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このブログは1997年4月16日以前から毎日書き続けられている「蓼科高原日記」をブログ・システムに移植したものです。従ってここにあるエントリーはそのほんの一部でしかありません。
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先日僕は『蓼科高原日記は、じつは日記風の「小説もどき」だったのだとお考えいただくとわかりやすいかも知れない。』と書いた。がっかりしたひともいるかも知れないし、裏切られたような気持ちになったひともいるかも知れない。
僕がそのように書いたことは真実だ。しかし、「真実」は一義的だが「事実」は多義的に、つまり、多様にその姿を現すものだ。この日記は事実を記している。しかしその事実はそれぞれの出来事のほんの一面に過ぎない。それが僕のような「物書き」では無い素人の文章の限界だ。
実はかつてあるお客様から「蓼科高原日記を小説のように読んでいる」と言われたことがある。そうなんだ、とそのとき僕は思った。これは書かれたとたんにフィクション(少なくとも通常の個人の日記とは異なったもの)になるのだ、と。なぜなら、先日も書いた通り、僕はある「スタイル」にしたがって日記を書いているからだ。
それは公開を前提とした日記を成立させる諸条件を満たしたガイドラインとしての「スタイル」であり、この中に登場する「僕」をぶれの少ない語り手として保持するための「スタイル」と言ってもいい。たとえば自分がペンションのオーナーであるということを大前提としてつねにお客様としての読者を意識しなければならない。
またウェブで公開する以上、公序良俗に反した記述は避けなければならない。登場する企業や組織や個人のプライバシー保護にも配慮しなければならない。観光地としての蓼科高原の不利益となるような誤った情報を伝える間違いを犯さないように慎重でなければならない。
たとえばそのようにさまざまな制約の中で僕はこの日記を書いている。「蓼科高原日記」に何らかの価値があるとするなら、「語り口」としての「このスタイル」だと(個人的には)考えている。書かれている内容にかかわりなくいつも変わることの無いこのスタイルこそが「僕」なのだ。
ペンション・サンセットがほかのペンションと決定的に異なるところ(あるいは特徴といってもいい)があるとすれば、ペンションにおいてもこのスタイルが生きているということだ。ペンションは僕の「スタイルの表現」なのだ。単なるハード、ソフトの統合体としての宿泊施設では無い。
僕のペンションになんらかの特徴的な「雰囲気」や「心地よさ」があるとするならば、僕らが「表現としてのペンション」を強く意識しているからかも知れない。ペンションは僕にとって「商売」というよりは「表現」なのだ。何かを演じているつもりは無いけれど、素(す)の自分がお客様を前にして「この場所のほんとうの心地よさ」へとご案内するということを意識している。
MC(マスター・オブ・セレモニー)として僕はペンション・サンセットという舞台に立っているのだ。僭越かも知れないけれど、僕はそう認識している。そうした意味においても、ここでの出会いは一期一会だ。
曇りのち雨 気温:最低 13℃/最高 19℃
1996年7月1日の開設当初から、このホームページは僕の署名入りのウェブサイトとして運営されてきた。何かを語る以上、たとえば新聞の署名記事のように、誰がそう言っているのかという責任の所在をはっきりさせる必要があると信じたからだ。
もちろんのそのために自身のプライバシー保護に問題が生じる可能性はある。大変危険なことでもある。が、それはウェブ上で情報発信する以上負わなければならないリスクだと僕は考えている。そもそもペンションガイドブックにはかなり詳しくオーナーの個人情報が公開されている。ペンションとはそもそもそのような業態なのだ。
そこがほかの宿泊施設と決定的に異なるところだ。ペンションは特定の個人がその個人的責任において経営している宿泊施設なのだ。組織では無く資本でも無く「個人」が全責任を負って運営されているのがペンションという「宿」なのだ。
だから、匿名あるいはハンドルネームでペンションのホームページを公開することは僕にはできない。個人が公開する趣味のホームページとは決定的に異なるものだからだ。お客様にはその違いなどどうでも良いのかも知れないけれど、僕はそうでは無いと考えている。匿名による暴力が頻発する世の中にあって、僕はぜんぜんトレンディーじゃないのだ。
しかし蔓延する匿名性によって現代社会が犯罪の温床になってゆくのを苦々しく思っているのは僕だけでは無いと思う。匿名性とは自分が自分であることに責任を持たないということだ。自分が行うこと行ったことに対して責任をとらずに頬被り(ほおかむり)して隠れることだ。
それは「プライバシーの保護」という概念とはまったく異なる行為だ。そのことがわかっていないひとが多すぎると感じている。だからペンション・サンセットではいっさいの匿名およびハンドルネーム(ニックネーム)を認めない。
旅館業法でも宿泊者は正しく自身の氏名、住所等の事実を宿帳(宿泊者名簿、宿泊カード)に記帳することが義務づけられており、偽名等を記す行為は厳しく禁じられている。
このような主張をすると「なにを固いこと言っているんだ」とか「ずいぶん厳しいのね」と言って敬遠するひともいるが、これが本来守られてきた社会的同意事項だし、それはいまもなんら変わっていない。我が国は先進国家であり、歴史ある法治国家なのだ。
匿名性と言うのは無責任と同義である。匿名性を利用すると言うことは、自分は安全なところに身を置いて、ひとをおとしめたり攻撃したり傷つけたりする行為を行うと言うことだ。たとえば匿名性の突出した例としてはテロリズムがある。テロリズムの恐怖はその匿名性に本質があるのではなかったか。テロが蔓延するのは匿名性を甘やかす現代社会そのものにあるような気がしている。
少年犯罪の増加も現行少年法の本質である「匿名による犯罪」と言う少年犯罪の取り扱いにその本質的原因があると考えるものだ。少年法はもはや「少年保護・更生」のための法律ではなく「少年犯罪の保護」のための法律におとしめられているように感じる。少年でさえあれば「匿名性」を担保され、罪を問われず、大人のような罰も受けず、ただ見せかけの「反省」と見せかけの「更生」だけで済んでしまうのだ。これを「犯罪特権」と呼ばずになんと呼んだらいいのだろう。
いずれにしても匿名によるやり取りには真実も責任も信義も無い。諜報機関やスパイ同士の交渉では無いのだ。匿名でなければ成立しないようなコミュニケーションや契約行為などそもそもの始めから行うべきでは無いし、存在そのものが犯罪の温床となる要素を内包している。
匿名社会こそ、プライバシーの保護と言う名のもとに、犯罪性という危険な誘惑に満ちた社会を形成しているのではないか。いま立ち止まって考える必要がある。
雨 気温:最低 11℃/最高 15℃
秋の長雨のようだ。天気概況は当分雨の日が続くと告げている。でも台風が来ていないだけましかも知れない。ピラタスの丘は朝から霧がかかったような幽玄な風景になっている。雨は、そう、そんなに本格的には降っていない。ほとんど降っているのかどうかわからない程度の状況が続き、たまにはっきりとした降りになる。
今日は終日気温が低めだったけれど、寒さは感じない。身体が季節に順応してきたのと、森がいまだに湿潤で枯れていないせいだと思う。じめじめしているわけではないが、例年より湿度は高めだと思う。そのために、僕らにはこの夏はいつもより「暑く」感じられたのだが、お客様にとってはとんでもなく涼しいと感じられたという感覚のギャップがあった。例年並みの湿度ならば、ピラタスの丘の夏はもっとずっと涼しいのだ。
森の様子もいつもの9月とはいささか異なるようだ。いまだに黄葉、あるいは紅葉する樹木が散見される程度にとどまっているのだ。いつもだったら白樺の葉はすでに紅葉してはらはらと落ち始めているはずなのだ。タラノキやナナカマドやヤマブドウはそれぞれに紅葉しているはずなのだ。
地球規模で温暖化が進み、日本は亜熱帯性気候から熱帯性気候へと変化しているのではないか。様々な報道の告げるとおり、それは特異な気候としてではなく、日常的な気候として定着しつつあるように感じる。このように自然のまっただ中に身を置いているからこそ、そのことがはっきりとわかるのだ。
★★★
さて、先日(9/6)この日記で:
《しかし蔓延する匿名性によって現代社会が犯罪の温床になってゆくのを苦々しく思っているのは僕だけでは無いと思う。匿名性とは自分が自分であることに責任を持たないということだ。自分が行うこと行ったことに対して責任をとらずに頬被り(ほおかむり)して隠れることだ。
それは「プライバシーの保護」という概念とはまったく異なる行為だ。そのことがわかっていないひとが多すぎると感じている。》
ということを書いたが、今日ウェブで以下のようなことを学んだ。
《壊れ窓の理論というものがある。(中略)元々、この壊れ窓の理論は、「匿名状態では、人はより自己規制が働かず、無責任な行動をとる傾向がある」という心理学者フィリップ・ジンバルドの理論をベースにしているそうだ。そう言われてみれば、公衆便所に落書きをする人も、匿名性の保たれない自分の会社のトイレではあまり落書きはしない。もっとも壊れ窓の理論では、匿名性に加えて「窓がたくさん割れている」という事実が、さらに自己規制をなくしてしまうということを提唱している。》
出典はこちらの記事だが、記事の方の議論は僕の議論とはベクトルが異なっている。僕の興味を引いたのはこの理論における《匿名》状態における人間の行動傾向だ。誰でも「なるほど」と思うだろう。もし現在のネット界が治外法権的に「荒れて」いるとするならば、それはやはりネット特有の匿名性に対する寛容さにあるのかも知れないと僕は考えている。
本来的に「契約行為」である宿泊予約において「フリーメールアドレス(ヤフーやホットメールなどの無料メルアド)」を使うことも、個人情報保護の目的はわかるが、こちら側からみれば「準・匿名行為」に当たるということに気づいてほしい。
まともなネットショップではフリーメールアドでは買い物できないご時世に、ペンションはなめられている(あるいは下にみられている)と感じている。が、それは違うのね。これはお客様の不見識というよりは、ペンション経営者兼ウェブマスターたち(僕も含まれる)の不見識であり怠慢だと、やっぱり、僕は考える。
ペンション・サンセットでは従来からフリーメルアドの使用を避けるよう推奨してきたが、昨今むしろ増加傾向にあることを鑑みて、今後はフリーメルアドのお客様のご予約は一切受け付けないことに方向性を定めて暫時対応を変えていくつもりだ。フリーメールアドレスは匿名性を本質としたものだからだ。
そもそもフリーメルアドがどうして無料であのようなサービスを成立させているのかその仕組みを考えたことがあれば、あんなものを使う気にはならないはずだ。メルアドを取得するにはあなたの個人情報を(場合によっては洗いざらい)登録しなければならなかったのではありませんか?
僕の経験では登録したとたんにスパムメールがそのフリーメルアド発でやってきて驚いたものだ。「やられた!これはいっぱい食わされた」と思ったものだ。極論するならば、なにがしかの個人情報提供と引換にあなたはフリーメルアドを利用することができるのだ。そして一度登録した個人情報はフリーメルアドを解約したあともどこかに流れるか消えないで残るのだ。
きちんと個人情報を保護したいのならば、契約しているプロバイダーのメールアドレスをもう一つ用意して、個人的用途と、ショッピングなどの用途に分けて使うことだ。そして後者に関してはスパムメールが送りつけられてもやむを得ないと割り切ることだ。それならば、「匿名行為」あるいは「準・匿名行為」を行わなくても済むというものだ。僕はそのようにしている。
このようなことを書くと「また小うるさいことを言っている」と感じるかも知れないが、そのようなメンタリティーじたいが個人情報を売り買いするような社会を作り出していることに気づいてほしい。スパムメール(迷惑メール)の発信者が匿名、源氏名あるいは「なりすまし」であること、そしてその発信メールアドもまた匿名、「でっちあげ」あるいは「なりすまし」であることをみれば、自分が「匿名性を本質としたフリーメルアド」を使うという同様のことをしているのに文句を言える人がどれほどいるだろうか。
「匿名状態では、人はより自己規制が働かず、無責任な行動をとる傾向がある」のだ。みながそのような状態になって、より安全な社会、よりよい社会が構築できるだろうか。悪意を持って(これはもってのほかだ)、安易に、あるいは無定見に、あるいはイノセントに(そのようなひとが一番多い)「匿名行為」あるいは「準・匿名行為」を行うひとが減少するよう願うばかりだ。
曇りのち雨 気温:最低 8℃/最高 13℃
僕らは過大な期待をしすぎていたのかも知れない。インターネットというインフラに、WWW(ワールドワイドウェブ)というひとつの世界観に。一個人が国境を越えて不特定多数の人々にメッセージを発信できると、いささかなりとも、思いこんでいたところがある。
しかしそれはどうも違っていたようだ。インターネットの世界でも、インターネットが出現する以前の現実世界と同じことが起こっているだけだ。個人のメッセージは個人のメッセージ以上の力を持ち得ないし、広告は広告らしくなければその効果が期待できない。新しいコミュニケーション形態は未だ出現していない。
それはケータイ以前とケータイ普及後の社会が何ら本質的変化を遂げていないということとも相通じる事実だ。それを使うのが人間である以上、そしてその人間が何ら進化していない以上、あたりまえのことかも知れない。インターネットとケータイというこのふたつのコミュニケーションのために用いられるインフラのもたらしたものといえば、社会における個人の匿名性の氾濫だけなのかもしれない。
また「匿名性」だ、やれやれ。
僕らは「匿名性」を身にまとうことによって、まるでなんでも透明にしてしまう魔法のマントをまとったような気になってしまう。自分は安全圏に身を置きながら何だってすることができる。この匿名性による自己の行為の秘匿こそ、現代社会の病理といえるだろう。
というようなことをまた書いてしまう。これでまたお客様が減ってしまうのだろう。がんばって書けば書くほど潜在顧客の数が減ってゆくような気がする。もっと楽しくて、おいしそうな話ばかり書く方が何倍良いのか知れないけれど、僕にはそれができない。
「匿名のペンションオーナー」としてお料理の四方山話(よもやまばなし)とか、パンを焼く話とかだけしていた方がずっとずっと良いのかも知れないのにね。
匿名を使わずに日記を書くという行為は結局はこのようなスタイルこのようなコンテンツへと帰結するほか無いのかも知れない。僕という実在の個人の核心から読者を遠ざけるために螺旋(らせん)を描くようにして個人的想いから話をそらせてゆくのだ。
螺旋構造(らせんこうぞう)は DNA だけではない。それは思考においても存在する構造なのだ。弁証法なども僕の感覚では「螺旋構造」そのもののプロセスのように感じる。しかも(少なくとも)僕の思考における螺旋構造はエッシャーの「だまし絵」のように、あるいは音楽における音階のように、のぼることもなくくだることもなく、進むこともなく戻ることもない。気がつけばいつの間にか「ふりだし」へと戻っている。
11年前に書き始められたこの日記は、おそらく、12年かけて巨大な「円環」を描くような気がしている。つまり、12年の歳月をかけて「ふりだし」に戻るのだ。それを「徒労」と呼ぶべきか、「いささかの進歩・進捗」と呼ぶべきか僕は知らない。
雨のち晴れ 気温:最低 4℃/最高 7℃
カナダの西海岸でユースホステルを経営なさっている方からメールをいただいた。「ふくろうが私の名を呼ぶ」と言う小説を検索していてこのサイトに出会ったとのこと。まさにこの小説の舞台になったあたりにお住まいなのだ。
書いた本人がすっかり忘れていた。で、Google(TM)のサイト内検索を利用して探してみたら以下の文章が出てきた。11年も毎日書いていたらどこにどの文章があるかなんて自分でもわからないよ。それにしても、しっかりと書いているね、いまの僕にはとても書けないようなことを。それにしても「人間風車」ってなんだろう、すっかり忘れてしまった。
こうなるともう記憶というよりは歴史、歴史というよりは考古学の世界なのかも知れない。記憶の考古学ってないのかな。この手の話や文章が好きなひとは昔の蓼科高原日記を読んでね。
★★★
2003.01.07(火)
-------------気温 = 最低 -13度/ 最高 -3度
米国の作家J.D.サリンジャーの名作「ライ麦畑で捕まえて(The Catcher in the Rye)」が村上春樹氏の翻訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルで出版されることが決まったそうですが、これはまあいささか旧聞に属するとは思うけれど、とてもうれしいことだ。僕らは同じ白水社刊の野崎孝訳の名訳「ライ麦畑で捕まえて」によって「ライ麦」体験をしたわけだけれど、それはいま思い返しても強烈なものだった。
強烈といってもセンセーショナルな体験とか感動というのではなく、しみじみとこころに染み渡るというか、いやそうじゃないな(そういう体験をしたければスコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」やマーガレット・クレイヴンの「ふくろうが私の名を呼ぶ」(角川書店刊)をおすすめする)、自分が年齢を重ねるにつれてジンと効いてくるというたぐいの感動だった。ぼくの周囲の同世代の人間にとっては「中原中也」や「萩原朔太郎」や「福永武彦」や「出家とその弟子(倉田百三著)」同様ある種の「通過儀式」みたいなものだったような気がする。夏目漱石、森鴎外、太宰治などなどのリストを思い返してみるとつくづくぼくらは「古典主義」的読者だったのだなあ。
我が敬愛する(といってもちょうど娘に当たる年齢なのだけれど)宇多田ヒカル(さん)がヘルマン・ヘッセを愛読していたことを最近知ったのだけれど、「車輪の下」「デミアン」「シッダールタ」「幸福論」「荒野の狼」とかなりの作品に「人間風車」状態になってしまったのが懐かしい(ブレーンバスターでなくてよかった)。ちなみに彼女の愛読書リストには「グレート・ギャツビー」もしっかりはいっている。
大学に入って最初の衝撃はアルベール・カミュの「異邦人」「ペスト」「シジフォスの神話」、ジャンポール・サルトルの「嘔吐」「存在と無」、そしてあのフランツ・カフカ。ご想像通りぼくにはドラッグなんて必要なかった。この読書体験のほうがよほど強烈なドラッグ的体験だったから。「実存主義」「不条理」という名のドラッグね。
カフカの言葉にすべては凝縮されている。
『ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。』(親友オスカー・ポラックへの手紙 1904年1月27日)
いまインターネットで『カフカ』で検索をかけると「海辺のカフカ(村上春樹著)」関連のサイトばかり出てきてしまうのは、まあいたしかたないでしょう。で、多少カフカを知りたい方のためにこのサイトをお勧めしておきます。
ぼくの読書体験を書き始めたらそれこそ「ネバー・エンディング・ストーリー」になってしまうのですが、今後少しずつ思い出しながら書いていこうとは思っています。大学時代だけで3,400冊読破したことはいささかばかげているとぼく自身思うのですが、その体験がいまのぼくの精神的骨格の形成に少なからぬ影響を与えていることは否めません。学問(勉強?)とジャズ(リスニング&演奏活動)と目がつぶれそうなほどむさぼり読んだ無数の書物のインクと紙の匂いこそぼくの激情と夢と孤独に支配された青春でした。
------------------------------(23時)
★★★
さて、現在の僕に戻る。
今日はひきつづき風が強く(台風は消えてなくなっちゃったのに)、ロープウエイも運休。午後になってようやく収まってきた。昨日収まったように見えたのは一時的なものだった。夜には風も止んで雲間から満月に近い月齢14の明るい月が顔をのぞかせた。
寒い、ものすごく寒い。長袖のワークシャツの上にフリースのシェルドジャケットを着込んでフリースの帽子をかぶってちょうどいい低温だ。もちろん吐く息は真っ白。これは11月並の気候だと思う。最低気温4℃、最高気温7℃だもの。
シベリアンハスキーだから愛犬パル君はますます元気、急坂をぐんぐん登り、ずんずん進んでいく。これなら犬ぞりを引けるというのも納得の馬鹿力だ。雲を透かして照る月明かりであたりはぼおっと明るいから、ハンディライトを使うことはほとんどない。遥か下に山麓の街の明かりが見える。山並みは墨絵のように闇に沈んでいる。
僕は60歳の自分を想像できない。そんなに遠い将来のことでも無いのに。すでに「フクロウが私の名を呼んでいる」のかも知れない。カナダのネイティヴの間では死ぬ前に「フクロウがその人の名を呼ぶ」という伝承があるという。それに題材を求めた作品が上記の小説だ。静謐に満ち、哀しくしみじみとした作品だ。一読をお薦めする。
曇りのち雨 気温:最低 1℃/最高 10℃
「新しいペンションご案内ページ」をアップロードしてから1週間が経過した。だいぶご覧いただけるようになったことが、データ解析で見て取れる。このようなFLASHとJava Scriptを使用したホームページがたとえばTV番組の公式HPなどでは以前から主流になっている。
動きがありインタラクティヴであり簡潔かつヴィジュアルでわかりやすい。情報の深さを追求せず、要点がきちんと押さえられている。「過ぎたるは及ばざるがごとし」というのが時代のトレンドなのだろう。確かにこれは一理ある。
文章も同様なのかも知れない。簡潔で無駄のないこと、表現はその方向に向かっているかのように感じられる。たとえばアーネスト・ヘミングウェイの短編小説はまったく無駄がない。そのシャープさはまるで鋭利なナイフのようである。"The Killers"という作品を原書で一読してみれば僕の言っている意味がわかる。
僕は誤解を避け理解を深めるという大義名分を振りかざしてあまりに冗長な方向に走りすぎたのかも知れないと反省している。そもそも言葉数の多い方ではなかったので「冷たい人間だ」と周囲から誤解されることが多かったから、いつのまにか意識的に言葉を多く発するようになったのかも知れない。
それが僕の冷たい印象を和らげてくれるのではないかと。僕を知る人は僕を冷たい人間だとは思っていない。そんなことを言うと笑われてしまう。もし僕が冷たい印象を与えることがあるとすれば、僕の心のかたち(Shape of My Heart)に問題があるのかもしれない。
昨夜から今日一日は落葉松の落葉が一気にすすんだ。なにもかもがブラウンに色づいた落葉松の針葉に覆い尽くされた。ラウンジからの眺めは英国の風景画家フランクの絵のようにみえる。この日記を読むひとは今日の蓼科の様子をもっと知りたいのだと思うけれど、僕は書かない。僕は冷たい人間ではないが、多少意地の悪いところのある人間なのだ。
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今日、床下の通風口を閉めた。去年はいつ頃閉めたんだっけ。サイト内検索で調べてみたら、蓼科高原日記にちゃんと書いてあった。だいたい毎年10月中に閉めて、翌年5月中に開けている。今年は雪が多かったのでいつもより早く開け、雨が多かったのでいつもより遅く閉めたというわけだ。
トップページに設置してある Google(TM) の「サイト内検索」機能はとても便利なので、是非ご利用下さい。さらっと見ただけでは普通のペンションのホームページに見えるけれど、じつは100MBを越える情報が詰め込まれた複合サイトになっているのです。
とくに10年以上にわたる蓼科高原ピラタスの丘の天気と気温の記録に関しては他には存在しないと思われます。当地の気候については過去の日記を参照すれば具体的に状況を把握できるはずです。そしてそのとき僕がなにをどう考えていたか、ペンション・サンセットがどんなふうだったかも。
そのために僕はこの日記を毎日欠かさず書き続けているわけです。ですからこれは「日記」とはいっても「ダイアリー(diary)」ではなく「クロニクル(chronicle)」に近いのではないかと思っています。ですからペンション・サンセットの歴史はここにすべて記されています。
そのような膨大なコンテンツの中にペンションとしてのホームページが置かれているというのがこのサイトの構造です。同時に開設時の1996年というインターネット黎明期の時代背景から「蓼科高原のポータルサイト」的な部分も残っています。当時はようやく Yahoo! Japan(TM) のポータルサイトが開設されたばかりでいまだ日本法人になる前の状況でしたから、そのようなものが必要だったのです。
このサイトは、白樺湖池の平ホテル、マリー・ローランサン美術館とほぼ同時期に開設された蓼科高原で最初の「ホームページ」です。味の素やトヨタ自動車のホームページがまだ存在しなかった頃の話しです。その当時からホームページからの宿泊予約が出来たのがひどく珍しがられ、ホームページで予約してみたいがためにサンセットにお越しになったお客様も多かった。(^_^;)
もっともシステムエンジニアとかIBMとか新日本電気とかIT関連企業の方ばかりでしたけれど。逆に言えばそのような方しかまだインターネットを日常的に使っていなかったと言うことです。白書によれば当時のインターネット利用者数は約510万人だったということです。それが昨年では7000万人を越えています。
時代は大きく変わりました。インターネット界も変わりましたが、世の中そのものが大きく変わりました。ケータイが爆発的に普及し、「ゲーム脳」が人間の思考形態を変化させ、「グローバリズム」という名の市場原理主義が経済を支配し、勝ち組負け組が出現し格差社会化が進み、われわれ人類が平和と繁栄を謳歌すると想像していた21世紀は文化衝突とテロの時代であることが明らかになりました。
そのような枠組みでものを考えるとき、こんなところでオレはいったいなにをやっているんだと思うこともあります。標高1800m近い山の上で仙人みたいな生活を送っているわけですから。もちろん霞を食って生きていくことは出来ませんから、ビジネスとして生業のペンション経営を成立させることに腐心もしています。
長くなっちゃいました。そんなことでいま改めて、自分が「いま、ここに、ある」ことの意味を問い直しているところです。このホームページになにがしかの混乱が見られるとしたならば、そのような個人的事情によるものです。ご容赦下さいませ。
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この日記はペンション・サンセットの「蓼科高原日記」=オーナーの日記で、本来の定義から言えば「ブログ」そのものなのだけれど、画面のデザインが違ったりトラックバックなどの機能がないという点では「いま風のブログ」ではないですね。(これを書いた後12月20日にブログ化して公開しました。)
またやたら文章が長い、というか、そもそも文章がメインのブログだから、その点でも「いま風」ではないと思います。でもこれが僕の気に入ったスタイルなのでしょうがないです。でも「いま風のブログ」も正直「かっこいいなあ」と思っています、はい。
そんなことを考えていたらピラタスの丘ペンション組合のメーリングリストで、「ピラタスの丘ペンション村ブログ」が開設されたという連絡が入りました。じつにタイムリーですね、ピラタスの丘ペンション村の仲間たちで投稿運営するブログなのでとても面白くお役立ち情報満載の楽しいブログになると思いますので、よろしくお願いしますね。
あ、だからといって「蓼科高原日記」も見捨てないでくださいね。σ(- -#)アタマイターッ
僕の能力では両方のブログに投稿するのはかなり「無理っぽい」ので、うれしいけど頭が痛いことになりました。そういうところが鈍くさいのですよね、自分でもそう思う。ぱぱっとやっちゃえばいいのにね。20代、30代、40代のころはなんでもぱぱっとやっちゃったものだけれど。歳かも知れない。(==;)
写真撮影もさぼりまくりだしなあ〜。ごめんなさいです。m(_ _)m
今日の写真は屋根からせり出した積雪の先端の「つららの赤ちゃん」です。もっと積雪して気温が下がってくるとこれが信じられないほど大きなつららに成長するわけです。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 1℃
やっぱり「ブログ」いや「blog」はかっこういいなあ、ということで本日一日がかりで Movable Type 3.33-ja をダウンロードしました。借りているレンタルサーバー会社が公開している設定マニュアルは1バージョン前のもので利用できず、四苦八苦して設定を完了。サーバーにアップロードして動作確認、そして公開までこぎつけました。ブログアプリというかこの手の CGI にはまったく知識がなかったのでやみくもに始めたのですが、しだいによく知っているHTMLやCSSやCGIと基本的に変わらないことがわかって、その後は比較的スムーズに作業が進みました。
たしかにゼロからHTMLでウェブサイトを構築することに比べたらこんなに楽に情報発信が出来るしくみはすばらしいと思いました。それもウェブ・ブラウザ画面で出来ちゃうのだから。でもね、レゴと相通じるものがあるかも知れないけれど、自分でHTMLで構造を記述してCSSで修飾していくという作り方もまた捨てがたい魅力があるのです。
要は使い分けなのでしょうね。
フラッシュ版のホームページ作成、ウェブサイトの再構成、24時間自動即時決済型の予約システムへの移行、そして蓼科高原日記の拡張としての blog 開設と、風雲急を告げるペンション・サンセットのWWW情報発信の進化です。
なにか気がかりなことや思い悩むことがあるときは、なにかに集中して作業したり仕事するのが一番だと言うことが、はからずも実証されたかたちになっています。先のことに思い悩むより「いまここでやるべきこと」を行うことこそが「前進」することなのだと改めて学んだしだいです。
今日も冷え込んで12月らしい天気になりましたが、終日良く晴れ渡ったじつに気持ちのよい美しい一日でした。もちろん、あたりまえのように夕暮れが感動的でした。日当たりの良い道路の雪や氷はほとんど溶けましたが、日陰部分は筋金入りのアイスバーンが残っています。くれぐれも注意してください。
晴れ 気温:最低 - 9℃/最高 - 1℃
チック・コリアの若かりし頃の野心作"NOW HE SINGS, NOW HE SOBS"。若い頃僕はこのジャズ・トリオのアルバムを文字通り手に汗握って聴いたものだ、何度も何度も、もうレコードがすり切れるくらい。
後年の"RETURN TO FOREVER"以降の彼の演奏からはその片鱗しか聴くことができないアグレッシブな情念をここではこれでもかと言うほど味わえる。そのようにしてこのアルバムを聴くことによって、あのころの自分の燃え立つ情念を取り戻したいのかも知れない。
もう気づいたかも知れないけれど、このアルバムタイトルは「蓼科高原日記」のサブタイトルそのものだ。そして「ブログ版・蓼科高原日記」のメインタイトルそのものだ。
Now He Sings, Now He Sobs.
スリ・チンモイ導師のこの言葉は常にぼくのこころにあった。この言葉は、もちろん、禅(ZEN)から来ている。アルバムにはこのような言葉もまた記されている。
The wind blows over the lake and stirs the surface of the water.
This visible effects of the invisible manifest themselves.
僕の持っているLPレコードのジャケットにはもっと大量の導師の言葉とともにチック・コリア自身の思いが語られていたはずなのだけれど、今回入手したCD版にはそれが欠落している。残念だ。僕が「禅」というものに興味を抱き、その後、かつてあのビートルズも師事したインドの聖者、マハリシ・マッヘシ・ヨーギの「瞑想」を学び実践するようになるきっかけとなったのがこの作品であるというのが僕の回想録における位置づけだ。
その「瞑想」が僕をウォンウィンツァンと引き合わせ、志を同じくする大切な友人がまたひとり増えた。あとでわかったことなのだけれど、僕がこのアルバムを聴いていたころ、新宿にあったライブハウス「PIT INN」の昼の部(新人の時間帯)で演奏していたウォン氏(当時は江夏健二という名前で出ていた)と出会っていたのだった。そのとき僕は彼から2メートルと離れていない席で彼の喧嘩を売るような激しいピアノ演奏を聴いていたのだった。37年も前のはなしだ。それから17年後、僕らは友人になった。
冒頭のスリ・チンモイ導師の詩の全文は次のようなものだ。
Clinging to Beauty; Clinging to Ugliness
Depending on Love and Loving; lingering with hate and hating
Rejecting to high heaven; then sad unto death
Now he sings; now he sobs
Now he beats the drum; now he stops.
(この文章は2005年5月に書いたものをもとに書き直したものです。)
雨(のち雪、になってほしい) 気温:最低 - 4℃/最高 1℃
このブログ、というか「ブログ版・蓼科高原日記」をアップロードしてから1週間たった。当初はHTMLとRSSを生成する日記専用アプリケーションを使っていたのだけれど、いまではこの「Movable Type Publishing Platform」で直接書いてアップしてから、これまでの日記専用アプリケーションに転記してホームページの「HTML版・蓼科高原日記」をアップするというワークフローに変わった。
これまで、永いひとだと10年近くも、「蓼科高原日記」を毎日のように読んでくださっていた方からは、どちらかというとHTML版の方が読みやすくて良いという感想が多いように感じる。じっさいに読み比べてみると、書いてあることは(ほぼ)同じなのだけれど僕もその通りだと思う。
これはレイアウトとか色使いとかのデザインというか雰囲気の問題だと思うのだけれど(だってそれ以外はほぼ同じコンテンツなのだから)、やはりブログとウェブサイトとは異なったコミュニケーション・システムなのかも知れない。
ブログの方がよりプレゼンテーション的になるせいかもしれない。本来「蓼科高原日記」は「オーナーのひとりごと」というタイトルで書き始められたものだから、そして文章だけのコンテンツだったものだから、HTMLでシンプルに読むのがとても適していた。
それを最新のブログというウェブ・パブリッシングに載せ替えると、こんなふうに(?)がらっと変わってしまったように感じるのかも知れない。器が変われば料理も違って見える、違った味わいになるのだ、たぶん。
まあ、そんなことをいま感じているわけです。
雪不足が大々的に報道されていますが、ピラタス蓼科スノーリゾートを始めとした蓼科高原エリアでは、標高が高いことによる十分な冷え込みのおかげで人工雪がたっぷりとゲレンデを覆っていますから、年末年始のスキーやスノーボードを楽しむための準備は万端整っていますよ。ご安心下さい。
今日は全国的に終日強い雨でしたが、ここではさほどでもありませんでした。このまま今夜気温が下がればやがて「雨は夜更け過ぎに〜、雪へと変わるだろう〜。」てな感じです。是非そうなってほしいと念じているいま現在です。
※今日は僕らの大切な家族シベリアンハスキーのパル君のこの秋の写真を載せました。
雪のち曇り 気温:最低 - 3℃/最高 1℃
ブログにはブログ専門の検索エンジンがあるということを初めて知った。このブログの右上にある technorati もその一つだけれど、簡単にエントリーを検索したり、じぶんのホームページやブログへの他のブログからのトラックバックやリンクを知ることが出来るのには 「なるほどね〜」と感心することしきり。
で、このブログはそういう検索サイトに登録したばかりということと、TypeKeyという認証システムを利用していることとで、コメントやトラックバックをするには多少ハードルが高くなっているかも知れない。
でも、そいういうきちんとしたコミュニケーションの場としたいので、そのようにさせていただいています。ご理解いただきますようお願い申し上げます。
さて、昨日の雨は結局夜半過ぎまで雨のままだったのですが、文字通り「夜更け過ぎに」雪へと変わりました。ずんずん積もり始めたのです。これは期待しちゃいましたが、朝起きてみると数センチの積雪でした。それでも、雪が積もったおかげで雨がそのまま朝の冷え込みでばりばりのアイスバーンにならなくて良かったです。
天気概況によれば、年内に最低1回は本格的な積雪が期待できそうです。ひとたび降り始めたら「大雪」になることの多いタイミングなので、くれぐれもタイヤチェーンやスタッドレスタイヤなどの装備をお忘れ無く!いま現在でもアイスバーンが随所にあってノーマルタイヤでは走行できないところが多々あります。ご注意下さい。
話しは戻りますが、さっき書いた technorati で "http://www.p-sunset.com" あてのリンクをチェックしてみたらお客様の運営する2つのブログからリンクを張っていただいていることがわかったのです。どちらもとても好意的なコメントを掲載いただいていて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ペンション・サンセットのブログがスタートしたお知らせと、感謝をこめてトラックバックさせていただきます。元気丼 BLOGさん、ゆきみねこ通信さん、ありがとうございます!
※今日の写真は、ピラタスロープウエイ山頂駅前に展開する「坪庭(つぼにわ)」の早朝6時半の様子をご紹介します。(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 1℃
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
蓼科高原ピラタスの丘は新年の第一日目も雲ひとつ無い快晴です。昨夜からかなり冷え込んだので、すべての水蒸気が地表に落ちてしまったのでしょうか。澄み切った大気が空を深海のような青色に見せています。その深さに心奪われる心地です。
クルマの音も電車の騒音も街の喧噪もここにはありません。いつもと同じ静寂に満ちた新年です。ラウンジから眼前に迫る蓼科山や遠く穂高連邦を眺めていると、しんとした森や山の時間はいま止まっているのではないかという錯覚に陥ります。
雲が流れなければ空の時間は止まり、風が吹かなければ森の時計は止まる。物音がしなければ、野鳥が鳴かず小動物が動かなければピラタスの丘は時を刻まないのです。それでも僕らの時計は針を進め、この地に移住して13年がたちました。
12月にスタートしたブログも公開から12日目です。とはいえ、ブログという言葉の無かった1997年からウエブ・ログ(日記のようなもの)を毎日書いてきましたから。ブログ歴ももうすぐ10年ということになるのかも知れません。
ブログというシステムはHTMLによる静的なコンテンツ公開方式とはまた異なった、データベースを活用したダイナミックでオンデマンドなパブリッシング・システムなのではないかと感じています。個人的にはこれ、好きです。フラッシュによるウエブ・パブリッシングとともに今後主流になっていきそうですね。
いまや、ホームページもペンションのおもてなしの一部になった感があります。ホームページを訪れていただいたときからおもてなしが始まっているという実感があります。実体としてのペンション・サンセットもホームページ以上にアップグレードするように今年もがんばろうと決意も新たです。
蓼科の静寂に満ちた美しい自然の中で、みなさまのお越しをお待ち申し上げております。
★★★
ゆかちんの英国留学日記さんが当ペンションのことをエントリーした旨ご連絡してくださいました。トラックバックは受け付けていないようですので、お言葉に甘えてリンクを張らせていただきます。ありがとうございました。(^^)
今日は元日、ペンションは大忙し。どうやら今夕は夕暮れの時間に写真を撮りに行くなんて奥さんが許してくれそうもありません。そういうオーラを発しています。宿は女将でなりたっている、というのは本当です。私なんぞは下男みたいなものです、たぶん。ははは。(^^;)
雪のち晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 2℃
ものすごい積雪、風は無し
この二日あまり小休止はあったもののしっかりと雪が降り続いたおかげで、文字通りの「大雪」になった。ペンション・サンセットの周辺で60センチは積もっている。スキー場のゲレンデではさらに積み増していることだろう。これでもう、ゲレンデは平年並みになったといって良いと思う。ほっと一安心すると同時に、除雪のことを考えるとちょっと憂鬱でもある。なにしろ太ももまで埋まってしまうほど深い雪なのだ。
それはさておき昨日、この蓼科高原日記のブログ版である"Now He Sings, Now He Sobs."のタイトルを変えてみようと思い立った。それはたとえば「Tateshina Diary - blog version」であったり、「蓼科高原日記(ブログ版)」であったりしたのだけれど。じっさいにタイトルを変更してみると、どうにもおさまりが悪い。まるで僕のブログではないみたいだった。じつに不思議なことだ。だって、このブログのコンテンツは「蓼科高原日記」そのものなのだから。
タイトルの変更を考えるようになったのは、やはりアクセス数が少ないということ、検索エンジンに引っかかりにくいということだった。なにしろ英文のタイトルだから、引っかかりにくくてもしょうがない。それでも僕はこのタイトルがとても気に入っていて、いつかいずれかのコンテンツのメインタイトルにしようとずうっと想いつづけてきたのだった。
だからブログ版の「蓼科高原日記」を公開するときにそのタイトルにしたのは待ちに待った機会であり、必然だったのだ。ブログテンプレートのデザインもいろいろ変えてみたが、配色やデザイン以上に読みやすさを優先して現在のテンプレートでしばらくすすめていくことにした。
幸福とは寓話(ぐうわ)であり、不幸とは物語である
君は誰に対しても決して真に心を許したりしない。
いつも適切な距離を確保してその一線を越えることを許さない。
君には君自身の王国があって、絶対不可侵なのだ。
その王国以外のひとやことには、その本質において、ほとんどあるいはまったく興味がないのだ。
だから僕は君を信じることが出来ない。心から身をゆだねて愛することが出来ない、君が僕を愛していないのと同様に。
君にとって僕を含めた他者は幻影のごときものに過ぎないのかも知れない。
TVスクリーンに映し出されるドラマの俳優のように、実体のない映像でしかないのかも知れない。
僕や彼が死のうがどうしようがそれは現実ではなく、君には関係のないことなのだ。
そのように「かかわらない」ことによって君はいつでも安全な場所に身を置いて高みの見物を決め込めるわけだ。
永い長い歳月を費やして僕は自分が君を愛していないことを知った、なによりも君に愛されていないことを知った。
君は最後の最後まで僕の人生に主体的に関わることをしなかった。
僕は最後まで君の人生の舞台装置のひとつでしかなかったのだろう、失われたとしてもすぐに変わりの用意できる、すぐに忘れてしまえるような。
結局僕は君の道具存在でしかなかったのだ。
消耗し時代遅れになり機能不全になって、最後にはゴミとして捨てられる運命なのだ。
じっと固唾を呑んで死ぬのを待たれるのは何よりも不快で屈辱的だ。
自ら死を与える方がよほど誇りを持って死ぬことが出来るだろう。
この人生で結局のところ僕は何も得ることがなかった。
この人生はまったくの無意味だった。
全くの無価値だった。この僕にとってさえ。
僕は無能で、ひとのしがらみの中で生きてゆくための能力に欠け、その苦しみの中でそれでも生き続けなければならなかった。これを地上の地獄と呼ばずになんと呼べばよいのだろう。
天国なんてものはない、地獄なんてものはない。
人生の落第生はまたすぐに転生してこの地上の地獄にもどされるのだろうな。
何度転生すれば、とろけるような愛に包まれて生きることが出来るのだろうか。
「幸福とは寓話(ぐうわ)であり、不幸とは物語である。」(トルストイ)
晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 6℃
思い切ってホームページのトップページ(index.html)を100%リニューアルました。なぜ「思い切って」なのかというわけは、これまでのトップページが10数個のキーワード検索において、グーグル、ヤフー、msn、goo、fresheyeなどの主要検索エンジンでトップないしはベスト5に入っていたからです。
ページの内容が変わればそのランク付けは当然リセットされますから、新しいトップページのつくりしだいではがくっとランク落ちする可能性があるのです。しかしあえてそれを行ったのは、これまでのトップページはユーザーインターフェイス上、無用の長物と化していたからです。言葉を変えるならば、検索エンジンで良い順位を得ること以外の機能を果たさなくなっていたといえます。
アクセスしてくださった方にとって機能的で見やすく魅力的であるようなトップページにする必要があったわけです。今回のリニューアルの結果がどう出るかは少なくとも1週間ほどは様子を見なければなりませんが、検索エンジンの順位よりも、お客様にご覧いただけるかどうか、見やすいかどうか、わかりやすいかどうかと言うことの方が気になります。
内容的にはこれまで2ヶ月間ほど http://www.p-sunset.com/id_recommend/ に置いてオンラインで構築してきた「新しいホームページ」そのものです。「こだわり」という観点から構築した別のアプローチのホームページは http://www.p-sunset.com/index_p.html および http://www.p-sunset.com/index_p.html#pension に置いてあります。トップページにある3つのボタンの真ん中「情報満載のページへ」をクリックするとジャンプできるようにしてあります。そこには文字通りペンション・サンセットのすべての説明と情報が満載されていますので、是非ご覧いただきたいと思うところです。
さて、ピラタス蓼科スノーリゾートは昨日もご案内したとおり今回の「大雪」で全面滑走可能となり、積雪量も平年並みかそれ以上の最高のゲレンデとなっています。雪質もこの季節らしく最高のパウダースノーです。踏むとぎゅっぎゅっと音がする片栗粉のようなパウダースノーです。予報では今後最低1週間は晴天が続きますから今週末などは絶好のスキー、スノボ日和となりそうです。みなさまのお越しをお待ちしております。超お得なスキーパックもご用意しています!(^^)b
※(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得てロープウエイからの美しい冬景色を2点転載します。このような景色の中を一気に、あるいはゆったりと景色を楽しみながら4km滑走することを想像しただけでもわくわくしませんか?
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 3℃
よく訪問するウェブページでこんな一文に出合った。これは個人でホームページやブログを運営しているひとは一読する価値があると思う。
個人がwebサイトを運営、公開していく動機というのはここでも彼が言っている通り「名誉の部分に起因する精神的対価」という部分しかないと思う。
ここで言う「彼」とは『けなす技術〜俺様流ブログ活用法』の著者である山本一郎氏のことだ。あの2ちゃんねるの有名人の『切り込み隊長』でもあるとのこと。ぼくは2チャンネルにはあまり近寄らないひとなのだけれど、そのイメージとはある意味かけ離れた真摯な議論がこの著書ではなされている。
先の引用箇所についてはぼくもまったく同感だ。それは10年以上ウェブサイトを個人で運営してきてた者としての切実な実感でもある。どんなにアクセスの多い優れたコンテンツのサイトを構築運営したとしても、たとえばぼくの場合で言うなら、他のペンションより集客数が多いというわけではない。業者任せでプロフェッショナルな「ホームページ」を運営している同業者の方がむしろ繁盛しているくらいだ。
それでもぼくがプロ任せにしないで、素人仕事でこのサイトやブログを運営しているのは、ペンションをパーソナルなビジネスと考えているからだ。ホテルや旅館などのようなある意味パブリックなというか法人格での商売とは考えていないからだ。ペンションはパーソナルな宿なのだ。お客様に対するフェイス・トゥ・フェイスのホスピタリティー提供を最大の特徴とする宿泊施設なのだと考えている。
Now He Sings.
この10年余でぼくが得たものは素晴らしいお客様。これ以上の名誉、これ以上の精神的対価はないだろう。しかし、膨大な時間と労力を費やして運営してきたこのサイトから得たものといえば、たしかに、「ささやかできわめて個人的な名誉」のみだ。それでも良いじゃないか、と思う。しかし、ちょっと悔しい想いもあるのだ。
Now He Sobs.
しかし、時代はそんな想いとは裏腹な方向へと梶を切っている。経営者の想いや志なんてものは一切評価されない、結果だけがすべての時代へと変わってしまったようなのだ。ビジネスである以上、良い結果を出さなければならないのは当然なのだけれど、どれだけもうけたかという意味での結果ばかりが価値基準となってしまった。それが新自由主義経済の本質なのだからしょうがない。格差社会は新自由主義と呼ばれる企みのもたらす当然の帰結なのだ。
同時に、それは我が国においては江戸中期に確立した貨幣経済の当然の帰結でもあるのだけれど。「金(かね)は金(かね)のことわりに習いて流れる」のだ。それは水が高いところから低いところへと流れるのと同様の自然法則なのだ。金(かね)は金(かね)を愛する人の周りに寄ってくるものなのだ。拝金主義者がますます膨大な富を手に入れるのはそのような法則による。と、上田秋成の雨月物語の最終話「貧福論(ひんふくろん)」に登場する黄金(こがね)の精である翁は語る。
ああ、「こころの時代」は終わってしまったのか。高邁な精神性を目指すのはバカモノの生き方なのか。教養など腹の足しにもならないと、人間としての基本的素養をなおざりにした実学主義に走るのか。昨今奇妙な人間が増えているのはそのひずみによるものではないのか。
ぼくも、みんなも、くだんの翁の言葉にいまこそ耳を傾けるときなのかも知れない。
私は今、仮に姿形を現して語ってはいるけれども、神でもなく仏でもない、もともと情(こころ)のない物であるから人間とは違った考えをする。古代では富める人というものは、天の時流にかない、地の利をよく察して、産業を営んで富貴となった。これは天の自然にのっとった方策なので、財物がここに集まるのも天然自然の理(ことわり)である。また卑吝貪酷(ひりんどんこう)の人は、金銀を見れば父母のように親しくし、食うべきところを食わず、着るべきものを着ず、ほかに得がたい自分の命さえ惜しいと思わずに、起きて金銀を思い寝ても忘れないほどだから、ここに集まるのも目前に見えるように当然の理屈だ。私は元来、神でもなければ仏でもない、ただの非情の物である。そういう非情の物として人間の善悪を明らかにしたり、その善悪に従わなければならぬ道理はない。
いったい、善を勧(すす)め、悪を罰するのは天であり、神であり、仏である。この三つは道徳である。われら非情の物たちが関係するわけにはいかないものだ。われらはただ人びとが仕えたりかしずいたりする、その丁重さにひかれ集まると理解すべきである。ここが金に霊があっても人間の情(こころ)とは異なる点なのだ。また富んでいて今生に善行をなすにしても、わけもなく恵をほどこし、相手の人の不道徳をも見きわめず金を貸し与えるような人は、それがたとえ善根(ぜんこん)を行うものであっても財貨はついには消失してしまうに違いない。こういうのは金の使い方をおぼえても、金自体の本質を知らないで、軽々しく扱ったためである。
ぼくも耳が痛い思いがする。お金の大切さをその本質において学んでこなかった。こんなことではお金に見捨てられてもしょうがないのかも知れない。なお、この現代語訳は講談社学術文庫「雨月物語(青木正次・全訳注)上下巻」による。
晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 2℃
ピラタスの丘の住人はここから見る夕日と夕焼けが日本一だと思っています。
これはピラタスの丘ペンション村ブログに記された仲間の言葉だけれど、ぼくも、そしてじっさいのところみんなも、そう思っているだろう。「だからここにいるのだ」とも言える。もちろんひとそれぞれにここにやってきて暮らし始めた動機や理由がある。しかし共通するのはみんな自然が大好きだということ、ピラタスの丘をこよやく愛しているということだと思う。
ある作家の言によると、世の中には生きていくためにどうしても自然を必要とする人間と、まったく必要としない人間とが半々で存在するという。自分のビジネスマン時代を思い返すと、確かにそんな比率かなと納得がいく。フランスの文化人類学者クロード・レヴィストロースの言うように、そのようなひとにとって自然とは「都会」あるいは「都市」そのものなのだ、たぶん。
なにやら忙しい
それにしてもこの二日間、部屋にこもりっきりという印象なのだけれど、じっさいにはクルマで出かけて用事を済ませたり、夕方にはペンション・サンセット周辺の道路の除雪作業をやったりしているのだ。それでも、圧倒的時間をこの24インチ液晶パネルディスプレーの前で過ごしているのは事実だ。
写真を撮ってきて、ブログに載せて文章(蓼科高原日記)を書き、ホームページのページ建てやナビゲーションをアクセス解析データに基づいて見直しし、24時間即決予約システムのデータや設定を再度チェックするというのがこの二日間の仕事だった。
フォースルームでお子様の料金が計算されないという設定ミスをご指摘いただいた。他の部屋タイプでも同様のことが起こっていたかも知れない。そのような事態に遭遇されたお客様にはこころよりお詫びいたします。その点についてはすでに解決しています。
初滑りに行きたい
今週はじつに快晴無風低温の絶好のゲレンデコンディションだった。にもかかわらず、ぼくはまだ今シーズン1本もスキーを滑っていないのだ。なんということだ。時間が出来たときにはたまたま持病の腰痛が出たり、調子の良いときには雪かきや仕事が山積していたり。まあ、人生そんなものかも知れませんが。(-_-;)
個人的にはそんな感じなのですが、ピラタス蓼科スノーリゾートは平均積雪90センチ以上で、しかもさらさらのパウダースノーです。この雪がまたものすごく滑走性が良いのです。終日氷点下なので、良いコンディションが1日中楽しめます。
滑っていて小休止したときにふと目を遠方に転じれば壮大なパノラマが広がっています。この写真はピラタス蓼科スノーリゾートのクワッドリフトを降りてすぐのスノーボード装着場所からの眺めです。大げさかも知れないけれど、そんなふうにして白銀の山並みを眺めていると、ああ生きてて良かったと思ったりするんですよね。
※今日の2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 4℃
Now He Sings, Noe He Sobs. はとても良いタイトルだったけど
10年近く毎日書き続けてきた「蓼科高原日記」を「ホームページ掲載のHTML版」と「Movable Typeを利用したブログ版」の二本建てにしてから23日目に入った。なんだかもっと何ヶ月もたったような感覚なのだけれど、事実はまだそれほど時がたっていないのだった。
当初からのタイトルは「蓼科高原日記」のサブタイトルだった Now He Sings, Noe He Sobs. にした。とても気に入っているので、新コンテンツのタイトルには是非これを使いたいと暖めてきたものだ。タイトルとして見栄えも良いしね。(^^)
しかし、ご覧いただくのはほぼ100%日本人だし、誰が見ても内容とタイトルとの関連性がよくわからないということに気づいた。それでは自己満足に終わってしまう、これではいけないと思ったしだい。で、結局、事実関係どおり「蓼科高原日記 for blog」というタイトルに変更した。
じっさい、「蓼科高原日記」をブログ生成アプリケーションをエンジンとして構築するという試みだったわけだから、これほどぴったりのタイトルはないし、内容的にも「ほぼ蓼科高原日記」なのでわかりやすいと思う。
「蓼科高原日記」をブログ化したわけ
ブログ化することによって、オンデマンドでアーカイブを生成できるし、検索もカテゴリーやキーワードやタグによって容易だ。「蓼科高原日記」をそのようにサーバー上でアーカイブとして管理できることがブログ化した最大の要因だった。ちなみに「HTML版」でも Google(TM) のサイト内検索で「蓼科高原日記」を検索できる。
Movable Type の場合、コンテンツのダウンロード・バックアップも出来るし、オフラインのデータベースにもバックアップがあるから、万一のデータ消失という事態にも対応できるとおもう。まだまだ使いこなせていないけれど、少しずつスキルを磨いていこうと考えている。
ということで、タイトル変更してもこれまでどおりのコンテンツなので、よろしくお願いします。
昔から「蓼科高原日記」を読んでくださっている方はおおむね「HTML版」の方が読みやすいとおっしゃる。たしかに個人的には「HTML版」のほうがしっくりくるということはあるけれど、「ブログ版」のほうも是非ご覧いただければ幸いです。
各スキー場とも積雪は95センチ〜120センチもあるのだ。
ピラタス蓼科スノーリゾートのカモシカコースの最後の壁を下から見上げた写真。雪は平年以上にあって、他の一部地方とは状況が異なっている。平均積雪量は100センチもあり、まさに平年以上の積雪量だ。蓼科高原は雪不足ではない。各スキー場とも積雪は95センチ〜120センチもあるのだ。
風聞に惑わされないでほしい、いまこそが最高の雪質を楽しめる1年でもっとも良いゲレンデ・コンディションなのだ。現在はパウダースノーがまったく溶けずに降ったときのまま温存されている。最低気温が氷点下10℃前後で、しかも最高気温がずうっと氷点下だからだ。
2月中旬以降になると日によっては一時的に気温がプラスに転じることがあり、しだいに雪が緩くなってくる。雪質と温かい陽射しとのバランスは2月がベストかも知れないけれど、1月こそぼくらのように雪にうるさいスキーヤーのベストシーズンなのだ。是非一度体験してほしいと思う。
※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
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「蓼科高原日記」のバックナンバーのブログ化を急ぐ
Google(TM) でサイト内検索をやってみてわかったのだけれど、最近のインデックス(索引)では以前はほとんどのエントリーがヒットしていた「HTML版蓼科高原日記」がヒットしなくなって、「ブログ版蓼科高原日記」ばかりがやたらに高い確率でヒットするように変わっていた。これには正直驚いた。
もちろん、サーバー移転を行ったりサイトの構成を変えたりしたことによる一時的な現象かも知れない。それとぼくの場合、ブログサービスサイトのブログではなく、自身の契約するサーバーに Movable Type 3.33-ja をインストールして www.p-sunset.com ドメインでブログを公開していることも関係しているのかも知れない。
同じコンテンツが同一ドメインのサーバー上にダブって存在すれば、巡回ロボットは自動設定に従ってそのどちらかを選択するのだと思う。そのようにして選ばれたのがブログ版の方なのではないかと推測している。ということで、それならばということで「蓼科高原日記」のバックナンバーをどんどんブログ版に移植しているところだ。
バックナンバーは約10年分あるので、毎日その日のエントリーをアップするたびにバックナンバー10日分を移植すれば計算上では12ヶ月ほどですべてのバックナンバーの移植が完了するはずだ。問題はそれを日々のルーティンとしてきちんと実行できるかどうかだけれど。がんばるしかない。
この間も書いたけれど、そんな大変なことをやっても得るものは「名誉の部分に起因する精神的対価」にすぎないのは百も承知なのだけれど。それでも、やりたいからやるのだ。じつはそれによって実際的なメリットもありそうなのだ。つまり膨大な「日記=テキストと写真」を管理したりコンテンツとしてオンデマンドでパブリッシュしたりできるようになることが魅力的に思われる。
うちの場合データベースには当初から MySQL を使っているので、そちらのデータを含めたフルバックアップの方法も調べ廻って、一応毎日バックアップも取れるようになった。バックアップをきちんと取れないと、万一のデータ消失時ににっちもさっちもいかなくなっちゃうから。
とはいえ、ぼく自身はいまだに自分が「ブロガー」だとはまったく思っていない。もっと違った定義を支持しているからだけれど。ただの「日記書き」あるいは「雑文垂れ流し者」だと思っている。それでも多少はだれかさんの役には立っているかも知れない。
蓼科に「雪不足」のスキー場なんて無いのだ!
さて、蓼科高原の各スキー場は平年以上の100センチ〜120センチの積雪に恵まれて、12月時点の「雪不足」はすっかり解消されている。このことを「声を大にして」世に訴えたい!(/_・)/
今日の写真はピラタス蓼科スノーリゾートのテクニカルバーンの写真だ。現状こんな具合で、完璧にできあがっている。もう少しでモーグルコースが設置される予定。そのほかのキッカーなどのアイテムも1月下旬頃には設置完了する様子だ。期待していい。
※今日の2枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
※今日の1枚目の写真はピラタスの丘のほぼ真西にそびえ立つ木曽御嶽山(きそおんたけさん)です。
クリックすると拡大表示され1024×768サイズになるのでダウンロードして壁紙にすることも出来ます。
なお、この写真はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスによって保護されています。
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ピラタスでは1月20日(土)からレールとツーウェイキッカーオープンします
明日、1月20日(土)からレールがオープンします。右の写真はスタッフによるテストラン風景です。手前はストレートで奥に見えるのがフラットダウンで、全長は共に6mです。
また、このエントリー左下の写真は同日オープンするツーウェイキッカー。リップ作成中の写真です。奥側はテーブル長5mリップ1.5m、手前はテーブル長1mリップ高50cmです。※どちらも利用時には誓約書が必要です。誓約書はチケット売り場にてご用意しております。(以上ピラタス蓼科スノーリゾートからのお知らせでした)
本来 Web はテキストベースのコミュニケーションツールなんだ、って! orz
さて、ブログをメインにする以前、つまり2006年12月20日以前、この「日記」はある意味「純粋な日記」だった。あくまでも文章がメインであり、写真はめったに使わなかった。情景を描くにも文章を用いてそれを行おうと努力し、安易に写真を掲載してすませることを潔しとしなかった。まあ、そのようなポリシーだったわけです。
だからこそ、じつに様々なことについて気軽に書くことが出来たし、同時にまた様々なスタイルで綴ることもできた。それだけ自由度が高かったと言うことも出来るし、そのぶんいわゆる Web 2.0 からは遠い存在だったとも言える。それにしても、本来 Web はテキストベースのネットワークだったのだから、ぼくにとっては当然のことだったのだけれど。
しかし、時代は変わった。劇的に変わってしまった。ぼくが1人でいくらテキストベースのHTMLサイトがベストなのだとさけんだところで、そんな声は風の中に消えてしまう。だから11月から継続的にホームページの大改訂を実施したわけだし、予約システムも全自動即決予約システムにアップグレードした。そして、12月には「蓼科高原日記」をブログ化(HTML版も並行継続)したわけです。
決して嫌々やったわけではなく、やってみれば新しいウェブ制作システムやデータベースによる予約システムの構築は刺激的だった。そのように新しいことを集中的に学ぶことはたいへん楽しい経験でもあった。
いずれにしても、すべてはお客様に快適にブラウズしてご予約いただきたいという想いからでたものです。「わかりやすい」「リアルタイムで空室情報がわかる」「簡単な操作で、即決で予約確認できる」ということを目指しました。そして現在も日々改善を図っています。
さて、結果はいかがでしょうか。是非ご意見をお聞かせいただければさいわいです。
※今日掲載した2枚の写真はともに(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
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ロープウエイから見たニホンカモシカ
ピラタス蓼科スノーリゾートの名物はロープウエイを利用した標高差300m、4kmのロングダウンヒルコースですが、もうひとつの名物(?)は天然記念物にもなっている「ニホンカモシカ」です。右の写真はピラタス蓼科スノーリゾートで撮影されたものですが、許諾を得て転載させていただきます。
どこが鹿なんだ?と思う方も多いと思いますが、シカとはいってもカモシカは牛の仲間だそうで、そういわれれば納得いく姿かと思います。めっぽう寒さに強く寒い高山の上の方へ上の方へと移動して暮らしています。断崖絶壁のような急勾配でも平気で上り下りする姿は圧巻ですらあります。ロープウェイからよく目撃できる季節ですので車内アナウンスに注意していると「あそこにカモシカが・・・」と教えてくれます。
ピラタスの丘ペンション村にもたまに出没して、積雪の上に朝その足跡を発見することもしばしばです。野生の鹿も群れをなして走り回っている昨今ですので、彼らとの出会いも多くなりました。キツネ、タヌキ、様々な大きさのリスや、ここで越冬する野鳥も多く、しんとしたたたずまいのピラタスの森もじつはたくさんのいのちの気配に満ちています。
ブログシステムってなかなか良いですね
このブログは Movable Type 3.33-ja をサーバーにインストールして制作・公開しています。ブログ自体は「蓼科高原日記」を毎日10年以上書き続けてきているので、特に目新しいものではなかったのですが、2つのことに興味を持ちました。ひとつはこちらの定義にもあるとおり、社会で起こっていることに対する自分なりの意見を発信すると同時にそれについて「非・匿名」で議論できるというコミュニケーションシステムとしての可能性の部分。そしてもうひとつはウェブ・パブリッシング・アプリケーションとしてのブログ・システムの可能性の部分です。
ぼくの場合、前者にはあてはならないコンテンツだと思うので、後者に特に食指が動きました。膨大な文章と写真の検索や管理をどうしようと思っているところだったのです。ブログシステムならばデータベースでそれらを管理しているので、アーカイブをきちんとカテゴライズしてあるいはキーワードやタグで分類整理しておけば、オンデマンドで公開できる理屈だからです。
まだまだ初心者でわからないことだらけなのですが、それなりに経験を積んで情報も集めて学習して、ほんのさわりの部分は理解できたように思います。その証拠に、これまではテキストエディタで書いていたこの日記をいまでは Movable Type のエントリー編集画面で書いています。
バックアップもしっかりとっていますが、「HTML版蓼科高原日記」も並行して公開を続けているので、その点はだいぶ安心して良いのかなと思っています。ブログの怖さはまさにバックアップし損なったときにハードウエアクラッシュなどでコンテンツを失ったり壊されたりすることですから。
そんなこんなで何とかやっている昨今ですが、みなさまお見捨て無きようお願いいたします。
※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 4℃
ピラタス蓼科はモーグルバーン滑走可能に
ピラタス蓼科スノーリゾートのテクニカルバーンに併設の知る人ぞ知る人気のモーグルバーンが滑走可能です。上部にジャンプ台が1基設置されています。まだそんなに掘れていないのでちょうど良い滑りごろです。また、様々なゲレンデアイテムも完成しています。
BOX(OPEN中)、ストレートレール(OPEN中)、フラットダウン(OPEN中)、2WAYキッカー(OPEN中)、ちょい飛びキッカー(設置日未定)。最新情報は本家本元のピラタス蓼科スノーリゾートのホームページをチェックしてください。毎日精力的に情報更新されているので最新情報満載ですよ。許諾をいただき、最新の写真や図版をこのブログでも掲載させていただいています。それらすべての著作権はピラタス蓼科スノーリゾートにありますから、このブログからのダウンロードや転載は一切禁止されていますのでご注意下さい。
ピラタス蓼科は積雪100センチ以上全面滑走可能です
終日氷点下の日がずうううっと続いているので、雪はまったく溶けずに降ったときのまま積雪していますから、ゲレンデコンディションは抜群です。完璧なパウダースノーです。もう最高です。例年雪質に関してはこの季節、つまり1月下旬から2月上旬が最高なのですが、唯一の欠点はその分「寒い」ということでした。でも、今年は平年より温かいのです。いつもの2月なみの気温になっています。この機会を逃す手はありません。
★★★
それはさておき、蓼科高原日記のブログ移植はようやく2006年9月分まで完了しました。HTML版の日記を移植するのはけっこう大変なんですよね、じっさいのところ。HTMLソースをそのままコピペすればすむわけではないので。
それでも、あと3000エントリー分(3000日分)をとにかく移植するつもりです。なぜならばそれによって今後の日記の管理が飛躍的に楽になるからです。同時にリソースとしても活用しやすくなるのです。ちょっと気が遠くなってきますが、こつこつやるしかないですね。
※今日の写真と図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。
晴れのち雪 気温:最低 - 11℃/最高 - 2℃
個人的にブログの構築に使っている Movable Type のバージョンが 3.33-ja から 3.34-ja (表示は3.34)に変わった。数日前のことだったと思う。さっそくアップグレードした。
「蓼科高原日記」のブログ化を決意するまで、ぼくはブログに関しては全くの門外漢だった。ブログ・サイトのことも、個人的にレンタルサーバーにインストールして使うブログ・システムがあるということも知らなかった。
最初はブログ・サイトを利用しようかとも思ったけれど、バックアップが必須なのと自らシステムをコントロールしたかったので最終的に Movable Type 3.33-ja を選択した。インストールと設定は運が良ければすんなりいくけれど、たいていどこかで引っかかるようだ。
ぼくの場合はシステム条件はクリアーしたが、「#StaticWebPath http://www.example.com/mt-static」のように「#」を挿入して「StaticWebPath」を無効にしなかったところで失敗した。こうしないとマニュアルにあるような設定画面が出てこないのだ。(サーバー環境によって問題ない場合もあると思うけど)
借りているサーバーが異なってもこちらが参考になると思う。じっさい、ぼくの場合も別のサーバーホスティング会社と契約しているけれど、このまま適用できる内容になっている。ぼくがインストールした時点ではまだ公開されていなかったのだ、余計な苦労をしてしまった。(^_^;)
これから Movable Type を使おうというひとにはこちらの「小粋空間」というブログが強い味方になってくれると思う。気軽にブログを公開するならブログ・サイトがおすすめだけれど、長期にわたって本格的に続けようと思ったらレンタルサーバーを契約して Movable Type をインストールして使うというのも選択肢としておすすめだ。
★★★
朝からとても良い天気だったけれど、夕刻からちらちらと白いものが降っているような・・・。やがてそれが雪だということがわかった。小雪だろうと思っていたら、なんとけっこう積もりだしたではないか。さらさらのパウダースノーだ。これは明日お越しのお客様への良いプレゼントになるだろう。
★★★
本格的な冬の雪道になって、今年初めて採用したミシュランのスタッドレスタイヤ(ラティテュードX-ICE)のインプレッションがはっきりした。結論から言うと、ウェブ上でよく言われるように全然だめな路面というものには遭遇していない。
食いつきは確かにブリヂストンのほうが良い。しかし、滑り出しのフィーリングや、滑り出してからのコントロール性の良さはとても気に入っている。あ、そうそう、ぼくの車はランドローバー・ディスカバリー2(4WD)だ。
唯一弱いと実感するのはもこもこの粉雪の路面で左右に広がるトレッドパターンが食いついて左右どちらかにステアリングをとられやすい点だ。まあ、これも慣れの問題ではあるのだけれど、最初のうちはちょっと驚く。同様に、わだちにもはまりやすい。
これはこれとして個性と思うほかない。その上で総合的に評価すれば、乾燥路面90%以上ならばおすすめといえる。意外に思われるかも知れないが、当地も融雪剤で雪を溶かすようになり、乾燥路面走行が90%以上なのだ。このタイヤの乾燥路面でのパフォーマンスは評判どおりだ。
以上、興味のある人向けの情報。
晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 4℃
まず写真を選ぶ、それから構成を考えて、しかるのちに初めて文章を書き始める。蓼科高原日記をブログ・システムに載せるようになってからの作法だ。以前は、つまりHTMLで書いていたときには、テキストエディタでいきなり書き進めて、ほとんど写真は使わなかった。だから写真と文章や思考とのインタラクションはほとんど無かったと言っていい。
おおむね三行で一段落、それを4回繰り返して、16小節ワン・コーラスって感じだった。ブルースコードを奏でるベースラインに乗って書くって感覚だった。そこには内面的な映像しかない。具象はなく、抽象や形而上の世界しかなかった。ある意味純粋に内省的で自己完結的な気分に浸ることが出来た。ぼくの描く蓼科は、ぼくの内なる蓼科だった。しかし今はちょっと違ってきているように思う。
写真も同様にぼくの内なる蓼科の映像を写真というかたちで実体化させる試みだった。ちょっと大げさな表現だけれど、可能な限り正確に言葉にしようとするとそんな気障(きざ)な言い回しになってしまう。いつ頃からいつ頃がそのような時期だったのか今は思い出せないけれど、そんな幸福な数年間があった。そして今はそうではないというのも、また事実だ。蓼科高原日記の1998年から2003年頃あたりのバックナンバーを読むとそんな空気感があるかも知れない。
そんな想いとは関係なく雪は降り、雪は積もる。ずんずん積もる。今年は数年ぶりに降雪量の多い冬だ。ゲレンデの積雪量も平年より多く、雪質も数年に一度という最高のパウダーコンディションになっている。
今日も3時間かけてふたりがかりで除雪作業にいそしんだ。いわゆる「乾雪」なのでさらさらふわふわで腰に負担がかからず、除雪機で飛ばすのも効率的だ。風があると飛ばした雪が全部吹き戻されてしまうのでまったく使い物にならないのが除雪機の欠点なのだけれど、さいわい今日は微風だった。
夜間に雪が大量に降って、早朝から晴れた朝は最高の気分になる。これはじっさいに体験してみなければわからない感覚かも知れない。雪かきは大変なので気が重くないといったら嘘になるけれど、真っ白な朝の陽光に輝く雪はまるで砂漠のように見える。本物の砂漠よりもおりこうさんな砂漠だ。雪まみれと砂まみれとどっちが良いかと迫られたら、絶対雪まみれのほうがいい。なにを奇妙な比較をしているのだろう。
400ccの排気量の強力な除雪機で積もったばかりのパウダースノーを飛ばすのはけっこう快感だ。同時に、見た目ほど楽な作業ではない。ここはかなりな傾斜地だし、雪の下には岩や太い木の枝が潜んでいて、長年の勘でそれを噛み込まないように事前に除雪羽(オーガ)を引き上げてやらなければならない。また、うっかり深雪にはまろうものなら、200kg以上ある除雪機をひとりで引っ張り上げなくてはならない。そう、ここではなんでもひとりでかたを付けるのだ。どうにもならないときは、もちろん助け合うけれど。
そんなこんなで13年の時が経過してしまった。ぼくは多少なりとも自立した人間になれたのだろうか。それともこれは単なる隠遁生活(いんとんせいかつ)に過ぎなかったのだろうか。
晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 2℃
10年かけてふりだしにもどった
昨年の10月頃からずうっと自分の、というかペンション・サンセットのホームページのリニューアルにかかりきりだったような気がする。このウェブサイト(データ容量が200MBを越えたいま、そう呼ぶ方がふさわしいだろう)を開設したのが1996年7月1日だから去年の7月時点で満10年を迎えていたわけだ。
さすがに周囲のペンションや旅館の「ホームページ」と比較しても「古くささ」が目立ってきているように、少なくとも「ぼくには」感じられたのだ。その1年前に、ウェブや最新の書籍で学んで W3C の標準規格で主要な部分を再構築したのだけれど、それだけでは不十分だった。
ぼくがHTMLを書き始めた頃、標準規格は HTML 3.0 がようやく策定されたところだったように記憶している。だいぶ前からそれが HTML 4.01 Transitional ないし HTML 4.01 Strict となっていた。古いブラウザーを使っているひとのことも考えて HTML 4.01 Transitional を採用した。同時に CSS(カスケーディング・スタイルシート)も本格的に導入して、構造記述と修飾記述とを可能な限り分けて書くようにした。
次の段階はブログなどで標準となっている XHTML への対応だ。ものすごく優れたホームページ作成ソフトが出そろって、初心者でもHTMLの知識がまったくなくても素敵な見栄えの良いホームページを作成することが出来るような時代になったのに、ぼくは反対にいまHTMLやCSSやJavaScriptを手打ちで入力している。なんだか10年かけてお里帰りしたような奇妙な感慨を感じている。
ホームページは広告宣伝なのか
ホームページは広告宣伝なのか、と問われれば、「イエス」であり「ノー」でもある。古い用語を使うならば、ホームページによる情報発信は「PR(パブリック・リレーションズ)」であるというのが妥当なのだろう。しかし、じつに微妙なポジションに現在は置かれているように思う。すくなくともWWWは原初より「情報伝達メディア」であったことだけは断言できるのだけれど。
そのことがぼくを迷わせる。その結果、日々、ある時は劇的に、またあるときには細やかにペンション・サンセットの「ホームページ」のコンセプトやポジショニングや語り口やデザインやサイト構成を変化させ続けている。良くないこととはわかっているけれど、試行錯誤とはこのような結果をもたらすのもなのだ。
「広告宣伝」と「情報発信」という似て非なるふたつの位置づけの間を行ったり来たりしているのかも知れない。すくなくともウェブ以外のメディアにおいては、一応、「広告」には広告の作法があり、「情報」には情報の作法が確立されている。しかしウェブにおいてはなんでもありなのだ。
そのことがぼくを迷わせる。頭がかたくなってしまったのかも知れない、そんなことで右往左往するなんて。ただ現象面で見るならば、今年あたりから宿泊業にかんしてはプロに依頼して構築された「プロフェッショナルな広告宣伝にフォーカスしたもの」がメインストリームになってきている。
個人的には、ペンションのホームページは可能な限り「オーナーの手作り」であるべきではないかとも思うのだけれど、そんなのどかな時代は終焉を迎えたのかも知れない。ぼくはあいかわらずトレンディーじゃないのだ、たぶん。あいかわらず「パーソナルなコミュニケーション」を求め続けているのだから。
宿は苦行?
世の中は好景気だそうなのに宿はますますデフレ状態、安売り競争の総力戦になっている。構造不況は当分終わりそうもない。「しゅくはくぎょう」を変換したら「宿は苦行」と出た。まさに言い得て妙ではある。じつに「宿は苦行」となりつつあるのかもしれない。
晴れ 気温:最低 - 15℃/最高 - 7℃
ピラタス蓼科スノーリゾートは今週末がベストかも
今日の午後4時頃のピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデの写真です。スタッフの方の撮影です。積雪は120cm以上でロープウエイ利用のヒョウタンコースもカモシカコースもすべてのコースが滑走可能、パウダーゾーンもたくさんあります。雪質は完璧なパウダーで最高です。雪質に関しては今週末が今シーズンではベストのコンディションになりそうです。これからどんどん暖かくなってきますから。
しかし今日に限っていうなら、最低気温が氷点下15℃とこの冬一番の冷え込みになりました。最高気温も氷点下7℃と上がらず、暖房を入れないと館内も氷点下になるほどでした。それでも、年々暖かくなってきていることを実感します。たぶんこの冬も氷点下20℃まで冷えることはないでしょう。
まちがいなく暖冬化は世界規模で進行しています。
ホームページを個人的に運営する意味
それはそうと、このサイトは「ペンション・サンセットのホームページ」であると同時に「オーナーである僕の個人的なサイト」でもあるというところが、他のペンションのホームページと決定的に違うところなのかも知れない。先日のエントリーで「ホームページは広告だ」ということは「イエス」であり同時に「ノー」であるとしか言えなかったのはそのような事情による。
また最近の他のペンションのようにホームページをプロに制作運営委託するということができないのも同じ理由による。というか、単純に僕がそう決めてしまえばいいだけの話なのだけれど、そうなるとこれまで10年以上がんばってやってきたことはいったいなんだったのか、という問いに僕自身が答えなければならない。
僕にとってホームページ(ないしはウェブサイト)の評価は、単純に「どれだけ集客に結びついたか」という指標だけでなく、「どれだけお客様と心が通ったか」ということがとてもとても重要なのだ。じつに青臭い考えだとは思う、それでもこの想いをつないでいきたいと想っている。
そうだ、そうなのだ、これは「個人的な想い」の問題に過ぎない。経営者として判断するならば、こんな大変なことからは早々に手を引いてプロにまかせてしまうほうが、集客の面からもずっと効果的で効率的だと想う。
昨年12月に特に個人的なコンテンツである「蓼科高原日記」をブログ化してホームページ本体と分離したのはそれなりの解決策の方向性だった。ホームページはペンションの集客により最適化していく、ブログは個人的なコンテンツとして(ただし、ペンション・オーナーとしての立場を忘れずに)並立していく。
このかたちはペンションの成り立ちとよく似ていると思う。ペンションは単なるハードウエアとしての宿泊施設ではなく、経営者たるオーナー夫妻ないしはオーナー個人の個性や雰囲気と密接に結びついて初めて成立する宿なのだ。
だから僕はなにがあっても日記を書き続けている。10年余、一日も休まずに。
※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 3℃
雪道荒れる 強烈な陽光
これが今日のキーワードだ。このようなメモから今日の日記を書き起こしていく。まず写真をアップロードして、写真にインスパイアされて書き綴る場合ももちろんある。どちらがどれくらいの比率になるのか定かではないけれど。
今日は前者のケースに当たる。さて、今日は昨日と同じ最低気温、最高気温になった。天気は晴天で、いよいよ陽射しが強烈になってきた。その熱量は半端ではなくて、氷点下の気温でも輻射熱の出やすい面の積雪はどんどん溶け始めた。
屋根からの落雪は昨日同様激しく、ほとんど落ちてしまった。道路は積雪の少ないところはほぼ乾燥路面になり、積雪の厚い部分はもこもこの悪路になった。それを見計らって除雪車が雪を道路から押し出してくれたので、その後はかなり状況が良くなった。
予報では金曜日夜あたりに雪が降りそうとのことだから、週末には道路は再び冬らしい積雪路になると思われる。くれぐれもまだ2月上旬なのだということを忘れずに、タイヤチェーンなどの準備おこたりなきよう。
沈黙は聞くことが出来る 責任は夢の中から始まる
それはさておき、我が敬愛する作家、村上春樹の「海辺のカフカ」を読み返している。もう何度目になるのだろうか。深夜、作中に登場して読者の間で話題になった100万ドルトリオによるベートーベンの「大公トリオ」を聴きながら読む。この難解とも言える作品を読み解くことが自然に出来るようになった気分になる。
ここが里ならば、「なにもかもが寝静まった深夜」と書くところだけれど、ここは標高1800mにせまる亜高山帯なのだ。自然は決して眠らない、都会が眠らないというのとまったく異なった意味において。
野生動物はそのほとんどが夜行性なのだ。だから我が家の夜警担当のシベリアンハスキーのパル君も、時代劇で武士が刀を肩に立てかけて壁にもたれて仮眠するような感じで、夜間は半分起きているのだ。そして、我々が起床したのを確認してから爆睡する。
ここは静かなところだ。その印象と実感は13年暮らしたいまでも変わらない。日中でも耳の奥からきーんという音が聞こえてくる。深夜ならなおさらだ。「海辺のカフカ」でも山奥の小屋で主人公の少年が聞く「沈黙」はこのようなものだったのだろう。第15章の終わりに彼は語る。
「沈黙は耳に聞こえるものなんだ。ぼくはそのことを知る。」
それはここではあたりまえのこととして体験される、最初は新鮮な発見として、その後は感動的な日常として。そんな環境の中で日々を送り想いを巡らしているとイェーツの言葉もまた自然に心を打つようになる。体質が変わるのと同じように、こころも変わるのだ。
「夢の中から責任は始まる。(In dreams begin the responsibilities.)」
想像力のないところに責任は存在し得ない。想像力がなければ、その人間にはなぜそれが罪なのか永遠にわからない。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
そのような種類の殺人者は「夢」を見ることはないのだろう、たぶん。想像力のないところに夢はなく、責任も始まることはない。
未明まで雪、その後晴れ 気温:最低 - 4℃/最高 3℃
3月なみの陽光の下、華やぐスキー場
ピラタスを始めとして各スキー場とも大変な賑わいを見せた。やはり「雪不足報道」の影響で(じっさいは信州には平年並みの積雪があった)、年末年始のスキー計画をこの連休に延期したお客様が多かったためではないかと推察される。じっさい、ここ数年でもっともにぎわっているのではないかと感じている。
右の写真はピラタス蓼科スノーリゾートの今日の午前中の写真で、リフト待ちはそれでも3〜5分待ちだったとのことだ。左下の写真もスタッフの方による写真だが、昨夜からの降雪でこんな感じで樹氷が綺麗についた。今夜も雪が降る予報なので明日も良い感じになると思うとのこと。
ということで午前中と午後陽射しが弱まってからのピラタスはとても良い感じだった。
しかし正午近くなり陽射しが強くなると、雪質は標高の高い部分は完璧なパウダーだったが、標高の低い部分は正午を挟んだ4時間ほどは水気が出たシャーベット状の部分も出てきた。だが、よく観ると雪の結晶は崩れていないので、これでまた冷え込みがきつくなれば回復してパウダーコンディションにもどる雪となっている。
さっきも書いたけれど、明日未明には若干の積雪の予報が出ているので、明日はもう少し良い感じになると思う。それにしても、一昨日から今日にかけてのこの異常な熱波(?)はなんなのだろう。気温は平年の2月と何ら変わらない低温なのに、この強烈な陽光によって雪が3月みたいになっているのだから尋常ではない。
今夜の冷え込みと積雪に期待したいと思う。
ブログってなんだか裸で街を歩く感覚なんだ
それにつけても、ブログというこのシステムはやはり古来の(?)Web Logに比較すると、まったく異なるカテゴリー、まったく異なる概念のもとに存在するのだということを実感する。自分のホームページ(Web Page)の中で日記ないしは日誌のようなものを書いているときには感じたことのない「丸裸になったような感覚」を日々体感する。(ちゃんとした服装をしているのに)まるで全裸で街を歩いているような気分になってくる。
ホームページで書いているときは心地よくなじんだ自分の部屋で書き物をしている感覚だったのが、ブログの場合はどこか「パブリックな場所」で誰かに向かって語りかけているような気がする。とにかくものすごく「パブリック」な感じなのだ。公式見解を述べているような感じであって、これまでのような「ひとりごと」ではすまされないようなある種のプレッシャーを感じるのだ。
これは気のせいなのだろうか、個人的な特異な感覚に過ぎないのだろうか。それとも誰もが感じていることなのだろうか、浅学寡聞(せんがくかぶん)にしてぼくにはわからない。
※今日の写真は2枚とも(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
雪のち晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 3℃
ピラタス蓼科スノーリゾート記録的入り込み
風があって寒い本来の2月の天気。朝方はかりかりのバーンの上に新雪が載った二層構造状態だったが、昼頃からなじんできて快適に。リフトはもとよりロープウエイもものすごく混んで、ピラタスロープウエイのひとがこんなに混んだのは開業以来初めてだといっていたとのこと。
それでも、リフト1時間待ちなんてことは全くなかった。ロープウエイも混雑時には10分間隔で運行されるのでこちらもめちゃくちゃ待たされるということはなかったと思う。そこがピラタス蓼科スノーリゾートのいいところだ。
今日が昨日以上に混雑したのには理由があって、昨日から滞在しているお客様に加えて今日ご到着のお客様がゲレンデに出たということなのだ。だから今日がこの連休の混雑のピークということになる。明日はぐっと落ち着いた感じになってくると思われる。
天気概況によれば、今週は本来の2月の気候に戻り冷え込みの厳しい日が続きそうだ。3連休直前の異常な暖かさ(というか気温は普通なのだけれど陽射しが強烈だった)は一時的なものに終わりそうだ。ということで、2月のスキー場は2月のスキー場らしさを取り戻す。
連休の超繁忙期を乗り越えたぼくは本来のグータラしたぼくらしさを取り戻す。
やっぱりブログと「日記」とは違うようなのね
昨日、ブログを書いているとなんだか裸で街を歩いているような気分になってくる、というようなことを書いた。これは本当にそのとおりで、いったいこの無防備感はなんなのだろうっていうほどだ。自分の城で好き勝手なことを言っているという感じではないのだ。サテライトスタジオで公開放送をやっている感じに似ているかも知れない。
それはそうと、ぼく自身はこの日記を「ブログ」だとはいまだに考えてはいない。たしかに「ブログシステム」は利用しているけれど、それはCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)としての潜在性に魅力を感じているからだ。
それと始めてみてわかったことなのだけれど、Web Page(ホームページ)にその独自の世界があるのと同様にblog(ブログ)にはブログ界とでもいうべき別カテゴリーのウェブワールドがあるということにも魅力を感じる。同じキーワード検索でも、ウェブ検索とブログ検索とではかなりニュアンスが違う結果が出てくる。そこが面白いと思う。
このコンテンツ、すなわち「蓼科高原日記」はそうした意味からも、Web版とblog版とを並行運用していくつもりだ。
あと2日で3650回目を迎えるこの日記は、めでたく(?)満10周年を迎える。よくもまあ、書き続けてきたものだと思う。雨の日も風の日も雪の日も日照りの日も、高熱にうなされている日も、ぎっくり腰で伏せっている日も、片手を怪我して左手しか使えないときも、目を怪我してほとんど見えなかったときも、とにかく書き続けてきた。こんなことはぼくの人生で唯一のことだ。ぼくは典型的な「三日坊主」のひとなのだ。
ある意味、ちょっと、感無量かも。
晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 2℃
蓼科の10年間が凝縮された日記
「蓼科高原日記」は、ほぼ10周年記念日を迎えた。気づいてみれば今日でこの日記は3,650日目を迎えていた。閏年(うるうどし)があるから「ほぼ10周年」ということか。あっという間のような気がするけれど、バックナンバーを読み返してみると遙かな道のりだったことを改めて実感する。感無量というか、ふ〜、なんだかとっても疲れたというか、充実感というか、いろんなものがごったまぜになって、自分でもよくわからない。
ここまで書いたところで本当にどっと疲れが出て、もう起きていられなくなってしまった。3時間ほど眠っただろうか、夢のない眠りだった。その時間だけすっぽり人生から抜け落ちてしまったような深い眠り、いや、というよりは「無」だった。まるで生まれ変わったような感覚がある。同時にすべてがリセットされ、あらゆるメーターがゼロを指している。
象徴的な夢は見なかったけれど、これは象徴的な感覚なのかも知れない。またすべてを一から始めることになるのだと。いまやビジネスにも、ウェブにも先行者のプライオリティーなどない。新規参入者の方がむしろ有利かも知れない。新たな10年にむかって積極的にリスタートするしかない。
蓼科をピラタスの丘を愛している
真夏のような満天の星空に驚いた。冬の夜空は星座が寂しく感じるものなのだけれど、今日はいつもと違っていた。まるで8月の空のようにゴージャスなのだ。寂しげで怜悧な光を放ついつもの冬空とはほど遠い。ときおり流星が燃え尽きるのが見える。すぅっと流れてきて、ぼわっと燃え尽きるその瞬間、まるで稲光のような強烈な光を放つ。見逃すはずがない。
氷点下8℃、手袋を忘れたので両手の感覚がほとんど無くなっている。共に歩く愛犬パルはずんずんアイスバーンを突き進む。アイスバーン用に特化されたクリート(スパイクのようなもの)を付けたソレルのカリブー(革製のスノーブーツ)はまるでスキーブーツのように重い。しかしこれでないとまともに歩くことは出来ないのだ。
日常生活でも、カナダやアラスカで常用される衣服や靴などをよく利用する。米国のアマゾンのサイトやREIのサイトで購入して個人輸入するしかないのがちょっと面倒だけれど、耐久性も機能も申し分なくなによりもじっさいに使って信頼できるアイテムばかりなのだ。
そういえば、アイテムではないけれど、愛犬パル君もアラスカからやってきたおじいさん(スノーマン)、日本で生まれたお父さん(スノーファイティング)を持つシベリアンハスキーだった。
ことかように肉体的には過酷なところもある、それが自然の中で暮らすと言うことだ。しかし、ぼくもパルも蓼科を、ピラタスの丘を愛している。ここ以外に暮らしたい場所はない。
雪のち雨 気温:最低 - 7℃/最高 3℃
東京では初雪の前に「春一番」が吹いたのは観測史上初とのことですが、ピラタスの丘でも「春一番」と思えるような強い風が吹きました。ペンション・サンセットの正面から雨が吹き付けてまるで冬とは思えない一日になりました。朝のうち雪が降り霙(みぞれ)に変わりそして雨になったのです。唯一冬を実感させるのはこの気温だけでしょうか。
とても静かな一日でした。それはぼくの内面的な条件がそう感じさせるのか、本当にそうなのかさだかではありません。まあ、それでなくてもここは静かな場所ですから、それにすっかり慣れてしまったぼくが「静かだ」というほど静かだったのでしょう。
耳の奥からきーんというあの静寂の音が聞こえてきます。今日ぼくはひたすら眠りました。昨日この日記がちょうど「ほぼ10年」を迎えたことを認識して以来、急激な睡魔と疲労感がぼくを捉えたのでした。ただただひたすら眠りこけた一日でした。そしていま「再生」した、いや、「蘇生」したといったほうが当たっているかも知れません。
人生にはまだまだ「つづき」があるのです。いつ「突然」終わるかも知れないのですが。まあそういうことで、この日記は生きている限り書き続けようと、そう思うわけです。そういう意味では自分のために書いているということなのかも知れませんね。山を登るときのように、淡々と粛々と歩みを進めるわけです。
人生に関しては茫洋(ぼうよう)として展望が開けないのですが、仕事に関しては、いま計画しているのはフラッシュを利用した現在のペンション・サンセットのご案内に移行する以前の「うんちく」や「こだわり」を語った「旧いご案内」の内容をダイナミックにご覧いただけるようにブログシステムに移植しようということです。
立地、施設、料理、天然酵母パン、アメニティーなどなど、カテゴリー別にご覧いただくことも可能ですし、アップデートされた内容へのアクセスも簡単になります。なによりも最新情報を更新追加しやすくなるので、大いに「うんちく」を語りやすくなりますから。日々進化するサービス内容をタイムリーにお伝えすることが出来ると思います。
それにつけても、自分もこの10年でずいぶん「毒気」が抜けたなあと思います。大人になったということなら良いのですが、そういうことではなくて覇気が無くなったというか戦わなくなったというか、なんかそっちの方が強いような気もしないではないです。
ペンションはお客様相手の商売ですから、商業的成功を目指すならばもっと早くそうなるべきだったのかも知れません。しかし、個人的信条として(心情としても)それはできなかった。いわば「啓蒙主義」という名の折れた剣で「それはちがうだろう!」ということどもに闘いを挑まないではいられなかったのかも知れません。まるでドンキホーテですね。
そして、なにも変わらなかった、たぶん。そのことによって唯一変わったのは、ぼく自身だったのかも知れません。なにも変わらなかったこと、なにも変えられなかったことによって、ぼくは変わったのです。もちろんぼくの本質はなんら変わるところはないのですが、それにかなり近いところでなにかがカチリと切り替わったのを感じます。
晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 1℃
2006年12月20日に蓼科高原日記のブログ化を開始してから2ヶ月が経過した。この2ヶ月分のエントリーは Movable Type というブログシステムを利用して書かれたことになる。それ以前のエントリーはペンション・サンセットのホームページ上の「蓼科高原日記」というコンテンツとしてテキストエディタを使って1日も欠かさず書き続けられたものだ。
ただし、初期のものがデータとして失われてしまったため、残存する日記は1997年4月16日以降のものとなっている。当初は「オーナーズコメント」というタイトルで1996年7月1日より書き始められ、日々うち捨てられ書き換えられていたのだった。その後タイトルが「オーナーのひとりごと」に改められ数年を経て現在の「蓼科高原日記」となった。
ブログシステムはCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)として優れているので、これまでのすべての日記をブログシステムのデータベースに打ち込むつもりだ。移行段階で再編集したり写真を貼り込んだりするならば、データ量としてはおよそ400MB程度になると思われる。
そうなると現在借りているサーバーのデータ・スペースが足りなくなるかなあと思っていた矢先に、データ・スペースが現在の420MBから1GBに拡張されて料金据え置きといううれしいお知らせメールがやってきた。現在のウェブ環境を見通したじつにタイムリーなサービス見直しだと思う。
これでデータ容量のハードルはなくなった。あとはデータ移行作業のスケジューリングだ。今日のエントリーの連番3659を見ればわかるとおり、膨大なエントリーを移行しなければならない。どんなに急いでも1年では終わりそうもないというのが正直なところだ。
これだけのエントリー数だから、ゴミのような文章もあるだろうし、駄文もあるけれど、いま読み返すと自分でも刮目させられるような記述に出合ったりすることも少なくない。それだけでも、つまりぼく自身のためだけということでも、この移行作業を行う意味は充分あると思う。
そんなことで、今後とも、これからの記述のみならず、過去の記述にもお目通しいただければ幸いです。
晴れ 気温:最低 - 11℃/最高 - 4℃
とても寒く感じたら、今朝は氷点下11℃まで冷え込んでいた。以前だったらこんな気温は暖かい方だったのだけれど、暖冬つづきですっかり身体がヤワになってしまったようだ。ここで「寒い」というのは氷点下13℃以下なのだ。じっさい、その気温になると北海道でいうところの「しばれる」という感覚がしてくる。ぎゅっと脚やからだが締め付けられるような寒気なのだ。
そんな感覚からもずいぶん遠ざかってしまった昨今の冬ではある。氷点下3℃以下では手袋無しでは耐え難かったのだ最近では氷点下8℃でも素手で犬の散歩に出かけたりするようになった。これは身体が変化適応したのかそれとも冷え込みの質が変わってしのぎやすくなったのか、よくわからない。
いずれにしても今年はいまだにピラタスの丘では氷点下20℃を記録していない。数年前まではそんなことは「ありえない」ことだった。やはり気象異常は本物なのだ。暖冬異変はもはや「異変」ではなくて、日常となりつつあるのだ。
まだ2月だというのに陽光は3月下旬を思わせる強い熱線を浴びせかける。気温は平年の2月とかわらないのに。陽射しのある間は3月のように暖かく感じる。氷点下でも熱線が到達すれば雪は地面に接している部分から溶け始める。それが一見しての雪の少なさの理由だ。
しかしゲレンデは一面に藁を敷き詰めて断熱しつくられているから、ピラタスの丘に比べて遙かに雪が多いし、雪が溶けているという印象はほとんど無い。特にロープウエイ山頂駅からのコースでは1月なみに感触の良いパウダースノーを満喫できるのでご心配なく。
それにつけてもブログを書き始めてまず必要を感じたのは、普段撮影に使っている1眼レフデジカメだけでは機動力不足なので、ネックストラップで常に首からぶら下げて歩き回ることの出来るコンパクトデジタルカメラが等しても欲しいということだ。ものを見る視点が1眼レフとはまた異なってくるところも面白いしね。
この春の新機種が一斉に発表発売になって、値の下がった旧機種をねらっているのだけれど、帯に短したすきに長しで、なかなか機種が決まらない。まあ、スナップショットがメイン名のだらかそんなにこだわらずに使いやすいものを選べばいいのだろうけれど。
ピラタス蓼科スノーリゾートの褐藻可能コースの図を掲載しますが、全コース全エリア滑走可能です。積雪も120センチと平年以上の積雪となっています。信州に関しては「雪不足」はまったくありませんので安心してお越し下さいね。
※今日の写真と図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
暴風雪のち晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 4℃
文字通りの「暴風雪」になりました。おそらく未明から始まったものと思われるのですが、強い風(というか暴風)が終日吹き荒れ、さらさらの粉雪を地吹雪のように吹き飛ばし、吹き寄せたのでした。これはもう「吹雪」の範疇ではありません。この冬初めての経験でした。
空は真っ青に晴れ渡っているのに、地表では氷点下の大気が猛烈な勢いで渦巻いているのです。空が晴れ渡っているのは、あたりまえですが、この強風が雲という雲を吹き飛ばしてしまったからで、夜になってもそれは変わらず、ぞっとするほど澄み渡った夜空に冬の星座がぎらぎらと輝きました。満月に近い月の光が、近景から遠景までくっきりと照らし出しています。
午後になって上空が晴れてもこの雪は蓼科山や八ケ岳の山頂付近を覆っている分厚い雪雲から風に乗ってこちらに運ばれて降り続きました。「天気雪」ですね、これは。それも強い陽射しの元での「吹雪」なのです。もう晴れなのか雪なのかわかりません。
用事があって山麓の街に降りましたが、街ではさしたる風はないのです。どちらかといえば温暖な穏やかな天気でした。で、すっかり山の天気のことを忘れて夕刻に戻ったのですが、ピラタスの丘にはいり、標高1650mを超えた辺りで突然の暴風に再度出会ったわけです。びっくりしました。まさに台風の風です。
暖冬で伸びて寝ていたシベリアンハスキーのパル君も今夜ばかりはアラスカにいた時みたいに丸くなってブリザード対応の姿勢で眠っています。気温はさほど下がらなかったのですが、この暴風で体感気温は氷点下20〜30℃だったのではないかと推察しています。ゲレンデも寒かったでしょうね、きっと。でもそのぶん、雪は最高だったはずです。
★★★
それはそうと、ブログシステムを使い始めてみて写真をふんだんにアップできるようになったことで、「映像の力」を再認識しています。すべてを文章だけで表現することもすてきなチャレンジだったのですが、自分の想いを込めた写真と(あるいは事実としての映像と)リンクした文章という表現形態の可能性の大きさにいささかとまどっています。
21世紀にはいってコミュニケーション形態そのものが、よりビジュアルになったことを実感します。文章でさえビジュアルな表現にそのメインストリームになってきているように感じています。昨今のヒット小説やコミックの原作は文字通りビジュアルな作品が多い。だから映画やTVドラマやDVDといったマルチメディア展開が容易なのだと思うし、それは良いことだと個人的には感じています。
これは写真をおろそかにはできないぞ、というのが「蓼科高原日記」の語り手としての認識であり、その点をもっとがんばらねばというある種の危機感となっています。で、そのための機材としてのデジタルカメラやレンズにいささかの投資をする必要があるのではないかと研究を始めたところです。
ホームページの場合、100枚写真を撮ってもアップできる写真はじっさいには数枚しかありませんでした。それ以外のほとんどの写真はそれ自体は満足のいく写真でも、微妙に違和感が出てしまったりするものです。
しかしブログの場合はそのあたりのハードルがかなり低くなります。写真としての芸術性よりも、見たままの事実としてのあるいは風景・情景としての写真であれば良いからです。まあ、個人的にはそんな基準を持っているわけで、ホームページ用の写真とブログ用の写真とは似て非なるスタンスで撮影すべきだと考えているしだいです。
極論すれば、ホームページ用のそれは商業写真(コマーシャルフォト)であり、ブログ用のそれはあえて言うならば「日常写真」というか「僕が見た蓼科」を写し取ったものであれば良いわけです。そのためにはコンパクトなデジカメの方が良いのか、より対応能力に優れたデジタル1眼レフが良いのか、いま評価しているところです。
ということで、文章も変わってきていますが、写真もきっと変わってくることと思います。個人的にはそのあたりを楽しめればいいなあと、ちょっと期待もしているのですが。
晴れ 気温:最低 - 14℃/最高 - 2℃
明らかにいつもと違う冬です。冬の始まり方も去年あたりからすっかり変わったように感じていましたが、この冬ははじめから(おそらく)おわりまで、いつもとは異なった冬になるのかも知れません。
八ヶ岳のちょうど向こう側(東側)の野辺山では、八ヶ岳おろしが吹きすさぶ冬にはなにもかもが凍り付き耐え難い寒さだと聞いたことがありますが、それほどではないまでも、この冬はこちら側(西側)でも3月に入って風の強い日が多くなり日中の気温が高いわりに寒い日が続いています。
この澄み切った真っ青な空が夜の寒さ、アフターダークの冷え込みの厳しさを証明しています。
それはそうと、この超広角ズームレンズ、最初は「あれ、こんなていどかぁ」と思ったのですが、実際に使い始めてみるとこれがけっこうワイドで、面白くてしょうがない。標準の35mm換算の28-300mmズームはまったく使っていません。というか出番があまりない。
デジタルカメラの色に関して「記憶色」という概念が最近よく使われますが、同様に「記憶空間」というのもあると思うのですね。昔通った小学校などを大人になってから訪ねると「え?こんなに狭かったっけ」なんてことがあると思いますが。それが「記憶空間」のなせる業です。
この超広角レンズで写した写真は「記憶空間」のイメージなのです。物理的にはひとの周辺視野を含んだ空間なのです。あるいは一点に視点を置いてぐるりと見回した映像です。
そもそも人間の視野というのは「非ユークリッド空間」つまり「球面幾何学」の世界なので、超広角レンズや魚眼レンズと同じように空間を写しているのを脳が情報処理してわれわれが日常的に認識する「ユークリッド空間」に変換しているわけです。要するに平行線が永遠に交わらない世界です(非ユークリッド空間では地球の経線のように平行線は必ず交わる)。
この空間に妙に親しみを感じ、やがてまったく違和感なく観ることができるようになるのは、そのことに大いに関係があると思っています。
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晴れ後曇り 気温:最低 - 11℃/最高 - 1℃
ヤコブ・ニールセンのAlertbox -そのデザイン、間違ってます-」によると、「ユーザーはウェブを読んでいない」ようですね。要するに、「ユーザはウェブを流し読みする傾向がある」とのこと。
以前はそんなことはなかったのだけれど、僕自身も最近はウェブを流し読みする傾向があることに気づく。それはその文章がきちんと書かれているかどうかとか、優れた表現や内容であるとか、そうでないとかはまったく関係ないのだ。
ひとのことは言えない。このブログや僕のHPもアクセスログを見る限り、多くのひとに流し読みされており、じっくり読んでくれていいるひとは少数派のようだ。なんでだよ、ってちょっと腹を立てたり、自己批判してみたりしていたのだけれど、なんのことはない、自分自身同じことをしていたわけだ。
みんな忙しいのだ、と想っていたのだけれど、そうでもないようね。これは時代の傾向というものなのだろう。僕の場合は目が悪くなってモニタースクリーンで文字を読むことが辛くなってきたという事情があるのだけれど、みんながそうというわけでもないだろうしね。
以前書いたことだけれど、これは情報摂取形態の変化と見るのが妥当なのかも知れない。要するに時代はますます「MS PowerPointプレゼンテーション」が主流になったということかも知れない。
(1)冒頭でテーマと結論を明示する
(2)議論のポイントを3つに絞る
(3)要点を簡潔に(可能な限り3行以内で)述べる
ということなのだ、たぶん。
この「箇条書き」が現代の「読ませる」コミュニケーションのキモかもしれない。そして簡潔な文章。文学的な文章はあかんで、ってことか。そうなると「日記」なんて成立しないじゃんか。それは「日記」ではなくて「日誌」だよ。
四の五の言っててもしょうがないので、適応ないしは対応しなけりゃいかんのだろうなあ。ああ、味気ない。僕はオフィスで議論したり説得したり稟議を通したりしたいわけではないのだ。
じゃらんnetの横暴なリニューアル
一般のひとには関係ないし、見えない部分の話だけれど、最近ウェブ宿泊予約サイト大手の「じゃらんnet」の宿側の管理画面が全面リニューアルされた。要するに管理運営システムをバージョンアップないしは入れ替えたというわけだけれど、そのやりかたが僕らにしてみれば「横暴」だった。何様じゃい、っての。
いきなり Mac OS X からはログインできなくなったのだ。事前に確認してそのようなことはないという言質を取ってあったので、追求すると将来的にも対応する予定もつもりもない、Windows 2000 以降を推奨するの一点張りだ。
古いバージョンの Windows ユーザーだってログインできなくなっちゃったわけだから、こういう予告無しの切捨御免のやりかたは「まともな会社のやることではない」と思う。リクルートって言う会社はもともとそういう体質だからべつに本気でやり合うつもりも暇もないけど、これは契約条項に定められた期限予告がいっさいない一方的な契約解除にあたる、契約違反ではないのかな。
少なくとも「今後 Macintosh からはログインできない、接続できないシステム仕様に変わるのだ」と言うことを周知徹底すべきだったのに、「推奨環境は Windows 2000 以降となります」とお茶を濁す告知しかしなかった。これは明らかに確信犯だ。僕の電話での詳細の問い合わせに対しても、「今後 Macintosh からはログインできない」という告知はなかった。僕はそのことを問題だ、と指摘しているわけだ。
ということで、ペンション・サンセットは「じゃらんnet」からは予約できなくなりました。このような「相互信頼関係を構築できない会社」とはお付き合いできないしね。いくらがんばっても予約システム運営費用が黒字にならないという話を聞いていたから、少数派ユーザーを切り捨てるというある種のリストラを敢行したといえなくもない。まあ、がんばって下さい、僕らは僕らでがんばるしかない。
予算と売上実績が折り合うならば僕だって Windows 導入にやぶさかではない。それなりのメリットもあるしね。しかし、そこまでの売り上げが立っていないのね、ペイしていないのね「じゃらんnet」の場合。あと数年後には Intel Mac に入れ替えるから、そうしたら Windows も Mac OS X も画面上で切り替えて両方使えるようになるから問題解決なんだけど、今年入れ替えるのは予算的に無理。
というようなわけで、口では怒って見せていても、妙に醒めている(本当は腹を立ててさえいないで、相手を切り捨てている)自分にちょっと驚いた出来事ではありました。
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晴れ 気温:最低 - 14℃/最高 - 3℃
ダイヤモンドダストが降りしきる
ラウンジの気温が氷点下4℃、今朝は異様に寒かった。窓を開けるとさんさんと降り注ぐ陽光にほっとするが、何やらきらきらと光るものが降りしきっている。なんと、ダイヤモンドダストだ。上空にはまったく雲がない晴天だから、間違いない。その美しさにしばし見入る。すっかり身体が冷えてしまった。何せパジャマのままで窓を開けて見ていたのだから。
アクセスが200を切るなんて信じられない
今朝アクセスカウンターを見ると、ここ数年で最低の1日あたりアクセス数となっていた。ちょっとショックかな。あきらかにネット界は変質を見せている。しかし、ダイレクトにURLを打ち込んでアクセスしているひとがトップで26%、次が Yahoo! で25%、そして Google で20%。いつもはダイレクトアクセスは第3位なのだけれど。
リピートしてアクセスしてくれているひとがなんと45%を越えている。これは単独のサイトとしては異様に高い数字だといえる。しかし、新規アクセスが減少しているということでもあって、これは商業的には微妙なところだ。いったい、僕のサイト運営や制作ポリシーが受け入れられているのか支持を失っているのか判断に迷うところだ。
信じる道を歩むことが世に認められにくい世の中になってしまったから、僕らの迷いもより大きなものとなる。
やっぱり耳当たりの良いことだけを語るのが商売の秘訣か
そもそもペンションのHPを支持するもしないもないのかも知れない。でも、宿選びにそのあたりが大きな要素になってきているのが時流だと思う。特にペンションという宿に関しては小さな宿だけにその経営者なり運営者が何をどのように考えどのような信条やポリシーで経営しているのかということは重要なチェックポイントとなるだろう。
Honesty is the best policy.
そんな格言があるが、現代のこの世知辛い世の中にあってそれはいまも真実なのだろうか。少なくとも僕は "Honesty is the best policy." でやってきた。そして、いまそのことに疑問を持ち始めている。いまや「ほんとうのこと」よりも「どのようにみえるか」のほうが大事なのだ。
Honesty never win the game.
口説き文句のような聞いて心地よい言葉だけが受け入れられる。それは現代社会の数少ない真実かも知れない。
そういう時代になってしまったのだ。
僕は口をつぐんで、いっさい語ることをやめるべきかも知れない。語るほどに支持を失っていくような気がするから。何しろ僕はトレンディーじゃないのだ。
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晴れ 気温:最低 - 16℃/最高 - 4℃
相変わらず冷えてます。記録式寒暖計をチェックしてみると、ななななんと氷点下16℃!これは1月末の厳冬期並の最低気温です。10年前なら3月でもこんな気温がふつうだった(ちなみに1月は氷点下23℃!)けれど、最近の冬としては異例ではあります。
それでも陽射しは日ごとに温かさを増し、目にしたり耳に聞く野鳥の数も日に日に増えてきて、季節は春に向かってまっしぐらといった風情です。ここ数日の写真を見るとわかるように、落葉松の新芽も出始めたようですし、広葉樹の新芽もちゃくちゃくと春への準備を進めて膨らんできているように見えます。
その一方で、この冷え込みに恵まれて隣接するピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデはまるで2月のようなパウダーコンディションになっています。ぜんぜん「春スキー」なんかじゃないのです。2月そのものの滑走感覚、季節感なのです。積雪もまだまだ充分以上で130センチもあり、アイスバーンやブッシュやコースの地肌が出ているところは当然ながら皆無です。
★★★
この「蓼科高原日記」を Movable Type というブログ・パブリッシング・システムの画面で書くようになって、いちばん変わったことは「記事(エントリー)」を書くことには長じたが、「想い」を書き記すことが苦手になったということかもしれない。なぜだろう。
以前はテキストエディターで原稿を書いてコピー・アンド・ペーストしていたのが、このように直接書き込むようになったことが影響しているのは確かだと実感する。自然に「ブログ的文体」になり「ブログ的語り口」となり「ブログ的コンテンツ」になってきて、あまり「プライベートなことがら」を書く雰囲気ではなくなっちゃった。
ブログシステムってのは書いている段階で、すでに「パブリックな発言をしている」ことをひしひしと感じさせるのだ。自分の部屋の中で「ひとりごと」を言っているというのが「蓼科高原日記」だった。じっさい、かつては「オーナーのひとりごと」というタイトルだったくらいだ。
しかし、ブログ移行後は「演壇の上で語っている」って感じるのだ。だから、ついつい想いを語らずに引っ込めてしまうようになったのだと想う。でも、大切なのはやっぱり「想いを語ること」なのだよね。へんに「大人」になっちゃわないで、ストレートに熱く想いを語るようにするべきだ、「初心」に帰るべきだといま想っている。
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晴れのち雪 気温:最低 - 4℃/最高 7℃
春の雪
朝から晴れていたが、夕方から突然みぞれになり、やがて雪に変わった。春にはよくこんなことが起こる。これが最後の雪だと思う。明日の午前中にはすっかり消えてしまう雪だ。夜半には積雪8センチほど積雪したが、突然雪は止んでいまは満天の星空になっている。窓を開けて顔を出すと吐く息が真っ白になる。
Where to Drive?
今日は終日ペンション・サンセットのホームページの再編集に当たっていた。ページ建てや内容や写真や何やかやをいじっているうちにおさまりが付かなくなってしまった。複数のアプリケーションを使って制作しているのでなおさら作業工程がややこしくなる。
お客様がどのような情報をどのような優先順位で必要としているのか、要求しているのか、それを見極めなくてはならないと思っている。だから、毎日夜に日を継いで改善に努めなければならない。今日は今日なりの最善の結果を出したが、まだまだ不十分だ。
そのほかには、お客様には分かりにくいケースもあると思われるほうの予約システムを廃止した。ひとつのホームページに複数の予約システムを設置すると混乱を招くかも知れないとは思ったが、利便性と拡張性を考えてそのようにしていた。しかしやはり混乱を招いてしまうようだ。
これまでにご予約のお客様は何もしなくても大丈夫、システム事態は稼働しているので予約変更やキャンセルなど従来どおり可能となっています。単純にホームページからのリンクを切っただけなので、従来どおりご予約確認メール掲載のurlからアクセスできます。
日記を書くことは正しい努力か?
それはさておき、このように日記を毎日書き続けることがペンション経営にとってプラスに働いているのかマイナスになっているのか自分では計りかねている。たくさんのことを書けばひとの反感を買ったり批判を受けることも書いてしまうこともあるだろう。
一方、たまに計算づくで書けばそれはとても良いセールストークとなるだろうし、好感度アップに貢献するかも知れない。しかしそれはコマーシャリズムであって、正直なコミュニケーションとはいえない。誰もそんなものは期待していないと言われれば、はいそのとおりですとしか言えないのだけれど。
ぼくはホームページのプロフィールにある通り、そのような広告宣伝のプロとして20年近くがんばったので、つきたくない嘘もつき、欺瞞的な真実を語らざるを得ないことも多々あった。その反動かも知れない。いまはこのとおり「紺屋の白袴(こうやのしらばかま)」を地で行っているというわけだ。
Get out of "Commercialism"!
むかしの僕に戻れば、いくらだって「心がとろけるような広告コピー」を書くことができる。でもそれでは自分自身を否定することになってしまう。蓼科での13年間を自ら否定することになってしまう。まあ、こんなことはお客様には関係のないことなのですけれど、なんで僕が商売下手なのかその理由のひとつを告白したということです。
ペンション・サンセットは僕にとっては単なる「商売」や「ビジネス」ではないのです。ペンションは僕にとってはひとつの表現であり、コミュニケーションなのです。・・・というようなことを言いたかったのかな。
曇りのち晴れ 気温:最低 0℃/最高 11℃
激しい雨の後すっかり春になった
昨夜午後9時頃から突然の激しい雨。一時は雷鳴を聞く。9年ほど前に犬舎のすぐ横の落葉松の大木に落雷を経験したシベリアンハスキーのパル君は、以来雷鳴を聞くと外に飛びだすようになったのでびしょ濡れになっている。外に出るより鋼板製の犬舎の中の方が安全(じっさいそのおかげで怪我もせずに落雷を生き延びたのだから)なのに、これはワンコに理解しろと説得してもせんなきことだし。
まあさいわい雷鳴もすぐおさまり、雨脚は激しいものの予報どおりならば朝には晴れてくるとのことなので、それを信じて床についた。そして、朝、ななんと曇り空ではないか。しかしウェブで見る天気概況では晴れマークがでている。再びそれを信じる。
そして午前9時過ぎ、突然、晴れた。春の陽光がさんさんと降り注ぎ、南風が吹く。もう完璧に春の気候だ。最低気温も「氷点下」にはならなかった。この春初めてウグイスの声を聞き、ホトトギスの歌を聴いた。もうすっかり春になったと断言できる。
プライバシーとパブリックな自我
ペンション・サンセットのホームページにオーナーのプロフィールを載せた。ウエブショップに限らず、どんな人間が経営・運営しているのか、特にペンションのような小さな宿ではとても重要なファクターだと思ったからだ。相手の顔が見えると言うことは、匿名性の高いインターネットでは逆にとても大切なことだと思う。
こういう仕事をしている限り、公人としてのプライバシーはある程度までは公開する覚悟が必要だと思う。このブログの「僕」はそのような観点に照らして「パブリックな自我」になっている。言葉を変えるならば、これが僕のすべてではないと言うことでもある、というか、はっきり言ってほんの一部に過ぎない。嘘を書くことはないが、なにもかもを公開しているわけではない点についてはご容赦願いたい。
スキーシーズンから高原ドライブの季節へ
今日のピラタス蓼科スノーリゾートの写真を許可を得てお借りしました。現在こんな感じです。明日の日曜日で営業は終わりですが、まだこんなに雪があるのです。見た目よりはるかに多い平均積雪90センチです。滑り納めにいらっしゃいませんか。
春の高原ドライブとスキーが一緒に出来るなんて、蓼科では明日しかないと思います。高遠の桜も満開宣言がでていますし(サンセットから車で1時間半ほど)、お休みが取れる方には最高のタイミングになっています。
蓼科湖畔が数百本のソメイヨシノでピンクに染まるのは今年は4月末の3連休頃になりそうです。5月の3連休よりも圧倒的に道も宿も空いている4/28〜4/30のほうが今年のGWの旅行計画ではコストパフォーマンスが抜群です。
※今日の3枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。
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曇りのち雪 気温:最低 - 6℃/最高 3℃
上空に寒気団が来ているらしい。朝のうち曇っていたのが、午後遅くなると雨になり、やがて雪に変わった。この季節には地表近くの気温に関係なく上空の寒気の強さによって、雨になったり雪になったりする。
この景色を見てびっくりするかも知れないが、これはピラタスの丘のある標高1700m以上での出来事で、標高1600m以下では確実に雨になっている。ピラタスの丘の道路もほとんど積雪はなく、地熱ですぐに融けて流れてしまう雪だ。
春の雪はいつも「淡雪(あわゆき)」なのだ。
シベリアンハスキーのパルは思いがけないこの積雪に大喜びだった。はね回りながら雪の上を選んで散歩した。やはり血は争えないというか、DNAに雪と氷の記憶が刻み込まれているのだろう。そのような厳寒の気候と風景が彼の故郷なのだ。
1枚目の写真は Richo Caplio R5 で焦点距離28mm、オートモード、フラッシュ=スローシンクロモードで手持ちで撮影している。こんな感じの写真が個人的には好きだ。あまりにもシャープな写真はちょっと苦手かな。それは僕が印象派の絵画を好んでいることと関係があるのかも知れない。
その一方でレンブラントの絵のあの空気感に感動するのも確かだ。
同じ景色を SONY α100 + DT18-200mmF3.5-F6.3 で焦点距離27mm、プログラムオート、フラッシュ=強制発光、手持ちで撮影したのが2枚目の写真だ。こちらはかなり鮮明に「リアルに」写っているように思う。しかし個人的には「つまんない写真」になってしまった。
「記録」としては優れているかも知れないけれど、間違いなく写真的には失敗している。僕の内面的な風景に近いのは1枚目の方だからだ。あるいは僕の「内なる風景」に近似しているのは1枚目の方だからだ。
コンパクトデジカメに比べて圧倒的な画像解像度を持っている一眼レフの場合はもっとパラメーターを細かく計算して撮影する必要があるのだろう。僕はどんなに暗くてもめったにフラッシュを使わないので、そのあたりの経験的データが不足している。
もっとこのカメラと仲良くして使い込まなければイメージした写真は撮れないのだろう。Richo Caplio R5 はネックストラップで肌身離さず持ち歩いているので、知らず知らずのうちにすっかり習熟してしまったようだ。もちろんそれはよいことなのだけれど。
これまで僕はこのような風景あるいは情景をも、写真を使わずに、すべて文章で表現し伝えようとしてきた。それはこの日記の当初からのポリシーみたいなものだったのだ。もちろんささやかな「個人的なポリシー」であったわけだけれど。
しかしブログ化を決めて移行して以来、社会的状況と「ブログ作成・公開システム」に合わせるかたちで、写真と文章のバランスを考えたコンテンツとならざるを得なくなった。それは自然の成り行きだと思っている。
しかしその一方で、文章ですべてを表現し伝えるという試みを断念することになったのは事実だ。じっさい、いまのひとびとはウェブページの文章を読まなくなったという厳然たる事実がある。それは読むという行為と言うよりは「スキャン」といった方が近いかも知れない。
ウェブ上では「文学的表現」は不適切になってしまったようだ。直感的なあるいは象徴的な写真と簡潔なコメントで構成された、「ブログ」を含む「ウェブページ」こそが現代の潮流となっている、まるでプレゼンテーションのスライドショーみたいに。
それはそれで受け入れるほか無い。
その様式を受け入れ、それに取り組むことで、より多くのひとになにかを伝えることが出来るならば、自分のささやかなポリシーなど捨てて新たなコンセプトで望むのがベターなのだと思う。これは「大勢に従い、おもねる」と言うことではなく、伝えたいことをなりふり構わず伝えると言うことだ。
というようなことで、この伝統ある(?)「蓼科高原日記」もすっかりブログ的になった、かな?
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晴れ 気温:最低 0℃/最高 17℃
前にも書いたことがあるけれど、ブログシステムに移行する以前とそれ以降とでは「蓼科高原日記」の方向性というか語る内容というか、そういったもろもろのことが大きく変化したように感じている。また、そのようなご指摘も多々いただいたけれど、その通りだと思う。
その理由も以前書いたとおり、現在進行形としてのブログ環境においてはそこで語られる事柄が非常に「パブリック」なものとして受け取られるという現実があるように思う。それが、そのことが、ウェブページで10年以上書き続けてきた「日記」と決定的に異なっていることをいまさらながら認識する。
そのような環境変化に応じて、内面的なことや個人としての想いをあまり語れなくなってしまったのは事実だ。また、ペンション経営者としてお客様ニーズを考えた場合、ニュースとしての情報発信という方向性を強める必要もあった。
昔でいうところの”What's New!”のページが消失した変わりに、ブログがその役割を担うようになった。これはこれで意義のあることだと思っている。しかし、想いを語るという部分に共感してくださってきた読者(?)の方には歯がゆい思いが残る結果となっているかも知れない。
かといって、両者を書き分けるということはいまの僕の知的、体力的能力からして現実的ではないのだ。はっきり言って僕自身フラストレーションを感じているし、ブログ化以降の文章を読み返してそのときの自分を思い浮かべることは困難だ。そこにある「想い」が希薄だからだ。
言い訳になるかも知れないけれど、文章から消えた「想い」は自分に可能な限り「写真」の映像の中に込めてきたつもりではある。ただ、力不足でその想いを伝えうる写真になっていないのかも知れない。
「蓼科高原日記」のような個人的な「日記」の公開システムとして「いわゆるブログ」は適当ではないのかも知れない。ただし、このブログ・システムというやつはコンテンツ・マネジメント・システム(CMS) としての可能性には大いに期待できると考えている。
オン・デマンドでコンテンツを公開・配信できるというのは大いなるメリットが送り手受け手双方にあると思うからだ。その観点から、僕としてはこのシステムを使い続けるつもりではいる。ただし、内容に関しては再度見直す必要があるのかも知れない。自分で読み返して感慨を憶えないような日記は「日記」の名に値しないからだ。
「蓼科高原日記」は本質的に「ブログ」ではないのだ、たぶん。
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晴れ 気温:最低 4℃/最高 20℃
今日も朝からさんさんと陽光が降り注ぐ一日となったが、暑いという感覚はまったくない。この温かさは陽光によるものであって、大気そのものは真夏同様からっと乾いてひんやりと冷たい。とても半袖では外に出られない。
冬の間すっかり気配を消して、その存在そのものが消滅したかのようだったピラタスの森も、しだいに新緑に色づき始めて見通しが利かなくなってきた。これまでは樹木の幹だけが唯一視界を遮るものだったのだけれど。
蓼科湖のサクラも「桜吹雪」のタイミングとなってきたが、その少し上の「プール平」ではこれからが桜の見頃になってくる。ここの桜は密集していないけれどじつに見事な個性的な大木が多いので本当に見応えがある。
これは是非写真に撮っておかなければといまから期待している。
それはそうと、数日前からというかGW以前と以降とでこのブログの内容というか視点というかそういうものが変化してきているかも知れない。いろいろ思うところあって、やはりブログとしてではなく「日記」として書き進めることに決めたからだ。
10年以上も毎日書いていると定期的にこのような迷走状態に陥ることがあるものだ。今回の迷走は結構長い期間続いたけれど、これで一段落したのかも知れない。このブログでは必要以上にセールストークはしない、「蓼科のいま」とか「蓼科の風の感触とかにおい」を感じていただければいいと思っている。
商売として大繁盛して儲けることがかなわない(そういう才覚に欠ける)から言うわけではないけれど、結果として、僕はペンション・サンセットを「趣味で経営している」ということなのかも知れないと思うようになった。また、それで良いのだ、とも思うようになった。
人気のTVドラマ「時効警察」のオダギリジョー演ずる主人公ではないけれど「趣味で」やっていることなのだ、と、まあそのことに気づいたわけだ。経営者としてはそれではいけない財務状況ではあるのだけれど、僕のスタンスは開業以来じつは変わっていない。
かといって、「へんくつな経営者」を想像してもらっては困るし、じっさいにそんなことは断じてない。「趣味」だからこそ真剣勝負だし、趣味だからこそなみなみならぬ愛情を持ってペンションをやっている。そして趣味だからこそ、お客様には肩の力を抜いてゆったりとお過ごしいただけるいい宿になったと、まあ個人的にはそう感じているわけですし、そのような感想を多くのお客様からいただいているわけです。
ペンション・サンセットは「僕の趣味だ!」と、いまここで宣言する。
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晴れ 気温:最低 - 3℃/最高 17℃
強風の一日
昨夜からの嵐は未明まで雨が降り続け、その後も強烈な風が吹き荒れた。強風のおかげで雲という雲はすべて吹き払われて、文字通り雲ひとつ無い空となった。冷たい北風のおかげで強い陽射しにもかかわらず、終日(外では)寒い一日となった。早朝に緊急電話回覧が回ってきて、本日は強風のためピラタス蓼科ロープウエイは運休とのことだった。この風では確かにそうするほか無い。
それにしてもこの季節に氷点下になるというのもめずらしい。ラウンジの窓からの眺めは日に日に緑色の要素が濃いものに変わっている。もっと標高の低いところではすでに新緑の森になっているが、ピラタスの丘では後ほんの少し待つことになりそうだ。
Gmail を使い始めた
ひょんなことから(というか、単純に気がつかなかっただけのことなのだけれど)Google の運営する Gmail を使い出して3週間になる。詳しいことは Google のサイトで調べていただくとして、じつにこれは Google が今後目指す方向性を示唆する革新的な Web Mail for "Web 2.0" なのではないかと感じさせる。
メールを通じて(いまだ明確な定義がなされていない、と僕には思われる) Web 2.0 というもののひとつのかたちを体験することが出来る。インターフェイスの良さ、セキュリティー、徹底したスパムメール対策による快適性、Google のサーチエンジンテクノロジーによっていつでも必要なメールをリストアップできるメールの仕分け不要の便利さには実際感銘を受ける。
僕は以前から Google Analytics のユーザーである関係で Google アカウントを持っていたので、登録と利用開始は簡単だった。初めてのひとはどんな手順になるのかはよくわからない。いずれにしても 連携アプリケーションの Google Nortifire をインストールすることによって2分ごとに更新されるメールリストのタイトルと内容の一部が心地よいサウンドとともにデスクトップ右上に表示されるのはじつに新鮮な体験だ。確実にメールコミュニケーションがスムーズになったことを実感している。
蓼科高原ピラタスの丘・写真日記
それはそうと excite. のブログサービスを利用して「蓼科高原ピラタスの丘・写真日記」というブログをテスト運用し始めた。
これはタイトルどおり「日々つれずれなるままに撮影した写真たちのアルバムです。クリックすると拡大します。」という、写真とショートコメントの簡単なブログだ。このブログに載せきれなかった写真や、観光にかかわる最新情報を"What's New"的に載せるための場として開設してみた。
URLは http://psunset.exblog.jp/ なので、興味のある方はご覧下さい。今後とも観光情報や開花情報やスキー情報なんかを載せていくつもりです。ブログ公開システムというのは、このような累積的あるいは時系列的情報を管理したり公開したりするのに最適のシステムなので、これを利用しない手はないと考えたしだいです。
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晴れ 気温:最低 1℃/最高 15℃
今日は風が冷たい一日になりました。陽射しは初夏のような強いものなので、日焼け対細工をがっちりしないと外での作業でひどく日焼けしてしまうほどなのですが、風はびっくりするぐらい冷たいのです。じつに薄手のフリースを着て動き回ってちょうど良いのです。
ピラタスの丘ではもうすぐといった感じですが、少し標高を下げればそこはすでに新緑の世界になっています。落葉松の新芽がうちの敷地内の落葉松でも芽吹き始めていました。今日はたくさん写真を撮ったのですが、全部はとても載せられないのが残念です。お見せしたいものだけでも50枚はあるので・・・。
1枚目の写真はピラタスの丘ペンション村から蓼科湖に向かう途中のプール平というところと滝の湯の中間地点の風景です。すっかり新緑の森になっているでしょう?この透き通るグリーンはなんとも表現のしようがないほど美しいものです。
特に白樺やその同類のダケカンバの新緑は息を呑むほど美しいのです。手前の二本の木がそれです。
そこから1分ほど車を走らせると標高1230mの蓼科湖です。蓼科湖周辺はまだ桜の花が満開の場所が何カ所かあり、湖畔でもピンクの花をつけた樹木が彩りを添えています。湖を囲む森はすっかり新緑に覆われて透き通る緑色のグラデーションを見せていました。
その向こうには未だ冠雪している南八ヶ岳とそれに連なる北八ヶ岳を望むことが出来ます。手前の森はその姿を湖面に映し込んでまるで一幅の絵画を見るような感動を覚えます。そのような写真は昨日の日記に載せたので、今日は蓼科湖半の新緑の森の写真を載せることにします。
明日はこのつづきを載せたいと思いますが、また良い風景との出会いがあって良い写真が撮れたらそれも載せますね。
この10年間の蓼科高原日記を読み返してみて、自分で読むに耐える文章になってきたのはほんのここ数年のように思われます。なにしろ小学生の頃は作文と聞いただけで泣きべそをかくほど文章を書くのが嫌いだったのですから、これは個人的にはエライ進歩だとは思いますけれど。
で、以前はポリシーとして風景もまたあえて「写真」で見せずに「文章」で表現するという試みを通してきたのですが、デジタルカメラの表現力の革命的進歩によって、写真と文章のコラボレーションが成立するようになったと確信したしだいです。こころの中の風景はいわば「記憶としての風景」なのですが、デジタル写真におさめた「記録としての風景」との差異がここまで小さくなれば、もう問題ないでしょう。
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これらの写真は僕がいつも持ち歩いている Richo Caplio R5 で撮されたものです。
雨 気温:最低 3℃/最高 13℃
昨日何を書いたのかよく覚えていないのですが、きのうから試しに IBM ThinkPad T43 という IBM が Lenovo に OEM した最後の機種の一つでこの日記(というかブログというか)を書いていることだけは確かです。Windows XP Professional SP2 と 独特の JIS配列のキーボードを使い始めて今日で2日目です。
感想としては思ったほど難しくない、なかなか快適じゃん、といったところです。まあ、これから何が起きるかわからないので、断言はできないのですが。とにかくインターネット・セキュリティーには格別に気を配って使っています。
現在のところカスペルスキーの「インターネット・セキュリティー」の30日間試用版を使っていますが、なかなかよいです。最初はおまけでついてきた Symantec の Anti Virus を使ったのですが、これはファイヤーウォール部分は Windows 内蔵のものにお任せなので、数時間で McAfee の Internet Security Suite の30日間試用版に乗り換えました。
これを約1日使ったところで、その重さにフリーズしたみたい感じになることや挙動不審なことがあったりで、現在のカスペルスキーに変えて現在に至っています。カスペルスキーのよいところはセキュリティーソフトがいま何をやっているのかということが明快に知らされるところです。
全部お任せであとは知らない、というのも一つの選択肢ですが、McAfee はそっちの方向性ですかね。それはそれでいいと思います。が、僕の場合やはり今何をやってくれているのかを知っていたい訳です。Mac OS X と違ってウイルスやワームや諸々の危険性はまさに「いまそこにある危機」だということを、自分で実際に Windows PCを使うようになって実感しています。
それと同時に、ああ、お客様の10人中9人までがこのような環境でインターネットをご利用なのだということもとてもよくわかって勉強になります。自分の作ったホームページがどのように表示されているかも確認できて、改善点もよく見えてきました。
Mac と Windows の両方を使い分けるようになってみてこれも悪くないなあと思い始めています。とても贅沢なことなんじゃないか、と。Windows ならではのハードソフト両面の選択肢の広さやコストパフォーマンスの高さ、互換性の高さがものすごくうれしい。その点ではMacユーザーは覚悟の上とはいえ苦労を強いられてきたから。
まあ、そんなことで、ここ数日は Windows に慣れることにかかりっきりになっています。あ、それとトラックパッドやIBM独自の「トラックポイント」に慣れることに集中しています。だいぶ慣れてきたかな。
僕が初めてパソコンを使うようになったのはビジネスマン時代に会社に導入されてきた MS DOS 3.1 のマシンだったから、その経験が生きているのかもしれず、思ったほど違和感がない。1980年代のあの頃から、Cドライブだの、Dドライブだのといった仕組だったし、なにかにつけては DOS プロンプトで作業しなければならなかった時代だったから。
初めて使った仮名漢字システムは ATOK9 だったと記憶している。ワープロは一太郎、表計算はロータス1・2・3 だった。ペンションを始めてからはまずワープロ専用機を2年使い、Windows 3.1 を使うつもりだったのがひょうんなことから Mac のパワーユーザー(?)になってしまったのだった。
時代は変わっていまや普段使いのPCは何だってかまわないというところまであと一歩って感じになってきたから、 2000年以前の Mac VS Windows それぞれのユーザーが反目しあうなんて時代があったこともまた懐かしく思われる。
時代はまさに Web 2.0 に変わろうとしているのだ、いまいちよくわからない感覚的な概念だけれどね。
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※ものすごく程度の良いこの中古PCは楽天市場のアンカーネットワークサービスで購入しました。おすすめです。
晴れのち雨 気温:最低 1℃/最高 13℃
5月16日、 IBM ThinPad T43 が納品になって完全リニューアルされた管理画面へのアクセスが可能となったので、インターネット宿泊予約サイト大手の「じゃらんnet 」再開の手続きを取り、早速販売再開にこぎ着けました。思わぬ出費となってしまったけれど、お客様の利便性と、当方としての販売機会損失の両面から必要なコストと割り切るほか無いですね。
昨日書いたように新しい体験、新しい視点を持つことが出来たので、対投資効果は期待以上だったといえる。まずはペンション・サンセットのホームページをノート型パソコンのXGA(1024×768)の液晶モニターでご覧いただいたときにすっきりと一画面で収まるように小さく作り直すことから着手します。
また、Windows版の各ブラウザーの表示のクセも把握したのでそれにも対応しようと思います。セキュリティーソフトはカスペルスキーのものに決定し、OEM版の MS OFFICE 2003 Personal SP2 のインストールもすませ、かな漢字変換システムとして愛用してきた ATOK2007 も導入しました。
これで一通りのことは出来るようになったけれど、ブログの更新は出来てもホームページの更新はまだ出来ない環境のままです。画像処理はパワーのある Power Mac G5 で行うとして、編集とアップロードに関しては IBM Home Page Builder v.11 Premium あたりを導入しておけばいざというときには ThinPad T43 で更新が可能なので、そのようにしようと考えています。
メール環境は、Eudora Pro v7.0J、Thunderbird 2.0、Outlook Express、Outlook 2003 を比較してみた結果、大好きな Eudora Pro は動作に不安定なところがある、Thunderbird はアカウントの扱いにいまひとつなじめない、Outlook Express はちょとね・・・。ということで、とりあえず MS OFFICE 2003 Personal に付属する統合ソフト Outlook 2003 SP2 を使い始めました。
これはカスペルスキーの「インターネット・セキュリティー」のフル機能対応メールソフトが上記の中では Outlook 2003 と Eudora Pro v7.0J のみというのも考慮した結果なのですが。 Eudora Pro がもう少し安定性を増してくれれば使い慣れているし、なんといってもメールの分類や検索や移動がすこぶる簡単軽快にできるので決まりなのですが。
まあそのあたりは、サブマシンという位置づけなのでとりあえずはこれでいこうと思います。
今日は朝から快晴だったのですが、予報どおり午後3時過ぎから雨になり、しだいに激しさを増してきました。晴耕雨読ということで、WindowsとWindowsマシンに慣れることに専念しています。こういう「学習」というのはじつに久しぶりのことなのでとても新鮮に感じます。それが高じて2日連続で徹夜してしまいました、ははは。
Windows XP のことも好きになりましたよ、かなり。今度出た Mac OS X ととても良く似た Windows Vista もね。これは皮肉じゃなくって、Windowsユーザーの人たちも美しいビジュアル効果やインターフェイスでよりよいPC体験ができることと思います、ホント。でも、ビル・ゲイツというひとはどうしても好きになれない、個人的には。彼が本気になればもっともっとずうううううっと良い革新的なOSやアプリが作れるはずなのに・・・という部分で好きになれないのね。
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※ものすごく程度の良いこの中古のThinkPadは楽天市場のアンカーネットワークサービスで購入しました。なかなか出物がないので、とてもラッキーでした。
晴れ 気温:最低 1℃/最高 20℃
ここのところ Windows と Mac との協調環境作りに忙殺されています。とはいっても、難しいことはあまりなくて、 Air Mac のベースステーション3台による無線LANにも ThinkPad T43 は難なく接続できたし、至れり尽くせりのオンラインチュートリアルと IBM と LENOVO の協調的サポート引き継ぎのおかげでほとんどのことはウェブサイトのナレッジベースで解決できます。
驚いたのは、Windows の世界では非営利的な相互サポート的コミュニティーが見あたらないことなのだけれど、これだけメジャーなOSになるとそんなもの必要ないのかも知れないし、ユーザーもマニアックであったりフェティッシュであったりはしないのかも知れない。
検索のしかたが悪いだけで、たぶんそうした情報発信を根強く続けているサイトやブログが必ずあるとは思うので、楽しみに検索を続けている。1980年代末からの MS DOS ユーザーとしてはなんだかとても懐かしい感覚に襲われるようになってきた。「コマンド・プロンプト」の画面で操作する時なんてものすごく懐かしい。
ということで、20年を経て再開したみたいな感じで、もはや違和感はないのです。こんなにすぐになじめてしまうなんてあまりにも意外でした。なにしろ僕はかつては筋金入りのマック狂信者でアンチ・ウインドウズの先鋒だったのだから。今は昔ですね、いまやOSなんて安定性と安全性と軽快さがあれば何だって良いと思っています。
今回自分が Windows ユーザーになってみて、新しい発見や体験がたくさんあってこれは対投資効果抜群だったと考えています。特にいまやペンションの集客メディアのメインになりつつあるホームページに関して、じつにさまざまなことを学びました。ああ、なんて独りよがりなHPだったのだろう、て。
多くのお客様がそうであるようにノートパソコンの14.1インチ〜15.4インチの液晶画面でご覧いただいたときに、おさまりの悪いレイアウトになっていたこととか、リンクをクリックするときのマウスとトラックパッドの操作感の違いとか。
だから現在はマックでつくったホームページを、ThinkPad T43 の XGA(1024×768)の画面でチェックしています。チェックするとその場で直したくなるが人情なので楽天市場最安値で「ホームページビルダー V11 プレミアムパック」を注文してしまいました。IBMがつくったソフトだしね。
基本的には Adobe GoLive CS2 と Photoshop CS2 と Clover Diary と Movable Type でホームページをつくっている。しかし、最近は Jedit というテキストエディタで直接コードを打ち込んで FTP ソフトの Transmit でアップロードするパターンになってきているので、「ホームページビルダー」が入っていれば ThinkPad でも充分更新作業は出来ると思うわけです。
デジタル一眼カメラで撮った写真の処理はちょっとしんどそうなのでそれは Power Mac G5 DUAL 2.0Ghz 3GB Memory + 24 inch Flatpanel Display(1920×1200) で行って Google の Pisca Web Album Uploader でアップしておいて、オンラインで ThinkPad で利用すればOKなのね。
オンラインストレージって(メールも含めて)そういう利便性があるのだと言うことも実体験できてとてもうれしい昨今です。いずれにしても自分の制作運営しているホームページの問題点がかなりはっきりわかったので、今日から早速修正を始めています。
今月中にメインコンテンツもレイアウトもデザインも構成もすべてゼロから考え直した大リニューアルを計画しています。まあ、ある意味「メインコンテンツ」である「蓼科高原日記」およびそのブログ版は現状維持と言うことになりますが。
ペンション・オーナーとして、またウェブマスターとして一から出直す良いきっかけになった今回のWindows 入門でした。やばい、Windows も Mac もどっちも好きだ〜状態になりつつあるみたい。
今日の写真はペンション・サンセットの駐車場から見た蓼科山です。ずいぶん青々として生きています。もうすぐ新緑の初夏の景色になります。クルマのフロントスクリーン越しに(ずぼらして)撮ったのでちょっと写りが悪いけれど。
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※今回愛機となったものすごく程度の良い中古の ThinkPad T43 は楽天市場のアンカーネットワークサービスで購入しました。Mac 同様に愛着のわく数少ないマシンです。
曇り時々晴れ 気温:最低 3℃/最高 18℃
厚手のコットンのトレーナースーツを着込んでいても館内は寒いぐらいに感じます。もちろん窓は全部閉め切ってる。外は陽射しがあるのでこのかっこうでちょうど良いのだけれど、断熱材で覆われたこの建物の中まではその熱は入り込まない。
吹き抜けのラウンジの大テーブルでこの文章を書いています。全面ガラス張りなのでまるで外にいるように感じますが、寒いので窓は閉めています。それでも二重断熱ガラスを通して野鳥たちの美しい歌声が聞こえてきます。
現在の室温は16℃、この季節としては平均的な気温になっています。僕は厚手のコットンのトレーナースーツの上に冬用のノースフェイスのダウンパーカを褞袍(どてら)代わりに羽織っていますが、それでちょうどよい具合です。
3台のベースステーションを設置して死角のない館内無線LANを構築したおかげでこうしてどこにいても快適にインターネットを利用できるのは僕個人としてもとても便利です。もちろん本来はお客様の利便性を考えて始めたことではあるのですが、そのメリットを日々享受しているというわけです。
音楽もかけず、こうして文章をタイプしていると、森の静寂がどっと押し寄せてくるようです。もちろん吹き抜ける風の音や葉擦れの音はしますし、鳥の声はあるのですが、それに勝る静寂が僕のこの小さな世界をすっぽりと包み込んでしまいます。
耳の奥からきーんという音が聞こえ始め、それはどんどん大きくなってこれは耳鳴りではないのかと心配になるほどです。これが、ペンション・サンセットを包み込む静寂なのです。この静寂に身も心も任せれば、圧倒的な自然の治癒力が僕らをいやしてくれるのです。
ThinkPad T43 の右手の下のパームレストが内蔵ハードディスクの熱でほんのりと暖かく感じます。寒いくらいの室温なのでそのぬくもりが妙に心を温めてくれます。このような環境でこのように文章を書くというのが10年来の僕の夢でした。蓼科高原日記は本来はこのようにしてしたためられるべきだったのかもしれません。
ブログ化して以来、まず写真を選んでそれを意識しながら文章を書くという作業に変化してきたのですが、久しぶりに写真なしで(それは後から考えればいいと割り切って)こうして書いてみると、書けるのです、すらすらと語りたいことが出てくるようになったのです。
写真を説明したり解説したり、あるいはそれにまつわる話を書くのではなく、僕の内面に浮かび上がることどもを文章にすることの方がどれだけ容易で創造的なことなのかを再認識します。僕が語りたかったのは、映像としての蓼科ではなく、自分の内なる蓼科だったのですから。
とはいえ、お客様にとっては日々掲載される蓼科の風景はきっと心和むものでしょう。それは誰よりも自然を求め、蓼科に魅入られてとうとう移住してしまった僕が一番理解していることです。だから、ここらで仕切り直して、ここしばらくブログのために撮っていた写真をやめて、これからは以前のように僕の心象風景としての写真を撮り、内なる蓼科を語っていきたいと思う次第です。
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曇りのち晴れ 気温:最低 3℃/最高 18℃
ふたたびラウンジの吹き抜けの大テーブルで過ごしている。このノートパソコン、ThinkPad とはじつに絶妙なネーミングではないか。このような使い方をしていると文字通り"ThinkPad"として機能する。うまい日本語が思い浮かばないのが悔しいけれど。
ブラインドタッチに慣れた僕にとっては、紙とペンで書くよりもキーボードをタイプした方が圧倒的に速く文章を書き上げることができる。思い浮かぶ言葉をリアルタイムで記録することができる。幼少の頃から作文が苦手で学校で課題を出されるたびに泣き泣き原稿用紙のマス目を埋めていたのに、いまではこのような装置を得て、毎日こんなにつらつらと作文できるようになった。
そうだ、道具、装置はとても大切なものなのだ。それを得ることによってひとは変わることができるかもしれない。今まで夢に過ぎなかったことができるようになるかもしれない。もし11年前にインターネットと出会い自分のペンションのホームページを作り更新し続けていなかったとしたら、僕は今何をしていただろうか。
ずいぶん日が長くなった。午後7時近くなっても窓辺では、特にこの広大なグラスエリアのもとでは照明は不要だ。周囲はまだ本が読めるほどに十分明るい。すでに太陽は真っ赤な夕暮れを演出して山の稜線に沈んだけれど、その残光はこうして僕の手元の漆黒のキートップにまで届いている。
夕方歌う野鳥の声が聞こえる。この標高では真夏でも蝉の音を聞くことは少ないから、この季節の野鳥の声が同じような感慨を与える唯一のものになっている。鳥の声もいいけれど、真夏の蝉の声もまた忘れがたい。とくに夕暮れを知らせるヒグラシの声は僕の中の表現しようのないほどの憧憬を構成する主要パーツとなって今も切ない思いをよみがえらせる。
最後にヒグラシを聞いたのはいったい何年前のことだろう。寄せては返す波の音のようにそれは深い森を覆い尽くし、僕らを追い立てるようにして家路につかせる。そんなことを思っていると庭でホトトギスが美しい歌を歌い始める。声の良さと歌のうまさではこの森の覇者かもしれない。
ホトトギスが去ると、今度はウグイスがやってきて歌い始める。まるでオペラみたいなしつらえだな、とふと思う。この次の幕はとても長いフレーズをアドリブで歌うあのアカハラかもしれない。夕闇が迫ってくる。僕の手元も次第に暗くなってキーボードライトが必要になる。このPCには標準でそれがついている、まるでこのような使い方まで想定していたかのように。
村上春樹がギリシャのタベルナで SONY の Vaio であのベストセラー小説「ノルウェイの森」を執筆したことは本人が異例の「あとがき」で述べているとおりだけれど、その感覚がちょっとわかったような気がする。おそらくノートPCというものは僕らが考えている以上のものなのだ。
ノート型に限らずパソコンは本質的に「ものを考えるための道具」だということを改めて確認する、実感する。そこがTVなどの家電と決定的に異なるところだと思う。それはいわば僕らの中枢神経系の「外延」を構成する「エクステンション」なのかもしれない。僕らはそれによって脳の機能拡張が可能なのだ。
そんなことをつらつら考えているうちにとっぷりと日が暮れた。僕の周囲には墨のような闇が漂い始めている。キーボードライト無しではもはや手元が見えない。それでも窓外の景色はまだはっきりと見えるのだから太陽の光は偉大だ。
西の空には沈んだ太陽が演出する残照がまだ薄い朱色に残っているのが見える。遠い稜線から上空の雲まで続く絶妙なグラデーションはいつみても感動せずにはいられない。僕のペンションがなぜサンセットと名付けられたのかは、ここでそれを一目見れば説明は不要なのだ。
さて、そろそろここから立ち上がって居室に向かう時間かもしれない。明るい照明につかのまの、あるいは偽りの安息を求めて。
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晴れのち曇り一時雨 気温:最低 8℃/最高 18℃
きのうだったかな、もう時間や日にち感覚がおかしくなっていてよくわからない、あ、そうだ昨日に違いない、ペンション・サンセットのホームページの構成を大変革しました。
とはいっても、まだまだマイナーチェンジといったところで、昨年11月に一気にすべてを FLASH で編集したものに変えて昨日までがんばってきたのを、もとの HTML と CSS で構成したものに戻した訳です。「先読み貧乏」という話しが以前日経のウェブマガジンにのっていたけれど、僕が体験したのもまさにそのパターンだと思う。
いくら回線速度が速くなってマシンスペックが上がったと言っても、まだまだモデムやISDNで接続しているひとも20%以上いるのだ。ブロードバンド回線で接続していても実効スピードが遅くて悩んでいる人だっているのだった。
Google Analytics というアクセス解析ソフトの膨大なデータを見ていて、最終的にまだまだ FLASH によるコンテンツは「重くてなかなか表示されない」と考えられていて(じっさいそうなのだけれど)一般的には受け入れられていない。それどころか、嫌われてさえいるケースも想定されるのだ。
おそらくこれからのホームページは現在のブログ公開システム同様のサーバーサイドのデータベースとパブリッシングシステムの連携によるオンデマンドの公開形式へと変化していくと考えている。つまり、お客様が閲覧したいページに移動するのではなく、ホームページのほうが欲しい情報をデータベースから拾い出して編集して提示してくれるのだ。
そんな折、僕も利用しているサーバーインストールタイプのブログ公開システム Movable Type の バージョン 4.0 が発表になった。そしてその目玉機能が、ブログだけでなく企業レベルのホームページも構築できる氏捨て身へと進化した点だという。やはりこれからは CMS (コンテンツマネジメントシステム)無しに情報発信は考えられない時代になるのだろう。
じっさい、大企業のサイトはそのようなオンデマンドパブリッシングシステムで運営されている(と思われる)のだけれど、それを構築維持するためには莫大な経費がかかるわけだ。それを個人でも使えるシステムで同様のことが出来るとなればこれを見逃す手はないと思っている。
話しを戻そう。最近よく耳にする言葉に「売るためのデザインは必要ない」とか「美しいHPより見やすく情報へのアクセスが容易なHPを!」というものがある。その通りだと痛感している。特にペンションの場合、うちのような小規模のペンションでは特に、こじゃれたHPより多少「泥臭い」というか「人間くさい」ホームページのほうが親しみやすいのかも知れないと言うことを感じている。
要は「ひとの温もり」や「息づかい」が感じられるようなホームページのほうが断然良いということかも知れない。この半年新しい自分のHPに対する(データ上の)お客様の反応を見ていて、僕もそう思うようになった。
ということで今回の改変では、かっこう良いとか美しいとかと言うことは二の次にして、とにかく見やすいこと、短時間で流し読みできて大まかな要点を把握できること。ここにあるべきとお客様が潜在的に思っている場所にその情報が期待されるかたちで用意されていることに注力した。
まだまだ力不足で、日々改善を続けなければならないのだけれど、少なくともこれまでのHPよりは断然親しみやすくわかりやすくなったとは思っている。しかしこれは第一段階であって、第二段階としてサイト内ナビゲーションのしっかりした構成のシンプルなホームページを別途制作する予定でいる。
僕はペンションは「道具」あるいは「装置」としての「場」であると考えるものである。そのスペックや特徴やメリットをお伝えするのに必要以上にデザインに凝ったりクールぶったりする必要はないのだと自分に言い聞かせている。いちばん大切なのは「情報へのアクセスしやすさ」と「使いやすさ」つまり「アクセシビリティー」と「ユーザビリティー」こそが肝要なのだ。
ということで、ブログ化したこの「蓼科高原日記」のほうが一歩先んじている状態になっている。今度は、ホームページがそれに追いつく番だ。
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晴れ時々曇り 気温:最低 6℃/最高 13℃
ほぼ晴れ、というのが今日の天気をうまく言い当てている。晴れてはいるようなのだけれど、雲が多く日を遮っている時間が長い。結果として、気温があまり上がらない。例年6月のこの時節はこんなに気温が低かったろうか。
さて、この3日間写真を入れずにこの日記を書いてきた。まあ、あとから入れればいいやと考えていた。お見せしたい写真はたくさんあるし、文章の雰囲気を壊さずに写真も生きるようなやり方があるだろうと思っていた。しかしこれが意外と難しいのだ。
それはたとえばラジオドラマやラジオのドキュメンタリーに写真や映像を付け加えると全く違った作品になってしまうようなものだ。もちろんこの日記は「作品」などという大それたものではないけれど、しかしそれなりに伝えたい雰囲気や想いというものがある。
それが写真をあとから入れることによって壊れてしまうのは残念なのだ。写真を入れるときは最初から写真との協調関係を維持しながら書くべきなのだろうという結論に達しつつある。ということで、きょうも写真はずうっとあとまで入れないことになるだろう、たぶん。(よい写真が見つかればもちろん挿入するけれど)
すっかりここが気に入ってしまった。ラウンジの吹き抜けの大テーブル。いまや深夜だろうが未明だろうが関係なく愛用の ThinkPad T43 とともにここで過ごすことが多くなった。気温が低いとバッテリーの持ちが悪くなるし、パフォーマンスも落ちるので電源アダプター持参だ。
明かりをダウンライトをぐっと絞って必要最低限のものにして、薄暗がりのなかで手元をPCのキーボードライトで照らしてタイプしている。この暗さが心地よい。耳の奥がきーんと鳴る静寂が至福といってよい。
あああ?、とっても快適。これが必要に迫られた結果でなく自ら望んだモバイル・コンピューティングというものだ。この ThinkPad は 14.1 インチで厚さも1インチ強だから、ラップトップというよりはモバイルの範疇に入る携帯性のよいものだ。
最初購入を予定していた新製品のダイナブックはその大きさ厚さ重さを考えるとどうみても家庭用ラップトップという位置づけで作られたものだった。そのような使い方にフォーカスして企画されたものだった。電池駆動も公称1時間しかないし。それはそれでいいのだけれど、僕は携帯性と電池駆動で4時間動くこのマシンを選択した。
将来もう1台所有するとするなら、いまのメインマシンの Power Mac G5 の後継として MacBook Pro の15インチないしは17インチモニターのものを選択するだろう。これならふだんはスタンドにたてて24インチ液晶モニターに DVI 接続してワイヤレスキーボードでデスクトップマシン的に使うこともできるし、持ち運べる Mac として今夜のように使うこともできる。
僕にとってもはや Mac も Windows も関係ない。これらは一つのものの二つの側面として僕の中に組み込まれてしまった。いま大切だと思っているのは9割方のお客様がこの Windows 環境で僕の作るホームページをごらんになっているという事実だ。
それがどのようなものかを知らずして、快適にご覧いただくことのできるホームページを作るなんてことはできないと感じるのだ、そしてそれは自分がこうして同じ環境になってみてはじめて実感できることでもある。
じっさい、Windows のノートPCでこんな風に中途半端に画面が切れてしまうなんてことは想像もしていなかったし、インターネットエクスプローラーで文字がこのようなアンバランスな大きさに変わって表示されてしまうということも想定外だった。また、ノートPCのタッチパッドの場合 の操作性を勘案してレイアウトを工夫する必要があることも学ぶことができた。
さっそく改善したので、以前よりはだいぶご覧になりやすくなっていれば幸いです。
曇りのち雨 気温:最低 9℃/最高 14℃
ホームページについて考えると頭が痛いのですよん、じつのところ。1996年にホームページを開設した頃はみんな(いわゆる)クールな=かっこういいホームページを目指していたのですね。インターネットなんちゅう新しいメディア世界を前にして夢いっぱい希望いっぱいだったから米国のすてきなホームページを見て目がハートになっちゃったわけなのね。
で、その後もずうううっとクールな、それでいて見やすく親しみやすいホームページを目指してがんばってきたんだけど、最近どうやら風向きが変わったらしくて、遅ればせながらそのことに気がついたわけなのね。
ペンションのホームページの場合、見やすいとかかっこういいということなんかよりも、親しみやすい、もっといえば「泥臭い」くらいのほうがどうもお客様ウケがいいみたいなのね。ありゃりゃ〜。これは勘違いしていたかも〜!(^_^;)
じゃあ、そういうふうにしちゃおうじゃんじゃん。Windowsマシンも使い始めたことだし、あこがれのホームページビルダーも手に入れたことだし、おもいっきり泥臭いホームページをつくってみようって思うのね。ホームページってあんまりクールにつくっちゃうとどうも「上から目線」みたいに思われちゃうみたいだし〜、「しきい」が高いと見られちゃうみたいだし〜。ほんとはそんなこと全然無いんだけど。
どうせ見るなら気持ちいいデザインのほうがいいと思うんだけどなあ。ま、そういうことはお客様が決めることなので、作り手がどうのこうの言える筋合いじゃあないよね〜。どっちにしても、本来センスの良い人間じゃないから「ふつう」につくれば垢抜けない泥臭いページだけど運が良けりゃ親しみがわくようなホームページが作れるかもしんないし〜。
いまの時代「上から目線」も「高ピー」もダメダメだからね〜。
あああ〜、このブログも「高ピー」かもね〜。上から目線かもね〜。そう思われてるかもね?。やばいかもね〜。
さて、どうしたものか。なんて言いながらまだ毒はいてるし?。(-_-;)
晴れのち曇り一時雨 気温:最低 14℃/最高 20℃
車山高原、霧ヶ峰ではニッコウキスゲが満開です。ビーナスラインの両側がすべて黄色のじゅうたんのようです。休日平日を問わずたくさんのお客様で駐車場確保もなかなか大変ですが、そんなことにもめげずに散策を楽しんだり、写真撮影に没頭したり、スケッチをしたりと高原の夏を楽しんでいる様子はとてもこころ和むものです。
旅人はこころのままに移ろうものと思っているので、お客様がこちらにいらっしゃろうとどこか別の場所に行こうとそれは一期一会の出会いの機微とでもいうべきものなのだと納得しています。また、精神性よりも即物性を重んじる時代にあって、そのように生きることに何の異議も抱いていません。
時代は移り変わり、そのような世の中になったということです。それだけのことなのです。ペンションといえども「商売(ビジネス)」であるわけですから、時代の要請に応えられない宿、あえて主義を曲げずに我が道を行く宿はじり貧になっていくのもまた自然の理(ことわり)というものでしょう。
それでもなお、僕としては後者の道を行こうと決意を新たにするのです。商業主義に走らない範囲内で時代の要請に最大限応えつつ、なお心温まる宿を営んでいきたいとささやかな思いをつのらせています。それが万人には決して支持されない道であることを承知の上で。
成功者になるのが目的ではないからです。商売において「勝ち組」になることが夢ではないからです。そうではないからこそ、ビジネス界から足を洗ってそれまで培った経験をすべて「禁じ手」として、ゼロから再スタートしたのは、自分が自分でありたいがためなのです。
あざといマーケティング・スキームでお客様の心を惹きつけたくはないのです。こころをもってお客様のこころに訴えかけたいのです。経営者としては自殺行為かも知れません。しかしいまの僕は決してかつての自分に戻りたくはないのです。
すべてを白紙に戻して、もう一度良く思考してみたいと思いました。ブログが「真っ白」なデザインに変わっているのをご覧になって驚かれたかも知れません。しかし、このデザインこそがいまの僕の心情そのものなのです。この真っ白なスペースで、しっかりと自分と自分の営む宿のことを見つめ直していきたいと思います。
改めて宣言します。これは今風の「ブログ」ではありません。これは僕が開業以来11年間毎日書きためてきた「ウェブログ(Weblog)」なのです。僕の11年間の「こころの軌跡」と言っても良いかもしれませんね。
もう、お客様の「ウケ」をねらうような経営手法、広告手法はやめたいと思うのです。だからこのスペースでは、観光情報は書いても、セールス・トークはしたくないなあと思ったりもしています。それは僕らしくないからです。ペンション・サンセットの流儀ではないからです。
いまのご時世には通用しそうもないことではあるのだけれど。
※今日の写真は車山高原観光協会の許諾を得て転載しています。
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曇り時々晴れ 気温:最低 12℃/最高 20℃
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今日から新しくなった部分があります。
ひとつめは、どなたでも認証システムを使わずにコメントを投稿できるようになった。
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以上、3つの新機能が加わりました。
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蓼科高原日記が変わります(?)
さて、今日からは私も少しコピーライティングを意識して文章を書いてみようかと思います。ご迷惑かも知れませんが、内容的にはこれまでとなんら変えるつもりはありませんのでおつきあいいただければさいわいです。
ご承知の通り私は信州蓼科高原ピラタスの丘ペンション村にある「ペンション・サンセット」のオーナー(経営者)です。今後はそのことをはっきりと意識しながら、同時に一個人としてこの日記(ブログ)を書いていこうと思います。
これまでは、そのときの感情をぶつけるようなとても個人的な日記として書いてきたので、「反省」をこめて宣言しておこうと思ったのです。
だからといってこれまでの日記が「ちょっと違うんじゃない?」とは考えていません。それはそれ、これはこれです。ふたつとして同じ季節は無く思い思いに移ろっていくように、ひともまた変わっていくものだと思うのです。
旅人もまたそうですよね。みなさんがご旅行なさるときもまた理屈ではないなにかに従って思い思いに移ろっていくのではないでしょうか。それこそが「旅」の本質かも知れません。そしてまた、理屈ではないなにかを感じてペンション・サンセットを選んで下さるお客様に感謝しています。
ペンション・サンセットはお客様に愛される「場所」になりたいのです。
このことは、ようやく私が確信した真実です。
本当によくご利用いただくお客様の言葉をお借りすれば、ペンション・サンセットは「宿」というよりは「場」なのだ、ということかも知れません。お客様ひとりひとりにとってのいろいろな意味での「特別な場所」なのだと思います。
宿選び、特に個人が経営することから「ペンション選び」は当たり外れのリスクが高いと思われているかも知れません。しかし、ホームページやブログなどの情報が豊富になったいま、「はずれくじ」を引くことも少なくなったのではないでしょうか。
正直に言います。
ここ数年ペンション・サンセットを再度ご利用になるお客様(リピーター様)が急増しています。5年前の6人に1人から、いまでは3人に1人になりました。約2倍です。なにが理由なのかまだよくわからないのですが、実際にご宿泊いただいて満足をしていただけているようでとてもうれしく思うと同時に身の引き締まる思いでいます。
この日記(ブログ)をご覧になって「なんだこいつは」とお感じにならなければ、ペンション・サンセットにして正解です。命中率はかなり高いと思います。それはこの数字が示しているとおりです。
ということで、きょうはお知らせと、多少の理屈だけになってしまいました。
明日からまたいつものように、「蓼科高原のいま」をお伝えしていこうと思います。
お楽しみに。
晴れ 気温:最低 11℃/最高 19℃
困った。
写真無しのほうが書きやすいのね、やっぱり。
でも、それだと美しい蓼科を写真で紹介できない。
僕のつたない文章でしか蓼科の感動を伝えることが出来ない。
こんなレベルでは
そもそも伝えることなんか出来ないのかも知れない。
今日も蝉が鳴いている。
ピラタスの丘から蝉が消えたあの数日間はいったい何だったのだろう。
それにしても、こんな風な書き方が僕にはいちばん楽なのだ。
それは、ここにあるのが僕だけの内面世界だから。
心象風景を語ればいいから、とても気持ちが軽いのだ、たぶん。
ウイリアム・ジェームズが言うところの「意識の流れ」を書く
あるいはアンドレ・ブルトンの「自動筆記(オートマティスム)」
映像時代以前のアンティークなスタイル。
写真があるとそういうわけにはいかないでしょ?
どちらが良いということではなくて、基本的スタイルの問題。
文章にしたって、こんなふうに一行開けて綴っていくというのは
これまでには使わなかったスタイルじゃない?
長い間、基本的に三行をひとつの段落として四段落でひとくくり
にして書くというのが僕のスタイルだった。
多分に音楽、とりわけジャズを意識していたのかも知れない。
4小節×4小節=16小節=ワンコーラス
そんな感じ。
それだと写真の入り込む余地があったのだけれどね。
今のスタイルだと、写真を入れ込むのがとても難しい。
レイアウトとしても難しいし、写真と文章のバランスがとりにくい。
表現、なんていう大それたレベルではないけれど、
自分なりに伝えたいことにふさわしい方法論というのは模索している。
心のこもった一枚の写真と、鍛え抜かれたシャープな文章。
そんなことができたらいいのにね。
まだまだ模索中。
そのうち落ち着いてくると思う、たぶん。
それにしても未公開写真がどんどんたまってきている。
晴れのち曇り(夕立あり) 気温:最低 12℃/最高 19℃
「古本屋に若者が来るようにするにはどうしたらよいか」という課題を出すと、若い生徒たちは古本屋のノスタルジーを語ったり、店の頑固親父について語ったりする。しかしそれは「古本屋には古い本がある」ということを情景描写しているに過ぎない。「古本屋には古い本があるなんて知らなかった。びっくり。」なんて言うひとはいない。そんな文章やコピーを読んで古本屋に行こうなんてことにはならない。そんな話しがコピーライティングの本にあった。
あたりまえのことかも知れないけど、改めて指摘されて目から鱗が落ちる思いだった。「高原には美しい自然があります、山があり湖があり森があります。」と僕はこの日記で語り続けてきたからだ。上の例とちょっと違うのは「それらの自然がどのようにあるのか、どのように美しいのか」も書いてきたことだろうか。いずれにしても、それじゃあだめなんだってこと。「ああ蓼科には豊かな自然があってそれがとてもきれいなんだって。びっくり。」それで蓼科に行こう、ペンション・サンセットに泊まろうということにはならないのだ、たぶん。
「描写」ではなく「解決」なんだ、とその本の著者は言う。「古本屋には古い本があります」と書く変わりに「お風呂で読むための本や雑誌なら、古本屋で」と呼びかけてみる。半身浴などで本がふやけてしまうような場合でも古本ならもったいなくない、と呼びかけてみる。すくなくともこのコピーは現状を何とかして「解決」しようとしている。文章(コピー)を書くときに「素晴らしい言葉を綴ってやろう」と考えることと「いまある状況を何とか変えさせてみよう」とすることとはちょっと方向性が異なるということ。そのズレは致命的なのだということを指摘された。
この本のことは NBonline のあるコラムで知った。本との出会いにはじつに運命的なものがあると改めて感じる。
で、思ったのは、コピーライターが広告コピーを書くのと、「自分のペンションに泊まって欲しい」と思う僕がその目的で文章を書くのはまったく同じなのだろうか、ということだ。それはコピーライターが書く日記と、ペンション・オーナーが綴る日記とは同じなのだろうかという思索へとつながっていく。
ホームページの文章については「同じ」だと思う。でも、蓼科高原日記はまた別の世界を持っているように思うのだ。結局その二極端の間で迷走しているのが現状なのかも知れない。
結局コマーシャリズム(商業主義)がすべてを支配するかのような世の中になってしまった。それが嫌で、それもひとつの理由で広告界を去った僕が、ふたたびコマーシャリズムと正面から対峙し取り組まなければならないなんて、皮肉というか、因縁というか・・・。いずれにしても、この歳になってコピーライティングを改めて勉強することになったわけだ。
別に広告関係者でなくても、企画書などのビジネス文書を書く機会のある人なら、あるいはブログをやっているひとも読んで大変ためになる本だと思う。
広告コピーってこう書くんだ ! 読本 谷山雅計著 (宣伝会議新刊)
これはおすすめ。
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曇りのち雨 気温:最低 12℃/最高 19℃
「蓼科高原ピラタスの丘にお客様が来て下さるようにするにはどうしたらいいか」という課題を自分に出してみよう。「蓼科高原ピラタスの丘には美しい豊かな自然があります」というだけではダメだということは、昨日書いたとおりだ。「ああそうなんだ、知らなかった!」とびっくりしてピラタスの丘に行こうなどとは誰も思わない。
なんらかの「解決」を目指さなければならないのだけれど、難しい。
「そのピラタスの丘にペンション・サンセットという宿があります」と書いたところで、「そうなんだ、知らなかった!よし、さっそく行ってみよう」ということにはならない、あたりまえだけど。
それがあたりまえの世の中なのだけれど、なんだかつまんないね。
僕なんか「高原」と聞いただけで血が騒いで行きたくて、というか、そこに少しでも長く身を置いていたくてじりじりしたものだけれど。ひとそれぞれだから、別に「高原」じゃなくてもいいんだけど、なんか投げかけられた言葉に強烈な憧憬を喚起されるということが無くなってしまったのだろうか。
というのが僕の正直な感慨なのだけれど、そんなことをいっていたところでなにかが変わるわけでもない。変えたいのならば、言葉の力を信じてみるしかないじゃない。
いま、厚さ20センチにもなろうかというお客様からのメールのプリントアウトを読み返している。そこにはお客様の目線でご覧になったり感じたりした感想がぎっしりと書いてある。
なぜペンション・サンセットはお客様にとって心地よいのか、その理由をお客様は追求する必要は全くないけど、僕はきちんと分析して論理的に明確に理解していなければならない。
なぜペンション・サンセットのお料理は美味しいと評価されているのかについて、僕はその理由を現象面、実際面を通して明確に理解していなければならない。
なぜペンション・サンセットを愛して下さるお客様がこんなに多いのか、その理由を「なんとなく」でもなく「感覚的に」でもなく「論理的に」僕は理解しなければならない。データとして所有しなければならない。
そうでなければ僕はなにかを変える力のある文章によって、まだご利用になったことのないお客様にペンション・サンセットをご利用いただくことは出来ないだろう。
感覚が感覚で終わってしまってはいけないのがコピーライティングというものだ。緻密な論理的思考とそれを裏付けるデータに基づいた的確な方向性を持っていないコピーは、ひとのこころに訴えかけるものがない。ひとを動かす力がない。
誰に、なにを、どのように訴えかけるかが大切だ。
みんなに、いろんなことを、総花的に訴えるというのがよくある落とし穴。
僕もはまっちゃってる、正直言って。
う〜ん、一朝一夕にはいかないな。
暗礁に乗り上げた。(^_^;)
蓼科高原日記、つまりこのブログは感性の表現であり、直感の記録であり、森を散策するひとの思索の記述だった。それは過去も現在もそしてこれからも変わることはないだろう。そうでなければ僕は書き続けることが出来ないだろう。
蓼科高原日記は僕のきわめて個人的な日記である。
このことは変わらない。
コピーライティングはまた別の場所、別の場面、別の次元の話しなのだ、やっぱり。具体的にはこのブログではなく、ペンション・サンセットのホームページを舞台とするべきなのだと思う。その舞台では僕は生粋のコピーライターとして語り、こちらの日記では個人として語る。
うまくいくかどうかわからないけど、とりあえずそうしてみようと思う。
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曇り夜半より雨 気温:最低 11℃/最高 16℃
このブログ、というか「蓼科高原日記」もいまやペンション・サンセットのホームページの一部として完全に組み込まれてしまったので、昔のような調子で書き続けることは適当ではなくなってしまったように感じる。
宿泊施設に限らず商業ベースのホームページではこのようなブログであんまり小難しいことを語ったりマジに物を言ったりすることはタブーなんだそうだ。たしかにそれは本当だと思う。どうでもいい読み捨ての雑誌記事みたいなものを書くようにすべきなのだろうか。
つまらないね、そんなの。
何度も言うけれどこれは「日記」であって「セールストーク集」でもなければ、ペンション・サンセットのPR記事でもないんだもんね。
「神」や「いのち」や「死」について書いてはいけない日記があるとするならば、そんなものを書き続けるひとはいないのではないかな。生きる意味を考えたり、そのことでなやんだり、泣き言を言ったりぼやいたり、そんなことができるのが日記というものではないのかな。
オレはそう思うね。
誰になにを言われたわけではないけど、ふとそんなふうに思った。
たくさんのお客様にペンション・サンセットにご宿泊いただきたければ、もっと柔らかくて差し障りのない口当たりのいいことばかり書けばいいのかな。だけど、そんな日記は信用できない、個人的には。そんなもの読む気にもならないな。
みなさんはどうなんだろう。
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晴れ 気温:最低 0℃/最高 8℃
我が家も紅葉の盛り。
差し込む秋の陽射しに美しい景色を心に描く。
景色はそれぞれの心のスクリーンに映し出されるもの。
良い景色を描いて、心地よく澄んだ心のスクリーンをお持ち帰り下さい。
posted by : P・サンセット
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この日記を書き始めてから明日で4000日目を迎えます。なかには11年間4000日を共に歩んで下さった方もおられることと思います。ありがとうございました。
ひとつのことをこれほど長きにわたって継続できたのは、ひとえにこれを読んで下さるみなさまがいらしたからです。なにより感謝しているのは、くじけそうになったときに、励ましのお便りをいただけたことです。
この日記は、私にとって三日坊主で終わらなかった人生最初で最後の出来事になると思います、たぶん。すでに11年目にはいっているのだから、これはすごいことだと自分でも思いますが、過去になにを書いたかなんてもう憶えていない自分が少し寂しい。
これを機会に少し昔自分が書いたものを読み返してみようと思います。そしていまそのことをどう感じ、どう考えるのか、そんなことを検証してみるのも面白いかななどと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
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曇 気温:最低 - 3℃/最高 6℃
今日はこのブログについて書く。
「ブログ」という言葉がまだ無かった時代から11年以上書き続けていると、いささかくたびれてくるし書く内容だってそういつも斬新なことが書けるわけでもなくなってくる。4020エントリーも書けば充分というか、なんというか。
昔書いたことは僕自身すっかり忘れてしまっているほどだから、自分でバックナンバーを読み返して、「これってオレが書いたの?」なんてびっくりすることも多い。干支ではないけれど12年というのは物事が円環を描いて元の場所に戻ってくるのにちょうど良い時間なのかも知れない。
僕はしだいに振り出しへと戻りつつあるのを感じている。12年間の長旅を終えて、ふたたび出発点に戻ろうとしているのをはっきりと心と体で感じている。だから書くこともまた昔書いたことの繰り返しの様相を呈してくるのは、ある種の必然なのかも知れない。
ということで、昔のコンテンツ「オーナーのひとりごと」へのリンクを文末のリンクに追加することにした。また、もうひとつのコンテンツ「And I Love Her」も追加した。まあ、いずれもへたくそな文章と内容なので、いまさら恥をさらすのもどうかと思ったけれど、それらもこのブログの一部なのだからしょうがない。
そもそもこのブログのタイトルは「オーナーのひとりごと」だったのだ。
ひとりごとだからこそいろんなことを勝手放題書くことができたとも言える。しかし時代は変わり、「自主規制」という名の、あるいは情緒的で非論理的な「無言の圧力」が日増しに増大してきている。「気に入らないやつを大勢でよってたかってたたく」というじつに卑劣・愚劣な行為を良しとする風潮だ。
マスコミ諸君、社会正義の実現とは「袋だたき」ゲームなのか。たとえ殺人者であっても更生の道を模索するという社会制度なのにもかかわらず、ミスを犯したり法律に抵触したり社会倫理にもとる行いをした企業に対しては、更生の道を断ち潰してしまうのが社会正義なのか。不思議なことにマスコミ各社だけは例外的扱いで、潰されたところなど1社もないではないか。どんなに大きな不祥事でもいつの間にか立ち消えになってしまうではないか。君たちに社会正義を標榜する資格などない。
ことかように理不尽で危うい社会なのだ、いまの日本社会は。
僕のようなペンション経営者などは、そうなると、危ないことはいっさい言えないことになる。
結局、揉み手しながら耳あたりの良いことだけを言っているのが商売繁盛の秘訣なのかとも思う。多分そうなのだろう。しかし、お客様の立場に自分が立ったとき、そんなことをしてもらってもちっともうれしくないし、かえって気分が悪いと感じるのは「ちがう」のだろうか。
まあいいや、世の中がどう変わろうと、僕はひとりの人間として誠実にお客様と向き合いたいといつも思っている。
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※後日、僕と考えを同じくする識者の記事と出合った、我が意を得たりだ。
雨 気温:最低 1℃/最高 5℃
本末転倒だとは思うのだけれど、ペンションのホームページとして営業に寄与するように育てるためには検索エンジン、つまり Yahoo! JAPAN や Google などの検索において検索結果の1ページ目、さらに順位トップを目指してそれなりのテクニックを意識してホームページを制作しなければならない。
よくSEO(Search Engine Optimization:サーチエンジン最適化)といわれるのはその手の技術というかテクニックだ。それ自体が大きなビジネスとなっているほどだから、これは馬鹿にできないのだ。
そのために、「使いたい言葉」ではなく、「検索結果としてより上位にランクされやすい言葉」で語るようになってきてしまう。これは「そんな気がする」というレベルではなく、実際に起こっていることだ。まあ、ウェブマスターとしての僕がそちらの道を選択しているのだから、検索エンジン運営者にはなんの罪もないのだけれど。
文章にしても、検索エンジンがキーワードを採取する際に用いるアルゴリズムを推察して、一定の頻度とリズムでキーワードを複数回含ませることを意識して書く必要もある。検索エンジンによってアルゴリズムは異なるから、それぞれに共通して有効になるように全体をコントロールする必要もある。
というようなことで、考え始めたらきりがないので、僕は適当なところで「こんなもんで良いか」と割り切るようにしている。じゃないと、書きたいことが書けなくなるし、好きな言葉を他の言葉で置き換えて語らなくてはならなくなるから。
まだお客様の評価が定まらないと思われるメールマガジン「蓼科高原からの手紙」だけれど、毎週配信だとちょっと五月蠅いのではないかという気もするので、隔週刊ないしは月刊にしようと考えています。
蓼科ではまだまだ紅葉の見頃が続いています。特に横谷渓谷は絶景ですね。その一方で、スキー場のゲレンデ作りがどんどん進んでいます。1000m〜2500mに展開する、標高差のある蓼科高原ならではの風物詩ではあります。
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雪 気温:最低 - 7℃/最高 - 6℃
昨夜から雪が降り続いています。ある時はバケツをひっくり返したように激しく、またあるときは降っているのかいないのかわからないくらい密やかに、粉雪が降り続いています。1日でたった1℃しか気温が上がらないという寒い日でした。
そんな中、僕は昨夕からホームページとブログを載せているレンタルサーバーの移転作業に追われています。今回は同じレンタルサーバー会社の中での移行なので比較的楽なのですが、それでもブログデータの引っ越しはけっこう骨が折れます。
MySQLというサーバ上にあるデータベースを使っているので、そのデータを新しいサーバにそっくり移するのですが、初めてのことでなかなかマニュアルどおりには行かないケースがでたりして・・・。まあ主たる要因は新しいサーバにインストールされているデータベース管理ソフトの方がバージョンが上のためデータファイルの互換性に若干問題があったということなのですが。
いずれにしても何とか作業は完了。現在は新旧2台のサーバに同じHPがアップしてある状態です。ブログは新しいサーバにジャンプしてご覧いただくかたちになっています。とても疲れたけれど、サーバのハードウエアスペックもぐっとアップしたし、OSもバージョンアップしてきびきびと動くようです。
こんなことはペンション経営者の主たる業務ではないとは思うのですが、業者さん任せでホームページを運用するのはペンションとしてはちょっと納得いかないので自分でやることにしています。
また正直言って、ホームページの新しいデザインは僕としてはあまり好きではありません。ちょっと「ファンシー」すぎる。でも、こっちのほうがじっくり観ていただけそうな感じもするし、クリスマスっぽい感じだし・・・。よくわかりません。
というようなところで、きょうはおしまいです。
来週末以降は本格的スキー、スノーボードが楽しめるゲレンデコンディションになりそうです。みなさまのお越しをお待ちしております。
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晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 6℃
さて、今日は12月25日(月)、クリスマス当日です。昨日のイヴもそうだったけれど、いつもどおり「ホワイトクリスマス」になりました。こんなに良い雰囲気なのに、もったいない。例年、お客様が少ないのです。まあ、クリスマス・イヴは都市では個人的なイベントが目白押しだし、いわば「恋愛の決戦日」でもあるわけだから、こんな山の上に来てどうするってか。・・・なるほどなるほど。(^_^;)
ということで、ぼくは愛用のMacを駆使してLOTO6の予想をしていましたよ。相関係数とか、重回帰分析とか、加重平均とか、因子分析法とか、学生時代に駆使していたデータ解析技術を思い出しながらね。僕らが学生時代には電卓が10万円もした時代で、パソコンなんてまだ「発明」されていなかったのだ。
当然、上に書いた分析作業はみんなで手分けして「手計算」よ、ふっふっふっ・・・。すっかりやり方忘れちゃったけどね、30年もたつと。でも、昔取った杵柄(きねづか)を使わない手はないと、今頃になって気づいたわけ。いまなら高性能なパソコンもあるしね。
でも、最後は結局のところ、動物的カンしかないのね。だって、あらゆる順列組み合わせを購入するわけにはいかないのだから。ということで、まだまだ「高額当選」は絵に描いた餅に過ぎません。個人的にはものすごく「くじ運がない」ひとだから、一生当たらないかも知れない。きっとそうなんだ、グスン。
それはさておき・・・
☆☆☆
言葉は筋肉と同じ、使わないと退化してしまう、と言う言葉に出合った。
なるほどな、と思う。確かにそうかも知れない。そんなこともあって、個人的訓練として、文章を書くときでもこころの中で音読しながらキーボードをタイプすることを習慣としている。言葉とは第一義的には「音」なのだ。文章はその投影に過ぎないのかも知れない。楽譜が音楽の紙の上への投影であるのと同様の意味合いにおいて。
かつてこの日記は「オーナーのひとりごと」というタイトルで始まり、その当時(1996年)に浜田同盟のコラムやブログは存在しなかった。先日「オーナーのひとりごと」で検索を書けてみてびっくりした。そこらじゅうに「オーナーのひとりごと」があふれかえっていたのだ。
時代を感じるね〜。
1996年当時、我が国のWWW界というかホームページの世界は、どこのだれがどのサイトを運営してくるかがすぐにわかった時代だったのだ。東証一部上場の大企業もまだホームページを開設していない時代だった。いまとなっては、じつにのどかな、我が国のインターネット時代の黎明期だったのね、たぶん。
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雪 気温:最低 - 12℃/最高 - 7℃
今朝の最低気温は氷点下12℃、最高気温は氷点下7℃、午後4時の気温は10℃、ということで厳冬期っぽい気候になりました。厳冬期はこれよりさらに7〜8℃低いのですが・・・。
これまでが「ぬるい」気候だったので、こんなふうに急に気温が下がるとものすごく寒く感じます。
で、天気は結局、一日中雪になりました。
朝までの積雪量は30センチ〜40センチだったのですが、パフパフのパウダースノーです。お客様に朝食をお出ししてすぐに除雪機で除雪にかかったのですが、なんとそんなところにはないはずの岩が道路の雪の下に転がっていて、それを見事に噛み込んで故障してしまったのでした。
ディーラーと何とか連絡をつけて修理に必要なパーツの手配をして、街に降りるとなんと日が照っているではありませんか。(^_^;)
さすがに大晦日・・・そうでした、今日は大晦日なのでした!
道路はスキー、スノーボードにお越しのお客様のクルマと、年越しとお正月の準備に余念がない地元の方の買い物のクルマとでかなり混んでいます。さらに、山岳部は軽い吹雪状態で道路はとても良く滑るので最徐行を余儀なくされますから、とにかく移動には時間のかかる一日でした。
しか〜し、安全第一ですから〜、はい。
☆☆☆
それはそうと、お正月にそなえて(?)今日散髪に行きました。スキンヘッドにするんだと宣言していたのですが、やめてちょ〜だい!という妻のひとことで、断念せざるを得なくなって・・・。う〜ん、残念。
でも、まだあきらめていないぞ〜。
☆☆☆
なんてことを言っているウチに、今年もあと数時間になってしまいましたね。
いろんなことのあった、激動の2007年でしたが、個人的にも、ペンション経営者としても、ウェブマスターとしても五里霧中で試行錯誤する日々でした。精神的にも肉体的にも完全無休の1年だったように思います。
それが正しい努力だったのかどうかについては、まったく自身がありません。ただ、多少なりともマシになって、少しでもお客様に評価していただけるペンションに近づけたなら、とてもうれしいのですが。
その一方で、日記記述&公開者というか、おこがましいけれど「ブロガー」としては、どうなんだろう。なんだかずう〜っとスランプだったような気がするし、いまも状況は好転していないように思います。
言葉が多すぎるのかな、的外れなことばかり語っているのかな。
わからないことだらけのまま、年を越します。
こんな私ですが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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晴れのち曇り 気温:最低 - 12℃/最高 - 4℃
昨日、写真を載せたサンセットの1階の廊下ですが。同じ場所から後ろを振り返ると、今日の写真のようになっています。振り返りざまに撮ったのでカメラがが傾いちゃいましたが、ご容赦下さい。
Adobe Photoshop を使って補正できるのですが、(個人的には)この方がおもしろのでそのまま載せます。
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☆☆☆
蓼科高原日記はその形態から言って本来的に「ブログ」だったわけですが、近年のブログシステムに乗せたものではなく、あくまでも「それ以前の、ウェブベース」の公開だったわけです。つまり、ホームページとまったく同じ制作方法で公開していたわけです。それに比べて、現在のブログ公開システムは長足の進歩を遂げていてものすごく便利で、楽ですね。
基本的に CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)になっているので、データベースを利用して、様々なかたちでエントリー(記事)を検索したり、特定のカテゴリー、キーワード、タグでまとめて読むこともできます。これは管理する側はもちろん、読む方にとっても大変便利なものだと思います。
現在、「蓼科高原日記」は従来の「ウェブベース」のものと、「ブログ」とで併行して公開しています。2006年8月以前のバックナンバーは「ウェブベース」のものをご覧いただけるようにしてあります。12年目ともなると、過去のものをブログシステムに移植するのもかなり大変なもので、そのようなかたちにさせていただいております。
タイトルの前の連番は「エントリー番号」です。毎日1エントリーで書いてきましたので、きょうのエントリーは「4093日目の日記」と言うことになります。ここまで書き続けると「資料的価値」もでてきますね、個人的には。とても便利に参照しています。
みなさまも是非、お気軽にコメントを書き込んでいただければさいわいです。もちろんトラックバックやリンクも大歓迎です。
ちなみに、いただいたコメントへのお返事は同じエントリーのコメント欄で書かせていただいておりますので、少し時間をおいてから再度ご覧いただければ幸いです。
雪 気温:最低 - 8℃/最高 - 4℃
さて、きょうは、個人的に、記念すべき第4100日目です。
その道のりは登山にも似て、過ぎてみればあっという間の出来事であり、見晴らす眺望に改めて驚くしだいです。いつの間にかこんなところまで来ていたのだ、と。
日付が今日に変わった頃から降り始めた雪が一日中降り続き、まだ降っています。とても細かな雪なので、ずんずん積もっている割には大雪という印象はないのですが、いつの間にかけっこうな積雪になってきています。
夜観ると明かりにきらきらと光り輝きながら降る様子は感動的ですらあります。
☆☆☆
この日記も12年目に入っていますが、そんなふうにきらきらと降り積もった日記なら素敵なのですけれど、どうなのでしょうかね。そううまいこと行くわけがないですから。
いま改めて読み返してみると、これって本当に自分が書いたのかなと思うようなシャープなものもあるし、いま読むと赤面してしまうようなエントリーもあります。また、書いた当時とは考え方がまったく変わってしまっているものもありますが、あえて訂正せずに「歴史」として残すようにしています。
結局のところ、この日記は自分のために書いてきたように感じる昨今です。
最近は、昔のようには書くことができていません。それも「時代」というものでしょう。インターネットが特別の限られた人だけのものではなくなった現在、昔は許されたことでもいまは許されないということもあるのですから。
また、わたし自身が変化したという部分も、当然、あるわけです。
4100回を機に、4101回以降を少し違った角度で書いていこうと目論むところがあります。どうなるかはまだ自分でもわかりませんが、少し軌道修正することになると思います。構成に関しても、内容に関しても。
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晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 6℃
天気概況によれば、わたしの経験的勘とは異なって、あと数日間は気温の低い日が続きそうです。雪の日よりも、晴れの日の方が冷え込みが強いのは放射冷却によるものかも知れません。それに勝るほど陽射しが強くなれば、晴れの日の方が当然暖かくなるのですが。
というようなことを書いていても、あまり楽しくありません。なぜって、本当に書きたいことを書いてはいないからです。こんなふうになったのはいつの頃からでしょうか。奇妙なかたちで社会正義が行使されるようになり始めた頃かな。
そのわりには、詰めが甘いというか、物忘れが激しいというか、いつの間にか立ち消えになって次の事件が起こるとそちらに集中砲火というパターンの社会正義のかたち。もちろん無いよりは良いし、社会正義は実現されるべきだけれど。
そして、こういうことを言うと、きっと嫌われる。
いまはそんな時代なのだ、たぶん。
自由なようでいて、ほんとうは、だんだんものが言えなくなってきている。
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晴れのち一時雪 気温:最低 - 12℃/最高 - 7℃
万物はメタファーである、僕自身がそうであるように。
このブログのサブタイトルの変遷を知っているひとは、思いの外少ないのかもしれない。しかし、まあ、変遷といっても数回しか変わっていないのだから、憶えているひともいるのかな。
ブログのサブタイトルって結構重要な要素なのだよね。少なくとも僕はそう意識している。それは、どんな想いを持ってそのブログを書いているかということを宣言するのがブログのサブタイトルではないかと思うからだ。
それだけに、サブタイトルしだいで、ブログを読んでもらえたり、読んでもらえなかったり、好かれたり嫌われたりするのかもしれない。
ぼくはペンション経営者だから、個人的なブログといえども自分の仕事をまったく意識しないで書くわけにはいかないんじゃないかと迷うことがしばしばだ。でもね、そうすると自分で読み返してみてもすごくつまらない、少なくともおもしろくはない文章や内容になっちゃうことに気づく。
何年も前から読んでくれているひとはすでに気づいていると思うけれど、この1年というもの、ずいぶん迷いが出ていたことと思う。でも、結局ぼくはぐるりと一回りして元の場所へと戻ってきたわけだ。自分というこの場所へ。
ひとは自分自身から逃げ出すことはできないし、自分以外のものになることなんてできないのだ。
とはいえ、ここに記される、あるいは、これまで記されてきた「僕」という存在は、もちろん、「本当のぼく」ではない。偽物ではないけれど「いま、ここにある、自分」ではない。それは作為的なものではなく、文章表現の限界とでも言うべきものだ。
この「ぼく」はひとつの「メタファー」を超えることはできない。もう少し表現を工夫するならば、僕は僕であって僕ではない、ということもできるかもしれない。いずれにせよ「万物はメタファー」なのだ。ゲーテの戯曲「ファウスト」の終末でファウストが叫ぶように、それは確かに真実なのだ。
メタファーとしての僕でもいいじゃない。
改めてそう思う。
ペンションでの僕は「きさくなオーナー」だけれど(自分ではそう思っている)、ブログを書くときの僕は「このような僕」なのだ。そしていま、このような僕にもどって、このブログを書き続けることにしたいと思っている。
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雨 気温:最低 - 2℃/最高 + 2℃
メールマガジンについて考え込んでいます。
ペンション サンセットのメールマガジンは「蓼科高原からの手紙」というタイトルなのですが、内容的にはいささかセールストークになりすぎていたように思います。
本来は、ブログ「蓼科高原日記」のダイジェスト版みたいなイメージだったのですが、そのようなものを求めておられるお客様と、そうではなく、すぐに役立つ観光情報を求めて登録していただくお客様がおられるという事実に、スタンスを決めかねているわけです。
いずれにしても、「手紙」という原点に返る必要があるのかも知れません。情報は簡潔な方が良いのですが、手紙はそれとはまた別次元のものだと思います。
いずれにしてももう少し整理統合して、読みやすく想いのこもった手紙にする必要を感じています。いくら心を込めて書いているつもりでも、それが伝わらなければしょうがないですものね。
絶対数としてはきわめて少ないのですが、配信登録解除があるたびに、自分の至らなさを感じています。
どなたが解除なさったかは私にはわからないシステムになっていますので、お気遣いは無用です。
ある人にとってはわたしからの私信のようなものに感じられるでしょうし、またあるひとにとっては単なるメルマガのひとつに過ぎないのです。どちらも真実です。
結局のところ私は私らしい「手紙」を書くほかないのだと思います。
それがメールマガジンであろうと、ブログであろうと、わたしが書く以上、それはわたし自身の想いであり表現なのですから。
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☆☆☆
朝から雨降りです。ことことという雨音はこの季節にしてみればきわめてめずらしく、そのためにずいぶん早く目が醒めました。カーテン越しの光の加減でその日の天気がわかるのですが、それに雨音が加われば間違えようもないというものです。
ラウンジの窓を開けて首を出すと、霧雨の森の中から野鳥の声が賑やかに聞こえます。いつのまにかずっと個体数が増えたようです。小動物を含めてピラタスの森にもいのちの気配が戻ってきていました。
静謐に満ちた、いのちの気配の消えた森もある意味ではとても魅力的なのですが、こうしていのちの息吹を目の前にすると、やはりいのちっていいなあと思います。いのちあるからこそ地球という名のこの惑星はこれほどまでに愛おしいのだと。
晴れ 気温:最低 - 4℃/最高 + 7℃
国連の統計によると、世界のウェブサイトの約8割は英語で書かれているという。そして驚くことに、06年第4四半期にブログでもっとも投稿されていた言語 は、日本語だったとのことです。
このレポートを発表した、ブログ検索会社のテクノラティ(米)の調査による と、世界には約7000万のブログが存在し、1日あたりの投稿数は150万。そしてそのうち、日本語のブログ投稿数は全体の37%を占めていたという。2位は英語で36%。これはスゴいことですよね。世界で一番ブログが書かれている国は、日本なのだというこの事実。
もっとも、専門家の分析によれば、グローバルにはブログの特徴はそのジャーナリスティックなスタンスなのに対して、日本では「ほぼ日記に特化していると言っていい」という状況だそうです。
たしかにそうですよね、僕もそのように感じています。
しかし、僕がこの「蓼科高原日記」を書き始めた頃には、日本にはブログらしきもの、というかウェブ上に「日記」がアップされていることはほとんど無かったから、驚くほどたくさんのひとが訪問して下さった。まあ、めずらしかったと言うことでしょうけれど。いまから12年ほども前のことです。
でも、じっさいにメールをいただいたり、はがきをいただいたり、またときには直接お電話をいただいたりしてびっくりなんてこともありました。この「日記」を書き続けることによってじつに様々なひとと知り合うことができました。
それが僕の喜びでもありましたし、ときにはしんどい作業でもある「書く」という行為の動機づけでもありました。しかしインターネットの利用者が急激に増加してからは、ウェブ上の「日記」なんてめずらしくもなくなったこともあって、当時のような体験はごく限られたものになってしまいました。
まあ、でも、それはしかたのないことです。
☆☆☆
さて、ここらでスタンスを少し変えてみるのもいいかななんて思っています。
これまでの僕はあらゆる点で「ストレート」に書いてきましたが、そろそろ変化球を投げてもいいのかも、なんて思い始めました。フィクションなのか、ノンフィクションなのかわからない、ホントかウソかわからない、そんな日記があっても良いのかも知れない。
もちろん観光情報などは正確な事実をお知らせしますので、ご心配ありませんよ〜。(^^)
でも、それ以外の個人的な「ひとりごと」については、今後はその真偽のほどは「読み込んで判断していただくほかない」ということでよろしくお願いします。
これは「蓼科高原日記」の「始まりの終わり」ということです。
では、きょうはこのへんで・・・。
雪のち晴れ 気温:最低 - 2℃/最高 + 5℃
蓼科プール平にある蓼科郵便局に貼ってあった無藝荘(むげいそう)のポスター。写っているのはもちろん小津安二郎監督。「俗腸を洗う」という表現が光っていますね。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
☆☆☆
未明から雪が降り始めた。かなり水気の多い雪だ。みぞれと雪の間を行ったり来たりといった風情でそれは降り続き、午前中いっぱい降り続いたが、積もるそばから溶けて道路には積雪しなかった。いよいよ本格的な春なのだ。それも平年より温かく早い春がやってきたようだ。
春だというのにそわそわしない自分にちょっと驚く。
いよいよ50代後半に入ってしまった年齢のせいなのだろうか。
肉体的にも精神的にもまだ枯れてないのにね。
こころは20代、これは間違いない、肉体的には・・・残念ながら・・・50代かな、外見的には、うーん、よく40代に間違われるのは風格がないからかな。
いずれにしても、オレは枯れてないよ、いまのところはね。
ということで、このブログは、最近、話し好きなおじさん的というか、物書きが好きなおっさん的というか、そんな感じで書かれているわけです。
以前のように「書き散らしてやろう」と思っていますが、おもしろいかどうかはわかりません。
ペンションを始めたそもそもの理由が「お客様は神様です」というような欺瞞的(ぎまんてき)な商業主義のホテルや旅館が好きではなかったからというものだから、僕のペンションでは「お客様」を文字通り「客人」としてストレートにお迎えしています。そこに、鼻白むようなへつらいや慇懃(いんぎん)無礼な接客はありません。
遠路はるばる蓼科にお越しいただいたお客様に、心から感謝し、この一期一会の出会いに胸躍らせ、とても大切な客人としてお過ごしいただく、そのことに力を集中しています。と、まあ、大げさに言ってしまえばそのようなことなのです。
じっさいには、僕がそんな風に力んでいるとお客様も落ち着かないので、ほわーっとした雰囲気のペンション・オーナーとして僕はそこにいるだけ。うるさいことは言わないし、白々しいお愛想も言いません。ただニコニコしているだけです・・・って、バカみたいですね、それだけじゃ、ははは。
まあ雰囲気についてはホームページの「お客様の声」を読んでいただければリアルに感じ取っていただけると思いますので、ちょっとそちらをのぞいていただければさいわいです。
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このように毎日日記を書き続けることにどのような意味や価値があるのかはわかりません。書き始めて11年以上たってもそれは見えて来ません。ただひとつ感じるのは、それが決して無意味ではなかったと言うことでしょうか。これは日記という形をとった記録であり、個人的な記憶のアーカイブでもあるわけです。その一点に関してはその存在意義を否定することはできないのです。
一方でこの日記を読むことの価値はといえば、自分の軌跡を再度辿るということの他に、過去の自分の思惟に学ぶと言うことがあります。しかし、第三者が読むことの価値があるのかどうか、それは読むひとが決めることになります。僕はプロの物書きではありませんから、その点について何ら責任を持つことができません。
もし「蓼科高原日記」を書いていなかったなら、おそらく僕は過去の自分の思いや思惟をすっかり忘れてしまっていたことでしょう。というか、容易にはそれを思い起こすことができなかったと思います。日記とは自分のために自分を書き残すという側面の他に、愛する人のために自分の本当の姿(shape of my heart)を書き残すという側面もあると思います。
ですから、あるときは妻に向けて語り、またあるときは息子に伝え残したいこの世界の真実を語り、そしてまれに、かつて愛したひとに語る機会のないまま過ぎてしまった真実を書き残しているのです。
それをカムフラージュするために、多くの紙幅は蓼科の自然の美しさとの邂逅を語ることに費やされていますが、それも便宜的な行為ではなく紛れもない真実として書き残してきたつもりです。なぜならそれらは僕の心に映った紛れもない真の蓼科の姿だからです。
蓼科高原日記は僕にとってはきわめて個人的な「黙示録(もくしろく)」だといえるのかも知れません。しかし、将来それを読み解いてくれる人がいるのかどうかは期待しない方が良いのでしょうね、たぶん。僕の死後、この日記が存在しつづけることができるのかどうかさえ定かではないのですから。
僕はまだ、それが数ヶ月なのか何十年かわかりませんが、神様の与えてくださった猶予期間に従って生き続け書き続けることになるのでしょう。
ひとつはっきりしていることは、書けば書くほど、僕以外のひとにとってはあまり読む価値のないものになっていくのではないかと言うことです。語り尽くせぬことを語っても、語りようのないことを語ろうと努力しても、やはりそれを伝えることはおそらくかなわないからです。
僕と同じ世界に足を踏み入れたひとだけが、この膨大な「文書」に隠された僕の世界を見ることができるからです。そして、それは仕方のないことなのです。そのことを前提に、僕はこの日記(ブログ)を書き続けています。
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昨日書くのを忘れましたが、タイトルの連番が間違っていたのを訂正しました。4099から4100になるところで、なぜか5000に飛んでしまったのです。お馬鹿ですねー。しかも、そのことに今日まで気がつかないなんて。いやー、今月で何年何ヶ月書き続けたことになるのかなーと思って365で割り算してみたら、14年近くなっちゃうんでおかしいなと気づいたわけです。いやはや大変失礼しました。
それでもまあ一応毎日書き続けて満11年経過したのは確かなことで、我ながらよくもまあとあきれるやら感心(?)するやら・・・。これだけの分量があると、にわかに読み返すなんてこともほとんど無くなってしまうので、自分がいつなにを思いなにを書いたかなんて全然思い出せないのです。
でも昔の方が良く書けていたなあなんて思うことが多いです。昔の方がまっすぐにものを見据えていたように感じます。それだけ精神的スタミナがあったと言うことでしょうか。いまはもうあまりタフじゃないみたいです。ものを認識するとき「わたしはこれであり、それであり、それらすべてである。」と古代インドの賢者が言っていますが、昨今はあまりそんな実感を持つことが少なくなりました。あまりよい兆候ではありませんね。
美しい花を見て自分と花とがやがて一体となり、最終的には花そのものになるなんて感覚は久しく味わっていません。写真撮影の時に良くそういう感覚になるのですが、それすらなくなりつつあるようで、自分のなかの何かが損なわれていることを危惧しています。
今夕も、とてもとてもきれいな夕陽に心を洗われました。カラヤンの指揮するベルリンフィルの演奏するマーラーの交響曲第5番、その第4楽章「アダージェット、きわめて遅く」を聴きながら眺めると本当に感動的です。
そういえば、今日の未明にこの春初めてのウグイスの声を聞きました。とはいえ、ホトトギス以外の野鳥はウグイスもカッコウも、この時期まともに歌えないので、「ホーーーキョッ」ってなもんで、奇妙な声でしたけれど、紛れもなくウグイスでしたよ。
なんだかうれしいなあ。
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ブログが一般的になり、たくさんのひとがブログを公開するようになった。以前にも書いたとおり、とりわけ我が国のブログの繁栄は異様なほどの勢いだという。しかしその内容の多く、というか、ほとんどは日記だとも言う。その傾向は日本人の持つ日記文化とでも言うべきものの反映といわれる。「確かにぃー!」と思わず納得してしまう。もし日記でなかったら、僕も蓼科高原日記を11年以上毎日書き続けるなんてことはできなかっただろうから。
欧米流に、ジャーナリスティックな内容あるいは専門的内容でブログを運営しようとするならば、きわめて高度な時代感覚と正確な事実認識そして専門的知識が必要となる。自分の知的リソースを総動員し、なおかつ、高度なバランス感覚をもってブログを綴らなければならない。そのエネルギーはいかほどのものだろうか。軟弱な僕にはちょっと無理っぽい。
ということで日記執筆公開者として自分を定義するなら、ウェブベースの頃の方が気が楽だったし自由だったような気がする。現在のブログ公開システムは基本的にデータベースによるCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)になっているから、情報の集積としての日記の管理には絶大な力を発揮する。しかしその一方で、現代的な「ブログ」として衆目に晒されるという点ではあまり居心地のよいものではなくなっている。
もちろん、一般に公開する以上その内容や視点が極端に偏っていたり、社会規範や倫理に著しく反するものであってはならないのは当然で、それはウェブベースの日記でも同様だと思う。しかし独自の観点や立場や主張を展開するウェブページ(ホームページ)と一体のものとして公開される場合と、システム上「ブログ」としてウェブページと切り離され独立したコンテンツとして公開される場合とでは、大きくそのニュアンスが異なってくる。いわば「文脈を失った発言が一人歩きする」ような場合が多くなる。そこが痛いところだし、書くこと語ることに恐怖に近い緊張感を持つことになる要因だったりする。
じつはいまでも蓼科高原日記はウェブ版と並行して書き続けられている。見栄えは「ブログ版」の方が断然良いし、情報管理も容易なのだけれど、読み手に回ったときにはなぜか「ウェブ版」のほうがほっとするのだ。親しい友人の家を訪問してその居間でくつろいでいるようなリラックスした気分になれる。ブログではなにやら公共の場で語っているような、ある種の緊張感が残る。これは僕だけの特殊な感覚なのかも知れないけれど。
別の表現を工夫するなら、仮借のない世間の目にさらされているようなオフィシャルな感覚、かな。
それは良いことなのだろうか。
良いことなのだろう、たぶん。
しかしプロフェッショナルとしての訓練を受けたことのない素人にとって、そのハードルはとてつもなく高いように思われる。なんだか書くこと、語ることがとても怖くなってくるけれど、語りながら学んでいくしかないのだとも思う。
☆☆☆
さて、ピラタスの丘では毎朝未明から野鳥の歌声が美しくも賑やかに聞かれるようになってきました。ウグイスもずいぶん数が増えたし、他の野鳥も半数以上は頭数がそろったように思われます。GWまでにはこの季節にやってくる野鳥がほぼ勢揃いするはずです。
高原で迎える朝、さわやかな空気の中、野鳥の妙なる歌声にまどろむのはたとえようもない幸福です。
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新しいブログデザイン(テンプレート)はいかがでしょうか。個人的には気に入っています。明るい雰囲気や、色彩や、フォントデザイン、そしてトータルなバランスが狙いどおりだからです。これなら写真無しの文章だけのエントリー(記事)でも殺風景な印象が避けられるかも知れません。
そもそも僕は、文章だけで行くヒトだったので写真が必須というスタイルは苦手なのです。写真があるんだから見ればわかるじゃん、ということになってしまうと文章を書く意味がなくなっちゃうから。要するにテレビ人間ではなくて、ラジオ人間なのですよ。言葉から映像を紡ぎ出すそのプロセスが好きなのです。
だって、人間の想像力は無限ですから。かといって映像が嫌いなわけではありません、映画も写真もだいすきです。ただ、自分がいちばん特異なのは、非情に低レベルではあるにせよ、文章だということなのです。文章を書くことによってものをよりよく見ることができる、物事を明晰に認識することができるという類の人間なのです。
ま、トレンディーではないのかも知れませんが、それが僕なのだからしょうがないです。
まあ、いずれにしても当初の"Now He Sings, Now He Sobs."(スリ・チンモイ導師)から"God is a concept by which we measure our pain."(ジョン・レノン)に変わり、いま"And I think to myself, what a wonderful world."(ルイ・アームストロング)へとたどり着いたわけです。
最新のサブタイトルがどんな曲なのかは、前の段落の曲名をクリックすると実際に聴いていただけるようになっています。素晴らしい歌です、素晴らしい歌詞です。この歌がベトナム戦争まっただ中の1968年にワシントン・DCで録音されたことをつい最近知りました。それを思うとことさら感慨深いものがあります。
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承前
昨日の日記より続く。
僕の妻は「クール」なのだ。「冷たいひと」というわけではもちろんないのだけれど。だから、昨日の文章が「まわりくどいラブレター」だということにも金輪際気がつかないだろう、たぶん。
世の殿方よ、奥さんにラブレターを書こうじゃないか。すくなくとも、熟年といわれる年頃になったら、いま一度ラブレターを書こうよ。それでも「熟年離婚」されちゃうかも知れないけれど、想いはきちんと伝えなくっちゃ。言葉にしなければ届かない想いというものが信じられないほどたくさんこの世界にはあるのだ、と僕は思っている。
これは個人的な実感だ。
抵抗のある人はこう考えてみたらどうだろうか。ビジネスで必要なセールストーク、それは女性を口説くのに似ている。そして、セールスレターはまさにラブレターそのものではないか、ってね。自分の奥さんを口説けなくて、お得意様が口説けるかって。しかも見込み客相手に「まわりくどいラブレター」じゃあ話しにならないから気合いも入るというものだ。じゃない?
これはセールストークが苦手な僕自身の実感なのだ。
それは僕がまず心を通わすことしか考えないからかも知れない。相手を本当に好きになることから始めるからかも知れない。それができてから僕を好きになって欲しいと願うからかも知れない。それも誤解無くあるがままのぼくを幻想を抱かずに好きになって欲しいと願うからかも知れない。
これじゃあ相手に対する要求水準が高すぎるよね。それはわかっているのだけれど、僕はそういう風にしかひとと心を通わすことができないようなのだ。これは人間としての「仕様」の違いとでもいったものなのかも知れない。
そんな自分を受け入れて生きていくしかないのだろう。
☆☆☆
それはそうと、今日は急に冷え込んだ。とはいえずっと以前のように氷点下にはならない。やはり地球は確実に温暖化しているようだ。日中は陽射しがとても強くて日なたでは25℃近くなるが、それは太陽熱がそうなのであって、実際の大気の気温は(要するに風の温度は)最高で13℃だった。
だから、日なたで汗ばんだら上着を脱ぎ、活動休止時や木陰に入ったらすぐに上着を着込むというこまめな調整が必須の季節なのだ。それを怠ると思わぬ風邪を引いてしまったりするので要注意。今年のGWは特に寒暖差が大きそうなので、くれぐれもご注意いただければさいわいです。
標高の低い地域からどんどん桜が咲いていますが、蓼科の桜はすっかり見頃のものもあれば、まだ蕾のものもあります。本命の蓼科湖畔の聖光寺(しょうこうじ)の千本桜(実際は450本といわれているが1000本に感じられるゴージャス感は事実)はようやくつぼみが開きだしたところです。
蓼科高原桜祭りの太鼓のパフォーマンスや無料振る舞いのイベントは5月5日〜5月6日に催されることが決まりました。ということは、5月5日のご宿泊がベストということです。道路情報によると、高速道路の復路(上り)の渋滞のピークは5月5日だそうなので、5日に宿泊して6日に帰宅するのが正解のようですよ。(^^)
桜の花咲く美しい蓼科で、みなさまのお越しを楽しみにお待ちしております。
曇りのち晴れ 気温:最低 - 2℃/最高 8℃
ピラタスの丘ペンション村できのう出合った野生の牡鹿。まるで「鹿男あをによし」に出てくる奈良の「特別な鹿」みたいな威厳のある表情で僕を見ていたのが印象的だった。すごく大きくて、背丈は僕(172cm)よりも高そうだった。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
☆☆☆
すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、5月11日から楽天ブログに TATESHINA DIARY (USELESS LANDSCAPE) というブログを公開しています。ベースとなっているのはもちろんこのブログ「蓼科高原日記」だけれど、しだいに異なった方向性と異なった雰囲気のブログにしていきたいと思っています。
開設のいきさつは至極実利的なもので、ネット予約サイト「楽天トラベル」のペンション サンセットのページから楽天市場以外のサーバーにはリンクが張れないということに尽きます。楽天トラベルで当ペンションと出合ったお客様にもブログによる同様の情報サービスを提供したかったわけです。
さらに、僕自身が楽天市場のプラチナ会員(要するに山暮らしだと必然的にヘヴィユーザーになっちゃうわけです)だということと、ついでにレビュアーもやっている(Amazon.co.jpやHMVなんかでもやっているけど)ということもあって、なにかと展開が期待できるということもあります。
楽天ブログのデフォルトの広告とかお薦めリンクとかが入ってしまうので、それ以外のアフィリエイト関連のオプションはすべて外しました。無料利用の対価なのでしょうがないですね。あ、僕が何を実際に購入して、使ってみてどうだったかというレビューはお役立ち情報として載せましたけれど。
で、最初の2日間はほぼ同じコンテンツだったのだけれど、きょうから違ったものにしてみました。こちらはいままでどおり、あちらは肩の力を抜いたライト感覚な・・・というかちょっとお馬鹿なくらいのものにしたいと目論んでいます。
それはさておき、楽天ブログでは記事の文字数がカウントされるのだけれど、それを見てびっくりしました。軽く短めに書いたつもりでも2000字(400字詰め原稿用紙5枚分)を越えているのです。眺めにしっかり書くと、へたをすると5000字(同12.5枚分)も書いている計算になるわけです。
それが毎日ですから、いくら好きで書いているといっても、道理で時としてしんどいことがあるわけだと、納得したしだいです。小学生時代に「作文」の宿題が出るたびに書けなくて泣いていたなんて、いまとなっては信じられないですね。
まあ、これは「作文」ではないですから当然なのですが。
晴れのち曇り 気温:最低 1℃/最高 14℃
ペンション サンセットのラウンジの窓から昨日の夕方に撮った写真です。なんだか紅葉みたいに見えますが、新緑が真っ赤な夕日に染まっているのです。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
さて・・・
楽天トラベルからは楽天のサーバー以外には外部リンクを張れないことから、「楽天ブログ」に新たにブログを開設することになった、と言う話はこれまでに2回ほど書いたと思います。
セキュリティーや管理上の法的責任などなど様々な事情が楽天側にはあると思うので、そのことに不満はありません。
ただ、更新作業的にはしんどくなったのは事実です。しかも、せっかくだからと、コンセプトやエントリー内容を書き分けようなんて企んだのがいけなかったようで。
毎日更新でなければ、それも可能だったかも知れないけれど、いかにも力不足であることが露呈してしまいました。はは・・・。
で、どうすることにしたかというと、楽天ブログ版「蓼科高原日記」としてレプリカをつくるという考え方に変えました、はい、今日からです。(^^ゞ
楽天トラベルから入っていただくための「蓼科高原日記」ということです。
当初はこちらのブログは、携帯電話でもご覧いただけるように「軽くする」と言うようなことを考えていたのですが、よく考えてみれば、RSSフィードを取得すれば読めますよね?
・・・僕は携帯でインターネットを使わないひとなので、そのあたりが不明なのですが。
それならブログ自体はパソコンでご覧いただくという前提で作成運用できるわけです。
そのほうが、運営上も力を集中できて、ベターなのです。
・・・ところで、今日のエントリー(記事)を見て何か気づきませんか?
そうなんです、段落が3行を超えないように努力しているのです、というか、3行以上になったら3行以下に分割するということをしてみたのです。
というのも、昨今の若い方は、もちろん全部ではないわけですが、3行以上の「長文」を読むのが苦痛だという話を聞いたからです。あえて名付けるなら「3行ルール」ってところでしょうか。これ、大事ですよ、テストにでるよ〜。(^^)
そんなんじゃ、「文章」ではなく「文」しか読まないということになるんじゃないの?
なんて思ったりしますが、それが「時代」というものならば、それはそれで良いんじゃないの、とも思うわけですよね。
僕らにしたって僕らの好みや僕らの納得できる生き方をしたいと願ってきたわけですから、いまの若い人たちだって同じようにする権利があるしそれは当然ではないかと思うわけです。
ということで、いろいろ試行錯誤していこうと考えています。
今後ともよろしくお願いします。
雨のち曇り 気温:最低 5℃/最高 11℃
昨夜から降り始めた雨は土砂降りの雨。ひさしぶりに本格的な雨の音を聞く。
大雨という印象は無いけれど、激しい降りだ。そんな雨の音を聴きながら夜明けまで過ごした。
まあ、お仕事していたらまたまた夜が明けちゃったんだけれど。昔から「深夜型」なんだよね、この時間帯がいちばん集中できるしイマジネーションも豊かになるのだ。
おかげさまで、始めて1ヶ月もたたないのに楽天ブログでは当初の3倍もアクセスいただくようになった。
でもまあ、楽天ブログの場合はお互いに訪問し合ったり、コメントし合ったりというおつきあいの結果アフィリエイトのコンバージョン向上や、人脈(?)や友達の輪が広がるというメリットがあるということがあるからなのかもしれないね。
べつに僕に人気がある訳じゃないし、僕が書くことに共感できるからと言うわけでもないという部分が大きいと思う。僕のブログはアフィリエイト目的のブログじゃないから、そうじゃないひともたくさんいるということはわかっていて、それはとてもうれしい。
ほんとうの大変さをよくわかっていなくて恐縮なのだけれど、アフィリエイトを本格的にやるとものすごく大変そうですね。みなさんがんばってくださいね。
それにつけても、最も真剣に取り組んでいる本家の「蓼科高原日記」が相対的にもっともアクセスが少ないということにはいささかショックを禁じ得ない。だから、蓼科ラヂヲ(=僕の親友だ)はアメブロでまったく違ったブログを始めたんだ。
結果から言うと、最も劇的アクセス増を記録したのも、ブログランキングを駆け上ったのも、リピート訪問者が多いのも蓼科ラヂヲ君のブログなんだよね。まだ公開してたった2日なのに信じられないほどの手応えなのね。
なにしろ、「日本の中心で、愛を叫ぶ(笑)ブログ!」だからね。ははは・・・。
まだ自己紹介しか書いていなくて本当にラヂヲが書きたい文章は公開されていないのに、不思議だよね。壊れかけのラヂヲのほうが味わい深いのかも知れない。
ラヂヲ君のブログはここだよ〜ん。↓
http://ameblo.jp/tateshina-chronicle/
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曇り時々晴れ 気温:最低 6℃/最高 16℃
シラネアオイの蕾(つぼみ)。レンゲツツジももうすぐ咲き始める。霧ヶ峰のレンゲツツジ大群生地の見頃は今年は6月中旬(=例年より2週間早い)になるかも知れない。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
親友・蓼科ラヂヲ君による補足(アメブロより転載)
日付や時間から自由になる、というのがこのブログを新たに始めた理由だった。
だから、きょうのいつなにがあったとか、今日の天気はどうなのかとか、そういうことにはこだわらないで書いていきたいと思う。
それは「蓼科高原日記」で12年近く毎日行ってきたことだしこれからも行っていくべきことだから、このブログではその枠組みから自由になってみたいと思う。
そいういう意味で、「たてしなクロニクル」はノンフィクション的なフィクションになってゆく。
今日は雨です、と僕が書いたとしてもじっさいに今日雨が降っているわけではなく、一昨日の雨の話を書いていることだってあるのだ。
それがゆるされるためにこのブログはいま・ここに・ある。僕の中ではそのような位置づけのブログなのだ。
僕(=たてしなラヂヲ)が綴る「たてしなクロニクル」は、そうした意味において「フィクション」として読んでもらえるとうれしい、たぶん。
ラヂヲもそのつもりで書くからね。
蓼科ラヂヲ君のブログ「たてしなクロニクル」はこちら。↓
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晴れ 気温:最低 4℃/最高 17℃
ここ数日は毎日1〜2回更新している3つのブログに専念していました。というか、それによって、ブログの我が国における位置づけのようなものを確認できたような気がします。これまでは、自分のサーバーにブログ公開ソフト(Movable Type)をインストールしてスタンドアロンでブログを書いてきたので、無料ブログサービスのシステムや雰囲気というものをまったく知らなかったのです。
それらはいまやソーシャル・ネットワーキング・サービス(英語: Social Network Service, SNS)を志向しているように思われ、じつに様々な試みを各社各様に展開しているようです。スタンドアロンで運営していると、そういうことがわからないのが欠点です。無料ブログサービスはなかなか快適で便利にできていますね。
ただひとつ感じたのは、全部が全部ではないと思うけれど、利用者数に対して管理者の数が足りないようで、ブログサービス全体のガバナンスが不足しているということです。アクセスログをたどってコメントバックしに行こうとすると往々にして規約ではあるはずのない不適切なブログ(風俗系サイトといったほうが近い)に入ってしまうことがよくあるのです。
あるいは、あまり更新しないブログでは、そうしたブログからの不適切なコメントの書き込みやトラックバックに汚染されているということがよくあります。しかし、そうしたことを報告して善処を求めるべき窓口が明示されていないケースが多いのです。
また、なんとか報告できても、その対応は「手ぬるい」印象を免れません。いろいろと難しい問題はあるのかも知れないのですが、善意の利用者としてはどうしてもそのように感じてしまうのも事実です。法的問題はとにかく利用規約違反者に対してはそれとは別個に対処できるはずだからです。
と、まあ、そんなことを想うしだいです。
無料ブログ・サービスを利用し始めたことで、ずいぶんと勉強になっています。その変化はすでにこちらにも現れ始めていると思いますが、いかがでしょうか。
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雨のち曇り 気温:最低 6℃/最高 16℃
ペンションサンセットの庭のレンゲツツジも蕾(つぼみ)を持ちました。ピラタスの丘ではもうすでに咲きそろっているところもあります。いつもよりだいぶ早いと思います。昨年のレンゲツツジの群生の見頃は6月末から7月上旬でしたが、今年は6月中旬から見頃になってくるかも知れません。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
☆☆☆
アメーバブログ(アメブロ)で たてしなラヂヲ が書いている「たてしなクロニクル」を僕は面白いと思います。おもしろがっているわけではないのです。「面白い」と思うことと「おもしろがる」こととは似て非なる態度だと思うのです。前者は「賞賛」表明であり、後者は「侮蔑」のニュアンスを含むから。
僕は彼を客観視する必要があるからこのような言い方をするわけです。
「たてしなラヂヲはおまえなんだろう?」と問われれば、僕は「そうかも知れない」と答えるかも知れなません。しかし、正確に言うならば、僕は「たてしなラヂヲ」ではないし、その反対でもない。彼は架空の人物であり、僕は実在する人間だからです。なんて言うのは「言葉の遊び」かな。
なぜこの時期に「たてしなラヂヲ」が現れたのか?
それは「たてしなラヂヲでなければ語れないことがある」ということに尽きる。
僕には語ることのできない、あるいは、語ることが困難なことを「たてしなラヂヲ」は語ることができる。なぜなら彼は架空の存在だからだ。ということですね、たぶん。
たとえば「蓼科高原日記」は良くも悪しくも「古典的なウェブログ(Web Log)」であって、12年目を迎えて急にそれをいま風に変えてしまうのはあまりにも違和感がある。そのことではずいぶん悩んだりもしました。
しかし「たてしなクロニクル」は最初からいま風のブログとしてスタートすることができた。
ひとことで言ってしまえば、そいういうことだと思います。
それは簡単なことだったのだ。
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蓼科ラヂヲ君のブログ「たてしなクロニクル」はこちら。↓
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僕のこころはすっかり変わってしまったのだろうか。いまや僕のメインブログは「たてしなクロニクル」なのだ。「たてしなラヂヲ」という架空の人物にくびったけなのだ。
いちばんのファンは、おそらく、僕ではないかと思う。
たてしなクロニクルはたてしなラヂヲという架空の人物によって即興的に書かれている。あえて言っておくけれど、僕は「たてしなラヂヲ」の生みの親ではない。彼は僕の設定したプロファイルから自発的に現れてきたキャラクターなのだ。
僕は彼ではないし、彼は僕ではない。
これほど愛してきた「蓼科高原日記」を捨てたわけではないし、見切りをつけたわけでもない。そこのところはどうかご理解いただきたい。ただ、僕は「たてしなラヂヲ」という架空の人物によってしか語り得ないことを語ってほしくなっただけなのだ。
それは僕には語り得ない。だから「たてしなラヂヲ」に語ってもらいたいのだ。
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心象風景を語る「たてしなラヂヲ」のブログはこちら。↓
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晴れのち曇り 気温:最低 6℃/最高 18℃
名前がわからないのですが、今年初めて庭に咲いているのを発見しました。この強さは高原の花ですね、たぶん。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
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蓼科高原日記の楽天ブログバージョンがあるのですが、ほとんど内容は同じでも、雰囲気がずいぶん違います。アクセスしていただく方も楽天ブログ内からの方が多いようですし、ひとつのコミュニティーなので、コメントもたくさんいただけて、新鮮な体験をさせていただいています。
蓼科高原日記の方はこれまで11年以上スタンドアロンで運営してきたこともあって、他のブロガーの方とのお付き合いもあまりありませんでしたし、ペンションのお客様も「なんだかはずかしくて」とあまりコメント書き込みもなさいませんでした。
僕的には蓼科高原日記にもどんどん(お気軽に)コメントを書き込んでいただけるととてもうれしいです。(^^)
それはそうとこんなふうに書いてくると、時代は変わったなーと感じます。数年前はインターネットでの情報発信といえばウェブページ(ホームページ)だったのに、いまでは「ブログ」ですものね。ブログすなわちホームページという位置づけで運営されているところも多くなってきましたしね。
山奥でひっそりと暮らしていたペンション・オーナーも「ブログ」をはじめなくちゃお客様に忘れられてしまいそうな勢いです。いいことなのか、わるいことなのか、大局的に観れば、まあ「いいこと」なんでしょうね。
すくなくとも、「男は黙って・・・」なんてのは、まったく通用しない時代になったことだけは確かかも知れません。伝えるべきことはきちんと映像と言葉で伝えなければいけない時代に変わったのだと思います。
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