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2006年09月 アーカイブ

2006年09月01日

3485 ペンションという「場」

曇り一時雨のち晴れ 気温:最低 11℃/最高 18℃

午後遅い時間になるともはやクルマはエアコンではなくヒーターが入る。そんな気候になってきた。ピラタスの丘の今日の最高気温は18℃、曇り一時雨のち晴れという天気だった。陽射しはいっそう柔らかくなり、湿度がどんどん下がっている。そのぶん体感気温はお盆の頃より低く感じられる。

今日はダイニングラウンジでストーブに火を入れた。室温21℃で、ストーブを焚くほど気温が低かったわけではないが、きょうはお客様がいらっしゃるということもあってこの季節にぬくもりを楽しむという趣向で焚いたのだった。暖かさが気持ちよいという気候になったのだ。お盆明けからわずか10日でこの激変。いかにも蓼科らしい季節感だ。

午後10時04分、外はとても寒冷な風が吹いている。愛犬パルとの散歩はウインドブレーカー1舞い羽織るだけで大丈夫だろうか。一方、寒冷な気候が快適なシベリアンハスキーのパルは絶好調で、いつもより1時間も早くから散歩に行こうと言っている。

パルが甘ったれた声を出しているので、しょうがない、少し早いが散歩に出かけるとするか。

今夜は隅から隅まで晴れ渡って、まるで絵に描いたような「満天の星」だ。銀河の中心部の濃密に密集した星がすごい迫力だ。もちろん天の川も言葉にならないほど美しい。ハンドライトを消灯し進路をパルに任せて僕はほとんど真上を仰いで歩いていた。

お客様にこのこと知らせようと思ったのだけれど、みなさまも薄手に就寝体制に入っているようなので、遠慮した。残念なことだ、こんなきれいは星空はそうそう出会えるものではないからだ。月齢や時間や季節による星座の変化など、様々な要因がぴたりとシンクロしないとこうはならない。

まさに一期一会(いちごいちえ)だ。僕らとお客様との出会いもそれに似ていると感じている。そしてそのように感じるからこそ、その出会いを大切にしたいと考えている。「客として来たりて友として去る」という言葉があるが、僕の思い描くペンションという「場」はそのようなものだ。

実際にそのような関係になるお客様も多い。あくまで「お客様」なのだけれど、同時に「友」であるような関係。そうなったときにお客様にとってペンション・サンセットは良い意味で「異界」となるのだろう。日常の「演じざるを得ない自分」をはなれて「素の自分」に戻れる場所。

ペンション・サンセットはそのような場所でありたいと願い続けている。

2006年09月02日

3486 季節・気候にふさわしい服装

晴れ 気温:最低 8℃/最高 17℃

昨夜は雲ひとつ無い快晴で、すさまじいばかりの星空を望むことができた。晴れた夜は放射冷却現象で冷え込むというセオリーどおり、今朝はぐっと冷え込んで6月中旬以来の最低気温8℃を記録した。数年前の「冷夏」の年にはお盆休みにこの気温になったことがあったが、その年はお盆休みも連日全館暖房を入れていたことを思い出す。

今朝はダイニングラウンジの気温が16℃だったので、7時前から大型ストーブに火を入れて建物全体を暖めた。客室の気温は24℃以上はあるので暖房を入れるとあっという間にむしむしと暑くなってしまうから、この季節にはこのような暖房方法をとることが多い。中旬を過ぎたら部屋の暖房も入れてちょうどいいかも知れない。

平野部では「残暑」とか。今朝の気温を体験すると、ちょっと信じがたい思いだ。お客様は、反対に、この涼しさ(というよりは「寒さ」)にかなり驚かれたようだ。しかし、陽射しがあれば気温はどんどん上昇して日中はピラタスの丘で18℃〜20℃、ここより標高が低い観光名所では20℃〜24℃になるので残暑のない心地よい晩夏が楽しめる。

こちらにお越しになるお客様は是非冬用のフリース、そして長袖のアンダーシャツを1枚是非持参していただきたい。アンダーシャツ1枚で信じられないほど温かく快適に過ごすことができるのだ。経験的には「冬用のフリース」より「長袖アンダーシャツ」のほうが温かく快適だ。少なくともTシャツにショートパンツでは朝晩の気温では凍え死んでしまうのは確実だから、僕の言葉を是非信じていただきたいのね。(^_^;)

山小屋の親父さんでも今時こんなことは言わないのかも知れないけど、「季節、気候にふさわしい服装をお願いする」しだいだ。その上で寒ければ客観的気温を勘案して全館暖房を入れるようにしているので安心されたい。

ただ、いつでもどこでもいきなり暖房や冷房で暑さ寒さを調節するというのは本末転倒だと思う。まず服で気温の変化に対応し、その上で暖房冷房(ここでは冷房は不要だけれど)を利用するのが古来からの人間の知恵なのだと思う。またそれがクールビズ、ウォームビズが定着しつつある我が国のみならず世界の時流だとも考える。

大切なお客様に寒い思いをさせるつもりは毛頭無いけれど、季節・気候にふさわしい服装で蓼科をじっくり味わっていただきたいと思っている。そのための暖房は必要十分以上のものにするつもりはない。Tシャツにショートパンツで部屋を30℃以上にむんむん暖めて過ごすというライフスタイルには賛同しかねるしだいだ。少なくともここはそのように過ごす場所ではないし、いまはそのような時代ではないと思う。

★★★

最近我が敬愛する友人ウォンウィンツァン氏のHPのリンク集からペンション・サンセットを知ったというお客様がいらしてくださることが多くなった。ご予約時にそのことを告げてくださるケースもあるし、チェックアウトの時に初めて話題にのぼってびっくりさせられることもある。

いずれにしても、ウォンウィンツァン氏との交友について語り出すと長くなるので、ここでは重複は避けるが、興味のある方はこちらでキーワードを「ウォン・ウィン・ツァン」としてサイト内検索してみてほしい。

ウォン氏とは魂の深いレベルでの縁(えにし)を感じている。何の利害関係もなく、魂のふれあいと共感のみで成立しているこれは本当の意味での「友情」だと実感している。それは「狩野さんがHPにお書きになっている世界観は私の音楽に通じています。13年の隔たりの後、それぞれが自分の世界を切り開きこのように再会したとき、それぞれのたどり着いたところが、同じところであったとは何と素晴らしいことでしょう。あの時に出会ったことの本当の意味を今、噛みしめています。」という6年前の氏の言葉に集約されているように思う。人生最良のこの出会いに感謝。

2006年09月03日

3487 そんなもんないんだよ、どこにも

晴れ 気温:最低 9℃/最高 19℃

今朝は昨日よりも温かく感じた。最低気温は9℃、放射冷却現象がなかったのか、実際の気温よりも温かい。とても良い天気で、天気概況でもここ数日は確実に好天に恵まれそうだ。湿度は盛夏、つまりお盆の頃よりずいぶん下がって同じ気温でも断然寒く感じるようになった。

館内でも活動していない限り半袖シャツでは寒く感じるようになった。夜愛犬の散歩に出るときは秋用のウインドブレーカーを羽織ってちょうど良い。帽子もかぶらないと頭が寒く感じるほどだ。今夜はあいにく雲がかかって満天の星空というわけにはいかなかった。

しかし、秋独特のこの空気を胸一杯吸いながら歩くピラタスの丘は最高だ。深夜のこの時間に標高1700m〜1800mの道を散歩しているなんて、まさに夢のような出来事ではないか。夜でも蓼科山や北横だけのシルエットがくっきりと見え、それはたとえようもなく美しく雄大だ。

9月上旬は、個人的には、夏の繁忙期の疲れがどっと出る季節なので体調管理には十分注意している。特にここ数年、自家製の天然酵母パンをお出しするようになって寝る時間が無くなってしまったので、かなり無理しなくてはならない。

それでもお客様が喜んでくだされば、そんな疲れは吹っ飛んでしまう、少なくとの精神的には。しかし物理法則に支配される肉体のほうはそうはいかないようで、疲労は確実に蓄積されてゆくようだ。ここは知恵を絞って、サービスレベルを落とさずに肉体的負担を軽減することを考えるのがまともな経営者というものだろう。反省。

NHKの朝の連続ドラマみたいにあっという間に月日は巡り、再び村上春樹の「ノルウェイの森」を読み返す季節になってしまった。こう書くとなんだか「義務感」で読み返しているみたいに聞こえるかも知れないけれど、これはあくまでも個人的な楽しみであり、年中行事なのだ。

もう何十回読んだかわからないけれど、最近自分は小説の冒頭の導入部と、主人公が直子が入っている阿美寮を訪ねるところがとても好きだと言うことに気づいた。それがこの物語の象徴的な映像として僕の中に再構築されているのだ。

そしてもう一つの変化は、ヒロインの直子一辺倒だった僕の好意が、読み返すたびにもうひとりのヒロインである緑という娘への好意に移ってきたということ。前者が死の影を背負った滅び行く美しさを象徴するならば、後者はたくましく生き抜いてゆく美しいいのちの象徴と感じられる。主人公にとってはまるで太陽のような存在、そして僕にとってもそのような存在として自分の中に息づくようになった。

そんなことをつらつら想いながらまたこの秋読み返すのだ。個人的な至福の時間だ。

それにしてもひとは「本当の幸せ」とか「本当の自分」とか「自分の居場所」とか、じつに様々なものを求めて現代という高度資本主義社会をさまよっているように感じられる。個人的体験としては「そんなもんないんだよ、どこにも!」と言ってあげたいな。

要するに僕らが求めているものは同じ「なにか」のように感じてる。その「なにか」は気づいてみればじつは「自分自身」なのだ。広大な薄明の世界に浮かぶ自分という美しい惑星なのだ。

そのことに早く気づいてほしい。気づいたからと言ってなにかが劇的に変わるわけでもないのだけれど。

2006年09月04日

3488 公開を前提とした公的な日記

晴れ 気温:最低 9℃/最高 18℃

こんな風に個人的な日記を書き続けているとたまに奇妙なメールがやってくることがある。この日記の中の「僕」は確かに「個人」として登場していても、じつは「僕という実在する個人」ではないと言うことに気づかないひとからのメールだ。

この日記を公開するにあたって、僕は個人的な文章を書きながらも、これが公衆つまり不特定多数のひとの目に触れることをちゃんと意識して書いている。だから厳密に言って、この日記は公開を前提とした公的な日記として書かれている。

巧妙に自分を隠しあるいは演じることによって、自分だけではなく他者のプライバシーにも配慮している。だからここに書かれているプライベートな出来事や想いが100%事実であるとは考えないでほしい。これは事実に基づいている部分が大きい(かもしれない)「フィクション」なのだ。この点を強調しておきたい。

したがって、個人的ポリシーとして、この日記を読んでくださった不特定多数の方と「個人的なメールのやりとり」はしない。その点をご了承いただければさいわいである。この日記における「僕」は「パブリックな(公的な)個人」であって、「実在する僕個人」とは別物なのだ。

それを混同してしまうひとがいたとしても、それはひとえに僕の「力不足」が原因だと考えている。言い方を変えるならば、蓼科高原日記は、じつは日記風の「小説もどき」だったのだとお考えいただくとわかりやすいかも知れない。

★★★

さて、そのようにして今後も蓼科高原日記を書き続けていこうと思う。

今日もとても良い天気になった。だから、今朝も最低気温は9℃まで下がった。館内の温度は18℃、客室は20℃以上あったが、残暑厳しい都市部からお越しのお客様は暖房が恋しくなる気温かも知れない。(まあ、そんなに寒くないからご安心を。ただし、フリースやセーターが必要。)

きょうは庭でウソのつがいを見かけた。もう雛の巣立ちが終わったのか、二羽だけで枝から枝へと飛び移っていた。渡り鳥たちはそろそろ渡りの準備に入ったことだろう。ここに定住している一部の野鳥を残して、しだいにその数は減じていく。ちょっと寂しい季節になった。

今夜は月がとてもきれいだ。月齢11日だからもうすぐ満月になる月だ。秋の夜の月はひときわ美しいのは古来より歌われているとおりだ。月明かりで眼前の蓼科山や北横岳はもとより遠くの山並みまでくっきりと見えるのだからすごい。

これから数日間は、愛犬との散歩もほとんどハンディライトを点けずに全行程を歩ききることができるほど明るい夜が続く。星を眺めるのもすてきだが、そんな美しい月を見ながらその柔らかな光の中を歩くのもまた至福の体験だ。

今日も静かに群青色の夜が更けてゆく。

2006年09月05日

3489 20Mbps にスピードアップ

晴れのち曇り 気温:最低 11℃/最高 19℃

今日もとても良い天気で、青い空に秋の雲が美しかった。今年はナナカマドの紅葉が目立つが、他の樹木の紅葉が遅いと言うことなのだろうか。この時期にナナカマドが紅葉して結実し、その実を落とすのはいつもどおりなのだけれど、どうも森はまだ紅葉への移り変わりを予感させない。

季節が巡るたびに、気象が変わっていくことを実感している。それにつれて自然のたたずまいも変化し続けている。やはり地球は温暖化している。これは間違いようのない実感だ。まあマクロにみればこの地球は大変動をしてきているわけだから、悲観ばかりしていてもしょうがないとは思う。

いま自分にできることから始めるほかないのかな、やっぱり、それがどんなにささやかな試みであったとしてもなにもしないで静観を決め込むよりは断然良い。

う〜む、なんだか今日は筆が進まない。

★★★

そういえば、8月31日に工事を行ってインターネット回線(CATV)が 20Mbps にスピードアップしたと書いたっけ。しかし、じっさいは実測で 2Mbps〜8Mbps 程度しか速度が出ていないことにすぐに気づいたわけだ。これはないだろうと言うことでさっそくサポートに電話して点検してもらった。それが昨日のことだ。

引き込み線から屋内配線のチェック、ケーブルモデムの交換、じっさいに PC をつないでの速度チェック。しかしおもだった速度計測サイトでの測定結果はどれも 2Mbps〜3Mbps とふるわなかった。で、このまましばらく様子を見ながら再度チェックしましょうと言うことになった。

しかしこうなるとこだわって徹底的に研究したくなる。こういうときこそ WWW が助けてくれるのだ。MTU だの MSS だの RWIN だのと知らない用語に惑わされつつも、文化系の思考回路を加熱させながら何とか理解した。ちなみに僕の環境は Macintosh(Mac OS X v10.4.7)なので情報が少なかったが、Windows をつかっているひとはその筋の情報源がもっとたくさんあるし、ツールやソフトウエアも潤沢でうらやましい限りだ。

で、各パラメーターのだいたいの最適値が出たところで RMAC というフリーウエアで設定することにした。ここに至るのにとても助けになったのがこちらのサイトの記述だった。この作業でかなり改善されて、RBB の名古屋のサーバーで測定すると 11Mbps 程度出るようになった。

その後ググって(Googleで検索して)いるうちに RMAC の検索結果に出てきたこのサイトでアップルから Broadband Tuner 1.0 という純正のパッチが配布されていることを知った。さっそくインストールするとなんと一気に 19Mbps 近くまで速度アップしたではないか。他の速度測定サイトでもいきなり 22Mbps をたたき出した。やはりマシンサイドのチューニングの問題が大きかったのだ。特に下りのバッファーのパラメーターが重要な要因だったようだ。

そして今日、プロバイダーのサポートにそのことをフィードバックしたしだい。マック使いで悩んでいるユーザーがきっと他にもたくさんいるだろうから。ちなみに自分のマシンのパラメーターが現状どう設定されているかはこちらのサイトの TCP/IP Analizer をクリックするだけで測定・表示してくれるのでおすすめだ。

以上、つまんない話かも知れないけど、ちょっとがんばれば僕のような門外漢でも出費無しで回線スピードをアップできるというお話でした。結局インターネットの利用に関してはあらゆる観点から自己責任、自己管理、自己サポートなのだと言うことを再確認したわけだ。あなたまかせひとだのみではダメなのだ。インターネット利用11年選手の実感です。

2006年09月06日

3490 スタイルの表現としてのペンション

曇りのち雨 気温:最低 11℃/最高 17℃

先日僕は『蓼科高原日記は、じつは日記風の「小説もどき」だったのだとお考えいただくとわかりやすいかも知れない。』と書いた。がっかりしたひともいるかも知れないし、裏切られたような気持ちになったひともいるかも知れない。

僕がそのように書いたことは真実だ。しかし、「真実」は一義的だが「事実」は多義的に、つまり、多様にその姿を現すものだ。この日記は事実を記している。しかしその事実はそれぞれの出来事のほんの一面に過ぎない。それが僕のような「物書き」では無い素人の文章の限界だ。

実はかつてあるお客様から「蓼科高原日記を小説のように読んでいる」と言われたことがある。そうなんだ、とそのとき僕は思った。これは書かれたとたんにフィクション(少なくとも通常の個人の日記とは異なったもの)になるのだ、と。なぜなら、先日も書いた通り、僕はある「スタイル」にしたがって日記を書いているからだ。

それは公開を前提とした日記を成立させる諸条件を満たしたガイドラインとしての「スタイル」であり、この中に登場する「僕」をぶれの少ない語り手として保持するための「スタイル」と言ってもいい。たとえば自分がペンションのオーナーであるということを大前提としてつねにお客様としての読者を意識しなければならない。

またウェブで公開する以上、公序良俗に反した記述は避けなければならない。登場する企業や組織や個人のプライバシー保護にも配慮しなければならない。観光地としての蓼科高原の不利益となるような誤った情報を伝える間違いを犯さないように慎重でなければならない。

たとえばそのようにさまざまな制約の中で僕はこの日記を書いている。「蓼科高原日記」に何らかの価値があるとするなら、「語り口」としての「このスタイル」だと(個人的には)考えている。書かれている内容にかかわりなくいつも変わることの無いこのスタイルこそが「僕」なのだ。

ペンション・サンセットがほかのペンションと決定的に異なるところ(あるいは特徴といってもいい)があるとすれば、ペンションにおいてもこのスタイルが生きているということだ。ペンションは僕の「スタイルの表現」なのだ。単なるハード、ソフトの統合体としての宿泊施設では無い。

僕のペンションになんらかの特徴的な「雰囲気」や「心地よさ」があるとするならば、僕らが「表現としてのペンション」を強く意識しているからかも知れない。ペンションは僕にとって「商売」というよりは「表現」なのだ。何かを演じているつもりは無いけれど、素(す)の自分がお客様を前にして「この場所のほんとうの心地よさ」へとご案内するということを意識している。

MC(マスター・オブ・セレモニー)として僕はペンション・サンセットという舞台に立っているのだ。僭越かも知れないけれど、僕はそう認識している。そうした意味においても、ここでの出会いは一期一会だ。

2006年09月07日

3491 プライバシー保護、匿名不可

曇りのち雨 気温:最低 13℃/最高 19℃

1996年7月1日の開設当初から、このホームページは僕の署名入りのウェブサイトとして運営されてきた。何かを語る以上、たとえば新聞の署名記事のように、誰がそう言っているのかという責任の所在をはっきりさせる必要があると信じたからだ。

もちろんのそのために自身のプライバシー保護に問題が生じる可能性はある。大変危険なことでもある。が、それはウェブ上で情報発信する以上負わなければならないリスクだと僕は考えている。そもそもペンションガイドブックにはかなり詳しくオーナーの個人情報が公開されている。ペンションとはそもそもそのような業態なのだ。

そこがほかの宿泊施設と決定的に異なるところだ。ペンションは特定の個人がその個人的責任において経営している宿泊施設なのだ。組織では無く資本でも無く「個人」が全責任を負って運営されているのがペンションという「宿」なのだ。

だから、匿名あるいはハンドルネームでペンションのホームページを公開することは僕にはできない。個人が公開する趣味のホームページとは決定的に異なるものだからだ。お客様にはその違いなどどうでも良いのかも知れないけれど、僕はそうでは無いと考えている。匿名による暴力が頻発する世の中にあって、僕はぜんぜんトレンディーじゃないのだ。

しかし蔓延する匿名性によって現代社会が犯罪の温床になってゆくのを苦々しく思っているのは僕だけでは無いと思う。匿名性とは自分が自分であることに責任を持たないということだ。自分が行うこと行ったことに対して責任をとらずに頬被り(ほおかむり)して隠れることだ。

それは「プライバシーの保護」という概念とはまったく異なる行為だ。そのことがわかっていないひとが多すぎると感じている。だからペンション・サンセットではいっさいの匿名およびハンドルネーム(ニックネーム)を認めない。

旅館業法でも宿泊者は正しく自身の氏名、住所等の事実を宿帳(宿泊者名簿、宿泊カード)に記帳することが義務づけられており、偽名等を記す行為は厳しく禁じられている。

このような主張をすると「なにを固いこと言っているんだ」とか「ずいぶん厳しいのね」と言って敬遠するひともいるが、これが本来守られてきた社会的同意事項だし、それはいまもなんら変わっていない。我が国は先進国家であり、歴史ある法治国家なのだ。

匿名性と言うのは無責任と同義である。匿名性を利用すると言うことは、自分は安全なところに身を置いて、ひとをおとしめたり攻撃したり傷つけたりする行為を行うと言うことだ。たとえば匿名性の突出した例としてはテロリズムがある。テロリズムの恐怖はその匿名性に本質があるのではなかったか。テロが蔓延するのは匿名性を甘やかす現代社会そのものにあるような気がしている。

少年犯罪の増加も現行少年法の本質である「匿名による犯罪」と言う少年犯罪の取り扱いにその本質的原因があると考えるものだ。少年法はもはや「少年保護・更生」のための法律ではなく「少年犯罪の保護」のための法律におとしめられているように感じる。少年でさえあれば「匿名性」を担保され、罪を問われず、大人のような罰も受けず、ただ見せかけの「反省」と見せかけの「更生」だけで済んでしまうのだ。これを「犯罪特権」と呼ばずになんと呼んだらいいのだろう。

いずれにしても匿名によるやり取りには真実も責任も信義も無い。諜報機関やスパイ同士の交渉では無いのだ。匿名でなければ成立しないようなコミュニケーションや契約行為などそもそもの始めから行うべきでは無いし、存在そのものが犯罪の温床となる要素を内包している。

匿名社会こそ、プライバシーの保護と言う名のもとに、犯罪性という危険な誘惑に満ちた社会を形成しているのではないか。いま立ち止まって考える必要がある。

2006年09月10日

3494 死はつねに生とと難なのかも知れない。

それはさておき、じつに動物の自然治癒力はすさまじいものがある。愛犬パル君(シベリアンハスキー)の手術跡はよく見ないとわからないほど治癒している。麻酔が醒めた日はもとより、翌日夕方までまったく痛がらなかった。

夕方になって多少違和感を訴えてお尻を気にし出したので、もらっておいた痛み止めの錠剤を与えると、再びまったく気にしなくなり今日に至っている。昨日からなにごとも無かったかのように元気に散歩に出かけている。

獣医さんから10日後の抜糸がひと騒ぎでですよと言われているので今から覚悟している。なんでもない手術準備処置であんなに大騒ぎしたから、そんなふうに思っているのだろう。確かにパル君はそういうところで臆病で大騒ぎすることが多い。人間の悪意にさらされた経験がまったくないので、とても甘えん坊なのだろう、たぶん。

とは言え彼の戦闘能力はドーベルマンを上回るから、我々家族以外は彼を自衛的戦闘モードにさせないように注意して接するようにしなければならない。そうしないとふだんのグータラしたなごみモードから一気に精悍なコンバットモードに変わるのだ。

僕はパル君がペンション・サンセットにやってきて以来12年間、じつに多くのことを彼から学んだ。彼と一緒に過ごす時間は、彼の時間が流れる。それはわれわれ人間の時間とは決定的に異なった時間の流れだ。その中で、僕は生命にとってとても大切なことを自然に学ぶことができたように思う。彼の一挙手一投足が自然からのメッセージのように感じられた

獣医さんからは年齢のわりにとても健康なのであと3年は確実にこのまま元気で過ごせるだろうと言われた、そもそもハスキー犬は長生きだから、と。あと何年、あとどれだけ、僕はパルから教えられる日々をともに過ごすことができるのだろう。それが永遠であればいいのに。

2006年09月11日

3495 愛犬とともに歳をとるのも悪くない

曇りのち雨 気温:最低 13℃/最高 19℃

朝から雲の中に入っていた。それはいまも変わらない。曇りのち雨だったのは確かだが、その後は曇り時々雨という状況が続いている。愛犬パルは先週金曜日の手術以降どんどん回復している。昨夜の散歩、今日の散歩では手術以前よりむしろパワフルだったほどだ。やはり腫瘍のために体調が悪かったのかも知れない。

僕は今頃になって夏の繁忙期の疲れがどっと出てきたような感じだ。いくら眠っても眠くてしょうがない。どこが悪いというわけではないが、心身が休息を求めているように感じる。ちょうど激しい運動のあとのクーリングダウンのようなものなのかも知れない。

パルも日中はほとんど爆睡している。耳が少し遠くなったようだ。僕も耳が少し遠くなったようだ。パルは年齢相応かも知れないけれど、僕は年齢不相応かも知れない。子供の頃からやたら聴覚が鋭敏で30ヘルツ以下から20000ヘルツ以上ま

2006年09月17日

3501 秋の長雨

晴れのち曇り 気温:最低 10℃/最高 17℃

台風が近づいているというが、ここは風ひとつ無い。朝から(天気予報に反して)快晴の秋空がとても美しかった。雲もすっかり秋雲に変わった。空の写真を撮ってあとでモニターで見るとなんとど真ん中に「赤とんぼ」が写っているではないか。ファインダーではまったく確認できなかった。

午後遅くから曇り空、というかしだいに雲の中に入ってきたようだ。午後5時頃にはすっかり霧の中のような景色になった。雨は降りそうでまだ降らない。雲はコンスタントにゆっくりと流れて、じつに幽玄な情景になっている。残念ながら今日は夕陽は見ることができそうにない。

台風13号は日本海に抜けて明日の夜には東北沖の日本海あたりに到達する#24180;09月18日

3502 インターネット・セキュリティー

曇りのち晴れ 気温:最低 12℃/最高 17℃

幸いなことに、蓼科では、台風13号の影響はまったくといってよいほど無かった。朝は晴れ間がのぞいたほどだったが、その後雲がかかって、一時雨がぱらついた。しかし、夜になると空は晴れ渡って、満天の星空になった。

この連休は朝晩数時間全館暖房を入れる必要があった。暖か(暑い?)平野部からいらしたお客様とピラタスの丘で暮らしている僕らとでは体感気温が異なるので、客観的気温とお客様のよう鵜から判断して暖房を入れるかどうか決めている。

個人差もあるので、暖房を入れると「暑い」とおっしゃるお客様もいらっしゃるし、反対に「寒いので暖房を入れてください」とおっしゃるお客様もいらっしゃる。基本的には厚手のトレーナー等を羽織ってもまだ寒ければ暖房を入れるようにしている。

結果を見直してみると、土曜日は暖房を入れてちょうどよかったが、日曜日は暖房は「余計なお世話」だったかも知れない。自宅にいるときと同じ室内気候をお客様は求めていないということを学んだしだい。高原には高原のひんやりした気候を求めていらっしゃっているのだということを、危うく忘れそうになっていた。


それはそうと、CATVのインターネット回線を20MBコースに変更してからしだいに「ポート番号135」に対するアクセス試行が急激に増加した。それも同じCATVのネットワーク内の複数の個人からのものだ。調べてみるとこのポートは開けておくと大変危険なポートだそうだ。僕の場合はファイアーウォールソフトが検知してブロックしてくれたので難を逃れた。

実際、警察庁の発表でもこの135番ポートへの不正アクセス試行が急増しているとのこと。みなさんもどうぞご注意いただければさいわいだ。是非OS標準のファイアーウォールだけにまかせないで、もっと強力なファイアーウォールソフ-ns#" xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"> |

3504 樹木が一斉にはらはらと落葉を始めた

晴れ 気温:最低 7℃/最高 16℃

いやー、じつに久しぶりの快晴だった。厳密に言うなら一日中陽射しがあったのはじつに久しぶりのことだ。さんさんと陽光が降り注ぐ様を見るのはいったい何日ぶりのことだろう。じつに気持ちの良い天気だ。それに呼応するかのように、ピラタスの丘の樹木が一斉にはらはらと落葉を始めた。

といってもまだ緑色の葉だから、本格的な落葉は紅葉したあとになるけれど。それでもクルマで道を走っていると木の葉がフロントウインドウをさらさらと打つのだ。絵に描いたような「秋晴れ」だった。こんな日がずうっと続いてほしいものだ。身も心もすかっとする。

夕暮れ直後に山麓の街からクルマで戻ってくると、ヘッドライトの先に鹿の群がみえた。なんと5〜6頭の野生の鹿の群が「お散歩広場」を駆け抜けてゆくところだった。その情景はまるでおとぎ話の世界のようで、なんだか現実感がない。しかし間違いなくこれは現実だ。美しい情景だ。感動する。

出かけるときも子鹿が道路の真ん中にたたずんでいて一時停止を余儀なくされた。まったくひとを恐れないから運転には十分な注意が必要だ。特に夕暮れ時から翌朝にかけて、彼 dc:description="晴れ 気温:最低 7℃/最高 16℃ 今日もすばらしい「秋晴れ」になった。天気予報では明日も、ということはこの週末も「秋晴れ」になりそうだ。週の初めの「週間予報」では週末はずうっと雨のはずだったのではなかったか。週間予報はいつも「週末は雨」と報道するのだ、それも断定的に言い切ってくれる。 このレベルの天気予報には誰も責任を持たないし、それによって旅行・観光業者が被害を受けても誰も責任をとらない。「お詫びして訂正」という段取りもコメントもない。「占い」ではないのだからこれは誰かが責任を持つべきだし、責任をとるのが社会常識というものではないだろうか、と僕は思うんだよね、ほんと。 それはさておき、蓼科では、というかピラタスの丘では、もはや「暑い」という日はなくなった。「暖かな日」や「寒い日」はあっても、「暑い日」はもうやってこない。蓼科には「残暑」というものがそもそもの始めから無いのだ。日が暮れたとたんに気温は急降下して、外に出ると吐く息が白く見える。 すっかりそんな気候になって、シベリアンハスキーの愛犬パル君は元気いっぱいになってきた。なにしろ彼の快適気温は氷点下10℃以下だから。快適環境は一面の雪と氷の世界だから。夏毛が抜けてしだいに冬毛に生え替わり始めてムクムクとしたぬいぐるみみたいになってきた。これがかっこうよくてかわいいのだ。 この季節、里に下りればそこには絵に描いたような「里の秋」がある。ゆったりとした時間が流れ、しっとりとした大気が夏の疲れをいやしてくれる。静かな静かな季節だ。ここでは誰もあなたがあなたであることを責めたりしない。あなたはそのままのあなたでいいのだ。..." dc:creator="" dc:date="2006-09-21T01:17:32+09:00" /> -->

2006年09月21日

3505 ここでは誰もあなたがあなたであることを責めたりしない

晴れ 気温:最低 7℃/最高 16℃

今日もすばらしい「秋晴れ」になった。天気予報では明日も、ということはこの週末も「秋晴れ」になりそうだ。週の初エの方が多いかも知れない。いや、きっとそうなる。でもね、自分が自分であることこそが幸福なのだ、という観点に立つならば、僕らはどんどん先に進まなければならない。この道は間違っていない、この道を進むのが正しいのだ。 生来「世渡り上手」なひとはその才能に従って生きるのが良いだろう、しかし多くの「世渡り下手」なひとたちは、「自分の土俵で自分の相撲を取る」ほかないしそれがベストなの..." dc:creator="" dc:date="2006-09-22T23:08:41+09:00" /> -->

2006年09月22日

3506 TVドラマ「静かな時間」

曇りのち晴れ 気温:最低 8℃/最高 16℃

平原綾香の「明日(あした)」という曲がとても好きだ。倉本聰原作のTVドラマ「静かな時間」のタイトル曲だったのだけれど、初めて聴いたときから一発でファンになってしまった。なんだか胸がきゅんとなるのね、まるで思春期の頃みたいに。年齢を重ねるにつれてそんな機会はあまりなくなっていたから、なんだか不意を突かれてしまったというわけさ。

「静かな時間」というドラマを僕は「父親」の立場から観ることになった。年齢から言って当然のことだけれど、たとえば若い人が息子の立場から観たらどんな風に感じたのだろうか。奇しくも蓼科高原日記のかつてのサブタイトルは「静かな生活」だった。「静かな時間」とほぼ同義で名付けたものだ。

じつに僕はここで静かな時間を過ごしている。ラッシュライフとも言える激しい時間を20年ほど過ごしたあとで、僕はこちらに移住したのだった。気づいたときには心身とももうぼろぼろになっていたからだ。充実した濃密な時間だったけれど、それらの時間はしっかりととるべきものを僕から奪っていったのだ。

今夜 Amazon.co.jp と楽天市場に賞品レビューを書いていてふと思った。なにを書いていてもこのスタイルは変わらないんだなあ、と。そして、ああ、このスタイルこそが僕なのだ、と。セルフアイデンティティーなんてことは考えないほうがいい、セルフイメージなんて持たないァイアーウォール、ウイルス、スパム" dc:identifier="http://www.p-sunset.com/blog/2006/09/index.php#000040" dc:subject="村上春樹" dc:description="曇りのち晴れ 気温:最低 7℃/最高 13℃ ケーブルモデムに直接接続するのをやめて、有線ブロードバンドルーターを経由して接続するようにしてからは、同じケーブルTVのネットワーク内からのTCP 135番ポートへの執拗なアクセス試行はPCまで到達しないようになった。 アクセス試行は続いているのだろうが、ルータ内蔵のパケットフィルターでそれを遮断する設定にしてあるからだ。したがってPCにインストールしてあるファイアーウォールソフトのログにはそれらしき記録は一切無い。 OS標準搭載のファイアーウォール機能だけではこの侵入試行は防げなかったから、すくなくとも(1)ファイアーウォール機能(設定=高にすること)付きブロードバンドルーター経由でインターネットに接続するか、(2)PCに市販のファイアーウォールソフト(クライアント・モードに設定)をインストールするかのどちらかでないと、セキュリティーは保証されないという時代になったのだと思う。 初心者に限らず不正侵入とウイルスとスパムメールとをひとつのものと混同している人が見られるんで整理しておいたほうがいいだろう: (1)ファイアーウォール機能あるいはファイアーウォールソフト=あなたのパソコンにインターネット回線などを経由して「不正侵入」してデータを窃盗したり改ざんしたり消去したりプライバシーを侵害する行為を防止するのがお仕事です。 (2)アンチウイルスソフト=メールやダウンロードファイルやホームページを通じてコンピュータウイルスを感染させたりスパイウエアをあなたのパソコンに送り込もうとする行為を防止するのがお仕事。 (3)スパムメールフィルターソフト=無作為にスパムメール(迷惑メール)を送りつけてくる行為に対してどれがスパムでどれがそうでないメールかを学習してスパムメールのみを選別してスパムメールフォルダーなどに選別隔離するのがお仕事。ただし、100%正解と言うことはないので削除する前に1日に1回は「大切なメール」が紛れ込んでいないかチェックすることが必須。最近これをやらないで待っているメールが来ないと騒ぐひとが多いので注意。 といったところだろうか。 だから、アンチウイルスソフトを入れのがお仕事。

(3)スパムメールフィルターソフト=無作為にスパムメール(迷惑メール)を送りつけてくる行為に対してどれがスパムでどれがそうでないメールかを学習してスパムメールのみを選別してスパムメールフォルダーなどに選別隔離するのがお仕事。ただし、100%正解と言うことはないので削除する前に1日に1回は「大切なメール」が紛れ込んでいないかチェックすることが必須。最近これをやらないで待っているメールが来ないと騒ぐひとが多いので注意。

といったところだろうか。

だから、アンチウイルスソフトを入れてあるから「不正侵入」も防げる、あるいはスパムメールを防げると考えているひとは「大間違い」をしていることになる。最近は「上記3つの機能が統合された便利なセキュリティーソフトセット」も出回っているのでこの勘違いは蔓延傾向にあるようだ。よく確認して注意されたい。

★★★

「CASIO The G (ザ・ジー) ブラックフォース タフソーラー電波時計 GW-700BTJ-1JF 」が昨日 Amazon.co.jp から届いた。さっそくブレスレットの長さを自分で調整して愛用している。同封されていた案内に誘われて、カスタマーレビューなるものを書いてみました。投稿したあと掲載されるまで4〜5日かかり、それまでの間はこの腕時計についての投稿内容を再表示させる手だてがないのでここに転記することができません。

レビュアーのプロフィールにも書いたけれど・・・

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自己紹介:

どんな本が好きか、どんな音楽を好んで聴いているか、 どんな映画に感動し、どんな趣味を楽しんでいるかを知 れば、その人の人物像は自ずと明らかになるものです。

本はどんな本でも好きですが、村上春樹はデビュー以来 もっとも敬愛する作家です。音楽はリアルタイム体験し たこともあって The Beatles がバックボーンになっています。1950年代〜70年 代のモダンジャズもカラヤンやベームのクラシック音楽 も J-POP も自分の感性に訴えるものは何でも好きです。

映画はハリウッドものはあまり好きではありませんが、 その中でも優れた作品のいくつかは大好きです。よく観 るのは邦画で岩井俊二作品が好きですね。

趣味は書ききれないほど多彩・・・まあ「下手の横好き 」と言えなくもないですが。

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2006年09月24日

3508 乗馬とドライブと空に描く絵画

晴れ 気温:最低 3℃/最高 16℃

今朝はこの秋一番の冷え込みになった。最低気温3℃。昨夜からきれいに晴れ渡っていたから放射冷却現象が起きたのかも知れない。いずれにしても晴れた夜にはよく冷える。雲ひとつ無い快晴で、さんさんと陽光が降り注いで、文字通りの秋晴れになった。天気概況によれば、こんな感じのお天気があと1週間は続きそうだ。

秋は乗馬に最適の季節だ。最近は乗馬も「引き馬」といった観光的なものだけでなく、本格的な初心者レッスンを1時限受講すれば牧場の外に乗って出ることのできる「外乗」も可能になっている。料金もそれなりにするが、他の体験ものに比べて決して高いものではないので是非おすすめしたい。くわしくは白樺湖のホープロッジ乗馬牧場のHPを参照されたい。ペンション・サンセットからクルマで15〜20分ほどだ。

9月は陽射しが温かく、夏のように強烈ではないのでオープンカーでのドライブにも最適だ。別にオープンカーでなくても、窓を全開にして走ればまさにオープンエアードライビングになる。日中は風もそんなに冷たくはないから心地よいドライブを満喫できるだろう。もちろんビーナスラインを美ヶ原まで走って松本か小諸に下るコースがおすすめだ。全行程ノンストップだと2時間程度。途中でクルマを止めてゆっくりするなら3時間程度かな。とにかくおすすめ、最高ですよ。

蓼科湖はいまアキアカネ(赤とんぼ!厚手のフリースの帽子をかぶった。 そんな出で立ちで小走りでペンション村を一周したが、まったく汗ばむことはなかった。耳が冷え切って痛いほどで、手袋をしない手が少し痛む。いつもは氷点下になるまでは手袋なんかしないのだけれど。今日はどうしてこんなに空気が冷たいのだろう。 うすい雲を透かして、星がきらめく。新月に向かっているので上空に月はない。凛とした大気と、漆黒の闇があるばかりだ。そういえば今夜は秋の虫の音が聞こえない。もう死に絶えてしまったのだろうか。森の奥の方でかさこそと音がする。一瞬驚くが、それは野生動物の立てた音ではなくて、大きな落ち葉が他の葉にあたりながら地上に落下するときの音だった。 紅葉まであと1〜2週間だ。この季節の移り変わりはめまぐるしく、あっという間だ。ぼやぼやしていると、気がついたときには銀世界になっているというものだ、いや、これは冗談抜きの話。今年こそ時系列で蓼科の紅葉の様子をたくさんの写真に写し取りたいと思っている。絵作りや、うまい下手は考えずに、記録として残そうと考えている。そのようにして写された写真の価値は何年もたってみないとわからないものだから。 それはさておき、あいかわらず Amazon.co.jp や楽天市場にカスタマーレビューを書いている。ちょっとはまってしまった感じがないでもない。書いていて気づくのは自分があいかわらずものに対するこだわりがひと一倍強いと言うことだ。モノひとつひとつにたいしてきちんと一家言あるのだ。自分でも驚くほか無い。だから、レビューはいくらでも書ける。まあ、内容やそのレベルを問われなければ、という注意書きが必要だけれど。 同様に、ペンション・サンセットでお出ししているお料理やパンやヨーグルト、その素材や調味料や調理法そして厨房で..." dc:creator="" dc:date="2006-09-25T22:55:22+09:00" /> -->

2006年09月25日

3509 今日はどうしてこんなに空気が冷たいのだろう

晴れ時々曇り一時強風 気温:最低 6℃/最高 15℃

朝起きたときに言葉もあってひと安心。まあ、内臓の腫瘍では無くお尻にできた繊維腫だったので、今後も心配は無いとのこと。しかし今日の診療もまた彼にとっては怖い体験だったらしく、いまも犬舎にこもってすっかり気配を消しているパル君である。 さて、先日 Amazon.co.jp にカスタマーレビューを書いていることを記したが、これって「このレビューは参考になりましたか?」というかたちで投票ボタンを押せる仕掛けになっているので、読んだひとの反響がダイレクトにわかってしまう。当然「支持」もあれば「不支持」や「反感」や「悪意」もありうるわけだ。 その点でこの日記よりもはるかにパブリックな発言とみなされているわけで、かなり怖い行為でもあると感じている。しかしそれによって自分が鍛えられると言う側面もあるので、あえてチャレンジを続ける所存だ。いずれにしてもいまやネット界は「渡る世間は鬼ばかり」なのだ、たぶん。(ドラマは見たことないけど) 「ウェブログ(web log)」という定義から言うならば、この日記は「ブログ」と言って差し支えないが、システムや機能の観点から見れば「ブログ」の要件を満たしていない。このページはすべてHTMLによって記述されているからだ。RSS機能は備えているが、トラックバック機能やコメント書き込み機能は無い。 加えてコンテンツとしてもいまはやりの「ブログ」の要件を満たしていないように思われる。この日記は当初のタイトルが「オーナーのひとりごと」だったことからもわかるとおり、独白文なのだ。社会事象をタイムリーにとらえてインタラクティブに論じるものでは無いし、そのことに..." dc:creator="" dc:date="2006-09-26T20:51:00+09:00" /> -->

2006年09月26日

3510 Amazon.co.jp にカスタマーレビューを書く

曇りのち雨 気温:最低 5℃/最高 10℃

天気予報どおり正午から雨が降り出した。始めはぽつりぽつりという感じだったのが、急に夕立のような激しいふりに変わった。その後風が出たりもしたが、いまは普通のにわか雨のような降り方のことを反省する昨今だ。 改めて日々アクセスしてくださる方々に感謝の念を抱くものである。が、100万アクセスももはや文字通りの里程標(メルクマール)であって、ひとつの通過点に過ぎないと考えるようになった。この日記は基本的に僕の「個人的な日記」であるけれど、このホームページの大半は僕の営む蓼科高原ペンション・サンセットの商業的なものでもあるわけだ。 後者のコンテンツ充実に向けて軸足を移す時期なのかも知れないと思っている。..." dc:creator="" dc:date="2006-09-27T22:48:28+09:00" /> -->

2006年09月27日

3511 100万アクセス間近

曇り 気温:最低 6℃/最高 15℃

1996年7月1日がこのホームページ(正式にはウェブページあるいはウェブサイト)の誕生日なのだけれど、そのとき漠然と夢見ていたのは100万アクセス達成という里程標(メルクマール)だった。当時のインターネットの利用者数はいまの14分の1程度、現在のミクシィの会員数程度だったから、それは文字通り夢の数字だったわけだ。

その夢の数字が目前に迫っていることにいまさら気づいて、ちょいと感無量ではある。ブロードバンドが一般に普及し始めてからはアクセス数は指数関数的に増加したから、一回のアクセスのありがたさにいささか麻痺してしまっていたきらいがある。そのことを反省する昨今だ。

改めて日々アクセスしてくださる方々に感謝の念を抱くものである。が、100万アクセスももはや文字通りの里程標(メルクマール)であって、ひとつの通過点に過ぎないと考えるようになった。この日記は基本的に僕の「個人的な日記」であるけれど、このホームページの大半は僕の営む蓼科高原ペンション・サンセットの商業的なものでもあるわけだ。

後者のコンテンツ充実に向けて軸足を移す時期なのかも知れないと思っている。

落ちたパルの夏毛を収集している。この時期にいったいなにに使うのだろう。コガラは一年中ここに生息しているから、越冬に備えていまからこの暖かな毛を集めているのかも知れない。その向こうの木の下で、パルはぐっすりと眠っている。小鳥にはまったく関心がないようだ。

深い夢から覚めて僕はそのような平和な情景を観ている。深海からゆっくりゆっくりと浮上するように僕は目覚める。海面から差すほのかな光を全身で感じ、やがてそれは現実の光として視覚で捉えられ、はるか頭上で海面の揺らめく光の反射を観る。と、突然僕はここにいる。

夜床につくと、この反対のプロセスが反復される。そのように入眠し、そのように覚醒する。それがピラタスの丘の「アフターダーク」の習わしだ。夜行性動物はいるが、夜行性人間は存在しない。また、そのような人間が息づける街の明かりも、また存在しない。

2006年09月29日

3513 Amazon.co.jp に感銘を受ける

晴れのち曇り 気温:最低 6℃/最高 15℃


Amazon.co.jp でインターネットショッピングをした経験のある人は多いだろうと思う。こんなとんでもない山暮らしだから、僕もじつのところよく利用している。とても良くできたサイトで、商品検索を含めてお目当ての商品へのアクセスが容易で、その後の比較検討から購入に至るまでの流れが自然でスムーズなので、ついつい迷いを振り切って購入に至ってしまったことも一度や二度ではない。

商品ブラウズや購入の履歴をしっかり記録していて膨大なデータベースからユーザープロファイルを作成し、それに基づいて「おすすめ商品」を提示する仕掛けになっているのだけれど、その的確さと来たらまるで(たとえが悪いけれど)心の中を含めて個人情報をそっくり持って行かれたような感じなのだ。じつにツボにはまった商品を薦めてくる。

このようなサイトをペンション・サンセットのサイトで実現でマスターとしてじつに様々な経験をしてきた。不思議な出会いもあれば、じつに奇妙な体験もした。もちろんきわめて不快な思いもしたし、これ以上はないというほどのうれしい出来事もあった。そのような10年間を経て、いまの僕はここにある。

それが「パブリックな僕」だ。以前のような個人的なプライベートな僕ではない。これを進化と呼ぶべきか、あるいは進歩と呼ぶべきか、いや、そうではなくてこれは退行だと言うべきか僕にはわからない。しかしこれは必然であって、もう戻ることはできない。それはもうすでに終わってしまったことなのだ。

過去の僕を知りたければ過去の日記を読めばよい。僕自身はそうしている。いまの自分を知りたければ、僕は自分に問いかけ、ひとはいまの日記を読み解くほか無い。まあ、そこまで手間暇かけて読む価値のある日記だとも思わないけれど。

さて、僕は「心を閉ざしてしまった」のだろうか。なにかを語ることを断念してしまったのだろうか。わかってほしいという想いを諦めてしまったのだろうか。いやそうではない、わかるひとにはわかるし、わからないひとには永遠にわからない、伝わるときは伝わるし、だめなときはだめなのだ。そんなふうに考えるようになっただけだ。

こんなふうに書くと、村上春樹の小説の主人公のように「わかってもらえなくてもいいや」というふうにみえるのだろうか。そういうのってある種の人たちの癇に触るのだろうか。そうであろうとそうであるまいと、僕は僕なのだ、これが「いま」の僕なのだ。

人生の前半、つまり山暮らしを始める以前の半生を僕は自分を偽って生き抜かざるを得なかった。だから、残り半分の人生を自分が望むとおりの自分、いや「自分があるとおりの自分」として生きてはいけないのだろうか。それは許されないことなのだろうか。

このいのちに代えても、僕はもう僕以外の自分にはなりたくないし演じたくもない。