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2007年02月 アーカイブ

2007年02月01日

3638 信州は大雪の冬に

曇り 気温:最低 - 10℃/最高 - 5℃

ピラタス蓼科スノーリゾートは積雪120センチ

ピラタスの丘の上空には終日黒々とした「雪雲」がどっかりと居座っている。降りそうで降らない。いつ降り出しても不思議はない状況で、天気概況でも雪の予報が出ている。あ、ピンポイント予報を見てもこれはわからないはず、標高1700mを超す山岳部の天気は予想しがたい部分が大きい。いまここにいるものが空を見上げるしかないという部分が大きいのだ。

いずれにしてもこれから週末にかけて1回から2回の積雪があることは確かだろう。ピラタス蓼科スノーリゾートは積雪120センチと報告されているけれど、じっさいはそれ以上の積雪のある部分が多いと思う。となると数年に一度の大量積雪ということになる。信州では「雪不足どころか大雪の年になっている」のだ。とはいえ今週末はクルマでの走行が億劫(おっくう)なほどの大雪はなさそうだ。

この写真はピラタス蓼科スノーリゾートの雪景色だけれど、これを撮影したスタッフの方は「まるで森が無言の自己主張をしているように感じる」と撮影時の印象を記している。素晴らしい感性だと思う。

じつはピラタスの丘に暮らすぼくらも、そのように感じることがよくある。意識を同調すると、じつは自然はぼくらにじつに様々なことを語りかけていることに気づく。大切なのは意識を向け、耳を傾けるという習慣だ。それは壮大な独り言かも知れない、あるいは個別のつぶやきかも知れない。

ラジオのチューナーで選局するときのように、慎重にその波動を探るのだ。最初は困難かも知れないが、そのうち慣れてたやすくその波を捉えて同調することが出来るようになる。そっと目を閉じて耳を澄ますだけで、自然の声が聞こえてくる。それを感じることができる。


積雪の森を散歩、至福のエクササイズ

久しぶりにシベリアンハスキーのパル君と散歩に行ってきた。一昨年腰痛を発症して以来、夏の繁忙期以外はほとんど奥さんが彼の散歩につきあっているのだけれど、腰の具合が良いときにはぼくが行くようにしているのだ。なにしろ体調120cm、体重33kg、全身筋肉のマッチョな大型犬なのだ。

彼の身体はこのような気候、このような雪と氷の世界にもっともふさわしくできている。だからこの季節はパル君にとっては1年で最高の季節なのだ。積雪路や凍結路そして急勾配の坂、どんな地形でも彼はずんずん進んでいくことが出来る。

足の指が長く、踏ん張るとそれがぐっと広がって「かんじき」のように雪に沈むのを防ぐ。しかも肉球の周りや指の間にまで長い毛が生えていて雪の付着を防ぐようになっているのだ。爪は常に鋭く長く、スパイクのようにしっかりと氷を捉えることが出来る。

体毛もダブルコートになっていて、雪のつきにくい剛毛の内側には羽毛のように暖かなフェルト状のふわふわの細い毛が密集している。氷点下20℃以下でも雪の上でぐっすり眠れるわけだ。そこには力強い「野生」が宿っている。

もともとソリ犬としての歴史を持つ犬種だけに、この季節の持久力は無限とも思えるほどだ。そんな彼の散歩は1kmやそこらではすまないから、標高差が100m以上あるペンション村をぐるっと一周するのが習慣だ。その距離はおおよそ4kmほどか。30分間は早足でおつきあいすることになる。

しかもこの季節はアイスバーン対策に stabilicer(TM) というスパイクをスノーブーツの上に装着しているので、まるでスキーブーツを履いたように重い。これはもう立派なエクササイズだ。空気も20%も薄いから、文字通りの高所トレーニングでもある。

ということでパル君の散歩につきあっている限り運動不足ということにはならないわけだ。したがって、奥さんはすこぶる健康で体力も維持できている。ぼくは腰痛以来(散歩を休み気味だったせいで)体力が落ちている。今後は積極的にパル君に運動を手伝ってもらおうと思う昨今だ。

※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイ の許諾を得て転載しています。

2007年02月02日

3639 個人的な想い

晴れ 気温:最低 - 15℃/最高 - 7℃

ピラタス蓼科スノーリゾートは今週末がベストかも

今日の午後4時頃のピラタス蓼科スノーリゾートのゲレンデの写真です。スタッフの方の撮影です。積雪は120cm以上でロープウエイ利用のヒョウタンコースもカモシカコースもすべてのコースが滑走可能、パウダーゾーンもたくさんあります。雪質は完璧なパウダーで最高です。雪質に関しては今週末が今シーズンではベストのコンディションになりそうです。これからどんどん暖かくなってきますから。

しかし今日に限っていうなら、最低気温が氷点下15℃とこの冬一番の冷え込みになりました。最高気温も氷点下7℃と上がらず、暖房を入れないと館内も氷点下になるほどでした。それでも、年々暖かくなってきていることを実感します。たぶんこの冬も氷点下20℃まで冷えることはないでしょう。

まちがいなく暖冬化は世界規模で進行しています。


ホームページを個人的に運営する意味

それはそうと、このサイトは「ペンション・サンセットのホームページ」であると同時に「オーナーである僕の個人的なサイト」でもあるというところが、他のペンションのホームページと決定的に違うところなのかも知れない。先日のエントリーで「ホームページは広告だ」ということは「イエス」であり同時に「ノー」であるとしか言えなかったのはそのような事情による。

また最近の他のペンションのようにホームページをプロに制作運営委託するということができないのも同じ理由による。というか、単純に僕がそう決めてしまえばいいだけの話なのだけれど、そうなるとこれまで10年以上がんばってやってきたことはいったいなんだったのか、という問いに僕自身が答えなければならない。

僕にとってホームページ(ないしはウェブサイト)の評価は、単純に「どれだけ集客に結びついたか」という指標だけでなく、「どれだけお客様と心が通ったか」ということがとてもとても重要なのだ。じつに青臭い考えだとは思う、それでもこの想いをつないでいきたいと想っている。

そうだ、そうなのだ、これは「個人的な想い」の問題に過ぎない。経営者として判断するならば、こんな大変なことからは早々に手を引いてプロにまかせてしまうほうが、集客の面からもずっと効果的で効率的だと想う。

昨年12月に特に個人的なコンテンツである「蓼科高原日記」をブログ化してホームページ本体と分離したのはそれなりの解決策の方向性だった。ホームページはペンションの集客により最適化していく、ブログは個人的なコンテンツとして(ただし、ペンション・オーナーとしての立場を忘れずに)並立していく。

このかたちはペンションの成り立ちとよく似ていると思う。ペンションは単なるハードウエアとしての宿泊施設ではなく、経営者たるオーナー夫妻ないしはオーナー個人の個性や雰囲気と密接に結びついて初めて成立する宿なのだ。

だから僕はなにがあっても日記を書き続けている。10年余、一日も休まずに。


※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月03日

3640 サンセット=夕暮れ

晴れ 気温:最低 - 17℃/最高 - 5℃

今日も夕暮れ(サンセット)が美しかった

昨日は氷点下15℃、今日は氷点下17℃と立て続けに「厳冬期」なみに冷え込んだ。実際今朝の気温はこの冬一番の冷え込みだった。厳冬期はもう終わったと想っていたのに、ずれ込んだのだろうか。しかし陽射しは2月そのもので、太陽が再び力強くその熱エネルギーを地表に届け出した。だから、ゲレンデは気温とは裏腹にとても暖かく感じた。ハロゲンヒーターよりもカーボンヒーターよりもやっぱり太陽だね。

今日の写真(写真右)はピラタス蓼科スノーリゾートのスタッフの撮影になるロープウエイから見た縞枯山(しまがれやま)の夕景だ。こんなにも美しい情景がいつものようにぼくらのすぐ隣で展開しているのだ。しかしこの写真を撮影するためにはロープウエイの関係者にならなくちゃダメかも。だって、この時間にロープウエイに乗れるのは関係者だけだから。

坪庭から夕景を撮影することは可能だけれど、撮影を手早く済ませて日が暮れる前にすぐ近くの縞枯山荘(山小屋)に駆け込まなければならない。真っ暗になってしまったらそれこそ遭難して命にかかわるから。これは本当のことなので、くれぐれもご注意願いたい。

ペンション・サンセットから見た夕景も今日は格段に美しく、夕食時にお客様も口々にそのことを語っていらしたほどだ。ちょうどこんな感じ(写真左)の夕暮れだった。夕陽や夕焼けを撮影するためには条件を研究して待ちかまえて撮るか、僥倖(ぎょうこう)にかけて出合い頭にとることができるかの二者択一だ。僕の場合ほとんど後者(幸運にかける)なのだけれど、シャッターチャンスはほんの数分、いや場合によっては本の数十秒しかない。

ピラタス蓼科スキー場の営業終了間際にも夕陽を正面に見ることができ、それはそれは美しい情景だ。特にこの季節、気温が急激に下がってダイヤモンドダストが降ったりすると、夕陽を透かしてみるそれは夢のような世界を感じさせるに充分だ。これほどまでにヨーロッパ的な大自然の存在感を感じさせるスキー場は数少ないと思う。これは個人的な感想なのだけれど。

※今日の1枚目の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月04日

3641 ピラタスのモーグルバーンが滑りごろ

晴れ 気温:最低 - 9℃/最高 - 2℃

ピラタス蓼科のモーグルバーンの季節です

知る人ぞ知る、人気抜群のピラタス蓼科スノーリゾートのモーグルバーンがとても良い感じに仕上がっています。パウダーなのでかりかりになってもいないし、そんなに深くえぐれてもいません。好きな方が見たら血が騒ぐような写真を撮ってきましたので掲載します。滑走者は「不明」ということでよろしくお願いいたします。というか、ご協力いただいて撮影させていただいたようなものなのです。ありがとうございました。

きょうも氷点下10℃近くまで冷え込んで、終日氷点下の一日になりました。この冬は初積雪以来ほとんど全日終日氷点下なので、雪質は最高です。掘っても掘ってもパウダースノーが出てくるという理想的な積雪になっています。ピラタス蓼科スキー場では平均積雪が120cm以上と平年より遙かに多い状況になっています。


これだけ聞くと、なんだかものすごく寒そうに感じるかも知れませんが、さすがに2月ともなると気温は低くても太陽が強烈さを取り戻してものすごく熱い陽光をぼくらに送ってくれるのでとても温かく感じるのです。ということで、今日は最高のスキー、スノーボード日和になりました。

たくさんのお客様が思う存分この大量積雪した最高のパウダースノーを堪能したことでしょう。今週末は3連休になりますが、2月10日(土)はほぼどこの宿泊施設も満室になっています。第一候補を2月11日(日)に切り替えてお宿探しをなさることをおすすめします。ペンション・サンセットもまだ若干お部屋に余裕があります。

みなさまのお越しを楽しみにお待ちしております。

2007年02月05日

3642 文章がウェブから消える日

晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 3℃

ピラタス蓼科は積雪120cm抜群のコンディション

今日はまるで2月そのもののお天気だった。まあ、確かにもう2月上旬なのだけれど。数ヶ月ぶりで最高気温がプラス3℃になった。強烈な陽射しに(高気温のためではない)屋根の積雪がどんどん溶けて、がらがらどすんという轟音とともに落雪を繰り返した。

クルマの屋根に積もった雪も除雪したテラスの手すりもすっかり乾いた。それでも雪景色であることに変わりはない。2月はまだまだ雪と氷が勝っている季節なのだ。春は4月までやってこない。たまさか今日はこんな陽気だったが、いつ寒の戻りがあっても不思議ではないし、いつ大雪や吹雪がやってきてもそれは自然なことだ。

ピラタス蓼科スノーリゾートのスキー場は今日も最高のコンディションだった。個人的にはスキーやスノーボードは氷点下の冷気の中でこそ楽しみ倍増と思っているので、こう温かいといささか腰が重くなるところがあるのだけれど、一般の方には今日の陽射しの暖かさはとても快適だったと思うのだ。積雪120cm、すべてのコースが全面滑走可能になっている。ひさしぶりにコース概況の図版を掲載する。


やがて文章はウェブから姿を消すのだろうか

そういえば、ウェブでこんな記事を読んだ。テキストによる情報伝達手段としての起源を持つウェブの世界だけれど、昨今しだいにウェブ上で長い文章を読むひとが少なくなってきているのはなぜだろうという記事だ。

ある種のブログにその傾向の極限の姿を見ることができる。写真と(あるいは引用文と)それに対する短いコメントだけというブログ。「文章」の無いブログ。極端な例では「文」そのものが全く無い、絵文字のような「物事に対する反応を表現したグラフィック」を貼り付けただけのブログなどなど。

それはそれでも良いと思うのね、個人的には。ぼくだって勝手気ままにやっているわけだから。しかし、自分の立ち位置とか見解とか意見とか、そういったもののないコンテンツっていったい何なのだろうとも思うのだ。別に文章を書かなくたって良いけど、写真や絵だけでも充分伝わるものはあるとも思うけれど、そういうものの一切ないブログなりウェブサイトなりがあるということはシュールだ、少なくともぼくにとっては。

ぼくにとって文章を書くということは考えることと同義だからだ、たぶん。

まあ「黙示録(もくしろく)」のようなブログがあったとしたら、ものすごく魅力を感じちゃうのだけれど。自分で始めたいくらいだ、もしその能力があったならば。いずれにしても、文章がウェブから消える日がやってきたならば、それはぼくにとってはものを考えることの出来る最後の日になるのだろうと思う。


※今日の図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月06日

3643 沈黙は聞くことが出来る

晴れ 気温:最低 - 6℃/最高 3℃


雪道荒れる 強烈な陽光

これが今日のキーワードだ。このようなメモから今日の日記を書き起こしていく。まず写真をアップロードして、写真にインスパイアされて書き綴る場合ももちろんある。どちらがどれくらいの比率になるのか定かではないけれど。

今日は前者のケースに当たる。さて、今日は昨日と同じ最低気温、最高気温になった。天気は晴天で、いよいよ陽射しが強烈になってきた。その熱量は半端ではなくて、氷点下の気温でも輻射熱の出やすい面の積雪はどんどん溶け始めた。

屋根からの落雪は昨日同様激しく、ほとんど落ちてしまった。道路は積雪の少ないところはほぼ乾燥路面になり、積雪の厚い部分はもこもこの悪路になった。それを見計らって除雪車が雪を道路から押し出してくれたので、その後はかなり状況が良くなった。

予報では金曜日夜あたりに雪が降りそうとのことだから、週末には道路は再び冬らしい積雪路になると思われる。くれぐれもまだ2月上旬なのだということを忘れずに、タイヤチェーンなどの準備おこたりなきよう。


沈黙は聞くことが出来る 責任は夢の中から始まる

それはさておき、我が敬愛する作家、村上春樹の「海辺のカフカ」を読み返している。もう何度目になるのだろうか。深夜、作中に登場して読者の間で話題になった100万ドルトリオによるベートーベンの「大公トリオ」を聴きながら読む。この難解とも言える作品を読み解くことが自然に出来るようになった気分になる。

ここが里ならば、「なにもかもが寝静まった深夜」と書くところだけれど、ここは標高1800mにせまる亜高山帯なのだ。自然は決して眠らない、都会が眠らないというのとまったく異なった意味において。

野生動物はそのほとんどが夜行性なのだ。だから我が家の夜警担当のシベリアンハスキーのパル君も、時代劇で武士が刀を肩に立てかけて壁にもたれて仮眠するような感じで、夜間は半分起きているのだ。そして、我々が起床したのを確認してから爆睡する。

ここは静かなところだ。その印象と実感は13年暮らしたいまでも変わらない。日中でも耳の奥からきーんという音が聞こえてくる。深夜ならなおさらだ。「海辺のカフカ」でも山奥の小屋で主人公の少年が聞く「沈黙」はこのようなものだったのだろう。第15章の終わりに彼は語る。

「沈黙は耳に聞こえるものなんだ。ぼくはそのことを知る。」

それはここではあたりまえのこととして体験される、最初は新鮮な発見として、その後は感動的な日常として。そんな環境の中で日々を送り想いを巡らしているとイェーツの言葉もまた自然に心を打つようになる。体質が変わるのと同じように、こころも変わるのだ。

「夢の中から責任は始まる。(In dreams begin the responsibilities.)」

想像力のないところに責任は存在し得ない。想像力がなければ、その人間にはなぜそれが罪なのか永遠にわからない。

「なぜ人を殺してはいけないのか?」

そのような種類の殺人者は「夢」を見ることはないのだろう、たぶん。想像力のないところに夢はなく、責任も始まることはない。

2007年02月07日

3644 3連休はスキー場がにぎわいそうです

晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 -1℃


今週末は各スキー場とも大いににぎわいそうです

この写真(右)は先週末のピラタス蓼科スノーリゾートのリフト乗り場の様子ですが、今週末は3連休とあってこれよりもう少し混雑しそうです。ロープウエイは最大10分間隔で100人ずつ搬送できるので、ロープウエイ利用の方がゆったりとした気分で楽しめると思います。

無料大駐車場が500台収容可能ですが、午前10時を過ぎると満車になるかも知れません。いずれにしてもこの3連休は「特別」ですから、ある程度の混雑は覚悟が必要です。というのも、じっさいは十分な(平年並みの)積雪があったにもかかわらず、東北地方の「雪不足」報道にまどわされて、年末の予定を2月に延期したお客様が多いからです。

宿から離れたスキー場に向かうのは特に2月11日(日)に関してはかなりリスクをともないます。駐車場が満車で、入場できない可能性が高いのです。ご宿泊のペンション等の最寄りのスキー場をご利用になるのがもっとも合理的で、快適かと思います。これは経験則です。

ゆったりとした気持ちで、存分に信州の良質の雪を楽しんでいただければ幸いです。殺気だってもなにも変わりませんし、だいいちちっとも楽しくないですから。そうした点からもピラタスのロープウエイ利用のコースをゆっくりと滑れば、気分爽快になること間違い無しです。


モーグルバーンはかなりハードになっています

テクニカルバーンのモーグルコースは当初よりかなり深く掘られた状態になり、だいぶハードな状況になりました。茅野市スキー連盟モーグルチームの話しでは、近々作り直すとのことです。でも、生粋のモーグラーにとってはこれぐらいハードな方が、かえって歯ごたえがあって楽しめるかも知れませんね。

特に今週末はギャラリーも多そうですから、ここは腕の(脚の?)見せ所かも知れません。

今週は木、金、土と夜間あるいは午後からの積雪予報が出ています。大雪にはならないかも知れませんが、新雪をたくさんのお客様に楽しんでいただけそうです。


※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

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2007年02月08日

3645 自然というのは、ある意味で不自然なものだ

晴れのち曇り夜半より雪 気温:最低 - 10℃/最高 - 1℃


自然の中でひとりぼっちで暮らすのはたしかに素晴らしいことだけれど、そこでずっと生活し続けるのは簡単じゃない。

理論的にはできなくはないし、じっさいにそうする人もいる。しかし自然というのは、ある意味で不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的(いかくてき)なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。だから僕らはとりあえず街に戻る。社会と人の営みの中にもどっていく。(村上春樹「海辺のカフカ」)

作中で「大島さん」が語るこの一節に出合ったとき、これはぼくのことを語っているのではないかと錯覚しそうになった。これまで何度もこの部分を読んだはずなのに、今回初めて「発見」したように感じるのはなぜなのだろう。今回初めてこの一節がぼくの心の扉をたたいたのかも知れない。

文字通り「ひとりぼっち」で暮らすのは確かに素晴らしいけれど、ずうっと、というのはどうだろう。それが容易かどうかはひとによるかもしれない。タイミングや生き方によるかも知れない。また、誰かと一緒に暮らしていても「ひとりぼっち」ということはあり得る感情でもある。

スタンスとして、あるいはぼくは「ずっとひとりぼっちで暮らしてきた、この13年間」というべきなのかも知れない。そして「自然というのは、ある意味で不自然なものだ」という一見逆説的な言葉も体験的には共感できるものだ。同時に「安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ」ということもよく知っている。

初めてこの地を訪れたひとが感じる「なにか違和感のようなもの、あるいは畏れ(おそれ)のようなもの」とはじつはそのようなものなのだ。すぐに安らぎの世界に入っていけないとすればそのためだ。しかし早々に、安らぎと癒しの中で自然への畏敬を抱くようになっている自分をそこに発見することになるだろう。大切なのは心を開いて自然に向かい、身も心もゆだねることだ。

それがわかるのは、ぼくが「ここ」に13年間暮らしてきたからだ。蓼科の山岳部に当たる北八ヶ岳ピラタスの丘にまるで仙人のように身を置いてきたからだ。「人生とは、好きな土地で好きなひとやものや犬とともに暮らすことだ。」とある作家は書いた。結果を見ればこの言葉がぼくをここに導いた。

じっさい、ぼくは好きな土地で、好きなひとやものや犬とともに暮らしてきた。ここは「自分の居場所」であり、この地の自然はぼくを癒し、導き、教えてくれた。同時にぼくは改めて人間の無力さを思い知らされ、本来持つべき自然への畏敬を抱くようになった。

太陽や月や星の巡るのを感じながら生きることを学んだ。森の時計にシンクロナイズして暮らすことを学んだ。自然の理(ことわり)としての生と死、そのシンプルな「原理」あるいは「おきて」とでもいうものを教えられた。

同時に、自然の与えてくれる「安らぎ」のなかにひそむおどろおどろしいほどの「威嚇的ななにか」を感じることも出来るようになった。それを「野生の気配」と呼ぶべきかも知れない。それに耳を傾け全身全霊で感じることが、いまではできる。そして、野生動物や原生林の樹木や植物のほかにも、森にはじつに様々な存在があることを知る。

それを「森の精霊」と呼ぶことにやぶさかではない。なにかがそこにいて、あるいは僕らを取り巻いていて、ぼくらの理(ことわり)とは無関係に存在している。それは神でも仏でもないなにかであり、ぼくの知る限り一切の悪意とは無関係ななにかだ。それはただ善意に満ちてそこにある。その善意を受け入れることが森で暮らす極意なのかも知れない、けっこう難しいことなのだけれど。

2007年02月09日

3646 ピラタス蓼科は積雪120cm、全面滑走OK

曇り夕方から霙(みぞれ) 気温:最低 - 10℃/最高 3℃

ピラタス蓼科は積雪120cm、全面滑走OK

朝から曇り空だったが、時々晴れ間も見ることができた。最低気温は低かったが、日中の陽光は強烈で、道路の雪は溶け出してゆるみモコモコしたわだちをつくった。まるで3月下旬みたいな感じだ。とにかく異様に気温が高い「印象」なのだ。

「印象」と書いたのは、じっさいの気温はごく普通の2月の気温だったからだ。最高気温3℃でしかも曇りがちにもかかわらず、こんなに大きな熱量が地表に届くというのは異様な経験だった。これが最高気温10℃で快晴だったらわからなくもない。

昨日まで最高の雪質だったペンション・サンセット周辺の積雪も、かさを減らしてパウダーっぽさが減じてしまった。しかし幸いゲレンデはまた別のコンディションがあって、雪質の変化は最小限にとどまっていた。特にロープウエイ利用のコースの標高の高い部分はまったくといって良いほど影響を受けなかったと思う。

まあ、これで滑走当日に気温が下がればまたもとどおりのベストコンディションにもどることは経験的にわかっているから、そんなに心配はしていない。

幹線道路はほとんどウエット路面になっている。これは本来雪が溶けない気温でも融雪剤(塩化カルシウム)散布によって強制的に溶かしているからだ。したがって、この「水」は海水よりも濃度の高い「塩水」なのだ。釈迦に説法かも知れないけれど、お帰りになったらコイン洗車場の高圧洗浄機で愛車の下回りをよく洗浄することをおすすめする。

ご注意いただきたいのは、幹線道路はそんな様子でも、一歩脇道にはいるとピラタスの丘ペンション村に限らずどこもいきなり「氷雪路面、積雪路面」になっているということだ。これは自然保護のために可能な限り融雪剤を撒かないようにしているためだ。森の植物や高山植物にとって塩化カルシウムは毒以外のなにものでもないから。

いよいよ明日から楽しい3連休に入る。楽しいと同時にGW同様、スキー場やそこの向かう道路はそれなりに混雑が予想されるので、くれぐれも気持ちに余裕を持って安全第一でお越しいただければ幸いです。また、決して「殺気立たない」こと。楽しい旅行が台無しになっちゃいますから。これは殺気立ちやすかったかつてのぼくの自戒の言です。(^_^;)


※今日の滑走エリアの図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月10日

3647 たくさんのお客様で華やぐスキー場

未明まで雪、その後晴れ 気温:最低 - 4℃/最高 3℃

3月なみの陽光の下、華やぐスキー場

ピラタスを始めとして各スキー場とも大変な賑わいを見せた。やはり「雪不足報道」の影響で(じっさいは信州には平年並みの積雪があった)、年末年始のスキー計画をこの連休に延期したお客様が多かったためではないかと推察される。じっさい、ここ数年でもっともにぎわっているのではないかと感じている。

右の写真はピラタス蓼科スノーリゾートの今日の午前中の写真で、リフト待ちはそれでも3〜5分待ちだったとのことだ。左下の写真もスタッフの方による写真だが、昨夜からの降雪でこんな感じで樹氷が綺麗についた。今夜も雪が降る予報なので明日も良い感じになると思うとのこと。

ということで午前中と午後陽射しが弱まってからのピラタスはとても良い感じだった。

しかし正午近くなり陽射しが強くなると、雪質は標高の高い部分は完璧なパウダーだったが、標高の低い部分は正午を挟んだ4時間ほどは水気が出たシャーベット状の部分も出てきた。だが、よく観ると雪の結晶は崩れていないので、これでまた冷え込みがきつくなれば回復してパウダーコンディションにもどる雪となっている。

さっきも書いたけれど、明日未明には若干の積雪の予報が出ているので、明日はもう少し良い感じになると思う。それにしても、一昨日から今日にかけてのこの異常な熱波(?)はなんなのだろう。気温は平年の2月と何ら変わらない低温なのに、この強烈な陽光によって雪が3月みたいになっているのだから尋常ではない。

今夜の冷え込みと積雪に期待したいと思う。


ブログってなんだか裸で街を歩く感覚なんだ

それにつけても、ブログというこのシステムはやはり古来の(?)Web Logに比較すると、まったく異なるカテゴリー、まったく異なる概念のもとに存在するのだということを実感する。自分のホームページ(Web Page)の中で日記ないしは日誌のようなものを書いているときには感じたことのない「丸裸になったような感覚」を日々体感する。(ちゃんとした服装をしているのに)まるで全裸で街を歩いているような気分になってくる。

ホームページで書いているときは心地よくなじんだ自分の部屋で書き物をしている感覚だったのが、ブログの場合はどこか「パブリックな場所」で誰かに向かって語りかけているような気がする。とにかくものすごく「パブリック」な感じなのだ。公式見解を述べているような感じであって、これまでのような「ひとりごと」ではすまされないようなある種のプレッシャーを感じるのだ。

これは気のせいなのだろうか、個人的な特異な感覚に過ぎないのだろうか。それとも誰もが感じていることなのだろうか、浅学寡聞(せんがくかぶん)にしてぼくにはわからない。


※今日の写真は2枚とも(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月11日

3648 寒の戻り。あ、そういえばもうすぐ10年。

雪のち晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 3℃

ピラタス蓼科スノーリゾート記録的入り込み

風があって寒い本来の2月の天気。朝方はかりかりのバーンの上に新雪が載った二層構造状態だったが、昼頃からなじんできて快適に。リフトはもとよりロープウエイもものすごく混んで、ピラタスロープウエイのひとがこんなに混んだのは開業以来初めてだといっていたとのこと。

それでも、リフト1時間待ちなんてことは全くなかった。ロープウエイも混雑時には10分間隔で運行されるのでこちらもめちゃくちゃ待たされるということはなかったと思う。そこがピラタス蓼科スノーリゾートのいいところだ。

今日が昨日以上に混雑したのには理由があって、昨日から滞在しているお客様に加えて今日ご到着のお客様がゲレンデに出たということなのだ。だから今日がこの連休の混雑のピークということになる。明日はぐっと落ち着いた感じになってくると思われる。

天気概況によれば、今週は本来の2月の気候に戻り冷え込みの厳しい日が続きそうだ。3連休直前の異常な暖かさ(というか気温は普通なのだけれど陽射しが強烈だった)は一時的なものに終わりそうだ。ということで、2月のスキー場は2月のスキー場らしさを取り戻す。

連休の超繁忙期を乗り越えたぼくは本来のグータラしたぼくらしさを取り戻す。


やっぱりブログと「日記」とは違うようなのね

昨日、ブログを書いているとなんだか裸で街を歩いているような気分になってくる、というようなことを書いた。これは本当にそのとおりで、いったいこの無防備感はなんなのだろうっていうほどだ。自分の城で好き勝手なことを言っているという感じではないのだ。サテライトスタジオで公開放送をやっている感じに似ているかも知れない。

それはそうと、ぼく自身はこの日記を「ブログ」だとはいまだに考えてはいない。たしかに「ブログシステム」は利用しているけれど、それはCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)としての潜在性に魅力を感じているからだ。

それと始めてみてわかったことなのだけれど、Web Page(ホームページ)にその独自の世界があるのと同様にblog(ブログ)にはブログ界とでもいうべき別カテゴリーのウェブワールドがあるということにも魅力を感じる。同じキーワード検索でも、ウェブ検索とブログ検索とではかなりニュアンスが違う結果が出てくる。そこが面白いと思う。

このコンテンツ、すなわち「蓼科高原日記」はそうした意味からも、Web版とblog版とを並行運用していくつもりだ。

あと2日で3650回目を迎えるこの日記は、めでたく(?)満10周年を迎える。よくもまあ、書き続けてきたものだと思う。雨の日も風の日も雪の日も日照りの日も、高熱にうなされている日も、ぎっくり腰で伏せっている日も、片手を怪我して左手しか使えないときも、目を怪我してほとんど見えなかったときも、とにかく書き続けてきた。こんなことはぼくの人生で唯一のことだ。ぼくは典型的な「三日坊主」のひとなのだ。

ある意味、ちょっと、感無量かも。

2007年02月12日

3649 ひとそれぞれの神

晴れ 気温:最低 - 10℃/最高 - 1℃

神はなにも語らずなにも指し示さない。それは神の仕事ではないからだ。したがって、宗教の起源はマハリシ(偉大なる観者)の直感であり、宗教の体系はその後を引き継いだ偉大なる聖者のインタープリテーションである。宗教をひとを操る道具にする輩は古来より存在し、それは権力者でありテロリストでありペテン師であった。いつの世でも変わらないのはイノセントな民衆の深い信仰心だけだ。

釈迦が得たのもそれであり、モハメッドが達したのもその境地であり、キリストが語ったのも(いささかメタファーが多いが)その世界である。アニミズムや山岳信仰などの原始信仰と宗教との決定的な違いはそこにある。神のお告げを受けたなどと言うイノセントな体験ではなく、始祖あるいは教祖と呼ばれるかれらは確かにそこに行ったのだ、その境地に達したのだ。

しかし彼らといえども「神」に会うことはかなわなかった。神の思惟する世界に触れたに過ぎない。しかしそれは偉大な業績に違いなかった。そして現代において我々はその恩恵に恵まれ、あるいはその災いに見舞われているわけだ。どちらにしてもそれはわれわれの責任であって、神には関わりないことではある。

同じ境地に達しながら異なった教義を唱えると言うことには蓋然性がない。それは後世に変質(ローカライズ)していったものと考えるのが妥当だと思われる。神が唯一無二であるならば、「聖戦」とよばれるような宗教戦争などありえない。宗派が異なるというだけで殺し合うなどという所行は、すでに神の世界からほど遠い愚かな人間の営みに過ぎない。そのことに神は一切関わりない。

だからぼくは宗教は信じない。しかしぼくは「神」を信じている。唯一無二の神を、この世界の成り立ちを。この世界があるということそのものが奇跡であり、神の存在証明である。だから、物語として奇跡を語る宗教をぼくは信じることが出来ない。そのような奇跡は神のなせる業などではなく、純真なひとびとの信仰とその想いが実体化した出来事なのだ。神は我々の世事には一切かかわらない。それは神の仕事ではない。

ひとそれぞれの神を、宗教を信仰するのはじつに自然なことだから、ぼくはひとのことには一切かかわらない、当然のことだけれど。これはぼくにとっての神のはなしに過ぎないのね。

2007年02月13日

3650 ほぼ10周年記念日

晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 2℃


蓼科の10年間が凝縮された日記

「蓼科高原日記」は、ほぼ10周年記念日を迎えた。気づいてみれば今日でこの日記は3,650日目を迎えていた。閏年(うるうどし)があるから「ほぼ10周年」ということか。あっという間のような気がするけれど、バックナンバーを読み返してみると遙かな道のりだったことを改めて実感する。感無量というか、ふ〜、なんだかとっても疲れたというか、充実感というか、いろんなものがごったまぜになって、自分でもよくわからない。

ここまで書いたところで本当にどっと疲れが出て、もう起きていられなくなってしまった。3時間ほど眠っただろうか、夢のない眠りだった。その時間だけすっぽり人生から抜け落ちてしまったような深い眠り、いや、というよりは「無」だった。まるで生まれ変わったような感覚がある。同時にすべてがリセットされ、あらゆるメーターがゼロを指している。

象徴的な夢は見なかったけれど、これは象徴的な感覚なのかも知れない。またすべてを一から始めることになるのだと。いまやビジネスにも、ウェブにも先行者のプライオリティーなどない。新規参入者の方がむしろ有利かも知れない。新たな10年にむかって積極的にリスタートするしかない。



蓼科をピラタスの丘を愛している

真夏のような満天の星空に驚いた。冬の夜空は星座が寂しく感じるものなのだけれど、今日はいつもと違っていた。まるで8月の空のようにゴージャスなのだ。寂しげで怜悧な光を放ついつもの冬空とはほど遠い。ときおり流星が燃え尽きるのが見える。すぅっと流れてきて、ぼわっと燃え尽きるその瞬間、まるで稲光のような強烈な光を放つ。見逃すはずがない。

氷点下8℃、手袋を忘れたので両手の感覚がほとんど無くなっている。共に歩く愛犬パルはずんずんアイスバーンを突き進む。アイスバーン用に特化されたクリート(スパイクのようなもの)を付けたソレルのカリブー(革製のスノーブーツ)はまるでスキーブーツのように重い。しかしこれでないとまともに歩くことは出来ないのだ。

日常生活でも、カナダやアラスカで常用される衣服や靴などをよく利用する。米国のアマゾンのサイトやREIのサイトで購入して個人輸入するしかないのがちょっと面倒だけれど、耐久性も機能も申し分なくなによりもじっさいに使って信頼できるアイテムばかりなのだ。

そういえば、アイテムではないけれど、愛犬パル君もアラスカからやってきたおじいさん(スノーマン)、日本で生まれたお父さん(スノーファイティング)を持つシベリアンハスキーだった。

ことかように肉体的には過酷なところもある、それが自然の中で暮らすと言うことだ。しかし、ぼくもパルも蓼科を、ピラタスの丘を愛している。ここ以外に暮らしたい場所はない。

2007年02月14日

3651 静かな一日

雪のち雨 気温:最低 - 7℃/最高 3℃

東京では初雪の前に「春一番」が吹いたのは観測史上初とのことですが、ピラタスの丘でも「春一番」と思えるような強い風が吹きました。ペンション・サンセットの正面から雨が吹き付けてまるで冬とは思えない一日になりました。朝のうち雪が降り霙(みぞれ)に変わりそして雨になったのです。唯一冬を実感させるのはこの気温だけでしょうか。

とても静かな一日でした。それはぼくの内面的な条件がそう感じさせるのか、本当にそうなのかさだかではありません。まあ、それでなくてもここは静かな場所ですから、それにすっかり慣れてしまったぼくが「静かだ」というほど静かだったのでしょう。

耳の奥からきーんというあの静寂の音が聞こえてきます。今日ぼくはひたすら眠りました。昨日この日記がちょうど「ほぼ10年」を迎えたことを認識して以来、急激な睡魔と疲労感がぼくを捉えたのでした。ただただひたすら眠りこけた一日でした。そしていま「再生」した、いや、「蘇生」したといったほうが当たっているかも知れません。

人生にはまだまだ「つづき」があるのです。いつ「突然」終わるかも知れないのですが。まあそういうことで、この日記は生きている限り書き続けようと、そう思うわけです。そういう意味では自分のために書いているということなのかも知れませんね。山を登るときのように、淡々と粛々と歩みを進めるわけです。

人生に関しては茫洋(ぼうよう)として展望が開けないのですが、仕事に関しては、いま計画しているのはフラッシュを利用した現在のペンション・サンセットのご案内に移行する以前の「うんちく」や「こだわり」を語った「旧いご案内」の内容をダイナミックにご覧いただけるようにブログシステムに移植しようということです。

立地、施設、料理、天然酵母パン、アメニティーなどなど、カテゴリー別にご覧いただくことも可能ですし、アップデートされた内容へのアクセスも簡単になります。なによりも最新情報を更新追加しやすくなるので、大いに「うんちく」を語りやすくなりますから。日々進化するサービス内容をタイムリーにお伝えすることが出来ると思います。

それにつけても、自分もこの10年でずいぶん「毒気」が抜けたなあと思います。大人になったということなら良いのですが、そういうことではなくて覇気が無くなったというか戦わなくなったというか、なんかそっちの方が強いような気もしないではないです。

ペンションはお客様相手の商売ですから、商業的成功を目指すならばもっと早くそうなるべきだったのかも知れません。しかし、個人的信条として(心情としても)それはできなかった。いわば「啓蒙主義」という名の折れた剣で「それはちがうだろう!」ということどもに闘いを挑まないではいられなかったのかも知れません。まるでドンキホーテですね。

そして、なにも変わらなかった、たぶん。そのことによって唯一変わったのは、ぼく自身だったのかも知れません。なにも変わらなかったこと、なにも変えられなかったことによって、ぼくは変わったのです。もちろんぼくの本質はなんら変わるところはないのですが、それにかなり近いところでなにかがカチリと切り替わったのを感じます。

2007年02月15日

3652 同時代史を語ってなにが悪い

曇りのち雪 気温:最低 - 8℃/最高 -5℃

そいういえば、いまやぼくにはまったく縁がなくなってしまったけれど、昨日はバレンタインデーだった。チョコレートは好きだけれど、僕らの世代は幸か不幸か、学生時代にバレンタインデーなんてイベントはまだメジャーではなく、その悲喜こもごもな雰囲気を知らない。最近ではクルマやメカ好きの彼のためにこんなチョコレート(写真)があるそうで、こういうのだったらいまでも欲しいかも。

期間限定でここ(http://www.rakuten.co.jp/frantz/)で売っていました。

それはさておき、10年間に閏年(うるうどし)は2回あった計算なので今日がまさに閏日を算入した10年目ということになる。じつに、10年一昔ではあるわけで、それ以上前のことをいうとまるで紀元前の歴史を語っているかのように妻に言われるのが不本意な昨今ではあります。まだそんなこといわれる歳じゃないって、ほんとに。

だったら、ビートルズだってジョン・レノンだってストーンズだってクリームだってスティングだってクイーンだって 古代史じゃないか。その時代をコンテンポラリーに体験した世代がそのことを語ってなにが悪い、なんてね、思わず切れそうになっちまうのね。

ガンダム世代の男性たちが熱くガンダムを語るのと同じこと。女性はそういうところに優しさがないというか、デリカシーが無い。何でもかんでもデリカシーがないのは男性の方みたいな言い方を(女性から)されるのだけれど、女性もおなじくらい自分が思っているほど男性がわかっていないということにそろそろ気がついてもいい。お互い「何にもわかっていない」のは同様なのだ、じつのところ。

そして女性の地位向上と、選挙における感覚的浮動票としての影響力の大きさ、そして大量消費社会における消費の主導権を女性が握っている現状とが密接にリンクしている冷徹な政治および企業戦略にしっかりと目を光らせておいたほうがいい。本物のフェミニストなんてそうそういるものではないということは、すでにご承知の通りなのだから、女性もゆめゆめ油断召されるな。がんばれ!

そしてもし少しでも余裕があったなら社会に虐げられし声なき多くの男性の苦悩にも心優しい目を向けてくれるとうれしいのだけれど。

それはそうと、今日はぐっと冷え込んですさまじい強風に見舞われ、終日氷点下の荒れた天候となりました。道路という道路、小径という小径は筋金入りのアイスバーン、氷の王国に変貌しました。その強風に舞う白いもの・・・午後遅くから雪が降り始めました。いまもずうっと降り積もっています。これはよい兆候です。

2007年02月16日

3653 ゲレンデは思っているほど悪くないです

晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 -3℃

昨日の「嵐」から一転して今日は朝からものすごい陽射しがさんさんと降り注いでいます。まるで3月の陽光のようです。除雪作業をしていてあんまり熱いのでジャンパーを脱いでしまったほどですが、風の冷たさに思わず身震いしてまた着込みなおしました。熱いのは陽射しだけで気温はなんと氷点下3℃だったのです。

今日のピラタスの丘や他の別荘地、要するに幹線道路から一歩はずれると、どこも日陰にアイスバーンが待ち受けています。それもスケートリンクのように水気の浮いたもっとも滑るアイスバーンですから、くれぐれも注意が必要です。

さて、ゲレンデですがピラタス蓼科スノーリゾートに関する限り、みなさんがお考えになっているような状況ではまったくありません!さすがにゲレンデ最下部はいささかざくざくになっていますが、それ以外は標高が高いほどパウダーゾーンへと変わっていきます。はっきりいって、悪くないですよ。2月本来のコンディションです。

すべてのエリア、すべてのコースが滑走可能です。基礎スキーヤーの方にとってもフリーライダーにとっても、そしてファミリースキーにも最適の季節になりました。雪が柔らかなので転んでも痛くないのが良いですね。(^^)

この先どうなるかは神のみぞ知るということになりますが、この気候の変遷を見る限り今シーズンは前倒しになってきているように感じます。スキーシーズンは年々(暖冬化にともなって)短くなる傾向にあるようです。集中的に滑りましょう、だってしょうがないもんね。(^_^;)

土曜日の夜から雪が降るとの予報が出ているので、日曜日は新雪が楽しめそうです。


※今日の写真および図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月17日

3654 スノータイヤはスタッドレスタイヤではないのね

晴れのち雪 気温:最低 - 3℃/最高 -2℃

雪質抜群のピラタス蓼科スノーリゾート

朝は晴れ、そのうち曇ってきて、午後4時過ぎには雪が降り始めました。どかどか降る雪ではなく、間断なく降り積もる粉雪です。予報より少し早い降り始めですが、この雪は明日の朝まで降り続くとのことです。

今日は最低気温と最高気温との差がわずか1℃しかない一日でした。お客様の感想では、ピラタス蓼科スノーリゾートは標高が高いだけあって雪質が抜群ですねとのこと。しかし、本来の2月のピラタスの雪質はこんなものではないのです。完璧なパウダー、完璧なアスピリンスノーなのですね。

しかし異様な暖冬にもかかわらずこの時期にこの雪質ならまあ「いいんじゃないの」というべきなのかも知れません。今シーズンに関しては、他のエリアではそんなに雪質が悪いのでしょうか。だとすれば、このお客様の感想も納得がいきます。僕らはいい雪に慣れきってしまっているので、意外に感じるのかも知れませんね。

それにしてもピラタス蓼科スノーリゾートのホームページに今夕から掲載された写真の www.pilatus.jp の文字はいささかセンスに欠けるとぼくは思うので、今日は掲載しません。あ、それだと日が変わると僕が何のことを言っているのかわからなくなってしまいますね。ということで許諾を得ているので転載します。ということで、ご覧の通りです。

本来的機能としては「すかし」なのですから、はっきり読めなくても良いのですから、これまでどおりのシンプルな白で良かったのではないかなと思います。この「すかし」を見て絶対に不法転載は許さないぞって言うような強い意志を感じますが、経験者として語るならば、それは無理というものです。第三者機関の「電子すかし」を利用すれば目的を達成できるのでどうしても守るべき画像についてはそうすることをおすすめします。ぼくのような個人レベルでは費用的に利用は無理そうなのですが・・・。

さて、写真はピラタスのスキースクールで大好評の「キッズ・レッスン」の様子ですが、インストラクターのお兄さんお姉さんが2〜3人という少人数クラスで「一緒に遊ぶ」ことを通して「楽しさ」を実感してもらえるコースになっています。本当に楽しいんだから!これはぼくもお客様に必ずお勧めするピラタスならではの納得の有料サービスです。


スノータイヤはスタッドレスタイヤではないのね

それと、いろんなスキー場のアクセス情報によく「スノータイヤでOK」と書いてあることがあるのだけれど、ここ10年ほど「スノータイヤ」という言葉を使ったことも聞いたこともないのでどんなタイヤのことなのかわからない。たとえば「普通タイヤ」と「スタッドレスタイヤ」というカテゴリー分けが現在のタイヤショップや業界の標準的用語になっている。

おそらく「4WD車などに標準で付いているM+S=マッド&スノータイヤ」のことを指しているのだろう。しかし、確かに現状それで大丈夫でも、勾配が7%を越えるような山岳路ではひとたび雪が降れば下り坂に関してはまったく役に立たないことは目に見えているのだから、その点にも同時に注意を喚起するべきではないだろうか、と個人的には思います。

特に昨今は4WD車でもSUVというジャンルの場合は完全なオンロードタイプのタイヤが付いているケースも多いので、なおさら誤解を生じやすいと思う。まあ「苦言」ということではなくて、そのほうがいいのではないかと感じたので、書いておくことにします。いろんなスキー場の方がこの文章を見てくれるかどうかはまったく不明だけれど。

というのも、スキー場関係者といえども山麓の街から通勤している方が大多数だから感覚的には都市生活者の方に近いわけで、年中標高1800mもの山岳地に住んでいる僕らとは経験も感じ方も違うのはしょうがないですね。僕らは勾配7%〜10%のつるつるのアイスバーンのカーブをスタッドレスタイヤのみで2kmも3kmも下るということを日常的に行っているわけで、おのずと知識量が異なっているわけです。

ということで、ペンション・オーナーの言うことには真摯に耳を傾けていただきたいとお客様にはお願いしているわけです。事故ってからでは遅いし、楽しいスキー、スノボの旅が台無しになってしまいますからね。


(注)今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月18日

3655 現象としてのぼくのダメな在り方

雪のち晴れ 気温:最低 - 3℃/最高 1℃

ぼくは存在なのだろうか、それとも現象なのだろうか。ぼくはそもそも「存在」なのだろうか、この世界の中に存在するなにものかなのだろうか。それともこの世界で生起している星の数ほどの現象のひとつにすぎないのだろうか。その現象の反映のひとつに過ぎないような気がする。サルトルの「存在と無」の議論に触れていると、どうもそんな気分になってくる。自分とはひとつの現象である、と。

まあ、議論のルーツにフッサールの「現象学」があるのだから当然なのかも知れない。意識もまた「現象」として扱うことが出来るのだ。そのことはこの書物の副題にあるとおりだ、「現象学的存在論の試み」。そのことにぼくも異論はないし、むしろぼくもそのように考える。個人的な直感としても同様の認識を持っている。少なくとも「ぼくの意識」は「現象」である、と。

ぼくは大学で実験心理学(experimental psychology)の徹底した訓練を受けた。2000人もいる文学部の同学年でたった16人の学生をその2倍の人数のスタッフが徹底的に教育するシステムの中で、受験勉強以上の学業をこなした。行動主義心理学(オペラント条件付けの仮説に基づく学習理論)、行動科学、サイバネティクス、ゲーム理論、知覚、ゲシュタルト心理学、人工知能、最適化理論、モデル構成、確率論、解析学、統計学、尺度構成、知能テストの作成と検証、論理実証主義、プラグマティズム、精神医学、臨床心理学、社会心理学、教育心理学、発達心理学。懐かしい名詞が記憶の彼方から湧き出てくる。そのすべてがいまの僕の血となり肉となってぼくという存在を形成している。当然のことながらぼくの卒業論文は「実験心理学的存在論の試み」となった。

それはさておき、ぼくは学究となり学者を目指すべきだったのかも知れない。人生に「もし」はないと信ずるものだけれど、そのことだけはとても興味がある。当時のぼくは学会とか学者の社会とかそういうものにおそらく耐えられないと考えた。それで、その正反対の極である広告業界に飛び込んだのだ。それによって自分を正反対の人間に変えることが出来ると信じて。

結果は見てのとおりだ。いま、ぼくは、ここに、いる。そこはぼくのいるべき世界ではなくぼくの居場所はしだいに限定され最後には自ら決別することとなった。まあ、ぼくに広告マンとしての才能がなかった。すくなくとも超一流の才能はなかったということは、現在のこの広告下手の現状を見れば明らかだ。燃え尽きてしまったということもあるけれど。

そのようにしてぼくは真綿で首を絞めるようにして存在を否定され抹殺されたのだ。良い仕事をする必要はない、利益の上がる仕事をしろというのが至上命令だったのだから、ぼくの仕事ぶりが評価されるはずもなかった。じつにイノセントだったのだ、お馬鹿さんだったのだ。いまならそのことがよくわかるし、よく見える。しかし時間を戻したとしても、ぼくは同じことをするだろう。

だから、もし学究となっていたとしても、その世界での成功はおぼつかなかったことと思う。ぼくはスタンドアローンで生きるべき人間として生まれついているのだと思う。利害の絡む複雑な人間関係の海を航海するすべは努力だけでは身につかない。それは持って生まれた才能のひとつなのだ。ぼくは致命的にそれに欠けていた。

そんなぼくには泥臭い営業活動は出来ない。それが最も有効な営業活動だとわかっていても、それはぼくの土俵ではないのだ。ただひたすら誠実に語りかけることしかできない。ただひたすら誠実に営業するしかない。ただ誠実にお客様に接するしかない。結局のところ、ひとは「自分の土俵で自分の相撲を取る」ほかないのだ。

ああこんなことを書くのではなかったと、いま後悔している。でも、他に書くことが出てこない以上、公開しちゃえということで。こういうことを書かないのが商売上手なペンション・オーナーの条件だというのにね。

2007年02月19日

3656 ひとりぼっちのあいつ

晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 - 1℃

ひとりぼっちのあいつ?・・・これだから日本版のビートルズのアルバムはいやなのだ。ぼくはこんな曲知らない。調べてみればなんのことはない Nowhere Man のことだとわかる。一事が万事この調子だから、日本版だと「知らない曲名」ばかりがずらりと並ぶことになる。まあ、そういう時代だったのだとあきらめて、輸入盤を選択するほか無いわけだ。

そしてこんなことを言っているぼくは、いまの若い人から見ればとんでもない古代人だと言うことになるのだろう。古代人ですが、なにか?

それはさておき、きのうはとんでもなくたくさん雪が降り、夜の間に降った雪は軽くて素敵なパウダーだったのに、夜が明けてからの雪は上越に降るような重い湿雪だった。一時霙(みぞれ)になったり雨に近い降りになったりしたほどだった。

しかし、ピラタスのゲレンデではずうっと(けっこういい)雪だったそうで、標高の高いコースでは最高のコンディションになったようですね。やっぱり暖冬には標高の高さが利いてくるわけです。お客様からも「大満足だった」というメールをいただいてほっとしています。

昨日みたいなことばかり書いていると(たぶん)みんなに嫌われると思うので、今日は書かないでおこう。そもそもああいうことを書き始めると際限なくいろんなことを思い出すので、それだけで脳細胞がオーバーヒートしてしまう。やっぱり若い頃とは違うのだと思い知らされますね。

記憶にしても索引だけはちゃんと残っているのに、その中身というか内容が記憶からすっぽり抜け落ちて蒸発してしまっていることが多いのには驚かされる。同時にちょっとショックでもある。なんだかわからないのだけれど、3650日目を越えて以来ものすごい疲労感に襲われていてどうにも回復の兆しが見えない。いったいどうしてしまったのだろう。

なんてね、じつは自分ではわかっているのだ。この日記を書くこと、毎日欠かさずに書き続けることが(少なくともぼく個人にとっては)「身を削る」作業だったし、いまもこれからもそれはきっと変わらないということが。それでもやめないのは「意地」とでもいうべきものなんだろうな、たぶん。

いつまでも「ひとりぼっちのあいつ」でけっこうだ、これがぼくの生き方なのだから。

2007年02月20日

3657 ピラタスの春は冬なのだ

曇り時々晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 1℃

か、書けない。きょうもまた、書けない。いや、正直言うと、書けないんじゃなくて、書くとまずいことばかり浮かんでくるのだ。これが私小説ならば、フィクションならば、じゃんじゃん書けるんだけれど。個人的なブログじゃあちょっとね、しかも日記だし。

で、当たり障り無いことといえばお天気の話しかないかも。朝から曇っていたけれど、しだいに晴れ間が出るようになった。しかし気温はあまり上がらず、雪も溶けなかった。これはゲレンデにとっては優しい天気でなによりだった。

午後9時頃には雲海の中に入ったらしく、窓外は濃霧状態になってなにも見えなくなった。スポットライトすらその光束は途切れてしまう。雲の粒子がありとあらゆる光を吸収してしまうのだ。残るのは純粋な闇だけだ。しかし、それはそれでなかなか感動的な体験ではあるのだけれど。

いまはもう霧は晴れているが、頭上には分厚い雲があり、雲の上から照る月の光も淡いものになっている。いつもどおりとても静かなピラタスの丘(の夜)だけれど、その静寂の中にいのちの気配を感じるようになってきた。

もうすぐ春なのだ、といっても都会のひとからみればあと2ヶ月近くは冬の気候が続く。ピラタスの春は冬なのだ。しかし、ここではここなりの春が確かにやってくる。樹木の周囲の雪が丸く溶け、木が水を吸い上げ始める。それはまさに森の胎動だ。小動物がまるで冬眠から醒めたみたいに活動量を増やす。

空の色が変わり、雲のかたちが変わり、陽射しのベクトルが変化し、熱量が増す。風のにおいが変わり、音の伝わり方が変化して、空気が柔らかくなってくる。それを感じる度にぼくは冬景色の中に新緑の春の森の幻を見る。つがいの時期を迎えていのちを謳歌する野鳥たちの大合唱を聴いたような気がする。

今夜もパルの犬舎のすぐ前を野生のキツネ(通称コンちゃん)が通って、パル君がスクランブルをかけた。もし彼が繋がれてなかったら、コンちゃんはとんでもない災難に見舞われたことだろう。しかしコンちゃんもパルが繋がれていることを知っているので、こうしてすぐ近くまでやってくるらしい。

悪意は感じられない、むしろパルに対して親密な感情を抱いているようにさえ見える。シベリアンハスキーはそんな野生のにおいを持った数少ない犬種なのかも知れない。スクランブルをかけるときでもパルは一切ほえたり声を立てたりしない。

無駄吠えもしないし、他の犬に吠えかけられても吠え返さないで無視する。そして、自分の気配を消すのがとても上手だ。そんなパルを僕らは「ステルス犬」と読んでいる。ほんとうにいるのかいないのか忘れてしまうほど静かなのだ。そして天然で、楽天家で、とってもお茶目なのだ。

そんなパルをぼくらはこよなく愛している。

2007年02月21日

3658 ペンションという宿の変化

晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 1℃

ぼくは疲れている、とっても。というか、徒労感に襲われている。こんな格差社会になっちゃったから、みんなもそうかもしれないけれど。(^_^;)

これは宿泊業および旅行業界全体の構造的問題でもあるのだけれど、ペンション業界も安売り第一の消耗戦という、仁義なき戦いの時代になってしまったからだ。見識を持って独自の道を歩み、それを評価してくださるお客様によって成立する時代は終わってしまったようなのだ。

どうせペンションなんて社会的敗者とか変わり者がやっている「安宿」ぐらいにしか思われていないのかも知れない。その認識はイエスでもありノーでもある。

それは個別のペンションの問題だからだ。しかしはっきり言っておきたいのは、社会的成功を収めた後の人生としてペンションを始めた人もたくさんいるけれど、ぼくみたいに社会的敗者となった経験があるからこそ出来る心遣いだってあるし、変わり者(?)だからこそステレオタイプではない独自の道を歩んで安らぎや新鮮な出会いやおもしろさを体験できるペンションだってあるのだということだ。

じっさい、ペンションオーナー夫妻の最終学歴は平均よりずいぶんと高いし、その子供たちの学歴も相応に高いのだ(偏差値60〜75)。職歴も一部上場以上のそれなりの大企業、特に金融やマスコミ出身者が多い。まあ、いっぽうで若いときから独立独歩でやってきたつわもの(=ひとかどの人物)も多い。ちなみにぼくは(株)電通の本社で約20年間切磋琢磨した。妻はANAのキャビンアテンダントだった。結局ぼくの方は燃え尽きてドロップアウトしちゃったけれど。(^_^;)

それ以上に、場合によってはゆうに1億円を超える開業資金をきちんと調達したことは特筆に値すると考えている。ペンションは少なくとも、1990年代に開業したぼくのような場合は、それだけの資本投下がなされているのだ。本当の意味での社会的敗者に始められるビジネスではない。

それはさておき、グローバルスタンダードを標榜する社会というのはローカリズムを否定する社会だ。金太郎飴みたいに切っても切っても同じ顔が出てくるような資本原理主義社会だ。米国発のこの「格差社会を基本とする不幸のシステム」を我が国は「輸入」すべきではなかった。

そのことは米国のノーベル賞受賞経済学者スティグリッツの著書にあるとおりだ。読めばわかるけれど、グローバルスタンダードを導入している(あるいは賛同している)国は世界中を見渡してもほんの数国に過ぎないという事実。我々は騙されているのだ。

ことかようにペンションもどこも同じようなサービス、同じような設備、同じような料理、そして同じような安売り価格へと落ち込んでいかざるを得ない現実としての流れがある。そうしないと低価格戦略に転じたホテルや大型旅館に対抗できないのだ。大型小売店の進出によって滅びてゆく地元個人商店街を見るような思いだ。

しかしそのような流れに逆らって、必死に知恵を絞り骨身を削って新しい概念、ポジショニングそしてサービスを創出しようというペンション経営者が集まっているのがペンション・サンセットのあるピラタスの丘ペンション村だと、個人的には思っている。寡聞にして他のペンション村のことは知らないけれど、同様にがんばっている経営者はたくさんいると思う。

一般論を言うなら、もうペンションなんていう概念自体が必要とされなくなったのだ、と個人的には感じている。まあ、ぼくは個人としてこの「ペンション」という「呼称」および「概念」には違和感を覚えているので、いつかそれを覆した概念を確立したいと思って日々無い知恵を絞っている・・・のですが。はてさて。

2007年02月22日

3659 蓼科高原日記のブログ化

晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 1℃

2006年12月20日に蓼科高原日記のブログ化を開始してから2ヶ月が経過した。この2ヶ月分のエントリーは Movable Type というブログシステムを利用して書かれたことになる。それ以前のエントリーはペンション・サンセットのホームページ上の「蓼科高原日記」というコンテンツとしてテキストエディタを使って1日も欠かさず書き続けられたものだ。

ただし、初期のものがデータとして失われてしまったため、残存する日記は1997年4月16日以降のものとなっている。当初は「オーナーズコメント」というタイトルで1996年7月1日より書き始められ、日々うち捨てられ書き換えられていたのだった。その後タイトルが「オーナーのひとりごと」に改められ数年を経て現在の「蓼科高原日記」となった。

ブログシステムはCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)として優れているので、これまでのすべての日記をブログシステムのデータベースに打ち込むつもりだ。移行段階で再編集したり写真を貼り込んだりするならば、データ量としてはおよそ400MB程度になると思われる。

そうなると現在借りているサーバーのデータ・スペースが足りなくなるかなあと思っていた矢先に、データ・スペースが現在の420MBから1GBに拡張されて料金据え置きといううれしいお知らせメールがやってきた。現在のウェブ環境を見通したじつにタイムリーなサービス見直しだと思う。

これでデータ容量のハードルはなくなった。あとはデータ移行作業のスケジューリングだ。今日のエントリーの連番3659を見ればわかるとおり、膨大なエントリーを移行しなければならない。どんなに急いでも1年では終わりそうもないというのが正直なところだ。

これだけのエントリー数だから、ゴミのような文章もあるだろうし、駄文もあるけれど、いま読み返すと自分でも刮目させられるような記述に出合ったりすることも少なくない。それだけでも、つまりぼく自身のためだけということでも、この移行作業を行う意味は充分あると思う。

そんなことで、今後とも、これからの記述のみならず、過去の記述にもお目通しいただければ幸いです。

2007年02月23日

3660 思考と行動における言語

雪のち曇り 気温:最低 - 6℃/最高 0℃

一番好きな映画はなにかと問われたら、以前なら「フィールド・オブ・ドリームズ」と答えたかも知れない。しかし、いま思い浮かぶのはフランシス・コッポラの「地獄の黙示録・完全版」なのだ。一方、もっとも影響を受けた映画はなにかと問われれば、やはりスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」とアンドレイ・タルコフスキーの「惑星ソラリス」を挙げることになるだろう。

そして座右の書はなにかと問われたなら、即座にジャンポール・サルトルの「存在と無」と答えるしかない。その書物をぼくはいまだに読破していないにもかかわらず。デカルトが登場すれば「方法序説」を読み、ヘーゲルが登場すれば「精神現象学」を読み、ハイデッガーが出てくれば「存在と時間」を読み、「現象学」が出てくればエドムント・フッサールの著書を読む、といった具合に読み進めざるを得なかったからだ。

そもそもぼくをそのような省察的な思考へと導いたのは、S.I.HAYAKAWAによる「思考と行動における言語」という「一般意味論(GENERAL SEMANTICS)」への啓蒙的著書だった。たまたまそのとき英語の講義で「統辞論(Syntax)」を習っていて、それを鳥羽口にソシュールの構造主義言語学やチョムスキーの理論に首をつっこむことになった。しかし「意味論」こそぼくにもっとも衝撃を与えたものだった。「この意味はなにか」ということではなく、そもそも「意味とはなにか」と問いかけるのだから。

この著作によってぼくはものを体系的に考える礎(いしずえ)を得たといっても過言ではない。

2007年02月24日

3661 ピラタスは積雪120センチ全面滑走OK

晴れ 気温:最低 - 11℃/最高 - 4℃

とても寒く感じたら、今朝は氷点下11℃まで冷え込んでいた。以前だったらこんな気温は暖かい方だったのだけれど、暖冬つづきですっかり身体がヤワになってしまったようだ。ここで「寒い」というのは氷点下13℃以下なのだ。じっさい、その気温になると北海道でいうところの「しばれる」という感覚がしてくる。ぎゅっと脚やからだが締め付けられるような寒気なのだ。

そんな感覚からもずいぶん遠ざかってしまった昨今の冬ではある。氷点下3℃以下では手袋無しでは耐え難かったのだ最近では氷点下8℃でも素手で犬の散歩に出かけたりするようになった。これは身体が変化適応したのかそれとも冷え込みの質が変わってしのぎやすくなったのか、よくわからない。

いずれにしても今年はいまだにピラタスの丘では氷点下20℃を記録していない。数年前まではそんなことは「ありえない」ことだった。やはり気象異常は本物なのだ。暖冬異変はもはや「異変」ではなくて、日常となりつつあるのだ。

まだ2月だというのに陽光は3月下旬を思わせる強い熱線を浴びせかける。気温は平年の2月とかわらないのに。陽射しのある間は3月のように暖かく感じる。氷点下でも熱線が到達すれば雪は地面に接している部分から溶け始める。それが一見しての雪の少なさの理由だ。

しかしゲレンデは一面に藁を敷き詰めて断熱しつくられているから、ピラタスの丘に比べて遙かに雪が多いし、雪が溶けているという印象はほとんど無い。特にロープウエイ山頂駅からのコースでは1月なみに感触の良いパウダースノーを満喫できるのでご心配なく。

それにつけてもブログを書き始めてまず必要を感じたのは、普段撮影に使っている1眼レフデジカメだけでは機動力不足なので、ネックストラップで常に首からぶら下げて歩き回ることの出来るコンパクトデジタルカメラが等しても欲しいということだ。ものを見る視点が1眼レフとはまた異なってくるところも面白いしね。

この春の新機種が一斉に発表発売になって、値の下がった旧機種をねらっているのだけれど、帯に短したすきに長しで、なかなか機種が決まらない。まあ、スナップショットがメイン名のだらかそんなにこだわらずに使いやすいものを選べばいいのだろうけれど。

ピラタス蓼科スノーリゾートの褐藻可能コースの図を掲載しますが、全コース全エリア滑走可能です。積雪も120センチと平年以上の積雪となっています。信州に関しては「雪不足」はまったくありませんので安心してお越し下さいね。


※今日の写真と図版は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月25日

3662 報道はいつもワンサイド

晴れ 気温:最低 - 12℃/最高 - 4℃

信州には雪がたっぷりあるのだ!

右の写真の通り、雪はたっぷりある。標高が高いことと全県が山岳地という長野県ならではの地形の恩恵で、「ご覧の通り雪はたっぷりあります!ブッシュや岩の露出もゲレンデ内にはありませんっ!これも標高が高いおかげですね♪(2/26のピラタス蓼科スノーリゾートHPのコメント)」というのが本当のところなのだ。

ということを確認した上で、全国の(特にキー局)に、「信州を代表して」というとおこがましいので、個人的に抗議したい。

★★★

報道はいつもワンサイドというのはいまさらいうまでもないけど、それにしてもこの「暖冬キャンペーン」はいったい誰の差し金なのだろう。「東北ではもうスキー場が雪が無くてクローズが相次ぎ、平年より1ヶ月以上も早くゴルフ場がオープンした」というニュース。それだけで終わり。

日本全国、もうスキー場は雪が無くてクローズです、平年より1ヶ月以上も早くゴルフ場がオープンしています。

さらっと見ると、そんなふうに聞こえてしまう、このぼくでさえそうなのだ。いわんや一般の視聴者は言わずもがなだ。ああ、もうスキーシーズンは終わりかあ、と思うに違いない。重要な後ろ半分が欠落しているのだ。

信州ではたっぷりの積雪でスキーシーズンたけなわです、「春スキー」はまだ先です。

という「事実」が隠蔽されている。あるいは「意図的に報道されない」というこの状況はいったい何なのだろう。それも天下の「公共放送」であるNHKが、それをやっている。どこに報道の公平性があるのだろうか。これは「全国放送」なのだ。

一般庶民を裁判に引っ張り出してまでその出自にいまや大いなる疑義のある「視聴料」を取り立てようとしている、「あの」NHKがそのようなキャンペーンを張っているのは許せない。こんなことをやっているようでは「放送の押し売り」を生業としている「公共放送」の存在理由なんて無いじゃん。

ことかように文字通り、報道は「話半分」でしかない現実を改めて思い知らされる。あらゆるビジネス同様、報道も「結果がすべて」なのだ。そこに至るまでのプロセスは一切評価されない。最近どうもそのあたりを勘違いしている報道機関や報道関係者が多いように感じるのはぼくだけなのだろうか。

その点については、志とは関係なく、結果として、民放も「公共放送」も「自称ジャーナリスト」も変わるところがない。

※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月26日

3663 下手の長考、休むに似たり

晴れ 気温:最低 - 8℃/最高 1℃

今日ご紹介する写真はピラタス蓼科スノーリゾートのスタッフの方が(たぶん)ピラタスロープウエイ山頂駅に宿直のときに撮影された美しい夜景です。クリックすると写真が拡大表示されます、他のエントリーでもそうだけれど。

写真のコメントによれば、「画面の中心付近に見える星はカノープスだそうです。山頂でなくても、ピラタスの丘からの星空は最高ですよ♪」とのことですが、はい、その通りです。素敵なコメントをありがとうございます(ピラタスの丘の住人を代表して)。(^^)/

ぼくらももっと勉強して星空撮影にチャレンジしてお客様に紹介しなければいけませんね(反省)。

★★★

それはさておき、ペンション・サンセットの料金体系がまだまだややこしいように感じています。これは激烈な価格競争に対応しながら可能な限り低料金でご利用いただけるようにという配慮が裏目に出て「配慮不足」になってしまった悪しき例です、たぶん。

ということで、もっとシンプルにすることにしました。3月からの改訂を目指して、体系の見直しをしています。値上げとか値下げとかではなくて、料金の内訳をわかりやすく再構築するという趣旨ですのでご安心下さい。

生まれつき(?)の商売下手なので、ああでもないこうでもない、こうしたらわかりやすくなるのではないか、でもそうすると赤字になっちゃうしどうしようなどと思いを巡らしています。もう夜も眠れないほどです。それは端(はた)から見れば、じつに「下手の長考、休むに似たり」かもしれません。

24H全自動予約システムも現在のものよりも、もっとシンプルな仕組みのものに変更しようかとも考えています。部屋タイプを選んで、宿泊日をクリックして、夕食メニューなどを選んで料金確認、で、予約送信ボタンをポチッとして予約完了ってなぐあいでどうでしょうか。

いろんなオプションを選択してお好みのプランをオーダーメイドできます。ですから、これまでとは異なって「温泉入浴プラン+ロープウエイプラン」のようなプランもつくることが出来るようになります。

最終的にどうなるかまだわかりませんが、いましばらくお待ち下さい。3月1日から切り替える予定で作業しています。(^^)

※今日の写真は(株)ピラタス蓼科ロープウエイの許諾を得て転載しています。

2007年02月27日

3664 最愛のDSC-F828

晴れのち雪 気温:最低 - 7℃/最高 1℃

2月27日(火)の午前2時の月です。月齢10.2、上弦の月から満月に向かう月が、漆黒の闇に浮かんでいます。いつもは群青色の空が今夜は pure black です。息を詰めて200mmで手持ち撮影したのですが、初めての経験で露出過多でしたね、月面がよく見えません。ぶれてもいるし・・・これは練習あるのみ。っていうか、三脚を使うのが常識だろうって声が聞こえるけれど。(^_^;)

いま使っているデジタルカメラは SONY の DSC-F828 というデジタルカメラです。一昨年の11月に新型(DSC-R1)が出て値下がりしたときに手に入れたものです。新発売の時の価格は16万円を越えていましたが、9万円ほどで入手できました。特徴はなんといってもカールツァイスのT*(Tスター)レンズでした。ぼくはカールツァイスのレンズの味が大好きなのです。

このカメラは、あくまでも バリオゾナー28mm-200mm/F2.0〜F2.8 を最大限に生かすためにカメラ部分を設計して取り付けたといった、カメラ付きレンズといったコンセプトのユニークなものです。なんといっても全域にわたって非常に明るいレンズであるところが、サンセット(夕暮れ)を撮影することの多いぼくには最適だったわけです。

が、しかしカメラ好きのぼくとしてはやはり昨今完成度を高めてきたデジタル1眼レフを1台は手元に置いておきたくなってきた。それと、普段どこに行くにも身につけていたいコンパクトデジカメが欲しくなってきた。この2種類のデジカメは相互補完的な役割を担うわけです。まさか1眼レフなみにでかくて重いこのカメラを首からぶらさげてゲレンデを滑走するわけにもいかないでしょ。

とは言ってもカメラ道楽できる身分ではないですから、限られた予算で工夫しなければなりません。ペンションってなにやかやで、維持するだけでも年間数百万単位のお金がかかるのですね。やれやれ・・・。まあ、好きで始めたことですからこれは「ぼやき」でも「文句」でもありませんが。どこに行ってもなにをやっても生きている限り「金が敵(かたき)の世の中」なのです、ってことについ「やれやれ」と言ってしまう、ダメな自分です。

それはそうと、色恋沙汰(?)から遙か遠ざかっているなあ、オレ。って思う昨今でありますが、だからまあ夫婦は平穏無事なわけではあるわけです。でも、いくつになっても、男だって、恋をしてみたいものなのさ。それは女性だけの専売特許ではないのだ。もちろん、恋するこころと人間としてのモラルのバランスを失ったら破滅あるのみだけど。

それにしても、バイロンの言うとおり「男の恋は生涯の一部だが、女の恋は全生涯だ。(ドン=ジュアン)」なのかもしれないけれど、いまや男性だってまったく同じなのだ。いまはむしろ男の方が全生涯をかけてひとりの女性を愛し抜くことが多いのかも知れない。男は「終わった恋を引きずる」とよく言われるけれど、それは違うのだ、その恋は永遠に終わることがない恋なのだ。女性のようにこころの倉庫にしまい込んで忘れてしまうことは出来ないのだ、男という生き物は。

2007年02月28日

3665 暴風雪

暴風雪のち晴れ 気温:最低 - 7℃/最高 - 4℃

文字通りの「暴風雪」になりました。おそらく未明から始まったものと思われるのですが、強い風(というか暴風)が終日吹き荒れ、さらさらの粉雪を地吹雪のように吹き飛ばし、吹き寄せたのでした。これはもう「吹雪」の範疇ではありません。この冬初めての経験でした。

空は真っ青に晴れ渡っているのに、地表では氷点下の大気が猛烈な勢いで渦巻いているのです。空が晴れ渡っているのは、あたりまえですが、この強風が雲という雲を吹き飛ばしてしまったからで、夜になってもそれは変わらず、ぞっとするほど澄み渡った夜空に冬の星座がぎらぎらと輝きました。満月に近い月の光が、近景から遠景までくっきりと照らし出しています。

午後になって上空が晴れてもこの雪は蓼科山や八ケ岳の山頂付近を覆っている分厚い雪雲から風に乗ってこちらに運ばれて降り続きました。「天気雪」ですね、これは。それも強い陽射しの元での「吹雪」なのです。もう晴れなのか雪なのかわかりません。

用事があって山麓の街に降りましたが、街ではさしたる風はないのです。どちらかといえば温暖な穏やかな天気でした。で、すっかり山の天気のことを忘れて夕刻に戻ったのですが、ピラタスの丘にはいり、標高1650mを超えた辺りで突然の暴風に再度出会ったわけです。びっくりしました。まさに台風の風です。

暖冬で伸びて寝ていたシベリアンハスキーのパル君も今夜ばかりはアラスカにいた時みたいに丸くなってブリザード対応の姿勢で眠っています。気温はさほど下がらなかったのですが、この暴風で体感気温は氷点下20〜30℃だったのではないかと推察しています。ゲレンデも寒かったでしょうね、きっと。でもそのぶん、雪は最高だったはずです。

★★★

それはそうと、ブログシステムを使い始めてみて写真をふんだんにアップできるようになったことで、「映像の力」を再認識しています。すべてを文章だけで表現することもすてきなチャレンジだったのですが、自分の想いを込めた写真と(あるいは事実としての映像と)リンクした文章という表現形態の可能性の大きさにいささかとまどっています。

21世紀にはいってコミュニケーション形態そのものが、よりビジュアルになったことを実感します。文章でさえビジュアルな表現にそのメインストリームになってきているように感じています。昨今のヒット小説やコミックの原作は文字通りビジュアルな作品が多い。だから映画やTVドラマやDVDといったマルチメディア展開が容易なのだと思うし、それは良いことだと個人的には感じています。

これは写真をおろそかにはできないぞ、というのが「蓼科高原日記」の語り手としての認識であり、その点をもっとがんばらねばというある種の危機感となっています。で、そのための機材としてのデジタルカメラやレンズにいささかの投資をする必要があるのではないかと研究を始めたところです。

ホームページの場合、100枚写真を撮ってもアップできる写真はじっさいには数枚しかありませんでした。それ以外のほとんどの写真はそれ自体は満足のいく写真でも、微妙に違和感が出てしまったりするものです。

しかしブログの場合はそのあたりのハードルがかなり低くなります。写真としての芸術性よりも、見たままの事実としてのあるいは風景・情景としての写真であれば良いからです。まあ、個人的にはそんな基準を持っているわけで、ホームページ用の写真とブログ用の写真とは似て非なるスタンスで撮影すべきだと考えているしだいです。

極論すれば、ホームページ用のそれは商業写真(コマーシャルフォト)であり、ブログ用のそれはあえて言うならば「日常写真」というか「僕が見た蓼科」を写し取ったものであれば良いわけです。そのためにはコンパクトなデジカメの方が良いのか、より対応能力に優れたデジタル1眼レフが良いのか、いま評価しているところです。

ということで、文章も変わってきていますが、写真もきっと変わってくることと思います。個人的にはそのあたりを楽しめればいいなあと、ちょっと期待もしているのですが。

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