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3734 いまそこにある危機と動物保護

晴れ 気温:最低 7℃/最高 20℃

GW直前にようやくプランター植えが出来る気候になって始めたコンテナガーデン作りもようやく一段落した。以前はパンジーとビオラばかりだったのだけれど、それは「寒さに強い」の一言に尽きる。今回も花苗を購入するときの基準は「とにかく寒さに強い花を!」ということだった。

GWにはいってからの温かな天候のおかげで、ようやく花が元気になってきた。もちろん、購入した時点ですでに咲き始めてはいたのだけれど、寒さに凍えていまひとつ元気がなかったのだ。これで一安心だ、しっかりと根付いてくれることだろう。

問題は花壇になにを路地植えするかということだ。これまでは寒さや霜のことだけを考えれば良かったのだけれど、昨年から様相が変わってきた。それは群れをなして出没するようになった野生の鹿による「食害」の問題だ。

ニッコウキスゲやヤナギランなどの高山植物はもちろん、われわれが丹精込めて育てた花までも食してしまうのだ。あげくのはてに森の樹木の皮をはいで食してその木を枯らしてしまう。枯れた木はやがて風倒木となって、確実に森は死んでゆく。

森が死ぬと、山の崩落が始まり、土砂崩れや土石流の災害が頻発するようになり、それはやがてすべてのいのちにとってかけがえのない「水源地」を埋めて枯らせてしまうのだ。これは人間のせいで鹿が山に追いやられて仕方なくそのようになったということではなく、反対に天敵のいない鹿を過保護しすぎて個体数が限界を超えた結果なのだ。

これは「自然保護」対「動物保護」というまったく新たな対立構造を生じさせる、われわれが初めて遭遇する「環境問題」なのだ。人間が自然を破壊しているのではなく、野生の鹿が自然を破壊しているのだ。

「すべてを人間のせいにして反省する」のもひとつの考え方だけれど、それで問題が解決するわけではない。では、人間はなにをなすべきかをきちんと提示しなければならない。この問題に関する限り、実際に手を打つことが出来る生物は「人類」しか存在しないのだから。

動物愛護の精神は正しい、おそらくは「絶対的に正しい」と僕も思う。しかし、その精神を現実に起こっている危機的状況に生かすためには、現実的な対策としてのアクションが必須なのだ。われわれとともにまず野生の鹿に対してなにかをなして欲しいし、あるいは野生の鹿のために独自の救済アクションを発動して欲しいと、個人的には思っている。さまざまな考え方や立場があるのは百も承知だが、原理原則を主張している時間はもはや残されていない。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

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2007年05月08日 23:15に投稿されたエントリーのページです。

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