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4487 魂の共感


(承前)

以下は観ての通りだいぶ昔の「蓼科高原日記」の記事である。

とても長い文章なので、携帯からアクセスしている方は覚悟していただくか読むことを断念した方がいいかもしれない。

☆☆☆

2003.01.17(金)----晴れのち曇り 気温 = 最低 -13度/ 最高 1度

『 ひとは理解されたいと切望するものだけれど、誤った理解をされるよりはむしろ全く誤解されるか全く理解されないほうがましだと私は考えるものである。』

と私は書いたけれど、実際に私はそのように考えている。そりゃあわかってもらえれば本当に嬉しいけれど、わかってもらえないならばそれはそれでしょうがないや、と思っている。だから私はよくひとに誤解され、時に嫌われるのだと思う。しかし、それが私なのだ。

正確に言えば私が求めるものは「理解」ではなく、「魂の共感」とでもいうべきものなのかもしれない。それは努力してどうにかなるものではないし、説得できるものでも無い。それでも起こる時はじつにあっけなく簡単に「魂の共鳴現象」は生じるものなのだ。

たしかに人間はひとりで生きてゆくことはできない。それは事実だ。しかし、同時に、しょせん人間はひとりなのだ。誕生が主体的なものであるならば、生まれる時もひとりそして死ぬ時もひとり。最後にはやはり自分自身で自分の人生と折り合いを付け決着を見なければならないのだと思っている。

1月の厳冬期の夜、空には満月を過ぎたばかりの大きな光の球が煌々と輝いている。分厚く積雪した森からはなんの音も聞こえてこない。静寂があたりを支配している。まるで私の知らないうちに世界が終わってしまったかのように。


(おわり)


☆たてしなラヂヲ☆


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2009年02月07日 01:01に投稿されたエントリーのページです。

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