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このブログは1997年4月16日以前から毎日書き続けられている「蓼科高原日記」をブログ・システムに移植したものです。従ってここにあるエントリーはそのほんの一部でしかありません。
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先日僕は『蓼科高原日記は、じつは日記風の「小説もどき」だったのだとお考えいただくとわかりやすいかも知れない。』と書いた。がっかりしたひともいるかも知れないし、裏切られたような気持ちになったひともいるかも知れない。
僕がそのように書いたことは真実だ。しかし、「真実」は一義的だが「事実」は多義的に、つまり、多様にその姿を現すものだ。この日記は事実を記している。しかしその事実はそれぞれの出来事のほんの一面に過ぎない。それが僕のような「物書き」では無い素人の文章の限界だ。
実はかつてあるお客様から「蓼科高原日記を小説のように読んでいる」と言われたことがある。そうなんだ、とそのとき僕は思った。これは書かれたとたんにフィクション(少なくとも通常の個人の日記とは異なったもの)になるのだ、と。なぜなら、先日も書いた通り、僕はある「スタイル」にしたがって日記を書いているからだ。
それは公開を前提とした日記を成立させる諸条件を満たしたガイドラインとしての「スタイル」であり、この中に登場する「僕」をぶれの少ない語り手として保持するための「スタイル」と言ってもいい。たとえば自分がペンションのオーナーであるということを大前提としてつねにお客様としての読者を意識しなければならない。
またウェブで公開する以上、公序良俗に反した記述は避けなければならない。登場する企業や組織や個人のプライバシー保護にも配慮しなければならない。観光地としての蓼科高原の不利益となるような誤った情報を伝える間違いを犯さないように慎重でなければならない。
たとえばそのようにさまざまな制約の中で僕はこの日記を書いている。「蓼科高原日記」に何らかの価値があるとするなら、「語り口」としての「このスタイル」だと(個人的には)考えている。書かれている内容にかかわりなくいつも変わることの無いこのスタイルこそが「僕」なのだ。
ペンション・サンセットがほかのペンションと決定的に異なるところ(あるいは特徴といってもいい)があるとすれば、ペンションにおいてもこのスタイルが生きているということだ。ペンションは僕の「スタイルの表現」なのだ。単なるハード、ソフトの統合体としての宿泊施設では無い。
僕のペンションになんらかの特徴的な「雰囲気」や「心地よさ」があるとするならば、僕らが「表現としてのペンション」を強く意識しているからかも知れない。ペンションは僕にとって「商売」というよりは「表現」なのだ。何かを演じているつもりは無いけれど、素(す)の自分がお客様を前にして「この場所のほんとうの心地よさ」へとご案内するということを意識している。
MC(マスター・オブ・セレモニー)として僕はペンション・サンセットという舞台に立っているのだ。僭越かも知れないけれど、僕はそう認識している。そうした意味においても、ここでの出会いは一期一会だ。
曇りのち雨 気温:最低 13℃/最高 19℃
1996年7月1日の開設当初から、このホームページは僕の署名入りのウェブサイトとして運営されてきた。何かを語る以上、たとえば新聞の署名記事のように、誰がそう言っているのかという責任の所在をはっきりさせる必要があると信じたからだ。
もちろんのそのために自身のプライバシー保護に問題が生じる可能性はある。大変危険なことでもある。が、それはウェブ上で情報発信する以上負わなければならないリスクだと僕は考えている。そもそもペンションガイドブックにはかなり詳しくオーナーの個人情報が公開されている。ペンションとはそもそもそのような業態なのだ。
そこがほかの宿泊施設と決定的に異なるところだ。ペンションは特定の個人がその個人的責任において経営している宿泊施設なのだ。組織では無く資本でも無く「個人」が全責任を負って運営されているのがペンションという「宿」なのだ。
だから、匿名あるいはハンドルネームでペンションのホームページを公開することは僕にはできない。個人が公開する趣味のホームページとは決定的に異なるものだからだ。お客様にはその違いなどどうでも良いのかも知れないけれど、僕はそうでは無いと考えている。匿名による暴力が頻発する世の中にあって、僕はぜんぜんトレンディーじゃないのだ。
しかし蔓延する匿名性によって現代社会が犯罪の温床になってゆくのを苦々しく思っているのは僕だけでは無いと思う。匿名性とは自分が自分であることに責任を持たないということだ。自分が行うこと行ったことに対して責任をとらずに頬被り(ほおかむり)して隠れることだ。
それは「プライバシーの保護」という概念とはまったく異なる行為だ。そのことがわかっていないひとが多すぎると感じている。だからペンション・サンセットではいっさいの匿名およびハンドルネーム(ニックネーム)を認めない。
旅館業法でも宿泊者は正しく自身の氏名、住所等の事実を宿帳(宿泊者名簿、宿泊カード)に記帳することが義務づけられており、偽名等を記す行為は厳しく禁じられている。
このような主張をすると「なにを固いこと言っているんだ」とか「ずいぶん厳しいのね」と言って敬遠するひともいるが、これが本来守られてきた社会的同意事項だし、それはいまもなんら変わっていない。我が国は先進国家であり、歴史ある法治国家なのだ。
匿名性と言うのは無責任と同義である。匿名性を利用すると言うことは、自分は安全なところに身を置いて、ひとをおとしめたり攻撃したり傷つけたりする行為を行うと言うことだ。たとえば匿名性の突出した例としてはテロリズムがある。テロリズムの恐怖はその匿名性に本質があるのではなかったか。テロが蔓延するのは匿名性を甘やかす現代社会そのものにあるような気がしている。
少年犯罪の増加も現行少年法の本質である「匿名による犯罪」と言う少年犯罪の取り扱いにその本質的原因があると考えるものだ。少年法はもはや「少年保護・更生」のための法律ではなく「少年犯罪の保護」のための法律におとしめられているように感じる。少年でさえあれば「匿名性」を担保され、罪を問われず、大人のような罰も受けず、ただ見せかけの「反省」と見せかけの「更生」だけで済んでしまうのだ。これを「犯罪特権」と呼ばずになんと呼んだらいいのだろう。
いずれにしても匿名によるやり取りには真実も責任も信義も無い。諜報機関やスパイ同士の交渉では無いのだ。匿名でなければ成立しないようなコミュニケーションや契約行為などそもそもの始めから行うべきでは無いし、存在そのものが犯罪の温床となる要素を内包している。
匿名社会こそ、プライバシーの保護と言う名のもとに、犯罪性という危険な誘惑に満ちた社会を形成しているのではないか。いま立ち止まって考える必要がある。
雨 気温:最低 11℃/最高 15℃
秋の長雨のようだ。天気概況は当分雨の日が続くと告げている。でも台風が来ていないだけましかも知れない。ピラタスの丘は朝から霧がかかったような幽玄な風景になっている。雨は、そう、そんなに本格的には降っていない。ほとんど降っているのかどうかわからない程度の状況が続き、たまにはっきりとした降りになる。
今日は終日気温が低めだったけれど、寒さは感じない。身体が季節に順応してきたのと、森がいまだに湿潤で枯れていないせいだと思う。じめじめしているわけではないが、例年より湿度は高めだと思う。そのために、僕らにはこの夏はいつもより「暑く」感じられたのだが、お客様にとってはとんでもなく涼しいと感じられたという感覚のギャップがあった。例年並みの湿度ならば、ピラタスの丘の夏はもっとずっと涼しいのだ。
森の様子もいつもの9月とはいささか異なるようだ。いまだに黄葉、あるいは紅葉する樹木が散見される程度にとどまっているのだ。いつもだったら白樺の葉はすでに紅葉してはらはらと落ち始めているはずなのだ。タラノキやナナカマドやヤマブドウはそれぞれに紅葉しているはずなのだ。
地球規模で温暖化が進み、日本は亜熱帯性気候から熱帯性気候へと変化しているのではないか。様々な報道の告げるとおり、それは特異な気候としてではなく、日常的な気候として定着しつつあるように感じる。このように自然のまっただ中に身を置いているからこそ、そのことがはっきりとわかるのだ。
★★★
さて、先日(9/6)この日記で:
《しかし蔓延する匿名性によって現代社会が犯罪の温床になってゆくのを苦々しく思っているのは僕だけでは無いと思う。匿名性とは自分が自分であることに責任を持たないということだ。自分が行うこと行ったことに対して責任をとらずに頬被り(ほおかむり)して隠れることだ。
それは「プライバシーの保護」という概念とはまったく異なる行為だ。そのことがわかっていないひとが多すぎると感じている。》
ということを書いたが、今日ウェブで以下のようなことを学んだ。
《壊れ窓の理論というものがある。(中略)元々、この壊れ窓の理論は、「匿名状態では、人はより自己規制が働かず、無責任な行動をとる傾向がある」という心理学者フィリップ・ジンバルドの理論をベースにしているそうだ。そう言われてみれば、公衆便所に落書きをする人も、匿名性の保たれない自分の会社のトイレではあまり落書きはしない。もっとも壊れ窓の理論では、匿名性に加えて「窓がたくさん割れている」という事実が、さらに自己規制をなくしてしまうということを提唱している。》
出典はこちらの記事だが、記事の方の議論は僕の議論とはベクトルが異なっている。僕の興味を引いたのはこの理論における《匿名》状態における人間の行動傾向だ。誰でも「なるほど」と思うだろう。もし現在のネット界が治外法権的に「荒れて」いるとするならば、それはやはりネット特有の匿名性に対する寛容さにあるのかも知れないと僕は考えている。
本来的に「契約行為」である宿泊予約において「フリーメールアドレス(ヤフーやホットメールなどの無料メルアド)」を使うことも、個人情報保護の目的はわかるが、こちら側からみれば「準・匿名行為」に当たるということに気づいてほしい。
まともなネットショップではフリーメールアドでは買い物できないご時世に、ペンションはなめられている(あるいは下にみられている)と感じている。が、それは違うのね。これはお客様の不見識というよりは、ペンション経営者兼ウェブマスターたち(僕も含まれる)の不見識であり怠慢だと、やっぱり、僕は考える。
ペンション・サンセットでは従来からフリーメルアドの使用を避けるよう推奨してきたが、昨今むしろ増加傾向にあることを鑑みて、今後はフリーメルアドのお客様のご予約は一切受け付けないことに方向性を定めて暫時対応を変えていくつもりだ。フリーメールアドレスは匿名性を本質としたものだからだ。
そもそもフリーメルアドがどうして無料であのようなサービスを成立させているのかその仕組みを考えたことがあれば、あんなものを使う気にはならないはずだ。メルアドを取得するにはあなたの個人情報を(場合によっては洗いざらい)登録しなければならなかったのではありませんか?
僕の経験では登録したとたんにスパムメールがそのフリーメルアド発でやってきて驚いたものだ。「やられた!これはいっぱい食わされた」と思ったものだ。極論するならば、なにがしかの個人情報提供と引換にあなたはフリーメルアドを利用することができるのだ。そして一度登録した個人情報はフリーメルアドを解約したあともどこかに流れるか消えないで残るのだ。
きちんと個人情報を保護したいのならば、契約しているプロバイダーのメールアドレスをもう一つ用意して、個人的用途と、ショッピングなどの用途に分けて使うことだ。そして後者に関してはスパムメールが送りつけられてもやむを得ないと割り切ることだ。それならば、「匿名行為」あるいは「準・匿名行為」を行わなくても済むというものだ。僕はそのようにしている。
このようなことを書くと「また小うるさいことを言っている」と感じるかも知れないが、そのようなメンタリティーじたいが個人情報を売り買いするような社会を作り出していることに気づいてほしい。スパムメール(迷惑メール)の発信者が匿名、源氏名あるいは「なりすまし」であること、そしてその発信メールアドもまた匿名、「でっちあげ」あるいは「なりすまし」であることをみれば、自分が「匿名性を本質としたフリーメルアド」を使うという同様のことをしているのに文句を言える人がどれほどいるだろうか。
「匿名状態では、人はより自己規制が働かず、無責任な行動をとる傾向がある」のだ。みながそのような状態になって、より安全な社会、よりよい社会が構築できるだろうか。悪意を持って(これはもってのほかだ)、安易に、あるいは無定見に、あるいはイノセントに(そのようなひとが一番多い)「匿名行為」あるいは「準・匿名行為」を行うひとが減少するよう願うばかりだ。
曇りのち雨 気温:最低 8℃/最高 13℃
僕らは過大な期待をしすぎていたのかも知れない。インターネットというインフラに、WWW(ワールドワイドウェブ)というひとつの世界観に。一個人が国境を越えて不特定多数の人々にメッセージを発信できると、いささかなりとも、思いこんでいたところがある。
しかしそれはどうも違っていたようだ。インターネットの世界でも、インターネットが出現する以前の現実世界と同じことが起こっているだけだ。個人のメッセージは個人のメッセージ以上の力を持ち得ないし、広告は広告らしくなければその効果が期待できない。新しいコミュニケーション形態は未だ出現していない。
それはケータイ以前とケータイ普及後の社会が何ら本質的変化を遂げていないということとも相通じる事実だ。それを使うのが人間である以上、そしてその人間が何ら進化していない以上、あたりまえのことかも知れない。インターネットとケータイというこのふたつのコミュニケーションのために用いられるインフラのもたらしたものといえば、社会における個人の匿名性の氾濫だけなのかもしれない。
また「匿名性」だ、やれやれ。
僕らは「匿名性」を身にまとうことによって、まるでなんでも透明にしてしまう魔法のマントをまとったような気になってしまう。自分は安全圏に身を置きながら何だってすることができる。この匿名性による自己の行為の秘匿こそ、現代社会の病理といえるだろう。
というようなことをまた書いてしまう。これでまたお客様が減ってしまうのだろう。がんばって書けば書くほど潜在顧客の数が減ってゆくような気がする。もっと楽しくて、おいしそうな話ばかり書く方が何倍良いのか知れないけれど、僕にはそれができない。
「匿名のペンションオーナー」としてお料理の四方山話(よもやまばなし)とか、パンを焼く話とかだけしていた方がずっとずっと良いのかも知れないのにね。
匿名を使わずに日記を書くという行為は結局はこのようなスタイルこのようなコンテンツへと帰結するほか無いのかも知れない。僕という実在の個人の核心から読者を遠ざけるために螺旋(らせん)を描くようにして個人的想いから話をそらせてゆくのだ。
螺旋構造(らせんこうぞう)は DNA だけではない。それは思考においても存在する構造なのだ。弁証法なども僕の感覚では「螺旋構造」そのもののプロセスのように感じる。しかも(少なくとも)僕の思考における螺旋構造はエッシャーの「だまし絵」のように、あるいは音楽における音階のように、のぼることもなくくだることもなく、進むこともなく戻ることもない。気がつけばいつの間にか「ふりだし」へと戻っている。
11年前に書き始められたこの日記は、おそらく、12年かけて巨大な「円環」を描くような気がしている。つまり、12年の歳月をかけて「ふりだし」に戻るのだ。それを「徒労」と呼ぶべきか、「いささかの進歩・進捗」と呼ぶべきか僕は知らない。
雨のち晴れ 気温:最低 4℃/最高 7℃
カナダの西海岸でユースホステルを経営なさっている方からメールをいただいた。「ふくろうが私の名を呼ぶ」と言う小説を検索していてこのサイトに出会ったとのこと。まさにこの小説の舞台になったあたりにお住まいなのだ。
書いた本人がすっかり忘れていた。で、Google(TM)のサイト内検索を利用して探してみたら以下の文章が出てきた。11年も毎日書いていたらどこにどの文章があるかなんて自分でもわからないよ。それにしても、しっかりと書いているね、いまの僕にはとても書けないようなことを。それにしても「人間風車」ってなんだろう、すっかり忘れてしまった。
こうなるともう記憶というよりは歴史、歴史というよりは考古学の世界なのかも知れない。記憶の考古学ってないのかな。この手の話や文章が好きなひとは昔の蓼科高原日記を読んでね。
★★★
2003.01.07(火)
-------------気温 = 最低 -13度/ 最高 -3度
米国の作家J.D.サリンジャーの名作「ライ麦畑で捕まえて(The Catcher in the Rye)」が村上春樹氏の翻訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルで出版されることが決まったそうですが、これはまあいささか旧聞に属するとは思うけれど、とてもうれしいことだ。僕らは同じ白水社刊の野崎孝訳の名訳「ライ麦畑で捕まえて」によって「ライ麦」体験をしたわけだけれど、それはいま思い返しても強烈なものだった。
強烈といってもセンセーショナルな体験とか感動というのではなく、しみじみとこころに染み渡るというか、いやそうじゃないな(そういう体験をしたければスコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」やマーガレット・クレイヴンの「ふくろうが私の名を呼ぶ」(角川書店刊)をおすすめする)、自分が年齢を重ねるにつれてジンと効いてくるというたぐいの感動だった。ぼくの周囲の同世代の人間にとっては「中原中也」や「萩原朔太郎」や「福永武彦」や「出家とその弟子(倉田百三著)」同様ある種の「通過儀式」みたいなものだったような気がする。夏目漱石、森鴎外、太宰治などなどのリストを思い返してみるとつくづくぼくらは「古典主義」的読者だったのだなあ。
我が敬愛する(といってもちょうど娘に当たる年齢なのだけれど)宇多田ヒカル(さん)がヘルマン・ヘッセを愛読していたことを最近知ったのだけれど、「車輪の下」「デミアン」「シッダールタ」「幸福論」「荒野の狼」とかなりの作品に「人間風車」状態になってしまったのが懐かしい(ブレーンバスターでなくてよかった)。ちなみに彼女の愛読書リストには「グレート・ギャツビー」もしっかりはいっている。
大学に入って最初の衝撃はアルベール・カミュの「異邦人」「ペスト」「シジフォスの神話」、ジャンポール・サルトルの「嘔吐」「存在と無」、そしてあのフランツ・カフカ。ご想像通りぼくにはドラッグなんて必要なかった。この読書体験のほうがよほど強烈なドラッグ的体験だったから。「実存主義」「不条理」という名のドラッグね。
カフカの言葉にすべては凝縮されている。
『ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。』(親友オスカー・ポラックへの手紙 1904年1月27日)
いまインターネットで『カフカ』で検索をかけると「海辺のカフカ(村上春樹著)」関連のサイトばかり出てきてしまうのは、まあいたしかたないでしょう。で、多少カフカを知りたい方のためにこのサイトをお勧めしておきます。
ぼくの読書体験を書き始めたらそれこそ「ネバー・エンディング・ストーリー」になってしまうのですが、今後少しずつ思い出しながら書いていこうとは思っています。大学時代だけで3,400冊読破したことはいささかばかげているとぼく自身思うのですが、その体験がいまのぼくの精神的骨格の形成に少なからぬ影響を与えていることは否めません。学問(勉強?)とジャズ(リスニング&演奏活動)と目がつぶれそうなほどむさぼり読んだ無数の書物のインクと紙の匂いこそぼくの激情と夢と孤独に支配された青春でした。
------------------------------(23時)
★★★
さて、現在の僕に戻る。
今日はひきつづき風が強く(台風は消えてなくなっちゃったのに)、ロープウエイも運休。午後になってようやく収まってきた。昨日収まったように見えたのは一時的なものだった。夜には風も止んで雲間から満月に近い月齢14の明るい月が顔をのぞかせた。
寒い、ものすごく寒い。長袖のワークシャツの上にフリースのシェルドジャケットを着込んでフリースの帽子をかぶってちょうどいい低温だ。もちろん吐く息は真っ白。これは11月並の気候だと思う。最低気温4℃、最高気温7℃だもの。
シベリアンハスキーだから愛犬パル君はますます元気、急坂をぐんぐん登り、ずんずん進んでいく。これなら犬ぞりを引けるというのも納得の馬鹿力だ。雲を透かして照る月明かりであたりはぼおっと明るいから、ハンディライトを使うことはほとんどない。遥か下に山麓の街の明かりが見える。山並みは墨絵のように闇に沈んでいる。
僕は60歳の自分を想像できない。そんなに遠い将来のことでも無いのに。すでに「フクロウが私の名を呼んでいる」のかも知れない。カナダのネイティヴの間では死ぬ前に「フクロウがその人の名を呼ぶ」という伝承があるという。それに題材を求めた作品が上記の小説だ。静謐に満ち、哀しくしみじみとした作品だ。一読をお薦めする。
曇りのち雨 気温:最低 1℃/最高 10℃
「新しいペンションご案内ページ」をアップロードしてから1週間が経過した。だいぶご覧いただけるようになったことが、データ解析で見て取れる。このようなFLASHとJava Scriptを使用したホームページがたとえばTV番組の公式HPなどでは以前から主流になっている。
動きがありインタラクティヴであり簡潔かつヴィジュアルでわかりやすい。情報の深さを追求せず、要点がきちんと押さえられている。「過ぎたるは及ばざるがごとし」というのが時代のトレンドなのだろう。確かにこれは一理ある。
文章も同様なのかも知れない。簡潔で無駄のないこと、表現はその方向に向かっているかのように感じられる。たとえばアーネスト・ヘミングウェイの短編小説はまったく無駄がない。そのシャープさはまるで鋭利なナイフのようである。"The Killers"という作品を原書で一読してみれば僕の言っている意味がわかる。
僕は誤解を避け理解を深めるという大義名分を振りかざしてあまりに冗長な方向に走りすぎたのかも知れないと反省している。そもそも言葉数の多い方ではなかったので「冷たい人間だ」と周囲から誤解されることが多かったから、いつのまにか意識的に言葉を多く発するようになったのかも知れない。
それが僕の冷たい印象を和らげてくれるのではないかと。僕を知る人は僕を冷たい人間だとは思っていない。そんなことを言うと笑われてしまう。もし僕が冷たい印象を与えることがあるとすれば、僕の心のかたち(Shape of My Heart)に問題があるのかもしれない。
昨夜から今日一日は落葉松の落葉が一気にすすんだ。なにもかもがブラウンに色づいた落葉松の針葉に覆い尽くされた。ラウンジからの眺めは英国の風景画家フランクの絵のようにみえる。この日記を読むひとは今日の蓼科の様子をもっと知りたいのだと思うけれど、僕は書かない。僕は冷たい人間ではないが、多少意地の悪いところのある人間なのだ。
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今日、床下の通風口を閉めた。去年はいつ頃閉めたんだっけ。サイト内検索で調べてみたら、蓼科高原日記にちゃんと書いてあった。だいたい毎年10月中に閉めて、翌年5月中に開けている。今年は雪が多かったのでいつもより早く開け、雨が多かったのでいつもより遅く閉めたというわけだ。
トップページに設置してある Google(TM) の「サイト内検索」機能はとても便利なので、是非ご利用下さい。さらっと見ただけでは普通のペンションのホームページに見えるけれど、じつは100MBを越える情報が詰め込まれた複合サイトになっているのです。
とくに10年以上にわたる蓼科高原ピラタスの丘の天気と気温の記録に関しては他には存在しないと思われます。当地の気候については過去の日記を参照すれば具体的に状況を把握できるはずです。そしてそのとき僕がなにをどう考えていたか、ペンション・サンセットがどんなふうだったかも。
そのために僕はこの日記を毎日欠かさず書き続けているわけです。ですからこれは「日記」とはいっても「ダイアリー(diary)」ではなく「クロニクル(chronicle)」に近いのではないかと思っています。ですからペンション・サンセットの歴史はここにすべて記されています。
そのような膨大なコンテンツの中にペンションとしてのホームページが置かれているというのがこのサイトの構造です。同時に開設時の1996年というインターネット黎明期の時代背景から「蓼科高原のポータルサイト」的な部分も残っています。当時はようやく Yahoo! Japan(TM) のポータルサイトが開設されたばかりでいまだ日本法人になる前の状況でしたから、そのようなものが必要だったのです。
このサイトは、白樺湖池の平ホテル、マリー・ローランサン美術館とほぼ同時期に開設された蓼科高原で最初の「ホームページ」です。味の素やトヨタ自動車のホームページがまだ存在しなかった頃の話しです。その当時からホームページからの宿泊予約が出来たのがひどく珍しがられ、ホームページで予約してみたいがためにサンセットにお越しになったお客様も多かった。(^_^;)
もっともシステムエンジニアとかIBMとか新日本電気とかIT関連企業の方ばかりでしたけれど。逆に言えばそのような方しかまだインターネットを日常的に使っていなかったと言うことです。白書によれば当時のインターネット利用者数は約510万人だったということです。それが昨年では7000万人を越えています。
時代は大きく変わりました。インターネット界も変わりましたが、世の中そのものが大きく変わりました。ケータイが爆発的に普及し、「ゲーム脳」が人間の思考形態を変化させ、「グローバリズム」という名の市場原理主義が経済を支配し、勝ち組負け組が出現し格差社会化が進み、われわれ人類が平和と繁栄を謳歌すると想像していた21世紀は文化衝突とテロの時代であることが明らかになりました。
そのような枠組みでものを考えるとき、こんなところでオレはいったいなにをやっているんだと思うこともあります。標高1800m近い山の上で仙人みたいな生活を送っているわけですから。もちろん霞を食って生きていくことは出来ませんから、ビジネスとして生業のペンション経営を成立させることに腐心もしています。
長くなっちゃいました。そんなことでいま改めて、自分が「いま、ここに、ある」ことの意味を問い直しているところです。このホームページになにがしかの混乱が見られるとしたならば、そのような個人的事情によるものです。ご容赦下さいませ。
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この日記はペンション・サンセットの「蓼科高原日記」=オーナーの日記で、本来の定義から言えば「ブログ」そのものなのだけれど、画面のデザインが違ったりトラックバックなどの機能がないという点では「いま風のブログ」ではないですね。(これを書いた後12月20日にブログ化して公開しました。)
またやたら文章が長い、というか、そもそも文章がメインのブログだから、その点でも「いま風」ではないと思います。でもこれが僕の気に入ったスタイルなのでしょうがないです。でも「いま風のブログ」も正直「かっこいいなあ」と思っています、はい。
そんなことを考えていたらピラタスの丘ペンション組合のメーリングリストで、「ピラタスの丘ペンション村ブログ」が開設されたという連絡が入りました。じつにタイムリーですね、ピラタスの丘ペンション村の仲間たちで投稿運営するブログなのでとても面白くお役立ち情報満載の楽しいブログになると思いますので、よろしくお願いしますね。
あ、だからといって「蓼科高原日記」も見捨てないでくださいね。σ(- -#)アタマイターッ
僕の能力では両方のブログに投稿するのはかなり「無理っぽい」ので、うれしいけど頭が痛いことになりました。そういうところが鈍くさいのですよね、自分でもそう思う。ぱぱっとやっちゃえばいいのにね。20代、30代、40代のころはなんでもぱぱっとやっちゃったものだけれど。歳かも知れない。(==;)
写真撮影もさぼりまくりだしなあ〜。ごめんなさいです。m(_ _)m
今日の写真は屋根からせり出した積雪の先端の「つららの赤ちゃん」です。もっと積雪して気温が下がってくるとこれが信じられないほど大きなつららに成長するわけです。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 1℃
やっぱり「ブログ」いや「blog」はかっこういいなあ、ということで本日一日がかりで Movable Type 3.33-ja をダウンロードしました。借りているレンタルサーバー会社が公開している設定マニュアルは1バージョン前のもので利用できず、四苦八苦して設定を完了。サーバーにアップロードして動作確認、そして公開までこぎつけました。ブログアプリというかこの手の CGI にはまったく知識がなかったのでやみくもに始めたのですが、しだいによく知っているHTMLやCSSやCGIと基本的に変わらないことがわかって、その後は比較的スムーズに作業が進みました。
たしかにゼロからHTMLでウェブサイトを構築することに比べたらこんなに楽に情報発信が出来るしくみはすばらしいと思いました。それもウェブ・ブラウザ画面で出来ちゃうのだから。でもね、レゴと相通じるものがあるかも知れないけれど、自分でHTMLで構造を記述してCSSで修飾していくという作り方もまた捨てがたい魅力があるのです。
要は使い分けなのでしょうね。
フラッシュ版のホームページ作成、ウェブサイトの再構成、24時間自動即時決済型の予約システムへの移行、そして蓼科高原日記の拡張としての blog 開設と、風雲急を告げるペンション・サンセットのWWW情報発信の進化です。
なにか気がかりなことや思い悩むことがあるときは、なにかに集中して作業したり仕事するのが一番だと言うことが、はからずも実証されたかたちになっています。先のことに思い悩むより「いまここでやるべきこと」を行うことこそが「前進」することなのだと改めて学んだしだいです。
今日も冷え込んで12月らしい天気になりましたが、終日良く晴れ渡ったじつに気持ちのよい美しい一日でした。もちろん、あたりまえのように夕暮れが感動的でした。日当たりの良い道路の雪や氷はほとんど溶けましたが、日陰部分は筋金入りのアイスバーンが残っています。くれぐれも注意してください。
晴れ 気温:最低 - 9℃/最高 - 1℃
チック・コリアの若かりし頃の野心作"NOW HE SINGS, NOW HE SOBS"。若い頃僕はこのジャズ・トリオのアルバムを文字通り手に汗握って聴いたものだ、何度も何度も、もうレコードがすり切れるくらい。
後年の"RETURN TO FOREVER"以降の彼の演奏からはその片鱗しか聴くことができないアグレッシブな情念をここではこれでもかと言うほど味わえる。そのようにしてこのアルバムを聴くことによって、あのころの自分の燃え立つ情念を取り戻したいのかも知れない。
もう気づいたかも知れないけれど、このアルバムタイトルは「蓼科高原日記」のサブタイトルそのものだ。そして「ブログ版・蓼科高原日記」のメインタイトルそのものだ。
Now He Sings, Now He Sobs.
スリ・チンモイ導師のこの言葉は常にぼくのこころにあった。この言葉は、もちろん、禅(ZEN)から来ている。アルバムにはこのような言葉もまた記されている。
The wind blows over the lake and stirs the surface of the water.
This visible effects of the invisible manifest themselves.
僕の持っているLPレコードのジャケットにはもっと大量の導師の言葉とともにチック・コリア自身の思いが語られていたはずなのだけれど、今回入手したCD版にはそれが欠落している。残念だ。僕が「禅」というものに興味を抱き、その後、かつてあのビートルズも師事したインドの聖者、マハリシ・マッヘシ・ヨーギの「瞑想」を学び実践するようになるきっかけとなったのがこの作品であるというのが僕の回想録における位置づけだ。
その「瞑想」が僕をウォンウィンツァンと引き合わせ、志を同じくする大切な友人がまたひとり増えた。あとでわかったことなのだけれど、僕がこのアルバムを聴いていたころ、新宿にあったライブハウス「PIT INN」の昼の部(新人の時間帯)で演奏していたウォン氏(当時は江夏健二という名前で出ていた)と出会っていたのだった。そのとき僕は彼から2メートルと離れていない席で彼の喧嘩を売るような激しいピアノ演奏を聴いていたのだった。37年も前のはなしだ。それから17年後、僕らは友人になった。
冒頭のスリ・チンモイ導師の詩の全文は次のようなものだ。
Clinging to Beauty; Clinging to Ugliness
Depending on Love and Loving; lingering with hate and hating
Rejecting to high heaven; then sad unto death
Now he sings; now he sobs
Now he beats the drum; now he stops.
(この文章は2005年5月に書いたものをもとに書き直したものです。)
雨(のち雪、になってほしい) 気温:最低 - 4℃/最高 1℃
このブログ、というか「ブログ版・蓼科高原日記」をアップロードしてから1週間たった。当初はHTMLとRSSを生成する日記専用アプリケーションを使っていたのだけれど、いまではこの「Movable Type Publishing Platform」で直接書いてアップしてから、これまでの日記専用アプリケーションに転記してホームページの「HTML版・蓼科高原日記」をアップするというワークフローに変わった。
これまで、永いひとだと10年近くも、「蓼科高原日記」を毎日のように読んでくださっていた方からは、どちらかというとHTML版の方が読みやすくて良いという感想が多いように感じる。じっさいに読み比べてみると、書いてあることは(ほぼ)同じなのだけれど僕もその通りだと思う。
これはレイアウトとか色使いとかのデザインというか雰囲気の問題だと思うのだけれど(だってそれ以外はほぼ同じコンテンツなのだから)、やはりブログとウェブサイトとは異なったコミュニケーション・システムなのかも知れない。
ブログの方がよりプレゼンテーション的になるせいかもしれない。本来「蓼科高原日記」は「オーナーのひとりごと」というタイトルで書き始められたものだから、そして文章だけのコンテンツだったものだから、HTMLでシンプルに読むのがとても適していた。
それを最新のブログというウェブ・パブリッシングに載せ替えると、こんなふうに(?)がらっと変わってしまったように感じるのかも知れない。器が変われば料理も違って見える、違った味わいになるのだ、たぶん。
まあ、そんなことをいま感じているわけです。
雪不足が大々的に報道されていますが、ピラタス蓼科スノーリゾートを始めとした蓼科高原エリアでは、標高が高いことによる十分な冷え込みのおかげで人工雪がたっぷりとゲレンデを覆っていますから、年末年始のスキーやスノーボードを楽しむための準備は万端整っていますよ。ご安心下さい。
今日は全国的に終日強い雨でしたが、ここではさほどでもありませんでした。このまま今夜気温が下がればやがて「雨は夜更け過ぎに〜、雪へと変わるだろう〜。」てな感じです。是非そうなってほしいと念じているいま現在です。
※今日は僕らの大切な家族シベリアンハスキーのパル君のこの秋の写真を載せました。
雪のち曇り 気温:最低 - 3℃/最高 1℃
ブログにはブログ専門の検索エンジンがあるということを初めて知った。このブログの右上にある technorati もその一つだけれど、簡単にエントリーを検索したり、じぶんのホームページやブログへの他のブログからのトラックバックやリンクを知ることが出来るのには 「なるほどね〜」と感心することしきり。
で、このブログはそういう検索サイトに登録したばかりということと、TypeKeyという認証システムを利用していることとで、コメントやトラックバックをするには多少ハードルが高くなっているかも知れない。
でも、そいういうきちんとしたコミュニケーションの場としたいので、そのようにさせていただいています。ご理解いただきますようお願い申し上げます。
さて、昨日の雨は結局夜半過ぎまで雨のままだったのですが、文字通り「夜更け過ぎに」雪へと変わりました。ずんずん積もり始めたのです。これは期待しちゃいましたが、朝起きてみると数センチの積雪でした。それでも、雪が積もったおかげで雨がそのまま朝の冷え込みでばりばりのアイスバーンにならなくて良かったです。
天気概況によれば、年内に最低1回は本格的な積雪が期待できそうです。ひとたび降り始めたら「大雪」になることの多いタイミングなので、くれぐれもタイヤチェーンやスタッドレスタイヤなどの装備をお忘れ無く!いま現在でもアイスバーンが随所にあってノーマルタイヤでは走行できないところが多々あります。ご注意下さい。
話しは戻りますが、さっき書いた technorati で "http://www.p-sunset.com" あてのリンクをチェックしてみたらお客様の運営する2つのブログからリンクを張っていただいていることがわかったのです。どちらもとても好意的なコメントを掲載いただいていて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ペンション・サンセットのブログがスタートしたお知らせと、感謝をこめてトラックバックさせていただきます。元気丼 BLOGさん、ゆきみねこ通信さん、ありがとうございます!
※今日の写真は、ピラタスロープウエイ山頂駅前に展開する「坪庭(つぼにわ)」の早朝6時半の様子をご紹介します。(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 1℃
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
蓼科高原ピラタスの丘は新年の第一日目も雲ひとつ無い快晴です。昨夜からかなり冷え込んだので、すべての水蒸気が地表に落ちてしまったのでしょうか。澄み切った大気が空を深海のような青色に見せています。その深さに心奪われる心地です。
クルマの音も電車の騒音も街の喧噪もここにはありません。いつもと同じ静寂に満ちた新年です。ラウンジから眼前に迫る蓼科山や遠く穂高連邦を眺めていると、しんとした森や山の時間はいま止まっているのではないかという錯覚に陥ります。
雲が流れなければ空の時間は止まり、風が吹かなければ森の時計は止まる。物音がしなければ、野鳥が鳴かず小動物が動かなければピラタスの丘は時を刻まないのです。それでも僕らの時計は針を進め、この地に移住して13年がたちました。
12月にスタートしたブログも公開から12日目です。とはいえ、ブログという言葉の無かった1997年からウエブ・ログ(日記のようなもの)を毎日書いてきましたから。ブログ歴ももうすぐ10年ということになるのかも知れません。
ブログというシステムはHTMLによる静的なコンテンツ公開方式とはまた異なった、データベースを活用したダイナミックでオンデマンドなパブリッシング・システムなのではないかと感じています。個人的にはこれ、好きです。フラッシュによるウエブ・パブリッシングとともに今後主流になっていきそうですね。
いまや、ホームページもペンションのおもてなしの一部になった感があります。ホームページを訪れていただいたときからおもてなしが始まっているという実感があります。実体としてのペンション・サンセットもホームページ以上にアップグレードするように今年もがんばろうと決意も新たです。
蓼科の静寂に満ちた美しい自然の中で、みなさまのお越しをお待ち申し上げております。
★★★
ゆかちんの英国留学日記さんが当ペンションのことをエントリーした旨ご連絡してくださいました。トラックバックは受け付けていないようですので、お言葉に甘えてリンクを張らせていただきます。ありがとうございました。(^^)
今日は元日、ペンションは大忙し。どうやら今夕は夕暮れの時間に写真を撮りに行くなんて奥さんが許してくれそうもありません。そういうオーラを発しています。宿は女将でなりたっている、というのは本当です。私なんぞは下男みたいなものです、たぶん。ははは。(^^;)
雪のち晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 2℃
ものすごい積雪、風は無し
この二日あまり小休止はあったもののしっかりと雪が降り続いたおかげで、文字通りの「大雪」になった。ペンション・サンセットの周辺で60センチは積もっている。スキー場のゲレンデではさらに積み増していることだろう。これでもう、ゲレンデは平年並みになったといって良いと思う。ほっと一安心すると同時に、除雪のことを考えるとちょっと憂鬱でもある。なにしろ太ももまで埋まってしまうほど深い雪なのだ。
それはさておき昨日、この蓼科高原日記のブログ版である"Now He Sings, Now He Sobs."のタイトルを変えてみようと思い立った。それはたとえば「Tateshina Diary - blog version」であったり、「蓼科高原日記(ブログ版)」であったりしたのだけれど。じっさいにタイトルを変更してみると、どうにもおさまりが悪い。まるで僕のブログではないみたいだった。じつに不思議なことだ。だって、このブログのコンテンツは「蓼科高原日記」そのものなのだから。
タイトルの変更を考えるようになったのは、やはりアクセス数が少ないということ、検索エンジンに引っかかりにくいということだった。なにしろ英文のタイトルだから、引っかかりにくくてもしょうがない。それでも僕はこのタイトルがとても気に入っていて、いつかいずれかのコンテンツのメインタイトルにしようとずうっと想いつづけてきたのだった。
だからブログ版の「蓼科高原日記」を公開するときにそのタイトルにしたのは待ちに待った機会であり、必然だったのだ。ブログテンプレートのデザインもいろいろ変えてみたが、配色やデザイン以上に読みやすさを優先して現在のテンプレートでしばらくすすめていくことにした。
幸福とは寓話(ぐうわ)であり、不幸とは物語である
君は誰に対しても決して真に心を許したりしない。
いつも適切な距離を確保してその一線を越えることを許さない。
君には君自身の王国があって、絶対不可侵なのだ。
その王国以外のひとやことには、その本質において、ほとんどあるいはまったく興味がないのだ。
だから僕は君を信じることが出来ない。心から身をゆだねて愛することが出来ない、君が僕を愛していないのと同様に。
君にとって僕を含めた他者は幻影のごときものに過ぎないのかも知れない。
TVスクリーンに映し出されるドラマの俳優のように、実体のない映像でしかないのかも知れない。
僕や彼が死のうがどうしようがそれは現実ではなく、君には関係のないことなのだ。
そのように「かかわらない」ことによって君はいつでも安全な場所に身を置いて高みの見物を決め込めるわけだ。
永い長い歳月を費やして僕は自分が君を愛していないことを知った、なによりも君に愛されていないことを知った。
君は最後の最後まで僕の人生に主体的に関わることをしなかった。
僕は最後まで君の人生の舞台装置のひとつでしかなかったのだろう、失われたとしてもすぐに変わりの用意できる、すぐに忘れてしまえるような。
結局僕は君の道具存在でしかなかったのだ。
消耗し時代遅れになり機能不全になって、最後にはゴミとして捨てられる運命なのだ。
じっと固唾を呑んで死ぬのを待たれるのは何よりも不快で屈辱的だ。
自ら死を与える方がよほど誇りを持って死ぬことが出来るだろう。
この人生で結局のところ僕は何も得ることがなかった。
この人生はまったくの無意味だった。
全くの無価値だった。この僕にとってさえ。
僕は無能で、ひとのしがらみの中で生きてゆくための能力に欠け、その苦しみの中でそれでも生き続けなければならなかった。これを地上の地獄と呼ばずになんと呼べばよいのだろう。
天国なんてものはない、地獄なんてものはない。
人生の落第生はまたすぐに転生してこの地上の地獄にもどされるのだろうな。
何度転生すれば、とろけるような愛に包まれて生きることが出来るのだろうか。
「幸福とは寓話(ぐうわ)であり、不幸とは物語である。」(トルストイ)
晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 6℃
思い切ってホームページのトップページ(index.html)を100%リニューアルました。なぜ「思い切って」なのかというわけは、これまでのトップページが10数個のキーワード検索において、グーグル、ヤフー、msn、goo、fresheyeなどの主要検索エンジンでトップないしはベスト5に入っていたからです。
ページの内容が変わればそのランク付けは当然リセットされますから、新しいトップページのつくりしだいではがくっとランク落ちする可能性があるのです。しかしあえてそれを行ったのは、これまでのトップページはユーザーインターフェイス上、無用の長物と化していたからです。言葉を変えるならば、検索エンジンで良い順位を得ること以外の機能を果たさなくなっていたといえます。
アクセスしてくださった方にとって機能的で見やすく魅力的であるようなトップページにする必要があったわけです。今回のリニューアルの結果がどう出るかは少なくとも1週間ほどは様子を見なければなりませんが、検索エンジンの順位よりも、お客様にご覧いただけるかどうか、見やすいかどうか、わかりやすいかどうかと言うことの方が気になります。
内容的にはこれまで2ヶ月間ほど http://www.p-sunset.com/id_recommend/ に置いてオンラインで構築してきた「新しいホームページ」そのものです。「こだわり」という観点から構築した別のアプローチのホームページは http://www.p-sunset.com/index_p.html および http://www.p-sunset.com/index_p.html#pension に置いてあります。トップページにある3つのボタンの真ん中「情報満載のページへ」をクリックするとジャンプできるようにしてあります。そこには文字通りペンション・サンセットのすべての説明と情報が満載されていますので、是非ご覧いただきたいと思うところです。
さて、ピラタス蓼科スノーリゾートは昨日もご案内したとおり今回の「大雪」で全面滑走可能となり、積雪量も平年並みかそれ以上の最高のゲレンデとなっています。雪質もこの季節らしく最高のパウダースノーです。踏むとぎゅっぎゅっと音がする片栗粉のようなパウダースノーです。予報では今後最低1週間は晴天が続きますから今週末などは絶好のスキー、スノボ日和となりそうです。みなさまのお越しをお待ちしております。超お得なスキーパックもご用意しています!(^^)b
※(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得てロープウエイからの美しい冬景色を2点転載します。このような景色の中を一気に、あるいはゆったりと景色を楽しみながら4km滑走することを想像しただけでもわくわくしませんか?
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 3℃
よく訪問するウェブページでこんな一文に出合った。これは個人でホームページやブログを運営しているひとは一読する価値があると思う。
個人がwebサイトを運営、公開していく動機というのはここでも彼が言っている通り「名誉の部分に起因する精神的対価」という部分しかないと思う。
ここで言う「彼」とは『けなす技術〜俺様流ブログ活用法』の著者である山本一郎氏のことだ。あの2ちゃんねるの有名人の『切り込み隊長』でもあるとのこと。ぼくは2チャンネルにはあまり近寄らないひとなのだけれど、そのイメージとはある意味かけ離れた真摯な議論がこの著書ではなされている。
先の引用箇所についてはぼくもまったく同感だ。それは10年以上ウェブサイトを個人で運営してきてた者としての切実な実感でもある。どんなにアクセスの多い優れたコンテンツのサイトを構築運営したとしても、たとえばぼくの場合で言うなら、他のペンションより集客数が多いというわけではない。業者任せでプロフェッショナルな「ホームページ」を運営している同業者の方がむしろ繁盛しているくらいだ。
それでもぼくがプロ任せにしないで、素人仕事でこのサイトやブログを運営しているのは、ペンションをパーソナルなビジネスと考えているからだ。ホテルや旅館などのようなある意味パブリックなというか法人格での商売とは考えていないからだ。ペンションはパーソナルな宿なのだ。お客様に対するフェイス・トゥ・フェイスのホスピタリティー提供を最大の特徴とする宿泊施設なのだと考えている。
Now He Sings.
この10年余でぼくが得たものは素晴らしいお客様。これ以上の名誉、これ以上の精神的対価はないだろう。しかし、膨大な時間と労力を費やして運営してきたこのサイトから得たものといえば、たしかに、「ささやかできわめて個人的な名誉」のみだ。それでも良いじゃないか、と思う。しかし、ちょっと悔しい想いもあるのだ。
Now He Sobs.
しかし、時代はそんな想いとは裏腹な方向へと梶を切っている。経営者の想いや志なんてものは一切評価されない、結果だけがすべての時代へと変わってしまったようなのだ。ビジネスである以上、良い結果を出さなければならないのは当然なのだけれど、どれだけもうけたかという意味での結果ばかりが価値基準となってしまった。それが新自由主義経済の本質なのだからしょうがない。格差社会は新自由主義と呼ばれる企みのもたらす当然の帰結なのだ。
同時に、それは我が国においては江戸中期に確立した貨幣経済の当然の帰結でもあるのだけれど。「金(かね)は金(かね)のことわりに習いて流れる」のだ。それは水が高いところから低いところへと流れるのと同様の自然法則なのだ。金(かね)は金(かね)を愛する人の周りに寄ってくるものなのだ。拝金主義者がますます膨大な富を手に入れるのはそのような法則による。と、上田秋成の雨月物語の最終話「貧福論(ひんふくろん)」に登場する黄金(こがね)の精である翁は語る。
ああ、「こころの時代」は終わってしまったのか。高邁な精神性を目指すのはバカモノの生き方なのか。教養など腹の足しにもならないと、人間としての基本的素養をなおざりにした実学主義に走るのか。昨今奇妙な人間が増えているのはそのひずみによるものではないのか。
ぼくも、みんなも、くだんの翁の言葉にいまこそ耳を傾けるときなのかも知れない。
私は今、仮に姿形を現して語ってはいるけれども、神でもなく仏でもない、もともと情(こころ)のない物であるから人間とは違った考えをする。古代では富める人というものは、天の時流にかない、地の利をよく察して、産業を営んで富貴となった。これは天の自然にのっとった方策なので、財物がここに集まるのも天然自然の理(ことわり)である。また卑吝貪酷(ひりんどんこう)の人は、金銀を見れば父母のように親しくし、食うべきところを食わず、着るべきものを着ず、ほかに得がたい自分の命さえ惜しいと思わずに、起きて金銀を思い寝ても忘れないほどだから、ここに集まるのも目前に見えるように当然の理屈だ。私は元来、神でもなければ仏でもない、ただの非情の物である。そういう非情の物として人間の善悪を明らかにしたり、その善悪に従わなければならぬ道理はない。
いったい、善を勧(すす)め、悪を罰するのは天であり、神であり、仏である。この三つは道徳である。われら非情の物たちが関係するわけにはいかないものだ。われらはただ人びとが仕えたりかしずいたりする、その丁重さにひかれ集まると理解すべきである。ここが金に霊があっても人間の情(こころ)とは異なる点なのだ。また富んでいて今生に善行をなすにしても、わけもなく恵をほどこし、相手の人の不道徳をも見きわめず金を貸し与えるような人は、それがたとえ善根(ぜんこん)を行うものであっても財貨はついには消失してしまうに違いない。こういうのは金の使い方をおぼえても、金自体の本質を知らないで、軽々しく扱ったためである。
ぼくも耳が痛い思いがする。お金の大切さをその本質において学んでこなかった。こんなことではお金に見捨てられてもしょうがないのかも知れない。なお、この現代語訳は講談社学術文庫「雨月物語(青木正次・全訳注)上下巻」による。
晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 2℃
ピラタスの丘の住人はここから見る夕日と夕焼けが日本一だと思っています。
これはピラタスの丘ペンション村ブログに記された仲間の言葉だけれど、ぼくも、そしてじっさいのところみんなも、そう思っているだろう。「だからここにいるのだ」とも言える。もちろんひとそれぞれにここにやってきて暮らし始めた動機や理由がある。しかし共通するのはみんな自然が大好きだということ、ピラタスの丘をこよやく愛しているということだと思う。
ある作家の言によると、世の中には生きていくためにどうしても自然を必要とする人間と、まったく必要としない人間とが半々で存在するという。自分のビジネスマン時代を思い返すと、確かにそんな比率かなと納得がいく。フランスの文化人類学者クロード・レヴィストロースの言うように、そのようなひとにとって自然とは「都会」あるいは「都市」そのものなのだ、たぶん。
なにやら忙しい
それにしてもこの二日間、部屋にこもりっきりという印象なのだけれど、じっさいにはクルマで出かけて用事を済ませたり、夕方にはペンション・サンセット周辺の道路の除雪作業をやったりしているのだ。それでも、圧倒的時間をこの24インチ液晶パネルディスプレーの前で過ごしているのは事実だ。
写真を撮ってきて、ブログに載せて文章(蓼科高原日記)を書き、ホームページのページ建てやナビゲーションをアクセス解析データに基づいて見直しし、24時間即決予約システムのデータや設定を再度チェックするというのがこの二日間の仕事だった。
フォースルームでお子様の料金が計算されないという設定ミスをご指摘いただいた。他の部屋タイプでも同様のことが起こっていたかも知れない。そのような事態に遭遇されたお客様にはこころよりお詫びいたします。その点についてはすでに解決しています。
初滑りに行きたい
今週はじつに快晴無風低温の絶好のゲレンデコンディションだった。にもかかわらず、ぼくはまだ今シーズン1本もスキーを滑っていないのだ。なんということだ。時間が出来たときにはたまたま持病の腰痛が出たり、調子の良いときには雪かきや仕事が山積していたり。まあ、人生そんなものかも知れませんが。(-_-;)
個人的にはそんな感じなのですが、ピラタス蓼科スノーリゾートは平均積雪90センチ以上で、しかもさらさらのパウダースノーです。この雪がまたものすごく滑走性が良いのです。終日氷点下なので、良いコンディションが1日中楽しめます。
滑っていて小休止したときにふと目を遠方に転じれば壮大なパノラマが広がっています。この写真はピラタス蓼科スノーリゾートのクワッドリフトを降りてすぐのスノーボード装着場所からの眺めです。大げさかも知れないけれど、そんなふうにして白銀の山並みを眺めていると、ああ生きてて良かったと思ったりするんですよね。
※今日の2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 4℃
Now He Sings, Noe He Sobs. はとても良いタイトルだったけど
10年近く毎日書き続けてきた「蓼科高原日記」を「ホームページ掲載のHTML版」と「Movable Typeを利用したブログ版」の二本建てにしてから23日目に入った。なんだかもっと何ヶ月もたったような感覚なのだけれど、事実はまだそれほど時がたっていないのだった。
当初からのタイトルは「蓼科高原日記」のサブタイトルだった Now He Sings, Noe He Sobs. にした。とても気に入っているので、新コンテンツのタイトルには是非これを使いたいと暖めてきたものだ。タイトルとして見栄えも良いしね。(^^)
しかし、ご覧いただくのはほぼ100%日本人だし、誰が見ても内容とタイトルとの関連性がよくわからないということに気づいた。それでは自己満足に終わってしまう、これではいけないと思ったしだい。で、結局、事実関係どおり「蓼科高原日記 for blog」というタイトルに変更した。
じっさい、「蓼科高原日記」をブログ生成アプリケーションをエンジンとして構築するという試みだったわけだから、これほどぴったりのタイトルはないし、内容的にも「ほぼ蓼科高原日記」なのでわかりやすいと思う。
「蓼科高原日記」をブログ化したわけ
ブログ化することによって、オンデマンドでアーカイブを生成できるし、検索もカテゴリーやキーワードやタグによって容易だ。「蓼科高原日記」をそのようにサーバー上でアーカイブとして管理できることがブログ化した最大の要因だった。ちなみに「HTML版」でも Google(TM) のサイト内検索で「蓼科高原日記」を検索できる。
Movable Type の場合、コンテンツのダウンロード・バックアップも出来るし、オフラインのデータベースにもバックアップがあるから、万一のデータ消失という事態にも対応できるとおもう。まだまだ使いこなせていないけれど、少しずつスキルを磨いていこうと考えている。
ということで、タイトル変更してもこれまでどおりのコンテンツなので、よろしくお願いします。
昔から「蓼科高原日記」を読んでくださっている方はおおむね「HTML版」の方が読みやすいとおっしゃる。たしかに個人的には「HTML版」のほうがしっくりくるということはあるけれど、「ブログ版」のほうも是非ご覧いただければ幸いです。
各スキー場とも積雪は95センチ〜120センチもあるのだ。
ピラタス蓼科スノーリゾートのカモシカコースの最後の壁を下から見上げた写真。雪は平年以上にあって、他の一部地方とは状況が異なっている。平均積雪量は100センチもあり、まさに平年以上の積雪量だ。蓼科高原は雪不足ではない。各スキー場とも積雪は95センチ〜120センチもあるのだ。
風聞に惑わされないでほしい、いまこそが最高の雪質を楽しめる1年でもっとも良いゲレンデ・コンディションなのだ。現在はパウダースノーがまったく溶けずに降ったときのまま温存されている。最低気温が氷点下10℃前後で、しかも最高気温がずうっと氷点下だからだ。
2月中旬以降になると日によっては一時的に気温がプラスに転じることがあり、しだいに雪が緩くなってくる。雪質と温かい陽射しとのバランスは2月がベストかも知れないけれど、1月こそぼくらのように雪にうるさいスキーヤーのベストシーズンなのだ。是非一度体験してほしいと思う。
※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 13℃/最高 - 4℃
「蓼科高原日記」のバックナンバーのブログ化を急ぐ
Google(TM) でサイト内検索をやってみてわかったのだけれど、最近のインデックス(索引)では以前はほとんどのエントリーがヒットしていた「HTML版蓼科高原日記」がヒットしなくなって、「ブログ版蓼科高原日記」ばかりがやたらに高い確率でヒットするように変わっていた。これには正直驚いた。
もちろん、サーバー移転を行ったりサイトの構成を変えたりしたことによる一時的な現象かも知れない。それとぼくの場合、ブログサービスサイトのブログではなく、自身の契約するサーバーに Movable Type 3.33-ja をインストールして www.p-sunset.com ドメインでブログを公開していることも関係しているのかも知れない。
同じコンテンツが同一ドメインのサーバー上にダブって存在すれば、巡回ロボットは自動設定に従ってそのどちらかを選択するのだと思う。そのようにして選ばれたのがブログ版の方なのではないかと推測している。ということで、それならばということで「蓼科高原日記」のバックナンバーをどんどんブログ版に移植しているところだ。
バックナンバーは約10年分あるので、毎日その日のエントリーをアップするたびにバックナンバー10日分を移植すれば計算上では12ヶ月ほどですべてのバックナンバーの移植が完了するはずだ。問題はそれを日々のルーティンとしてきちんと実行できるかどうかだけれど。がんばるしかない。
この間も書いたけれど、そんな大変なことをやっても得るものは「名誉の部分に起因する精神的対価」にすぎないのは百も承知なのだけれど。それでも、やりたいからやるのだ。じつはそれによって実際的なメリットもありそうなのだ。つまり膨大な「日記=テキストと写真」を管理したりコンテンツとしてオンデマンドでパブリッシュしたりできるようになることが魅力的に思われる。
うちの場合データベースには当初から MySQL を使っているので、そちらのデータを含めたフルバックアップの方法も調べ廻って、一応毎日バックアップも取れるようになった。バックアップをきちんと取れないと、万一のデータ消失時ににっちもさっちもいかなくなっちゃうから。
とはいえ、ぼく自身はいまだに自分が「ブロガー」だとはまったく思っていない。もっと違った定義を支持しているからだけれど。ただの「日記書き」あるいは「雑文垂れ流し者」だと思っている。それでも多少はだれかさんの役には立っているかも知れない。
蓼科に「雪不足」のスキー場なんて無いのだ!
さて、蓼科高原の各スキー場は平年以上の100センチ〜120センチの積雪に恵まれて、12月時点の「雪不足」はすっかり解消されている。このことを「声を大にして」世に訴えたい!(/_・)/
今日の写真はピラタス蓼科スノーリゾートのテクニカルバーンの写真だ。現状こんな具合で、完璧にできあがっている。もう少しでモーグルコースが設置される予定。そのほかのキッカーなどのアイテムも1月下旬頃には設置完了する様子だ。期待していい。
※今日の2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
※今日の1枚目の写真はピラタスの丘のほぼ真西にそびえ立つ木曽御嶽山(きそおんたけさん)です