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キバナノヤマオダマキ(7月から8月に蓼科高原を彩ります)
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さて、わたしの「静かな生活」は「心のある生活」になったのだろうか、それともその代償として「心を捨てた結果」なのだろうか。
そのように僕は前回の記事の終わりに書いた。
もちろんこれは「反語」であって、そのように思っているわけではない。
僕の「静かな生活」は何も失うことなく実現され、なんの代償も必要とはしなかった。
念のために書き添えるならば、心を失うこともなく、心を捨てようと試みることもなく。
それはさておき
最近は「文学的表現」を理解しない(理解できない)人が増えたのだろうか。
これはべつに非難しているわけではなく、それを憂えているわけでもない。
時代がそのように変化したのだろうか、もしそうであるならば、表現も適応していく必要があるのではないのか、と思うばかりだ。
なぜならば、言葉は何かを伝えたいという思いを推進力として、実際的に何かを伝えるのが第一義的使命だったはずだからだ。
コミュニケーションとは伝えるべき相手の言葉で話すことだ
これはマスコミュニケーション産業に携わるものとしての僕の信念だった。
まあ、その信念を曲げなかったゆえに、その世界を去ることになったのかも知れないけれど。
いまなら理解できる、それが傲慢な信念であったことを。
コミュニケーションというものはあらゆる条件がすべて整ったときにのみ成立する僥倖ようなの瞬間にのみ可能なものなのだ。
僕らは互いに誤解やミスリードという誤差を前提として、それをあたりまえのものとして許容して、互いの思いを伝え合いながら生きているのかも知れない。
だからいま僕は誤解を恐れることなく語りかけることにしている。
誤解があると感じたら、あらためて語り直せばいいのだ。
言葉では伝えられなくても、心は伝わるかも知れない、思いは伝わるかも知れないじゃない。
そのとき語られる言葉は、語ることの叶わない思いを伝える「音楽」のようなものになっているのかも知れない。
大切なのは想いであり、もっと大きくは「世界観」なのだと思う。
村上春樹の小説が伝えてくるものは物語であるわけだけれど、やがてそれは手段に過ぎず文学という器の中に描き出されるひとつの「世界観」であることに気づく。
ここで言う「世界観」とは、この世界がどのようにあるかという個人的な直感のことだ。
なぜこの世界があるのかという問いには答えはないのだから。
この世界は「神」によってこのようにある。ただ意味もなく存在する。「無意味性」はこの世界の本質である。「啓示」はわれわれのインスピレーションに過ぎない。
以前、僕はそのように書いた。これは僕の世界観である。しかし孤立無援の世界観ではない。
ウィトゲンシュタインは言った、
神秘的なのは、世界がいかにあるかではなく、世界があるということなのである。
我々は時間の中に内包されるものではない。サルトルが言うように人間実存とはそのようなものではない。あるいは、クリシュナムルティが言うように「思考が時間である」。
これは僕が自分の力で構築し、たどり着いた世界観だ。
既存の思想やイデオロギーに思惟を任せきりにしたものではない。
これは僕の個人的なものであり、その意味において、この世界観は僕のものだ。
私は私の世界である。(ウィトゲンシュタイン)
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