチェンジを左折して15m先を再び左折、その先の芹が沢交差点を右折して2kmほど走った突き当たりの信号を右折して国道299号線に出るとすぐ先の堀交差点左前にセブンイレブンがあるのですが、そのあたりからの風景です。

1枚目は北方向にある蓼科山とその左手に続く北横岳の一部です。ピラタスの丘ペンション村は写真には写っていないもう少し左側のちょうど蓼科山にかかっている雲の高さのところにあります。105mm、ISO200、シャッタースピード1/30秒(f/4.2)、手ぶれ補正ON、夕暮れ間際にしてはよく写っていると思います。

2枚目の写真は反対側の南西方向に出た夕焼けです。セブンイレブンから車を出そうとしたときに気づいて駐車場に戻って、改めて撮影しました。28mm、ISO200、シャッタースピード1/30秒(f/3.3)、手ぶれ補正ON。暗部の偽色やノイズは「それなりに」出ていますが、こんなものでしょう。α100を持って来ていたなら、かなり違った写真になっていたと思います。

このあたりはちょうど標高800mほどですから、ペンション村から1000mほど低い場所ですね。すぐ近くにこのような人の気配あふれる里があるからこそ、僕らも山暮らしが続けられるのだと思います。


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2007年04月01日

3697 OSなんてなんだっていいじゃんと言いたいのに

曇りのち雨 気温:最低 - 5℃/最高 5℃

マイクロソフトが嫌い

きのうは久々にMacのことを書いた。いまや仕事や趣味で使っていく上で支障のあるOSなんて無いから、なにを使うかとかどれが優れているかなんて言う議論自体がほとんど無くなったように思う。特にひとたびインターネットに接続してしまえば、OSはほとんど意識することが無くなった。

・・・と思ってきたのだけれど、先日書いたように我々ペンションの集客にけっこう大きな比重を占めているネット宿泊予約サイト「じゃらんnet」が Windows 98〜XP のみサポート、Vistaは4月に入ってから検証という暴挙に出たのだった。アクセシビリティーの向上が叫ばれる現代ネット界にあってOSによってはまったく接続すら出来ないという仕様のシステムを新規構築するというのはいったいどういうことなのだろうか。まったく理解に苦しむところだ。

まあ、これはわれわれ宿泊施設が在庫管理やプラン管理をするシステムの話しに限定されたことだとは思うけれど・・・よもや、一般のお客様が上記OS以外のPCから「じゃらんnet」にログインしようとしたら画面がフリーズしてまったく動かなくなるなんて仕様になっているのではあるまいな。

平気でそういうことをやる会社なのだ、リクルートという企業は。これは間違いなく背後にマイクロソフトがいるに違いないと感じますな。サーバーはもちろんマイクロソフト謹製のシステムなのだろう。だって、このやりくちやその後の「事後説明」の事実無根さ加減がとても良く似ているんだもんね。

いずれにしてもモノポリー的状況というのは、ろくな世界を構築しない。すくなくとも、そこにはすでに「進歩」とか「啓発」とか「知的刺激」といったものが存在しない。あるのは利潤追求という資本原理主義的企業論理だけだ。人間的なつややかさとか、輝きが全くない。マイクロソフトの作る文書やウェブサイトがどうにも我慢ならないくらい悪趣味で程度が低いのはそのような資質によるものだと思う。そもそもそのようなセンスに欠け、しかもそのような世界に何の興味もないのだからむべなるかな、だ。

以前、ドイツのテレビ局に米マイクロソフト社について聞かれたアップルのCEOスティーヴ・ジョブズは「マイクロソフトの唯一の問題は、彼らにセンスがないことだ。(中略) 彼らは独創的な発想をせず、製品に文化が込められていない」と語っているそうだが、その通りだと思うよ。

仕事で Windows を使う分には実用性という観点からは優れたところが多々あることは認めている。しかし、そのセンスの悪さと言うか「致命的なセンスの欠落」ということもまたいかんともしがたい事実なのだ。だから悪いと言うことではなくて、だから「嫌い」あるいは「好きになれない」ということだ。

それと、個人的にビル・ゲイツという人物が大嫌いだと言うこともある。グローバルスタンダードとやらだからしかたなく Windows を使うことになるが、そして公平にそれを評価して認めた上で、なお、ぼくはマイクロソフトが嫌いなのだ。これはしかたない。

実際のところ、個人的にはOSなんてなんだって良いと思っているのにね。


今日の写真

さて、今日の写真は一昨日のつづきで日没直後に山麓の街のセブンイレブンの駐車場から撮影したものだ。使ったのは Richo Caplio R5 だ。1枚目はこの標高800mほどの場所から北を仰ぎ見たときの写真だ。一番左が蓼科山でその右に北横岳、縞枯山、茶臼岳、麦草峠、そして南八ヶ岳の山々へと連なる八ヶ岳連峰の全体をパノラマのように見渡せる視点にぼくはいた。雲がたなびいているあたりがちょうどピラタスの丘のある標高1800m付近だ。

このようにこの街の人々は里にあっても常に山を友として暮らしているのだ。そして山に暮らすぼくらは雲の中からここまで降りてきて、この人の気配にほっとしながらどっぷりとつかっては再び山の上へ、雲の上へと戻ってくるのだ。写真の被写体としてぼくが一番好きなのはじつは人間なのだ、そして2番目は人の気配に満ちた街なのだ。意外に思われるかも知れないけれど、これは本当だ。

じっさいには暮らしの拠点が亜高山帯と言うこともあって自然の風景写真がメインになっているけれど、本当はこんな感じの写真が好きだし、もっとひとの営みを写し取るような写真を撮影したいと願っている。

2枚目の写真はぼくの立ち位置であるセブンイレブンの駐車場までズームアウトしたところだ。このようなトワイライトタイムがぼくがもっとも好む撮影時刻でもある。この写真の明るさと肉眼で見た明るさとはほぼ等しく写っている。実際にこのように見えたのだ。デジタルカメラの技術革新にはじつにおそれいるばかりだ。


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2007年04月03日

3699 期間限定特典のご案内

晴れ 気温:最低 - 3℃/最高 6℃

春が来た

今朝の最低気温は氷点下3℃でした。あとで記録式寒暖計の数字を見てびっくしりました。10年前ならばこんな気温があたりまえだったのですが、最近の温暖化の流れの中ではひどく冷え込んだように感じます。そう書いている僕はいま居室の中でリップストップナイロンのダウンパーカを「どてら」代わりに羽織っています。(ストーブをつけるとすぐに室温が上がりすぎるので消しています)

窓を開けると森からは番(つがい)の季節を迎えた野鳥たちの甘い歌声が聞こえてきます。まだまだ数は少ないのですが、GWの頃には30種類を超える歌声の大合唱になります。誰にでもすぐわかるのはウグイス、そしてホトトギスでしょうか。個人的好みとしては、アカハラの独特の歌声に感嘆する季節です。

もう雪が積もることもなく、氷に閉ざされることもない春の訪れを実感しています。すぐにとけて蒸発するとはいえ降った当座は道路に積雪することもまれにあるので、標高1000m以上の道路を走る予定のお客様は是非タイヤチェーンを車に積んでいらして下さい。備えあれば憂い無しです。(^^)


キャンペーンだよ、佐々木君

・・・と伊武雅刀扮する部長の台詞が印象的なビールのCMがありましたが(憶えているかな〜?憶えていないかもね)、ペンション・サンセットでも「キャンペーン」を始めました。「期間限定特典」というタイトルですのでお忘れ無く。ご宿泊日によって「蓼科温泉露天風呂入浴券(定価700円)プレゼント」か「ご宿泊料金525円値引き」のどちらかを選んでいただける楽しくてお得なサービス企画です。

ご予約フォームに「期間限定特典」という項目が表示されたら「あたり」です。(^^)

ゲーム感覚で楽しんでお得なご宿泊をなさっていただければさいわいです。このキャンペーン期間中は、値引きを選択すれば、1部屋3名様宿泊だと1泊2食付き1名様あたり税込8400円、2名様だと1名様あたり8925円に値引きとなります。一方、温泉券を選択すれば700円の天然温泉露天風呂に入浴して、1部屋3名様宿泊だと1泊2食付き1名様あたり税込8225円、2名様だと1泊2食付き1名様あたり税込8750円でご宿泊という計算になります。

ということですので、この機会に是非ご利用を検討いただければ幸いです。(^^)


今日の写真

今日の写真は夕日を眺める最良のスポットでもあるピラタスの丘ペンション村の「お花とおさんぽ道ひろば」から見上げた空です。空の色も雲のかたちもすっかり春ですね。このひろばもつい最近まで分厚い積雪が残っていたのですが、いまではすっかり融けてプロ並みの腕前の園芸好きの仲間がもう花壇の手入れを始めていました。ピラタスの丘ペンション村にご宿泊の節は是非おさんぽに立ち寄って下さいね。SONY α100 + DT11-18mmF4.5-F5.6 で撮影。


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2007年04月04日

3700 積雪がありました

晴れのち雪 気温:最低 - 6℃/最高 1℃

雪が降っています

平野部でも雪や霙(みぞれ)が降ったそうですが、ピラタスの丘でも雪が積もりました。ピラタス蓼科スノーリゾートも再び雪景色に戻りました。春スキーとはいえ、やっぱり雪景色の方が気分が良いです。雪はまだ降り続いています。

道路の雪は日中はすぐに融けてウエット路面になりますが、気温が低くなると凍結したり積雪しますからその点の注意が必要です。いずれにしても春の雪は朝日とともにふっと消えてしまう淡雪(あわゆき)ではあります。

スキー、スノーボードが大好きなお客様が滑り納めのできる、まだ滑れるスキー場を探しているのと同時に、GW(ゴールデンウィーク)や初夏〜夏休みのご旅行の計画にはいったお客様が多いようで、7月〜8月のご宿泊を含めてすでにご予約が入り始めています。

ピラタスの丘では雪解けが進み、今日の雪で再び雪景色になってはいるものの、積雪量はこの時節としてはすでに昨年より少なく昨年の4月20日と同じ程度の「残雪」の風情になっています。この分だと木々の芽吹きも1週間以上早まるかと思われます。


GWはペンション利用がお得

前にも書きましたが、蓼科湖畔の数百本のソメイヨシノがいっせいに咲き誇るタイミングは本来の5月の連休より早く4月末の3連休あたりになりそうです。なぜかひどい渋滞となる5/3〜5/5の連休にご宿泊が集中するのですが、4月の3連休の方が実際拍子抜けするほど道路も宿も観光施設も空いているのです。

渋滞と人混みが好きだ(お祭りと同じですよね)というなら、あるいはお休みの制約でそうならざるを得ないお客様は別として、GWに少ない予算で快適なご旅行をなさるツボは(1)蓼科高原を宿泊地に選ぶこと、(2)5/3〜5/5の3連休を避ける、(3)ペンションに宿泊する、と言うことにつきるのではないかと思います。

ホテルや旅館などはGW料金で高いですが、ペンションはほとんど平日料金と変わらない料金になっているところがペンション・サンセットを含めて多いですからね。


今日の写真

今日の写真はペンション・サンセットのラウンジの窓を開けてテラス越しに観た風景です。空が暗かったのでフラッシュを強制発光して落ちてくる雪を撮し込みました。その後も雪は降り続けています。現在積雪5cmほどです。RIcho Caplio R5 で撮影。


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2007年04月05日

3701 芽吹きと野鳥の季節

晴れ 気温:最低 - 16℃/最高 - 1℃

シベリアンハスキーの快適気温

昨日からの雪は深夜から未明には止んで、朝日とともに一気に溶けて蒸発しました。まさに「淡雪(あわゆき)」そのものでした。道路も乾燥路面になり、森や日陰に解け残った雪だけが本当に雪が降ったのだと確信させてくれます。まるで夢のようです、夜の時点で5cmほどのパウダースノーが確かに積もっていたのです。

私たちの家族、シベリアンハスキーのパル君は雪の降り始めから異様に興奮していつまでも雪の中を跳び回っていましたが、やっぱり彼の故郷は雪と氷の世界なのですね。散歩の時も残雪の部分をわざわざ選んで歩くくらいですから、雪が大好きなのでしょう。

今朝は異例に冷え込んで氷点下16℃になりましたが、さすがにびっくりしました。冷え込みがきついなあとは感じてはいたのですが、ここまでとは記録式寒暖計を見るまで思ってもみませんでした。たしかに日中も異例に冷え込みを感じました。

しかし季節は間違いなく春へと移ろっていて、もうあともどりはあり得ません。それは経験的な確信です。


芽吹きと野鳥の季節

ピラタスの丘は毎朝野鳥の声がしだいにボリュームを増してきています。その声で早朝に(心地よく)目覚めることが増えてきました。カーテン越しに感じる朝日の明るさ力強さに春の訪れを実感します。

落葉松が芽吹きはじめ、森はライトブラウンの霞がかかったように見えます。常緑針葉樹はその青身を日ごとに増しています。広葉樹も枝の輪郭がぎざぎざとしてきました。新緑の芽吹きの準備が始まっているのです。ごく寒の間停止していた樹木の水分の吸い上げが再開されているのがわかります。

からからに乾燥していた森に瑞々しさが戻り始めています。あと2週間もすれば蓼科湖では桜が満開になります。都会での花見はもう終わったとのことですが、蓼科ではこれからです。毎年GWには数百本のソメイヨシノが満開となって訪れるひとを歓迎します。

ひと春に2度のお花見なんて、それも高原のお花見なんてなんてぜいたくなんでしょう。ドライブやレクリエーションがてら、ぜひ蓼科を訪れてみて下さい。新緑の森の彼方に真っ白に官設した山並みを望むその美しさは筆舌に尽くしがたいものがありますよ。また、写真撮影にも最適な花の季節でもありますから、その点でもおすすめです。


今日の写真

今日の写真は雪が降って興奮するシベリアンハスキーのパル君と、新緑の色に変わったウチの庭のモミの木(常緑針葉樹)です。Richo Caplio R5 で撮影。


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2007年04月06日

3702 かわいい鹿が山河を滅ぼすという

晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 7℃

雪が降ったこともあって、今週末のピラタス蓼科スノーリゾートは安心して春スキーを楽しめそうです。今日も冷え込みがきつく気温がさほど高くならなかったことも幸いでした。そうかあ、春スキーの季節でその季節ももう終わろうとしている。

この冬はなんだかあっという間だったような気がする。まあ、公的にも私的にもいろいろあったし、暖冬異変や雪不足でスキー場のオープンが遅れそうになったり。でも、一番大きいのはペンションの営業形態や位置づけそして集客形態が激変したことだと思う。

雑誌主体だった集客が去年あたりから完全にウェブ主体に移行したことを実感した。その結果、不断の情報発信がペンションの営業活動の大きな部分を占めるようになった。ホームページ制作をプロに任せるところが増加して、情報発信部分だけをブラウザベースのシステムで書き換えるというスタイルが増えている。

ペンション・サンセットのようにすべて自力で制作運営しているホームページは少数派になってしまうのだろうか。それが時流というものであり、お客様もそれを指示するのであるならば、そうするのが正しい営業的判断というものだろう。もう少し様子を見てみようと思っている。

でもね、ほんとうのところ、いちばん大切なことは「情報発信能力」よりも「情報受信能力」なのではないかと思うのです。お客様の声に耳を傾けること。それが聞こえにくい世の中になってしまっているのだけれど


ピラタスの丘でも、ここ数年徒党を組んで走り去る野生の鹿をよく見かけるようになった。最近TVでもよく報道されるようになってきたが、野生鹿の増殖は単に「かわいい」ではすまされない。増えすぎた鹿は山の植物を文字通り根こそぎ食い尽くし、木の皮を食って木を枯らし、最終的には山を崩落・崩壊させてしまうことになる。

その結果、森が消滅し、山が荒れ、崩落し、災害が頻発し、なによりも貴重な「水源地」が破壊されて枯れてしまうのだという。専門家は「いま」手を打たなければもう間に合わない、鹿の増殖に追いつくような対策は「いま」を逃したらもう取りようがないと言っている。あのかわいい鹿が山河を滅ぼすというのはにわかに実感しがたいが、それは必然的帰結なのだ。

現在の日本では人間からのみならず鹿からも「自然」を守らなければならない状況になっている。ここで「鹿が悪いわけではない、元はと言えば人間が・・・」というステレオタイプな正論を言っている余裕は我々にはもう無い。ここで言う「我々」とは自然に対して勝手なことばかりしてきた人間のことではなく、「自ら生態系の一部として自然に対してなにか手助けの出来る人間として」ということだ。

なすべきなにかをなさねばならぬ時に、いや悪いのは我々なのだから・・・と「まず反省」して終わってしまう悪しきメンタリティーを捨て、ものごとを実際的(プラクティカル)に進めることの出来る人間に我々も進化しなければ我が国の未来はないと思う昨今だ。

まず僕自身がそのような「反省して終わってしまう人間」だから・・・。(^_^;)


※今日の写真と図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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2007年04月08日

3704 冬からの目覚め

晴れ 気温:最低 - 4℃/最高 5℃

よくあることなのですが、けっこう積もりました。雪質は硬くしまったパウダー、久しぶりで懐かしい新雪の感触です。この時期の雪はゲレンデ以外ではすぐに溶けるので除雪車も来ないし、急坂の舗装路などの特別な場所以外は誰も除雪していません。今シーズンはあのエンジン式除雪機の音を聴くことはたぶんもう無いでしょう。

地元の僕らは5月の連休明けまでスタッドレスタイヤを履いているので問題なく走れるけれど、道路の雪が溶けるまでの数時間はふつうタイヤのクルマはまったく走れない状況です。路面凍結するまもないのでつるつる滑る道ではないのですが、坂が多いので危険なのです、ものすごく。

積雪するような雪はこれでおしまいだと思います、個人的には。


ペンション・サンセットの周辺はこの2枚の写真でだいたい様子がわかることと思いますが、これは朝8時前に撮影したものなのでこんな感じになっています。その後陽が高く昇るにつれてどんどん雪が溶けていきました。じつにお日さまの熱量は偉大です。火炎放射器みたいな大口径灯油バーナーで雪を溶かそうとしても直径30センチの雪の塊を溶かしきるのには30分以上かかるのだから。

思い掛けない積雪にシベリアンハスキーのパル君もうれしいやら戸惑うやら。彼にとっては氷点下20℃以下の雪と氷の世界こそがふるさとなのですから、当然なのですが。本当に雪と氷と寒さが好きなのですよね。

ピラタスの丘は静謐に満ちた冬からいま目覚めつつあります。野生の動物たちも野鳥たちもそして樹木や草花立ちももっと小さな命たちも。そのような命によってこの生態系が成り立っていることを実感する季節がやって来ます。


長い長い瞑想から醒めて活動すべき季節がやって来ました。それは僕にとっても例外ではありません。肉体的には50代になって以来毎年春を迎えるたびに肉体的な衰えを実感しますが、精神的なパワーは年ごとに増してきているようにも感じます。

生き方についても、極限の世界で生きてきた犬種であるパル君に多くを学びました。なかでもいちばん大きなものは、自分の力ではいかんともしがたいことには抗わず「あきらめて受け入れる」という姿勢です。その意味ではパル君は決して愛犬などというものではなく、僕らにとって「導師」であり「同士」であり「大切な家族」なのです。


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2007年04月10日

3706 水芭蕉と座禅草そして夕陽

晴れ 気温:最低 - 5℃/最高 8℃

一昨日の積雪が嘘のように消えてしまった昨日、そしてさらに雪解けが進んだ今日。夕陽がとてもきれいだった。ペンション・サンセットのラウンジの窓越しに Richo Caplio R5 を200mmの望遠端にして写したのだけれど、やはり一眼レフの300mm以上のレンズでないと難しい。

肉眼ではまったく見えなかったさまざまな樹木の枝が夕陽との間に介在している。写真をパソコンのモニターで見てそのことに初めて気づく。光の奪い合いが新緑が芽吹く以前からすでに始まっているのだ。GWの頃には夕陽はもっと画面右方外(西寄り)に沈むので、樹木に邪魔されずにクリアーに見える。太陽の軌道は夏至に向かって北回帰線へ、つまり画面の右外のさらに右方へ、と移動していく。

夕陽や夕焼けの「いい絵」を撮りたいならば「おさんぽ広場」で待ち伏せするしかない。今日は時間的に間に合わなかった。このあと本物の夕陽と雲海に反映する夕陽とが合わせ絵のようになって、神秘的な情景となった。「おさんぽ広場」に居合わせることができたなら、それをカメラに収めることができたのにと残念でならない。ま、しょうがないか。

それはさておき、ピラタスの丘ペンション村ブログにも写真がアップされたけれど、蓼科湖畔をいま散歩するとすてきな花との出会いがある。湖畔の渓流に咲く「ミズバショウ(水芭蕉)」と「ザゼンソウ(座禅草)」だ。

前者は松尾芭蕉の名から来たものではなく、逆に彼が営んだ庵の庭先に芭蕉(japanese banana)という植物があったことから雅号となったとの説が一般的だ。ちなみに松尾芭蕉の本名は「松尾宗房」という。

後者はその姿を見れば一目瞭然なのだが、僧侶が座禅を組んでいるように見えるところから来ている。夕闇の中で(特に後から)その姿を見るとほんとうにそのようにみえて新鮮な感動を受ける。そのたたずまいには静謐な精神性とある種の威厳さえ感じられる。

ということなので、明日晴れたら(予報では晴れだけど)僕も写真を撮りに出かけようと思っている。これからの季節は花に限らず魅力的な被写体が目白押しなので写真撮影が忙しくなりそうだ。もっとも本人にその気と気力・体力があれば、ということだけれど。

蓼科湖の水芭蕉や座禅草を見るなら今週末あたりまでが見ごろ、GW以降だと蓼科山中腹(ゴンドラでのぼれる)御泉水自然園や霧ケ峰の先の八島ヶ原高層湿原で、ということになる。蓼科高原の花の季節はいつもより早く始まっている。


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2007年04月11日

3707 おすすめ、蓼科湖畔の散歩道

曇り一時淡雪 気温:最低 - 3℃/最高 7℃

なんだかんだと野暮用をこなしていたら夕方になってしまった。西の方角を見ると今日は雲が多すぎて美しい夕暮れの写真を撮ることはちょっと無理そう。気合いを入れて待っていたのでちょっと残念。5kmはなれたゴミ収集ステーションに行くついでに、蓼科湖畔を散策して水芭蕉と座禅草の写真を撮ろうと決定。

日中陽射しが暖かなのだけれど、この時間になると以外に寒い、気温3℃、まだまだ下がる気配。走行するうちに小雪が舞ってきた。上空に雪雲はないので、雪雲にとりつかれている蓼科山や北八ケ岳から風に流されてきているのだろう。スノーフレーク、ひらひらと振る雪だ。もはや積雪しない。

6km先の蓼科湖でクルマから降り立つと、周囲はもうかなり暗くなってきている。夕暮れ時の光線が好きなので、水芭蕉や座禅草を撮るにはちょうどよい加減の薄暗さだ。さっそく、湖畔の散歩道をたどる。以前この季節に蓼科湖を歩いたのは何年前だろう。

そのときに水芭蕉も座禅草も見た記憶があるのだけれど、その場所の記憶が定かでない。う〜ん・・・。でも時計回りに(蓼科湖に向かって左方向に)数百メートル歩いたところで水芭蕉の群生地を見つけた、標識もきちんと立っている。で、写したのが今日の1枚目の写真。

暗くなっちゃって座禅草は見つけられなかった。雪があるうちは雪の中から、この季節には枯れ葉の中からぬっと出ているから、きっと見過ごしてしまったのだろう。明日もう一度トライしてみるつもり。今回は Richo Caplio R5 の200mm端(フラッシュ発行禁止)で撮影したけれど、次回はデジ1眼できっちりマクロで撮ろう。それにしても昨今の手ブレ補正機能はありがたい。

改めて思ったのは、蓼科湖って記憶していたよりもずっと大きな湖だということ。湖畔の散歩道を一周すると早足で20分、散歩ペースだと30分はかかる。まあ、エクササイズなら速足、散歩ならもっとずうっとゆっくりでいい。どちらもすこぶる快適な空気、爽快な風景が楽しめるはず。

フィールドで被写体を探しながら写真を撮るというのはけっこうなエクササイズであることを今日初めて知った。まあ、僕が年をとったせいかもしれないけど。30代〜40代の頃ならこんな距離、へでもなかったものね。いずれにしても、左の写真を撮ったときには写真で見るとおりの暗さになっていた。でも、暮れなずむ風景が好きなのです、個人的には。アフターダークではなくビフォアダークが。


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2007年04月12日

3708 蓼科湖の自動販売機君

晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 12℃

昨日の夕方、蓼科湖の遊歩道散策を終えるとちょうど日もとっぷりと暮れていた。お土産物屋さんやコーヒーショップも閉店してシャッターを降し、すっかり人気がなくなっていた。そんななかでただひとり元気に輝いていたのが、この自動販売機君だった。

そう、いまや日本全国津々浦々にまで行き渡っている、どこにでもあるのがあたりまえになった飲料の自動販売機だ。このような自然の中では日中こそ違和感のないものの、群青色の闇が支配する夜になると不夜城の都市とはまた異なった存在感があたりを支配する。

いまにも「われ神にあらず人にあらざれば非情のものなり」なんて言い出しそうな風情で佇んでいる。これに手足を付けるとむかし「宇宙家族ロビンソン」に出てきたロボットみたいな感じになるなあ。何だかとってもファンタジックで、不気味とかキモいって感じではない。思わずじいっと見入ってしまった。だから写真に撮ってあるわけね。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。他のエントリーも同様です。

2007年04月14日

3710 サンセットファンのみなさん、春ですよ〜!

曇りのち晴れ 気温:最低 0℃/最高 11℃

激しい雨の後すっかり春になった

昨夜午後9時頃から突然の激しい雨。一時は雷鳴を聞く。9年ほど前に犬舎のすぐ横の落葉松の大木に落雷を経験したシベリアンハスキーのパル君は、以来雷鳴を聞くと外に飛びだすようになったのでびしょ濡れになっている。外に出るより鋼板製の犬舎の中の方が安全(じっさいそのおかげで怪我もせずに落雷を生き延びたのだから)なのに、これはワンコに理解しろと説得してもせんなきことだし。

まあさいわい雷鳴もすぐおさまり、雨脚は激しいものの予報どおりならば朝には晴れてくるとのことなので、それを信じて床についた。そして、朝、ななんと曇り空ではないか。しかしウェブで見る天気概況では晴れマークがでている。再びそれを信じる。

そして午前9時過ぎ、突然、晴れた。春の陽光がさんさんと降り注ぎ、南風が吹く。もう完璧に春の気候だ。最低気温も「氷点下」にはならなかった。この春初めてウグイスの声を聞き、ホトトギスの歌を聴いた。もうすっかり春になったと断言できる。


プライバシーとパブリックな自我

ペンション・サンセットのホームページにオーナーのプロフィールを載せた。ウエブショップに限らず、どんな人間が経営・運営しているのか、特にペンションのような小さな宿ではとても重要なファクターだと思ったからだ。相手の顔が見えると言うことは、匿名性の高いインターネットでは逆にとても大切なことだと思う。

こういう仕事をしている限り、公人としてのプライバシーはある程度までは公開する覚悟が必要だと思う。このブログの「僕」はそのような観点に照らして「パブリックな自我」になっている。言葉を変えるならば、これが僕のすべてではないと言うことでもある、というか、はっきり言ってほんの一部に過ぎない。嘘を書くことはないが、なにもかもを公開しているわけではない点についてはご容赦願いたい。


スキーシーズンから高原ドライブの季節へ

今日のピラタス蓼科スノーリゾートの写真を許可を得てお借りしました。現在こんな感じです。明日の日曜日で営業は終わりですが、まだこんなに雪があるのです。見た目よりはるかに多い平均積雪90センチです。滑り納めにいらっしゃいませんか。

春の高原ドライブとスキーが一緒に出来るなんて、蓼科では明日しかないと思います。高遠の桜も満開宣言がでていますし(サンセットから車で1時間半ほど)、お休みが取れる方には最高のタイミングになっています。

蓼科湖畔が数百本のソメイヨシノでピンクに染まるのは今年は4月末の3連休頃になりそうです。5月の3連休よりも圧倒的に道も宿も空いている4/28〜4/30のほうが今年のGWの旅行計画ではコストパフォーマンスが抜群です。


※今日の3枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。

2007年04月16日

3712 蓼科周辺は桜の見頃

曇りのち雨 気温:最低 - 3℃/最高 5℃

ピラタスの丘に春の雨降る

朝のうちは曇りだったが、午後から雨が降り出した。特に降り始めは上空の寒気が強いために雪になった。しかし、もはや積雪するほどの力はない。ふたたび「春雨」にもどり、やがて一面濃霧状態になった。TVを見ると中部信州に濃霧注意報が出ていた。

この写真は降り始めの雪の情景だ。地表に降りたとたんに融けて流れてしまう。しかし標高2500mの山頂部ではたぶん積雪しているだろう。今年は山の積雪が少なく融雪が早いと言うことで、軽装で登山しようという気分になるかも知れないが、山の天気は一瞬にして様相を変える。当局からもあくまでも冬山の装備で登るようにしていただきたいとのこと。釈迦に説法だけれど、くれぐれもご注意願いたい。

ことことという雨だれの音は妙に懐かしく、耳を傾けているうちに自然とこころが安らいでくる。すっかり疲弊した心身を休めるために昼寝をした。雨の音の中に入り込むほどに懐かしい人々や風景に満ちた夢と追憶のなかに沈んでいく。それはいつもそこにあって僕を待っている「僕のための世界」だ。

ピラタスの丘の早春の雨の日とはそのようなものだ。芽吹き前の森にベールのようにそっと降りる雨は静謐に満ちて限りなく優しく温かい。想いを休めればおのずとそこに懐かしい時代がよみがえってくるスクリーンだ。これはぼくら50代の特権的体験かも知れない。


蓼科周辺は桜の見頃


折しもNHKの大河ドラマ「風林火山」での舞台になっている諏訪湖畔の高島城の桜が満開になっている。八ヶ岳山麓の茅野市運動公園や上川バイパス(上川の堤)沿道の桜並木も満開だ。文字通り春爛漫の景色がそこにある。こちらに開花情報と映像がある。

小諸の懐古園や小彼岸桜であまりにも有名な高遠城址の桜も満開の見頃だ。高遠もまた「風林火山」でいまちょうど舞台になっているところだ。先週だけでも数組のお客様を高遠の桜祭りにご案内している。この季節の蓼科はミズバショウ、ザゼンソウばかりでなく、車で1時間半ほどの範囲に全国有数の桜の名所があることから桜巡りのベースキャンプとしても最適なのだ。

ちなみに、400本のソメイヨシノが咲き乱れる蓼科湖畔の桜は現在「つぼみ」の状況で、あと1週間から10日で満開になりそうな気配だ。ということは平年のように5月の3連休では遅すぎで、4月の3連休がちょうど見頃と言うことになるだろう。


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2007年04月20日

3716 花いっぱい、準備完了

曇り 気温:最低 - 5℃/最高 10℃

バラクライングリッシュガーデン

蓼科高原の代表的ランドマーク、バラクライングリッシュガーデンは恒例の春のパンジーのじゅうたん植えも終了し、GWにあわせて開花のタイミングを調整しているところです。ガーデニングのお手本とも言うべきコンテナガーデンもすべて完成し、あとは路地植えの苗の開花を待つばかりです。

バラクラというと庭園と花ばかりと思ってしまいがちですが、じつは併設されたレストランのお食事が超おすすめなのです。ティールームのお茶の時間がリッチなのです。前者はいまやフレンチ以上に世界的に人気を呼んでいる本格的「ニュー・ブリティッシュ」のディナーから気軽に楽しめる定番「フィッシュ・アンド・チップス」まであり、後者はこれも定番「スコーン」のセット(手作りスコーは言うまでもないけれど、5杯分はあるロイヤルミルクティーが最高)が人気です。

そのほかにも「バラ色の暮らし」ブランド(バラクラの名はじつはここから来ている日本語なのです)の商品や、直輸入の雑貨、そして同じく直輸入のガーデニング用品や原産種の花の苗や種はここでしか手に入らないものばかり。ガーデニングファンばかりではなく好奇心を失わないすべてのひとが楽しむことの出来る聖地です。

ペンション・サンセットでは提携割引で入場券の販売をしていますから、お得なこのチケット我を是非ご利用下さい。ご予約の際にオプションで承りますし、ご宿泊時のお申し付けでも対応いたします。GW後半の3連休(5/3〜5/5)より前半の3連休(4/28〜4/30)の方が圧倒的にすいていてどこも快適です。


今日の写真

今日の写真は Richo Caplio R5 のオートモード(フラッシュOFF)で撮影しました。今日は事務的な用件でバラクライングリッシュガーデンに立ち寄ったのだけれど、R5を首からケータイみたいにぶら下げていたおかげで思い立つと同時に撮影できた。

またこのカメラだと周囲のひとを緊張させることなく、違和感なく、どこでも撮影できるというメリットを体験した。確かにこれでデジタル一眼レフをぶら下げていったら「気合い入ってる!」ってオーラが出まくりだものね。

写真だけ見るとよくわからないかも知れないけれど、植えるべき苗はしっかりと植え込んであって、GWの最盛期(4/28〜5/6)にちょうど華やかに満開になるように開花のタイミングを調整して植えてあることがわかった。なので、お客様が来園される頃にちょうど「花いっぱい」という風情になるはずだ。


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2007年04月22日

3718 日増しに野鳥の姿が増えて

曇りのち雨 気温:最低 4℃/最高 8℃

今日は写真を選ぶ前に文章を書き始める。最近は反対にまず写真を選択して、あるいは当日撮した写真を載せることを前提に文章を書くようになっていた。それはそれで合理的なワークフローなのだけれど、ずうっとそうやっているとたまには文章をメインにしたくなる。

今日は朝から曇っていて、やがてその雲の中にすっぽりと入ってしまった。情景としては「霧」の中にいるのとほとんど変わらないから、山暮らしの経験がないひとにはこれが「雲」だとは見分けられないと思う。前にも書いたことがあるけれど、霧は地表から立ちのぼり地を這い、雲は上空から降りて吹き下ろしてくるのだ。細かいことを言うなら、霧と雲ではその粒子の表情が異なり流れ方も違う。

ここ数日はコガラぐらいの大きさだけれど羽の色が異なりしっぽが長いエナガをよく見かける。大きなキツツキであるクマゲラのとんとんとんとんという大工仕事みたいなペッキングの音が森に響いている。小型キツツキのコゲラ、中型のアカゲラのトゥルルルルルという機関銃のようなペッキング音も聞こえる。

シジュウカラ、ゴジュウカラ、コガラ、ヤマガラ、ウソ、イカルなども見かけた。もうウグイスもホトトギスもアカハラも来ているのだろうけれど、早朝の深い森で鳴いているらしく、寝室まではその歌声は聞こえてこない。(左の写真は「ウソ」という鳥です「嘘」ではなくて。)

いずれにしても、野鳥の姿や鳴き声から名前を思い浮かべることがなかなかできない。野鳥好きの方にしかられそうだけれど、50代半ばともなると脳細胞の数がどんどん減ってきているのを実感する。どんどんパフォーマンスが落ちてくる、まあ、これはしょうがないことなのだけれど。


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2007年05月03日

3729 怒濤のGW後半戦はじまる

晴れ 気温:最低 - 3℃/最高 16℃

いよいよ「怒濤のような連休」が始まった。県外ナンバーのクルマが連なってビーナスラインを駆け上がってくる。蓼科を目指して早朝にご出発になって渋滞をものともせずにたどり着いたお客様だ。感謝という言葉の他思いつかない。

かつては僕もその中のひとりだったから、こうした連休などの混み合う時期の信州へのアクセスの大変さはよくわかっている。それにかえてもこうして目指したい「なにか」がここにあったから、僕は最終的に「蓼科の住人」になってしまった。

要するに「通いきれない」のならば「移住」しかない、という至極単純で重大な決断をしてしまったわけだ。見ようによっては「お馬鹿な行為」であったかもしれないし、現状を見るならば「それほどだいそれた無鉄砲な企図ではなかった」とも言える。

まあ、いずれにしてもそのようにしてご到着になったお客様を出迎えたのはビーナスライン沿道の、とりわけ蓼科湖畔・聖光寺の華やかな桜だった。きのうきょうと日中ものすごく陽射しが温かかったこともあって一気に開花が進んだ。

駐車場に入りきれずに、係員の指示に従ってしばし待つ必要があったほどだ。ものすごい人出だった。で、しょうがないので、時間のない僕はくるまをちょっと路肩に一時停車してぱちりと一枚撮ったのが1枚目の写真だ。この桜の気の向こうに聖光寺の入り口の門がある。


それにつけても良いお天気で、きょうの空はまさに芸術作品といってもいい。こんな空なら一日中眺めていても飽きない。空の蒼さも雲の白さもその絶妙なかたちも、刻々と変化を見せる情景は僕の心をとらえて放さない。

機会あるごとにお客様には目線の高さの景色ばかりではなく、是非「蓼科の空」をご覧いただきたいとおすすめしているのだけれど、はてさてご覧いただいているのだろうか。そうだったらうれしいのだけれど。

ほんとうに、蓼科の空の美しさは天然のミュージアムなのだから。すくなくとも、僕はそう思っている。


空といえば日中の青空ばかりではなく、未明から夜明けの空も素敵だし、このような燃え立つような夕陽もまた素敵なのだ。ピラタスの丘は夕景が美しいことでも知る人ぞ知るスポットなのだ。朝日撮影の名所があるのと同様に、夕景撮影の名所のひとつとしてピラタスの丘ペンション村の「花とお散歩道ひろば」がある。

この写真もそこで、通りすがりに Richo Caplio R5 というコンパクトデジタルカメラでちょいと写したものだ。焦点距離は200mm、フルオートモードでフォーカスは手前の樹木に合わせ、露出は夕陽そのものに合わせている。

よく考えてみると、僕の写真はいつも「通りすがり」に撮したものばかりのような気がする。そういうのが性格的に合っているというか、良い情景との巡り合わせがそんな感じなのかも知れない、たぶん。


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2007年05月05日

3731 同時にぼくらもいま「春」を迎えた

晴れのち曇り 気温:最低 1℃/最高 20℃

とびっきりの快晴で朝を迎えた。ようやくメンツがそろってきた野鳥たちの歌声が森にこだまする。まさに絵に描いたような高原の森の朝だ。早朝から笑顔で散策を楽しむお客様の姿が目立つ。吹く風ももはや北風ではなく、柔らかな南風だ。

森の樹木も、いままさに新緑を芽吹こうとしている。あと1週間後には視界は緑一色に変わっているかも知れない。初夏を思わせる真っ白な太陽光線が地表に降り注ぎ、地中で凍結して越冬した種子たちに発芽を促しているかのようだ。

同時にぼくらもいま「春」を迎えた。こころの芽吹きの季節を迎えた。

聖光寺の桜祭り

さて、今日は何とか蓼科湖聖光寺の桜を撮影に行くことが出来た。お客様の夕食前のちょっとした時間を使って夕暮れ間近の桜を撮影した。今日はあえてデジタル一眼レフに DT18-200mmF3.5-F6.3 という35mmカメラ換算で27mm〜300mmのデジタル専用ズームレンズを装着したものを使ってみた。使い込まないことにはいつまでも使いこなせないものね。

盛りを少し過ぎていたけれど充分以上にきれいだった。恒例の桜祭りのイベントも今日は終了し、もう日が暮れるという時間帯にもかかわらずたくさんのお客様が桜の花の下、三々五々散策を楽しんでいた。これにはちょっとびっくりした。ここもしだいに桜の名所として、ようやく、認知されてきたのかも知れない。

パルとの時間

そういえば昨日は満月がこうこうと照りつける、星のじつに綺麗な夜だったことを思い出す。見上げるたびに月はその大きさを増す。まるで風船のように膨張しているかのようだ。午前1時のピラタスの丘は静寂の中にもいのちの気配に満ちて、強烈な月光の元で光り輝いている。その光は直近の蓼科山はもとより遠くの山並みまでを照らし出す。

シベリアンハスキーのパルとの散歩は、どんなに多忙な時でもかかすわけにはいかない。それがパルのもっとも楽しみとしているひとときだからだ。小走りで進むパルの姿を見るとこころが和んでくる、いや、感動を覚えるといったほうがいいかもしれない。それほど、そのリズミカルでしなやかな並足はたとえようもなく優美なものだ。


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※1枚目の写真は聖光寺で見かけたクロツグミ(?)、鳴いていなかったので確信はない。

2007年05月06日

3732 静かな雨の森でジャズを聴く

雨 気温:最低 5℃/最高 9℃

静かな雨の森でジャズを聴く

今日の天気がどうであろうと、最高気温や最低気温がどうであろうが、そんなことは関係ないような気分になる。朝からしだいに激しくなった雨も気にならない。いま僕はひとけのないラウンジで JBL と McIntosh のアンプでコルトレーンの My Favorite Things というアルバムを聴いている。なつかしい Blue Note レーベルのLPの音がする。じつはこのアルバムは ATLANTIC レーベルなのだけれど。

演奏の合間や楽器の音が小さくなるパートでは外から雨音が入り込んでくる、まるで演奏に参加するかのように。春の高原に降る雨はとてもやさしい印象がある。芽吹きを間近に控えた森の上に、それは薄いベールのようにゆっくりと降りてくる。

学生の頃余暇のほとんどを過ごした新宿や神保町のジャズ喫茶のあの懐かしい音とにおいがよみがえる。こうして当時の音を再現すると、こころの中を心地よい風が吹き抜ける。あの頃と同じだ、それはコンスタントに吹き続けるこころ温まる風だ。人間存在の美しさを信じさせるにたるジャズの息吹だ。

正面には常に僕のこころの友である白樺の巨木が迫り来る夕闇の中にたたずんでいる。高さ6mある吹き抜けからはその木の上から下までをひとつの画として捉えることが出来る。空を流れる雲までも見て取ることが出来る。ここは僕にとってもこの建物で最良最上の場所だ。

燃焼音がじゃまになるのでストーブは点火しない。だから、真冬や気温の低い季節はここで(お客様のいらっしゃらない日に)ジャズを聴くことはある種の荒行に近い過酷な体験となる。これだけ大音量で聴いていても、耳の奥からはキーンという静寂の音(sound of silence)が聞こえてくるから不思議だ。


シベリアンハスキー的人間としての僕

ここではなにもかもが「ピュア」なのだ。空気も水もこころも、そしていのちそのものも。

パルから僕はじつに多くのことを学んだ。自然の中でじつはぼくらはなにもなす事が出来ないのだということ。ぼくらに出来ることといえば、宇宙的時間あるいは惑星的時間においては瞬間的なものにすぎない環境破壊という名の暴力だけだ。そのことによる災いを引き受けるのはぼくらである定めだし、地球にとってはそんなことは痛くもかゆくもない。

それは惑星としてのひとつの通過地点に過ぎない。

やがて人類が消滅した後もこの惑星は自分なりの歴史を刻んでいくことになるのだろう。僕が死ねば僕の過ごした個人的には膨大といってもいい時間と経験、あるいは感動や想いや愛したものたちへの思い出は消滅する。そんなものは一切無かったことのように。それでいいのだ。地球は存在し続け、宇宙は膨張を続け、天文学的時間経過の果てにやがて消滅する。

想いを捨てれば自由になれる。それは古代インドの聖者の教えを待つまでもない真理だ。問題は「想いを捨てる」とはどのようなことなのか、どのようにすればそれを捨てて自由になることが出来るのかということだった。その答えを教えてくれたのもまたパルだった。

想いを捨てるということは、それを受け入れるということと同義だったのだ。たとえば死への恐怖を捨て去るには、死そのものを受け入れればよい。パルは生来そのように生きている。生を受けると同時に死すべき自分を受け入れて生きている。おそらく人間以外の野生動物はみなそれを当然のこととして「いま、ここに、ある」いのちを謳歌しているのだと思う。

我らの家族の一員として12年をともに過ごしてきたシベリアンハスキーのパルは、そのように僕の友であり師であり群の仲間であり続けるのだ。彼と僕とどちらがより長く生きるかは神のみぞ知ることだけれど、できることならば、僕の寿命と引き替えてでも同じだけ生きて欲しいと願っている。

雨の蓼科高原ピラタスの丘に、旧いジャズはとてもよく似合う。

初めて蓼科と出合った頃となにも変わっていない。変わるのはひとだけだ、僕を含めて。


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2007年05月07日

3733 桜を愛でつつ「葉隠れ」を想う

晴れ 気温:最低 7℃/最高 18℃

昨日一日降り続いた雨がうそのように、朝から晴れ渡りウグイスの歌声で目覚めた。ペンション・サンセットの敷地がちょうどひとつのテリトリーとなっているようで、毎年違ったウグイスが1羽だけ居着くようなのだ。共通するのは、少なくとも鳴き始めのこの時期には「とても歌が下手だ」ということ。ここはテリトリーとしての評価が低い部類なのかも知れない。

去年のウグイス君は歴代の主の中でも極めつきの「音痴」だった。そのあたりのことは去年の今頃の「蓼科高原日記」に詳しく記したから、ここでは繰り返さない。はっきりしたルールは、人間界と同じく、自然界でも雌にアピールすることのできる雄から番(つがい)になっていくということだ。

ウグイスも歌の上手な個体から順に番が成立していくようなのだ。オスはオスでそれは大変なのだ。

ピラタスの丘にもようやくいつものメンツがそろったようだ。最盛期には約40種類の高山の野鳥の顔ぶれがそろって、朝に夕に盛んに鳴き交わすその歌声はまさにこの世の春。特に未明のそれは覚醒へのまどろみの中で聞く至福の音楽となる。

桜前線は蓼科湖(標高1230m)をゆっくりと過ぎようとしている。やがてさらに50mほど上の「プール平」の桜たちが咲きそろう。特にビーナスライン沿いの巨木はじつに圧倒的な迫力で見るものを虜にする。しだれ桜やさまざまな種類の桜があるので、見応えがある。プール平の蓼科郵便局脇から大滝に続く遊歩道を散策することをおすすめする。

桜の花はどうしてこれほどまでにわれわれの心の奥深くの琴線に触れることが出来るのだろう。咲く花の美しさ、華やかさ、それでいて清楚、散り際の潔さ。そこに「葉隠れ」の神髄を見る想いがするのは僕の勝手な思いこみだろうか。

今日の、そしてこれから吹く風が僕は大好きだ。一年を通じてこの季節の風がもっとも美しくそして爽快(そうかい)なのだ。その風に吹かれていると、まるで命を吹き込まれるような気がしてくるほどだ。その肌触り、香り、緩急のリズム、すべてが絶妙なバランスの上に成り立っている。

敷地内の白樺の巨木の木陰にガダバウトチェアを持ち出して、蓼科山を正面に見据えながらバラクライングリッシュガーデン仕込みのロイヤルミルクティーをたしなむなんてこじゃれたことをやってみたりする。首からぶら下げたデジタル一眼レフで気の向くままにシャッターを切る。

この季節の空はいくら見ていても飽きるということがない。新緑も、花も、鳥も、風も、日の光さえ、じつにさまざまにその姿を変える。ありとあらゆるいのちがその絶頂に向かって一気に加速していく気配をひしひしと感じる。


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2007年05月10日

3736 春の嵐?

晴れのち嵐 気温:最低 5℃/最高 15℃

朝は穏やかな晴天だったが、時ともにしだいに下り坂となりやがて雨が降り出した。ほぼ天気予報どおりの展開だった。午後1時過ぎには激しい雷雨となって山の上からは(って、ここも充分山の上だけど)すさまじい雷鳴が聞こえてくる。

やがてそれはピラタスの丘にも落雷しだしたが、最近は電柱を避雷針化する工事が進んでいるので、家屋敷地内や樹木に落雷する頻度が減少した。電柱や敷地内の樹木に落雷して突入電流によってPCや家電製品や電子機器(電話、ファクスを含む)が焼き切れるという被害が減ったのはありがたい。

この10年でモデム3台、ISDNターミナル2台、ケーブルモデム1台が犠牲になっている。専用のシャットダウン機器を設置して十分な避雷対策を講じていても被害を受けたのだった。やはり、落雷対策としてはすべてのケーブルを引っこ抜くのがいちばん確実であることを学んだ。

その後天候はますます荒れ出して、夕方には暴風雨状態となった。まさに台風なみの強風と雨で、雷鳴を畏れた愛犬パルがずうっと外に出てずぶ濡れになっていたので、家の中の土間に避難させた。彼は以前、犬舎のすぐ隣りの気に落雷して文字通り死ぬほど怖い目にあったのだ。

家の中に入れてもらって安心したのか、パルはさんざん甘えた末に爆睡してしまった。体重33kgもある大型犬とは思えないほど甘えん坊で穏やかなのがシベリアンハスキーの特徴なのかも知れないが、それがとてもいとしい。

雨は一時霙(みぞれ)になり、また一時雪になった。もちろん積雪はしなかったが、風が強く当たる部分にはシャーベット状の雪が残った。気温は氷点下3℃まで下がって、外に出ると強風のために体感気温は氷点下10℃以下になっていた。

そんななかでも、標高1350mあまりの「プール平」では桜が見頃を迎えていた。2枚の写真はクルマのフロントスクリーン越しに撮影したものだ。なにしろ風雨がひどかったから。ワイパーが雨滴をぬぐった直後に撮るようにしたが1枚は雨滴が映り込んでしまった。

ここまで標高が上がるとなにやら「山桜」の風情になってくるから不思議だ。背景の新緑にも注目して欲しい。落葉松と白樺の新緑がとても美しい。ほかの広葉樹もどんどん新緑を芽吹いてきている。じつはこれからが至福のごとき「新緑」の季節なのだ、蓼科高原は。


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2007年05月12日

3738 ドライブには最適な季節

晴れ 気温:最低 0℃/最高 18℃

昨日の嵐というか「荒天」は5月中旬としてはきわめて異例のことだった。写真はピラタスロープウエイのスタッフの方の撮影になるものだけれど、山頂駅から始まる高山植物の宝庫「坪庭」もかなりの積雪に見舞われたようだ

集会路は改めて除雪してスニーカーでも歩けるようになっているそうだ。強の陽射しでかなり雪も溶けたと思われる。昨日登山をしていたひとは大変な思いをしたかも知れない。判断を誤らなければ大事に至らなかったとは思うけれど、すさまじいダウンバースト現象だったから。

それはそうと、ピラタスの丘の野鳥たちもほとんどのメンツが顔をそろえてきたようだ。個人的にはウグイス、アカハラ、ホトトギスがご贔屓の歌い手なのだけれど、ホトトギスをまだ聴いていない。未明から午前5時頃に起きて外に出てみれば森中からじつに美しい合唱が聞こえてくる。

今日は昨日とはうって変わって穏やかな晴天に恵まれた。最高気温は20℃以下だけれど陽射しの元では25℃まで寒暖計の水銀柱は昇った。雪解け水をたっぷりと吸い込んだ森からは陽射しを浴びて間断なく霞のような水蒸気が昇っている。

そうして空に昇った水蒸気はすぐに雲になって山を駆け上がっていく。時としてそれは積乱雲へと成長して、昨日のような激しい雷雨をともなったダウンバースト現象を引き起こす。山の天候はじつにめまぐるしく変化する。ここに暮らしているとすっかり慣れてしまうけれど、やはりその激変ぶりは「想定外」だ。

この季節はビーナスラインを、特にオープンカー(キャブリオーレ)で走ると最高だ。アルファロメオのライトウエイトな車種とか、ロードスターなどでドライブしても最高のコースとなる。ある意味ではバイクより楽しめるかも知れない。

僕もランドローバー・ディスカバリー2の18インチアルミホイールに 255/55R18 VR のピレリ・スコーピオン・ゼロという高速SUV専用タイヤを奢ったので、2.5トンの車重をものともせずにコーナーを攻めたりしている。あんまりやるとタイヤがするすり減ってしまうので「たまに」だけれど。まあ、MTBにシティースリックタイヤを履かせたみたいな感じでけっこう楽しめる。

さて、明日は除雪機を整備してからしまい込む。外したスタッドレスタイヤを良く洗浄して乾かして格納する。そろそろクルマの洗車もしなくっちゃ。駐車場に砂利を運んできて均らさないといけないし、いろいろな雑事が山積してきた。あ、そうそう、梅雨入り前にテラスにステインをたっぷり塗り込むことを忘れてはいけなかった。

貧乏暇無しってか。


※1〜2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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2007年05月14日

3740 蓼科湖は美しい湖なのです、たぶん

晴れ 気温:最低 - 1℃/最高 16℃

いよいよ新緑の季節到来。なんとも美しい蓼科高原。やっぱりすきなんですよね、他で暮らすことなんて考えられない!きょうの日なたは23℃、しかし日陰はフリースを着込まないと凍えそうなほど風が冷たかった。

あいかわらず、夕暮れが綺麗だった。

僕の中では昔から蓼科高原の中心は「蓼科湖」なのです。それは初めて当地を訪れた20歳の頃から変わらぬ想いなのです。なぜそうなのかはわからないのですが、たぶんその出会いがあまりに強烈で瞬時にこころの奥深くまで「刷り込まれて」しまったのだと思います。

蓼科湖の周回路は桜の見頃。新緑と桜と八ヶ岳のコントラストが美しい。蓼科湖なんて小さな湖で、どちらかというとひなびた田舎っぽい「池」じゃない、なんてよく言われてしまうのだけれど、それは違うと思います。

折しも新緑の季節、蓼科湖から八ヶ岳を望むこの情景はこの季節ならではのきわめて絵画的なものです。陽射しの強い時間はどの湖も表情に欠ける、と個人的には思っています。湖畔を散策したり写真撮影するなら、朝か夕方がおすすめですよ。まったく違ったセンチメンタルな、アーティスティックな風景をきっと見せてくれるはずです。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。
 これらの写真は僕がいつも持ち歩いている Richo Caplio R5 で撮されたものです。

2007年05月15日

3741 記憶としての風景、記録としての風景

晴れ 気温:最低 1℃/最高 15℃

今日は風が冷たい一日になりました。陽射しは初夏のような強いものなので、日焼け対細工をがっちりしないと外での作業でひどく日焼けしてしまうほどなのですが、風はびっくりするぐらい冷たいのです。じつに薄手のフリースを着て動き回ってちょうど良いのです。

ピラタスの丘ではもうすぐといった感じですが、少し標高を下げればそこはすでに新緑の世界になっています。落葉松の新芽がうちの敷地内の落葉松でも芽吹き始めていました。今日はたくさん写真を撮ったのですが、全部はとても載せられないのが残念です。お見せしたいものだけでも50枚はあるので・・・。

1枚目の写真はピラタスの丘ペンション村から蓼科湖に向かう途中のプール平というところと滝の湯の中間地点の風景です。すっかり新緑の森になっているでしょう?この透き通るグリーンはなんとも表現のしようがないほど美しいものです。

特に白樺やその同類のダケカンバの新緑は息を呑むほど美しいのです。手前の二本の木がそれです。


そこから1分ほど車を走らせると標高1230mの蓼科湖です。蓼科湖周辺はまだ桜の花が満開の場所が何カ所かあり、湖畔でもピンクの花をつけた樹木が彩りを添えています。湖を囲む森はすっかり新緑に覆われて透き通る緑色のグラデーションを見せていました。

その向こうには未だ冠雪している南八ヶ岳とそれに連なる北八ヶ岳を望むことが出来ます。手前の森はその姿を湖面に映し込んでまるで一幅の絵画を見るような感動を覚えます。そのような写真は昨日の日記に載せたので、今日は蓼科湖半の新緑の森の写真を載せることにします。

明日はこのつづきを載せたいと思いますが、また良い風景との出会いがあって良い写真が撮れたらそれも載せますね。

この10年間の蓼科高原日記を読み返してみて、自分で読むに耐える文章になってきたのはほんのここ数年のように思われます。なにしろ小学生の頃は作文と聞いただけで泣きべそをかくほど文章を書くのが嫌いだったのですから、これは個人的にはエライ進歩だとは思いますけれど。

で、以前はポリシーとして風景もまたあえて「写真」で見せずに「文章」で表現するという試みを通してきたのですが、デジタルカメラの表現力の革命的進歩によって、写真と文章のコラボレーションが成立するようになったと確信したしだいです。こころの中の風景はいわば「記憶としての風景」なのですが、デジタル写真におさめた「記録としての風景」との差異がここまで小さくなれば、もう問題ないでしょう。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。
 これらの写真は僕がいつも持ち歩いている Richo Caplio R5 で撮されたものです。

2007年05月16日

3742 新緑の北八ヶ岳

晴れ 気温:最低 - 1℃/最高 16℃

今日は昨日以上に冷え込んで、この時期としては異例な低温の一日になりました。それでも季節は間違いなく春から初夏へと着実に移ろっています。ビーナスラインをドライブすると、一面透明な緑色に染まった山や森に感嘆することでしょう。

横浜から移住して14年目に入った僕らでさえ、思わずため息が出てしまうほどの美しさです。桜もまだたくさん咲いているし、野鳥の美声の大合唱で目覚めることはできるし、からっとした冷風は天然のクーラーそのものだし、ああ高原暮らしっていいなあとにっこりしてしまいます。

毎年この季節になるたびに、やっぱり新緑の季節は一年でいちばん爽快だなあと実感します。蓼科は四季折々すばらしい感動を与えてくれるのですが、この季節のそれはまた格別なのです。


それはそうと数日前にダウンバースト現象と思われる嵐のような雷雨から雪や雹が降り積もったことを書いたのをご記憶かと思いますが、ピラタスロープウエイの山頂駅目の前の「坪庭」も写真掲載したとおりの雪景色に変わりましたよね。それが今日の写真ではこのとおり、すっかり(見た目には)雪がなくなっています。

ロープウエイのスタッフの方の撮影になる写真なのですが、このようにリアルタイムで標高2240mの様子をHPで知らせてくれるようになって、標高差で500m下にいる僕らもうえの様子をお客様にお知らせできるようになったわけです。ありがたいことです。

6月の第一日曜日には北横岳と赤岳の山頂で恒例の「開山祭」が執り行われます。いよいよ「夏山」シーズンです。入梅前の新緑の山並み、梅雨明けの7月の花いっぱいの山行、どちらも最高の季節です。ピラタスの丘ペンション村はロープウエイまで徒歩ですぐの場所にありますからべーキャンプに最適です。

さて、きょうの日記はいつもと違う環境で書いています。といってもペンション・サンセット以外の場所で書いているのではないのですが。じつは愛用のマック(Mac)ではなくて、今日納品になった中古の IBM ThinkPad T43 というノートパソコンで書いているのです。

OS はあえて Windows Vista ではなく、Windows XP SP2 を使う必要があってあちこち探したものです。で、コストパフォーマンスを考慮して以前から信頼を置いていたこのマシンを選択しました。求めているものが楽しさとかTVを見るとかといったことではなく、ペンション・オーナーなりのビジネスに特化した使い方をするからです。となると、すべてのアプリケーションが対応済みの XP に優位性があるという判断になりました。

Windows も XP 以降はとても「マック・ライク」なので、「すっと」使えるようになりました。Mac と同時進行で操作していてもあまり違和感がないですね。で、思ったよりもよくできたOSじゃん、というのが第一印象です。それぞれに良いところ悪いところはあるものの、これなら初心者はマックでもウインドウズでも大丈夫だと思いました。

それにしても、うわさどおり ThinkPad のキーボードのタッチは最良の部類です。キータッチにうるさい僕がそう言うのだから相当なものです。とても快適に文章を打ち込めます。ブログにはやっぱりノート・パソコンが良く似合うし、使いやすい。なんだか本当に「ブロガー」になった気分です、ははは。


※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
※写真をクリックすると拡大してごらんいただけます。

2007年05月19日

3745 Windows体験3日目

雨のち晴れ 気温:最低 5℃/最高 15℃

いま、ラウンジの吹き抜けの大テーブルで、ThinkPad T43 を(初めてバッテリー駆動で使って)この日記を書いています。こういうのが10年来の夢だったのですよね。蓼科高原日記もこんな風に実際の風景の中で書きたいとずうっと思っていました。気分最高です。(^_^)b

きのうは晴れのち雨で、夜半からは激しい降りとなり未明にはダウンバースト現象で台風のような風雨となりました。落雷にトラウマのあるパル君はこうなるとどんなに激しい雨にずぶ濡れになろうと犬舎の外に出てしまうので、結局徹夜で見守ることになってしまいました。ちょうど寝ようと思った4時頃から雷雨になったのです。まあ、屈強なシベリアンハスキーの身体はこんな雨に濡れたところで全然平気なのかも知れませんが。

なんていいつつも新しいマシンとOSにちょっと夢中になっているのも事実なのですが・・・。う?ん、やっぱりビジネスに特化して使うとなるとWindowsのほうが何となくいいようですね。良くも悪しくも遊びの要素が少ない、実利的という意味で誠実なOSのように感じています。

寄らば大樹の陰っていうか、メジャーな気分というか、そういった安心感に満たされます。ああ、みんなと同じだっていうような。これはこれで心地よいものです。まあ、僕の場合はお客様のホームぺージ閲覧環境を身をもって知るという意味でもとてもとても勉強になるということが大きいのですが。

IBMとして製造した最後のマシンの一つである ThinkPad T43 を選択したのは正解でした。とても作りが良くて、よく考えられた「思想のある製品」ですね。派手さやしゃれっ気はないけれど文字通りビジネスマンが実際に持ち歩いて使い倒す環境に十分に耐え抜くノートパソコンになっています。

ただ、標準の512MBのメモリーではやはり必要最低限という感じですので、最低1GBできれば2GBに増設したいところです。初めてノートパソコンメインで仕事をしてみて、これだったら次期導入するMacはMaBook Proがいいかな、などと思い始めています。なんといっても場所を選ばないことと、音が静かなところがいいです。Windows Vista も(たぶん)ネイティブで起動できるだろうし。

それにしても数年前からそうですが、特にマクロメディアを買収してからの Adobe はひどいですね、 Symantec もそうなってきていますが、まるで Microsoft みたいな感じです。やはり寡占状態というのはろくな結果を招かないようですが、インドのタミルとヘッジファンドの結託による鉄鋼業界の再編に象徴されるように世の中というか世界はおかしな方向に突っ走りだしているようです。

ネオコンなんてろくなものじゃないと思います、要するに自分の金もうけしか考えない連中ですから。これが「グローバリゼーション」というものならば、そんなものは早いところたたきつぶさなければ人類の未来はきわめて暗いものになりそうです。

うちのホームページにヘルプをもうけた件ですが、自分で「学習」してまでも見たいホームページなんてほとんど無いのではないかという時代になったのだと思います。時代の流れを嘆かわしく思ったところで何も変わらないので、対応していくほかないようです。今後はFAQなんかも必要かと思っています。すべては「アクセシビリティー」と「ユーザビリティー」のために、ということです。

というような内容のメールを親しいお客様とやりとりしたわけです。そういうことなので、そのまま日記にしちゃいました。N様、悪しからず。(^^ゞ


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。
※ものすごく程度の良いこの中古のThinkPadは楽天市場のアンカーネットワークサービスで購入しました。一発目の検索で引っかかるという幸運に恵まれて入手できました。

2007年05月22日

3748 Windows体験6日目/坪庭の様子など

曇り時々晴れ 気温:最低 4℃/最高 18℃

「Mac使い」の僕にとっては初めてのWindowsマシンである IBM ThinkPad T43 (これ以降は Lenovo 製になっている)にもだいぶ慣れて来た。このマシンは元箱に入っていたので「Manufactured for Lenovo」であること、2006年06月19日製造であることが明記されている。マシンタイプは「1871-34J」である。

Windows Vista Premium に対応しているとうたっているが、このスペックだと Vista Home Basic あたりがさくさく動く限界のような気もする。まあ、ぎりぎりのところでアップグレード可能だということか。それには今でも足りないメモリーを2倍の1GBにする必要があるだろう。いずれにしても今のサブマシンとしての使い方では XP Professional SP2 がアプリケーションの対応済んでいるし安定性もあるのでこのまま使い倒すつもりではある。

次期導入マシンとしては、場合によっては Macではなくて Windows マシンになるかもしれない。デスクトップになるか、ノートブックになるかはこれからの体験次第ということで。物珍しさだけではなくて、ThinkPadばかり使っている昨今だ。第一にどこでも好きなところで楽な姿勢で仕事できるということ、音が静かだということ。この2点はピラタスの丘のように静寂に包まれた環境では特に重要なのだ。

ノート型パソコンの性能向上が著しく、どうしてもデスクトップPC出なければできない作業というのもあまりなくなってきた昨今だから、ノート型パソコンを二台という選択肢もありだと考えるようになった。そのように考えるようになった自分にいささか驚いてもいるけれど。

さて、今日はここから標高差500m近く登った「坪庭」の様子の写真をお借りしたのでアップする。すでにガンコウランの花が咲き始めているとのことです。「とはいえ、これを花と一見できる方は少ない様です、非常に小さく、蕾や種に見えてしまうからでしょうか・・・」というコメントには素直に納得です。

白樺湖?車山のレンゲツツジの群生地もそろそろ開花しそうなタイミングです。また6月第一日曜日の八ヶ岳「開山祭」を目前に控えた北横岳も遠くから見る限りこんな感じでだいぶ歩きやすくなっているようです。が、蓼科山も同様ですが日陰や北斜面にはびっくりするほどの残雪があったりするので、アイゼンなどの用意は必須です。


※今日の1〜2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載。
※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。
※今回愛機となったものすごく程度の良い中古の ThinkPad T43 は楽天市場のアンカーネットワークサービスで購入しました。Mac 同様に愛着のわく数少ないマシンです。

2007年05月23日

3749 Windows体験7日目/新緑の季節

晴れ 気温:最低 3℃/最高 21℃

きょうは、というか今朝は午前4時まで仕事をしていたので、床につく前にラウンジの窓を開けて鳥の歌声を聞くことが出来ました。この季節は夜明けが早い。野鳥たちは未明から歌い始め夜が明けてからも2時間ほど歌い続ける。番の季節だから自分のテリトリーを主張する歌声が文字通りカンタービレで演奏されるのです。

互いに鳴き交わしながら森のあちこちで、じつにさまざまな歌が交わされている。静寂に満ちたピラタスの丘では、それはまるでドルビーサラウンドのような透明感と立体感を持った3D音源として聞こえる。目を閉じるとその音空間の心地よさに思わずめまいがするほどです。

ピラタスの丘もずいぶん新緑が芽吹いて、山もその色を透明なグリーンへと変化させた。山桜が咲き、芝桜も咲き始め、ジャーマンアイリスなどの水仙やチューリップが咲き始めた。いよいよ新緑と山野草の季節が始まる。ここに暮らす住人としては梅雨入り前のこの季節を「初夏」と捉えている。これは理屈ではなく「実感」なのです。

梅雨明けの7月は短い「夏」の始まりであり、百花繚乱の季節、8月にはいると暦どおり「立秋」(8/8頃)には秋風が立つ。もう秋が始まるのだ。だから花を愛でたければ5月〜7月が最盛期で、8月では遅すぎる場所もあるということを記憶の片隅に入れておくと良いと思います。

今日の写真は蓼科山のアップ。ピラタスの丘と蓼科山とは谷をひとつ隔てただけだからものすごく近い。いつもこのぐらい大きな映像として間近に望みながら暮らしているわけです。見る限り残雪なんてまったくなさそうに見えるのですが、日陰や北斜面にはびっくりするくらい(年によっては1m以上!)あることも。装備には充分気をつけてください。

蓼科高原ピラタスの丘は一年でもっとも美しい新緑の季節を迎えます。蓼科高原のドライブルートはすでに新緑のトンネル状態になっています。気候も暖かくなり、オープンカーでのドライブには最適の季節になりました。もちろんセダンでも窓全開で走れば気分最高です。

ただ散歩しているだけで、空を眺めているだけで、吹き抜ける緑の風に頬をなぶらせるだけで、心底癒される場所が、ここピラタスの丘なのです。ぼくらはそんなこの地を愛して集まった仲間たちなのです。ペンション仲間も別荘の住人も、そしてもちろんお越し下さるお客様も!


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

2007年05月26日

3752 新緑の中でふたたび思うこと

晴れ 気温:最低 2℃/最高 16℃

買い物に出かけようと駐車場に出ると、ちょうどウチの周辺をテリトリーとするおなじみのキジバトの雄がやってきて、すぐそばの落葉松の木にとまったのでした。これだったら写真におさめられる距離だと思い、あわて手首からぶら下げた Richo Caplio R5 で速射したたった1枚の写真がこれ。この直後彼は飛び立って他の木へと移っていってしまった。

写真を見てわかるとおり、都会で見かける鳩とはだいぶ違っている。近くで見るととても綺麗な鳥だ。落葉松の新緑がはっきり写っていてこれが森という森、山という山を染めていると想像してみて欲しい。この季節はなにもかもがこの色に染まる季節なのだ。

そういえば、今日は蓼科山がかすんでいる。朝のニュースでも報道されていたけれど、実にものすごい黄砂だった。地図でみると長野県というのは意外と中国に近いのですね、今更ながら再確認できたけれど。地政学的には確かに非常に危ない状況に我が国があるというのがわかる。

防衛庁が防衛省になったり、憲法改正のための国民投票法案が強行採決されたりというのはそういう危機感を世論操作にうまく使ったからこそ暴動も起きずにしゅくしゅくと流されているわけだ。しかし炉れは日本自身の問題であると同時に、米国の強い意向を反映した動きのような気がするなあ。

要するに先の戦争に負けて占領されて以来、我が国は新しい形の植民地第一号だったというわけだ。いわば「植民地 2.0」ということかもしれない。また、そのようにしてしか独立国家としての体裁を取り戻すことがかなわなかったという歴史的状況があったのかもしれない。

それはやむを得なかったし、現状もやむを得ないのかもしれないけれど、このままで良いはずはないというのも厳然たる事実でしょうね。投資ファンドという名のハゲタカ、イナゴのたぐいが来襲して、土足で我が国の経済を踏み荒らし、優良企業を買いまくって株価が上がったところで売り抜けてあとは知らないってなことが許されていいのだろうか。

そんなものはグローバリゼーションでも何でもない。事実米国は企業買収に関しての連邦法がなく、州法しかないという仕組みを作って自国企業を独善的なまでに買収から守っている。それでいて他国には全面自由化を求めるっていうのだから、日本ももう少ししたたかにならなけりゃいけないんじゃないかな。

それはさておき、というか、この辺でやめておかないとペンション・オーナーとしてはやばいという空気があるからこのへんでやめておきましょう。


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2007年05月28日

3754 やっぱりMac、でもThinkPadが好き

晴れのち曇り 気温:最低 0℃/最高 16℃

今日はペンション・サンセットにお越しになったことがあるお客様にはおなじみの情景をご案内します。いま、ちょうどこんな感じになっています。もうすっかり新緑に覆われ、未明からはおびただしい数の野鳥たちの大合唱が森にこだまする至福の季節です。

隣りの休業中のペンションの敷地を闇に紛れて通り抜ける野生の鹿の群が気になっておちおち眠っていられないシベリアンハスキーのパル君のために、そして防犯上の理由からも夜間照明を隣りの敷地に向けて点灯するようにしました、

ペンション村の人々が寝静まる時刻にはピラタスの丘は(月のない夜などは)漆黒の闇と化すので、そこにぽつっと明かりがあると強烈な人の気配を感じさせます。その効果をねらっての試みなのですが、今のところうまく効果が出ているようです。

鹿の食害がひどく、もみの木やシラビソなどの貴重な樹木がかたはしから樹皮を剥かれて食べられてしまい、いずれ立ち枯れして風倒木となる運命にさらされています。また見た目にもむごい光景になっています。野生動物による自然破壊、森林破壊を目の当たりにするのはじつに心苦しいものがあります。

この問題はもう議論している余地がないほど、せっぱ詰まった問題となっているのです。ただ、お客様にとっては、野生の鹿の群と出会える絶好の機会があるわけで、あと数年は「野生」との感動的な出会いがあることと思います。


さて、昨年秋からリニューアルに取りかかったペンション・サンセットのホームページですが、ブロードバンド回線利用のお客様にはとても見やすいと評判なのですが、その一方で旧いマシンや旧いOSご利用のお客様には表示すら出来ないという状況がわかってきました。

そのために、もうひとつのホームページをご用意してご覧いただけるようにしてあります。そのもうひとつのホームページを夏の前にリニューアルして、それをトップページとして表示すればどなたでも高速で表示できるホームページとなると考えました。

これから2週間の予定で制作に取りかかり、アップロードする予定でいますのでよろしくお願いいたします。サイト構成とサイトナビゲーションのしっかりしたご覧になりやすいものになると思います。が、自分の望むとおりのウェブページをつくるには最終的にはテキストエディタでソースコードを打ち込んで編集するのがいちばんなのですよね。今回はそんな感じで制作します。


それはさておき、僕の手元に来て12日目になった IBM ThinkPad T43 ですが、とうとう起動不能になってしまいました。経験的にはファイルシステムが損傷したか、ハードディスクのディレクトリが壊れたかのどちらかだと思うのですが、いずれにしても DOS 画面で「ハードウエア・エラー」という警告も表示されるので、初期不良による交換ということになりました。

今回利用させてもらった楽天市場のアンカーネットワークサービスという会社はそのへんのサポートや対応がとても誠実で安心して利用できます。宣伝ということではなくて、同じサービス業に携わるものとして大いに見習うべき対応に感銘を受けたしだいです。

この10年間使ってきた Mac では初期不良皆無、返品交換皆無、修理依頼皆無、ハードウエアの故障皆無ということで、一度もサポートやお店にお世話になったことがないのです。特に Mac OS X になってからは大きなトラブル皆無で、もう5年以上何の問題もなく過ごしてきています。

もちろん僕自身のスキルが向上したということもあるのですが、OSとハードウエアの完成度と親和性が大変高いというのがその理由ではないかと思っています。当分メインシステムの座は Mac が守ることになりそうです。

やっぱりMac、でもThinkPadが好き、ということでしょうか。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

2007年05月30日

3756 6月3日(日)は八ヶ岳開山祭です

曇りのち雨、夜は晴れ 気温:最低 3℃/最高 16℃

ピラタス蓼科ロープウエイのウエブマスター氏のコメントどおり、ピラタスの丘はようやく春らしくなってきました、って言うのが正しいのかも知れません。僕ら的には「初夏」に近い感覚なのだけれど、客観的な気温を見ればやっぱり春と言うべきなのだろうか。

ウチのペンションの庭のカエデの木もようやく新緑の芽吹きが始まりました。毎年この時節になると新緑の色は緑の中でももっとも美しい色だといつも思います。この葉が秋には真っ赤に染まってペンション・サンセットを、そしてピラタスの丘を鮮やかに彩ります。

いつもの場所に今年もシラネアオイが咲きました。まだ花は開ききっていませんが、なんとも儚い青紫がこころを惹きつける花です。可憐と言うよりは、ひっそりと咲く淡い個性の花です。鹿に食べられなければよいのだけれど・・・。

それにしても昨日の朝はなんと0℃、今朝も3℃とこの季節として恥じるに異例の冷え込みが続きます。最高気温は平年なみかちょっと高いくらいなのですが、冷え込みがきついのが今年の5月の特徴です。今朝は4時まで仕事をしていたのですが、いまにも雨が降りそうなくらい夜明けでした。

いつもなら強烈な朝日が八ヶ岳の向こうから空に反射して明るいのですが、今日は夜が明けるというよりは夕暮れに向かうような錯覚を起こさせるような情景でした。しかしそれが夜明けであることを証明するかのように、アカハラ、ホトトギスが盛んに鳴き交わしています。

気温3℃のテラスに出て耳を澄ますと、彼らの歌声の向こうにウグイスやジョウビタキ、そしてこの春初めて聴くカッコウが3羽確認できます。さらにトゥルルルルルというコゲラの木をつつく音、コンコンコンというアカゲラの木をつつく音(ペッキング)が聞こえます。

それはデジタルサラウンドのように森を巡りながら反響して、夢のような音楽会を演じてくれます。

最初のパラグラフで触れたピラタス蓼科ロープウエイの山麓駅テラスの様子です。こんな感じになっています。この陽射し、まさに初夏を思わせるのですが、そして実際ものすごい熱線で暑いくらいなのですが、気温はぐっと低くやはり「春」なのですよね。

6月3日(日)には北横岳山頂で「八ヶ岳開山祭」が執り行われます(もう一カ所は赤岳山頂)。この機会に是非荘厳で美しい山開きに参加してみてはいかがでしょうか。お天気も良さそうです。詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。

あ、そうそう、初期不良で返品交換となった IBM ThinkPad T43 が納品になりました。前回のマシンが2005年6月中旬にメーカーによるリサイクルマシンとして製造されていたのに対して、今回のマシンは2005年5月末の製造でした。

最初の起動から調子の良さがわかるほど今回のマシンの報が程度が良かったのでうれしくなりました。ものすごく綺麗で、新品といってもわからないほどです。ハードディスクも OS(Windows XP Professional SP2) がクリーンインストールされたままの状態で、まず OS のアクティベーションから設定を始めることになりました。

まずオフラインでインターネットセキュリティーソフトをインストールしてから設定に入り、6時間ほどで基本設定と主要アプリケーションのインストール、そしてウインドウズの重要度の高いアップデートを実行完了。MS DOS でコマンド実行できることもわかったので、いざとなったらそちらで何とかなるだろうとちょっと安心。

いずれにしても Windows XP Professional SP2 という OS をじっくり勉強してこのマシンを使っていきたいと思っています。いずれにしても、新しいことを習うのはとても楽しい。


※今日の3枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

2007年05月31日

3757 夜明けを待つ日々

曇りのち雨 気温:最低 3℃/最高 13℃

ホームページのリニューアルの構想を練っていたら、夜が明けてしまった。この2週間ほどずうっとそうだ。お客様がいらっしゃるときも、そうでないときも。これはいけない、生活を自然のリズムに合わせなければ。といいつつも、これはこれで夜行性動物の生活のリズムにぴったりと同調しているのだ。

せっかくだからラウンジの窓を開けて、未明から歌い出す野鳥たちに耳を傾ける。今日は夜明けの雲がとても綺麗だ。部屋に戻ってデジタル一眼レフカメラを持ってくる。10枚ほど撮してみたままに捕らえることが出来たことを液晶モニターで確認する。

ひどく冷え込んでいる。目の前の谷の森から雲が湧いている。それは巨大な綿菓子のように糸を引きながらムクムクと拡大していく。生まれたての雲で雲で満たされると、それは行き先を決めかねたように一瞬静止する。やがて、ゆったりとした風が行き先を決めてくれる。雲は蓼科山と北横岳を駆け上がる。

ピラタスの丘とはピラタス蓼科スノーリゾートスキー場のゲレンデを隔てた向こう側、ロープウエイの向こう側の斜面でも同様の情景が展開されている。見に行ったわけではないけれど、経験的にそれを知っている。その情景を想像することが出来る。

それが2枚目の写真だ。ピラタス蓼科ロープウエイのスタッフの手になる写真だ。「諏訪平に雲が広がり、その上に八ヶ岳や南アルプス、中央アルプスも顔を出し、その眺めは圧巻の一言。」と彼はコメントしているが、その景色を僕は思い描くことが出来る、この写真の外延として。

ひとの営みや欲望や絶望や思惑とは関係なく、自然の営みはこのようになんの感慨もなく粛々と繰り返される。感動は人間の心の問題に過ぎないとでも言うように。


※今日の3枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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2007年06月02日

3759 クロスプラットフォームは疲れるかも

晴れ時々曇り 気温:最低 4℃/最高 17℃

//www.p-sunset.com/blog/images/R0010447B-thumb.jpg" width="235" height="150" alt="" />新緑の木陰を思いがけずひんやりとした風が吹き抜ける。芽吹いたばかりの透明なグリーンの木の葉の透過光、そして反射光。光は緑色に照り返している。森からはじつにさまざまな野鳥の声がする。日中も歌い続ける鳥もいれば、未明から早朝と夕暮れ間際だけ歌う鳥もいる。

とりわけ未明から夜明けはありとあらゆる野鳥が歌い出すコンサートのようだ。それは良くできたオペラハウスのように彼らの美声を心地よく反響させて、目を閉じればこの世のものとは思えない音楽空間へと僕らを引き込んでいく。

僕の手元に Windows XP Professinal SP2 を走らせるノートPCがやってきてから半月あまり、僕は毎日のように未明から夜明けを徹夜の末に迎える状況が続いた。それはお客様がいらっしゃるときも同様だった。まあ、パンを焼く仕事もあるから、夏休みなども同じような生活サイクルになるのだけれど。

新しもの好きだから、Windows の研究にはまりこんでしまったのかも知れない。初めてのノート型パソコンだから、その利用形態の自由さに魅入られてしまったのかも知れない。なによりも、メジャーなパソコンOSならではの Mac とは比較にならないほどの数多くのアプリケーションの試用版で遊ぶことを憶えてしまったせいかもしれない。

いちばんはまったのは皮肉なことにアンチウイルスソフトとファイアーウォールそしてそれらを統合したインターネット・セキュリティーと呼ばれるソフトウエアたちだった。およそ名の知れたトップ5のソフトは試用版を実際にインストールしてじっくりと研究したことになる。

その結果いま使っているのが、キャノンの関連会社が取り扱っている NOD32 といういささかSF的なネーミングのアンチウイルスソフトと同社が取り扱う OUTOPOST Personal Firewall Pro だ。なにしろ他のソフトに比べて圧倒的に動作が軽く速いのが良い。

そのぶんユーザーインターフェイスは必要最低限でかなり素っ気ない。そういう意味ではコントロールパネルでいろいろ学んだり試してみたり美しいアニメーションが目を楽しませてくれるという楽しみはない。

本来の仕事で使う前にセキュリティー対策の本格的学習と、マシンメインテナンスで忙殺された半月だった。いまようやく、一安心できるところまで理解が進み、扱いに習熟したと言えるかも知れない。

ということで、つぎはホームページの制作更新と、業務に必須のメールの管理を2台のマシンで(それも Mac と Windows が混在する館内ネットワークで)どのようにセキュリティーをキープしつつ共有するかの研究にはいることになる。

まあ、学ぶことはよいことなのだけれど、クロスプラットフォームでのPC活用はいささか「疲れちゃった状態」ではあります。Windows XP の神経質なところ、というかわりと簡単にファイルが壊れるところとか、頻繁に再起動してやったほうが機嫌が良いところなんか8年ほど前の Mac OS 8 みたいでとても懐かしい気持ちになる。

Mac OS X 特に10.4以降になってからは1ヶ月やそこら再起動なしでもへこたれないから。それにアプリケーションを10以上立ち上げっぱなしでも動作が遅くなったりしないもんね。そのあたり、Vista では劇的改善を見ているのだろうか、アップグレードに大いに興味があるんですよね。

※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

2007年06月03日

3760 本物の避暑地「蓼科」です

曇り一時雨 気温:最低 3℃/最高 14℃

光に満ちた昨日とはうって変わって雲の多い朝となった。が、雲を貫いて差し込む陽射しには初夏を思わせる力強さがある。その陽射しのせいで日なたは暑く感じるくらいだが、建物の中にいるとひんやりとした空気が心地よい。木陰を吹き抜ける風も驚くほど冷たい。まだ半袖では耐えられない気候だ。

シラネアオイがすっかり開ききった。幸いなことにこの花は鹿の好物ではないらしくまだ食べられずに残っている。ニッコウキスゲやヤナギランなどは大好物のようで、うちでも被害に遭っているけれどニッコウキスゲの群生地の霧ヶ峰の被害は年々ひどくなっているようだ、まだ見た目にはわからないかも知れないけれど、これは深刻な事態なのだ。

それはさておき、季節はようやく「春」なのかも知れない。前にも書いたけれど、僕ら住人としてはこの季節は「初夏」といった心持ちなのだけれど、じっさいの気温などを勘案すればやはり都会で言うところの「春」なのかも知れません。

いずれにしても、ドライブしていると見渡す限り新緑の世界です。昨日ご宿泊のお客様も大感激で、お食事の時にその感動を何度も語っていらっしゃいました。僕もまさに同感です。この季節は最高なのです。これを見逃す手はないと思っているのです、ずうううっとね。

午後になって一時驟雨(しゅうう)といった風情で雨が降ったけれど。宵には止んでしまった。たっぷりと雪解け水を吸った大地から雲が湧いて、地表の湿度はどんどん低くなってきている。この湿度の低さこそが、蓼科の気候の(昔からの)特筆すべき点なのだ。

エアコンの除湿モードなんて目じゃないほどの天然のエアコンなのだ、春も夏も秋も。ここでは一年中冬用の分厚い羽毛布団で寝る。それでちょうど良いのだ。エアコンは必要ない、日中でも最高気温は23度程度だし館内はもっと気温が低い。

だから日中でもTシャツでは寒くてトレーナーを羽織ることもあるし、窓を開けていると身体が冷えてしまい、日中に窓を閉めていることだってあるほどだ。さらに日が暮れれば気温は一気に15℃以下に下がりお盆でも8℃になることだってある。真夏でもここでは厚手のフリースを羽織るのがあたりまえの気候なのだ。

ということで、純粋な「避暑地」である蓼科はこれからの季節は心身の疲労回復にはもってこいの場所であることを知っておいて損はないと思います。じつにさまざまな泉質の温泉があるので、温泉のはしごだって出来るし、自然の豊かさにかけては半端じゃあない。

特にいまは、40種類になろうかという野鳥たちの大合唱コーラス付の朝があなたの眠りと目覚めを寄り心地よいものにしてくれること請け合いです。


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2007年06月04日

3761 我が内なる蓼科を語ることにする

曇り時々晴れ 気温:最低 3℃/最高 18℃

厚手のコットンのトレーナースーツを着込んでいても館内は寒いぐらいに感じます。もちろん窓は全部閉め切ってる。外は陽射しがあるのでこのかっこうでちょうど良いのだけれど、断熱材で覆われたこの建物の中まではその熱は入り込まない。

吹き抜けのラウンジの大テーブルでこの文章を書いています。全面ガラス張りなのでまるで外にいるように感じますが、寒いので窓は閉めています。それでも二重断熱ガラスを通して野鳥たちの美しい歌声が聞こえてきます。

現在の室温は16℃、この季節としては平均的な気温になっています。僕は厚手のコットンのトレーナースーツの上に冬用のノースフェイスのダウンパーカを褞袍(どてら)代わりに羽織っていますが、それでちょうどよい具合です。

3台のベースステーションを設置して死角のない館内無線LANを構築したおかげでこうしてどこにいても快適にインターネットを利用できるのは僕個人としてもとても便利です。もちろん本来はお客様の利便性を考えて始めたことではあるのですが、そのメリットを日々享受しているというわけです。

音楽もかけず、こうして文章をタイプしていると、森の静寂がどっと押し寄せてくるようです。もちろん吹き抜ける風の音や葉擦れの音はしますし、鳥の声はあるのですが、それに勝る静寂が僕のこの小さな世界をすっぽりと包み込んでしまいます。

耳の奥からきーんという音が聞こえ始め、それはどんどん大きくなってこれは耳鳴りではないのかと心配になるほどです。これが、ペンション・サンセットを包み込む静寂なのです。この静寂に身も心も任せれば、圧倒的な自然の治癒力が僕らをいやしてくれるのです。

ThinkPad T43 の右手の下のパームレストが内蔵ハードディスクの熱でほんのりと暖かく感じます。寒いくらいの室温なのでそのぬくもりが妙に心を温めてくれます。このような環境でこのように文章を書くというのが10年来の僕の夢でした。蓼科高原日記は本来はこのようにしてしたためられるべきだったのかもしれません。

ブログ化して以来、まず写真を選んでそれを意識しながら文章を書くという作業に変化してきたのですが、久しぶりに写真なしで(それは後から考えればいいと割り切って)こうして書いてみると、書けるのです、すらすらと語りたいことが出てくるようになったのです。

写真を説明したり解説したり、あるいはそれにまつわる話を書くのではなく、僕の内面に浮かび上がることどもを文章にすることの方がどれだけ容易で創造的なことなのかを再認識します。僕が語りたかったのは、映像としての蓼科ではなく、自分の内なる蓼科だったのですから。

とはいえ、お客様にとっては日々掲載される蓼科の風景はきっと心和むものでしょう。それは誰よりも自然を求め、蓼科に魅入られてとうとう移住してしまった僕が一番理解していることです。だから、ここらで仕切り直して、ここしばらくブログのために撮っていた写真をやめて、これからは以前のように僕の心象風景としての写真を撮り、内なる蓼科を語っていきたいと思う次第です。


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2007年06月05日

3762 ThinkPadとともに夕暮れを味わう

曇りのち晴れ 気温:最低 3℃/最高 18℃

ふたたびラウンジの吹き抜けの大テーブルで過ごしている。このノートパソコン、ThinkPad とはじつに絶妙なネーミングではないか。このような使い方をしていると文字通り"ThinkPad"として機能する。うまい日本語が思い浮かばないのが悔しいけれど。

ブラインドタッチに慣れた僕にとっては、紙とペンで書くよりもキーボードをタイプした方が圧倒的に速く文章を書き上げることができる。思い浮かぶ言葉をリアルタイムで記録することができる。幼少の頃から作文が苦手で学校で課題を出されるたびに泣き泣き原稿用紙のマス目を埋めていたのに、いまではこのような装置を得て、毎日こんなにつらつらと作文できるようになった。

そうだ、道具、装置はとても大切なものなのだ。それを得ることによってひとは変わることができるかもしれない。今まで夢に過ぎなかったことができるようになるかもしれない。もし11年前にインターネットと出会い自分のペンションのホームページを作り更新し続けていなかったとしたら、僕は今何をしていただろうか。

ずいぶん日が長くなった。午後7時近くなっても窓辺では、特にこの広大なグラスエリアのもとでは照明は不要だ。周囲はまだ本が読めるほどに十分明るい。すでに太陽は真っ赤な夕暮れを演出して山の稜線に沈んだけれど、その残光はこうして僕の手元の漆黒のキートップにまで届いている。

夕方歌う野鳥の声が聞こえる。この標高では真夏でも蝉の音を聞くことは少ないから、この季節の野鳥の声が同じような感慨を与える唯一のものになっている。鳥の声もいいけれど、真夏の蝉の声もまた忘れがたい。とくに夕暮れを知らせるヒグラシの声は僕の中の表現しようのないほどの憧憬を構成する主要パーツとなって今も切ない思いをよみがえらせる。

最後にヒグラシを聞いたのはいったい何年前のことだろう。寄せては返す波の音のようにそれは深い森を覆い尽くし、僕らを追い立てるようにして家路につかせる。そんなことを思っていると庭でホトトギスが美しい歌を歌い始める。声の良さと歌のうまさではこの森の覇者かもしれない。

ホトトギスが去ると、今度はウグイスがやってきて歌い始める。まるでオペラみたいなしつらえだな、とふと思う。この次の幕はとても長いフレーズをアドリブで歌うあのアカハラかもしれない。夕闇が迫ってくる。僕の手元も次第に暗くなってキーボードライトが必要になる。このPCには標準でそれがついている、まるでこのような使い方まで想定していたかのように。

村上春樹がギリシャのタベルナで SONY の Vaio であのベストセラー小説「ノルウェイの森」を執筆したことは本人が異例の「あとがき」で述べているとおりだけれど、その感覚がちょっとわかったような気がする。おそらくノートPCというものは僕らが考えている以上のものなのだ。

ノート型に限らずパソコンは本質的に「ものを考えるための道具」だということを改めて確認する、実感する。そこがTVなどの家電と決定的に異なるところだと思う。それはいわば僕らの中枢神経系の「外延」を構成する「エクステンション」なのかもしれない。僕らはそれによって脳の機能拡張が可能なのだ。

そんなことをつらつら考えているうちにとっぷりと日が暮れた。僕の周囲には墨のような闇が漂い始めている。キーボードライト無しではもはや手元が見えない。それでも窓外の景色はまだはっきりと見えるのだから太陽の光は偉大だ。

西の空には沈んだ太陽が演出する残照がまだ薄い朱色に残っているのが見える。遠い稜線から上空の雲まで続く絶妙なグラデーションはいつみても感動せずにはいられない。僕のペンションがなぜサンセットと名付けられたのかは、ここでそれを一目見れば説明は不要なのだ。

さて、そろそろここから立ち上がって居室に向かう時間かもしれない。明るい照明につかのまの、あるいは偽りの安息を求めて。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

2007年06月09日

3766 悲しき雨音

雨 気温:最低 5℃/最高 14℃

ピラタスの丘ペンション村があるのが標高1600mから1800m。秘境と呼ばれる「坪庭」があるのがロープウエイ山頂駅前の標高2240mから2340mあたり。真夏でも別世界のピラタスの丘、それよりもさらに500mも上の山岳地帯の花は、本来なら登山をする人の目にしか触れないものばかりです。

一枚目の写真はミツバオウレン、山頂駅付近に咲きました。二枚目の写真はタチツボスミレ。坪庭の花の季節が始まりました。これからの季節、梅雨の期間も含めて7月中旬くらいまでが坪庭の花の盛りです。遊歩道が整備されているのでロープウエイであがってそのまま運動靴で楽に歩くことができます。坪庭のすばらしさは花ばかりではありません、眺めも絶景で普通なら本格的登山客しかみることのできないものです。

今日はあいにく朝から雨模様、終日降り続きました。けっこう本格的な降りでまとまった雨になりそうです。さいわい雷雨にはなりませんでした。一年中晴れていたら干ばつになって森も死んでしまいますから、雨降りの日がある程度あっても仕方ないですね、出来れば週末や休日は避けて欲しいというのが人間の勝手な願いですけれど。

午後7時半、ラウンジの室温は15℃。厚手のコットンのトレーナーだけではかなり寒く感じる。厚手のフリースジャケットかダウンパーカをはおってちょうどぬくぬくという感じです。

いつもなら何の物音も聞こえないはずが、今夜はいささか様子が異なって、ざあざあという激しい雨音に満ちています。その音の中にも実に多様な音が混じっている。雨滴が新緑を打つぱらぱらという音、樹木の葉がためた雨が落ちて地表を打つときのぱたぱたという音、鋼板製の屋根を打つかんこんという音、屋根から落ちる雨水が軒を打つことことという音。

野鳥の合唱と是非コラボレーションしてほしいほどの音楽的な雨音です。打楽器だけの演奏でもこれだけ色彩があることに驚きます。どこか和太鼓の演奏の興奮に似たものを感じます。目を閉じるとさまざまな想いが浮かんでは消えていきますが、この音楽はいつもとは異なった切ない思い出をよみがえらせるようです。

これも高原暮らしならではの醍醐味です。


それはさておき、商業的に成功しなくてはこの「高原暮らし」も成り立ちません。それはよくわかっているのですが、僕は頭が古いのだろうか、甘ちゃんなのだろうか、メールマガジンを送りつけたり甘言を弄したりしてそれを心地よく思うお客様を集客するというやりかたに違和感を覚えるのです。だからそういうことはやりません。

保養所契約獲得に奔走するよりも、旅行代理店をご接待するよりも、甘いセールストークをひねるよりも、お客様にとってもっとも心地よい場所であり続けるために全力を尽くしたいのです。利潤至上主義の商業主義は僕がもっとも忌避するところのものです。

まあ、いずれにしてもこの新自由主義とやらの世界では、間違っているのは僕の方なのだろうけれども。でもね、これは商売だと割り切って「商人(あきんど)」になりきるか、これは商売ではなく「趣味」だと決然と言い放つ覚悟でなければいまやペンションなんてやってられない。ペンションとはそのような致命的欠陥を持つ前時代的ビジネスモデルなのです。

財務的には僕は前者のスタンスを選択しなければならないのかもしれない。しかし、それだったらなんで第一線のビジネスマンをやめてここにきたのかわからなくなってしまう。同じことをやるのだったら以前の環境の方が遙かによかったからだ。

ということで、全く利益の上がらない後者の道を選んでほそぼそと生きていけたらいいなあと願うばかりなのです。お客様もペンション・サンセットにいらしたときばかりは新自由主義的グローバリズム、そのような商業主義に組み込まれる以外に生計が成り立たないという現実から解き放たれて自由に羽を伸ばしていただければうれしく思います。


※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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2007年06月17日

3774 信州への憧憬、蓼科への想い

晴れ 気温:最低 5℃/最高 18℃

写真なしのエントリーが約一週間続いてしまったので、遅ればせながら、一週間前のエントリーに戻ってそれぞれにふさわしい写真を挿入していく作業を試みようと思います。写真は写真できちんと、それもブログ用にと、撮影し続けてはいるのです。

以前にも一度同じようなパターンであとから写真を追加するということをやったことがあるのですが、そのときは文章だけの時と雰囲気というかニュアンスが激変してしまって、ちょっと面食らった記憶があります。やはりあとから付け足すというのはうまくいかないのかもしれません。

いずれにしても、再チャレンジしてみようとは思っています。蓼科の「いま」の映像をお伝えするのもこのブログ化した「蓼科高原日記」の役割ですから。写真を撮るのもまた楽しいことですしね。(^.^)

左手の麻痺というか「しびれ」は相変わらずですが、その状態にすっかり慣れてしまいました。こういう「古傷」のぶり返しは失恋の思い出と同じで、季節の変わり目やちょっとした出来事がきっかけで起こるのでしょう。対処法も、おそらくは、失恋の思い出に対するのと同じかもしれません。

つまり、あまり気にかけないでいるうちに忘れてしまうわけです。あるいはその状態が日常になってしまうのです。

それはさておき、今日もとてもよいお天気でした。気温だけ見ると「春」のように感じるかもしれませんが、体感的にはさわやかな「高原の初夏」でした。森は新緑に彩られ、その透き通ったグリーンの照り返しは驚くほどまぶしく美しいものです。

まだ数日はよいお天気が続きそうです。平日の高原ドライブには絶好の気候と景色です。是非この季節の蓼科をドライブしてみてください、病みつきになりますよ。

そのようにしてまた新たな蓼科の住人(予備軍)が生まれているわけですが。僕ももちろんペンション村の仲間のほとんどが同様にして蓼科人(?)になってしまったのです。都会の人々の「信州」への憧憬はほとんど宗教といってもいいほど強烈な想いを伴うものですが、とりわけ蓼科への想いはいずれこの地の住人になってしまうほどなのですね。


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2007年06月28日

3785 高原の花の季節は7月です(2)

曇りのち雨 気温:最低 11℃/最高 19℃

昨年はペンション・サンセットの庭は奇妙な鳴き方をするウグイスのテリトリーだったのだけれど、今年は最初昨年とは違うウグイスのものになり、その後めっぽう元気の良いホトトギスのテリトリーとなっている。

それにしても昨年のあのウグイスはどうしているのだろう。ホーーーーホチェチョ、なんていうパンクな歌を歌い続けたあげくに正統派ウグイスに追い出されてしまったあの小さな不思議なウグイス君は、しっかり生き残ったのだろうか。

全国的にウグイスの鳴き方がおかしくなってきているのは確かなようで、お客様との会話の中でもそのことがよく話題にのぼる。ゴルフ中継を見ていても奇妙な鳴き方のウグイスの声が聞こえることが多くなった。ホーホケキョという我々の既成概念を見事に裏切ってくれるニューウエーブが台頭しているのだろうか。

一昨年頃までは行きもできないほど大量のタンポポの綿毛が飛び交う季節なのだけれど、必死に駆除したおかげで昨年あたりからそのような現象を見なくなった。外来種の巨大で強靱なタンポポを駆除するのは至難の業だったが、とうとう優位に立てたようだ。

その結果、可憐な在来種のタンポポや、駆逐されてしまっていた小さな山野草がよく見られるようになってきている。少しだけ本来の植生に戻すことができたのかもしれない。財産区の許可を得て間伐、枝打ち、下草狩りをペンション村を挙げて行ったおかげで、ピラタスの森もカオス化する直前で踏みとどまっている。

人の手の入らない森は文字通りのジャングルと化してしまうのだ。混沌とした醜悪とも見える生存競争の姿を我々にさらしてしまうのだ。このことは森に暮らしてみないとおそらくは決して知ることのない事実かも知れない。人の手の入らない自然には我々の抱く「風景」とか「景色」というものは存在しない。

それらは自然によって触発された結果としての、われわれの心象風景だからだ。自然を美しいと感じるためには、我々の内面に美しい自然が存在しなければならないのだ。美を感じる心がなければこの世界に美など存在し得ない。

それはさておき、いまはレンゲツツジの群生と野生のアヤメと野生のマーガレットが美しい季節だ。車山高原ではレンゲツツジの群生を背景にそろそろニッコウキスゲがちらほらと咲き始めたとのことだ。車山の観光協会によれば、今年のニッコウキスゲの群生の見頃は7月第2週?第4週になりそうとのこと。

となるとちょうど真ん中の7月第3週あたりが「満開」になるのだろうか。しかしそれはまさに「水物」なので、車山の公式ホームページの開花情報やライブカメラを注視してタイミングを計ると良いと思う。

繰り返しになるけれど、7月第2週から蓼科高原は百花繚乱の季節に入る。それまでには梅雨も明けると思う。蓼科の梅雨はからっとしていてしかも短期間なのだ。

8月に近づくほど花は少なくなっていく。高原の花の盛りは7月なのだ。8月はすでに秋と言って良いと思う。ほとんどの花は終わってしまっていることが多い。避暑地らしい気候としては8月がベストだけれど、花を愛でるならば初夏という風情の7月がベストなのです。


※今日の2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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2007年06月30日

3787 避暑地の出来事

曇一時晴れ 気温:最低 13℃/最高 17℃

うちの庭と森をテリトリーとしたホトトギスの声で目覚めることが多くなってきた。早いときは未明から歌い始めるけれど、決して睡眠の妨げとはならない美しい歌声だ。われわれの居室も客室も東向きなので晴れた日には明るい陽射しが差し込んで爽快な目覚めがやってくる。

森の樹木はますますその葉を茂らせて、新緑から夏の色濃い葉へと少しずつ変化し始めている。ビーナスライン沿道では蛍光オレンジのレンゲツツジが咲きそろい特に白樺湖から霧ヶ峰にかけてじつに華やかな演出をしてくれている。

レンゲツツジの群生は7月上旬いっぱいお楽しみいただけると思う。それが終わると入れ替わるようにして同じ場所にニッコウキスゲの群生が一斉に開花して山肌を鮮やかな黄色に染め上げる。あまりにも有名なその情景はTVなんかでは本当の感動は得られない。じっさいに自身の愛で見て初めて理屈を越えた深い感動を覚える類の美しい風景だ。

バラクライングリッシュガーデンも年間を通じてもっとも花の数が多い百花繚乱の季節を迎えている。他の季節に訪れて「ああこんな門下」と感じたお客様も是非この季節に尾等ずれていただければさいわいだ。本当の英国庭園とはこのようなものなのだと、感激することだろう。

梅雨ということで曇りがちでたまに小雨が降る天気が続いているけれど、気温も湿度も空ほど高くなく、朝晩はぐっと冷え込んでいる。東京が「熱帯夜」だなんて聞いても実感がないピラタスの丘の気候はまさに「サマー・プレイス(避暑地)」のそれだ。

折しもユニクロのCMで流れている曲は1960年に公開された米国映画「避暑地の出来事」の主題曲「ザ・サマー・プレイス(邦題:夏の日の恋)」だ。そうなのだ、蓼科はその発祥以来の生粋の「避暑地」なのだ。

蓼科は「観光地」でも「温泉保養地」でもない、日本でも有数の「避暑地」なのだ。もちろん自然派のお客様の観光や保養にももっとも適した場所でもあるのだけれど、その本質は「避暑地」なのだ。

軽井沢は都会派の避暑地であり、蓼科は自然派の避暑地である。また軽井沢は社交のための避暑地であり、蓼科はプライベートに過ごすための避暑地である。じっさいに両方に別荘を構えている著名人が多いのはそのような理由によるものだ。

お客様もどうぞこのふたつの優れた避暑地をうまく使い分けていただきたい。


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2007年07月01日

3788 ThinkPadが好きだからWindowsユーザーになった

曇りのち一時雨 気温:最低 11℃/最高 17℃

久しぶりにラウンジの吹き抜けで書いている。午後5時30分、おりしも雨が降り出したところだ。どうも本降りにはなりそうもない小雨だ。新緑を打つ雨の音はさわさわと心地よい。梅雨だというのに蓼科ではじめじめしたところがない。

晴れの日よりは野鳥の姿は少ないように感じるけれど、耳を澄ませば様々な歌声を聞くことができる。エゾハルゼミだってまだ鳴いているのだ。今年の梅雨はここ数年の梅雨より晴れ間が多いせいか、樹木の茂り方がちょうど良い加減だ。

日照時間が極端に少ないといっさいの空間を埋め尽くすように枝を伸ばし葉をつけて鬱蒼とした森が形成される。そんな風景が数年続いていたが、今年の夏はどうやらほどよい加減の森でさわやかな夏を迎えることができそうだ。

さきほどから間断なくホトトギスが歌っている。遠くではカッコウ、近くではウグイスの声がする。ウグイスは相変わらず、ニューウェーブとしか言いようのない奇妙な歌を歌う。日曜の午後のゴルフ中継の背景の音に注意すれば僕が聞いているのと同じ奇妙なウグイスの歌を聴くことができるだろう。

世界中で何かが大きく変わりつつあるようだ。

それにしてもこの吹き抜けは(我田引水ながら)なんとも心地よい。広大なグラスエリアと高い天井のおかげで、完全に日が暮れるまでとても明るくさわやかなのだ。今夕はお気に入りの音楽をかけながらぼーっと外を眺めては、思いのままにタイプしている。

いま使っているのはWindowsマシンのIBM ThinkPad T43だ。最近はこのA4ノート型PCと、デスクトップ型のPower Mac G5を半々ぐらいの割合で使っている。画像処理はさすがにワークステーション・スペックのPower Mac G5でないとちょっとつらいけれど、それ以外ではThinkPadが心地よい。

Windows XP Professional SP2にもすっかり慣れて、もはやなんの違和感もない。ちょっと気を遣ってやればフリーズすることもない。まだ慣れていなかった最初の2週間を別とすれば一度もフリーズを経験していない。ハードディスクのデフラグメントとレジストリのクリーンナップをきちんと行っていれば、とても安定するOSだ。

いずれにしてもマシンスペック的に出荷時の搭載メモリが少なすぎると思う。XPで最低1GB、Vistaで最低2GBのメモリは必要だと思う。実装メモリの少なさ故に様々な悪評が立ったともいえるのではないだろうか。確かにOSとしての堅牢性はいまひとつだとは思うけれど。

Macだと一度に10以上の重いソフトウエアを立ち上げたままで、様々な作業を行っても速度低下もなければクラッシュもないので同じような使い方をしてしまったのが、ThinkPadの初期の頃のフリーズの原因だった。まあ、最新のマシンならMacもWindowsも同じインテル? Core? 2 Duoプロセッサを使っているから同様の性能なのだろうけれど。

自分でも意外なのだけれどけっこう気に入っている。だから場合によっては次期デスクトップマシンはIBM(Lenovo)のThinkCentreにしようと思っているほどだ。コストパフォーマンスやサーバーとの相性を考えるとその方が快適なような気もしないではないのだ。というかThinkCentreだとこの気持ちよい感触のThinkPadと基本的に同じキーボードを使うことができるのだ。それもこのノートと同じ指紋認証機能付きだ。

1ヶ月半ほど使い込んでみて、少なくとも仕事に関してはWindowsが使いやすくなってきた。Macはプライベートな楽しみのために所有したいと思う。やはりクリエイティヴな刺激を与え続けてくれるのはMacだから、個人的にはね。

ビジネス向けOSとしてのWindowsの美点はよくわかった。これは大きな収穫だった。プライベートなOSとしての側面もXP以降は必要十分以上のものになっていると思う。インターフェイスも想像以上に良くなっていた。

まあいずれにしても僕の個人的出自はどこまでもMacということに変わりはないと思うけれど、ビジネスに関する作業についてはWindowsの方が適性があると判断した。なぜなら、お客様の93%がWindowsを使っていらっしゃるからだ。

だからこそ僕はあえてWindowsを初心者の方が使うであろうスペックにチューニングして使っている。プロフェッショナルにカスタマイズすることを控えている。お客様と同じ環境で自分の制作したホームページをそのようにしてチェックするためだ。

そのことによってじつに様々な発見をし、とてもとても勉強になったことを報告したい。もちろん、不具合は速攻で修正しているので、ペンション・サンセットのホームページはずいぶん改善されてきていることと思う。


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2007年07月03日

3790 夢のようなレンゲツツジ群生はいまが見頃

曇りのち雨 気温:最低 12℃/最高 19℃

ビーナスラインを走って白樺湖?車山?霧ヶ峰を巡った。あいにくの曇天だったけれど、気温は車山で22℃を示していた。もうすっかり初夏になっているのだ。というか、高原の花暦ではいまこそが「真夏」なのだからあたりまえか。

車山をぐるっと回り込んで霧ヶ峰にさしかかると道路の左右の斜面そして谷の向こう側の斜面と見渡す限りのレンゲツツジの花が視界に飛び込んでくる。蛍光オレンジのその赤さはちょっと他では見ることのできない色彩だ。

その風景はイングランドの丘陵地帯を思わせるなだらかな稜線と相まって不思議な感覚を喚起する。以前観た黒澤明監督の「夢」というオムニバス作品の色彩感に似ている。そうなのだ、それはまるで夢の中でしか出会えないような美しさなのだ。夢でしか見たことの無いような風景なのだ。

蓼科に住んでいながら、レンゲツツジの咲き誇るこの季節に霧ヶ峰を訪れたのは実は初めてであることに気づく。ニ