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5176 ほしいものが、ほしいわ。

  
2010年9月27日(月) 

【蓼科高原なう】信州蓼科高原(たてしなこうげん)は快晴のち夜から雨、最低気温5℃、最高気温11℃でした。きょうの写真は雲の中に入った時の景色です。写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
 
 

  
すこしずつ、しかし、休むことなく、秋は進んでいます。白樺の木も黄葉と落葉が同時に始まりました。蓼科(たてしな)の秋は、日本の原風景を見せてくれます。こころ癒されるのはそのせいなんですよ。
  
     
※※※
 
 
ほしいものが、ほしいわ。
 
 
ひとのこころがわからない、なんてことを言い出すと、なに、なんだなんだ…ということになりそうだけど。
 
そうではなくて、人の気持ちは人並みにはわかるつもりなのです。でも、人の揺れる心持ちというものがあまりにも奥深くて、おそらく自分でもわからないんじゃないかと想うのですよ。
 
たとえば、糸井重里さんの名コピーに
 
ほしいものはいつでも
あるんだけれどない
ほしいものはいつでも
ないんだけれどある
ほんとうにほしいものがあると
それだけでうれしい
それだけはほしいとおもう
ほしいものが、ほしいわ。

 
というのがあります。
 
1988年の西武百貨店の広告のコピーです。伝説的名作です。
 
時はバブルが崩壊するなんてまだほとんどだれも思いつきもしなかった年。バブル崩壊宣言がなされたのは1991年半ばだったと想う。(間違っていたら教えてね)
 
このとき、「ほんとうにほしいもの」とは、自分が本当に欲しいものを明哲に知る「自分自身」だったのかもしれない。
 
議論抜きにこのコピーを眺めていると、あ、いまはちがうじゃん!って想う。(もちろん糸井さんご本人は当時からすでに気づいておられたのではないかとも想像できる)
 
ここ数年の、いやもっと前からかな、なんでもランキング必須の社会的気分を感じるなら、いまは「じぶんがほしいもの」ではなく「人気があるもの」「はやりもの」「みんなが興味を持っているもの」「安心の定番商品」が欲しいのではないのだろうか。
 
自分を省みても、なにを手に入れるにしてもまずユーザー・レビューやお客様の声をもっとも尊重して商品やサービスの選択をしていることに気づく。良い悪いではなく、これがトレンドなのだ。
 
ここでふと想う、
 
時代が先なのか、個人が先なのか?
 
ってね。
 
そのような目に見えない雰囲気、時代の気分が起源なのか、それとも、そのように考えるひとが起源なのか、どうしても知りたくなってしまう。
 
まあ、それがここに書けるようならば、ぼくも「ネ申マーケター」なんですけれど。(笑)
 
 
☆たてしなラヂヲ☆

http://twitter.com/tateshina_radio
 
 
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