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4009 どちらも生きる意志にちがいない

晴れのち宵から雨 気温:最低 2℃/最高 10℃

昨日は早朝からテラス補修用の木材のステイン塗布作業を行った。気温2℃、強風の吹きすさぶ中で3時間ほどかけて作業を終えた。ミズナラの大きな葉や落葉松の針葉が雨あられと落ちてくる。ステインで良かった。これがペンキだったらそのまま張り付いて台無しになってしまうところだ。

体調が優れなかったせいか、それでなくても平地より20%も薄い空気のせいか呼吸が苦しい。1枚塗ってはしゃがみ込んで休まなければならない。南風なのに風は驚くほど冷たい。

岩の上に腰掛けて呼吸を整えながら蓼科山を望む。本当に手が届きそうなほど間近にそれはある。ペンション・サンセットの庭と同様に山腹が紅葉で彩られている。

空をよぎる雲の足が速い。

酸欠で意識が遠のく。このまま意識を失ってそのまま死んでいくのもまた幸福なのではないかと、ふと思う。この美しい極彩色の世界で、清冽な風に吹かれて命を終えるのもまた良いのではないか。

病院で身体を切り刻まれチューブだらけになって苦しみ抜いて死ぬよりは断然良いのではないか。その様な肉親の死をあまりにも繰り返し見てきた者としては、そんなものは尊厳を持った人間の死とはとうてい見なし得ない。

「患者」が死ぬのではない、「人間」が死ぬのだ。ひとはひととして生き様を選択する尊厳と権利持つと同時に死に様を選択する尊厳と権利を持っている。個人的には僕は尊厳死を支持するし、いつでも「リビング・ウイル」を取得する準備ができている。

なにがどうあれ、生きること、なんとしてでも生きようとすることはたとえようもなく尊い。それは「いのちあるもの」の使命でもある。

けれど、一方でいのちを自然の意志にゆだねるという選択もまた尊いと思うのだ。それは決して生きることを放棄したりいのちを粗末しているということではないからだ。

どちらの選択も間違っていない、どちらの選択も正しいのではないかと思う。

そのことを僕はこの森から教えられた。


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2007年10月30日 23:44に投稿されたエントリーのページです。

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