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3733 桜を愛でつつ「葉隠れ」を想う

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昨日一日降り続いた雨がうそのように、朝から晴れ渡りウグイスの歌声で目覚めた。ペンション・サンセットの敷地がちょうどひとつのテリトリーとなっているようで、毎年違ったウグイスが1羽だけ居着くようなのだ。共通するのは、少なくとも鳴き始めのこの時期には「とても歌が下手だ」ということ。ここはテリトリーとしての評価が低い部類なのかも知れない。

去年のウグイス君は歴代の主の中でも極めつきの「音痴」だった。そのあたりのことは去年の今頃の「蓼科高原日記」に詳しく記したから、ここでは繰り返さない。はっきりしたルールは、人間界と同じく、自然界でも雌にアピールすることのできる雄から番(つがい)になっていくということだ。

ウグイスも歌の上手な個体から順に番が成立していくようなのだ。オスはオスでそれは大変なのだ。

ピラタスの丘にもようやくいつものメンツがそろったようだ。最盛期には約40種類の高山の野鳥の顔ぶれがそろって、朝に夕に盛んに鳴き交わすその歌声はまさにこの世の春。特に未明のそれは覚醒へのまどろみの中で聞く至福の音楽となる。

桜前線は蓼科湖(標高1230m)をゆっくりと過ぎようとしている。やがてさらに50mほど上の「プール平」の桜たちが咲きそろう。特にビーナスライン沿いの巨木はじつに圧倒的な迫力で見るものを虜にする。しだれ桜やさまざまな種類の桜があるので、見応えがある。プール平の蓼科郵便局脇から大滝に続く遊歩道を散策することをおすすめする。

桜の花はどうしてこれほどまでにわれわれの心の奥深くの琴線に触れることが出来るのだろう。咲く花の美しさ、華やかさ、それでいて清楚、散り際の潔さ。そこに「葉隠れ」の神髄を見る想いがするのは僕の勝手な思いこみだろうか。

今日の、そしてこれから吹く風が僕は大好きだ。一年を通じてこの季節の風がもっとも美しくそして爽快(そうかい)なのだ。その風に吹かれていると、まるで命を吹き込まれるような気がしてくるほどだ。その肌触り、香り、緩急のリズム、すべてが絶妙なバランスの上に成り立っている。

敷地内の白樺の巨木の木陰にガダバウトチェアを持ち出して、蓼科山を正面に見据えながらバラクライングリッシュガーデン仕込みのロイヤルミルクティーをたしなむなんてこじゃれたことをやってみたりする。首からぶら下げたデジタル一眼レフで気の向くままにシャッターを切る。

この季節の空はいくら見ていても飽きるということがない。新緑も、花も、鳥も、風も、日の光さえ、じつにさまざまにその姿を変える。ありとあらゆるいのちがその絶頂に向かって一気に加速していく気配をひしひしと感じる。


※写真をクリックすると拡大されますので是非大きな画像でじっくり鑑賞してください。

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2007年05月07日 23:06に投稿されたエントリーのページです。

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