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3732 静かな雨の森でジャズを聴く

雨 気温:最低 5℃/最高 9℃

静かな雨の森でジャズを聴く

今日の天気がどうであろうと、最高気温や最低気温がどうであろうが、そんなことは関係ないような気分になる。朝からしだいに激しくなった雨も気にならない。いま僕はひとけのないラウンジで JBL と McIntosh のアンプでコルトレーンの My Favorite Things というアルバムを聴いている。なつかしい Blue Note レーベルのLPの音がする。じつはこのアルバムは ATLANTIC レーベルなのだけれど。

演奏の合間や楽器の音が小さくなるパートでは外から雨音が入り込んでくる、まるで演奏に参加するかのように。春の高原に降る雨はとてもやさしい印象がある。芽吹きを間近に控えた森の上に、それは薄いベールのようにゆっくりと降りてくる。

学生の頃余暇のほとんどを過ごした新宿や神保町のジャズ喫茶のあの懐かしい音とにおいがよみがえる。こうして当時の音を再現すると、こころの中を心地よい風が吹き抜ける。あの頃と同じだ、それはコンスタントに吹き続けるこころ温まる風だ。人間存在の美しさを信じさせるにたるジャズの息吹だ。

正面には常に僕のこころの友である白樺の巨木が迫り来る夕闇の中にたたずんでいる。高さ6mある吹き抜けからはその木の上から下までをひとつの画として捉えることが出来る。空を流れる雲までも見て取ることが出来る。ここは僕にとってもこの建物で最良最上の場所だ。

燃焼音がじゃまになるのでストーブは点火しない。だから、真冬や気温の低い季節はここで(お客様のいらっしゃらない日に)ジャズを聴くことはある種の荒行に近い過酷な体験となる。これだけ大音量で聴いていても、耳の奥からはキーンという静寂の音(sound of silence)が聞こえてくるから不思議だ。


シベリアンハスキー的人間としての僕

ここではなにもかもが「ピュア」なのだ。空気も水もこころも、そしていのちそのものも。

パルから僕はじつに多くのことを学んだ。自然の中でじつはぼくらはなにもなす事が出来ないのだということ。ぼくらに出来ることといえば、宇宙的時間あるいは惑星的時間においては瞬間的なものにすぎない環境破壊という名の暴力だけだ。そのことによる災いを引き受けるのはぼくらである定めだし、地球にとってはそんなことは痛くもかゆくもない。

それは惑星としてのひとつの通過地点に過ぎない。

やがて人類が消滅した後もこの惑星は自分なりの歴史を刻んでいくことになるのだろう。僕が死ねば僕の過ごした個人的には膨大といってもいい時間と経験、あるいは感動や想いや愛したものたちへの思い出は消滅する。そんなものは一切無かったことのように。それでいいのだ。地球は存在し続け、宇宙は膨張を続け、天文学的時間経過の果てにやがて消滅する。

想いを捨てれば自由になれる。それは古代インドの聖者の教えを待つまでもない真理だ。問題は「想いを捨てる」とはどのようなことなのか、どのようにすればそれを捨てて自由になることが出来るのかということだった。その答えを教えてくれたのもまたパルだった。

想いを捨てるということは、それを受け入れるということと同義だったのだ。たとえば死への恐怖を捨て去るには、死そのものを受け入れればよい。パルは生来そのように生きている。生を受けると同時に死すべき自分を受け入れて生きている。おそらく人間以外の野生動物はみなそれを当然のこととして「いま、ここに、ある」いのちを謳歌しているのだと思う。

我らの家族の一員として12年をともに過ごしてきたシベリアンハスキーのパルは、そのように僕の友であり師であり群の仲間であり続けるのだ。彼と僕とどちらがより長く生きるかは神のみぞ知ることだけれど、できることならば、僕の寿命と引き替えてでも同じだけ生きて欲しいと願っている。

雨の蓼科高原ピラタスの丘に、旧いジャズはとてもよく似合う。

初めて蓼科と出合った頃となにも変わっていない。変わるのはひとだけだ、僕を含めて。


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2007年05月06日 20:26に投稿されたエントリーのページです。

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