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4995 新緑・雨・レクイエム - 蓼科の5月

 

 
 ここはどこだろう、外からは雨の音が聞こえる。激しく舗道を打つ音と雷鳴からいまが盛夏であることを知る。暗室用の真っ黒な分厚い遮光カーテンのほんのわずかな隙間から、つかの間その勢いを失った太陽光線が植樹の淡い影を壁に写しだしている。そのほのかな光の中に、ぼくはいる。そうだ、ここはK大学の心理学研究室の実験用暗室の中で、ぼくはベームの指揮(ウィーン・フィル)のモーツアルトのレクィエムを聴いているのだ
 
 1年生の教養課程の時に履修して親しくなった音楽史の教師から借りたLPレコードを実験用のオーディオ装置で聴いているのだ。文学部の学生は日吉キャンパスで1年間の教養課程を修了したのちに選抜試験を受けて希望の専攻課程にはいる。もちろん誰もが希望通りになるとは限らない。むしろ希望通りの専攻科に進めるのは僥倖と言ったほうがいい。もう1回大学受験をするようなものなのだ。だから僕はとても勉学熱心な1年生だった。カオスとも言える日吉キャンパスを抜け出してはやいとこ三田に来たかったのだ。したがって履修した各科目の教師達の受けはとてもよかった、当然ながら。じつにシンプルな世界だ。
 
 このレコードは彼自身の私物であり、とても大切なコレクションの中の1枚であることは彼がこのレコードを扱う時の極めて慎重な所作でそれとわかった。僕も必死にアルバイトして手に入れたジャズレコードの扱いにはとても慎重だからその気持ちが痛いほど良く理解できた。だからとてもとても大切に扱っている。そしてもう何十回聴き返していることだろう。研究室の中では音響実験用のこの部屋がいちばん空いている時間が長いことと、当然ながら音響空間として優れていること、そして放送局並のプロフェッショナルなオーディオ機器がそろっていることも僕が気に入っている理由だった。
 
 それから遙かな時を経たいま、蓼科の5月、新緑の森を激しく雨が打っている。雷鳴だって聞こえる。そんななかで僕はモーツアルトのレクィエムを聴いている。聴いていると、自然と様々な思いが心を揺さぶっては通り過ぎてゆく。この想い出もそのひとつだ。卒業以来おそらく一度も思い出したことがなかった。それが突然やって来たのだ。つい最近お客様とモーツアルトのレクィエムの話をしていた時、ヴェルディのレクィエムフォーレのレクィエムはまだまだ聴けませんねえ、なんて言ったのだけれど、結果的に僕は嘘をついてしまったようだ。あのころぼくはモーツアルトはもとよりどちらのレクィエムも聴いていたのだった。
 
 やがていつものようにそっとドアが開き「彼女」が部屋に入ってくる。少しだけドアを開けてスルリとすり抜けるようにして。そのしなやかな所作が僕はとても好きだった。僕が座っている被験者用のソファーに彼女も腰掛けて身を寄せる。やわらかくて温かな彼女の存在が僕を優しく包み込む。僕らは雨の日にはそのようにして静かな午後の一時を共有することが多かった。でも僕らは一体何を語り合っていたのだろう。あるいはただひたすら音楽に身をゆだねていたのだろうか。思い出せない・・・。
 
 人間の記憶なんて、そんなものだ。じつにいいかげんで頼りなく、根拠薄弱だ。カフカの「城」に登場する官僚達のように村で起きた出来事をすべて膨大な量の文書として記録でもしない限り、記憶は様々に姿を変えた物語として人生の黄昏時にこのように登場するのだろう。まあそれはそれで楽しいことだから、いいのかもしれないけれど。
 
 これもまたひとつの寓話だ。極めて個人的ではあるけれど。
 
 
 
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ということで山の気候・天気は気まぐれです。山に登る方は完全な冬山装備で!そしてスキーのお客さまも含めて、陽射しはとても熱く強いですから日焼け止め対策を男女問わすお忘れ無く!(o^^o)
 
 
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2010年03月02日 01:20に投稿されたエントリーのページです。

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