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3799 天気予報は断定的表現を改めてね

雨のち曇り 気温:最低 12℃/最高 15℃

午後6時半、ようやく雨がやみきれいな夕景となった。昨日「あんたねぇ?!」と思わず怒鳴ってしまった相手、例の変な歌を歌うウグイスが近くにやってきてますます調子外れの歌を歌って悦に入っている。いったいウグイス界では何が起こっているのだろう。

午後7時の吹き抜けラウンジではまだキーボードライトだけで十分作業できる明るさが残っている。西の空の残照がここを明るくしているのだ。雨上がりの夕暮れの空がたとえようもなく美しい。ここから観ると空は目線の高さにある空間なので、夕焼けを眺めるのに上空を仰ぐ必要はない。

それにしてもせっかくの3連休に台風が来るかもしれないという報道は本当なのだろうか。TVで見る天気図ではかなりの確度があるように思われるのだけれど、これで台風が来なかったらまさに噴飯(ふんぱん)ものだ。

それが予測である以上データと既知の法則と過去の経験によって統計学的に(確率論的に)天気予報を発表しなければならないと言うことには理解を示そう。しかし、そのことをもっと正確に意を尽くして伝えるべきだと思う。すくなくとも「当たるも八卦当たらぬも八卦」が予報の宿命であるのならそのことを明確に示さなければならないと思う。

現在のように「断定的」に天気予報を語るのはやめてほしいものだ。正しくは「晴れの確率は何パーセントです」というように語らなければならない。台風がこちらにやってくる可能性は何パーセントですと語らなければならない。

天気予報が外れて問題が起きたとしても誰も責任をとらない様はまさに官僚そのものではないかという気がする。責任のないところに真実など無いのだ。

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すっかり日が暮れると、再び空は雲に閉ざされた。雨は降っていないが、霧が立ちこめている。正確に言えば、先ほどやんだ雨がたちまち蒸発して空に昇り、雲に戻るプロセスがこの濃霧状態なのだ。それは「まるで霧のように」森から立ち上る。

暗がりでキーボードライトだけで日記を書いている私に妻が怪訝(けげん)そうに声をかける。どうして明かりをつけないのか、と。こればかりは自分で経験してみないとわからないだろうけれど、いま私は至福のひとときを夕暮れとともに過ごしているのだ。

ThinkPad を入手して初めて実現したこの至福の時の過ごし方というライフスタイル。みんなに広めていきたいという気も少しだけしている。自分だけのものにしておきたいという気もその一方であるのだけれど。

いずれにしても、私は夜明け以上に夕暮れが好きなのだ。だから「サンセット」なんていうポピュラーでもないうえにある意味凡庸な響きすらある名前を自分のペンションにつけたのだ。でも、いいんだ、それで。ここはようやく見つけた私の居場所なのだから。


※今日の2枚目の写真は車山高原観光協会の許諾を得て転載しています。
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2007年07月12日 23:19に投稿されたエントリーのページです。

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