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3863 秋は村上春樹を読む(2)

晴れ 気温:最低 10℃/最高 18℃

まだ蝉の声がする

一昨日、昨日、そして今日と冷え込みが続いています。朝方の凛とした大気と空の色はまさに「初秋」を感じさせます。クルマのエンジンに火を入れるとき、きょうはエアコンが入るかなそれともヒーターが入るかなと、ちょっとゲームのような感じで楽しんでいます。

今日はヒーターが入りました。オートエアコンの温度設定は24℃です。で、ヒーターが入りました。午後2時、外気温計は20℃を示しています。試しに窓を開けてみると、なにか聞こえる。エンジンを止めると周囲はしんと静まりかえり、耳の奥からキーンという音が聞こえてくるほどです。

そして聞こえたのです。もう死に絶えたとばかり思っていた蝉の声が。蓼科で、それもこのピラタスの丘でエゾハルゼミ(6月に鳴いて、そして終わります)以外の蝉の声を聞くこと自体異例のことなのに、9月のこの時期に蝉の声を聞くなどということは想定外のことなのです。

やはり温暖化の波はこんな山岳地にまで及んでいるということでしょうか。

さて、きのうの続きです。

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僕にとっての村上春樹とは(2)

僕にとって村上春樹は自分の文章作法のほとんどすべてを学んだ作家のひとり
です。もちろん「模倣」はしていませんが、多少スタイルが似てくるのは致し
方ないのかも知れません。基本的には自分の「内的言語」レベルでのはなしで
す。

彼は「メタファー」の作家と言っても良いのかも知れません。ゲーテがファウ
ストに言わせたあの科白「万物はメタファーである。」という、まさにあの意
味において。

彼の作品は若き日に彼が学んだギリシャ悲劇の様式美と厳格な構成によって精
緻に組み立てられた「寓話」として読むと、その意図を読み違えることが少な
いように感じています。その構成力と、さりげなくてめだたないけれど精緻な
しつらえには舌を巻くばかりです。

もちろんストーリーテラーとしての「ぼく」(に代表される主人公)のキャラ
クターに村上春樹自身の世界観がぎっしりつまっているわけだけれど、僕は
(そして多くの共感者)は「ぼく」に自分を重ね合わせつつこの「ワンダーラ
ンド」を不思議なリアリティーをもって突き進んでいくことになります。「す
べてはメタファーである」というキーワードをしっかりと胸に抱きしめて。

もう一つのキーワードは女性に対する限りなき「憧憬」です。全作品を通じて
このことは様々に形を変えてあるいはメタファーとして登場してきます。主旋
律の狭間にふっとこの旋律が顔を出すのです。僕が彼の作品に惹かれて止まな
いのはむしろそちらのほうかも知れません。それはメタファーとしてしか存在
し得ない憧憬だからです。現実に存在する女性にそれを求めても、それは理不
尽というものです。そのようなたぐいの「憧憬」です。

いまはやりの「世界の中心で、愛をさけぶ」のストーリーにはまりつつも、そ
れにまったく新鮮みを感じないのは「ノルウェイの森」の最後の1ページを読
んでしまっているからです。

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以下は明日以降に。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(ヤナギランです)

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2007年09月14日 19:03に投稿されたエントリーのページです。

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