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2007年08月 アーカイブ

2007年08月01日

3819 僕の営む僕らしい宿

晴れ 気温:最低 7℃/最高 18℃

関東甲信越地方にもようやく「梅雨明け宣言」が出ましたね。

昨年より5日ほど遅いとのことですが、そうでしたっけ?

それはそうと、今朝はこれまで蓼科高原日記で記録した8月の最低気温を更新しました。なんと7℃です。これまでの最低記録は8℃でしたから、これはすごい。日中30℃を越える平野部にすんでいるひとにはちょっと信じられない気温でしょ。今日もお客様にホントにエアコン入ってませんか?って聞かれちゃいました。

おおおーちょけちょ、って鳴く変なウグイスが毎朝夕庭にやってきます。ますます変な鳴き方になってきています。ボーッとして聞き流していると、ウグイスだと気がつくまでに10分ほどかかるほど変です。いったいどうなっちゃうんでしょうか。

さて、この1年ほどの間、もがくようにしていろんなことにチャレンジしたり勉強したりして改革(?)を行なってきましたが、すべてが灰燼(かいじん)に帰したような気分に浸っている夏です。それはよく考えてみればあたりまえのことで、僕は僕自身からどんどん遠ざかる方向に突き進んでいたのです。

ペンション経営者として自分のペンションの守備範囲をもっと広げようとしてきたのです。しかし、それが擬態(ぎたい)であることは賢い消費者であるお客様にはお見通しだったのだと思います。僕がいらして欲しいお客様はこんな感性のひとだ、とか、こんな世界観・人生観を持ったひとだとかということがバレバレだったのですね、たぶん。

自分を欺くことは出来ても、ひと様を欺くことは出来なかったわけです。

僕は自分に対してもひとに対しても「公正・公平である」ことを求めます。年齢なりに成熟した精神を持っていることを求めます。それは、学歴とか職歴とかそういうものとは無関係で、自分の人生と仕事をしっかり生きてきたひとなら誰でも持っているオーラのようなものです。

僕は人生に対して「ずるい」ひとは嫌いです。相手になにも与えずに、ただ相手からなにかを奪おうとするひとが嫌いです。それは仕事においても人生においても同様です。そしてなによりも、礼儀知らずが大嫌いです。相手を下に観る人間が大嫌いです。

孔子が「知者楽水、仁者楽山」(かしこいひとは水を好み、やさしい人は山を好む)と言っていますが、僕はやはり後者なのでしょうか。いやいや、それじゃあ自分を美化しすぎというものだ。いずれにしても世事に長けたひと付き合いがうまくて商売上手なひとがうらやましいです。

だれだって、多少はここに書いたようなある意味ではネガティブな側面は持っているでしょう、僕だって例外ではない、たぶん「とびぬけて」いるかもしれない。しかし、それに気づいて自分でその部分が嫌だなと感じられるかどうかが決定的な違いになるのだと思うのです。

難しいことをひと様に求めることができるような立派な人間ではないし、自分自身がまず居住まいを正して取り組まなければならないのです。じっさいのところ、すべてのお客様は僕の先生なのです。僕はじつにさまざまなことを、さまざまな人生を送ってこられたお客様から学んでいます。

僕のペンションを好んで下さるお客様、愛して下さるお客様に心より感謝しています。

やはり僕は、このようにしか生きられないし、このようなペンションしか営めないのです。

商売上手な繁盛店は僕には似合いませんし、僕にはそんな大それたことは出来ません。ささやかな宿を、それを愛して下さるお客様のためにこつこつと続けていくばかりです。

2007年08月02日

3820 ペンション・サンセット 2.0

曇り時々晴れ 気温:最低 11℃/最高 20℃

昨日、ようやく梅雨明け宣言が出ました。

蓼科の気候も劇的に「真夏」になりました。

湿度が低く、気温はめったに20℃を超えず、それでいて日中の陽射しは海よりも強烈に「熱く」て紫外線量は1.7倍もあります。朝晩はぐっと冷え込んで、極端な場合は7℃まで気温が下がります。窓をしっかり閉めて、冬のように厚着をして、冬用のふかふかの羽毛布団にくるまって眠るというのが、ペンション・サンセットの夜です。

自然の音以外はなにもしないので、不眠症の方や寝付きの悪い方でも、ほとんどの方が「よく眠れました」とおっしゃいます。自然の音と言いましたが、初めていらした方にはそれはおそらく聞こえないかも知れません。ただ、こんなに静かなところは初めて!・・・と感じるだけかも知れません。

森を吹く風の音、葉擦れの音、雨が木の葉を打つ音、野生動物の気配、野鳥の歌声。

心と体がなじむに従って、いろいろな音を聞き、気配を感じることが出来るようになります。森の精の気配だって感じることが出来るようになります。これは「たとえ」ではありません。すくなくとも、「感覚的事実」です、実際の体験です。

これまでのペンション・サンセットの良いところはそのままに、新たな地平を開かなければなあと思ってずうっと思案を巡らせてきました。この1年のチャレンジはどうも的を射ていなかったようです。が、決して諦めないのです。

これまでのペンション・サンセットがバージョン1.0だとするならば、バージョン2.0に進むのだという強い決意があります。言葉を探しているのですが、なかなか良い言葉が見つからないでいます。ちまたではやっている Web 2.0 という言葉・概念同様に、サンセット2.0 もなかなか表現することが難しいのです。

いずれにしても、ひとつはっきりしていることは、私は私らしい宿しか作り上げられない、ということだと思います。私を嫌いなひとは私の宿に来ては下さらないだろうと言うことです。観ようによってはこれは「緩慢な自殺」行為なのかも知れません。

それでも、私が私であるように、お客様にも本来の自分であって欲しいと願っているのです。すくなくとも、ペンション・サンセットに滞在している間だけでも「本当の自分」であってほしいと願って、この宿を続けています。


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2007年08月03日

3821 8月5日(日)がめちゃ空いてます〜!

晴れのち曇り宵に時雨 気温:最低 13℃/最高 19℃

ええと、涼しいです。エアコン入れるとクルマの中は寒い。朝晩はオートエアコンのヒーターが入るほどです。空はすっかり真夏の空です。もちろん雲も夏雲。さわやかな風がピラタスの丘を吹き抜けていきます。

なんだか書けば書くほどお客様が減っているんじゃないかと疑心暗鬼になる今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

もう書くのやめちゃおうかと何度思ったことでしょう、この11年間で。あいにく数えてこなかったので正確な数字はわかりませんがすくなくとも100回は本気でそう思ったのではないでしょかね。

結局この日記があってもなくても困るひとはほんの一握りだろうし・・・いやいやそれは自己評価が高すぎるというものだ、きっと「困る人なんていない」というのが実相だと思います。

まあ自分自身のために書いている側面もあるということで、気楽に行こうっと。

ところで、

8月5日(日)はまだひと組様だけしか入っていないので、すかすかに空いています。

なぜだか理由はわかりませんが、毎年日こそ違え良くあることなのです。

ねらい目ですよ、たぶん。

速報:

月曜日以降は週末まで好天が続くという週間予報が出ています。
8月6日(月)〜8月10(金)はまだ空室がありますので、是非ご検討下さい。
ご予約時に「ご宿泊応援クーポン(1000円分値引き券)」を利用できます。
手に入れるには「メールマガジン」に登録するだけです。

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2007年08月04日

3822 遅めの夏休みが始まった蓼科です

曇りのち晴れ 気温:最低 13℃/最高 20℃

あれよあれよという間にきょうは満室のお客様になりました。みなさん長梅雨が明けるのをじっと待っていらしたようです。台風は当地ではまったく何の余波もなく遙か北方の日本海を通り過ぎていきました。そこを見計らって急遽旅出を決めたのだとおっしゃるお客様が多かったです、きょうは。

お客様の話だと、きょうはおおむねどの道も空いていたとのことで、快適なドライブを楽しめたそうです。車山の体験教室に参加したご家族の方も高原の夏を満喫して大満足とのことで、なりよりでした。アウトドア活動はあんまりピーカンに晴れて陽射しが強い日よりはきょうのように薄曇り程度のほうが快適で疲れも少ないと思います。

相変わらず奇妙な鳴き声のウグイスがペンション・サンセットの庭にやってきて歌って(?)います。ああ、こやつは去年と同じウグイスだと確信しました。だって、同じ歌を歌っているんだもんね。とっても変な歌を。オーオチェッチョ・・・チェチョチェチョチェチョチェチョチェチョ・・・ってね。

そういえばきょうサンセットにいらっしゃる途中で大きな日本鹿の雄に出合ったお客様がいらっしゃいました。ここに住んでいれば良くあることなのですが、とても幸運な出会いだったと思います。野生との出会いはいつも感動的です。鹿の食害に苦しむ当地であっても、です。

久しぶりの満員状態でのおもてなしということで、いささかへばっています。いきなりは順応できないのです。頭も身体も・・・特に「身体」が。自分の年齢を実感してしまいますね。毎年夏を迎えるたびに去年より衰えている自分に出合うのですから。まあ、これが自然だし、あたりまえのことなのですが。

昨日も「速報」でお知らせしたとおり、今週はおおむね良い天気で週末も好天に恵まれそうです。お客様は当地の涼しさ(というか「寒さ」)に一様に驚かれています。時には最低気温が7℃にもなり、最高気温もめったに20℃を越えないのですから、信じられないさわやかさかも知れません。

今日は満天の星空が望める夜になりました。

速報:

月曜日以降は週末まで好天が続くという週間予報が出ています。
8月6日(月)〜8月10(金)はまだ空室がありますので、是非ご検討下さい。
ご予約時に「ご宿泊応援クーポン(1000円分値引き券)」を利用できます。
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2007年08月05日

3823 今日からいい天気が続きます

晴れ 気温:最低 13℃/最高 20℃

最高のお天気に恵まれています。蓼科らしい晴天です。絵に描いたような「夏休み」、「避暑地の夏」です。先日ユニクロのCMで流れていたパーシー・フェイスのヒット曲「夏の日の恋」が聞こえてきそうです。


週間予報でもこれから1週間は好天が続くとのことですよ。(^^)

午前8時・記

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じつに蓼科らしい気候になりました。吹く風が本当にさわやかです。

これまであまり聞くことの無かった蝉の声があることが、これまでの夏と違うところでしょうか。ひんやりとした風に吹かれながら聴く蝉の声はまたとても風情があるのですが、これも地球温暖化による生態系の変化かと思うと複雑な心境です。

強い陽射しを得てピラタスの丘ではいっせいに高山の花が咲き始めています。庭に植えたコスモスの花も咲き始めました。いつもなら7月中旬には咲き始めるのですが、長梅雨のおかげでいま咲き始めたようです。

今週はずうっとお天気が良いという予報も出ていますので、この機会を逃すと(先のことはわからないので)後悔することになるかも知れません。お休みが取れるならばお盆休み前のこのタイミングが道も空いていてベストです。これを逃せば、あとはお盆休み明けがおすすめとなります。

午後9時・記


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2007年08月06日

3824 避暑地の夏

晴れ 気温:最低 12℃/最高 21℃

風はひんやりと冷たく

さらさらと流れていきます。

空はどこまでも青く

雲はむくむくと入道雲になり

八ヶ岳をはるかに超えて

天空高くせり上がっていきます。

その高さおおよそ4000m。

強い陽射しに驚き、夕景に感動し、朝夕の厳しい冷え込みに

常識を打ち壊されて

一度に夏と冬とを体験したような気分になってくる。

それが蓼科高原・八ヶ岳の夏。

たった24時間のうちに春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)の

ぎっしりつまった季節

夏を謳歌し、秋を味わい、冬に黙想し、春に覚醒する。

神は空にあり、森にあり、花にある

静謐の中にたたずむ野草に神は宿る

一条の光を浴びて

あまねく神はある

宗教の語る神は概念であり

自然の謳う神はメタファーである

僕もまたこの地にやってきて

はじめて信仰を得た旅人のひとりかもしれない。


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2007年08月07日

3825 万物はメタファーか、つって。

晴れ 気温:最低 11℃/最高 20℃

クガイソウにはいつも蜂が寄りついている。

ああ、じつにたくさんの種類の蜂がこの森にもいるのだと改めて感心する。

昨日の写真と同じクガイソウだけれど、時間帯によってその印象は大きく変化する。

真夏の光と陰、クガイソウと蜂、吹き抜ける冷風に蝉の声。ピラタスの丘の夏。

蓼科の光と陰はこのように美しく、切ない。

そして神を想わずにはいられないほど象徴的でもある。

「万物はメタファーだ!」と叫んだのは、かのファウスト博士だったが、僕だってそんなふうに叫びだしそうになるほどだ。

蝉の声が聞こえる。しかしいまは真夜中、本来聞こえるはずのない時間だ。これは僕の耳に残された蝉の声の残像なのかも知れない。その声は決して賑わしいものではなく、僕のこころを慰撫してすっと通り過ぎていく一陣の涼風のようだ。

明日は立秋、暦の上では秋になる。蓼科ではその暦どおりに「秋風」が立つ。

ふと昔読んだ堀辰雄の作品を思い出す。ポール・ヴァレリーの作品の一節「風立ちぬ いざ生きめやも」を冒頭に掲げて始まる物語だ。蓼科高原の近隣にある富士見高原のサナトリウムを舞台としたこの小説の名は「風立ちぬ」。

僕といわゆる「高原」との出会いは、この決して明るい物語ではない小説を通じてだったような気がする。しかし負のイメージを抱くどころか透明な精神性をたたえた自然のたたずまいを感じて、いつか高原で暮らしたいという想いはそのときに始まっていたのかも知れない。

確かに高原の森では生と死とがごく当たり前のこととして共在している。そして僕らはそれをきわめて自然なかたちで受け入れることが出来るようになってくるのだ。それが出来なかった者はやがて山を下りることとなる。それもまた自然なことだと思う。

僕はどちらになるのだろうか。


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2007年08月08日

3826 静かなる夏

晴れ 気温:最低 12℃/最高 21℃

いつものように静かな夏を迎えています。

静かという意味はお客様が少なくて閑散としているということではなく、たくさんのお客様がピラタスの丘ペンション村を訪れているにもかかわらず、この森はいつもと変わらない静寂に満ちているということです。

それがディベロッパーが開発したペンション村と、広大な別荘地に30軒ほどのペンションが散在するピラタスの丘ペンション村との決定的な違いです。敷地はどこも300坪から400坪もあります。敷地内に森や林があるのです。こんなペンション村は全国でも数少ないと思います。

真夏のこの季節でも、館内の換気をするとき以外は窓を閉めていることの方が多いのです。信じられないかもしれませんが、それがピラタスの丘の夏の気候なのです。北八ヶ岳の中腹、標高1700から1800mに位置するので、日中でも最高気温は20℃に達しないことが多いのです。

朝夕は7℃から13℃まで冷え込むので、昼夜を問わず都会のようなまとわりつくような暑さとは全く無縁の別天地なのです。館内でも夜はTシャツの上にフリースを羽織ってちょうどいいのです。

眠るときは窓を閉め切って、厚手のトレーナースーツをパジャマ代わりにして、ふかふかの冬用羽毛布団にくるまって眠るのです。至福の眠りが堪能できます。寝汗なんてまったくかきません。真冬に暖かな布団で眠るときのような幸せな気分です。

夜もまた静寂が支配します。ここで暮らす我々はその静寂の中に自然のたてるかすかな音や野生動物の様々な気配を感じることができますが、お客様はきっと信じられないほどの安息に満ちた静けさだけを聴くことになるのです。

なにをしていても、いつでも、耳の奥からきーんという静寂の音(サウンド・オブ・サイレンス)が聞こえてくることでしょう。


さて、窓を開けると、びっくりするほど冷たい風が吹き込んできます。昨日までとは別次元の冷風です。そう、涼風というよりは「冷風」です。そういえば、暦の上では今日は「立秋」なのでした。

蓼科では、特にピラタスの丘では、この日には必ず「秋風」が立ち季節ははっきりと秋という季節へと梶を切るのです。そのことは今日という日に立ち会った誰もが実感できる季節感の変化です。

残暑のまったく無い蓼科では、夏から秋への移ろいは緩い下り坂のように穏やかなものです。まだまだ夏だと思っているうちにいつしか季節ははっきりと移り変わっているのです。

いましも、強烈なオレンジ色の光がラウンジを赤々と染めて輝きました。沈みゆく夕日の最期の光芒です。それもほんのひととき、すでにその面影もなくラウンジは再び薄墨のような闇に沈んでいきます。

そう、僕は今日は久しぶりに吹き抜けの大テーブルでこの日記を書いています。急にもの悲しさが僕の胸をいっぱいにします。それは僕がもう恋とは無縁の存在になってしまったような気がするからかもしれません。

ふと気づけば、ずうっと引きずってきていた若い頃の恋がすべて美しい思い出になってしまっていた。僕はいまそれを冷静に対象化して観ることができる。客観的に思いを巡らせることだってできるのだ。

そこにはあれほど愛した女性への想いのかけらも再生できない自分が実況見分のように現れるばかりだ。言葉を換えるならばそれはこういうことだ。僕はあの頃の僕に戻ってあの頃の君を抱くことはできるが、いまの僕がいまの君を抱くことはできない。互いの想像力の中でのみぼくらはあの恋を再生することができる。

それは自然なことだが、とても残酷なことでもあると思う。

だからこそ若い頃の恋に臆病になってはいけない。

そこにあるのはかけがえのない「いま」だけなのだから。


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2007年08月09日

3827 1枚着込めばちょうどいいのにね

晴れ 気温:最低 12℃/最高 20℃

年を追うごとにハイシーズンが短くなっていくような印象ですね。梅雨明けが1ヶ月も遅くなったような感じで、夏の始まりが遅くなり秋の始まりが(残暑が厳しい割に)早くなったような感じといえばいいのでしょうか。

「避暑地」で宿泊業を営む僕らにしてみればかなり危機感を持たざるを得ない気象変動と言えるのかもしれません。そもそも「避暑地」なんてもう「死語」なのかもしれないですしね。イメージとしては生きていても、エアコンがここまで普及して、やたら暑くなった夏にも体が慣れてきて、みんな「避暑」なんて概念とはおさらばしちゃっているのかも。

少なくとも都会に住んでいると、僕らもその一員だったわけですが、季節感がどんどん壊れてきてしまうように思います。快適なエアーコンディショニングによって特に服装を季節に合わせなくたって快適に過ごせるのだもの。

むしろ服装はその文字の意味するとおりファッション(服で装うこと)のためだけにこだわるものになったのかもしれません。じっさいのところ、こちらにいらしてもトレーナー1枚着込めば快適なのに、そうはしないで暖房はないのですか?といぶかしそうにおたずねになるお客様もいらっしゃいますから。

もちろん、ここは冷房は一切不要ですが暖房は真夏でも準備が必要な亜高山帯ですから、暖房はあります。しかし室温が23℃もあるのに暖房したらどうなるか・・・。だいいちちっとも快適ではありませんしね。ハワイじゃないんだから30℃にしてどうするのって・・・。(^_^;)

まあ、ジンバブエの僻地でもないわけですから、上下水道完備で設備は都会と変わらず電気だってきているし、室温だって23℃もあるのだし・・・。やれやれ・・・人間もずいぶん心身の適応力がなくなったものだ。ひとのことは言えないけれど・・・熱かったら一枚脱ぐ、寒かったら一枚着る、簡単じゃん。(^^ゞ

それはさておき、ずうううっと快晴の真夏日が続いています。快適です、さわやかです。まだまだこの天気が続きそうです。雨が降りません。僕らにとってはとてもいいことですが、農家にとってはたまには雨が降らないと・・・ということでしょうね。まあ、それはどどどどっとものすごい雷雨がくるので大丈夫でしょう。

最期にお知らせです。この季節は2食付きでないとご宿泊を受けないお宿さんも多いかと思いますが、ペンション・サンセットでは大歓迎です。ご予定にあわせてうまく使っていただければ幸いです。

あ、そうそう、きょうからアクセスカウンターを表示するようにしました。


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 「ムシカリ」呼ばれている花です。

2007年08月10日

3828 夜のしじま

晴れ 気温:最低 12℃/最高 23℃

今朝は寒く感じました。

立秋(8/8)に秋風が立ち、それを境に大地の温度はしだいに冷え始めます。

いつものことながら、劇的な気候の変化です。

外に出てみればジージーと蝉が鳴き、野鳥の声がにぎやかで「夏」そのものなのです
が、凛とした大気の冷たさと、照り返しとは無縁の大地が蓼科の8月という特異な季
節を象徴的に表しています。

陽射しは真夏そのもので、まさに「熱源」というにふさわしくじりじりと肌を焼きま
す。

紫外線と熱量は海辺の1.7倍ともいわれているほどですから、海水浴なみの日焼け対
策が必要です。

そんなわけで、日のあるうちは真夏の気候そのもの、陽が落ちれば急激に冷え込んで
初秋の風情に変わるのが蓼科の夏です。

そして、終日湿度は30%台とエアコンの除湿モードより強力な除湿環境です。

運動して汗をかいてもべたつくことはなく、いつもさらさらです。米国の西海岸みた
いです。

そうです、蓼科は伝統ある「避暑地」なのです。

天然のクーラーが空にあって、そこから涼しい風が吹き下ろしてくるかのようです。

すべてのいのちあるものすべてを鼓舞する素晴らしい季節がいましばらくつづきます。

蓼科の夏は短く、残暑が無くクロスフェードするようにいつの間にか初秋へと移ろっ
ていきます。

9月いっぱいはそんな季節が続きますから、遅い夏休みを過ごすにも最適の場所で
す。

私ごとですが、私もサラリーマン時代はいつも8月下旬から9月下旬に蓼科を訪れ、味
わい深い晩夏から初秋をここで過ごしたものです。

この季節の夜空はまさに「夜のしじま」というにふさわしく、静寂に満ちた満天の星
空。

ちりんちりんと風鈴のように星が奏でる音楽が聞こえてくるような錯覚に陥ります。

2007年08月11日

3829 夏の盛りです

晴れ 気温:最低 12℃/最高 23℃

きのうはこの夏の最高気温23℃!・・・を記録しました。ぼくらにしてみれば20℃を越えるともう暑くてハアハア言ってしまいます。シベリアンハスキーのパル君と同じです。体質が似てきてしまっているのかも知れませんね。

さらにきょうは24℃、記録更新です。

お客様はこれでも「涼しい」とおっしゃって下さるのですが、われわれにとっては20℃が都会の方の30℃ぐらいの感じの暑さとして感じられるのです、たぶん。まあ、陽が落ちたとたんにいっきに12℃以下まで気温が下がるので、朝晩は「寒い」といったほうが適切な表現かも知れません。

じいじいと蝉(せみ)がかしましく鳴いています。それもペンション・サンセットのシンボルツリーの白樺の大木で!・・・こんなことはこれまで無かったことです。

その声をBGMにしてウグイスやホトトギスが謳っています。なんともシュールな情景ですね。

そもそも標高1750mのこの地には蝉が棲息していなかったのです。

それがここ数年、しだいに蝉の声を聞くようになりました。冬期に氷点下20以下にもなる当地の気候から考えてこの森で羽化したとは考えにくいので、もっと標高の低い森から上がってきたのではないかと考えています。

蓼科で唯一聞くことの出来る蝉の声はエゾハルゼミです。

6月の梅雨入り前にからころからころひゅーひゅーと野太い声を聞かせてくれるのです。そして忽然と姿を消します。初めて聴いたときは、なんで森の木の上でこんなにもたくさんの蛙が鳴いているんだろうとびっくりしたものです。

明らかに自然は変化してきています。しかし他の同植物たちと同様に、われわれは、とりあえず、それを受け入れて生きていくほか無いのですね。

それが高邁な理想や大儀とは別次元の、閑山の森で暮らす私たちの実感です。


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2007年08月12日

3830 蓼科の真夏日

晴れ 気温:最低 12℃/最高 25℃

この夏の通奏低音は蝉の音かもしれない。朝目覚めるとそれと気づかないほど自然に耳に入ってくるのはジーッという蝉の声だ。まるで耳鳴りのように、あるいは幻聴のように耳について離れない。決して不快な音ではなく、むしろ心地よい。

ああ、夏なんだと実感させるなにかがこの音にはある。ただ、高原では暑さの使者でなく涼風の謳いのように聞こえる。ちょうど他の季節に、静寂の音(耳の奥がキーンと鳴る)を聞くように、この季節には蝉のジーッという音を聞くのだ。

その残像は、いささか絶望的な疲労感にとらわれる深夜早朝の作業のときに耳の奥によみがえり、一陣の風が吹き抜けるような爽快感を感じさせてくれる。

光はますます凶暴な熱線を地表に降らせ、ありとあらゆる色を脱色しようとしているかのようだ。なにもかもが白んで見える。だからこそ、蓼科の夏の景色を堪能するためにはちゃんとした品質のサングラスが必携なのだ。

最高気温は18℃〜23℃にしかならない。

ここの紫外線量は海水浴場の約1.7倍だそうだ。気温は、どんなに「暑く」感じる日でもじつは18℃〜23℃しかない。暑く感じさせるのは陽射しなのだ。この地の「熱源」は日光以外にはない。だから、日が暮れると同時にびっくりするほど冷え込んで震え上がることになる。

最低気温は7℃〜12℃になる。

今夜は満天の星がゴージャスな姿を見せているけれど、ほとんど誰もそれに気づかない。その傾向は、年々大きくなってきている。ひとびとはもう月や星を眺めるなんて余裕はないのかも知れない。ケータイの画面のほうがずっとずっといいのかも知れない。

横並びの偽りの友情のほうがずっとずっと大切なのかも知れない。

ケータイで互いに?がっているなんていうのは美しき共同幻想に過ぎないことにそろそろ気づいてもいい頃だと思うのだけれど。

メディアが変わっても人間の本質はアリストテレスの時代からなんら変わってはいないのだから。


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2007年08月13日

3831 避暑地

晴れ 気温:最低 12℃/最高 24℃

きょうもまた快晴の真夏日です。

週間天気予報でも、あと1週間は晴れの日が続くとのことです。

陽射しは熱くて「なんだ暑さは変わらないじゃないか」と思ったら大間違いです。

暑いのは「陽射し」だけなのです。

気温は18℃〜23℃程度しかありません。

木陰や日陰に入ってしばらくするとぞくぞくっと寒さを感じるはずです。

風はエアコンの風なみに冷たいのです。

ジィージィーと蝉が鳴いています。

ピラタスの丘でこんなにたくさんの蝉の声を聞くのは初めてのことです。

ここは本来蝉の棲息しない亜高山帯なのです。

こんなところにも生態系の変化が現れてきています。

しかし蓼科の夏はさわやかです。

避暑地とはこのような場所をいうのですね。

2007年08月14日

3832 静けさと安らぎと凛とした大気

晴れ 気温:最低 12℃/最高 24℃

判で押したようにいい天気が続いている。

しかも日ごとにますます爽快な気候へと変わってきているのだ。

特に朝がそうだ。

さんさんと降り注ぐ真夏の陽光と、びっくりするほど冷たい大気。

その対比の妙は、経験した者にしかわからないだろう。

週間天気予報でも、晴れマークがずらりと並んでいる。

去年までのように日が暮れると雲が山に張り付くなんてこともない。

星空が驚くほど綺麗だ。

夕暮れも綺麗な日が多い。

そして、ピラタスの丘は信じられないほど静かな夜を迎えている。

どのペンションも満員のお客様なのにもかかわらず。

豊かな大自然と、広大な敷地がもたらす静けさだ。

静けさと安らぎと凛とした大気。

夜は暖房が欲しくなるほど涼しい(時には寒い)この気候は、

本物の避暑地ならではのものだ。

朝の蝉の声すら涼やかに聞こえる気候を是非体験して欲しい。

2007年08月15日

3833 「わかりやすさ」がすべてを支配する

晴れ 気温:最低 14℃/最高 25℃

ちょうど去年の今頃も同じような状況になっていたように思います。

つまり、疲労困憊だけど、たくさんのお客様をお迎えして

とってもハイな状況です。

ある種の覚醒状態かもしれませんが

それにも限界があって、突然ガス欠になってしまうのは

若さを失って久しいからかもしれませんね。

とにかく徹夜がこたえる。

恒常的睡眠不足がこたえる。

休息時間のまったくない間断ない作業の持続状態。

体中がむくみ、筋肉がはれ上がり、骨格が悲鳴を上げる。

そんな状態です。

思うに、日本のペンションはその歴史の最初からビジネスモデルとして誤っていた。

ベッドと朝食(B&B)を提供する宿という位置づけの欧米のペンションにたいして、夕食も提供するという旅館に準じた日本型ペンションは、その経営者・従事者に過大な肉体的負担を強いることとなったように思います。

いわゆるリゾート地に立地することがほとんどで、その結果ハイシーズンとそれ以外のシーズンとの集客数が極端に変動するのに対し、絶対的客室数が少ないためにはっきりいってペイしないのですね。

ペイしていたのは第一次ペンションブームや清里ブームに代表される第二次ブームそしてバブル期だけだったのではないでしょうか。

もちろん状況がどう変わろうと、優れた経営者はきちんとペイするペンション経営をしている。

しかし基本的には一定以上の資本力がなければそれもかなわないのが新自由主義経済化における経営の基本であることも事実なのですね。

それはなぜか?

お客様がサービスの向上以上に設備投資を求めるからなのです。

この10年に限っても、ジャグジー → 展望風呂 → 露天風呂 → 天然温泉露天風呂 → 天然温泉「展望」露天風呂 といった具合です。お客様の多くはペンションを選択するときにお料理のおいしさやホスピタリティなどよりもわかりやすい「設備」で選択する傾向がますます強くなっているようです。

経営者としてはそれが対投資効果が十分に得られない「不適切な投資」であるとわかっていても、無理して設備投資してきています。だからこそ資本力が物を言うわけでもあるわけです。不適切な投資が出来るだけまだ「余裕」があるという意味において。

別にぼやいているわけではありません。「危惧(きぐ)」しているのです。いまのこの状況はかつての民宿バブル期の設備投資バブルとその終焉にとても良くプロセスが似ているからです。

個人的には自由主義経済なのだから、弱肉強食でなるようになると覚悟を決めていますが、どうにも割り切れない思いではありますね。

もはやペンションなんて不要なのかも知れません。規模と設備という観点に限っていうならば、これほど中途半端なポジションの宿泊施設はないからです。その観点で選択するなら別にペンションでなくたっていいじゃないですか。

まあ、なにが生き残りなにが死に絶えるかは消費者=お客様がお決めになることですから、「人事を尽くして天命を待つ」ということしかないのですが・・・。

ホームページの完全リニューアルを行いながら身にしみて感じたことは、これからは「差別化」の時代ではない。「個別化」の時代なのだということです。自分の宿の個性をいかにして「わかりやすく」伝えきることが出来るかどうかにすべてはかかっているのだ、と。

小泉政権の人気の秘密はその「わかりやすさ」でした。それがよいことなのかどうかはわかりません。しかしそれはひとつの事実であり真実だったのです。

わかりにくいこと、伝えるのが難しいことをとにかく「わかりやすく」表現できなければおそらくこれからの市場では生き残れないのでしょう。じつに「こらえ性のない」、「手っ取り早さ追求」型の社会です。

それを否定するつもりもありませんし、否定したところでどうなるものでもありません。

淡々と受け入れ、それに対応するばかりです。

ペンションの新しいかたちを創造していかなければなりません。

そんなふうに思っています。

2007年08月16日

3834 愛されないことへの絶望

晴れ 気温:最低 15℃/最高 25℃

God is a concept by which we measure our pain.

これはこのブログの(あるいは蓼科高原日記の)サブタイトルだ。

じつはメインタイトルなのだけれど、ブログの性格上サブタイトルということになっている。

この言葉が John Lennon の想いの多くを語っているのかどうか寡聞にして知らない。

しかし僕にとっては精神の核とでもいうべきものを言い表している。

神とはそれによってわれわれの苦痛を計る概念だ。

僕の苦痛とはありのままの自分が愛されないということだ。

愛されるために、愛されるような自分を演じ続けてきた。

それは過去完了形であり、現在完了形であり、現在進行形であり、確定的な未来である。

無垢の愛で満たされること、どのような対価も求めない愛によって包まれること。

理解されなくてもいい、ただ、愛されたい。

僕にとって人生とは生きる価値のないものだった。

生きる意味などどこにもなかった。

本当はおまえを生みたくはなかったのだという母親の言葉によってそれは呪いとなった。

その呪いからいまだに解き放たれないでいる。

僕は神を求めている。

宗教上の神ではなく。

至高の愛としての神を。

あるいはそれは「ひと」なのかもしれないけれど。

2007年08月17日

3835 避暑地の夏の終わり

晴れ 気温:最低 15℃/最高 22℃

きのうよりも気温が下がった。

いよいよ秋に向かって季節が動き出したようだ。

華麗に舞う美しい蝶を観た。

数年前から奄美大島から渡ってくるようになった

アサギマダラという大型の蝶。

この美しい蝶がその美しさをそのままに

はるか信州の亜高山帯まで飛来することに驚く。

風はますますひんやりと冷たくなり

大地は太陽から受け取る熱よりも放出する熱のほうが多くなってきた。

森の地表温度が下がってきているのを感じる。

雛の巣立ちを追えた野鳥の声はしだいにその存在感を減じ

生育期を終えた樹木もいっときの勢いを失った。

森の小径には蝉の抜けがらや死骸がころがり

知らずに踏みしめるとぱりぱりという乾いた音がする。

僕らの思いには無頓着に自然は振る舞う。

いまやどこにも神はその気配をみせない。

哲学が語る神は理念であり

宗教の語る神は概念であり

さまざまに形を現す神は

メタファーである。

思えばこの森で僕らが体験したり実感する神は

メタファーなのだろう。

ひんやりとした一陣の風が僕らの想いをかすめて去っていく。

僕らはすでにこの夏の終わりを感じ始めている。

避暑地の夏の終わりはいつも

どこかセンチメンタルな風情にあふれている。

まるで終わった夏の恋に胸を痛めるかのように。

2007年08月18日

3836 優柔不断でなにが悪い

晴れ一時曇り 気温:最低 15℃/最高 22℃

なにかを得るということは同時になにかを失うということだ。

そのことにこの夏、気づいた。

というよりは、実感したと言ったほうがいいかもしれない。

右に進路を取れば、その分だけ左の進路からはどんどん離れていく。

左の進路の先にはたくさんの旧友のいる村がある。

しかし僕はあえて右に進路を取り、見知らぬ荒野へ足を踏み入れる。

そうしなければならないからだ。

そうすべきだからだ。

僕の感情や想いなど、その決断の前では考慮されない。

仕事とはそのようなものだ。

それが真実であることを20年あまりのビジネスマン時代に学んだ。

人間は自分の思いだけで行動することが許されない場面に

幾度となく遭遇する。

しかし人間とは自身の想いに従って生きるべく定められてもいる。

だからこそ、「苦悩」が存在するのだと思う。

優柔不断は心優しきものが非情な決断を迫られたときに遭遇する苦悩だ。

非情な人間に苦悩など無い。

迷うことなく非情な決断を下し、遂行しながらも

心優しい人間でありたい。

そんな理不尽なことを願っている自分がここにある。

こんな社会は間違っている、絶対に。

2007年08月19日

3837 「残像」としての日本人

晴れ(午後4時頃夕立) 気温:最低 13℃/最高 22℃

日に日に朝の気温が下がってきている。

そう感じるのだが、記録式寒暖計はまた見解が異なるようだ。

実際の最低気温は下がっていない。

おおむね12℃〜15℃で、8月初旬以来あまり変わらない。

むしろ最高気温が下がり始めている。

一時25℃を記録した日が数日あったが

いまは18℃〜22℃あたりで推移している。

はっきりしているのは、実際の気温とは別に

大地の温度が、森の温度が、空気の粒子の温度が

はっきりと下がってきていると言うことだ。

朝は明確に「秋」の大気を感じさせる。

渡り蝶のアサギマダラが大挙してやってきた。

遠く奄美大島からの飛来が確認されて数年が経過する。

今日はとても涼しい。

日中も窓を閉めているが、それでも充分以上に涼しい。

午後4時過ぎに夕立が通る。

雷鳴は聞こえない。

さらに気温が下がる。

いよいよ8月も終盤に入ったことの証拠だ。

夏の終わりに避暑地を訪れるともうやみつきになること間違いなし。

この独特の静寂とやすらぎは他ではちょっと味わえない。


アレックス・カーのこと

すでに書いたかも知れないし、書き忘れているかも知れない。

アレックス・カーの『美しき日本の残像』と『「日本ブランド」で行こう』を

お盆直前(だったかな?)に amazon.co.jp のマーケットプレイスで入手できた。

まだ余力のあったお盆休み前半に寸暇を得てはむさぼるように読み進めた。

我が意を得たりだった。

僕らの世代が見ている風景は、じつはすでに「残像」にすぎないのだ。

そのことを認識できた。

なぜならば、われわれの世代にとっては「懐かしい」日本の風景は

われわれのこころの中にだけ生成され構成され映し出されているだけだからだ。

同じ景色をわれわれの子供の世代が観ても、それはただの古びた時代遅れの

日本の残滓にすぎないのだ。

われわれは決して同じ風景を見てはいない。

風景とはひとのこころが「創造」し映し出すものだからだ。

「美しい国、日本」はすでに「残像」になってしまった。

そのことに気づきもせず、

危惧すら抱いていない多くの日本人のひとりだった自分に

驚くと共に腹立たしささえ憶えている。

同時に、われわれが信じ込んでいる「日本人らしさ」も、じつは

もはや「残像」に過ぎないということにそろそろ気づいたほうがいいと思う。

われわれはこの期に及んで自らのアイデンティティを失ってしまった。

2007年08月20日

3838 蝉時雨(せみしぐれ)

晴れ 気温:最低 11℃/最高 20℃

蓼科でここまでの蝉時雨(せみしぐれ)を聞くことがあるなどとは、これまで想像すらしなかった。

蓼科の夏は真昼でも風が気持ちよいので、この夏は窓全開、ふたつあるサンルーフ全開でランドローバー・ディスカバリー2を走らせている。

爽快な風を受けながら蝉時雨を聞く。

風のにおいがまたいい。

陽射しはまだ真っ白で強烈なのだけれど、少しずつ力を減じてきているのがわかる。

真夏の熱狂、盛夏の祭典、そう、「お盆休み」が終わった。

我が日本国はいつもどおりの日本国に戻る。

なにごともなかったかのように。

お盆休みや土日祭日にはあの迷惑メール=スパムメールも数が減る。

英文や中国語のスパムメールも減るから・・・

ということは、やつらは日本人で、下請け仕事をしているってことか。

はは・・・は。(^_^;)

奇妙な季節感。

お盆明けにますます「夏らしい夏」になってきた。

湿度はどんどん下がって30%台だし、風はさらさらと心地よく冷たくて、

木陰にガダバウトチェアを持ち出してまったりと腰掛けていると、

まるで新緑の初夏の頃のような至福の時間が流れる。

この心地よさは、じっさいにここで体験しないことにはわからない。

日もとっぷりと暮れたというのに、耳の奥ではいまだに蝉時雨。

これも「残像」の一種なのだ、たぶん。

2007年08月21日

3839 蝉が消えた日

晴れ 気温:最低 12℃/最高 20℃

寒暖計の示す気温とはほとんど関係なく

毎日気温が下がっているように感じられます。

それは大気の冷たさとして、大地の冷え込みとして

あるいは森の微妙な変化を感じることによって

知ることとなります。

今朝、蝉たちが忽然(こつぜん)と姿を消しました。

毎朝あんなに賑やかに鳴いていたのに

今朝はまったくその声がしない。

レイチェル・カーソンの「沈黙の春」

その冒頭で描かれる情景のように

すべてが沈黙しています。

いくら耳を澄ましても、耳鳴りしか聞こえない。

ビーナスラインをクルマで蓼科湖方面に下っても

やはり蝉の声がしない。

城の平別荘地、桜ヶ丘別荘地と標高を下げていっても

やはりあの賑やかな蝉の声はなく

たまに、ほんの少しだけ聞くことが出来る程度でした。

標高1400m付近のプール平にいたって

ようやく賑やかな蝉の声が始まりました。

蝉たちが山を下りたのか

山で鳴いていた蝉たちの寿命が尽きてしまったのか。

おそらくは寿命が尽きたのだと思います。

山の上は季節が一足早いのですね。

それにしても

クルマの窓とサンルーフを全開にして走ると「寒い」ほどで

じつに気持ちのいいお天気でした。

これはやみつきになります。

残暑がまったくない蓼科ならではの季節感かも知れません。

風の感触が変わりました。

さらさらと心地よく乾燥していながら

しっとりとした冷たさがあります。

風の音が変わりました。

かすかな葉擦れの音をさせて吹き抜けていたのが

さわさわという秋の音に変わりました。

それは海の波の音にも似ています。

森が深いので気づきにくいのですが

ここはいつも風が吹いている土地なのです。

森の切れ目を通過するとき

それを知らされて驚くことしばし。

そんなことで

この季節のドライブはオープンエアーを心がけることをおすすめします。

バイク乗りが感じているようなあの悦楽をドライバーもパッセンジャーも

きっと感じることが出来ることと思います。

2007年08月22日

3840 続・蝉時雨(せみしぐれ)

曇り時々晴れ一時雨 気温:最低 14℃/最高 20℃

昼過ぎで気温20℃。

相変わらずさわやかだ。

蝉の声は今日もしない。

ピラタスの丘の蝉たちはやはり消えてしまったのだ。

風が冷たく、陽射しが熱い。

熱いといっても、お盆休みの頃に比べれば格段に力を失っている。

クルマを走らせる。

窓全開、サンルーフも前後とも全開。

ああ、なんて気持ちがいいんだろう。

プール平のあたりでも蝉の声が少ない。

標高1240mの蓼科湖に近づくとようやく蝉時雨に近くなる。

標高800mの農村部にいたってようやく、激しい蝉時雨に遭遇する。

このあたりになると気温は30℃近くなる。

山麓の街はまだまだ「盛夏」だ。

陽炎が立ち、逃げ水を見ることができる。

蝉時雨はまるで木の上で数千のこびとが

小さな太鼓をたたいているみたいに聞こえる。

あるいは蝉自身が6本の足で

小さなカスタネットを打ち鳴らしているようにも聞こえる。

シュールなドライブだ。

ピラタスの丘からクルマ5分で行ける蓼科山登山者のための無料駐車場

そこから道路を渡り、女乃神茶屋脇を通って八子ヶ峰に登れば

30分ほどで夏〜秋の花が咲き乱れる眺望抜群の場所に行ける。

こちらに写真があるのでご覧いただきたい。

今日も写真は無しだけれど、じつのところこの方が書きやすいのだ。

それも、ものすごく。


Mac のこと

購入時からメモリ容量2.5GBで使ってきた Power Mac G5 だけれど、メモリを積めば積むほど快適になるのが Mac OS X ということで、256MB×2枚を外して525MB×4枚を残し、1GB×4枚を残りのバンクに差して合計6GBに増設してみた。

これで8つあるメモリバンクはすべて使ったことになる。今回購入した1GBメモリは秋葉館で1枚7980円と「底値」がついていたものだ。DDR SDRAM PC3200 1GB(1024MB) Hynix純正 [184-1024MS3200 GH] という型番で、メーカー的にも信頼できると判断して購入に踏み切った。

ちなみに僕の愛機は Power Mac G5 の最初の最上位モデルである Power Mac G5 2G Dual (M9032J/A) という機種だ。確か2003年の9月に購入した最初期ロットのものだったと記憶しているけれど、まったくトラブル知らずでバリバリ働いてくれている。今でも別段パワー不足は感じない。

とはいうものの、最新型の「インテル入ってる」のMacと比べちゃうとねえ〜。

でも、まだまだ買い換える必然性も予算もないので、ここでブートアップをしたというわけだ。

作業はきわめて簡単でかなり注意深く行なったけれど、15分ほどで終わった。早速起動すると、きちんと異常なくすべてのメモリが認識され動作も驚くほど軽快になっていた。明らかにHDD上のスワップファイルへのアクセスが減っているのが体感できる。

GPUへの負荷も格段に減り、画面の表示速度も向上した。いちばんはっきり違いが出たのが、今こうして使っている「かな漢字変換システム ATOK 2007 」だと思う。すごい速度向上、すごい変換の速さだ。これまでは明らかにHDDにアクセスしていた連想変換辞書などの参照表示も瞬時だ。

そして、なあ〜んと、インターネット回線速度まで上がったのだ。これまでCATV回線でどうしても20MBを越えることが出来なかったのが、一回目の測定であっさり22.639MBをたたき出した。その後も常時20MBをキープ。ウインドウズはわからないけど、Mac OS X の場合は(ディスクアクセスによるタイムロスがないのが理由だと思うけれど)実装メモリも関係してくるようだ。

というようなことで、今のところこのブートアップは正解だったと思っている。

今後の経過は後日また報告することにしたい。

2007年08月23日

3841 蓼科・レイトサマー

雨のち晴れのち霧 気温:最低 9℃/最高 16℃

今朝は9℃まで冷え込みました。半袖から出た二の腕が痛いほどの冷たい大気です。朝晩はこのように秋そのものになりました。森のそこここでは気の早い樹木が紅葉を始めました。

そういえば、白樺の下に止めたクルマのボンネットの上に落ち葉が落ちていたっけ。白樺の黄葉、そして落葉も始まったようです。いつもどおりだとナナカマド、タラノキ、ヤマブドウといった樹木がまず紅葉し始めて森にワンポイントの彩りを添えます。

本格的な紅葉が始まるのはあと4週間ほど先になります。標高2000m以上のあたりで9月末から10月上旬、標高1800m近いピラタスの丘で10月中旬頃、もう少し標高が低い横谷峡(よこやきょう)も10月中旬頃には素晴らしい渓谷美を見せてくれます。

標高1200m付近の蓼科湖は10月下旬から11月上旬が紅葉真っ盛りになります。

自然の原生林なのでどこも赤、黄、緑の「錦絵(にしきえ)」になって、それは見事な景色になります。

が・・・

それはさておき、その前に素晴らしい季節「9月」があるのを忘れてはいけません。

文字通り「レイトサマー」です。

残暑のまったくない蓼科の9月はじつにすばらしい「遅い夏(レイトサマー)」なのです。

「遅い夏休み」をおとりになるお客様には最適なロケーションかと思うのですね。

とくに我がペンション・サンセットは格段に「ふさわしい」雰囲気のお宿かと思います。

時の過ぎゆくままに、自然のリズムに身を任せてみてはどうでしょうか。

※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。

2007年08月24日

3842 追憶のなかの風景

晴れ 気温:最低 12℃/最高 19℃

蝉が戻ってきた。

驚いたことに今朝窓を開けると蝉の声が聞こえるではないか。ジージーと鳴く蝉の音にふたたび夏の盛りの記憶がよみがえる。ここで聴く蝉は暑苦しいということはなく、むしろ清涼感を感じさせる。じっさい、夜明けまで起きていたのでお客様のチェックアウト後に仮眠したときなど、その声は妙なる歌声に思えたほどだった。そして窓から吹き込む冷風(涼風ではない)に危うく風邪を引くところだった。

あいかわらず窓全開、サンルーフ全開でクルマを走らせているけれど、ますます快適になってきた。涼風が心地よいのはもとより、蝉時雨をはじめとした様々な自然の音、季節の音、そう、「夏の音」を聴くことができるからだ。

そういうことは都市生活ではめっきり少なくなってしまったのではないだろうか。僕がこちらに移住する前からそんな具合だったのだから、いまはもっと自然とふれあう機会は減ってしまっているかもしれない。もちろんその気になれば大都会に暮らしていたって、思わぬところで無垢の自然と出会うことが可能なのだけれど。

いま芹が沢インターチェンジで国道299号線と国道152号線を結ぶ立体交差道路の建設が進んでいる。なんでもない農村の風景だけれどなかなか好きなビューポイントだった場所にそれは建設されている。そして思うのだ。

日本人の心の中にはもはや「風景」に対する感性というものがなくなってしまっているのではないか、と。いま思えば、この工事が始まる以前の風景そのものがすでにとんでもなく損なわれていたのかもしれない。高圧電流を流す鉄塔や、携帯電話のアンテナ塔や農家や民家から林立する高いテレビ受信アンテナなど。

それは遠い過去からそこにあったものなのに、いや、だからこそ我々の脳がフィルタリングして見えなくしてしまっていたのだろう。我々に見えるのはそのようなものがなかった頃の「原風景」とでもいったものだけだったのだ。

そのことがさらなる風景の破壊を呼ぶのだった。それはとどまるところを知らない。免罪符を得たかのように、イノセントな風景破壊が進んでいる。それも加速度的に。「日本の原風景」などもはや我々の世代(現在50歳以上)の追憶の中にしかないのだ。我々はそれを投影して「美しい日本」を観ているつもりになっているに過ぎない。

良くも悪しくも、風景とはひとのこころのなかに創り出され記憶されるものだから。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(忘れな草)

2007年08月25日

3843 スタイルの問題

晴れ 気温:最低 11℃/最高 19℃

困った。

写真無しのほうが書きやすいのね、やっぱり。

でも、それだと美しい蓼科を写真で紹介できない。

僕のつたない文章でしか蓼科の感動を伝えることが出来ない。

こんなレベルでは

そもそも伝えることなんか出来ないのかも知れない。

今日も蝉が鳴いている。

ピラタスの丘から蝉が消えたあの数日間はいったい何だったのだろう。

それにしても、こんな風な書き方が僕にはいちばん楽なのだ。

それは、ここにあるのが僕だけの内面世界だから。

心象風景を語ればいいから、とても気持ちが軽いのだ、たぶん。

ウイリアム・ジェームズが言うところの「意識の流れ」を書く

あるいはアンドレ・ブルトンの「自動筆記(オートマティスム)」

映像時代以前のアンティークなスタイル。

写真があるとそういうわけにはいかないでしょ?

どちらが良いということではなくて、基本的スタイルの問題。

文章にしたって、こんなふうに一行開けて綴っていくというのは

これまでには使わなかったスタイルじゃない?

長い間、基本的に三行をひとつの段落として四段落でひとくくり

にして書くというのが僕のスタイルだった。

多分に音楽、とりわけジャズを意識していたのかも知れない。

4小節×4小節=16小節=ワンコーラス

そんな感じ。

それだと写真の入り込む余地があったのだけれどね。

今のスタイルだと、写真を入れ込むのがとても難しい。

レイアウトとしても難しいし、写真と文章のバランスがとりにくい。

表現、なんていう大それたレベルではないけれど、

自分なりに伝えたいことにふさわしい方法論というのは模索している。

心のこもった一枚の写真と、鍛え抜かれたシャープな文章。

そんなことができたらいいのにね。

まだまだ模索中。

そのうち落ち着いてくると思う、たぶん。

それにしても未公開写真がどんどんたまってきている。

2007年08月26日

3844 いえ、大丈夫です

晴れ 気温:最低 11℃/最高 20℃

いえ、大丈夫です。

よく言いません? 最近。

場面としては、ノー・サンキューって言うようなとき。

けっこうです、とか、いりませんなんて言うと

なんだか相手のオファーをはねつけているみたいな感じになるので

より婉曲な表現に変わってきたのかも知れないですね。

日本人って心優しい民族なのかも知れない、やっぱり。

せちがらいグローバリゼーションの中にあって

だから日本人ってお人好しなのかも知れない。

でも、そんな日本人が僕はいいな。

好きだな。

カモられたっていいじゃない。

でーんと構えていればいいんだ。

あとは武士道で勝負。

「葉隠れ」の世界ね。

騎士道と武士道は似ているようで全然違うのだ。

騎士道はルール。

武士道は求道。

美しい日本の再生は、まず美しい日本民族の誇りを取り戻すことから。

優しい日本人の心を思い出すことから。

やっぱり、底抜けの優しさがいちばん強い。

攻撃性は恐怖や不安の反映に過ぎないのだから。

強くなければ優しくなれない。

優しくなければ生きている資格がない。

フィリップ・マーロウの言うとおりだ。

っていうか、レイモンド・チャンドラーの書いたとおりだ。

僕もそう思うよ。

それはさておき、サイバーエージェントという会社の

マキシムズ(maxims)を最近知った。

とても力づけられた。

僕の身体に染みついた「電通鬼十則」よりはるかに現代的かも知れない。

僕もこのようにありたいと思う。

失敗も成功するまでやれば失敗ではない。

挑戦した結果の敗者には、セカンドチャンスを。

とても勇気づけられる言葉だ。

おまえもそうなのか、って?

いえ、大丈夫です。

2007年08月27日

3845 映画「純愛」の音楽

晴れ 気温:最低 12℃/最高 21℃

外出先から戻ると、

20年来の友人ウォン・ウィンツァンさんからうれしい暑中見舞いが届いていた。

東京、銀座シネパトスで公開中の日中合作映画「純愛」のサウンドトラックアルバムだ。正確にはサウンドトラックと言うよりは、映画監督としてのアルバムの正式公開といったほうが当たっていると思う。

もちろん実際にこの映画に使われている楽曲なのだけれど、このアルバムは単にサウンドトラックをCD化したものではなく、あるコンセプトをもって音楽面からこの映画を語るものに仕上がっている。あるいは完全に独立した音楽として聞いても独自の世界を形作っている。

早速ラウンジのハイエンドオーディオでかけてお客様にお聴かせしたのだけれど、一緒に聞いている僕のほうが突然涙があふれてきてしまって、それを隠すのが大変だった。なにがそうさせたのかは定かではないのだけれど、そのなにかがとてもうれしかったのだ。

その「なにか」が僕のこころの琴線に触れたのだった。

ここにいたるまでのウォンさんのこころの軌跡をはたから見守ってきた者として、その志に共感する者として、たとえようもなくうれしかったのだ、と思う。もちろんそれは第一義的にはこの音楽に対する感動であったわけだけれど、そのような背景もまたこの「涙」をもたらしたのだと思うのだ。

僕はいまとてもとても感動している。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。
 ウチの庭に咲いたワレモコウです。花言葉は「愛慕」。

2007年08月28日

3846 避暑地・ピラタスの丘

雨のち晴れ 気温:最低 12℃/最高 16℃

高原の雨。

じつに久しぶりのように感じる。

実際そうなのだろう。

風が立つ。

さわさわと木の葉が揺れる。

立秋に秋風が立って久しい。

避暑地の夏の終わりにふさわしい風情。

そう、蓼科は温泉保養地というよりは

「避暑地」と表現されるべき場所だ。

すくなくともここ「ピラタスの丘」は「避暑地」である。

上空の雲の粒子が吹き下ろしてくる。

ピラタスの丘は一瞬濃霧のようになる。

この情景が僕は好きだ。

自分が高原に身を置いていることを実感する。

この清涼な気候、静寂、美しい風景、濃密な自然の息吹。

★★★

きのうのつづき。

深夜から未明にかけてウォン・ウィンツァンの「純愛」をヘッドフォーンで聴く。

日中も静寂に満ちているけれど、この時間帯は信じられないほどの静寂が森を支配する。夜行性動物の気配の他は森も精霊もぐっすりと眠り込んでいる。だから音楽とじっくりと向き合うには最適なのだ。

22曲目の「別れのテーマ【赤い布】」に涙する。そうだ、この曲を初めて聴いたときに唐突に涙があふれてきたのだった。僕は映画を観ていないので、どの場面にこの曲が流れるのかを知らない。それでもある情景ある情感が明瞭に浮かんでくるのだ。それが心の奥深い部分に触れる。

いつもと違うピアノの響き。同じピアノを使っていることはわかるけれど、チューニングが微妙に異なり、倍音の響きがくっきりと美しい。弦をかたく張っている感じの音だ。この硬質な音色はウォンさんにしてはめずらしく感じられる。

彼の音楽が新しい領域に踏み込んだことを感じずにはいられない。

作曲家としての自信の音楽に対する確信と明確な意図。

ひとことで言えばそういうことだろうか。

ここに至っては、是非この「組曲」でフルオーケストラとのコラボレーションを実現して欲しいと願う。それは夢のような演奏になることと思う。これは確信だ。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。

2007年08月29日

3847 皆既月食

曇りのち一時雨 気温:最低 11℃/最高 16℃

昨夜は皆既月食だった。

TVを観ていて雨は止んだのかな、と思って外に出てみると、なんと綺麗に晴れ渡った夜空に満月に近いつきが煌々(こうこう)と照っているではないか。これなら今夜の皆既月食もしっかり見ることができたはずだ。

これは迂闊(うかつ)だった。高度に発達したメディア社会が招いた錯誤かも知れない。間断なく流される「日本列島は北海道の一部を除いて曇っている」というメッセージを鵜呑みにしていたのだ。ちょっと空を見上げれば事実は明確だったのに。

じつは数年前に満月が真っ赤になっているのを1時間ほど眺めていたことがある。あの「赤い月」が皆既月食によるものだったのだと、今回の報道で初めて知った。あの頃はパルもまだ若くて元気いっぱいに小走りで散歩をともにしていたものだ。

そんな彼につきあって、延々と散歩しながら眺めたのがその現象を観た夜だった。赤い月は幻想的であると同時に象徴的なオブジェでもあった。暗示的といってもいい。僕らはその情景から何かを知らされあるいは伝えられたのかもしれない。


それはそうと、最近僕の印象を「小学校の先生みたいなひと」と表現するお客様が増えた。本人はまったくそうは思わないのだけれど、そんな印象なのかなあ。以前はそんな風にはいわれたことがなかったから不思議な気分だ。年をとってだいぶまあるくなったのかもしれない。あるいはある種の年配の教師のように「かたくな」なところが出てきたのかもしれない。

正直なところ、いまだに、僕は小学校の戦線がつとまるほどの人格形成ができていないと思っているから、恐縮至極なのだ。小学校の先生に失礼というものだなんて思ったり。とんでもございませんです。

このブログだけを読んでいると、なにやら「かたくな」で「こわい」ひとのように感じている人も多いようで、これは困ったなあと思っているところです。これが僕の文体でありスタイルなので、帰ることはできないし、ものの感じ方や考え方や価値観あるいは世界観はこの年になるともう変えようがないしね。

ただね、僕は「こわい」ひとではないし、人の話を聞かないかたくなな原理主義者でもないです。どうぞ安心してください。ごくふつうの50代のいささかくたびれたおじさんですから。(笑)

自分が思っている以上に心身が疲労しているようで、いろいろなことができなくて滞ってしまっています。一番滞っているのがメールのご返信でして、誠に申し訳ないです。m(_ _)m

そして、メールマガジン第一号ですが、そんなわけでこちらも滞りなく遅れております。

大変お待たせいたしております、もうしばらくお待ちいただけると幸いです。(^_^;)

あーあ、謝ってばかりの「夏の終わり」ですね。


蓼科はいつも通り残暑のない「避暑地の夏の終わり」を迎えています。静寂に満ちた高原では日差しが和らぎ冷たい風が森を吹き抜けていきます。さわさわという葉擦れの音に「レイトサマー(晩夏)」を感じます。個人的には一番好きな季節です。

避暑地の夏の終わりは本当にセンチメンタルな世界。心の平安と、心温まる物語に満ちた季節です。


※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。

2007年08月30日

3848 8月末ですね

曇りのち小雨 気温:最低 11℃/最高 14℃

ストーブを焚く

お客様のためにこの夏初めてダイニングラウンジの大型ストーブに火を入れました。もちろん、あっという間に室温は30℃近くなったのでそこで消火。その後はずうっと温かでした。このストーブは大きな焚き火ほどの火力があるのです。最大火力だと1時間で2リットルの灯油を燃焼します。もっとも弱くしても1時間で1リットル。とにかく強力です。

ここは標高の関係で空気が20%ほど薄いので、標高1000m〜1200mを限界に設計製造された一般の燃焼式暖房器具は使えません。不完全燃焼を起こしてセンサーの働きですぐに消えてしまいます。標高1800mに迫る当地で使用できるのは、そんな事情でボイラーもストーブも空気過給器(スーパーチャージャー)を備えたものに限定されます。

それにしても8月末にストーブとは、想像できるでしょうか。

今日の最高気温は14℃、最低気温は11℃。ご案内状に書いてあることが真実であることをお客様にも信じていただけたようです。Tシャツの上に厚手のフリースを羽織って館内ではちょうど良い服装です。外に出て星を眺めるにはもう少し着込んだほうがいいかもしれません。


ペンション管理システム導入

ペンション・サンセットでもいよいよ「ペンション管理システム」を導入しました。これまでは住所管理、顧客管理、請求管理、会計管理などの業務をばらばらに別のソフトを使って行っていました。しかしそれでは効率が悪いし、ミスも出やすくなります。

Windowsマシンを導入したことも手伝って、Windowsマシン上で動く「ペンション管理システム」を使い始めたというわけです。実際この手のシステムは100%がWindows用のソフトなのです。まあ、効率を考えれば当然のことなのですが。

ようやくその恩恵にあずかれるようになった我がペンションです。

ご予約から配室そしてご請求まで、さらには案内状、DMなどがひとつのシステム上ですべて一元管理できることのメリットははかり知れません。もちろん「お客様に対するサービス向上」という観点からということですが。

三日使ってようやく操作になれてきたところですが、これによってお客様とのコミュニケーションがより円滑に正確に行えると期待しています。ご案内状もチェックアウト時のご請求書も美しくて見やすいものになりました。


それでも僕はマックな人です

そんなことで、ペンションの事務的な部分に関してはWindowsマシンに移行したのですが、それはそれで使い心地は悪くないです、想像以上に良いと言っても過言ではないです。しかし、僕は依然として「マックな人」なのですね。

これは個性とでもいうようなものなので、Macが好きなのはどうしようもないです。したがって、ホームページや制作関係について、あるいは個人的なコンピューティングについては今後ともMacがメインマシンであることに変わりはないでしょう。

Macだとリラックスできるんですよね、ランドローバーもそうだけれど、とてもカジュアルな気分になれるのです。


メールマガジンのこと

8月末には第一号を配信予定だったペンション・サンセットのメールマガジンですが、諸般の事情で9月始めに配信開始がずれ込みそうです。すでにご登録済みのお客様には心よりお詫び申し上げます。よりよいものにするために構想を練り上げておりますので、ご容赦くださいますようお願いいたします。


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 今夏ウチの庭にたくさん咲いたオオバギボウシです。

2007年08月31日

3849 避暑地のレイトサマー

雨のち晴れ 気温:最低 11℃/最高 17℃

朝のうちは雨でした。目の前の深い谷の森からは煙のように水蒸気が立ちのぼりそのまま雲に変化していきます。まるで墨絵のような幽玄な世界を展開しています。

お客様にはあいにくのお天気ですが、連泊で昨日の夕方までは雨は降らなかったのでメインイベントは問題なく楽しんでいただけたようです。雨と言うことで今日は諏訪湖畔のガラスの里と間欠泉センターそして足湯をおすすめしました。

ちなみに昨日楽しまれたのはペンション・サンセットからクルマで25分ほどのところにある「鷹山ファミリー牧場」という体験型観光牧場です。詳しいことはリンク先のオリジナルHPをご覧いただくして、その魅力はご家族連れには最適のものだと思っています。

所用でクルマで出かけたのですが、驚いたことに蓼科湖より下では雨ではなく晴れだったことです。蝉時雨(せみしぐれ)もまだ聞くことができました。窓とサンルーフを開け放って走行するともう至福の気分です。

蓼科では残暑などというものはないのです。

レイトサマーという言葉がようやく定着してきたようですが、まさにこれは「レイトサマー」そのものです。避暑地・蓼科のレイトサマーは言葉のイメージ通りのさわやかで落ち着きと癒しに満ちた季節です。

9月に「遅い夏休み」をご予定のお客様にはこの季節の蓼科を是非訪れていただき、その魅力を堪能していただきたいと思います。


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