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2006年11月 アーカイブ

2006年11月01日

3546 落葉松の紅葉

晴れ 気温:最低 0℃/最高 8℃


11月にしては冷え込みが緩いように思われます。10年前だったら氷点下8℃なんて言う日が続いたものです。しかしさすがに朝晩はオーナーズルームでも断続的に暖房を入れるようになりました。その一方で「寒いの大歓迎」のシベリアンハスキーのパルはますます元気いっぱいです。早く雪が積もらないかなあと言うのが彼の願いでしょうね。

そんなに早く雪にこられたらこちらはたいへんなので、11月は来るべき冬との競争になります。冬支度とでも申しましょうか、雪が積もるまでにやっておかなければならないことがそれこそ頭が変になりそうなくらいたくさんあるのです。

まあそれはそれとして、紅葉の見頃は湖沼部では今週末が見納めになるかも知れません。来週はさらに標高を下げて標高800〜1000mあたりがきれいではないかと思います。同時に山岳部では落葉松の紅葉が美しい季節になります。東山魁夷画伯の描いた絵画のような風景を堪能できます。

本当に信じられないほど空が澄み切っていて真っ青で、まるで空から海の底を覗いているような錯覚に陥るほどです。毎日あたりまえのように繰り返される夕景はまさに絶景で、夜は美しい月明かりのもと遠くの山並みまで見通すことが出来ます。もちろん満天の星です。

森の静けさはたとえようもなくやさしく、つかれたこころを慰撫してくれます。蓼科の秋は文字通りの「癒し」の季節なのです。雪はまだ降らないので大丈夫です。積雪が始まるのは12月に入ってからになります。安心してお越し下さい。

それにしても、いまだにコスモスが咲いているというのはじつに異例のことです。紅葉、とてもきれいです。

2006年11月02日

3547 晩秋の雷雨

曇り一時雷雨 気温:最低 1℃/最高 8℃

朝のうち晴れ間がのぞいていたのですが、午後から曇りになり、午後遅くには雷雨になりました。雷雲はここより低いところにあるらしく、山の下の方から激しい音が駆け上がってきました。この季節の雷はとてもめずらしい。そういえば時々真冬にも雷鳴を聞くことがあります。

2006年11月03日

3548 オーナー失格?

晴れ 気温:最低 0℃/最高 8℃


「あたたかいねえ」という言葉が地元でよくかわされている。今日山麓の街のメガマートに行ったときもカウンターの女性とそんな話題になった。「年々温かくなって、それはいいんだけど、やっぱりおかしいよねえ」。

たしかにそうなのだ、これは妙なのだ、おかしなことなのだ。かつてのこの季節なら、石油ストーブや電気ストーブの段ボール箱を抱えて一所懸命クルマに積み込んでいる人が駐車場にたくさん見られたはずなのに、今年はその気配もない。いまだにフリースを着込んでいる人もいないし。

直営の灯油スタンドに並んでいる人もほとんどいないし。やはり温かいというのは実感というのだけでなく、紛れもない「事実」なのだろう。「暖冬」というとなにやら過ごしやすい冬と感じられるのだけれど、じっさいは雪が溶けやすいためにアイスバーンがあちこちに出来てとても危険な道になってしまう。

当地のような土地では暖冬は「鬼門」なのだ。

それはさておき、大きな疑問が頭をもたげてきている。10年間も蓼科高原日記を書き続けてきたことはペンション・サンセットの経営にとってプラスだったのだろうか、マイナスだったのだろうかということだ。ふつうだったらペンションの玄関を入るまでわからないはずのオーナーの人となりとかペンションを支配する雰囲気とかが、日記によってわかるようになっていることが、むしろ集客においてマイナスになっているような気がしてきている。ひしひしとそれを感じている。僕はペンションオーナーとして落第なのだろうか、そんなにひどいひとなのだろうか。

蓼科高原日記があることによってペンション・サンセットはお客様を遠ざけることになっているのではないだろうか。書かれた文章はその瞬間から独立した言葉として伝播していくものだから、どのように解釈されどのように理解されなにを感じさせるかは書いた本人には制御できない。

こうした商売にとって、本音で語るということはタブーであり、耳あたりの良いことだけを書くべきだったのかも知れない。いや、このような日記自体を無くしてしまうべきなのかも知れない。長期的展望に立てばきっとそのほうがよいのだと思う。

商売にとっても「口は災いの元」なのだ。なにも語らない方が想像力を刺激できるしね。僕はおしゃべりしすぎたのだ、たぶん。現代社会においてはむしろ「情報を制限する」ことによって「情報飢餓状態を発生させ」て、結果として衆目を集め「特定の情報」の集中的情報摂取を促すことが出るのだ。

ソフトバンクが今回の広告キャンペーンにおいて「予想外だ」と「¥0」しか語らなかったのは、そのような手法に則っていたからだ。結果は大成功といって良いと思う。このような手法が成功するなんて、なんて幼く貧しい精神が支配している社会なのだろうと個人的には思うのだけれど。一人一人はおそらくとても賢く良識あるびとひとなのに、集団としての社会を形成するとこのていたらくだ。いまなんとかしなければ、このままでは簡単に戦争に駆り立てられてしまう。

2006年11月04日

3549 「夢」

晴れ 気温:最低 0℃/最高 8℃

熱に浮かされ伏せっていると、枕元に暖かな存在を感じる。正座して僕に優しい視線を落としている。若い女性の気配だ。

「きみなのかい?」と僕は訊く。

「そうよ」と彼女は応える。

「もしかしてきみはもう死んでしまっているのだろうか」

「まさか」と彼女は笑いながら応える「まだ生きているわ」

「ナオミだろ、きみは」

「どうかしら」と言って彼女はくすくす笑う。

「ちゃんと憶えているさ、きみのしぐさや笑い方やそのすべてをいまだって」

「そうよ」と彼女は応える「でもあなたは私がどれほどあなたを愛していたかわからなかったじゃない」

「ごめん、僕は自分の心を偽っていたんだろう、たぶん」僕は声にならない声で応える「きみのような女性が僕を本気で愛すはずがないって思いこんでいたんだ」

そんなことわかっているわ、というような沈黙。

「あなた、自分で死のうと思っているのね」と彼女は言う。

「どうして?」と僕。

「わかるわよそんなこと、私はあなたの強いところも弱いところも知っているんだもの、もちろん善いところも悪いところもね。」


そうだ、と僕は白状した。僕は自分の死亡保険金を借金の返済に充てようとしている。馬鹿な行為かも知れないが、僕にはもうそれ以外の手だてが考えつかないのだ。

「死んでしまうのね」と彼女は声を落とす。

30年以上会っていないなんて信じられないような親密な空気があたりを満たしている。彼女はあの頃のまま何一つ変わっていない。目には見えないけれど僕にはそれが感じられる。

「あなただって、あの頃のままひとつも変わっていないわよ」と彼女は言う。「あなたは私の誇りだった、あなたを愛していることが私のプライドだった。知ってた?」

「知らなかった」と僕は告白する「僕は何できみのような家柄にも才能にも美貌にも恵まれた女性が僕なんかを愛してくれるのかがわからなかった。」

「馬鹿ね」と彼女は小さな声で言う「男の人ってどうしてそんな考え方しかできないのかしら。私はあなたのすべてを愛したの、愛さずにはいられなかったのよ。」

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高山の希薄な空気は時として不思議な世界へと僕らを誘(いざな)う。

2006年11月05日

3550 グローバリズムのもたらした幸福

晴れのち曇り 気温:最低 0℃/最高 9℃

10年間にわたる日記を消去してなにもなかったことにしてしまうことは簡単だ。そうするべきなのかもしれない。時代は変わったのだ。そして、僕も変わった、変わらざるを得なかった。米国が蔓延させた「市場原理主義」を核とする「グローバリズム」という名のウイルスは世界を一変させてしまった。

米国は民衆を不幸にした自らの失政を世界に蔓延させることによってチャラにしようとしているかのようだ。「そうだよ、これがふつうなのだ」と。金持ちはチャンスをものにし、ひとの何倍も努力したから金持ちなのだ。君たちにだってチャンスはあったのだよ、怠惰な貧乏人諸君。そういう論理でしょ。

それは違う。金持ちは、権力層はずうっと金持ちだったし、その既存権益を守り通してきた。成り上がったものはほんの一握りに過ぎない。これはお寒いレトリックでしかない。「地主と貧民」という有名なトランプゲームをやってみるがいい、すべてがそこに集約されている。

「グローバリズム」とは少数の特権階級が支配するゆがんだ社会を正当化するためのプロパガンダに過ぎない。新たな「貴族と奴隷」という図式の社会を構築するためのロードマップに過ぎない。既成の事実として語られることはあっても「グローバリズムのもたらした幸福」について誰か語ったことがあったろうか。ゆがめられたプロパガンダとしてではなく、真実としてもたらされた幸福について。

僕は寡聞にして知らない。

2006年11月06日

3551 簡潔と冗長

曇りのち雨 気温:最低 1℃/最高 10℃

新しいペンションご案内ページ」をアップロードしてから1週間が経過した。だいぶご覧いただけるようになったことが、データ解析で見て取れる。このようなFLASHとJava Scriptを使用したホームページがたとえばTV番組の公式HPなどでは以前から主流になっている。

動きがありインタラクティヴであり簡潔かつヴィジュアルでわかりやすい。情報の深さを追求せず、要点がきちんと押さえられている。「過ぎたるは及ばざるがごとし」というのが時代のトレンドなのだろう。確かにこれは一理ある。

文章も同様なのかも知れない。簡潔で無駄のないこと、表現はその方向に向かっているかのように感じられる。たとえばアーネスト・ヘミングウェイの短編小説はまったく無駄がない。そのシャープさはまるで鋭利なナイフのようである。"The Killers"という作品を原書で一読してみれば僕の言っている意味がわかる。

僕は誤解を避け理解を深めるという大義名分を振りかざしてあまりに冗長な方向に走りすぎたのかも知れないと反省している。そもそも言葉数の多い方ではなかったので「冷たい人間だ」と周囲から誤解されることが多かったから、いつのまにか意識的に言葉を多く発するようになったのかも知れない。

それが僕の冷たい印象を和らげてくれるのではないかと。僕を知る人は僕を冷たい人間だとは思っていない。そんなことを言うと笑われてしまう。もし僕が冷たい印象を与えることがあるとすれば、僕の心のかたち(Shape of My Heart)に問題があるのかもしれない。

昨夜から今日一日は落葉松の落葉が一気にすすんだ。なにもかもがブラウンに色づいた落葉松の針葉に覆い尽くされた。ラウンジからの眺めは英国の風景画家フランクの絵のようにみえる。この日記を読むひとは今日の蓼科の様子をもっと知りたいのだと思うけれど、僕は書かない。僕は冷たい人間ではないが、多少意地の悪いところのある人間なのだ。

2006年11月07日

3552 晩秋の嵐

嵐 気温:最低 - 5℃/最高 4℃

今日はまるで嵐のようだった。雨は無く、風だけだが、これを嵐と呼ぶのが正しいのだ。気温は上がるどころか時とともにどんどん下がり、午後遅くには氷点下5℃の強風が吹き荒れた。かつて獅子座流星群がやってきたときもこんな強風が氷点下7℃の夜を吹き荒れたことを思い出す。

クルマのボディーにびっしりと降り積もっていた落葉松の針葉はまるで巨大なブロアーで吹き飛ばしたかのようにきれいさっぱりと消えていた。気温が氷点下であることを知ったのは、フロントウインドウの落葉松の葉を払おうとしたときだ。なんとガラスに凍り付いていたのだ。

気がつけばなにもかもが凍てついていた。ウインドブレイクスーツ1枚羽織っただけで外に出た僕は、じっさいのところ凍死しそうになった。強風のために体感気温は氷点下20℃以下になっていたからだ。こんな状況で北八ヶ岳の稜線にいたらたちまち凍死してしまうだろう。

はやいところクルマのタイヤをスタッドレスに交換した方が良さそうだ。これ以上寒くなると作業自体がつらくなるから。積雪の心配はまだ無いと思うが、ここで暮らす以上いつ積雪や路面凍結があっても言いように準備しておかなくてはならない。

深夜、空は晴れ渡りまぶしいほどの月明かりが青白く景色を染めている。ピラタススキー場の方角からは人工降雪機のブーンといううなり声がかすかに聞こえてくる。冬がもうすぐそこまでやってきていることを知る。

2006年11月08日

3553 「心地よさ」こそが市場原理であるような世界

晴れ 気温:最低 - 5℃/最高 8℃

本音とか正直とか公正とか、そんな言葉も概念もおとぎ話の中にしか出てこないのだ。世界は嘘と欺瞞と不公正に満ち、不公平がその実体に違いない。愛という名のメタファーに救いを求めるほか無い。しかし、メタファーはあくまでもメタファーでしかない。愛は人間存在によってのみ存在させることができる。愛はそのままでは生き続けられない。

世の中が公平であるとか、神が正義であるとかいうのと同様にそんなものはわれわれの妄想でしかない。信じる努力なしに愛は永遠ではないし、闘う勇気無しには正義は存在すら危うい。戦争や闘争は人間の原初的性向であり、平和や融和はその合間に訪れるに僥倖(ぎょうこう)に過ぎない。

だからこそわれわれは演技するのだ。この世界は本来的に平和であるかのように、人間は平和をなによりも愛する生き物であるかのように、人間とその社会は必然的に正義と公平を志向するものなのだと。社会正義は必ずなされるものなのだと。愛さえあれば平和は必ず訪れるものなのだと。

別に悲観的にものを見ているわけではない。ことさら斜に構えて世界を見ようとしているのでもない。僕はただ可能な限り公平に見極めたいだけなのだ。僕なりのささやかな勇気を持って。

先日僕は、この日記を書くことが僕の生業でもあるペンションからお客様を遠ざける結果になっているのではないかという疑念を持っていることを告白した。本当にそう考えているのだ。現代社会においてひとは耳に心地よいものを志向する、自我に心地よいものにのみ心が傾く。

時代はまさに誘惑の時代を迎えている。社会はいまや、少なくとも、市場は「女性原理」に従って動き始めている。それは倫理を越えた原理である。それは「心地よさ」こそが市場原理であるような世界だ。

2006年11月09日

3554 ぼくのホームページの起源

晴れ 気温:最低 - 2℃/最高 9℃

今日、床下の通風口を閉めた。去年はいつ頃閉めたんだっけ。サイト内検索で調べてみたら、蓼科高原日記にちゃんと書いてあった。だいたい毎年10月中に閉めて、翌年5月中に開けている。今年は雪が多かったのでいつもより早く開け、雨が多かったのでいつもより遅く閉めたというわけだ。

トップページに設置してある Google(TM) の「サイト内検索」機能はとても便利なので、是非ご利用下さい。さらっと見ただけでは普通のペンションのホームページに見えるけれど、じつは100MBを越える情報が詰め込まれた複合サイトになっているのです。

とくに10年以上にわたる蓼科高原ピラタスの丘の天気と気温の記録に関しては他には存在しないと思われます。当地の気候については過去の日記を参照すれば具体的に状況を把握できるはずです。そしてそのとき僕がなにをどう考えていたか、ペンション・サンセットがどんなふうだったかも。

そのために僕はこの日記を毎日欠かさず書き続けているわけです。ですからこれは「日記」とはいっても「ダイアリー(diary)」ではなく「クロニクル(chronicle)」に近いのではないかと思っています。ですからペンション・サンセットの歴史はここにすべて記されています。

そのような膨大なコンテンツの中にペンションとしてのホームページが置かれているというのがこのサイトの構造です。同時に開設時の1996年というインターネット黎明期の時代背景から「蓼科高原のポータルサイト」的な部分も残っています。当時はようやく Yahoo! Japan(TM) のポータルサイトが開設されたばかりでいまだ日本法人になる前の状況でしたから、そのようなものが必要だったのです。

このサイトは、白樺湖池の平ホテル、マリー・ローランサン美術館とほぼ同時期に開設された蓼科高原で最初の「ホームページ」です。味の素やトヨタ自動車のホームページがまだ存在しなかった頃の話しです。その当時からホームページからの宿泊予約が出来たのがひどく珍しがられ、ホームページで予約してみたいがためにサンセットにお越しになったお客様も多かった。(^_^;)

もっともシステムエンジニアとかIBMとか新日本電気とかIT関連企業の方ばかりでしたけれど。逆に言えばそのような方しかまだインターネットを日常的に使っていなかったと言うことです。白書によれば当時のインターネット利用者数は約510万人だったということです。それが昨年では7000万人を越えています。

時代は大きく変わりました。インターネット界も変わりましたが、世の中そのものが大きく変わりました。ケータイが爆発的に普及し、「ゲーム脳」が人間の思考形態を変化させ、「グローバリズム」という名の市場原理主義が経済を支配し、勝ち組負け組が出現し格差社会化が進み、われわれ人類が平和と繁栄を謳歌すると想像していた21世紀は文化衝突とテロの時代であることが明らかになりました。

そのような枠組みでものを考えるとき、こんなところでオレはいったいなにをやっているんだと思うこともあります。標高1800m近い山の上で仙人みたいな生活を送っているわけですから。もちろん霞を食って生きていくことは出来ませんから、ビジネスとして生業のペンション経営を成立させることに腐心もしています。

長くなっちゃいました。そんなことでいま改めて、自分が「いま、ここに、ある」ことの意味を問い直しているところです。このホームページになにがしかの混乱が見られるとしたならば、そのような個人的事情によるものです。ご容赦下さいませ。

2006年11月10日

3555 先読み貧乏

晴れのち曇り 気温:最低 0℃/最高 11℃

ホームページ運用者としてもペンション経営者としても混迷を深めています。ペンション・サンセットのご案内ページをまったく新しいかたちに改める決断をしたことが、このサイトを訪れてくださる方にどのように評価されているのか、そもそもじっさいに見てみようという気にさせるレベルにあるのかどうかがとても心配なのです。

高機能のアクセスログ解析システムを使っているので、訪れてくださった方の動きがつぶさにグラフと表でデータ表示されるのですが、それがかえって心配の種になっていることも否めません。世の中には知らないほうがいいことも(たしかに)あるのだと、改めて思ったり。

データなんてあまり気にしないで伝えたいことをストレートに伝えていた頃が懐かしい。むしろ、昔のようにやったほうが善いのかも知れませんね。敬愛する糸井重里氏が面白いことをおっしゃっているのを読みましたが、まさにいま僕が置かれている状況が語られていました。(ほぼ日経ビジネスオンラインSpecial)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20061018/111909/

著作権の問題でリンクは張っていないのでコピペして下さいね。「ディズニーランドにキティちゃんが入ろうとしたらどうする? 俺は止めるね 」なんてタイトルがあったりして、僕的にはもう読まずにはいられませんでした。(^^)

そして、このような転機を迎えているホームページ運用者は僕だけではないのだと言うことを知りました。また、

「私は器用貧乏ではなく、先読み貧乏なんです」というメールが来たんだ。先読み貧乏ってナンダ?

というタイトルの回では、じつに身につまされる想いをしたしだいです。いままさに自分がこの状況にはまってしまっているからです。

新しいホームページ、そんなに出来が悪いでしょうか。かなり落胆しています。

2006年11月16日

3561 初積雪は淡雪

雪のち曇り 気温:最低 - 5℃/最高 4℃

昨夜半から雪が降り始めた。一面うっすらと雪化粧。外回りのライトを点けると、まるで真冬のような美しい情景が照らし出された。あわてて車のところまで行ってフロントウインドウをカバーで覆った。

風花ではなくて本格的な降り方だった。それは12月のようにずんずん積もってゆく。あああ、まだスタッドレスタイヤに交換していない、どうしよう・・・と思い悩んでいると、ふっと小止みになり、1時間ほどで完全に雪は降り止んだ。

朝になると、道路は乾燥し森に残った「淡雪(あわゆき)」も儚く蒸発して消えた。これは間違いなく冬の先駆けだ。気温もどんどん下がって、スキー場では毎日夜を徹して人工雪造りを続けている。このぶんだと、予定どおり11月23日(木)にはピラタス蓼科スノーリゾートは滑走可能になると思う。

奇妙な季節だ。里に向かって紅葉前線がまだ下りきっていない状況なのに、山ではもうスキーが出来るのだ。ピラタスロープウエイで坪庭に登ればそこはすでに積雪しているが、そこから見下ろす眺めは鮮やかな紅葉の帯なみわれているしね。なにやらとっても元気が出る曲なのだ。

でも車に乗っているときによく聴くのはやっぱりジャズだ。自然にそうなってしまう。波長が合うというか、ジャズの波動が僕には心地よいのだ。まあもともと40年来のモダンジャズファンではあるわけだけれど。15の歳から新宿のライヴハウスに出入りしていたっけ。

とうことで僕の人生のBGMはロックというよりはジャズなのだと思う。もちろん思春期にはロックバンドを組んであちこちのコンテストに出て入賞してこともあるほど勉強そっちのけでのめり込んでいたのだけれど、cream を聴いたのがきっかけでジャズへと指向性が変わっていったのだった。

ということで僕の高校時代は学業に関してはある種の空白地帯になっている。最後の数ヶ月で集中して受験勉強して運良く○○ボーイなんて言われるような大学に滑り込んだものの、入ってからがたいへんだった。基礎学力がないんだもの。受験には強かったのだけれど。

ということで、僕の大学時代は学業とジャズの2本柱となった。それ以外は一切記憶にないほどだ。目がつぶれるんじゃないかと思うほど本を読み、受験勉強なんて問題にならないほど勉強し、寝ても覚めてもジャズを聴き、演奏した。それは明日の見えないラッシュライフだった。僕は未だ何者でもなかったし、そもそも何者かになれるかどうかすらわからなかったのだから。

そして超有名企業に就職した。なんのことはない、いま思えば受験と同じことを繰り返しただけだった。運が良かっただけ、というのも大学受験の時と同様だった。僕は何者にもなれなかった。そして耐え難い異文化の中で20年分の違和感を体内にため込んで、そこを去った。

で、いまここにいるわけだ。なんなんだ、これは、とも思うけれど、少なくともいまの僕は自分自身だと確信している。自分が自分であると断言できる。僕は自分になるために蓼科にやってきたのだ、たぶん。それはあらかじめ決められたことだったのだ。そこに至るまでにどのような異なった道を選択していたとしても、結局僕は蓼科にやってきて骨を埋めることになったのだろう。

こういうのって「運命」と呼ぶべきなのか「宿命」と呼ぶべきなのか。

だから僕の人生には「もしも」は無い。あるのは「いま、ここに、ある、れまではブリヂストン・ブリザック DM-Z3 を使ってきたが、総合性能第一位という評価に異論はない。とても良くできたスタッドレスタイヤだと思う。氷にも強く、真円性も高く転がり抵抗がとても低い。しかし、スタッドレスの中でも特に柔らかいタイヤなので、ディスカバリー2のような重量車では「ゆれ」というか「腰砕け感」がとても気になっていた。

サマータイヤのようには行かないのは百も承知だけれど、もうちょっとしっかりしたフィーリングがほしかった。また、グリップはベストに近いのだけれど、滑り出したあとの急激な挙動はとても怖いものがある。まあ、そのような走り方をする方が悪いのかも知れないけれど。

ということで、今回は悩んだあげく、ミシュランのラティテュード X-ICE 255/65R16 を選択した。2005年の第46週生産の刻印があるのが気になるけれど、このサイズは数が出ないので今シーズンは追加生産するかどうかわからないとのことで、妥協した。

肝心の氷上性能はじっさいに走ってみないことにはわからないので、それはまた改めて報告したい。ドライ性能に関してはたしかにしっかりとしていてハンドリングがとても素直で、走行音もとても静かだ。コーナーでよれてアンダーステアがでることもほとんど無いのが良い。とはいえ、やはりスタッドレスタイヤだとすぐわかるやわらかさはいかんともしがたい。

それにしても、いまや蓼科は「里の秋」そのものの情景だ。山麓近くの里山が美しく紅葉している。「錦秋(きんしゅう)」とはこのような景色をいうのだろうなあ。本当にきれいです。だから、麓の茅野市から蓼科高原に登ってくるルートは見目麗しく彩り豊かだ。そして山岳部では落葉松の紅葉が目を見張るばかりに美しい。

それはそうと、数日前から今度導入する「即時予約システム」の勉強とデータ打ち込みと調整に徹夜状態が続いている。同時にホームページの改善計画も進めていることもあるけれど。

今度の予約システムはアウトソーシングで契約した専門会社の運営になる安全なサーバーおよびシステムになっている。じゃらんnet と同等かそれ以上の機能を持っている。予約前にきちんとした「料金見積もり」も表示する。従って予約前にお客様は様々なプランやオプションを比較できることになる。そしてこれまでと決定的に異なんだ」と声をかけてくる。「うん、そうだねえ、雨よりは良いけどねえ」と応えながら、まあ冬の雪は積もってしまえば雪かき以外では嫌いではないなと思う。雪景色も極寒の季節もそれはそれでいいものだ。

ここの冬は暮らす者にとってはかなり過酷なのは間違いない。それでもここにあることの感動がそれに勝っているうちはだれも山を下りる決心をしないようだ。端的に言ってしまえば、1mも積もった雪を除雪する気力体力が無くなったら潮時だということだ。

僕はここに骨を埋めるつもりだけれど、じっさいにはどうなるか、それは神のみぞ知る。

雪はその後雨に変わってしまった。やはり温かいのかなあ。夜になると土砂降りになって、それはいまも続いている。予報では明日の昼過ぎまでこの調子でその後晴れてくるとのこと。

まだまだドライブと観光のお客様がいらっしゃるので、多少雪が降っても道路に積雪して溶けないなんてことにならないことを祈っている。幹線道路はいざとなったら融雪剤散布がされるので大丈夫だと思う。

これだけ温かければ雪が積もり始めるのは12月上旬以降だろう。今年は雪が遅そうだ。

明日は月曜日、夫婦そろって大のお気に入りの月9ドラマ「のだめカンタービレ」の放映日だ。久々に面白いドラマに出合ってとっても幸せな気分だ。そしてあらためて音楽のすばらしさに触れた想いがしている。

2006年11月23日

3568 温泉入浴券プレゼント

晴れ 気温:最低 - 1℃/最高 5℃

最低気温が氷点下1℃だなんていうのは信じられない高温だ。僕らが12年前の11月末にこの地に移住してきたときには氷点下8℃というのが平均値だったと記憶している。そして12月にはいるとみるみる気温が下がり毎日氷点下16℃まで冷えて、最高気温も氷点下の日が4月まで続いたものだ。

1月には氷点下23℃(一説によると氷点下29℃を記録した年もあったそうだ)がふつうだった。しかしいまはめったに氷点下20℃以下になることはない。

ということで今日はとても温かで穏やかな一日だった。夜半には雪が降るという昨日の予報は大きく修正されて、今日明日と晴れの予報に変わっている。晴れれば気温が下がるのが法則だから、明日の朝はぐっと冷え込むだろう。

国道299号線は明日麦草峠の手前のゲートが閉じられて、冬期通行止めとなる。これから同様の通行規制が続くのでお出かけの節には事前にチェックすることをおすすめします。

今夜もキューンという野生の鹿の声が森にこだましている。全国的に鹿が増えているそうだけれど蓼科も例外ではない。野生との遭遇機会が増えたことは喜ぶべきことかも知れないが、一方で深刻な食害が起きていることを無視するわけにも行かない。

いまペンション・サンセットにご宿泊されるともれなく「蓼科温泉・小斉の湯の入浴券」をプレゼントしています。おかげさまでお客様の評判は上々で、それならばこの冬いっぱい続けようかと相談しているところです。ち 日時: 2006年11月24日 22:33 | | トラックバック (0)

2006年11月25日

3570 新予約シスy">

晴れのち雨 気温:最低 - 6℃/最高 6℃

朝はきれいに晴れたけれど、しだいに曇り空になり、夕方から雨になった。激しいふりではなく、静かな森の雨だ。天気予報に従って、きょうはテラスのステイン塗り込みの残り半分の作業を終わらせた。腰と背中が痛い。前にも書いたけれど、でもペンキ塗りは嫌いではない。

そういえば、ピラタスの丘ペンション村にも達人がたくさんいて、なんでも自分で作っちゃう人がいる。しかし、とりわけ仕上げのペンキ塗りが大好きだという。ペンキ塗りにはなにか特別なものがあるのかも知れない。

そんな達人たちから見たら僕なんぞはひ弱な無為徒食(むいとしょく)の輩(やから)なのだろうなあ。昨今とみにそう思う。40代の頃は僕だって元気いっぱいだったからそんなことは感じなかったのだけれど、50を過ぎた頃からだんだんそう感じるようになった。

それはさておき、ホームページの改革は始まったばかりだ。10数年の蓄積が混沌を生み出しているこのサイトを整理整頓して「構造改革」しなけりゃいけないと思っている。しかし、引っ越しと同じで整理しているとついちょとしたものにはまってしまって(たとえば旧いアルバムとか)、余計な時間がかかってしまう。

そして、「捨てる」ということほど難しいことはない。昔苦労して作ったページを捨てる、力いっぱい書いた文章を捨てる、思い入れのある写真を捨てる。そして新しいなにかを作り出す。そうしなければならない。言葉を尽くして書いた文章を推敲して削りに削るということもしなければならない。

しかしそれは文章への迫害ではなくて、洗練と呼ぶべきなのだろう。無駄のない簡潔でわかりやすい文章。それは時代の要請だ。みんな忙しいのだ。冗長な文章なんて読んでいる暇はないのだ。「行間を読む」なんてのはもう死語なのかも知れない。

2006年11月28日

3573 資本原理主義

雨のち曇り 気温:最低 3℃/最高 7℃

ようやく雨は上がったが、さんさんと降り注ぐ陽光はない。麓から見るとピラタスの丘のある山の上はすっぽりと雲をかぶっているのがわかる。ここは文字通り別世界なのだ。ステイン塗り立てのテラスの床も弾かれた雨水が乾いていない。

この高温では雪の気配は全くない。森はいまだに秋の気配る。そして、予約操作してから1分〜15分以内に「予約完了メール」が届く。

これまでのメールフォーム形式の「予約フォーム」とは次元の違うシステムだ。もちろんこれは信頼の置けるシステム専門会社にアウトソーシングしたものだ。このレベルになると自分でプログラムするのは無理。っていうか、合理的ではない。餅は餅屋なのだ。

ものすごくコストのかかるものでもあるので、それに見合ったお客様の利便性アップがあるだろうかとずうっとやきもきしていたけれど、お客様の感想はおおむね好意的なものだった。そして、昨日あたりから気持ちよく安心して予約できたという感じでご予約が増えだした。

この「感じ」はお客様のコメントや例外的にお電話で確認を入れたときに感じ取れるものだ。僕はこの「全自動予約システム」だけですませるつもりはない。最終的にはお客様と肉声で、メールならば直筆でコミュニケーションする必要があると思っている。どのレベルの宿泊施設でも同様だけれどペンションの場合はその最右翼なのではないだろうか。

近日中にケータイからも簡単に予約できるシステムを導入するので、お客様の利便性はさらに高まることと思う。あらゆるコミュニケーションツールを利用してお客様とコミュニケーションを図ることが、ペンションの今後の方向性だと信じている。すくなくとも、僕のペンション・サンセットはそうだ。

もちろん、じつにさまざまなコミュニケーション形態があるので、それがそれぞれのペンションの個性になるのだと思う。それは真似しようにも真似できないものだ。やはり、自分の土俵で自分の相撲を取るしかないのだ。別の言い方をするならば、人間は自分からは決して逃れられないのだ。覚悟を決めて自分であり続けるしかない。